第41話「これってカービング?」
第41話「これってカービング?」
週末、三人はスノボデビューしたスキー場、栂山高原スキー場に来ていた。
今回も美紅里の引率無しで三人だけのスノボだ。
ゆき「スノボデビューの時はビギナーパックのリフト券だったけど、今回は全コース行ける全日券にする?」
れぃ「……もち……」
まみ「ゴンドラの上、どんなコースか楽しみ〜」
三人は長野県民の学生割引を使ってちょっとお得にリフト券を購入。
ゆき「普通に買う事を考えたら安いけど、やっぱ学生にはキツい値段だよなぁ」
れぃ「……言いにくいんだけど、あたしスノボ行くって言ったら親がちょっと援助してくれる……」
まみ「え!?いーなぁ!でも何で?」
れぃ「……ピアノとかバレエとか英会話教室とかの習い事させるのに比べたら安いからだって……」
ゆき「それは一理ある」
れぃ「……それにあたし基本的にインドアだから、スノボする事について親がえれぇ賛成してくれてるんよ……」
まみ「実はあたしも……」
ゆき「まみもっ!?」
まみ「スノボ行くだらずから……って今年はお年玉奮発してくれた」
れぃ「……ゆきはそう言うの無ぇの?……」
ゆき「ん〜〜〜……。年末の繁忙期に家の手伝いのバイト、たんと仕事もらえた……。うちは働かざる者食うべからずなのよ」
まみ「シビアじゃん」
ゆき「でも時給計算で、普段だったらお母さんが自分でやる簡単な仕事もまわしてくれたからだいぶ助かってる。……で、そりゃ今も続いてる」
そんな事を話しながら三人はゴンドラ乗り場に向かう。
既にゴンドラ乗り場には列ができており、賑やかな声があちこちから聞こえる。
れぃ「……あの人、なんか変わった形の板持ってる……」
ゆき「どれ?……あ、ホントだ」
まみ「下の方がツバメの尻尾みたい」
れぃ「……色んな板があるんだな……」
ゆき「そう言えばこのあいさ、れぃのおじさんから借りた板、ロッカーって言ってたけど、結局ロッカーって何だったんだらず」
れぃ「……忘れてた……調べる……」
まみ「『ロッカー』……検索……。学校にあるロッカーの事が出てきた」
ゆき「『ロッカー』の後ろに『スノーボード』付けりゃあいいんじゃね?……出た!」
れぃ「……へぇ〜…スノーボードってこんなに種類あるんだ……」
まみ「ロッカーってカービングに向かねぇって書いてある!そだからこの前……」
ゆき「いや、板のせいかも知れんけど、ののこさんだってカービング習得に何年かかかったって言ってたじゃん。実力じゃね?」
まみ「ぶーっ」
れぃ「……でもこないだコケねぇで降りて来れたのはロッカーって板の『エッジがひっかかりにくい』って所が助けてくれてたのかも……」
ゆき「うん、ありえるね」
まみ「あたし達のキャンバー……だっけ?それはどういう特徴?」
ゆき「今調べるところ」
れぃ「……ちょい待ち。もうすぐゴンドラ乗る順番だから後にしず……」
三人はスマホをさしあたりポケットに入れて列を進む。
やがてゴンドラに乗る順番になる。
三人は板をかかえてゴンドラに乗り込む。
やがて扉が閉まり、少し進むと一気に加速した。
まみ「っ!と、ちょっとたまげた」
れぃ「……いつもみたいに『あひゃぁ』って言わねぇんだな……」
まみ「何それ?」
ゆき「ひょっとして気付いてねぇ?」
まみ「そだから何が?」
れぃ「……まみ、たまげた時『あひゃぁ』って言うじゃん……」
まみ「言わねぇよ〜」
ゆき「やっぱ気付いてねぇ」
れぃ「……呆れたな……」
まみ「そりゃびっくりした時は『ひゃー』って言う事もあるかもだけど『あひゃぁ』とは言わないよ」
ゆき「れぃ、どう思う?」
れぃ「……誤魔化してるようには見えねぇから、天然だろ……」
まみ「それよりさっきの続き!」
まみはどうにもイジられそうな雰囲気を感じ、強引に話を変える。
ゆき「えっと……キャンバー……検索……っと」
まみもゆきもスマホで「キャンバー」について調べて始める。
れぃも無言でスマホをいじっている。
ゆき「キャンバー…、オーソドックスなタイプか……」
まみ「カービングに適してるって!」
ゆき「そりゃちゃんとカービングができる技術が身に付いたら……って話だらず。キャンバー乗ったらカービングができる訳じゃなかろ?」
まみ「でも、カービングに不向きな痛とカービングに適した板だったら、カービングに適した板の方がカービングの技術取得も早いんじゃねぇかな」
ゆき「そりゃ一理あるとは思うけど……」
れぃ「……滑ってみたらわかんじゃん。こないだのロッカーのおかげでコケなかったのか、ロッカーのせいでカービングできなかったのか……」
まみ「でも美紅里ちゃんにカービングの練習はまだ早いって言われてるし……」
ゆき「バレねぇバレねぇ」
そう言うとゆきはニカっと笑う。
れぃ「……でも怪我でもしようもんなら、やっぱバレるぞ……」
まみ「じゃあ……スピード控えめでちょっとだけ!雰囲気見るだけ……」
そう言った瞬間、スマホからLINEの着信音。
スマホ画面の上部にメッセージが表示され、そのメッセージを見た瞬間、まみは小さく悲鳴を上げる。
まみ「あひゃぁ!」
LINEメッセージを送ったのは美紅里。
メッセージの内容はまみの思考を読んでいるかのように、
美紅里『まみ、勝手にカービングの練習とかするなよ。滑った後の板を見ればカービングの練習したかどうかくらいわかるんだからな』
と書かれていて、見透かされた事に対して悲鳴を上げたのだ。
美紅里からのメッセージはまだ続く。
美紅里『今日の先頭はれぃ。次にゆき。最後にまみ。安全な距離を保ちつつ、前の人を抜かさない事』
と、書かれていた。
ゆき「何であたしが二番手なの?」
誰に聞いた訳でもないが、ゆきがつぶやく。
それまで会話に参加せず、ずっとスマホをいじっていたれぃが小さく声を出す。
れぃ「……ぅしっ……できた……」
その直後、ゆきとまみのスマホにLINEの着信音。
ゆき「れぃ、何か送った?」
れぃ「……まぁ見てみ……」
LINEを開き、れぃが送って来た動画を再生する。
今乗っているゴンドラの中の風景だ。
『……でも怪我でもしようもんなら、やっぱバレるぞ……
じゃあ……スピード控えめでちょっとだけ!雰囲気見るだけ……
……あひゃぁ!』
れぃ「……な?まみ、『あひゃぁ』って言ってるだらず?……」
ぐうの音も出ないとはこの事だ。
ゆき「れぃ、あんたこの証拠動画を撮る為にずっと動画撮影してただ?」
れぃ「……ゴンドラが柱の所を通る時の振動でまみが『あひゃぁ』って言うかと思って撮ってた……」
まみ「ちょっと、撮らんでよっ」
れぃ「……でも『あひゃぁ』って言ってたろ?……」
まみ「……これ、あたしの声じゃない……」
言い逃れできない状況に、まみは少し不貞腐れたように視線をそらし、せめてもの強がりを言う。
ゆき「往生際、悪っ」
このタイミング良すぎるLINEには裏があった。
時間を遡ること30分前。
ののこは美紅里にLINEを送っていた。
ののこ『美紅里さん、おはようございます。今日、真由美達がスノボ行ったのは美紅里さんも知ってると思いますけど、真由美、たぶんまた勝手にカービングの練習しますよ。たぶん』
美紅里『おはよう。この前、釘刺しといたから大丈夫でしょ』
ののこ『美紅里さん、甘いですよ。真由美、人見知りで見た目は大人しいけど、中身はけっこうヤンチャで無鉄砲ですよ』
美紅里『あんたじゃあるまいし』
ののこ『真由美、あたしの妹ですよ?コミュ障のあたしだと考えたらどうです?』
美紅里『……やるわね』
ののこ『でしょ?しかもあたし以上にあの子頑固ですよ』
美紅里『頭痛いわ。何か良い方法ある?』
ののこ『ヤンチャで無鉄砲で頑固だけど、人に対してはビビリだからそこを突けばワンチャン』
美紅里『しかた無いわね。ちょっとブラフ使って釘刺し直すわ』
ののこ『おなしゃーっす』
美紅里『あんた腹立つわね』
ののこ『しゃーっせーん!今度また酒持ってきて行きますんでカンベンして下さい』
美紅里『それはあんたが飲みたいだけでしょ』
と、このように、実はののこの密告により、まみの心を読んだようなメッセージを送って来たと言う経緯だった。
もちろん「滑った後の板を見ればカービングの練習したかどうかくらいわかるんだからな」は美紅里のブラフだ。
しかし美紅里にバレて怒られるかも知れないと言う心理はまみには絶大な効果を与えた。
まみ「うぅ〜〜、今日は大人しく滑らず……」
まみは悔しさが言葉の端々から感じられるような喋り方だ。
ゴンドラは中間駅を通過し、山頂へ。
途中、ゴンドラからの映えスポットで三人で写真を撮り、賑やかに過ごす。
ゆき「着いた!」
れぃ「……どっち行く?……」
まみ「とりあえず山頂!」
ゆき「ここが山頂じゃねぇの?」
れぃ「……ゲレンデマップによると、この先にペアリフトあって、その先が山頂っぽいけど、中級コースだぞ……」
まみはそのコースを指差す。
まみ「あれだらず?そんなに急には見えねぇけど、行けるんじゃねぇ?」
ゆき「……確かにそんなに急斜面……には見えねぇわね」
れぃ「……じゃあ行ってみずか……」
まみ「チャレンジ!チャレンジ!」
ののこが美紅里に言ったとおり、まみは普段の目立たないようにしている性格のせいで、大人しい性格である印象を受けるが、実はかなり冒険好き。
逆にゆきは普段しっかりしているせいで、度胸があるように映るが、実はけっこう慎重で臆病。
それはスノボの滑りにも現れていた。
三人は板を抱えたままペアリフト乗り場に行き、板を左足に付ける。
ゆき「あたしが先に乗って、リフトに乗ってる二人の写真撮るから!」
ゆきが先に一人でリフトに乗り、次のリフトにまみとれぃが乗る。
ゴンドラからの眺めも良かったが、窓の無いリフトからの眺めは開放感に溢れていた。
ゆき「お〜っ!絶景!」
ゆきはあちこちの景色の写真を撮る。
最後に振り返り、まみとれぃに写真を撮る合図を送る。
まみとれぃも事前に打ち合わせしていたのか、二人で手繋いで大きいハートの形を作る。
パシャ
良い写真が撮れたのか、ゆきは親指をつき立て、「グッ」と合図を送る。
ゆきの撮った写真は、まるで旅行会社のスキーツアーのパンフレットに載っているような見事な写真だった。
リフトを降り、眼下に広がる大パノラマに思わず三人とも声を上げる。
ゆき「写真!写真撮らず!」
そう言うとゆきは急いでスマホを取り出す。
スマホのカメラを立ち上げ、通りがかった女性二人組に声をかける。
ゆき「すみませ〜ん!シャッター押してもらっていいですか?」
女性は快諾し、写真を撮ってくれた。
ゆきはスマホを受け取り、今度は自分がシャッター押しますよと話をつけ、今度はゆきが女性二人組の写真を撮る。
お互いにお礼を言いあい、笑顔で別れた。
また何気に気配を消していたまみではあったが、今回は以前に比べ「帰って来る」のが早かった。
まみ「ゆきちゃんやっぱりすごいコミ力じゃん」
ゆき「そう?コスプレイベントとかだったら普通にやるじゃん」
れぃ「……まぁそう言われてみりゃそうか……」
まみ「こう言う時、ゆきちゃんってスッと標準語出るんじゃん」
れぃ「……な。あれ、すげぇよな……」
ゆき「あー、そう言われてみれば……。バイトとは言え客商売やってるからかな」
れぃ「……それはあるかもだな……」
ゆき「そんな事より一本目行かずか!」
三人は板を履き、やや幅は狭いが緩やかな斜面を滑り出す。
れぃ「……うん。こないだ滑ったばかりだから、感覚忘れてねぇ……行けそう……」
まみ「ロッカーとの差、わかんねぇ……」
少し滑ると一気にバーンの幅が広がり、斜度が変わる。
その縁に立ち、三人は絶句する。
ゆき「これ……滑るの?」
れぃ「……噓だらず……下から見たらたいした斜度じゃねぇように見えたのに……」
まみ「ちょ〜〜〜〜っと急……かなぁ〜〜〜」
れぃ「誰じゃん!ここ滑ろうとか言い出したのは!」
ゆき「キレんなし」
まみ「えっと……ほら、アレだよ。滑ってみたら案外いける的な……」
このままここに居ても仕方が無いので、三人は意を決して滑る事にした。
れぃ「……あたしが先頭なの?……」
まみ「美紅里ちゃん、そう言ってたもんね?」
さっきゴンドラでイジられたので、少し意地悪く言うまみ。
れぃ「まみ、てめぇ!」
ゆき「サイドスリップで行けばいいんじゃん?」
れぃ「くそっ!やってやんよ!」
先頭でれぃが滑り出す。
……が、すぐにブレーキをかける。
れぃ「やっぱ怖ぇえよ〜」
ゆき「大丈夫!れぃなら行ける!」
れぃ「無責任だな、おい!」
まみ「れぃちゃん!斜滑降!斜滑降で真横に行けばスピード出ねぇよ!」
れぃは再びほぼ真横の斜滑降で滑り出し、おっかなびっくりターンに入る。
しかしビビっているせいで、へっぴり腰の後傾姿勢。
ノーズが浮き上がり、見事に転ぶ。
れぃ「できす(できる)かぁ!」
ゆきもおっかなびっくり滑り出し、れぃの近くまで行くとスッと座って寝転び方向転換した。
れぃ「ターンせぇへんのか〜い!」
ゆき「だって怖ぇえじゃん」
さも当然のようにゆきが答える。
れぃ「まみ!まみはこのコースに行こうって言い出した張本人なんだから、ターンするしない!」
れぃに煽られたまみが、滑り出す。
同じように角度の無い斜滑降だが、れぃやゆきに比べればスピードを出している。
まみ「え〜っと……ここで……ほいっ!」
斜滑降からグッと前傾姿勢になり、即座に板を回してターン。
まみ「できた〜」
れぃ「何でできんだ!?」
ゆき「まみには恐怖心ってものが無ぇ……こたぁ無ぇな……。初対面の人怖がるし」
まみ「え〜……、だってこないだちーちゃんと一緒に滑ってた時は、今のスピードよりもっとスピード出てたじゃん」
まみにそう言われて、ゆきもれぃもハタと気付く。
れぃ「……そう言やそうだな……」
ゆき「何で今日の方がよいと(ゆっくり)なのに怖ぇえんだらず?」
れぃ「……直滑降になった時に一気にギュンってスピード上がりそうだからじゃね?……」
ゆき「それはある」
まみ「え〜?直滑降になってもそんなにスピード出ねぇよ。見てて」
そう言うとまみはスッと立ち上がり、斜滑降無しでいきなり直滑降を始めた。
5秒ほど直滑降しただろうか。
まみは直滑降から斜滑降に切り替えて減速して止まる。
ゆき達のいる場所からかなり下まで行っている。
ゆき「お〜〜〜〜。確かに最後ターンする時くらいのスピードまでだったらあたしでもいけそう」
れぃ「……いきなり直滑降だったから、最初スピードが出てねぇからあそこまで直滑降で行けたんじゃね?……」
ゆき「でもけっこう直滑降してる時間長かったよ」
れぃ「……うん、まぁ……いつものターンならあの半分の時間もあればターンできるもんな……」
ゆき「あたしちょっとやってみる」
れぃ「……おいおいマジか……」
ゆきは立ち上がり、一度大きく深呼吸。
ゆき「シルフィード!」
気合い一閃。
意を決して直滑降。
まみが直滑降をした距離の半分以下、時間にして2秒程度だが直滑降で滑り、ブレーキをかけてそのまま斜滑降に移り、止まる。
ゆき「案外いけた」
れぃ「……ここであたしやらなきゃ、あたしがヘタレみてぇじゃん……」
ゆき「ぐるきゃなっく〜!がんばぇ〜!」
ゆきはからかうように、まるで女児に人気の「ぷるきょあ」ショーの応援のように声援を送る。
れぃ「うっせぇ!だぁってろ!」
れぃは普段から女子的な言葉使いを嫌う傾向にある。
乱暴な言葉使いにも聞こえるくらいだ。
行動も「いてまえ」な感じが強い。
ファッション等はカワイイ物も好むが、本人は見た目と中身のギャップの表現にこだわっている。
ありていに言う事ならカワイイ物を好むボーイッシュなキャラを演じている感じだ。
だから行動もあえて男子っぽい事を意識してしている。
しかし、スノーボードについては珍しく慎重と言うか、ビビっている。
立ち上がったが、なかなか思い切りがつかない。
滑り出そうとして、躊躇して、結果サイドスリップになって止まって、仕切り直し。
ゆき「へぃへ〜い!どうしたどうした!」
れぃ「だぁら、うっせぇ!タイミング計ってんだよ!」
そしてれぃはかなりの負けず嫌い。
まみができてゆきもできた事が自分には出来ない事が悔しくて仕方ない。
とくにビビっている自分が悔しくてたまらない。
れぃ「……っしゃあ!」
ようやく覚悟が決まったのか、滑り出すれぃ。
しかし、やはり恐怖心は拭えてない。
姿勢はへっぴり腰で後傾。
ノーズこそ浮き上がっていないが、後傾になっているのでコントロールすべき後ろ側の足が動かない。
容赦なくスピードは上がる。
れぃ「きゃあ〜〜〜〜〜〜!」
時間で言えばまみが直滑降した時間の半分にも満たない時間だが、コントロールできない直滑降でれぃは悲鳴と共にゆきの前を通り過ぎる。
そしてとうとうノーズが浮き上がり、れぃはバランスを崩して転倒した。
転んで止まったれぃは上手く滑れなかった自分に対しての怒りを雪面に叩きつける。
れぃ「うがぁ〜〜〜!」
ゆき「れぃ〜〜、大丈夫か〜」
れぃ「憎い!ヘタレな自分が憎い!」
ゆき「まぁまぁそう言いなさんな。……それより……」
れぃ「……何?……」
ゆき「れぃも『きゃ〜〜』って言うんじゃん」
ニヤニヤと、なかなか性格の悪い笑みを浮かべるゆき。
れぃ「はぁ!?言ってねぇし!言う訳ねぇし!」
どうやられぃにとって、女の子っぽい言葉使いは認めたくないらしい。
ゆき「言ってたよ。動画見る?」
れぃ「撮ってたんかよ!消せ!今すぐ消せ!」
無慈悲にもゆきは再生ボタンを押す。
『きゃあ〜〜〜〜〜〜!』
れぃ「違う!こりゃ悲鳴とかじゃなくて効果音的なアレで……」
『きゃあ〜〜〜〜〜〜!』
再度再生するゆき。
れぃ「だぁら消せっつってんだらず!」
ゆき「いや、そうじゃなくて、いいから見てみろ。れぃが転んだ理由がわかるから。……じゃあ、音は消してやる」
スマホのスピーカーをミュートにしてもう一度再生する。
そこには前側になる左足を突っ張り、お尻が右足の上あたりに来ているが、前傾を意識しているから上半身や頭は左足の上に来ていると言う滑稽な姿のれぃが写っていた。
れぃ「……あたし、えれぇ変なカッコして滑ってんじゃん。前傾にしてたつもりなのに足とかお尻が完全に後ろに来てしまってる……」
ゆき「だらず?あたしも初めて美紅里ちゃんに連れて来てもらった時、美紅里ちゃんが動画撮っててさ。あたしは前傾にしてるつもりだったんだけど後傾たったんよ」
れぃ「……もっと……もっと前傾か。ヨシ。やる……」
スイッチが入ったれぃは行動も早い。
スクと立ち上がったれぃの立ち姿からは、さっきの迷いや恐れていた感じは見えない。
両手で気合いを入れるべく自分の頬をパンと叩き滑り出す。
まみほど長く直滑降はできなかったが、今度はちゃんと前傾姿勢で滑る事ができ、板をスライドしてターンする事ができた。
れぃ「………っしゃぁ!」
ゆき「おぉ〜〜〜!やったじゃん!」
れぃ「よし!掴んだ!行ける!」
ゆき「……ん?そういやさっきからまみが大人しいな。まみ〜、どした〜?」
まみは何か雪面をしげしげと見つめ、スマホを取り出し雪面の写真を撮っている。
れぃ「……まみ〜、どした〜?……」
やっと我に返ったまみがピクリと反応する。
まみ「ゆきちゃん、れぃちゃん、あたしの滑ったラインを踏まねぇように、サイドスリップでいいからここまで来て〜」
ゆきとれぃは一瞬顔を見合わせたが、とりあえずサイドスリップでまみの所まで行く。
ゆき「どした?」
まみ「あたしさっき、直滑降から斜滑降して止まっただけじゃんね?」
れぃ「……それがどした?……」
まみ「カービングの練習とかして無ぇじゃんね?」
ゆき「いや、知らねぇけど、いつも通りだったと思うぞ」
まみ「……だよね?」
れぃ「……何を言っとるんだ?……」
まみ「この線見て」
そう言うとまみは雪面を指差す。
まみ「これ、さっきあたしが滑って来たライン……シュプールって言うの?……なんだけど……」
ゆき「それが?」
まみ「これをずっと辿って見てみて」
れぃ「……ん。見た。それが?……」
まみ「ずっと一本線じゃん」
ゆき「どうもまみが何を言いてぇのかわからん」
まみ「線なのよ。板がズレた所がねぇのよ」
れぃ「……あ……言われてみれば……」
まみ「これってカービング?あたしカービングしようと思ってなかったのに、なんか偶然カービングになってしまったの。あたしひょっとして美紅里ちゃんに怒られる?」
ゆき「偶然なっちまったもんはしょうがねぇだらず」
まみ「だよね、だよね!」
れぃ「……で、どうやったらこうなったんだ?……」
まみ「それがいっさらわかんねぇのよ!」
そう言うとまみは頭を抱える。
偶然とは言うもののカービングらしい物ができてしまった。
しかしそのやり方を全く覚えてない。
ゆき「これやる時、何考えてた?」
まみ「スピード出すの楽し〜ってなってた」
れぃ「……それから?……」
まみ「あまり先に行き過ぎたらゆきちゃん達とはぐれてしまうから、このくらいにしとこ〜って思って斜滑降した」
ゆき「あたし達と変わんねぇね」
れぃ「……まみ、もっぺんやってみ?……」
まみ「でも美紅里ちゃんにカービング練習禁止されてるし……」
ゆき「真面目か!」
まみ「だって怒られるの嫌じゃん」
れぃ「……カービングの練習じゃねぇって。さっきのをやるだけ……」
フェイスマスクで表情は見えないが、れぃがニヤリと笑う雰囲気がした。
まみ「だよね!?ゆきちゃん、ちょっと動画撮って!」
ゆき「あいよ〜」
ゆきはスマホを取り出し、動画モードにする。
ゆき「オッケー。いつでもいいよ」
まみはそれを合図に立ち上がり、直滑降で数秒滑り、斜滑降に移行して止まる。
れぃ「……普通だったな……」
ゆき「普通だったね」
まみを見ると、頭を抱えている。
再びゆきとれぃはサイドスリップでまみの所まで行く。
まみ「できない〜」
れぃ「……うん。見てて普通に普通だった……」
ゆき「自分で違うってわかるの?」
まみ「うん。さっきは斜滑降にした直後、何て言うか『シュン!』って感じでスピード上がった気がしたけど、今回はそれが無かった」
れぃ「……シュン……じゃわかんねぇよ……」
まみ「あぁ〜!何て言ったらいいんだらず。なんか見えねぇレールにカチってはまって曲がって行く……みたいな。普段のターンって『ザザザ〜』みたいな感じじゃん?それが無くて『シュン!』って感じなの」
ゆき「よくわかんねぇけど、急にできたんなら、この後滑ってたらまた急にできんじゃね?」
まみ「そっかなぁ……」
れぃ「……考えてわかんねぇ事はいくら考えてもわかんねぇよ……」
ゆき「とりあえずあたしとれぃはこの斜度に慣れなきゃね」
れぃ「……だな……」
三人は改めて仕切り直し、滑る事にした。
れぃ「……じゃあ、行く。コケるかもだからあまり近付くなよ……」
ゆき「あたしだって怖いもん。なるべく離れて滑るつもり。ってか、一番ヤバいのはまみじゃん」
まみ「あたし?」
ゆき「スピード狂の浅野家の血が騒いだら、あたし達にあっと言う間に追い付いちゃうだらず」
まみ「あははぁ〜……わかった。なるべく離れて滑る〜」
れぃ「……ほな、このリフトの乗り場まで行かずか……」
れぃは角度を付けないように横方向への斜滑降を始める。
落ち着いてターンを成功させ、そのまま斜滑降に移る。
ゆきはそれを確認してからスタート。
ゆきもれぃ同様、角度を付けない斜滑降で慎重に滑り、「シルフィード」の掛け声こそ無かったが、頭の中ではそう言っているのがわかる感じのターンを決める。
既にれぃは2回目のターンを無事に終えているのが見えたので、ようやくまみも滑り出す。
れぃやゆきに比べれば角度を付けた斜滑降だ。
まみは事もなげにターン。
すぐさまゆきに追い付いてしまう。
まみ『あ、追い付いてしまった。もっとスタートのタイミングを遅らせるか、途中のスピードを落とすか……そうだ!』
まみはれぃとゆきがターンしたポイントでターンせず、れぃやゆきの斜滑降の距離の倍の距離を斜滑降で滑る。
まみ『やっぱり普通にターンすると普通のターンになるしない〜……。さっきのどうやったんだらず……』
そのタイミングでまみの前方に、ある男性ボーダーが見えた。
かなりのスピードで滑っている。
まみ『あの人、早いな……。カービングしてるのかな?』
滑りながら観察するまみ。
まみ『早いけどカービングじゃねぇね。板をずらしてターンしてるもん』
ゆっくり斜滑降で滑りながら観察を続ける。
早いが、ターンの度に雪煙が上がる。
エッジが雪面を削っているのだ。
その瞬間である。
その男性は弾き飛ばされるように勢いよく背中側に転倒した。
逆エッジだ。
後頭部を雪面に打ち付けるように倒れ、動かなくなってしまった。
まみは慌てて止まる。
まみ『えっ!?……えっ!?……どうしよ。あの人動かねぇ……いや、動いて……違う痙攣してるんだ!ヤバいヤバいヤバい!どうしよ!?ゆきちゃ……ダメだもうえれぇ下に行ってる。他の人……も、いねぇ……どうしよっ!?』
初めて目の当たりにするスキー場での単独事故。
頼れる人は誰もまわりに誰も居ない。
今、何かできるのはまみしか居ない。
まみは寒さとから来るものとは全く異なる震えを感じていた。