第35話「イメージ乗っけるだけでも滑りって変わる」
第35話「イメージ乗っけるだけでも滑りって変わる」
ゴソ……
ゴソゴソ……
れぃの伯父のペンション「木馬」の一室。
ゆき達三人とののこが宿泊している部屋の中に寝返りをうつような布団がずれる音が静かに響く。
日の出前で部屋の中は薄暗い。
まみ達は昨日の筋肉痛からくる気だるさと心地よい布団の温かさから、夢とも現実ともつかないまどろみの時間を堪能していた。
しかし、それは室内の誰かがガバと起き上がる音で途切れる事になる。
ののこ「しまった!寝過ごした!」
その声と音にまみ達も何事かと飛び起きる。
ののこはベッドから飛び出し、部屋の照明のスイッチを入れる。
まばゆい光に目がくらみ、目に手をかざして見たその光景に一気に目が覚める。
そこには上半身裸のののこが慌ててブラを着けようとしている姿があった。
ののこ「ヤバいヤバいヤバいヤバい」
バタバタと着替え、部屋を飛び出す。
数秒後、ジムニーのエンジン音がしたかと思ったら雪をかき分けて走る車の音がフェードアウトして行った。
ゆきもれぃもいわゆる百合的な「その気」がある訳ではないが、憧れの女性の上半身の裸を何の前触れも無く寝起きに見せられたのだ。
顔が真っ赤になっている。
一方、妹であるまみは姉であるののこのあられもない姿を友達に見せてしまった、いや、あられもない姿を恥じらいもせずにあけっぴろげに見せた姉のはしたなさに赤面している。
その時間は3分だったのか5分だったのか、はたまた10分だったのか。
三人は完全に時間の感覚を失い、ベッドから起き上がった姿勢のまま身動きひとつせずに同じ姿勢で固まっていた。
どれくらい時間が経ったのか。
まみがゆっくりとベッドの上に正座し、これまたゆっくりとした動きで土下座した。
まみ「……大変お見苦しい所をお見せしました……」
その言葉でフリーズが解けたゆきとれぃもゆっくりとベッドの上に、さもそれが正しい動きなのだと言わんばかりに正座し、これまたゆっくりと、そして深々と両手を揃えて頭を下げた。
ゆき「見苦しいだなんてとんでもねぇ……」
れぃ「……けっこうなお点前でした……」
まみ「いえいえ、大変失礼いたしました……」
そこから謎のお辞儀合戦が始まる。
それぞれ「いやいや……」とか「そんな……」とか「いや、ホントに……」とか、謎の言葉の応酬までしている。
この謎の無限ループは部屋のインターホンのプルルと言う音により終わりをつげる。
一緒、また全員がビクっとしたが、これをきっかけに全員が我にかえったのも確かな事実。
三人がベッドの上で土下座してお互いに頭を下げあっている。
れぃ「……プ……」
ゆき「……ププ……」
まみ「プププ……」
れぃ「……うひっ……」
ゆき「ぶっ!」
まみ「クククククク……」
ゆき・まみ・れぃ「ぶわはははははははははははは!!」
れぃ「腹いてぇ!」
ゆき「何だよ!これ何だよ!?」
まみ「あはははははは…あひゃっ!」
れぃ「『あひゃ』って何だよwwwwww」
ゆき「あひゃ!」
れぃ「止めろ〜〜〜〜www」
まみ「ちょっと笑わんでよwwwwww」
ゆき「それに『お点前』って何じゃん!www」
れぃ「動く芸術を堪能させてもらったからに決まってんじゃん!www」
まみ「お姉ちゃんがお茶になったwww」
ゲラゲラゲラゲラ
もうなんか色々ありすぎて、全員が変なツボに入っている。
ようやく笑いが落ち着いて来た頃にもう一度インターホンの音が鳴る。
笑いをこらえながらゆきが受話器を取る。
朝食の準備ができた知らせだ。
まだ顔も洗ってない三人は、洗面所で顔を洗ってから食堂に向かった。
チー「あ、おはよ〜。あれ?紀子さんは?」
ののこの名前が出て、またれぃが吹き出す。
まみ「お姉ちゃん、バイトあるから朝早くに出発した。なんか寝過ごしたみたいで慌てて出てった」
チー「あー、そうなんや。残〜念……」
タク「さっきLINE来てたよ。挨拶もせずに出発してすみませんって。あと、妹達の事よろしくって言ってたよ」
まみは少し困った笑顔で軽く会釈して応える。
朝食を取り、コーヒーを頂く。
ゆき「チーちゃん達はいつまでいるの?」
チー「帰りの時間があるから昼まで滑って帰る〜」
れぃ「昼までなんだ……」
チー「明日から学校やしな〜」
少しげんなりした表情のチー。
そしてそれはゆき達も同じだ。
チー「なぁ、よかったら午前中だけでも一緒に滑れへん?」
ゆき「あたし達、まだ初級コースをおっかなびっくり滑る程度しか滑れねぇよ?」
チー「かめへんかめへん!もう一人で滑るのん飽きたねん」
ゆきとれぃはチラっとまみを見る。
その視線に気付いたまみ。
まみ「えっと……じゃあ、あたし達のペースがまどろっこしくなったら置いて行ってね……」
チー「オッケー!じゃあぼちぼち準備して行こっか!」
タク「れぃちゃん、荷物はここに置いといていいからね」
れぃ「……うん。ありがと。」
タク「今夜はお客さん居ないから、またゆきちゃんとれぃちゃんは送っで行ってあげれるよ。え〜っと真由美ちゃんは紀子ちゃんが迎えに来てくれるのかな?」
まみ「はい、たぶん……」
食堂から乾燥室に寄ってウェアを回収し、部屋でウェアに着替える。
れぃ「……っテテテ……筋肉痛が……」
ゆき「あたしも既に太ももがピキピキきてる」
まみ「今日はあまり飛ばせそうにねぇな〜」
れぃ「……いや、飛ばすのはまみだけだらず……」
準備を終えて、ブーツを履き、板を担いで外に出る。
チー「うわ〜、またえらい積もったな〜」
れぃ「……パウダー地獄はもう勘弁だ……」
チー「あたしもパウダーよりピステンの方が好きやわ」
ゆき「とりあえず行かずか」
ギュッギュッと音を立てて新雪の中をリフト券売り場まで歩く。
雪は止んでいるが、あいにくの曇り空。
既にゴンドラの運行は始まっており、リフト券を買ってゴンドラに乗り込む。
ゴンドラの中で写真撮影やおしゃべりをして過ごす。
ゴンドラを降りると、4人は申し合わせる訳でもなく、圧雪されたバーンに向かってあるき出す。
健太郎と田中(父)はパウダーゾーンに歩いて行ってしまった。
チー「じゃあとりあえず、いっちゃん下まで行く?」
れぃ「……付いて行きやす……」
チー「あれ?れぃちゃん、今日はちょっとテンション低い?」
ゆき「いや、これがれぃのデフォなのよ。昨日は憧れの関西人であるチーちゃん親子に会えてテンション上がってただけ」
チー「そうなん?」
れぃ「……ゆき、しょうしい(恥ずかしい)からあまりネタバレすんなし……」
チーはサクッと板を履き終え、ゆき達はモタモタしながらではあるが、板を履き終えた。
ゆき「チーちゃんのスキー、短いよね」
チー「うん。スキーボード。スキボって言うねん。スキーよりも小回り利くし、トリックとかも色々あってオモロイんやで」
そう言うとチーはその場でクルっと回って見せる。
まみ「すごーい……」
チー「そうや!まみちゃん、ちょっと見とって!ちょっと美卦をイメージして滑ってみるから!」
そう言うとチーは滑り出す。
2〜3回蹴り出すように加速し、ポンっと飛んで1回転。
まるでダンスを踊っているかのような軽やかな動きからバック走。
そこからの片足滑走。
最後にクルクルっと数回転してピタっと止まりキメポーズ。
ゆき・まみ・れぃ「おぉ〜〜〜〜!」
三人はグローブを付けた手でポフポフと拍手する。
まみ「すっご〜い!今、美卦が見えたよ!」
れぃ「……すげぇ……まさに自由自在じゃん……」
ゆき「あたしシルフィードやる自信無くなって来た」
チー「そんな事あらへんって!コス滑走は滑ってるだけで何か凄いってなるんやから。それにアレや!本人が楽しかったらそれでええねんって」
そこから四人は思い思いに滑る。
ブーツを履く時は筋肉痛で唸っていたが、いざ滑り出すとそれを忘れていた。
ゆき達のペースで滑るので、もちろんチーは加減して滑っているが、ただゆっくり滑るだけではなく、ちょいちょいトリックを入れては、ゆき達の目を楽しませた。
1本滑り終えてまたゴンドラに乗る。
れぃ「……あ、そう言えば、今の1本、あたしコケなかったぞ……」
まみ「あたしもだ!れぃちゃんが言うまで気付かなかった!」
ゆき「それによいと(ゆっくり)だったけど、一度も止まらずに滑って来た気がする」
チー「みんな十分滑れるやん!1月でこの滑りやったら仮装滑走の頃には仕上がってるって!」
ゆき「次、上に上がったらみんなで集合写真撮ろっ!」
チー「ええやんええやん!撮ろ撮ろ!」
れぃ「……天気がイマイチなのが残念……」
チー「かめへんかめへん!それも思い出や」
まみ「ゆきちゃんの自撮り棒で撮るの?」
ゆき「うん。持ってきてるよ」
チー「シャッターとか、そこらへんにおる人捕まえて押してもらえばええやん。あたしに任しとき」
そう言うとチーはわざとらしくウインクして見せた。
ゴンドラを降りて写真撮影する場所を探す。
チー「こことかええんちゃう?」
ゆき「いいね」
チー「ゆきちゃんのスマホで撮る?」
ゆきの返答が返ってくる前に既にチーは動き出す。
チー「あ、すみませ〜ん!シャッター押してもらえません?」
チーは見ず知らずのオジサンに声をかけ、既にスマホを差し出している。
突然声をかけられたオジサンは少し戸惑う様子を見せたが「いいよ」と快諾。
チー「じゃあ、このスマホと……ゆきちゃん!……このスマホでお願いします」
チーはパパっとスマホを操作し、カメラモードに切り替え、オジサンに渡す。
オジサン「じゃあいい?撮るよ。3…2…1…」
パシャ
オジサン「じゃあ、今度はこっちのスマホで撮るよ!ポーズ変えて〜。はい、3…2…1…」
パシャ
チー「ありがとうございま〜す!」
オジサン「は〜い。いいよ〜」
スマホを返してもらい、チーはペコリと頭を下げてお礼を言う。
オジサンはチョイと手を上げて滑って言った。
あれよあれよの出来事にまみだけではなく、ゆきとれぃも唖然としていた。
チー「どしたん?ぼーっとして」
ゆき「チーちゃん、さっきのオジサン、知ってる人?」
チー「ううん。全然」
れぃ「……知らない人にいきなり声かけて写真撮ってもらっただ?……」
チー「せやで?」
まみ「何でそんなこん(事)できるの?」
チー「何で……って、普通っちゃう?」
ゆき「大阪では普通なの?」
チー「大阪って言うか、スキー場ってレジャー施設やん。みんな楽しむ為に来てる訳やん?だったらお互いがお互いに楽しなるように協力って言うか、何かしてあげたりしてもらったりするやん」
れぃ「……そんなもんなんか……」
まみ「あたしは無理だ〜」
ゆき「だろうな。……ってかあたしも無理だ〜」
れぃ「……あたしも……」
チー「そう?大丈夫大丈夫!あたしらみたいなカワイー女子高生に声掛けられて喜ばへんオッサンおらんって」
ゆき「自分でかわいいって言ったwww」
チー「セクシーとはよう言わんけどな。オッサンからしてみたら女子高生なんてみんなカワイイって!」
れぃ「……なんか色々チーちゃんすげぇな……」
チー「その証拠にあのオッサン、めっちゃニコニコしてノリノリでシャッター押してくれたやん。普通のオッサンが自分の身内以外の女子高生から話しかけられるなんてそうそう無いで?そら嬉しいって」
大阪人だからなのか、チーだからなのか……。
この行動力の謎が解明されるより先にチーから「さ、行こっ」と言われ、まみ達の思考はそれより先には進まなかった。
ただ、心のどこかに見ず知らずのオジサンに声をかける事ができる人がいると言う認識が植え付けられた。
四人はまた板を履き、滑り出す。
チーが少し先行してゆき達が付いていく感じだ。
途中で健太郎がチー達を見付けてチーに声をかけて来る。
2〜3言会話していたようだが、ゆき達には会話は聞こえない。
その後チーが、ガバっと雪面に手を着いたかとおもいきや、雪玉を作って健太郎に投げつけた。
健太郎はひょいとかわして、そのまま滑り去った。
少し経ってゆき達がチーに追い付いた。
チー「あー!マジムカつく!」
ゆき「どうしたの?」
チー「あいつ紀子さんと仮装滑走に出れるからって調子こいてんねん!」
れぃ「……昨日の様子やったら内心えれぇ喜んでそうやったもんな……」
まみ「お姉ちゃん、ちゃんと昨日の事覚えてるかなぁ……」
チー「せやっ!このあと、自分がやるキャラをイメージして滑ってみぃひん?」
ゆき「まだあたし達なんもできねぇよ?」
チー「ええねんええねん。イメージ乗っけるだけでも滑りって変わるもんやん。……知らんけど……」
れぃ「……面白そう……」
まみ「なんか照れてしまうね」
そう言ったまみだが、表情は楽しそうだ。
チー「じゃあ、誰から行く?」
ゆき達は顔を見合わせる。
お互いに「お先にどうぞ」的な無言の牽制。
こう言う無駄な時間が嫌いなチーが即座に場を仕切る。
チー「じゃあ、れぃちゃん行ってみよーっ!」
れぃ「あたし!?……ん……コホン!……じゃあ……ってどこまで滑ればいいだ?……」
チー「ん〜……、じゃあ、あの看板の所までで」
れぃ「……うしっ!……じゃあ、グルキャナック行く……グルキャナック……グルキャナック……」
ジリジリと滑り出すれぃ。
さっきまでは普通に滑っていたが、今回はグルキャナックをイメージしているからか、ターンの度に腕をぐるぐる。
看板の辺りまで行って、止まったかと思ったら、わざとらしくスライディングするように派手に転んで板を持ち上げる。
見事なコケっぷり。
れぃの中でのグルキャナックのドジっ子の演出だ。
チー「すっげぇ〜〜〜!グルキャナックの雰囲気出てたよ〜〜〜!」
チーは口に手をかざしてれぃに聞こえるように大声で称賛。
ちゃんと聞こえたようでれぃも少し演技がかった様子で後頭部の頭をポリポリかく仕草で応える。
チー「次、巫狐、行ってみよーっ!」
まみ「えっ!?まだ心の準備が……」
チー「西!巫狐!東!蝦蟇!いざ双方、構え!」
これは裏十二支大戦の格闘が始まる前のナレーションだ。
まみの表情はゴーグルで見えないが、少し雰囲気が変わる。
少し重心を落とし、お祓い棒を持っているような手の位置。
チー「始めっ!」
その声を合図にまみはポンと跳ね、板を90度回して滑り出す。
斜度が無いのでスピードはさほど出ないが、それでも直滑降だけあってスピードはどんどん上がる。
そしてターンに合わせてお祓い棒を持っていると仮定している右手を振る。
そして止まる間際に両手を大きく広げてゆっくりと1回まわった。
チー「すごーい!最後のん狐幻神楽?カッチョいい〜〜〜!」
チーの大声に……なのか、褒められたからなのか、まみはまた赤面する。
ゆき「まみ、あんな回転するのいつ覚えたんだ?」
チー「なりきると意外とできるもんなんちゃう?知らんけど」
ゆき「あはは……」
チー「じゃあ、ゆきちゃん、行ってみよーっ!」
ゆきは小さく「よしっ」と気合いを入れると滑り出す。
左手を広げて前に突き出し、右手は剣を持っているような感じで右後方に伸ばす。
いつも慎重でゆっくりめのゆきにしてはスピードが出ている。
ゆき「はぁぁぁぁ!」
気合いの入った声が上がる。
それと同時にさっきまで姿勢を低くしていたゆきが一瞬伸び上がったかと思うと一気に姿勢を低くしてターンし始める。
これは四精霊戦記の名シーンのひとつ。
タイタンに立ち向かう時のシルフィードだ。
上空からの攻撃と見せかけ、一気に急降下してタイタンのアキレス腱を両断したシーンの再現だ。
しかし、残念な事にまだスノボの技術が追い付かなかった。
深く鋭いターンをしたかと思ったその直後、ノーズが浮き上がり雪煙を上げてゆきは転倒。
チー「ゆきちゃん、大丈夫か〜!」
急いでチーがゆきに向かって直滑降。
ゆき「あてて……。あはは……ちょ〜〜〜っと無理だったかな……」
下からもれぃとまみが「大丈夫〜?」と声をかけて来ている。
とりあえず怪我等が無い事を知らせる為にゆきとチーはまみ達に合流した。
まみ「ゆきちゃん大丈夫?」
ゆき「大丈夫、大丈夫!なんかターン中にいきなりギュンってスピード上がって、びっくりしてコケてしまった」
ゆきはまだ体に着いている雪を払いながら照れくさそうに言う。
れぃ「……うん。今までにねぇ感じの滑りだった……」
チー「ほとんどカービングやったもんね〜」
ゆき・まみ「え゛?」
チー「ターンの入りから途中までカービングで、最後加重が後ろになり過ぎてノーズが上がって転倒……やろ?」
ゆき「カービング?」
チー「いやしかし、その板とセッティングであの深さのカービングはちょ〜〜〜っと厳しいで。板立てた時めっちゃドラグしとったやん。それにその板、ロッカーやろ?たぶんフレックス柔らかいやろし」
まみ「ごめん、途中から何言ってるかわかんねぇ」
ゆき「あたしも全然わかんねぇ」
チー「わからんでカービングしとったん?」
ゆき「カービングだっただ?」
チー「途中までは……」
まみ「ゆきちゃん……いつの間に……」
ゆき「いや、知らん知らん!シルフィード意識してたらこうなった」
チー「マジか……偶然でできるもんなんか?あれ……」
れぃ「……ってか、チーちゃんスノボも詳しいんだ……」
チー「中1まではボーダーやったからね。でも兄ちゃんが常にマウント取って来てウザいからスキボに転向した」
ゆき「じゃあチーちゃん、スノボもあらかた滑れるんだ」
チー「うちんとこスノーヤー一家やからな〜。オトン、元国体の選手やし、オカンは今日来てへんけど元モーグルの選手やったし、兄ちゃんは小4からスノボやってるし……」
れぃ「……サラブレッドじゃん……」
チー「全然、全然!オトン、元国体の選手や言うても一回も表彰台上がってへんし、オカンもやってただけ」
まみ「チーちゃん、最初はスノボ?」
チー「うんにゃ。物心ついてか小3まではスキー。小4から中1までスノボで中2からスキボ」
れぃ「……すっげ!なんでもござれじゃん……」
チー「どれもこれもそこそこやけどな」
ゆき「それでもすごい……教えてもらおっかな……」
チー「あー、止めとき止めとき。素人に教えてもらっても変なクセつくだけやし……それにゆきちゃん達は誰にスノボ教わったん?やっぱり紀子さん?」
まみ「うちの学校のクラブの顧問の先生」
チー「あー、スノボ部なんや」
ゆき「ううん。内容的にはスノボ部だけど表向きは『郷土活性化研究部』って事になってて、郷土活性化の研究の為にスキー場を研究しに来てるって建前」
チー「なんやややこしいな。まぁそこの先生がスノボしはるんや?」
れぃ「……ののこさんのスノボの師匠……」
チー「今日はその先生来てへんの?」
まみ「美紅里ちゃん、明日から3学期だから忙しいんだって」
チー「美紅里ちゃん?」
ゆき「顧問の先生のあだ名。フルネームは二階堂美紅里」
チー「二階堂美紅里……二階堂美紅里……二階堂美紅里!?」
れぃ「知ってんの?」
チー「いや、同性同名……って事も……いや、あらへんか……」
まみ「どしたの?」
チー「あたしの知ってる二階堂美紅里なんだったら、スノボ界隈の超有名人やで」
ゆき「……そ……そうなんだ……知らなかった……」
チー「二階堂美紅里に教えてもらってるんなら、なおさらあたしみたいな素人に教わらん方がええで」
まみ「美紅里ちゃんって有名な人だったんだ……」
れぃ「……つーちょんとしては既に有名やけどな……」
ゆき「とりあえずさっきのがカービングなら、この感覚を忘れねぇうちにもう一度やりてぇ!」
チー「せやな!行こか!」
そう言うとゆきは滑り出す。
……が、既にさっきの滑りとは何処か違う。
ターンに入った瞬間、つま先側にパタと倒れた。
れぃ「……どした〜……」
ゆき「あたしさっきどうやってたっけ〜?」
れぃ「……知らねぇよ……」
まみ「シルフィード成分が足りなかった?」
ゆき「もっかいやってみる!シルフィード……シルフィード……シルフィード……」
今度はさっきよりスピードが出ている。
……が、ターンに入った直後にまた、パタっと倒れる。
ゆき「わかんなくなった〜」
まみ「あたしも下から見てたからどうやってたかは見えなかったんだよね〜」
チー「えっと……色々言いたいけど、ここは我慢して喋らんとくわ。顧問の先生の教え方の邪魔したらあかんし」
れぃ「……とりま試行錯誤だな……」
ゆき「……だね〜……」
こうして何本か一緒に滑り、楽しい時間を過ごしたが、気付けばもう昼前になっていた。
チー「あ、お父さんや」
田中(父)「チー、ぼちぼち上がるぞ」
チー「え〜?もうそんな時間?」
田中(父)「天気予報でこのあと崩れるみたいな事言うてるし、高速止まったら難儀やから早めに出たいんやわ。それに粘ってもあと1本がええとこやろ?」
チー「ん〜〜〜、わかった〜。ちゅう訳やから、あたし上がらなあかんみたいやわ。なんか帰るの寂しいけど……また連絡するわな!」
れぃ「うん!絶対LINEする!」
ゆき「楽しかったよ!またね!」
まみ「えっと……あの……初対面の人とこんなに遊べたの初めてで……その……また、遊ばずか(遊ぼうね)!」
まみの人生において、自分から「また」遊ぼうと声に出して言ったのは初めてだったかも知れない。
もちろんチーはそんな事を知る由もない。
チー「うん!絶対やで!また3月の仮装滑走の時に来るから!」
そう言うとチーはゆき達の方を向いてガバと両腕を広げた。
自然に吸い寄せられるようにゆき達もゆっくりと腕を広げ、四人でガッシリとハグ。
れぃ「……仮装滑走までにもっと上手くなっとくから……」
チー「うん!」
ゆき「ありがとう!楽しかった!」
チー「あたしも!」
まみ「絶対に来てね……」
チー「もちろん……」
ひとしきりお互いに「うんうん」と言い合い、チーはタクのペンションに向かって歩き出した。
チーが見えなくなるまで見送るまみ達。
チーは何度も振り返り手を振る。
もちろんまみ達もそれに応えて手を振り返す。
チーが角を曲がって見えなくなってもしばらく三人はチーが消えて行った方向を何となく見続けていた。
気分を変えるようにゆきがポンと手を叩き「じゃあゲレンデに戻ろうか」とれぃとまみに声をかけ、三人はゴンドラ乗り場へと向かった。
ゴンドラに乗っても、何だか少し寂しい気持ちが三人を包み、何となく無言でゴンドラに揺られる。
その気分を変えるべく、ゆきがあえて明るい声で喋りだした。
ゆき「ね?そういやもうお昼だよね。お昼どこで食べる?」
ゆきが雰囲気を変えようとしているのはれぃもまみも察し、まみは明るい声で答える。
まみ「そう言えばお腹空いたね」
れぃ「……昨日は下でラーメン食べたし、今日は上の『かっふぇ』で『おしゃんてぃ』な『らんち』て決め込みやすか……」
あえて無駄に横文字を使って田舎者っぽさを演出するれぃ。
れぃなりに重い雰囲気を払拭しようとしたのだろう。
ゆきはフフっと少し笑い、外を見る。
ゆき「そうじゃ〜ん、ちょっとまた雪も降って来たし、上のレストランで食べよっか」
まみ「賛成〜」
ゴンドラを降りて三人はレストランへと向かう。
ゆきが言ったように少し雪が強く降り出していた。