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第37話「説教」

第37話「説教」


三人は部室である理科準備室で神妙な面持ちで向き合っていた。


緊張感あふれる沈黙の後、ゆきが絞り出すように話し始めた。


ゆき「……どうだった?……」


れぃ「……無事、死亡……」


ゆき「まみは?」


まみ「聞かんで……」


れぃ「……そう言うゆきはどうだったんじゃん……」


ゆき「ギリ赤点は免れたくらい……」


れぃ「裏切り者!」


ゆき「いや、キレんなし」


まみ「裏切り者〜」


ゆき「まみも!?」


新学期が始まり、翌日の実力テスト。

そしてその結果が出たのである。


れぃとまみはいくつか赤点。

ゆきはギリギリ赤点は免れたものの、決して誇れる点数では無かった。


まみ「ヤバいなぁ〜……お母さんに絶対怒られるよ……コレ……」


れぃ「……うちもたぶん……いや、確実だ……」


まみ・れぃ「「はぁ〜〜〜〜」」


まみとれぃは深いため息をつく。


ゆき「あたしだってほとんど平均点以下だから、状況的にはえれぇマズい」


れぃ「……赤点か赤点じゃないかの差はでかいぞ……」


まみ「赤点だった教科は補習と追試だしね〜」


れぃ「……始業式の日、寄り道せずに真っ直ぐ帰ったのに……」


ゆき「真っ直ぐ帰って何してただ?」


れぃ「……うぐっ……」


言葉につまるれぃ。

どうやら真っ直ぐ帰っただけで、勉強はほとんどしなかったようだ。


ゆき「まみは?」


まみ「あたしも真っ直ぐ帰って……」


ゆき「帰って?」


まみ「ちょ〜〜〜っと裏十二支大戦やってたら10時になってて、そこから勉強したんだけど……」


ゆき「昼過ぎに帰って夜10時までゲーム?……ちょっと?」


まみ「だって、チーちゃんの美卦をイメージした滑り見たら、美卦でクリアしたくなるじゃん?」


ゆき「知らねぇよ」


れぃ「あ〜〜〜、ちくしょう!何で新学期早々実力テストなんじゃん!何ていうか、ほら、とぶ(走る)時でも準備体操とかいるじゃん!何でテストの時だけまったりモードからいきなり全力疾走させるかな!」


ゆき「そだから冬休みのあいさにウォーミングアップしとけって事なんだらず?」


れぃ「そんなの『休み』じゃねぇじゃん!詐欺だ!」


その会話を聞いていた美紅里が我慢しきれず一喝する。


美紅里「あー!あんた達、うるさい!教師は冬休みの間もほとんど仕事なんだよ!」


れぃ「そうは言うけど、美紅里ちゃんもスタジオ撮影してたじゃん……」


美紅里「何故……それを……」


ゆき「美紅里ちゃんのコスネットのアカウント、あたし達フォローしてるし……」


れぃ「……謹賀新年の写真であの写真は刺激強すぎ……ひたたたたたたた!ほーりゃくはんはい!ほーりょくはんはい!」


お約束のようにほっぺたをつねり上げられるれぃ。


美紅里「あたしの話はいいから!あなた達、補習の後、追試でしょ?さっさと帰って勉強しなさい!」


半ば追い出されるように三人は理科準備室を追い出された。


ゆき「どーする?」


れぃ「……帰って勉強……する?……」


ゆき「あたしに聞くな。あたしは補習も追試も無ぇ」


まみ「裏切り者〜」


ゆき「別に裏切ってねぇし!」


三人はトボトボと駅へ向かった。


ゆき「そういや、まみ……コス滑走の事ののこさん覚えてた?」


まみ「予想どおり全っ然覚えてなかった」


れぃ「……いいのか?……」


時間は巌岳からの帰りの車に戻る。


ののこ「真由美、ホワイトアウト怖かったんじゃねぇ?」


まみ「うん。見えてるけど見えねぇ。立つことさえできねぇって怖いね……」


ののこ「あたしも焦ったよ。真由美達が巌岳いるのわかってるし、白馬78も完全にホワイトアウトだし、電波届かねぇし……」


白馬78はののこがバイトしに行っている白馬エリアで人気のスキー場のひとつだ。


まみ「お姉ちゃんが美紅里ちゃんに連絡してくれたんじゃねぇの?」


ののこ「したよ。ただ、あたしのスマホからじゃ連絡取れなかったから、美紅里さんの番号知ってそうなバイト仲間に社線で連絡して……。でもその時にはもう美紅里さんそっちに向かってたみたいだけどね」


まみ「美紅里ちゃん、学校にいたんでだらず?何であたし達がホワイトアウトで身動き取れなくなってる事がわかったんだらず?」


ののこ「真由美達が巌岳に行ってる事は知ってたから、ちゃんと気にしてくれてたんじゃん。あたしも朝、あんなにバタバタしてなきゃ真由美達にホワイトアウトしそうなら建物から出るなってアドバイスしてから行ったんだけどね」


まみ「そうだ!お姉ちゃん!もう!友達の前で家みたいにあけっびろげに着替えるのとか止めてよ!」


ののこ「女同士じゃん」


まみ「それでもダメ!もう!すんごいしょうし(恥ずか)かったんだから!」


ののこ「いいじゃん。あの子達も憧れのののこさんのおっぱい見れてラッキーじゃん」


まみ「うわ……最悪……」


ののこ「って、そう言えば、あたし拓さんとこで飲んでたとこまでは覚えてんだけど、部屋に行った記憶無ぇんだしない〜」


まみ「あたし達が運びましたっ!」


ののこ「あー、そうなんだ〜。じゃあおっぱいはお礼って事で」


まみ「お姉ちゃんっ!」


まみは少し声を荒らげてふざけるののこに抗議の声を上げる。


ののこ「ははは!ごめんごめん!」


まみ「食堂からお部屋まで覚えてねぇって言ってたけど、コス滑走の話は覚えてる?」


ののこ「ん?何それ?」


まみ「全っ然覚えて無ぇの?」


ののこ「全く」


まみ「最悪だ……」


ののこ「え?何?」


まみは事の顛末をののこに伝えた。


ののこ「マジかぁ〜〜〜」


少し困ったように吐き出すような口ぶり。


ののこ「あたし、ホントに健太郎君に一緒にやろうって言ってしまったの?」


まみ「えれぇ言ってた」


ののこ「冗談だと思ってるとか……」


まみ「チーちゃんに煽られて、その場でキルオの衣装と剣のセット買ってた」


ののこ「あっちゃぁ〜〜〜」


そして時間は戻る。


まみ「……って感じだった」


ゆき「お礼か……お礼だと思えば、有り難く拝ませて頂いたて言う事で……」


まみ「そこっ!?」


れぃ「あたしと一緒に寝ようって言った事は覚えて無ぇの!?」


まみ「たぶん覚えてねぇだらずね……って、そこっ!?」


ゆき「いや、話を戻さず。……で、ののこさんどうするの?」


まみ「帰ってから電卓叩いてた。アスカは夏のコミゲに向けての計画だったらしくって、それに向けてバイトして貯金するつもりだったみたいなんだけど、3月に間に合わせる為に何か色々金策に頭悩ませてたよ」


れぃ「……ののこさんくらいの人気レイヤーになったら中途半端なコスじゃ自分自身もフォロワーも納得しねぇだらずからな……」


ゆき「健太郎さん、どの程度やるんだらず?


まみ「どの程度って?」


ゆき「仮にもののこさんのパートナー務める訳だらず?中途半端なコスじゃののこさんのフォロワーが黙ってねぇんじゃねぇ?」


れぃ「……自分が納得してたら周りの声なんてどうでもいいんじゃね?……」


まみ「あ、それ、お姉ちゃんも言ってた。コスプレは他人の言葉を聞いちゃダメたって」


ゆき「どう言う事?」


まみ「ん〜……、お姉ちゃんが言うには、例えばある作品でテレビ版と劇場版でキャラクターの衣装が少し違ったりするじゃん。で、劇場版のデザインでコスするって決めてコスしたとして、他の人にテレビ版の衣装の方が良かったとか言われてもどうしようもねぇじゃん。そだから自分がやりてぇようにやるのが正解だって言ってた」


れぃ「……ま、アンチはどこにでもいるしな……」


ゆき「ん、まぁそうだけど……、健太郎さん、ソードワールドオンライン自体見た事無ぇって言ってたじゃん」


まみ「そこはチーちゃんが、バッチリ予習させて来るんじゃねぇかな」


れぃ「……チーちゃんなら口八丁手八丁で健太郎さんを沼にハメて来ると思う……」


そう言うとれぃはクククと小さく笑う。

いつもは無表情なれぃには珍しいリアクションだ。


ゆき「あー、この際だからもうぶっちゃけて言ってしまうけど……あたしはカッコ良いののこさんのアスカとカッコ良い健太郎さんのキルオが見てぇ!そしてそのカッコ良い二人がコス滑走してお互いのカッコ良さが相乗効果になってさらに魅力的なコンビネーション滑走をこの目に焼き付けてぇ!ってか写真撮りてぇ!」


そう言うとゆきは右手の拳を固く握り、ガッツポーズをしながら空を見上げる。

太陽の光がゆきの眼鏡に反射し、キラっと輝く。


れぃ「……ゆき、激熱じゃん……」


ゆき「当然じゃん!ののこさんのコス滑走が見れるんじゃん!?健太郎さんもスノボえれぇ上手いし、それが……あ〜〜〜上がるわ〜〜〜」


ゆきは四精霊戦記と言う作品に出てくる風の精霊騎士シルフィードのコスプレをしている。


剣、魔法、鎧、そしてファンタジー世界がゆきのストライクゾーンなのだ。

そしてソードワールドオンラインと言う作品はゆきにとっては、どストライクな作品。


実際にシルフィードのコスプレをするかソードワールドオンラインのキャラクターのコスプレをするか迷いに迷ってシルフィードにしたくらい。


ののこと健太郎のコスプレ滑走に、まみとれぃ以上に熱い期待を寄せているのだ。


れぃ「……わーった、わーった……でも、ゆきさんよ。ののこさんと健太郎さんのコス滑走に期待するのはいいけど、ゆき自身はシルフィードのコスで滑れんのかい?……」


ゆき「うっ……それは……練習する……」


れぃ「……いや、スノボの技術うんぬんの話より先に、シルフィードのコスチューム自体がコス滑走に耐えれる強度あるんか……って話だ……」


まみ「確かにシルフィードの鎧って、すごい風の抵抗とか受けそうじゃん。滑ってるうちに取れたりしねぇ?」


ゆき「……やべ……。まぁず考えて無かった……」


れぃ「……そもそもシルフィードの衣装って水に濡れても大丈夫なんか?……」


ゆき「素材はライオンボードで水に強いから大丈夫だと思うけど、確かに風の抵抗とかは考えなくちゃ……じゃん…」


まみ「前から気になってたんだけど、あのシルフィードの衣装って買っただ?」


れぃ「……いや、あれは売ってねぇだろ……」


まみ「え?じゃあ、自作!?」


ゆき「え〜〜っと……あ〜〜……、鎧の部分は……つ……作ってもらいました……」


いつもは何でもズバズバ言うゆきがめずらしく口ごもる。

しかし、そんな違和感を気にしないのがれぃだ。

間髪入れずに質問を投げかける。


れぃ「……誰に?……」


ゆき「…………-サン……」


れぃ「……聞こえねぇよ……」


ゆき「オトーサン……」


まみ「お父さん!?」


れぃ「……マジか……ゆきの父ちゃん、スゲェな……」


まみ「そう言うお仕事してるだ?」


ゆき「いや、ただの趣味……」


れぃ「……コスプレが趣味?……」


ゆき「いや、そうじゃなくて、何かこう……日曜大工とかプラモデルとか、とにかく何か作るのが趣味みたいで……」


れぃ「……いいじゃん。別にそんな言いにくそうにするようなこっちゃねぇじゃん……」


まみ「あたしもそう思うけど……」


ゆき「いや、何て言うかうちのお父さん、度が過ぎてるって言うか……」


まみ「確かにクオリティ高かったしない」


れぃ「……クオリティ高いのは別にいいじゃん……」


ゆき「変な所にこだわるんだよね〜。『鎧ならこの部分が守られてねぇのはおかしい』てか『動きまわるのにこの部分は邪魔になるからこの設定はおかしい』てか『この構造でこの位置にこれを固定するのは物理的に不可能』てか……」


れぃ「……あぁ、めんどくさいヤツだ……」


ゆき「それ!そこは架空だからいいって言ってもあーだこーだ言ってくんのよ」


まみ「でもゆきちゃんが納得できるクオリティにはなってんだよね?」


ゆき「まぁそうなんだけどぉ……」


そう言いながら軽くため息をつく。


れぃ「……コスプレ滑走するとなると、空気抵抗とか何とか言い出す訳だ……」


ゆき「100%言い出す」


駅に着いた三人はそこで解散した。


その日ゆきは帰ってすぐに母親から実力テストの結果に伴う小言に小一時間耐える事になったが、夕食の頃にはほとぼりが冷めていた。

やはり赤点であったか否かは大きい。


夕食を終え、風呂に入り、父親に風呂が空いた旨を伝えに父の部屋に向かった。


ゆき「お父さん、お風呂空いたよ」


父「おぅ……」


ゆきの父親は農協に勤めるごく普通のサラリーマン。

吉田家は父親よりも母親が家庭を牛耳っている。

それ故か、父親は特に教育や躾に厳しい訳でもないし、かと言って無関心でもない。

特に無口でもなければ気難しくもない。

色んな意味で普通。

趣味はプラモデル作り。

部屋中、飛行機や船、車、バイク等のプラモデルが棚に飾られている。

だが、プラモデルは趣味の一環でしかなく、本来は日曜大工や工作全般が趣味なのである。

ただ、日曜大工で嵩張る物を毎度作ると置き場所に困るので、プラモデルを作る事が多い。

この時も、作りかけの車のプラモデルを触っていた。


父親は風呂が空いた報告を受けたが、作業のキリが悪いのか、返事はしたが手は止まっていない。


その様子を見て、ゆきは父親に話しかける。


ゆき「え〜っと、あのさ……」


父「ん〜?どした〜?」


ゆき「ちょっと相談……て言うか、場合によってはお願い……に、なるかも知れねぇ話なんだけど……」


そこまで聞くと父親は手を止めてゆきの方を向く。


父「お?なんだ?」


その表情にはめんどくさい感は一切無く、興味津々と言った表情。


父親は娘からの相談やお願いが自分にとって面白い事であることが多い事を知っているのだ。


ゆき「え〜っと実は……あたし、スノボ始めたじゃん?そこで……」


ゆきは父親にシルフィードでコスプレ滑走をしたいと言う話をした。

そして予想通りのリアクションが父親から返って来た。


父「なるほど。まず、そのコスプレでスノボで滑るってのは、やっていいものなのか?」


ゆき「うん。そう言うイベントが開催される日があるみたい」


父「あとは美由紀のスノボの技術でコスプレして滑るのが危なくねぇか、父さんはそこが気になるな」


ゆき「うん……そりゃ……まだ練習中なんで何とも言えねぇんだけど、コスプレ滑走経験者の人の話だと、ビギナーでも大丈夫って話」


父「ん。父さんもその件はちょっと高い調べてみる」


ゆき「うん……で、相談って言うかお願いなんだけど……。今のシルフィードの衣装だったら雪とか水に濡れたらヤバそうじゃん?転んだ時に壊れてもいけねぇし……」


父「だな。そんな激しい動きを想定して作ってねぇからな」


ゆき「……で……、コスプレ滑走するならそれに伴う補強を……」


そこまで聞くと、父親はパンっと膝を叩く。


父「よし、わかった。シルフィードの設定資料を集めといてくれ。納期は?」


ゆき「イベントが3月だから……」


父「なら、2月中だな。父さんスノボの経験が無ぇからどんな動きをするかわからん。そこも考えんといかんな……」


これはゆきに言ったのか、既に頭の中で始まっている雪山滑走用コスチューム制作計画に対して独り言を言っているのかわからないが、明らかに父親のスイッチが入ったのが16年娘をやって来ているゆきの目には明らかだった。


父親は既にパソコンを操作し、過去に作ったシルフィードの鎧の設計図をプリントアウトし始めている。


ゆき「えっと、あの、お父さん……お風呂……」


父「おっ、そうだったそうだった。あとこれをプリントアウトしたら……よし。じゃあ父さん、風呂入ってくる」


父親は何からブツブツ言いながら風呂に向かったので、ゆきも自室に戻った。


自室でシルフィードの資料を集めていたらノックする音。


母「美由紀、入るよ」


返答する間もなく扉が開き、母親が入って来た。


ゆき「ん?何?」


母「『何?』じゃねぇわよ。美由紀、あんたお父さんにまた何か頼んだだらず」


ギク……


母「ほら、その表情!さぁ、吐け」


ゆき「ってか、何でわかった?」


母「わからん訳ねぇだらず。お父さんがブツブツ言いながらどこを見てるかわからねぇ目付きで何かしてたら、その時は間違いなく何か作ろうとしてる時だからよ」


ゆき「うわ、バレてら」


母「さぁ、吐け」


こう迫られては既に誤魔化す事もできない。

例え誤魔化しても父親があのモードに入ればおのずとバレる。


ゆきは下手に誤魔化せば余計に面倒な事になると察知し、洗いざらい話した。


母「あんた……また、そんな……」


母親のやれやれと言った表情。

母親はコスプレに関してもスノボに関しても、やる事さえやっていれば基本的には何も言わない。


ただ今日は実力テストの件があるので少々状況は悪い。


母「お父さんがあのモードになったら止められねぇからどうしようもねぇけど、あんた、成績は落とすんじゃねぇよ!」


母親の「成績落とすんじゃねぇよ」はいわゆる最後通告。

学年末テストで成績を落とせばどんなペナルティが課せられるかわかった物ではない。


ゆきはコスプレ滑走までの間、勉強とコスプレ衣装とスノボの3つの案件を抱える事になった。


一方、まみも家で実力テストの成績について散々小言を言われ、ヘコまされていた。


もちろんコスプレ滑走がどうとか言い出せる雰囲気でもなく、追試に向けて勉強せざるを得ない状況で、自室の机に向かっていた。


そんな中、ののこが帰って来た。


ののこ「ただいま〜」


母「おかえり。紀子、ちょっと聞いてよ。真由美、実力テストで2つも赤点取って来たのよ。あんた先生の卵だらず?真由美に勉強教えてやってよ」


ののこ「何の教科?」


母「数学と理科」


ののこ「あー、あたしの専門外だわ。ざーんねん」


母「専門外でも大学生だらず」


ののこ「それ言ったらお父さんもお母さんも大『卒』じゃん。あたしはまだ大学『生』」


母「大学卒業して何年経ってると思ってんの?それにあたしもお父さんも教育学科じゃねぇからね」


ののこ「あたしが言うのもなんだけどさぁ、本人が勉強する気にならねんだらいくら教えても無駄無駄」


そう言うとののこは手をひらひらと振り、母親をあしらい洗面所に行ってしまった。


ののこ的にはまみ本人から「勉強教えて」と言って来たのならやぶさかでないが、母親からの依頼では動かなかった。

それは勉強に限らずで、まみがののこに頼って来た時に動く。

それがののこの妹に対する接し方のルールと距離感なのだ。


手洗いとうがいをし、ルームウェアに着替えてリビングに戻って来たののこ。

冷蔵庫を開けビールを取り出し、あぐらをかいてこたつに入る。


プシュッと言う音がリビングに響く。


缶ビールを半分くらいまで一気に飲み、それがルーティンであるかのようにポテチの袋を開けパリパリと食べる。


そこまでの一連の動作を終えて、またののこが口を開く。


ののこ「それにね、真由美は今はあのままでいいのよ」


母「何言ってんのよ、いっさら良く無ぇわよ!」


ののこ「いいの、いいの。どれだけ成績下がったか知らねぇけど、真由美って今まで成績はただの数字でしか無かっただらず?順位だとか偏差値だとか」


母「そんなもんでしょ、成績なんて」


ののこ「違う違う。今の真由美は誰より上で誰より下。誰が何点で自分は何点……。友達ができた事により『誰か』と比べるれるようになって来てるのよ」


母親はいまいち解ってなさげな表情だ。


ののこ「今までの真由美はお母さんに勉強しろって言われてたからしてた。たぶん、あたしが行ってた高校だからあの高校を目指した。真由美の中では家族以外の第三者の成績とかどうでもよかったのよ。でも今は友達できたじゃん?そのうち誰がどこの大学に行くなんて話に絶対になる。真由美は特に現時点で将来やりてぇ事もねぇから友達と同じ大学に行きてぇ……ってなる。そしたら自分の成績と友達が行こうとしている大学の偏差値を見比べ始めるようになる。そうなったら自分から『勉強しなきゃ』ってなるわよ」


後に学校の先生になろうかと言うののこ。

至極まっとうな事を言っているようだが、ルームウェアにどてら、ビール片手にポテチをつまみ、あぐらをかいている姿ではいまいち説得力が無い。


ののこ「今まで真由美は何かあったら『お姉ちゃんどうしよ』ってあたしの所に来てたけど、今は徐々にそれが友達に移行してきてる。そだから今はこれでいいのよ。今はその友達との関係を深める時期。高校生活だってまだ2年以上あんのよ」


そう言うと最後の一口、ビールを飲み干す。


ののこ「それに真由美の友達の二人。一人は真面目でしっかりしてるし、もう一人は自分をしっかり持ってるタイプ。間違っても悪い遊びとかにハマってグダグダになるタイプの子達じゃねぇわよ」


そこまで聞いて、母親も少しは納得したような表情を見せる。


母「ホント、何とか良い方向に行ってくれたらいいけど……」


ののこ「大丈夫、大丈夫!」


あまりにも軽い「大丈夫」に、また少し不安な顔をする母親。


ののこ「真由美っていつもポーっとしてる感じするけど、集中したら凄いのよ。集中するまでが長いんだけどね」


そう言うとののこはニャハハと笑い、母親はこめかみに人差し指を当てて頭痛をこらえた。


その話題になっているまみは、さすがにちょっとマズいと思ったのか、最初は嫌々だったが、いつしか勉強に集中していた。

体育祭の時の覚醒モードが実はそれである。

体育祭の時のゆきの素人暗示は当然効いた訳ではない。

皆が「まみは巫狐だ」と信じ込ませようとする雰囲気に自己暗示をかけるように巫狐を演じる事に集中したのだ。


まみが勉強しているこの数時間、何度かゆき達とのグループLINEが来ていたのだが、それに全く気付く事はなかった。


そのグループLINEを最初に送ったれぃも2教科赤点だったので、例外なく母親から小言を言われ、父親から説教されていた。


母「玲奈、冬休みだからと言ってハメ外し過ぎるからこう言う成績になるの!だいたい玲奈は普段からクドクド……」


れぃにしてみれば耳にタコができるような毎度の説教だ。

だが、れぃ本人はその時は「ごめんなさい」「わかりました」「以後気を付けます」を繰り返すが、心の中では改善する気はさらさら無かった。


れぃ自身、普段からの努力とか、コツコツやるとか、オンとオフを切替えてとか、それが良いのは十分承知している。

だが、承知しているからと言って、それが出来るかどうかは別問題なのだ。

興味が無い事には1mmも努力したくないのがれぃ。

親への反抗と言うより人生への反抗。

己を曲げずに成し遂げる事こそれぃの目標とする所なのだ。

五教科で合計400点を目指すなら、平均80点を取るのではなく、得意科目3教科で100点を取り、苦手科目2教科は勉強せずに50点で凌ぐのがれぃの理想。

それは机上の空論であり、その考えは若さゆえのツッパリなのだが、本人はそれが間違った事でないと信じている。

しかし、理想と現実は違う。

実際に今回の実力テストで得意科目も良くて70点台。

苦手科目は30点台と、散々な結果であった。


とりあえず今はこの場を何とかしなくてはいけないので、今はおとなしく頭をたれて母親の説教を右の耳から左の耳に流す作業に追われていた。


雰囲気的にぼちぼち説教も終わりの雰囲気になって来た所でタイミング悪く父親が帰宅。


父「……ただいま。……どうした。」


母「おかえりなさい。あなたも玲奈に厳しく言ってやって下さい。冬休みあけの実力テストで玲奈がひどい点数取って来たんです。冬休み中遊び回ってるから!」


父「成績……見せてみろ……。ふむ。こりゃ酷いな」


母「あたしは夕飯の支度があるから、あとはあなた、お願いしますね」


そう言うと母親はキッチンへと向かった。


父親はスーツのまま、れぃの前にドカと座り、✕だらけの答案を一枚ずつ無言で見て行く。


れぃの父親は実は警察官。

交通課の課長だ。

その厳格な雰囲気と勤務態度から署内でも恐れられている警察官の一人だ。


一通り答案用紙を見終わった父親は横に答案用紙を置き、れぃの方を向く。

そして数秒間の沈黙。


父「玲奈、この結果に至った原因は何だ?」


れぃ「実力テスト前日以外、まぁず勉強してませんでした」


れぃは何故か父親に対しては本音で物を言う事ができた。

父親はれぃの数少ない理解者であったし、見た目の厳格さと違い、中身はフランクでざっくばらん。

気取らず常にフレンドリーな性格で、親と言う立場から理想論を押し付けたりマウントを取るような事はしない事を知っているから。


父「ふむ。勉強しなかった理由は?」


れぃ「友達と遊ぶのが忙しくて勉強する気にもならなかったし、勉強をする時間を取る気にもならなかった」


父「原因が解っているんだら、次の学期末テストでの対策はどうする?」


れぃ「……普段から勉強する」


父「できるのか?」


れぃ「……たぶん……できねぇ」


父「あっはっは!だよなぁ!」


れぃ「だよね〜」


父「『できねぇ対策』は対策じゃなくて理想論。かて言って何も対策しねぇのは無策。問題解決の方法は一つじゃねぇ。理想論の対策が唯一無二の方法じゃねぇ。玲奈は嫌かも知れねぇが理想論が一番効率的なのかも知れねぇ。だが、そりゃ玲奈はしたくねぇ。ならば玲奈ができる対策を考えるしかねぇだらず。できる対策が思い付かねぇなら嫌でも理想論を実行するしかねぇ。頭を使ってアイデアをひねり出すか、嫌な方法を努力するか。好きな方を選びなさい。ただし!無策は許さんぞ。以上だ」


れぃ「普通にやるよりハードル高いじゃん」


父「当然だろ。目の前の壁をよじ登るのが辛いから壁が無ぇ所まで迂回すると言うだら、その分たんと距離を歩かなきゃいけねぇじゃん。でもどちらかの方法を選ばなければ目的地には着かねぇ。そう言う事だ」


れぃ「目的地って?」


父「そうだな、さしあたり身近な物で言うんだら進路や夢かな」


れぃ「進路か……」


父「テストや普段の勉強なんてのは壁の一つでしかねぇ。そだからカンニングや不正手段でいい点取っても意味がねぇ」


れぃ「……ん。ちょっと考えてみる……」


自室に戻ったれぃはベッドに寝転がり、天井を見据える。


れぃ『進路……か……。ゆきとまみは何か考えてんだろか……』


思ったら即行動。


れぃはスマホを手にグループLINEにメッセージを打ち込む。


れぃ『実力テストの結果の事で案の定、両親に説教された』


数分後、ゆきから返信。


ゆき『あたしもだ』


れぃ『説教されてる時にまだ1年なのに進路とかの話出てきた』


ゆき『まぁ早めに考えといて損はねえからな』


れぃ『ゆきは進路考えてんの?』


ゆき『あたしは実家のドラッグストア継ぐつもりだから薬剤師免許取ろうと思ってる。どこの大学かは決めてねえけど薬学科のある大学を目指すつもり』


れぃ『へぇ〜。もう考えてんだな。あたしはまだ全然だ』


ゆき『あたしみたいに家が商売やってて、継ぐには何かしらの免許が要る方が少数派だって。家が商売してても継がない人もいるだろうしな』


れぃ『まだまみからの既読付かないから、まみはまだ見てねえみたいだけど、まみは何か考えてんのかな?』


ゆき『あたしは聞いた事ない。本人からの返信を待とう』


れぃ『だな。説教された直後ってのもあるし、追試もあるから今夜は大人しく勉強しとくか』


ゆき『だな』


この何気ないグループLINEがら少なからず三人の中に「進路」を考える小さな種火となる事になったのを後に知る事になるのだった。

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