第34話「約束」
第34話「約束」
食堂に来た三人。
入って左側手前の隅のテーブルに4人用のフォークやナイフ、グラス等がセッティングされている。
また対角の右奥のテーブルには3人用のセッティング。
ゆき達は3人用のセッティングがされている右奥のテーブルに向かう。
タク「あー、れぃちゃん違う違う。れぃちゃん達はこっち」
奥から顔を出したペンションのオーナーであり、れぃの伯父であるタクは4人用のセッティングがされたテーブルを指差す。
促されるままれぃ達は4人用セッティングされたテーブルに着く。
まみはちゃっかり関西からの一家が座るテーブルに対して背中を向ける席に鎮座している。
本能なのか、こういう所にぬかりは無い。
ゆき『ね?何で4人分なの?』
まみ『キャンセルした人が4人だったから……とか?』
れぃ『……知らねぇよ。ひょっとしておじさんもここで食べるつもりか?……』
そんな事をひそひそ話していると、賑やかな声が食堂に近づいてくる。
チー「だから兄ちゃんは一言多いねん!」
兄「お前は二言は多いけどな」
父親「お前ら出先で家と同じ会話すんな」
チーは食堂に入るとれぃ達に気付き、ヒラヒラと手を振る。
れぃも目を輝かせて手を振り返す。
兄「お?なんや、昼のラーメン屋におった子ぉらやん。チー、友達なったんか?」
チー「うん。裸の付き合いしてきたから、もう友達やろ。名前とかまだ知らへんけど」
父親「ええから早よ座れ」
ガタガタと音を立てて、椅子につく。
ゆき『あたし達ってあの子の友達になっただ?』
れぃ『……いや、知らねぇ……あれが関西のノリか……』
ゆき『関西では裸の付き合いしたら友達なの?』
れぃ『……いや、そだから知らねぇって……』
ひそひそと話をしていると一台の車がペンションの駐車場に入って来るのが窓から見えた。
エンジン音が止まり、車のドアを閉める音が聞こえる。
その直後、玄関を開ける音がしたかと思ったら聞き慣れた声が聞こえて来た。
「タクさ〜ん、遅くなりました〜」
何やらガサガサと荷物を持つ音が食堂に近づき、食堂のドアが開く。
ののこ「すみません、遅くなりました!」
ゆき・れぃ「ののこさん!」
まみ「お姉ちゃん!」
チー「紀子さん!」
兄「あっ……」
父「おー、紀子ちゃん!」
タク「おー、待ってたよー」
チー「え?お姉ちゃん?」
ののこ「どーもー。田中さんご無沙汰してまーす。チーちゃん元気だった?健太郎君も」
関西から来た親子はどうやら田中と言うようだ。
しかもののこと顔見知り。
ののこ「タクさん、これ差し入れです」
タク「おー、気を使わせちゃって悪いね。さ、座って座って」
ののこ「ゆきちゃん、れぃちゃん、滑れるようになった?」
ゆき「何とかコケねぇで初級コース滑れました!」
れぃ「……あたしはまだ何度かコケやす……」
ののこは手にしたビニール袋をタクに渡し、フリーになった両手でゆきとれぃの肩を背後からポンと叩き、「いいじゃんいいじゃん」と言いながら目を細める。
ののこ「真由美は?」
まみ「カービングの入口っぽいのは何となく感じたんだけど、派手にコケてしまって……」
ののこ「あっはっは!スノボ始めて数回でカービングできるようになったらあたしの立場無いわ」
そう言いながらののこはまみの横の席に座る。
チー「え?ってか、紀子さんの妹さん?」
ののこ「そうだよ〜。妹の真由美」
そう言いながらののこはまみの頭をワシっと掴み、グルンとまみの顔を田中家のテーブルの方に向ける。
ののこ「あたしとそっくりでしょ?」
そう言いながらののこはカンラカンラと笑う。
まみ「ちょっ!お姉ちゃん!」
まみはののこの手を振り払い、耳まで真っ赤にして俯く。
チー「ホントだ……え〜っと真由美さん?全然顔見せてくれないから気付かなかった」
ののこ「でしょ〜。この子すっごい人見知りでね。たぶん喋れるようになったらチーちゃんと真由美、話合うと思うよ」
チー「マジっすか!?」
ののこ「うん、この子『裏十二支大戦』好きで、巫狐のコスプレしてるし」
まみ「……ちょっ!お姉ちゃん!」
チー「えーっ!マジ?マジ?マジ?あたしも裏十二支大戦めっちゃ好きで、美卦のコスプレしてんねん!」
美卦は裏十二支大戦に出てくる猫の擬人化キャラだ。
裏十二支大戦の紅二点、巫狐と美卦は人気を二分する女性キャラだ。
まみ「えっ!美卦のコスプレしてるんか!?」
まみの食い付きに驚いたのはゆきとれぃだ。
あれほどチーに警戒心を顕にしていたまみが自分から身を乗り出して話しかけたのだ。
ののこは『計画どおり』と言わんばかりのしたり顔。
それを見たゆきはれぃに耳打ちする。
ゆき『見た?ののこさんえれぇ悪そうな顔してた』
れぃ『……見た……ステキだ……』
ゆき『いや、あんたの感性どうなってんの?』
そんな外野をよそにまみとチーの話は弾む。
チー「あたしもさぁ……巫狐のコスにしようかと思ったんやけど、ほら、巫狐って清楚と言うか、神々しいと言うか、そんなイメージやん?それに対してあたしの性格やったら合えへんやん?……と、なるとやっぱ美卦かなぁ……って思ってやぁ」
まみ「あたしも美卦にするか考えたんだけど、美卦みたいな元気いっぱいキャラは合わんで、無理〜って思った」
チー「なぁなぁ!巫狐のコスプレの時の写真とか無いのん?見せてぇや」
ののこ「チーちゃん、コスネットであたしをフォローしてくれてたよね?去年のコミゲの時の写真にまみとのツーショット上げてるわよ」
チー「え?コスネットの写真見ましたけど……確かに巫狐のレイヤーさんとツーショットアップしてはりましたよね?あれ、真由美ちゃん!?マジ?」
ののこ「あの写真に真由美のコスネットのアカウント貼ってたけど、『妹』とは書いてないもんね」
まみ「え?お姉ちゃん、あたしのアカウント貼ってただ?」
ののこ「そだよ」
まみ「え?知らなかった……」
ののこ「ゆきちゃんもれぃちゃんも、ツーショットの写真にはアカウント貼ってアップしてるよ」
ゆき「最近スノボばっかで、あたしもコスネット見て無かったらからなぁ」
れぃ「……あたしもだ……」
ゆき、まみ、れぃの三人はそれぞれ思い出したかのようにスマホを取り出し、コスネットを開く。
ゆき「ぎゃぁ〜〜〜〜!」
れぃ「うわぁぁぁぁぁぁ!」
ののこ「どした?」
ゆき「フォ……フォロワーが300人超えてる……」
れぃ「あた……あたしも……300人超えとる……」
ゆき「まみも?」
れぃ「……ん?……まみ?……」
まみ「あたしのコスネット……なんかバグってるみたい」
ののこ「ん?あぁバグってないよ、それ」
それを聞いたまみは一瞬ピクっと動いたがその後動きが止まった。
ゆき「あ、気ぃ失ってる」
れぃ「……デフォだな……」
ゆき「どれどれ?」
そう言うとゆきは魂が抜けているまみの手からスマホをひょいと取り上げる。
ゆき「んなっ!………」
れぃ「……どした?…………げっ!」
スマホを勝手に見たゆきも、それを覗き込んだれぃも絶句。
ゆき「フォ……フォロワー1000人超えとる……」
れぃ「300人どころじゃねぇ……」
ゆき「何でだ!?あたし達と一緒に行って同じようにののこさんとツーショットアップしてるのに、何故まみだけが伸びる!?」
れぃ「ちょっと待て、今、原因を探って…………あ、こいつだ……」
ゆき「何?」
れぃはスマホを見せながら、あるアカウントを指差す。
ゆき「カメラマンの人のアカウントじゃん。うわっ!ののこさんとまみの写真めっちゃ上げてる!誰!?」
れぃ「アカウント名を見ろ」
ゆき「柳?」
れぃ「美紅里ちゃんの正体を秒で見抜いたあいつだ」
ゆき「あーっ!柳江!」
れぃ「ちょい待て。あいつのフォロワー1万超えてんぞ」
ゆき「うそ!超有名カメラマンじゃん」
れぃ「いや、確かに写真撮るのも、レタッチも上手いわ。流石、写真館の息子」
チー「え?ひょっとして二人もコスプレしてはんの?」
れぃ「はいっ!ののこさんとツーショットアップしてもらってる『ドジまぬ』の『グルギャナック』だ!」
ゆき「あたしは『四精霊戦記』の『シルフィード』……」
チー「うっそ!マジ?見た見た!あたしフォローしたもん!」
ゆき・れぃ「え?」
チー「フォロワーの中に『じゃりン子チー』って無い?」
ゆき「えーっと、あった……」
れぃ「……マジっすか……ってか、チーさんフォロワー7000人もいるじゃねぇっすか!」
チー「いやぁ〜、ののこさんの足元にも及ばんっすけどね〜」
ゆき「ののこさん、今フォロワー何人だ?」
ののこ「こないだ3万超えた〜」
れぃ「……あたしの百倍……」
ゆき「さ……さんまん………あ、ちなみに美紅里ちゃんは今どのくらいなんだらず?」
れぃ「……すげっ!美紅里ちゃんも2万8千フォロワーいんじゃん!」
ゆき「……ってか、知らんあいさにまた新しい写真アップしてんじゃん……ってか、エロっ……」
ののこ「あー、それね〜。つい先日、美紅里さんと二人でスタジオ撮影してきた時の〜」
タク「え〜っと、盛り上がってるとこ悪いんだけど、食事運んでいい?」
ののこ「あ、あたし手伝いまーす」
タク「いいよいいよ、今日は紀子ちゃんお客さんなんだから」
ののこ「あたしと真由美、タダでご飯ご馳走になるんだから、それくらいさせて下さいよ。勝手知ったる元職場ってね」
ののこはそう言うと立ち上がり、厨房に消える。
タクはゆき達のテーブルにスープを運んで来た。
厨房の中に入ったらののこは田中家のテーブルにスープを運ぶ。
タク「お待たせ〜。『タムラの塩控えめスープ』です」
ゆき「タムラって誰?」
れぃ「……知らね。『伯方の塩』的なやつじゃね?……」
ののこも田中家のテーブルにスープを配膳する。
ののこ「田中さん、すみません。思わず話が盛り上がっちゃって」
田中(父)「いいよいいよ、今年は紀子ちゃんに会えないかと思ってガッカリしてたから会えただけでオジサン嬉しいよ」
ののこ「またまた〜www田中さん、上手いんだからっ」
さすがにここでバイトしてただけの事はある。
手慣れた様子で配膳していくののこ。
ののこ「はい、健太郎君、お待たせ〜」
健太郎「あ、はい、あざすっ」
妹とのやり取りとは全く違い、無口でおとなしい青年に変わっている。
チー「兄ちゃん、どしたん?憧れの紀子さんに会えたのにテンション低いやん」
チーが健太郎をからかうようになじる。
健太郎「アホっ!チー!おまっ!……アホ!……俺は……そんな……って……アホぉ!!」
ののこ「ちょっとチーちゃん、からかわないの!」
ののこはあいた手でチーの頭の上でゲンコツを作る。
チー「はーい、すんませ〜ん」
チーは小さく舌を出しながら頭の上に両手をかざして頭を防御する。
タク「お待たせしました、ではお召し上がり下さい」
ののこ「真由美!起きな。食べるよ〜」
まみ「!!」
我に戻るまみ。
まみ「お姉ちゃん、どうしよっ!?」
ののこ「うっさい。それはそういうもんなの。考えてどうにかなる話じゃないでしょ。別に何か問題がある訳でもないし。ほれ、食べるよ!」
そのやり取りを見たゆきとれぃは「正しいまみの扱い方」を見た気がした。
ののこ「はい、じゃあ、いただきまーす」
オロオロしている妹を尻目に食事を始めるののこ。
つられてゆき達も「いただきます」と食べ始めた。
ゆき「あ、これ美味っ!」
れぃ「……キノコの味がえれぇ出てる……これなら確かに塩控えめでも美味いわ……」
まみ「ホントだ。美味し〜」
ゆき『なるほど、まみはあの状態になっても食べ始めたらそっちに意識が行くんだ……』
さすがに長年姉をやっているののこの、妹の扱いに改めて感心するゆき。
タク「紀子ちゃん、飲まないの?」
ののこ「あたし車だから」
タク「泊まってけばいいじゃん」
ののこ「いや、そんな……。ご飯ご馳走になってるのに泊めて頂くなんて……」
タク「いーのいーの。妹さんと同室だったら既に用意できてるし、料金は前日キャンセルで全額もらってるし」
チー「紀子さん、夜一緒に喋りましょうよ!」
ののこ「え〜……明日もバイトなんだよな〜」
田中(父)「紀子ちゃん、大阪土産の浪速正宗あるよ」
ののこ「いただきます!」
タク「それは夕食後にアテと一緒に用意しますね。じゃあ紀子ちゃんビールでいいかな?」
ののこ「あざーっす」
ののこと田中家の父親はそれぞれビールを飲みながら食事は進んだ。
タク「は〜い、こちらが北海道産マチルダのマッシュポテトグラタンです」
ゆき「マチルダって?」
れぃ「……ちょい待ち、ググる……。え〜っと、じゃがいもの品種らしい……」
ゆき「なるほど。でも何でチーちゃんのお父さん、爆笑してんの?」
れぃ「……いや、わからん……」
田中(父)「マッシュポテトと言うよりオルテガポテトだね〜」
タク「ソドンの堅焼きパンと一緒に召し上がって下さい」
ゆき「ホントに堅い!」
タク「ちぎってグラタンのソースを付けて食べてね。そのままかじると堅くて食べにくいよ」
れぃ「……またチーちゃんのお父さん、えれぇ喜んでる……何だろ……」
タク「あとはデザートで、ルナセカンドゼリープレートです」
まみ「青や紫のゼリーだ。オシャレ!」
れぃ「……青いゼリーはソーダ味か……」
ゆき「紫のはグレープ……いや、巨峰じゃん」
れぃ「……ルナセカンドって何だらず?……」
ゆき「ルナ……月?セカンド……2つ目?わかんねぇなぁ……」
まみ「うまかったら名前なんてどうでもいいよ〜」
ゆき「そだな」
そういうとゆきはニカっと笑う。
それぞれがそれぞれに楽しんだ夕食も終え、コーヒーが運ばれて来た。
タク「田中さん、どうします?すぐ飲みます?」
田中(父)「あぁ、せっかくなんでいただきます」
ののこ「タクさん、すみません。あたし帰るつもりで来たからお風呂まだなんですよ。お風呂も借りていいですか?飲むなら一度リセットしたいし……」
タク「ああ、いいよ。どっちでも好きな方入っていいよ」
ののこ「あざーっす!どっち入ろっかなぁ〜」
チー「兄ちゃん、覗きに行くなよ」
健太郎「だっ……誰がっ!」
チー「あたし達はおしゃべりしようよ!えーっと、れぃちゃんとゆきちゃんと……真由美ちゃんだっけ?」
まみ「え…、あ、はい」
チー「あ、でもコスネットでは『まみ』になってるね」
まみ「あ、はい、どっちでも……」
チー「真由美だから『まみ』な訳ね。ひょっとしてれぃちゃんとゆきちゃんも本名では……無い?」
れぃ「あたしは玲奈だかられぃ」
ゆき「あたしは美幸だからゆき」
チー「な〜るほど!まぁあたしも本名は千里だけどね」
完全に会話のペースをチーに掴まれ、何となく一緒におしゃべりする流れになってしまった三人。
ただ、危惧していたまみの人見知りから来る警戒心はチーが同じ作品のコスプレイヤーだったと言う共通点からかなり緩和されていた。
チー「じゃあ、お菓子と飲み物持って再集合〜!」
言うやいなや、チーは立ち上がり部屋へと向かう。
つられるようにゆき達も席を立った。
部屋に戻った三人。
自分のカバンからお菓子を取り出す。
ゆき「えーっと、まみ、良かっただ?」
まみ「え……っと、正直、まだちょっと慣れねぇ感はあるけど、ちょっと話を聞いてみてぇって気持ちもあるし、お姉ちゃんとも仲良さそうだったから何か安心かな……って」
れぃ「……まみって意外とシスコンなのな……」
まみ「ん〜〜〜〜。否定できねぇかも……」
そう言うとまみはちょっと困ったえがで笑う。
ゆき「意外じゃねぇだろ」
まみ「そんなに?……って、そうか。今までも何かあったら、たいていお姉ちゃんが何とかしてくれてたから……」
ゆき「それにしてもののこさんのコミュ力、すげぇよな」
れぃ「……それな……」
ゆき「あと、あのお兄さん、ののこさんの事好きなんだ」
ちょっといやらしい顔でニヤ〜と笑うゆき。
れぃ「……ののこさんは男でなくても惚れるくらいステキの結晶……」
まみ「ん〜〜〜〜〜〜、そうなのかなぁ……。家でのだらしねぇお姉ちゃん知ってたら、そうは思わねぇんだけどなぁ……」
ゆき「だらしねぇののこさん見てみてぇ!」
れぃ「どんなん?どんなん!?」
まみ「え〜っと、普段はもう首のヨレたグレーのスウェットの上下着て、その上からどてら羽織って、あぐらかいてビール飲んでる……」
ゆき「夏場は!?」
まみ「タンクトップと短パンであぐらかいてビール飲んでる」
れぃ「それは萌える!」
まみ「……えぇ〜〜〜……」
ゆき「ギャップ萌えじゃん」
まみ「……えぇ〜〜〜……」
れぃ「……とりま行かずか、チーちゃん待ってる……」
れぃの予想どおりチーは既にテーブルにお菓子を広げていた。
チー「来た来た!どれでも好きなんつまんで!」
ゆき「あ、これ見たことねぇ。関西限定紅しょうが天味のポテチ?」
チー「美味しいで!」
まみ「あっ!チーちゃんのトレーナー、ヤマムラと裏十二支大戦のコラボトレーナー!」
チー「寝巻きがわりに持って来てんけど、まみちゃんが巫狐やってるってわかったから着替えて来た!」
まみ「いいなぁ〜。あたしも探したんだけど、こっちは田舎だからすぐ売り切れてしまって手に入らなかった」
れぃ「チーちゃん……これ……伝説の大阪銘菓『満月ポン』じゃねぇっすか!?」
チー「せやで?大阪人御用達、お茶うけの定番、『満月ポン』やで」
れぃ「噂には聞いてたけど、この目で拝めるとは……」
チー「いや、拝むな拝むな。それよりまずは食べりよ」
チーは袋をバリっと開けてれぃに差し出す。
れぃ「じゃあ、遠慮なく……」
満月ポンは薄い醤油味のポン菓子のせんべいだ。
れぃ「あ……始めて食べるのに懐かしい味……」
チー「せやろ?醤油味が濃いやつもあるねんけど、あたしはこの定番のやつが好きやねん。でも中にたまに味濃いやつがあったりして、何か『当たり』感があってええんよ」
ゆき「あたしももらっていい?」
チー「うん。食べり食べり!ほら、まみちゃんも」
まみ「うん、ありがとう」
みんなで満月ポンをボリボリ食べる。
れぃ「あ、今度はこっちのも食べてみて。あたしが持ってきた中で唯一のご当地お菓子」
チー「『りんごバター』、ネーミングからして美味しそうやん」
れぃ「似て非なる『りんごのグラッセ』もあるよ」
チー「もらうもらう!んっ!これ、美味っ!」
れぃ「こっちのグラッセの方は紅茶に合うよ。午後ティー飲む?」
チー「飲む!」
れぃ「おじさーん、グラス借りるね」
タク「おー、好きに使え〜」
チー「ホンマや!紅茶にめっちゃ合う!美味〜!これ、どこで売ってんの?」
れぃ「この辺なら道の駅白馬で売ってると思う」
ゆき「へ〜。あたし長野県民だけどこのお菓子知らなかった。うまいじゃん」
れぃ「だろ?」
と、ドヤ顔だ。
ゆき「あたしは定番のお菓子しか持って来てねぇや」
まみ「あたしも……いつもの……」
ゆき「スルメか?」
まみ「うん……。だってここに来る話が急だったからお父さんのおつまみしか無かったんだもん」
チー「ええやんええやん!あたしスルメ好っきゃで」
まみ「今日はカワハギロールもありやす」
れぃ「あ、あたしこれ好き」
まみ「あとはチーカマ」
チー「あたしが食べたら共食いになっちゃいそうだけど、気にせず食べるスタイル!」
女子高生4人でお菓子トーク。
次第に話題はコスプレの話になった。
チー「なぁまみちゃん、スマホに巫狐の写真とか無いのん?」
まみ「あるにはあるけど……」
チー「え〜、もったいぶらんと見せてぇな」
まみ「コスネットに上げてる写真とあらかた一緒じゃん」
れぃ「へっへっへ……ねぇさん、ねぇさん、それならすんごいのがありまっせ?」
チー「よしっ!買った!満月ポン3枚でどうだ?」
れぃ「へっへっへ、お主もワルよのぉ〜」
そう言うとれぃはスマホをチーに見せる。
チー「すっげっ!マジ?これ、学校やろ?」
れぃ「そう体育祭の時の仮装レースの時の写真」
まみ「ちょっ!れぃちゃん!それダメ!」
ゆき「へっへっへ、あねさん、あねさん、こっちにもすんげぇのがありますぜ?」
チー「苦しゅうない。それ、褒美に満月ポンじゃ。好きなだけ持って行くがいいぞ」
あわあわしているまみを無視してゆきもスマホをチーに見せる。
チー「はわぁ〜〜〜!これ文化祭?コスプレ喫茶?ここでお茶してぇ!」
れぃ「待ち時間最大60分まで行った超人気店だった」
ゆき「これ、その時の動画」
まみ「やめて〜〜〜」
スマホ『さぁ我に何を願う?注文を言うが良い!オ…オ…オ……オレンジジュース……でいいんだな?ちょっと待てよ、今、伝票書くから……あっオレンジュースって書いちゃった!』
れぃ「うぉぉぉぉいっ!何であたしの接客動画流してんだ!」
まみ「れぃちゃんのだったらいい」
れぃ「まみ!てめっ!裏切り者!」
チー「やべぇ!めっちゃキャラ出来上がってる!クオリティたけぇ!」
れぃ「くそっ!ならばっ!」
スマホ『ご注文を承ります、マスター。シルフィードシフォンケーキセットでございますね。我が身命にかけてお持ち致します。しばしお待ち下さい……』
れぃ「……あれ?あまり面白くねぇな……」
ゆき「れぃ!てめっ!」
れぃ「これでおあいこだらずがっ!」
チー「ええわ〜……シルフィード様が膝まづいてオーダー取るとか胸熱やん……。これはまみちゃんのも見たいね」
まみ「ダメっ!」
れぃ「観念しろ、まみ。ここはこう言う流れだ」
ゆき「大丈夫だって。可愛く接客出来てたから」
まみ「ダメダメダメダメ!ダメったらダメ〜〜〜!」
れぃ「……あ、指が滑った……」
スマホ『チュウモンイイデスカ……コーン……ジャアコノイナリセットデ……コーン……ア、イジョウデス……コーン』
れぃ・ゆき「ぶわははははは!」
まみ「だからダメって言ったじゃ〜〜〜ん」
チー「……萌える……あかん!これ、マジ萌える!まみちゃん、一生のお願い!今ここでやって!」
ゆき「出会った初日に一生のお願い使う人、初めて見たwww」
まみ「ダメったらダメーっ!」
チー「え〜〜〜、ケチ〜〜〜」
れぃ「え〜〜〜、ケチ〜〜〜」
ゆき「え〜〜〜、ケチ〜〜〜」
まみ「何でチームワーク出来上がってんのよ!」
チー「一回だけ!一回だけ『コーン』って言ってくれたら納得するから!」
ゆき「まみ、お前は巫狐だ……巫狐だ……巫狐だ……」
れぃ「まみ!ここで応えてこそ真のレイヤーだぞ!」
まみ「え〜〜〜〜………じゃあ………」
「じゃあ」とまみが言ってから少し微妙な無音の時間が流れる。
その時間を三人は固唾をのんでまみを見守る。
まみ「………………コーン………………」
チー「ゲハっ!尊い!ヤバい!尊い!尊死する!」
まみは耳まで真っ赤になって顔を隠して俯いてしまう。
女子チームはやんややんやの大盛り上がりだ。
チーはこの感動を誰かに伝えたくて、思わず健太郎に話を振る。
チー「兄ちゃん、ちょっと聞いてた!?……って……兄ちゃん?……何で兄ちゃんも顔真っ赤になってるんよ……うわっ……きっしょ……」
父親とタクのテーブルに居た健太郎だが、父親とタクの話に何となく入れず、かと言って女の子チームの会話に割って入れる訳もない。
そして憧れのののこそっくりのまみの言動をチラチラと見ながら会話だけ盗み聞きしていたのだ。
チーは健太郎に『ちょっと聞いた?』と言ったものの、ホントに聞いていたとは考えもせず、予想だにしていなかった兄のリアクションに素でドン引きしていた。
ちなみに健太郎はまだ19歳でタク達と一緒に酒を飲んでいた訳ではない。
チー「無いわ〜……うちの兄、マジ無いわ〜」
兄ちゃんから兄に格下げである。
もちろん健太郎のうろたえ方も尋常ではない。
健太郎「ちゃうわ!この席、ちょっと暑いからちょっとのぼせて赤なってるだけじゃ!」
チー「……暖房の吹き出し口……あっち…………無いわ〜〜〜〜」
そのやり取りでまみはさらに真っ赤になる。
一方れぃはこの会話を目を輝かせて聞き入っている。
次の展開にワクワクしている表情だ。
そこにまた神タイミングでののこが入ってくる。
ののこ「お風呂頂きました〜。ん?どうしたの?」
チー「紀子さん、聞いて下さいよ!」
健太郎「わーっ!わーっ!わーっ!チー!おま、マジでふざけんな!」
ののこ「なぁに?また兄妹喧嘩?」
さすがにマズいと思ったのか、ゆきがチーを止めに入る。
ゆき『これ以上やるとまみのメンタルが保たねぇから』
チー「いや、でもマジでキモない!?盗み聞きとか……無いわ〜〜〜」
れぃ「そういやチーちゃんの美卦の写真ってねぇの?」
チー「あるある!ちょっと待ってな〜」
そう言うとチーは自分のスマホを操作し始める。
れぃのナイスアシストにゆきは小さい動きで親指を立ててれぃにグッジョブの意思表示。
それにれぃも親指を立てて応える。
チー「あった、あった!これ、去年のタウフェスの時の写真」
ゆき「タウフェス?」
チー「あぁ、大阪でやってるけっこう大きいコスプレイベント。タウンフェスタの略」
れぃ「見せて見せて!」
れぃの動きに乗じてまみもチーのスマホを覗き込む。
まみ「わぁ〜〜〜〜!かっわいい〜〜!」
れぃ「クオリティ高っ!」
ゆき「あたしも見たい!……ふわぁ〜〜〜!」
チー「まだあるで」
そう言うとチーはスマホの画面をスライドさせて別の写真を見せる。
チー「これ、裏十二支大戦コスの人の集合写真」
まみ「この巫狐の人もキレイ!」
チー「あー、その人男の人やで」
まみ「えっ!?」
チー「見えんやろ?めっちゃキレイな人やねん」
れぃ「そこいらの女の人よりキレイじゃん」
ゆき「あ、この人カッコいい!」
チー「あー、その人は女の人」
ゆき「マジか……」
まみ「蝦蟇の人のコスチューム、クオリティ高いね〜」
チー「やろ?近くで見たら、またこれがキッショいねんwww」
れぃ「動画とか無いの?」
チー「あるで〜、ちょっと待ってな〜……これ!」
動画には小さな障害物を次々にクリアしていく美卦の姿が映っていた。
ゆき「すごい!何これ!」
チー「あー、あたし夏場は『パルクール』やってんねんよ」
れぃ「パルクールって何だ?」
チー「パルクールは走ったり跳んだり登ったりする動きのパフォーマンスを
するスポーツって感じかな」
まみ「カッコいい〜〜〜!」
れぃ「あたしもコミゲの時に止まってポージングだけ……ってのがどうにも物足りんでさ……」
チー「わかる!」
ゆき「三人で同じこと喋ってたら偶然、コスプレしてスノボするイベントの動画見つけてあたし達スノボ始める事にしたんじゃん」
チー「それって巌岳の仮装滑走イベ?」
ゆき「うん。確かそれ!」
チー「あたしそれ去年出てたで」
まみ「ホントっ!?」
チー「えーっと、ちょっと待ってな……確か誰かYouTubeに動画アップしてくれてたと…………あった!これ!」
れぃ「これ、あたし達が見た動画と違うね」
まみ「ん〜〜〜っと、これ、あたし見たかも……」
ゆき「あたしもコスプレ滑走の動画漁ってた時に見た記憶ある……。チーちゃんこれに映ってただ?」
チー「途中と最後にチラっとだけやけどね」
れぃ「あぁっ!ちょっ!今んとこもう一回!」
チー「どしたん?」
れぃ「『ドジまぬ』の『ベルゼばぶぅ』がいたかも!」
チー「うん、たしか居てはったよ。ちょっと待ってな……コレやろ?」
れぃ「ベルゼばぶぅ、キターっ!」
ゆき「あたし達も上手くなったらコレに参加してぇよね〜」
チー「したらええやん。別に上手ならんでも」
まみ「でもあたし達、まだ滑るのがやっと……って感じだから……」
チー「仮装滑走に技術とかいらんで?」
ゆき「そうなの?みんなえれぇ上手そうだけど……」
チー「そう見えるだけ見えるだけwww」
れぃ「そうなの?」
チー「滑るコースは初級コースとパークだけやし……あ、ほら、この人とかこの年にスキー始めたばっかって言うてたで?……あ、ほら、コケたwww」
れぃ「じゃああたし達でも出れるんじゃん?」
チー「出ようや!あたしも出るつもりやし!まみちゃん、裏十二支合わせしようや!あたしも美卦で出るから!」
れぃ「……あたし……出る!」
ゆき「れぃ、マジか?あたし達、まだ初級コースをコケねぇで滑りきれるかどうかってレベルだぞ?」
れぃ「チーちゃんも今言ってたじゃん。あたし達みたいな素人でも出れるって」
ゆき「出れるかもだけど、ウェアじゃねぇんだぞ?それともウェアの上からグルキャナックの衣装着るのか?」
チー「あー、開催は毎年3月の最終日曜日やからウェア着なくてもええくらい暖かいで?あとコケて濡れるのが嫌やったら下に薄いナイロンのベストとか着といたら行けるで」
まみ「チーちゃん、美卦の時ってこれ、素足?」
チー「ううん。厚手のストッキング2枚重ね」
まみ「それで大丈夫なの?」
チー「あたしもこの日何回もコケたし、コケた時はチベたいけど、あまり気になれへんかったで?それより面白いが勝ったって感じやね」
まみ「……あたし……出る!」
ゆき「おいおいおいおい、まみまでどうした!?ウェアじゃねぇんだから、滑る時の空気抵抗とかあるんじゃねぇの?」
まみ「それは……ある……かも………だけど…………」
少し考える表情で言葉が詰まり少し俯いたが、次の瞬間まみはキリっとした表情で真っ直ぐゆきを見据え、リンとした声で決意をあらわにした。
まみ「でも、あたし出てぇ!だってこれが目標なんだもん!どんなに上手くなってもスノボってコケるもんじゃん!出たからて言って、自分の表現してえ巫狐ができるかどうかわかんねぇ。……いや、たぶん表現できねぇ……だらずけど……」
れぃ「まみ!よく言った!」
ゆき「あんた達……マジかぁ〜〜〜」
少し呆れるような表情で額に手を当て天井を仰ぐゆき。
一度大きくため息をついてゆきはやれやれと言った表情の後、まみとれぃを視線を向ける。
ゆき「おっけ。じゃあ、あたしも出る」
ますもれぃも「ふんす」と音が聞こえんばかりの気合いの入った表情で頷き、申し合わせた訳でもないのにシンクロした動きでハイタッチをした。
チー「ええやんええやん!楽しなって来たで!ほな、3月末の仮装滑走参加!約束やで?そんな訳でお父さん!3月の最終日曜日、またここに連れて来てぇな!」
田中(父)「は?いきなり何の話や?」
チー「仮装滑走出るから3月最終日曜日にまたここ連れて来て」
田中(父)「そんなそうそう長野まで滑りに来れるかい!」
チー「え〜〜〜〜。じゃあ兄ちゃん。免許取ったんろ?連れて来てぇな。連れて来てくれたらさっきの事チャラにしたんで」
健太郎「アホぅ!俺、バイトじゃ!」
チー「まだ2ヶ月以上先やで?シフト都合つけてもろたらええやん」
健太郎「何でお前の遊びに俺の時間使わなあけへんのじゃ!」
ののこ「あれ?チーちゃんと……ひょっとして真由美達も仮装滑走出るの?」
ゆき「なんかそんな話になりました」
ののこ「いいなぁ〜、あたしも出よっかなぁ〜。健太郎くんも出ようよ」
健太郎「いや、俺はコスプレとかしたこと無いから……」
ののこ「ただ着るだけだって!衣装とかもネットで売ってるからすぐそろうよ」
チー「紀子さん、何やるんですか!?」
ののこ「そうね〜……。ソードワールドオンラインのアスカとかどうかな?」
チー「いいっすね!めっちゃ萌えます!兄ちゃんもソードワールドオンラインのキルトやれば?紀子さんとペア組めるで?」
健太郎「いや、俺、その作品見た事ないし……」
チー「うちにDVD全話あるから大丈夫。ちなみに紀子さんがやるアスカってキャラがコレで、その『恋人』のキルトがコレ」
チーはニヤニヤしながら画像検索して健太郎に見せる。
スマホの画面にはアスカとキルトが寄り添うイラストが写し出されていて、それを見た健太郎は思わず自分とののこにそれを置き換えた光景を想像してしまい、また赤面する。
ののこ「いいね〜!健太郎くん似合うと思うよ。そのままで髪型とかも似てるし、いいんじゃない?それに健太郎くんの技術でキルトやったらカッコいいと思うなぁ〜〜〜」
チー「衣装はネットで……兄ちゃんのサイズだとL……いや、コス滑走ならワンサイズ大きめでXL……。あっ兄ちゃんヤバいで!在庫、あと1着だけや!」
健太郎「えっ?えっ?えっ?」
チー「しかもこれ、小道具付き、送料無料で15000円ボッキリ!安い!これ逃したら次無いで!急いでLINEにリンク送るわ!」
ピロン♪
健太郎「え?あ……え?これ、俺、買うのん?」
チー「何躊躇してんねん!大阪人やろ!チャンス逃すのは大阪人の恥やで!」
健太郎「お……おぅ……」
急き立てられるように健太郎はスマホを触っている。
健太郎「え?俺、やるのん?」
チー「ここまで来て何言うてんねんな!さっさとポチれ!」
健太郎「お……おぅ……」
ポチ
健太郎「……ポチったけど……」
それを聞くやいなや、チーはまみ達の方に振り向き、少し低い声で「うぇ〜ぃ」と言いながらピースサインを出す。
ゆき・まみ・れぃ『わっるい顔してる……』
悪い顔をしているのはチーだけでは無かった。
ののこ「やった!健太郎くん、これで仮装滑走であたしとペアで滑れるじゃん!」
そう言いながら、健太郎と肩を組むような位置取りで健太郎の肩をバンバン叩く。
思いがけないののこの接近にスマホを見つめたままフリーズする健太郎。
それを見越してか、ののこもなかなか悪い顔をしながら空いた手で親指を突き立て、まみ達にサインを送る。
愛想笑い気味な表情でゆきが小声でまみに話かける。
ゆき『ののこさんってこんなキャラだっけ?』
まみ『お姉ちゃん、酔うとあんな感じなの』
れぃ『あんな感じ?』
まみ『めったボディタッチが増えて悪ノリすんの』
ゆき『ののこさんの隣……座りてぇ』
まみ『え゛?』
れぃ『……うん。いいな……』
まみ『は?』
ゆき『もっと酔っ払ったらどうなるの?』
ゆきとれぃはそっちに興味津々だ。
まみ『え〜っと、変な笑い方で何に対しても笑い出す。そうなったら危険信号。急いで隔離しなきゃ』
ののこ「にゃはははははははは!」
まみ『そうそう……あんな風に……』
まみ「って……お姉ちゃん!?」
ゆき「まて、まみ!このあとどうなるんだ!」
れぃ「どう危険なんだ!教えろ!」
ゆきとれぃの目は興味津々で輝いている。
まみ「ところかまわず脱ぎだすの!」
それを聞いた瞬間、ゆきとれぃの目が死んだ。
ゆき「そりゃアカン」
れぃ「アカンやつや」
ののこ「タクさ〜ん、ちょっと暖房利きすぎじゃないですか〜?にゃははははははは……」
れぃ「ヤバいヤバいヤバいヤバい!」
まみ「お姉ちゃん!部屋!部屋行こ!」
ののこ「ま〜ゆみ〜〜〜、ど〜したの〜?そ〜んな慌てて〜」
ゆき「ののこさん!お部屋でベットどこ使うか決めにいきやしょ!」
ののこ「あらゆきちゃん……ひょっとしてあたしと同じベットで寝たいのかな〜?にゃははははははははは」
れぃ「ゆき!真っ赤になって照れてる場合じゃねぇ!」
まみ「さっきまで日本酒飲んでて急に立ち上がったから酔いがまわったんだ!」
れぃ「の……ののこさん……とりあえずパーカーの裾から手を離しやしょ……」
ののこ「え〜〜〜、だって暑いじゃ〜ん……ってか、れぃちゃ〜ん、あんたネコみたいでか〜わい〜わね〜。おいでおいで!ナデナデしたげる〜」
れぃの顔が燃え上がるように一気に赤くなる。
まみ「とりあえず行こ!行こ!」
そう言うとまみはののこの手を引っぱる。
ののこ「ま〜ゆみ〜、あたしゃあんたがチーちゃん達と楽しくおしゃべりできてて嬉しいよ〜」
まみ「はいはい、わかったわかった!とにかく部屋行こ!」
ののこ「にゃはははははははは」
まみ「ゆきちゃん、れぃちゃん!手伝って!」
ののこの泥酔っぷりにどうしたらいいかわからず固まっていたゆきとれぃもまみの声で我に帰り、ののこを後ろから支えるように押して食堂を出る。
部屋に着くとののこは一番近いベッドに倒れ込むように潜り込む。
そのまま寝落ちるかとおもいきや、掛け布団を半分はだけ、トロンとした目つきでゆきを手招きする。
ののこ「ゆきちゃんおいで〜〜〜、あたしと一緒にねんねしたいんでしょ〜〜?」
まみ「お姉ちゃん!……って、ゆきちゃんもふらふら行こうとしねぇ!」
れぃ「……あ……あたしで良ければ……」
まみ「良くね〜〜〜ぇ!お姉ちゃん、ちゃっと寝なさい!」
完全にいつもと立場が逆転している。
まみはののこに近付き、布団をガバとののこの頭まで被せるとののこはそのまま大人しくなった。
ののこを起こさないように、まみは未だ放心中のゆきとれぃの背中を押して部屋を出る。
そっと扉を閉めて「はぁ〜〜〜」と深いため息。
慌てて部屋に来た三人は食堂にスマホを置きっぱなしにしていたので食堂に戻る。
途中まで無言だったゆきとれぃだが、突如唸り出した。
ゆき「うぅ〜〜〜〜〜〜」
れぃ「ぬぅ〜〜〜〜〜〜」
まみ「ど……どうしたの?」
ゆき「ののこさんと同じおふとぅんで寝れるチャンスだったのに〜〜〜〜」
まみ「えぇっ!?」
れぃ「ナデナデして欲しかったぁ〜〜〜!」
まみ「えぇっ!?」
ゆき「まみは普段からののこさんと一緒に寝てるからいいかも知れねぇけど!」
まみ「いや、一緒に寝てねぇよ!」
ゆき「今後の人生においてののこさんと一緒のおふとぅんで寝れるチャンスなんてもう訪れねぇかも知れねぇのに!」
まみ「いや、今日のも全然チャンスとかじゃないから!」
れぃ「ナデナデされたかったぁ〜〜〜」
まみ「えぇ!?そんなに!?」
れぃ「まみはいつもののこさんにナデナデしてもらってるからいいだらずけどさ!」
まみ「いやだからされてねぇって!」
れぃ「この歳になってナデナデされる事なんてそうねぇじゃん!ましてや憧れのお姉様に!」
まみ「お……お姉様!?」
れぃ「あたしクソ生意気な弟しかいねぇからお姉様は憧れなんじゃん!」
ゆき「まみ!お願い!ののこさんとの飲み会セッティングして!」
まみ「あたし達、未成年!」
れぃ「あたしジュースで我慢するからぁ〜〜〜」
まみ「我慢も何も、未成年!」
すったもんだのあげく、ようやくゆきとれぃも落ち着き、食堂に戻った。
チー「紀子さんえらい酔ってはったけど大丈夫やった?」
まみ「あはは……まぁ何とか……」
ゆきとれぃは硬く拳を握りしめ、血の涙を流さんばかりの表情だ。
まみ「えっと……大変お見苦しい所をお見せしました」
タク、田中(父)、チーは笑顔でそれに応える。
しかし健太郎は違った。
チー「うわ……きっしょ……」
顔を引き締めようにも、ののこと仮装滑走に参加すると言う約束が、健太郎の中ではいつしか「コスプレスノボデート」に情報が上書きされ、さっき見せられたソードワールドオンラインの画像に自分とののこを重ね合わせてデレっデレになっている。
さらに酔ったののこの姿とののこからのボディタッチを反芻して照れくさいやら嬉しいやら、そんな感情が渦巻き、ソワソワモジモジしている。
まみ「大丈夫かなぁ……」
ゆき「何が?」
まみ「お姉ちゃん、あの状態になったら、その前後の事覚えてねぇ事が多いんじゃん。チーちゃんのお兄さんを仮装滑走に誘って一緒に滑ろって言ったの、お姉ちゃん覚えてねぇかも……」
れぃ「……やべぇじゃん……」
チー「兄ちゃんが騙されてようと騙されてなかろうと、兄ちゃんが車出して連れて来てくれるんやったら何でもええわ」
まみ「お姉ちゃんの信頼が……。そだから日本酒は飲むなってお母さんにも言われてたのに……」
ゆき「これは後日ののこさんに確認しておいた方が良さそうじゃん」
チー「なぁ、その辺の事また状況教えて欲しいからLINE交換せぇへん?」
れぃ「喜んで!」
ゆき「いいよ〜」
まみ「うん」
ゆき・れぃ『まみが即答した……』
こうしてチーと、ゆき、まみ、れぃの三人はLINE交換して今後の交流も確定した。
その後また少しおしゃべりして解散になった。
部屋に戻るとののこは熟睡していたが、ののこのベッドの横にののこが着ていたパーカーとブラが脱ぎ捨てられていてゆきとれぃはまた真っ赤になって自分のベッドに潜り込んだ。
賑やかだったペンションの中とはうらはらに、外ではシンシンと雪が降り始めていた。