第32話「関西弁の女の子」
第32話「関西弁の女の子」
「いらっしゃいませ〜、お好きなお席へどうぞ〜」
ラーメン屋に入ると店員さんの通る声が聞こえてくる。
少しお昼の時間には早いし、なんと言っても平日だ。
他の客は一人だけ。
その客のいる席から一番離れたテーブル席のさらに角位置にまみがスッと座る。
ゆきとれぃもつられるようにその席に座る。
れぃはヘルメットを脱ぐと同時に紫色のニットキャップを無造作にぎゅもっと被る。
ゆきとまみは既にメニューを見始めている。
ゆき「あたし始めて入るお店では、その店のオススメを食べるって決めてるんだ〜」
まみ「何で?」
ゆき「その店がオススメするって事は一番自信があるって事だらず?そうそうハズレはねぇ!」
れぃ「……で、オススメってどれなん?……」
まみ「コレだって」
まみはカウンターの上に貼られたポップを指差す。
そこには確かにオススメと書かれてている。
いかにも美味しそうだ。
ゆき「じゃぁ、あたしこれ〜」
まみ「じゃ、あたしも」
れぃ「……うん。美味そうだ。あたしもそれにする……」
注文が決まった様子を見て店員さんが注文を聞きにくる。
「お決まりですか?」
ゆき「このオススメのを3つ」
「はーい、しばらくお待ち下さい」
ラーメンが来るまで早速さっき撮った動画を三人で覗き込む。
ゆき「あ、ほら、ここ!一瞬足元見てる!」
まみ「え?わからなかった。もう一回!」
れぃ「……あ〜、見てる見てる。シュプールもズレてるもん……」
まみ「う……言い返せない……」
ゆき「あ、ここも」
れぃ「……ブレーキかける時とかエッジ切り替える時に足元見てるな……」
ゆき「足元見る時って言うより頭動かしたらエッジズレてるしない」
れぃ「……この時何で一瞬横見た?……」
まみ「いや、動画撮れたかな……って……」
ゆき「そのおかげで原因判ったね。まみは頭を動かしたらエッジがズレる!」
まみ「え〜!でも滑りながら周り見たりするじゃん!それ普通だらず?他のボーダーさんもやってるのに何であたしだけズレるの?」
ゆき「経験?」
れぃ「……技術だろ……」
まみ「じゃあどうしたらいいの?」
ゆき「あたしに聞くなよ」
れぃ「……あたしらだってシュプールぶれぶれじゃん……」
ゆき「あ、そう言えばさっきリフト下りた時のあれ何だったの?」
まみ「リフト下りた時?」
すっかり忘れているまみ。
逆に『ちっ!覚えてやがったか』と言いたげな表情のれぃ。
ゆき「ほら、れぃはお腹すいてねぇけど、お腹すいてる……とか謎かけみたいな事言ってたじゃん」
まみ「あー、それね。れぃちゃんにお腹すいた?って聞いたら空いてねぇってれぃちゃん言ったんだけど……」
と、そこまで話した所でラーメン屋の扉が開き、何やら言い合いをしている若い男女が入っで来た。
会話から察するに兄妹のようだ。
妹「だからぁ!お兄ちゃんスノボであたしはスキボなんやから、同じモノサシで物喋らんといてくれるか!」
兄「ほんならお前もスノボやったらええやんけ」
妹「嫌じゃ!オトンは基礎スキーでバリバリ、お兄ちゃんはスノボでゴリゴリ、絶対マウント取られんの解ってて何で同じジャンルのギア使わなあかんのじゃ!」
兄「逃げてるだけやんけ!」
妹「逃げてへんわ!先に始めたからその分のマージン持っとるお兄ちゃんにマウント取られんのが嫌なだけじゃ!」
兄「それ、世間一般では逃げてるっちゅ〜んじゃアホ」
妹「ほんならお兄ちゃんもスキボやってみぃや!でけへんやろ!」
兄「俺はスノボがやりたいからスノボやっとんじゃ。スキボやりたなったら言われんでもスキボやるわ」
激しい関西弁の応酬。
そこにまみ達より先に店に入っていた中年の男性が割って入る。
「お前ら店ん中でうるさい。さっさと座って注文せぇ」
どうやらこの兄妹の父親のようだ。
父「ほんまお前ら口開けばケンカしよんな」
妹「だってお兄ちゃんが!」
兄「お前がいちいち突っかかってくるからじゃボケ!」
父「ええかげんにせぇ!他のお客さんの迷惑やろが!」
そう言われて兄妹は口をつぐみ、店内をチラっと見回し、やっとまみ達がいる事に気付いたようだ。
そして妹の方が「あっ」と言う顔をする。
妹「あれ?さっきパークの入口におったお姉さん達やん」
碓かにウェアに見覚えがある。
それに関西弁。
まみが「ちっちゃい子」と思っていたスキーヤーの子だ。
まみの「ちっちゃい子」と言う先入観から背の高い小学生と思い込んでいた三人だが、ヘルメットとゴーグル、フェイスマスクを外したその「ちっちゃい子」はまみ達と変わらないくらいの年頃の女の子だった。
それに気付いたゆきが小声でまみに話しかける。
ゆき『ぜんぜんちっちゃい子じゃないじゃん』
話しかけられた当のまみは既に「気配消し」モードになっている。
それはいつも通りと言えばいつも通りなので、ゆきが驚く事は無い。
だが、今回は別の事で驚く事になる。
さしあたり、この関西弁の女の子と直接話したのはゆきなので、ゆきが愛想笑いを浮かべて対応する。
ゆき「あ、先程はどうも……」
当然会話が続かない。
助け舟を求めるにしても気配を消しているまみは戦力外。
れぃにトークや社交性を求めるのは……
ゆき「……って、れぃの目がえれぇ味津々になっとる!」
ゆきに促される訳でもなく、れぃが率先して会話に参加してくる。
れぃ「お姉さん、関西の方ですか!?」
ふだんのれぃの言葉なら「関西の方か?」になるのだが、緊張しているのかテンションが上がっているからか、標準語になっている。
妹「うん、せやで」
そう。
れぃは『面白い』事が大好きなのだ。
当然、お笑いなんかも好きだし、自分自身も面白いキャラを目指している。
ただ、現時点ではその意欲は完全に空回りと言うか、別のベクトルに突き進んでいる。
れぃ『スッゲ!リアル関西弁!さっきの掛け合いみた!?あのテンポ!台本無しであのクオリティ!やべぇ!上がる!』
興奮を抑えきれず、ゆきに小声で感動を伝えるれぃ。
ゆき「お前、誰じゃん……いつもの無表情冷め冷めれぃはどこ行った?」
れぃのテンションに少し引き気味なリアクションをあえてとるゆき。
れぃ『バッカ!あのご家族はお笑いの聖地関西からお越しの方々だぞ!聖地巡礼する前に聖地が向こうからやって来たんだぞ!』
ゆき「いや、何言ってるかわかんねぇ」
妹「どしたん?二人で……って、あぁあたしが関西弁やからちょっと引いてる?大丈夫やで。関西弁って関西以外の人が聞いたら怖いらしいけど、ぜんぜん怖ないで。これ、通常運転やから」
れぃ「大丈夫っす!関西弁、素敵です!」
れぃは憧れの生関西弁に目をキラキラさせている。
妹「素敵?素敵て……お姉さん、オモロイなぁ」
れぃ「関西の方にオモロイって言ってもらえて光栄っす!」
兄「ん?チー、知り合いか?」
妹「ううん。さっきパークの入口でちょっと喋っただけ」
兄「その子らもパーク入んの?」
ゆき「いえ、あたし達は先月スノボ始めたばっかりで……って……あ゛〜〜〜!」
妹「何やねん急に……びっくりするやん」
ゆき「さっきパークの大きいジャンプ台でクルクル回ってた人!」
兄「あぁ、俺もパーク入ってたけど、君、見てたん?」
ゆき「はいっ!すっごいカッコよかったです!」
妹「え〜〜〜?お兄ちゃんがカッコいい?お姉さん、リップサービスめっちゃするやん」
兄「アホぅ!俺、カッコええっちゅーねん!」
妹「カッコええのは縦に回せるようになってからじゃ!」
兄「お前かて縦回されへんやんけ!」
れぃ「関西弁!すっげぇ!」
ゆき「まだあたし、ターンするのがやっとなんで、あんな凄い事できるの憧れやす!」
兄「あんま褒めんといて……マジな話、パークユーザーの中では俺、まだまだなレベルやから……」
妹「そうそう、全然まだまだ」
兄「うっさい!だぁっとれ!」
れぃ「『だぁっとれ』キター!」
父「ええからお前ら早よ注文せぇ!店員さん待っとるやろ」
兄「あ、すんません。俺、ラーメン定食で」
妹「あたしチャーハン定食」
父「お嬢ちゃんら、ゴメンなぁ。うちの子ぉら、空気読まんでベラベラ喋りまくるから」
妹「ゴメンやで?あ、食べて食べて……ってまだ料理来てへんのんかいな」
店員「今できましたよ。はいお待ちどうさま」
ゆき達のテーブルにラーメンが運ばれて来て、ようやく落ち着くゆきとれぃ。
まみは完全に背景になっていたが、食べない訳にはいかないのでコソコソとラーメンを食べ始める。
ゆきとれぃは関西の親子に何となく「お先です」と声をかけて小さく会釈してラーメンに手を付ける。
既に関西の親子は三人でやいのやいのと、口げんかかと思うような言葉で会話が弾んでいる。
れぃはその一語一句を聞き漏らすまいと、耳を欹てている。
ゆきも少なからず会話が気になっている様子。
そして「ラーメンを食べるオブジェ」と化しているまみ。
完全に「リフトから下りた時の謎かけっぽい話」の事は三人の頭から飛んでいた。
関西の親子の所にも料理が運ばれ、ようやく静かになったとおもいきや、「これめっちゃ美味いで」とか「ちょっと一口ちょうだい」とか言い合っている。
ラーメンを食べ終わったまみは、既にラーメンを食べないオブジェになっている。
それに気付いた関西弁の女の子。
妹「端っこのお姉さん、大人しいな。人見知りするタイプ?」
兄「お前、そう言うとこやぞ。お前にはデリカシーっちゅーもんが無いねん」
妹「お兄ちゃんのどこつついたら『デリカシー』なんて言葉が出てくんねんな」
父「どっちもどっちじゃ!お嬢ちゃん、ゆっくりしてるとこ、ほんまゴメンやで」
まみは何か返さなくてはならないプレッシャーに負け、愛想笑いで「いえ……大丈夫です……」と小さい声で返す。
妹「ゴメン!何か気になって……思わず話しかけてもぅてん」
そう言うと、小さく手をあげてニコっと笑い、また食事の続きを始めた。
三人とも食べ終わり、少し落ち着いた頃、まみが小声でゆき達に「そろそろ行かずか」と声をかけた。
ゆきとれぃは「そうだね〜」と相づちをうちながら、ゲレンデに戻る準備を始める。
妹「あ、もう行くのん?さっきは急に話しかけてゴメンやで。ほな、また」
会計を終わらせ、三人は会釈して店を出る。
少しの沈黙の後、ゆきが口を開く。
ゆき「なんか凄かったね〜」
れぃ「生関西弁、やっぱサイッコー!」
ゆき「れぃ、まだキャラ戻って来てねぇぞ」
まみ「……………った……」
ゆき「ン?まみ、何か言った?」
まみ「緊張してラーメンの味、わかんなかった!」
れぃ「……いや、それは緊張しすぎ……」
ゆき「おっ……いつものれぃが帰って来た」
れぃ「……あたしはいつもこんなだぞ……」
ゆき「さっき、えれぇテンション上がって、何か運動会系の部活弁みたいになってたじゃん」
れぃ「……いや、知らんし……」
ゆき「なってたよなぁ?」
まみ「全然記憶に無ぇです」
ゆき「ダメだこりゃ」
まみが緊張モードから脱したのはゴンドラに乗ってからだった。
まみ「次、どこ行く?」
ゆき「まだ行ってないコースあったっけ?」
三人はゲレンデマップを広げて覗き込む。
ゆき「ここまだ行ってねぇよね」
れぃ「……圧雪してるコースならどこでもいいぞ……」
まみ「滑りやすいコースがいいな」
ここで言うまみの「滑りやすい」はそれなりに斜度があり、ある程度スピードが出るけど区分的には初級コースを指しているのだが、当然そんな細かい所までゆきが読み取れる訳もなく、ワイドで勾配がきつくないコースとして受け取った。
ゆき「じゃあ、やっぱここかな」
ゴンドラを下りて、目指すコースの方向へと向かう。
ゆき「あっ!」
れぃ「……どした?……」
ゆき「ラーメンの写真撮り忘れた……」
れぃ「……今更かよ……」
まみ「おやつにもう一回食べに行かず」
れぃ「……冗談だろ……」
まみ「冗談だよ」
れぃ「……まみが言うと本気かて思うじゃん……」
ゆき「まぁ明日もあるし……」
れぃ「……明日もラーメンかよ……」
三人は板を履きながら既におやつと明日の昼ごはんの話になっている。
ゆき「さて、じゃあ行かずか!」
れぃ「……あたし、今回ちょっとスピード出すの頑張ってみる……」
まみ「いいね、いいね!」
れぃ「……いや、まみほどぶっ飛ばさねぇぞ……」
ゆき「あたしはいつも通り滑るんで」
まみ「あたしは……」
れぃ「……スピード控えめにな……」
まみ「え〜〜〜〜」
れぃ「……まみの頭は鳥さんか?……」
まみ「わかってるけど……ちょっとだけ……」
れぃ「……ダメ〜……」
滑り出した三人だが、さっきとほとんど変わらない。
れぃは少しスピードを出しているようだが、ターンの時にしっかりと減速してからのターン。
まみはやはりそれなりにスピードを出すし、ゆきはゆっくりじっくり。
まみもスピードを出しているとは言うものの、一般のボーダーに比べればまだまだ全然ゆっくりだ。
でも三人は滑っていると言う事実が楽しかった。
滑っては止まり、ちょっと喋ってまた滑るを繰り返す。
麓まで滑ってまたゴンドラに乗る。
れぃ「……そういやゆき、ターンの時にシルフィードって言わなくなったな……」
ゆき「あ、そう言えば……」
まみ「あたしも左足側に重心置くの意識しねぇでできるようになってる……」
れぃ「……でも、ちょっとビビると重心が後ろに行ってしまってコケるんよな……」
ゆき「それなぁ〜」
れぃ「……連続でターンしてる時、つま先側とかかと側、同じペースでターンできる時はいいんだけど、タイミング狂うと頭ン中で『あれ?どっちだっけ?』ってなってパニくる……」
ゆき「わかる〜」
まみ「いい感じでターンできた時もターンの立ち上がりの時にフワってなって『おおっとぉっ!』ってなるしない!」
ゆき「いや、それはちょっとわかんねぇ」
まみ「え?れぃちゃんわかる?」
れぃ「……いや、そもそもいい感じのターンってのがよくわからん……」
まみ「あれ?」
ゆき「スムーズにターンできたな……ってのはあるけど、その『ふわっ』てのがちょっと……」
れぃ「……あたしもターン終わった後は、『おぉ……コケねぇで曲がれた』って感じだし……」
まみ「え?あるじゃん。ターンしてる時の遠心力から開放されてフッて……」
ゆき「ターンの時に遠心力……ってのも、理屈ではわかるけど体感としては感じてねぇ……ってか、それを感じる余裕ねぇ」
そう言うとゆきはカンラカンラと笑う。
れぃ「……ターン終わった後の踏ん張らなくてよくなった瞬間の事かな?……」
まみ「そう!そのタイミング!斜滑降が始まった時にふわってなるやつ!」
れぃ「……ふわっ……とはならねぇけど、足に入れてた力が必要なくなるって感覚はちょっとわかる。でも、そこで『おぉっと!』てはならねぇかなぁ……」
まみ「じゃあ次の1本滑る時に、そこを意識してみて!絶対わかるから!」
まみの言葉の後半はゴンドラが山頂駅に入った時のガタガタと言う音で半分くらいかき消されてしまった。
さっきの同じコースに向かう3人。
ゆき「結局、このコースが一番滑りやすいよね」
れぃ「……ん。あたしらのレベルに合ってる……」
まみ「広いからのびのび滑れるしネ」
れぃ「……時間的にこれ滑って終わりかな?……」
ゆき「ギリ最終に間に合うんじゃね?」
まみ「じゃあこの1本は途中おしゃべり無しで滑ってみずか」
れぃ「……おぉノンストップか。そういややった事ねぇな……」
ゆき「よいとペースだったらいいよ。ってかあたし遅いからあまり喋る為に止まってねぇし」
そんな訳で三人は止まらず麓まで滑ると言う目標で滑り出した。
やはりまみはスピードが出るのでゆきと離れてしまう。
斜滑降の距離を長めにしたり、ゆっくり滑ったりしながらゆきとの距離を保つ。
止まらないのを目標にしているが、チラチラとゆきの位置を確認しながら、言うなればよそ見しながらの滑走なので、たまにバランスを崩して転ぶ。
れぃもまみのスピードに追いつくのをイメージしているせいか、たまにターンの時に怖くなって後傾になって転ぶ。
だが、まみもれぃも即座に起き上がり、また滑り出す。
ゆきは相変わらずマイペースだ。
ゴンドラ乗り場が近付き、徐々にフラットになる。
まみとれぃは直滑降に切り替え一気に滑り降りる。
ゆきも最初に比べれば直滑降に入るタイミングが早くなったものの、まみ達に比べれば半分くらいの距離での直滑降。
ゴンドラ営業終了15分前にゴンドラに乗る事ができた。
ゆき「ね!聞いて聞いて!さっきの1本、あたし1回も転ばず滑ってこれた!」
ターンのひとつひとつを丁寧にこなし、常に自分のコントロールできるスピードで滑っていたゆきならではの結果だ。
まみ「ゆきちゃん、凄い!」
れぃ「……なんか悔しいぞ……。あたしも最後の1本は転ばず滑りきるのを目標にしず……」
ゆき「ちょっと自信ついた。次からちょっとスピード出してみる」
まみ「あたしも一度も転ばず滑りきった事無かったんじゃねぇかな……」
ゆき「じゃあラスト一本、行ってみず!」
三人は滑り出す前にもう一度揃って写真を撮る事になり、ゆきはスマホを自撮り棒に取り付けた。
三人並んで写真を撮るべく、背景をどうするか、光の当たり方はどうか、自撮り棒を掲げてゆきを軸にくるくる回る。
そんな事をしていると、また声をかけられる。
「あ、さっきのお姉さんやん!シャッター押したろか?」
ラーメン屋で少し喋った関西弁の女の子だ。
れぃ「いいんスか?あざーっす!」
ゆきよりも早く、はっきりとした声と口調でれぃが反応する。
「かめへんよ〜。じゃあ、スマホ貸して……ほ〜い、じゃあ並んで〜」
テキパキと場を仕切る関西弁の女の子。
まみはまたもや無言だ。
「はい、撮るよ〜!3、2、1!」
パシャっと言うスマホのシャッター音が鳴る。
「はい、次はポーズ変えてみよう!」
ノリで立て続けにポーズを変えて写真を撮る。
「じゃあ最後は面白いポーズ行ってみよう!」
れぃはノリノリで頭の上に両手をかざし、がに股になって「なんちゃって」ポーズ。
ゆきも何となく雰囲気に押されて鼻に両手の親指を当て、手を開いてポーズを決める。
まみは一瞬オロオロしたが、躊躇しながらも頭の上に手を掲げ、うさぎの耳のようなポーズを取る。
パシャ
「オッケー!いい写真になった!」
そう言うと関西弁の女の子は笑顔でゆきにスマホを返す。
ゆき「ありがとうございまーす」
「紫色のお姉さん、めっちゃノリえてやん!ピンクのお姉さんもええ感じやったで」
そう言うと、関西弁の女の子はスッと手を上げ、「じゃあね〜」と言い残して滑って行った。
れぃ「『めっちゃノリ良い』って褒められた!」
ゆき「凄い仕切りスキル!関西の人ってみんなあんな感じなのかな?……ん?まみ、どした?」
まみ「は……恥ずかしかった〜」
写真を撮る為にゴーグルもフェイスマスクも外していたので、まみの顔色があからさまに赤いのがわかる。
まみは友達と一緒に写真を撮るようになったのも、ほんの半年前からなのだ。
もちろんそれまで写真に写る時に「面白いポーズ」なんてした事ない。
それが何の心の準備もできてない状態でやる事になったのだ。
ゆき「でも、フリーズしなかったのは明らかなまみの成長じゃん」
そう言うとゆきはニカっと笑う。
れぃ「……あたしはいつもと違う感じの写真撮れて楽しかった……」
既にれぃは通常運転に戻っている。
まみ「うん……まぁ……楽しかった……けど……」
自分の気持ちを反芻するかのように途切れ途切れの単語がまみの口からこぼれ出る。
そしてまた思い出して徐々に顔が赤くなる。
しかし表情は笑顔だった。
ゆき「さ!じゃあラスト1本、行ってみず!」
ゆきの号令で三人は板を履く。
れぃ「……この一本は絶対コケねぇ……」
まみ「あたしもやってみよ」
少しバラっとしたスタートだったが、三人は今日最後の1本を滑り出した。
少し日が傾き、間近に「夕方」が迫る人もまばらになったゲレンデを三人は滑り降りて行く。
初日の滑走は終わろうとしていたが、合宿はまだ折り返し地点まで到達していない事を三人は知らなかった。