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第38話「プリン」

第38話「プリン」


まみがれぃ達からのLINEに気付いたのは日付が変わった頃だった。


まみ「あ、もうこんな時間じゃん。……あれ?LINE来てる」


まみはスマホでLINEのやり取りを見ながら歯を磨きに洗面所に行く。


ひとしきり読み終わり、歯を磨きながらぼんやり考える。


まみ『進路かぁ……』


まみの脳内はののこが分析したとおりの事を考えていた。


高校進学も実はもうワンランク上の高校も狙えるくらいの成績だったが、ののこが行ってたからと言う理由で何となく選んだだけだった。


将来の事とかよりも、今日と言う日をどう目立たずに生きるかが重要。

目標があって勉強するのではなく、やる事が無くなったし、お母さんが勉強しろと言うので何となくやっていた。


成績的には余裕をもって入学した高校だったので一学期の成績は上位だったが、夏休み以後ゆき達と友達になり、友達と遊ぶ楽しさを知り、スノボをする事になり、そちらに時間を割く割合が増え、それに反比例して成績は下がった。


本人もぼんやり成績が下がった事に対して「ちょっとマズいな」とは思っていたが、そこに焦りは無かった。


まみ『あたし、高校卒業したら何するんだらず?』


考え事をしてる時もまみは集中モードになる。

もうかれこれ10分近く歯を磨き続けながら自分の進路について考えていた。


ののこ「真由美、どうしただ?虫歯でもできた?」


まみ「!?」ゴックン


集中モードの最中話しかけられまみはののこが近付いて来ていた事に全く気付かず小さく飛び上がった。


まみ「飲んでしまった〜」


ののこ「あんた何やってんのよ、こんな寒い所でずーっと歯ぁ磨いて。虫歯でもできた?」


まみはとりあえずうがいをしながらののこの声を聞いた。


まみ「ううん。れぃちゃん達から進路考えてる?ってLINE来たからその事考えてた」


ののこ「こんな寒い所で?」


まみ「歯、磨くついでに考えてた」


ののこ「考え事するならもっと暖かい所でやりな。風邪ひくよ」


まみ「そうはそうと、お姉ちゃんは何で学校の先生になろうと思っただ?」


ののこ「あたし?あたしは美紅里さんの影響かな。あたしも美紅里さんに進路の事相談して、『あ、あたしも先生やりてぇかも』って思ったからね」


まみ「そっか。じゃああたしも先生にならずかな」


ののこ「バカっ!『何となく』にも程があるだらず。それに真由美、解ってる?先生って生徒の前で教壇に立って授業するのよ?」


まみ「あ、無理だ。先生止めやす」


ののこ『この子、どんだけポーっと生きてんのよ……』


まみ「じゃああたし、将来何したらいいかな?」


ののこ「知らねぇわよ。そりゃ真由美が決める事!じゃあ暖かくして寝なさいよ」


まみは煮えきらない表情で部屋に戻り、ベットに潜り込む。


まみ『ん〜〜〜。とりあえず返信しなきゃね……』


暗闇の中、スマホの画面が煌々と光を放つ。


まみ『え〜っと……ごめん、返信遅くなった。あたしはまだ何も考えてない。何となく大学には行った方がいいのかな……とは思ってるけど……よし。送信』


時刻は既に1時になろうかとしていた。

さすがにゆきもれぃも寝ていたのか、既読は付かない。


まみ『二人とも寝ちゃったかな……そりゃそうか……』


既読の付かないグループLINEの画面をぼんやり見つめたままいつしかまみは寝落ちた。


翌朝


母親「真由美っ!あんたそろそろ起きなきゃ遅刻するわよ!」


母親の鋭い声に目を覚ましたが、どうにもボーっとして頭が冴えないし、体もだるい。


それでもモゾモゾと着替えてダイニングに向かう。


母親「早く朝ごはん食べなくちゃ遅刻するよ!……って、真由美、あんた顔赤くねぇ?」


そう言うと母親はまみの額に手を当てて自分の額の温度と比べる。


母親「あんた熱あるんじゃねぇの?計ってみ?」


そう言うと母親は体温計を引き出しから取り出し、まみに渡す。


まみ「あ……37度8分だ……」


母親「やっぱり」


母親は少し呆れたような表情を見せる。


母親「今日は学校無理ね。電話しとくから真由美は朝ごはん食べて薬飲んで寝なさい」


まみ「食欲ねぇ」


母親「吐き気が無ぇなら食べれるだけでいいから食べなさい。食べないと薬も飲めんだらず」


最近はスノボをするようになり、朝食を取るようになったが、まみはもともと朝に弱く、朝食をあまり食べる方では無かった。


少量のごはんと味噌汁、卵焼き一切れを何とか食べて、薬を飲んだ。


母親「一眠りしたらお医者さん連れて行くから、それまで寝ときなさい」


まみは弱々しい声で「は〜い」と答えると自室に戻る。


制服を脱いで再びパジャマに着替えてベットに入る。


まみ『あ、そう言えばれぃちゃん達から返信来てるかな……』


ベットに入ってLINEを開く。


れぃとゆきからそれぞれ返信が来ていた。


れぃ『おはよ。だよなぁ……まだ進路とか将来とかわかんねぇよなぁ』


ゆき『おはよー。あたしも薬剤師免許取って家を継ぐ事を考えてはいるけど、それがやりたいかって聞かれたらやりたいって訳じゃない。家を継ぐ為に必要な免許だし、何て言うか人生の保険みたいな物。就職先が無かった時に助かるからね。親もやりたい事あったら無理に継がなくてもいいって言ってるし』


それを読んだ後、ボソッと「そっかぁ……」と言葉が漏れる。


まみ「あ、そうだ。今日学校休む事伝えとこ……」


まみ『おはよ〜。朝起きたら熱出てた。今日は学校休むね』


送信。


するとすぐに既読が2件付く。


ゆき『マジか。お大事に。ノートは取っておいてやるから安心して寝てろ』


れぃ『いいなぁ……あたしも休みてぇ』


体はダルくとも、れぃの表情が脳裏をよぎり、思わずクスと笑い「ありがとう、病院開くまで一眠りするね」と送信し、スマホを枕元に置いて目を閉じた。


ベットはまださっきまでの自分の体温がまだ残っており、ほんのり暖かい。

額に貼った「冷え冷えシート」も心地いい。

これなら眠れそうと思ったが、進路の事が頭をよぎる。


まみ『進路ってどうやって決めるんだらず……。得意な事……ゲーム?でもeスポーツの選手とかになれる程じゃねぇし、他に得意な事とか無ぇし……。得意な学科とかも……無ぇ。じゃあ消去法で……とりあえず接客業はダメだな。会社勤めも人と関わるからできそうに無ぇ。じゃあ職人的な……って、あたし技術も家庭科も美術も人並みだ』


考えれば考えるほど眠れない。


まみ『ダメだ。あたし、何も無ぇじゃん……』


気持ちは焦るばかりだ。


風邪で気分がネガティブになっているのもあるだろうが、考えはどんどん悪い方に進んで行く。


まみ『え?あたしひょっとしてニートまっしぐら?』


何だか自分が情けなくなり涙があふれ出て来た。


どうやらその後寝落ちたようで、次に目が覚めたのは病院に行く為に母親に起こされた時だった。


母親「真由美、起きれる?」


まみ「ん。なんか寒い」


母親「また熱上がってるんじゃねぇ?一応計っときな」


手渡された体温計で体温計を計る。


まみ「38度2分……」


母親「やっぱり熱、上がってるね。寒くねぇように厚着して。お医者さん行くよ」


もたくさと着替え、マスクを付けて車に乗り込み、子供の頃からお世話になっているおばあちゃん先生がやっている内科に向かう。


車の中で少し沈黙の時間があったが、まみが口を開く。


まみ「ね、お母さん。進路ってどうやって決めたらいいの?」


母親「何よ藪から棒に……。そうね〜、自分のやりてぇ事とか得意な方面に進むのが良いとはおもうけど……」


まみ「あたしそう言うの特に無ぇ……」


母親「そだから、大学に行ってその4年間でやりてぇ事とか得意な分野を探すの」


まみ「大学って色々あるじゃん。学部とかも。それって大学に行った時点である程度決まっちゃうんじゃねぇの?」


母親「そうね。でも嫌いな方面の大学にはそもそも行きたくねぇでしょ?」


まみ「うん。ヤだ。」


母親「だから高校の3年間でやりてぇ事、やっても良い事、これならちょっと頑張れそうな事に目星を付けて、その方向の大学に行く訳」


まみ「でもその大学に行けるだけの学力無かったら?」


母親「そこよ!いざ、行きてぇ大学や、進みてぇ方向があった時にそこに行く為の学力を今のうちに身に付けておく。これが普段の勉強」


まみ「全然実感わかねぇ……」


母親「そうねよ〜、じゃあ例えば……。シリアルナンバー入り100個限定生産豪華特典付きのグッズがあったとするでしょ?」


まみ「変に例えがリアルじゃん」


母親「そのグッズがどうしても欲しい。特に特典に凄い価値があるとする」


まみ「ん。何となくイメージできる」


母親「その限定生産が一つ1万円だったとする。もたもたしてたら売り切れちゃう。そんな時にお小遣いやバイト代を無計画に使って、貯金が無ければ買えない。だからそんな時の為に貯金する」


まみはふんふんと、無言で相づちをうつ。


母親「仮に貯金1万円あったとしても、このグッズの販売方式がオークションだったらどうなるか。欲しい人達で競り合って値段が上がって行くから、よりたくさんお金を持っている人が買える」


まみは何か言おうとしたが、口を差し挟むのを止め、聞き続ける。


母親「大学受験もこれと同じで、そもそも合格ラインの学力が無いと、その大学を目指す事すら難しくなる。合格ラインに達していても、より好成績だった人から合格していくから場合によっては落ちる」


まみは風邪のダルさもあるのだろうが、げんなりした表情だ。


母親「今はやりてぇ事や得意な事が無かったとしても、それが急に見付かったりするの。だからそれに備える。お母さん、今はそれでいいと思うよ。さ、お医者さん着いた」


子供の頃から面影が全然変わらないおばあちゃん先生に診察してもらい、風邪薬をもらう。


まみ「あ、これ苦いやつじゃん」


母親「良薬口に苦しよ。さ、帰ったら何かちょっと食べてまた寝なさい。お粥なら食べれる?」


まみ「ん。」


その後は家に帰るまで無言だった。


その間もまみは自分の将来についてぐるぐると頭の中で考えを巡らせる。


まみ『あたしのしてぇ事……。ゲーム?スノボ?コスプレ?……したくねぇ事ならたんとあるんだけどな……。勉強、人と喋る事……。あ、ゆきちゃんとれぃちゃんと……、ちーちゃんとはお喋りしてぇかな……』


家に戻り、お粥を食べて薬を飲んで、またベットに入る。


薬に眠たくなる成分が入っているおかげか、今度は何かを考える余裕もなく眠りに落ちた。


次に目を覚ました時は既に外は暗くなり始めていた。


まみ「4時半……」


ぐっすり眠ったおかげか薬が効いたのか、さっきより少し楽になっている。


まみ「汗かいた。着替えよ……。冷え冷えシートもカピカピになってる……」


ベットから起き上がり、パジャマから下着から全て着替える。


再びベットに潜り込んだ時に家のインターホンの音が聞こえた。


まみ『またお姉ちゃん、ネットで買い物でもしたかな……』


そんな事を思いながら目を閉じると玄関から母親と聞き慣れた声が聞こえて来た。


母親「あらー、えーっと、ゆきちゃんとれぃちゃん?え?お見舞い?わざわざこんな遠くまでありがとうね。真由美、起きてるかどうかちょっと見てくるね」


パタパタと母親のスリッパの音が近付いて来る。


まみの部屋のドアがそーっと開き、母親が覗き込むと同時にまみと目が合う。


母親「あら、起きてただ。ゆきちゃんとれぃちゃんがお見舞いに来てくれたけど……」


まみ「え?どうしよ。お見舞いってどうしたらいいの!?」


慌てる娘を無視して話を進める母親。


母親「とりあえずちょっと元気になったみたいね。ゆきちゃーん、れぃちゃーん、真由美起きてたから上がって来て!」


と、同時にゆきとれぃの「おじゃましまーす」と言う声が聞こえ、足音が部屋に近付いて来た。


母親は「じゃね」とだけ言い残し、無情にもまみを置いて退室。

母親と入れ替わりにゆきとれぃが部屋に入ってきた。


ゆき「まみ〜、調子どう?」


れぃ「……おとなしく寝てたか?……」


まみ「あっ……あっ……あの……遠路遥々ようこそお越し下さいました」


ゆき「あっはっは!何だよそれ!」


れぃ「……うむ。その返しは新しいな。今度パクらせてもらわず……」


ゆき「とりあえずこれ。今日の授業のノートのコピーと……コンビニのプリン!お見舞いじゃ〜ん」


れぃ「……どした?ぽかんとした顔して……」


まみ「えっと……あの……お見舞いとか来てもらうのあたし初めてで、どう対応したらいいか……」


ゆき「あ〜……、そう言えばあたしも誰かの所にお見舞い行くの初めてだわ」


れぃ「……あたしも行くのは初めてだな……」


ゆき「お見舞い来てもらった事はあるの?」


れぃ「……小学校の時、盲腸で入院した時、学校の先生がお見舞いに来た……」


ゆき「お見舞いって言葉は知ってるし、どう言うものかも知ってるけど、けっこうみんなやった事もしてもらった事もねぇんだね」


まみ「みんなもそうなんだ……。えっと……じゃあ、あたしどうしたらいいんだらず?」


ゆき「とりま『ありがとう』って言っとけばいいんじゃねぇ?」


れぃ「……別にあたし達もお礼の言葉を期待してる訳じゃねぇけどな……」


まみ「あっ!あのっ!……ありがとう……」


ゆきはまみの「ありがとう」を聞き、ニカッと笑う。


ゆき「なぁに、良いって事よ」


れぃ「……だな。あたしらが来たくて来たんだから……」


ゆき「それよりプリン食べれる?全員分買って来たんだ」


まみ「うん!食べれる!」


れぃはボソッと「借りるぞ」と言うと、勉強机の椅子を引っ張って来て背もたれを前に跨るように座る。


ゆき「あ、ずるい」


れぃ「……こう言うのは早い者勝ちだ……」


そう言うとれぃはわずかにニヤリと笑う。


挿絵(By みてみん)


ゆき「じゃああたしはこのクッション借りるよ〜」


ゆきは座るとコンビニのレジ袋からプリンとスプーンを取り出し、まみとれぃに配る。


れぃ「……さんきゅ……。あ、まみ……」


まみ「はい?」


れぃ「……まみの事だから……先に言っておく。プリンはあたしのゆきからのおごりだ。金払おうなんて野暮なマネすんじゃねぇぞ……」


まみ「いいの?」


ゆき「この子、やっぱり」

そう言うとゆきはカンラカンラと笑う。


れぃ「……な、言ったとおりだらず?……」


れぃはゆきに謎のドヤ顔。


れぃ「……こーゆー時は素直に奢られとけ……」


ゆき「そーそー。気持ちを受け取るってのも大事だよ〜。じゃあ、いっただっきま〜す」


ゆきは先んじてプリンの蓋を開ける。


つられるようにしてれぃと、一拍遅れてまみもプリンの蓋を開ける。


ゆき「うンまぁ〜!これ、期間限定で出た時から目ぇ付けてたんじゃん!」


れぃ「……幸せの味だ〜……ん?まみ?……」


まみ「……お゛……お゛ぃじぃよ〜〜〜」


まみはボロボロと涙をこぼしながらプリンを食べている。


ゆき「え?泣くほど美味い?」


まみ「おいしい……んだけど、美味いから涙出てきてる訳じゃなくて、何かよくわかんねぇけど泣けてきたぁ〜〜」


れぃ「……それは……あれだな。まみ、また余計な事を深刻に考え過ぎたりしてただらず……」


ゆき「あー、進路の事?」


れぃ「……あたしの予想では、たぶんそう……」


まみは小さく頷く。


れぃ「……やっぱり……。で?何考えただ?……」


まみ「え〜っとね……、ほら、ゆきちゃんは将来、薬剤師免許取ってお家の仕事するとかってあるじゃん……」


ゆき「あくまで保険だけどな。薬剤師免許持ってりゃ都会の処方箋薬局とかに務める事もできるし。他にやりてぇ事あったとしても別に邪魔にはならんし」


まみ「……れぃちゃんはまだ将来の事わかんねぇって言ってたけど、あたしもわからんでさ……」


れぃ「……一応、お笑い芸人が夢ではあるけどな……」


ゆき「マジか!?すげぇな」


れぃ「……まぁあの世界も厳しいみてぇだから、夢て言うかただの憧れレベルかも知れんけどな。自分でも夢なのか憧れなのかよくわからん……」


まみ「れぃちゃんもやりてぇ事あるんだ……」


れぃ「……お笑い芸人になるか、なれるかは別として、大学行ったら落語研究会に入りてぇな……」


ゆき「落語にも興味あんの?」


れぃ「落語は言葉の芸術だぞ!同じ噺でも噺家によって面白さが変わる!厳選された言葉の言い回し!オチで見事な伏線回収!その噺の世界の風景が寄席に来ている人全員の脳裏に投影される!コントのようにセットとか無いし、漫才のように相方も居ないのに複数人の登場人物を演じ分け……」


スイッチが入ったれぃが饒舌になるのはいつもの事である。


ゆき「わかったわかった。その話はまた今度聞くよ。……で?まみ?」


まみ「え、あ……うん。……で、あたしも考えたんじゃん。あたし、何がしてぇのかな〜、何ができるんかな〜って」


少し落ち着いたのか、まみの涙は止まっている。

話す様子も伏し目がちで声のトーンも暗い様子ではあるが、普通に喋れている。

まみはまたプリンをひと匙食べ、話を続ける。


まみ「そしたらあたし、何も無かったんじゃん。やりてぇ事も特にねぇし、できそうな事も人見知りの性格を考えたらできねぇ事ばっかだ……」


ゆきとれぃは少し視線をお互いに合わせるが、まだ口を差し挟む時では無いと察し、聞きに徹している。


まみ「でも、やりたく無ぇ事はホントいっぱいあって……とにかく人と関わる仕事は無理だし、したくねぇし、できるんだら家で一人で黙々とできる仕事とかしかできなそうだし……」


そこで我慢しきれず、れぃが口を開こうとしたがゆきに軽く手で静止され、口をムニムニと動かし、再び黙る。


まみ「今までは家で一人でいるのが一番気楽だし、苦じゃなかったんだけど……」


ここで少し言いにくそうに短い沈黙が訪れる。

ゆきとれぃは辛抱強くまみが話を再開するのを待つ。

れぃの我慢はそろそろ限界に近い。


まみ「でもね!ゆきちゃんが大学行って、れぃちゃんも大学行って、その時あたし一人だけ家でいるのって何かヤだな……って」


ゆき「じゃああたしかれぃかが進学する大学に一緒に行けばいいんじゃね?」


れぃ「……ひょっとしたらあたしもゆきと同じ大学に行くかも知んねぇぞ……」


まみはハッとした表情でゆきとれぃを見る。


まみ「いいの?」


ゆき「は?」


れぃ「……まみ、お前、何言ってんだ?……」


まみ「同じ大学……」


ゆき「それを決めるのはあたし達じゃなくて、まみ、あんたじゃん」


れぃ「……それに行きたいって言っても大学が入れてくれるかわかんねぇしな……」


まみ「でも、薬剤師を目指す訳でもねぇし、落語研究会に入る目的も無ぇあたしは大学の何学部に行けばいいの?」


れぃ「……知らねぇよ。あたしも落語研究会に入りたいって思ってるだけで学部とか全然決めてねぇし……。まぁでも苦手な学科の学部は行かねぇだろうけどな……」


ゆき「じゃあ三人とも『とりあえず』の目標は大学に行く……でいいんじゃね?」


まみ「いいの?」


れぃ「だぁら知らねぇよ!」


ゆき「いや、キレんなし」


れぃ「いや、我慢できねぇ!まみ!結局は、まみがしたいかしたくねぇか!行きたいか行きたくねぇか!行きたいけど勉強嫌だってんならその2つを天秤にかけて『行きたい』を優先させるか『勉強から逃げるか』を選べばいいじゃん!あたしはゆきとまみと同じ大学とか行けたら大学も楽しそうだなって思うけど、あたしもまみの人生背負えねぇから安易に同じ大学に行こうとか言えねぇんだよ!」


ゆき「わかった!わかったから落ち着け。まみは今、風邪っぴきで病人だ」


れぃ「……む……」


少し頭に血が上っていた事に気付いたれぃは、まだまだ言いたそうな表情ではあるが、とりあえず一度口をつぐんだ。


れぃが口をつぐんだのを確認して、今度はゆきが口を開く。


ゆき「れぃはキレモードだったから言葉は乱暴だったからアレだけど、あたしも薬剤師免許を取るって目的はあるけど、薬剤師免許を取る為の勉強をしてえかって言われたら正直めんどくさいんだしない〜。そんな勉強三昧の大学生活とかうんざりだし。そんな大学でもまみとれぃが一緒だったら楽しい大学生活になるなぁ……ってあたしも思う。でも、れぃも言ったけど、あたしもまみやれぃに同じ大学に来てとは言えねえなぁ」


れぃ「……つまりアレだ。まだあたしもどこの大学に行くか……とかいっさら決めてねぇけど、あたしもゆきとまみが一緒だったら嬉しい。そこは間違いねぇんじゃん……」


ゆき「そ。でも大学に行くか、どこの大学に行くかを決めるのは、やっぱりまみ本人じゃねえとダメなんじゃん」


れぃ「……とか言ってるけど、あたしら大学行けるくらいに成績上げれるんか?……」


ゆき「それな〜」


ゆきはうんざりした表情で天井を仰ぐ。


まみ「行く……。あたし、ゆきちゃんとれぃちゃんが行く大学に、あたしも行く!」


れぃ「……いや待て。あたしとゆきが同じ大学に行くとは限らんぞ……」


ゆき「いいじゃん。進路を決めるまでのあいさにそれぞれやりてぇ事が見付かるかもしれねぇし、見つかったら見つかったで、三人それぞれがやりてぇ事が同じ大学でできるかも知れねぇし」


れぃ「……だな……」


まみ「うん!」


ゆき「……と、なると、ある程度こっちが大学を選べるくらいの成績になってなきゃマズいって事だな」


れぃ「……しゃあねぇか……スノボするのにもバイトしてお金貯めなきゃいけねぇみたいに、大学行く為の努力とか頑張りは必要って事だな……」


まみ「うん……だね……」


ゆき「……でも……」


ゆき・まみ・れぃ「「「勉強したくねぇなぁ〜」」」


申合せた訳では無かったが、「勉強したくない」がハモった三人。


一瞬、お互いの顔を見合わせ、同時に吹き出した。


おおよそ見舞いとは思えぬ賑やかな空間がそこにはあった。


いつしか帰って来ていたののこは二階から聞こえてきた笑い声にニヤっと笑い、母親に「上、盛り上がってんじゃん」と指を指す。


母親「真由美、風邪引いてるの忘れてんじゃねかね。……って、あら、もうこんな時間!あの子達送ってあげなきゃ」


ののこ「いいよ。あたしがあの子達送って行くから。じゃあ、ちょっくら行って来る」


そう言うとののこはジムニーのキーのキーホルダーリングに指を通し、クルクルと回しながらまみの部屋に向かった。


まみの部屋のドアをノックして中を覗き込む。


ののこ「いらっしゃ〜い。ののこさんだよ〜」


ゆき「あっ!ののこさん、おじゃましてます!」


れぃ「ちわっス!」


ののこ「もう遅いから二人共送って行くわよ」


ゆき・れぃ「「え゛?」」


憧れのののこに送ってもらえる嬉しさと、ののこのワイルド過ぎる運転に対する恐怖感が入り混じり、二人はきひつった表情で顔を見合わせた。


ゆき『どーする?ののこさんが送ってくれるのは嬉しいけど……』


れぃ『駅まで、ののこさんの運転に耐えるだけの体力残ってるか?』


ゆき『ん〜〜〜〜〜。ギリ……』


れぃ『あたしもたぶん……なんとか……』


ののこ「どした〜?遠慮しなくていいぞ〜」


ゆき「えっと……あの……なんか勝手に押しかけて送って頂くとか申し訳なくて……」


ののこ「変なとこに遠慮する子ね。いーのいーの、妹のお見舞いに来てくれただけでもありがてぇんだから!さ、行くよ。忘れ物ないようにね!」


ゆきとれぃは荷物をまとめ、まみの部屋を後にする。


ゆき「あ、まみ。見送りはいらねぇからねっ」


れぃ「……そーだぞ。ちゃんと寝て、しっかり治して、早く学校出てこい……。じゃなっ……」


ゆきとれぃは覚悟を決めてののこのジムニーに乗り込む。


ののこのジムニーは「いつも通り」軽快に走り出し、またたく間にエンジン音は聞こえなくなった。


まみは少し気持ちが軽くなったおかげか、すぐに眠りに落ちた。


安らかなまみとはうらはらに、ゆきとれぃのののこの運転地獄は始まったばかりだった。


ゆき『ひえ〜〜〜〜!』


れぃ『し……し……し……死んじゃうっ!』

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