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第36話「ホワイトアウト」

第36話「ホワイトアウト」


ゆき「じゃあ、そろそろ行かずか」


ゴンドラを降りてすぐのレストランで昼食を食べ終え、少しまったりした時間を過ごした三人。

チーちゃんと過ごした時間の話に花が咲き、少々長居をしてしまった。


レストラン内は暖房がしっかり効いていたので、ウェアのジャケットを脱いでちょうどいいくらい。


三人はジャケットを着込み、レストランから出る。


……と、同時に吹き付ける風と雪。


ゆき「さむ〜〜〜〜〜〜!」


まみ「中が暖かかったから余計に寒く感じる」


れぃ「……滑ってたらすぐ体あったまる……はず……」


ゆき「ってか、この雪と風、ヤバくねぇ?」


まみ「視界悪いね〜」


空は黒い雲が広がり、レストランからゴンドラ降り場までの距離でも少し見えにくい。


れぃ「……早めに下山した方がいいかもな……帰れなくなったら困るぞ……」


ゆき「……だね。よし、行かずか!」


そう言うと三人は板を持って麓に続くコースへの歩き出す。


まみ「ゴーグル無かったら、目、開けてらんないね、これ……」


吹き付ける雪と風をふせように手をかざすまみ。


れぃ「……おぉ……既にウェアに雪が積もってるぞ……」


三人は板を履き、滑り出したが体が風に煽られる。


ゆき「風が強くて滑りにくい!」


まみ「視界悪いからスピード出すのも怖いね」


れぃ「……この状況でまだスピード出す事考えてるのかまみは……」


どのくらいの距離を滑ったのか、視界が悪いせいで全く距離感がつかめない。

それどころか、まみ達三人がそれぞれの位置を確認する事すら難しいくらいの視界になって来た。


まみ「ねぇ!コース、こっちでいいの?」


ゆき「全く見えねぇ」


れぃ「……おーい、ゆきー、まみー、どこだ〜……」


声は聞こえるが既にれぃの姿が見えない。


まみ「こっちこっち!」


ゆき「ってか、れぃ、どこー?」


れぃ「あたしもわかんねぇ」


まみ「声がする方に来て〜」


ゆき「こっちだよ〜」


すると真っ白な空間の中からようやく黒っぽい影が見えた。


れぃ「いた〜〜〜。焦った〜〜」


ゆきとまみは山頂方向を向いて膝を着いて座っていた所にようやくれぃが合流する。

合流したと同時にお尻をついて座り込む。


ゆき「よし、じゃあ離れねぇように行かず」


まみ「えっと……こっちがコースだよ……ね……」


れぃ「……全く見えねぇ……」


ゆき「ひょっとしてこれってホワイトアウトってやつ?」


れぃ「……やべぇじゃん……とりあえず滑走ログで現在地見てみる……」


ゆき「あたしも見よ……」


三人はそれぞれスマホを取り出し滑走ログのアプリのゲレンデマップを見る。


まみ「え?あたし達、まだここ?」


まみ達のアイコンはゴンドラ降り場から少し下った所に表示されている。


ゆき「あたし達もっと距離滑った……よね?」


れぃ「……GPSが狂ってるんか?……」


まみ「周りが見えくちゃ距離感覚もおかしくなるね」


れぃ「……とりあえず下って行ってたら麓に着くんじゃね?……」


ゆき「いや、そりゃマズいぞ。ほら途中で急斜面の所とかあったじゃん。それにコース外のエリアに知らず知らずに入ってしまう事もありえるし……」


まみ「コースの横の柵ぞいに下りるってのは?」


れぃ「下りるかどうかは別にして、ここがコースのど真ん中かも知れん。そしたら後ろから来た人にぶつかられるかも知れん。端まで行くのには賛成だ」


ゆき「右端?左端?どっちが近いの?」


まみ「わかんない……」


れぃ「とりあえずコースのど真ん中じゃなかったらいいじゃん。どっちでもいいから端に行かず」


三人は合意し、とりあえず柵を目指して斜滑降で端まで行く事にした。


しかし三人は立ち上がったと同時に転ぶ。


ゆき「え?何これ?」


まみ「ゆきちゃんも?あたしも立てねぇ」


れぃ「どうなってんだ?」


れぃは再び立ち上がる。

少し動いたかと思ったらすぐにバランスを崩して転ぶ。


れぃ「ダメだ。ゆきとまみが視界に入ってるうちは自分が止まってるか動いてるか判断つくけど視界から外れた瞬間、止まってるのか動いてるのかわかんなくなる」


ゆき「じゃあ滑って行けねぇ……って事?」


三人とも転んだせいで既にどっちが山頂でどっちが麓かさえあやふやになって来ている。


まみ「板外して歩いて行く?」


まみは歩いて行く方向を指差す。


ゆき「まみが指さしてる方向って山頂の方じゃね?」


まみ「え?こっちが端だらず?」


ゆき「え?そっち山頂じゃん……」


れぃ「……二人共こんな時に何あばけてんだ?山頂はこっちで麓がこっち。端はこっちじゃん……」


三人とも山頂だと思う方向がバラバラ。

少しズレている程度ではない。

おおよそ60度から90度の誤差がある。


まみ「れぃちゃん、風が麓に向かって右側から吹いてたかられぃちゃんが指してる方向ってまんま麓じゃん」


ゆき「風向きで判断するのマズいぞ。ほら、言ってるそばから風向き変わった……」


まみ「え?あ、ホントだ……。えっと……端、どっち?」


れぃ「……ってか、あたしがそこから滑り出してここでコケて滑った跡を見れば方向が……って、滑った跡、もう消えてんじゃん……」


ゆきは右足のバインディングを外して立ち上がり、自分が立っている場所がどちらに傾いているか把握しようとする。

強い風が吹き付けていたのもあるかも知れないが、ゆきは目眩のような感覚を覚えてすぐに立っていられなくなった。


ゆき「ダメだ。滑るどころじゃねぇ……。まともに立てねぇぞ……ってか、何だこれ……?ちょっと気持ち悪りぃ……」


ゆきは胸の辺りを手で抑える。

軽い吐き気を感じているようだ。


れぃ「いや、待て。滑ったら少なくともどっちに下ってるか判断できると思ったけど、板を脱いで立つ事もできねぇなら……それこそどっちに行ったらいいかすらわかんなくんだらねぇか?」


さすがに三人に焦りの色が見える。

少し沈黙した後、ゆきが口にしたくない言葉を我慢しきれず口にした。


ゆき「ひょっとして……これ、遭難?」


れぃ「まさか。スキー場のゲレンデ内だぞ」


否定するようにれぃは言い放つが、それは遭難したと言う事実を否定したいだけであり、れぃ本人も遭難したかもしれないと言う不安にかられていた。


ゆき「でもこのまま身動き取れねんだら凍えてしまうんじゃ……」


れぃ「慌てるな……何か手があるはずだ……」


ゆき「パトロールの人とか見回りに来てたりしねぇかな?」


れぃ「あるかもしれねぇ……」


ゆき「おーい!誰か居ませんか〜〜〜!」


れぃ「その声量じゃ風の音に紛れてわかんねぇぞ……」


そう言うとれぃはフェイスマスクを下にずらして口に手をかざし、大きく息を吸い込む。


れぃ「誰かいませんかぁ〜っ!」


いつものれぃのボソボソ喋りから想像もできない声量だ。


しかし、れぃの叫びも虚しく、風の音しか聞こえて来ない。


ゆき「とりあえず上でも下でも端でもいいから、三人くっついて歩いてよいと移動してみよ?いくらなんでも崖とかなら気付くだらず……」


れぃ「せめて風を防げる所まで行ったら時間は稼げるかも」


そう言うとれぃも右足のバインディングを外し始めた。


まみ「ゆきちゃん、れぃちゃん……ちょっと待って……」


さっきまで黙っていたのはまみなりに色々考えていたからだろうか。

少し強い気持ちがこもったような声だ。


まみ「…………ぃてみず……」


風の音にかき消され、まみの声は半分しか聞き取れ無かった。


ゆき「え?まみ、何か言った?」


まみは少し声を大きくしてもう一度ゆきとれぃに意見を言う。


まみ「美紅里ちゃんに聞いてみず」


れぃ「美紅里ちゃんがLINEに気付くのが夜だったらどうする?」


まみ「でも、あたし達みたいな素人の判断で闇雲に動くのは危ねぇ気がするの!」


いつもはあたふたしているイメージのまみだが、何故かこの時は三人の中で一番冷静だった。

まみは「対人」であたふたする事は多いが、今回は「対人」ではない。


まみ「とりあえず美紅里ちゃんに対策方法を聞いてみず。既読が付かなかったり返信がなかったらお姉ちゃんに聞いてみず」


ゆき「わかった。まみの言う事ももっともだ。今すぐヤバいって訳じゃねぇし、ここはいったん落ち着かず」


まみはスマホを取り出す。


まみ「大丈夫。電波は来てる」


そう言うとグローブを外して美紅里へのメッセージを打ち始める。


『今、ここです』送信


まみは滑走ログのマップのスクリーンショットを続けて送る。


ただ、まみの中でもGPSが正確に自分達の位置を示しているか確信は持てなかった。

不安を拭い、次の作業に移る。


スマホをカメラに切り替え、動画で周囲ぐるっと一周撮影し、送信。


『こんな感じで方向も全くわからなくなってしまいました。立ち上がろうにも立った瞬間転んでしまいます。どうしたらいいですか?』送信


ゆき「既読ついた?」


まみ「まだ……」


れぃ「ののこさんならLINEに気付いてくれるかも!」


まみ『お姉ちゃんバイトしてる時間だから見れるかなぁ……』


そう思いながらもまみはののこにLINEを打ち始める。


れぃ「ののこさんもバイト終わるまで待ってたらヤバくね?いっそ110番とか……いや、119番か……?」


……と、その時である。

三人のスマホが一斉にLINEの着信音を鳴らす。


まみ「美紅里ちゃんだ!」


三人はそれぞれ自分のスマホを取り出し、美紅里からのLINEを開く。


美紅里『みんな怪我とかしてない?とりあえず動くな』


……とだけ書かれている。


そして続けざまにメッセージが飛んでくる。


美紅里『今、無闇矢鱈に動いたら怪我や遭難の危険がある。とにかく動くな。』


ゆき「『動くな』って言われてもこのままじゃ……」


そしてまたメッセージが来る。


美紅里『少し待っていたら視界も晴れてくる。それまでジッとしとけ。』


何度も念を押すように動かず待てと言う指示だ。


れぃ「少しっつってもどのくらい待てばいいんだ?もしこのまま視界が晴れねんだら?」


周囲は相変わらず真っ白でお互いの姿が何とか確認できるくらいの視界。


まみ「とりあえず美紅里ちゃんにあたし達の状況は伝える事ができたんだから、もし視界が晴れなかったとしても美紅里ちゃんが何とかしてくれるよ」


そしてまた美紅里からのメッセージが届く。


美紅里『待ってるのも不安だろうけど、今は動くな。まず、ウェアのフードを被って風上に背中を向けて座りなさい。できれば三人くっついて。この視界なら他のスキーヤーやボーダーも滑れないからぶつかられる心配はない。』


最初はゲレンデの真ん中に座っていると後続の滑走者との接触の危険性があるから座る時はゲレンデの端に行くと言うルールが頭にあったので「端に行く」事を優先で考えていたが、自分達がこの状況なら例え上級者であってもまともに滑れないだろう。

三人はその事すら気付かないくらいにこの状況に焦っていたのだ。

美紅里からのLINEで「接触」の危険性が低い事を知り、その件については安心する事ができた。

だがそれは同時に後続の人に助けてもらえる可能性も無いと言う事でもあった。


とりあえず三人は指示通りフードを被り、風上に背中を向けて座る。

さっきまで非常に少ない面積ではあるが、地肌に雪が当たっていたのが無くなり、フードごしの少しこもった風音と雪が体に当たる音だけが聞こえる。


そしてまた美紅里からメッセージが届く。


美紅里『板は外さないように。最悪、板を見失ったり流しちゃったりするので外さない事。どうしてもと言う状況なら右足だけは外してよし。ただしリーシュコードの付いている左足は絶対に外さない事』


ゆき「やっば〜〜〜、外さなくて良かった〜〜〜」


れぃ「……ってか、美紅里ちゃん、こっちが見えてるかのようなタイミングでメッセージ送って来るな……」


そしてまたスマホが鳴動する。


美紅里『わかった?』


ゆき「やべ……いっさら返信してなかった」


まみ「え〜っと、『わかりました』……っと……送信……」


れぃ「……美紅里ちゃんに聞いてみず……『このまま視界が晴れなかったらどうしたらいいですか?』……と……」


美紅里と連絡が付いて、少し落ち着いた三人だが、それを自覚している者はいない。


ゆき「あ、返信来た!……ん?何これ?」


まみ「何のリンクだろ?」


れぃ「とりあえずタップしてみるか……」


三人はそれぞれ美紅里から送られて来たリンクをタップする。


ゆき「雪雲予想?」


まみ「あたし達のいる所、紫色だ……えれぇ降ってる」


れぃ「時間予想ってのがある……」


ゆき「あ……3時になったら雪雲がこのエリアから抜ける予報なんだ……」


れぃ「今……2:50。あと10分ほどで雪雲のエリア抜けるみたいだ……」


まみ「確かにちょっと雪の降り方がマシにやった気がするし、明るくなって来た気もする……」


スマホに集中していた三人は顔を上げて辺りを見回すと、さっきまで真っ白な世界だったが、少し先のコースガイド標識がうっすら見える。


ゆき「ちょっと視界が晴れて来てる!」


ほんの少し視界が戻り状況の改善に、自分がかなり焦っていた事をれぃはようやく自覚した。


れぃ「……え〜っと……あの……あたし、ちょっと冷静さを欠いてた……ごめん……」


まみ「大丈夫だよれぃちゃん。あたしも内心えれぇ焦ってたから、みんな一緒じゃん」


ゆき「あ!ゴンドラの柱が見える!」


まみ「ホントだ!だいぶ視界が晴れて来た!」


視界はみるみる良くなり、雪もかなり小降りになって来た。


ピロン♪


また美紅里からメッセージだ。


美紅里『麓からだいぶ山が見えるようになって来たけど、視界は晴れたか?』


まみ「え?麓から?美紅里ちゃんこの下にいるの?」


時間は20分ほど遡る。

すぐ近くのスキー場でバイトしているののこもこの天候の変化には気付いていた。

ビギナーであるまみ達にホワイトアウトした時のアドバイスのメッセージを送ろうとしたが、ののこのいるエリアは圏外。


ののこ「あぁっ!もう!これじゃ連絡取れないじゃん!やっぱスマホはキャリアにしとくべきだった!」


ののこはリフト降り場スタッフをしていたが、強風の為一時運行停止になり小屋の中に入っていた。

ののこは小屋の中のインターホンを使い、美紅里とLINEが繋がってそうなバイト仲間を呼び出し、妹の事を美紅里に伝えて欲しい旨を依頼した。


バイト仲間はすぐさま美紅里にまみ達がホワイトアウトで身動き取れなくなっているかも知れない旨を送ってくれたが、美紅里はあいにく運転中。


美紅里自身もまみ達の事が心配で巌岳スキー場に向かっていたのだ。


スキー場に到着した美紅里はLINEで状況を把握。

その時にまみからどうしたらいいか相談のLINEが来たのだ。


美紅里はまみからのLINEの返信をしながら雪雲予想等を調べ、先手を打つ感じで返信していたのである。


ゆき「美紅里ちゃん心配して来てくれたんだ!」


れぃ「……だいぶ見えるようになった……これなら行けるかも……」


まみ「じゃあ、美紅里ちゃんに今から下りるってLINEするね!」


そのLINEに美紅里から『もう大丈夫だから慌てず下りてきなさい』と返信がすぐさま入る。


ゆき「じゃあ、行かずか!」


そう言ってふと山頂方向を見たゆきは絶句する。


ゆき達がいた場所はゴンドラ降り場がまだ見えるような所だった。


三人は完全に距離感を失っていたようで、もう随分下って来ていると錯覚していたのだ。


視界が晴れ、見なれた景色に自分達のいた場所を把握した三人はようやく安心し、板を履きなおし下り始めた。


さっきみたいに立ち上がった直後に転ぶ事もない。


どっちがコースでどっちに行けばいいかもわかる。


それは他のスキーヤーやボーダーも同じで、ようやく視界が晴れて滑走を再開したスキーヤーやボーダーがまみ達を追い越して滑って行く。


まみ『他のスキーヤーさんやボーダーさんが見えるってだけでこんなに安心するんだ……』


相変わらずゆっくりなペースだが、三人はゴンドラ乗り場が見える所まで滑り下りてきた。


そこからさらに滑り下りて、ようやく人影を認識できる所まで来た。


ゆき「あれ!あの赤いジャケット着てるの、美紅里ちゃんじゃね?」


れぃ「ホントだ!美紅里ちゃんだ!」


まみ「手、振ってる!」


ゆき「美紅里ちゃ〜ん!」


まだ聞こえる距離ではないが、ゆきは大声で美紅里を呼び、滑りながら手を振る。


斜度もかなりゆるくなって来た。


まみ「あたしここから直滑降で行くね!」


れぃ「あたしも!」


ゆき「あ!ズルい!」


三人は最後の緩やかな斜面を直滑降で美紅里の元に滑って行く。


まみ「美紅里ちゃ〜ん!」


れぃ「お〜い!」


ゆき「美紅里ちゃ〜ん!」


美紅里「おー。三人とも無事だったか?初めてのホワイトアウト、怖かったろ?大丈夫か?」


美紅里の言うとおり、三人は僅かな時間ではあったが、ホワイトアウトの怖さを経験して来た。


そして今、無事に滑り終えて目の前に美紅里がいる安心感。


喜びと安堵。


まみとゆきはそれぞれ「大丈夫でした」と笑顔で返す事ができたが、れぃは少し違った。


れぃ「……ぅ……うぅ………ごわがっだぁぁぁぁぁ!」


突然泣き出したれぃにまみとゆきは一瞬どうしていいかわからなくなる。


美紅里「はいはい、泣かない泣かない」


美紅里は優しくれぃのヘルメットをポンポンと叩く。


その光景を見たゆきとまみも、鼻の奥にツンとした物を感じた。

その直後、ゆきとまみも泣き出していた。


もらい泣きではなく、ゆきとまみもれぃ同様、十分ホワイトアウトの怖さや不安を感じていたのだ。


美紅里「はいはい、わかったわかった。もう大丈夫。……寒かったろ?暖かい物でも飲みに行こう」


そう言うと美紅里は三人を促し、休憩所に向かった。


体に積もった雪を払い、ほわっと暖かい休憩所に入る。


美紅里は三人をベンチに座らせると自販機の方へ行き、暖かいコーンスープを4つ買って戻って来た。


美紅里「ほい、先生のおごりだ。遠慮せず飲め」


今さらだが、さっき泣いてしまった事に照れくささを感じていた三人はふと顔を見合わせ、お互い「えへへ」と少しバツのわるそうな笑顔になる。


グローブを脱いだ手にコーンスープの缶は少し熱く感じた。


美紅里「ほれほれ、冷めるともったいないぞ」


そう言うと美紅里は近くの椅子に腰掛け、コーンスープの缶のプルタブを開ける。

パキャっと言う音が合図であったかのように、まみ達もつられるようにコーンスープの缶を開け、飲み始める。


れぃ「あちっ……」


ゆき「おいし……」


まみ「うん……」


少し落ち着いた様子を見て、美紅里も少し安心する。


美紅里「そう言えばあなた達がスノボデビューした日、まみとれぃは朝食食べて来てなくてあたしに怒られたの覚えてる?」


まみ「うん」


れぃ「……めっさ怒られた……」


美紅里「その時も言ったと思うけど、『雪山ナメると……死ぬぞ?』って意味、身をもって理解できたね」


三人はハッとしたような表情をする。


美紅里「さっきホワイトアウトして身動き取れなかった時、寒かったでしょ?時間的にお昼ごはん食べた後だからエネルギーが体にたっぶり入ってたから大丈夫だったし、身動き取れなかった時間も10分か20分ってとこだから何とも無かったけど、これがもっと長時間でエネルギーが足りてない状態だったら?」


ゆき「確かにヤバい……」


美紅里「でしょ〜。雪山は楽しい所だけど、ナメてかかるとやっぱり危ないのよ」


美紅里は少しドヤ顔だ。


れぃ「……身にしみてわかりました……」


美紅里「だからちゃんと対策して、ちゃんと知識をもって臨まなくちゃいけない。知識と対策を知っていれば雪山ってやっぱり楽しいのよ」


そう言うと美紅里は優しくほほえんだ。


美紅里「でも慌てて動かず、ちゃんと連絡してきたのはグッジョブよ。慌てて闇雲に動いて、それこそ崖から落ちでもして怪我したらその危険性はさらに跳ね上がる。だから雪山で怪我しちゃダメなの。あたしがあなた達に『まだ早いからダメ』って言ってる事は、あなた達のレベルでは怪我する危険性が高い事だから『ダメ』って言ってる訳」


それを聞いたまみは思わず「あっ!」と言う表情をする。

もちろん美紅里はその表情を見逃さなかった。


美紅里「まみ?今の『あっ!』って表情は何だ?」


まみ「いや、えっと……何でも……無ぇです……」


美紅里「ん〜〜〜〜〜?」


美紅里はまみに顔を近付け迫る。


まみは思わず視線を逸らす。


美紅里「ま〜〜〜み〜〜〜、あんた何かやったろ?」


美紅里は目を細め、声をワントーン低くしてさらに迫る。


まみ「え〜〜〜〜っと、ちょ〜〜〜っとカービングっぽい事したら〜〜〜、え〜〜〜っと………逆エッジみたいになって〜〜〜コケ……ました……あ痛っ!」


その瞬間、美紅里のゲンコツがまみの頭に落ちた。


美紅里「ま〜み〜!まだカービングは早いっつったろ!?……ったく、あんた達姉妹は揃いも揃って……」


ゆき「姉妹?」


美紅里は呆れるような口調でため息混じりに口を開く。


美紅里「紀子もあたしの目を盗んで勝手にカービングの練習して思いっきり逆エッジくらって脳震盪おこした事あるのよ」


れぃ「……ののこさん、やんちゃだ……」


美紅里「やんちゃもやんちゃ!あたしが教えて来た中で一番手を焼いたのが紀子よ。下手……とか、覚えが悪い……とかより、もっと悪い意味で手を焼いたのよ」


ゆき「美紅里ちゃんそんなにたんと人にスノボ教えて来ただ?」


美紅里「まーねー。あたし一応インストラクター資格持ってるから」


れぃ「……すげぇ……初めて知った……」


美紅里「大学1年の冬にイントラ資格取って、2年で大学でサークル立ち上げて、そこのメンバーに指導して来たからね〜」


まみはゲンコツをくらった頭をさすりながら会話に加わる。


まみ「だから美紅里ちゃん有名なんだ」


ゆき「でも、それだけで?」


美紅里「ちょい待ち。何の話?」


れぃ「……カクカクシカジカで同じペンションに泊まった子が二階堂美紅里の名前聞いたらスノボ界隈では有名人だって言ってた……」


美紅里は右目と額を手で隠すような……頭痛に耐えているかのようなポーズだ。


ゆき「何で美紅里ちゃん有名なの?」


美紅里「いや、その話は忘れろ」


まみ「え〜、知りたい〜」


美紅里「はいはい、その話はまた今度!ほら、もういい時間じゃないの?そろそろ帰る準備しなきゃいけないんじゃないの?」


完全にはぐらかした感はあるが、実際にもう随分時間は経っていた。


れぃ「……あ、ホントだ……ペンションに戻らなきゃ……」


時間は既に4時前。


また雪が降り出して来ているせいか、周りも帰り支度を始めている人ばかりだ。


美紅里「まみは紀子が迎えに来るんでしょ?」


まみ「……だと思いやす……。お姉ちゃんに聞いてみなくちゃ……」


ゆき「まだ聞いて無かったのかよ……」


美紅里に見送られ、三人はタクのペンションに戻った。


部屋でウェアから私服に着替えてののこの到着を待つ。


待っている間、タクが淹れてくれたコーヒーを飲む三人。


ちょうどコーヒーを飲み終わった頃、ののこが到着してまみはののこの車に。

ゆきとれぃはタクの車に乗り、解散した。


明日は三学期の始業式。

そしてその翌日から実力テストが始まる。

三人はとりあえずその事実から現実逃避していた。

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