第31話「斜滑降のシュプールがブレる!」
「斜滑降のシュプールがブレる!」
ゆき「よし、ぼちぼち行かずか!」
れぃ「……次はちゃん圧雪してるとこな……」
まみはゲレンデマップをくるくる回しながら位置を確認している。
まみ「えーっとゴンドラ降り場がここで、レストランがここだから……たぶんあっち!」
れぃ「……まみ、ひょっとして地図をくるくる回さないと方向わからねぇタイプ?……」
まみ「えへへ……方向音痴だ……」
それを聞くとれぃはわずかに目を見開き、右手を差し出し握手を求める。
れぃ「……仲間……」
まみはれぃの右手を両手でガシっと掴む。
まみ「れぃちゃんも!?仲間!」
二人の小芝居に半ばあきれたような表情を浮かべるゆき。
ゆき「二人ともマジか……」
れぃ「……ゆきは大丈夫なんか?……」
ゆき「人並み程度には……」
まみ「じゃあ、ゆきちゃんについて行かず!」
三人は板を持って初級コースへと向かう。
他のボーダーが板を履いている所まで行き、板を履く。
まみ「で?どっち?」
れぃ「……いや、それはわかるだらず……」
ゆき「他のボーダーさんが滑って行く方向に行けばいいんじゃね?」
れぃ「……ちょい待て。そりゃ方向音痴の人間の考え方だぞ……」
ゆき「大丈夫、大丈夫!」
まみ「大丈夫、大丈夫!」
れぃ「……何故まみが自信満々に言うかな……」
ゆき「じゃあ、行かず!」
パウダーに比べ、滑り慣れた圧雪バーン。
さっきまでのドタバタが嘘のようにスムーズに滑れる。
まみ「なんかえれぇ滑りやすい!」
ゆき「さっきのパウダーが滑りにく過ぎただけじゃん!」
れぃ「……斜度も緩やかで怖くねぇ……」
まみ「でもあまりスピード出ねぇね〜」
ゆき「あたしはこのくらいでちょうどいい」
れぃ「……ってか、この板滑りやすい……」
ゆき「例のロッカーって板の特性かな」
まみ「あたしはなんか違和感感じる……。何だらず……?」
滑っては止まり、ちょっと喋ってまた滑る。
まみは最初こそ滑りやすいバーンでテンションが上がって好き放題滑っていたが、途中でののこに教えてもらったように斜滑降の時にシュプールが真っ直ぐになるように滑ってみる。
まみ『お姉ちゃんが言ってたシュプールがブレねぇように滑るのって難しいな……』
まみは滑っては止まり、滑った跡を振り返ると言うのを繰り返していた。
それに気付いたゆきが声をかける。
ゆき「まみ、どした?」
まみ「ん〜……。お姉ちゃんにカービングの入口みたいなのを教えてもらったんだけど、難しくって……」
ゆき「どんなの?」
まみ「斜滑降の時に滑った跡がヨレヨレにならねぇように、真っ直ぐになるように滑るって方法なんだけど、どうしてもヨレヨレになってしまうんだよね〜」
ゆき「あたしもやってみよ!」
そう言うとゆきは滑り出した。
その姿を見送るまみ。
まみ『あ……ブレた……。あ、また……』
端まで滑ったゆきが止まり、自分の滑った跡を振り返り、自分のシュプールを見て首をかしげる。
まみもゆきの所まで斜滑降で行く。
当然シュプールが真っ直ぐになる滑りを意識するが、やはりシュプールがブレる。
二人で首をかしげているとれぃが合流した。
れぃ「……二人してどした?……」
ゆき「カクカクシカジカで……」
れぃ「……なるほど。あたしもやってみる……」
今度はれぃがチャレンジするが、足元を意識し過ぎたせいか、バランスを崩して転ぶ。
まみとゆきもれぃの所に滑って行き、「大丈夫〜?」と声をかける。
れぃ「……ん。どって事ねぇ……。でもコレ、意外と難しいぞ……」
まみ「でしょ〜〜〜」
ゆき「ただ単に滑るだけと、何かを意識して滑るのとでは違うね〜」
そんな事を喋りながらまた滑っては止まり、喋っては滑りを繰り返すが、なかなか上手くいかないせいかみんな飽きてきた。
れぃ「……ダメだ。普通に滑らず(滑ろう)……」
ゆき「たぶんこれ、あたし達の技術ではまだ無理なんじゃん」
まみ「何が違うんだらず?わかんねぇなぁ〜」
れぃ「……あたしがまみの滑りを見てる感じだと、滑ってる時に体がぐらぐらしてるんだけど、それが理由かな?……」
まみ「え?そんなぐらぐらしてる?」
れぃ「……動画撮らずか?……」
まみ「あ!それいいかも!お願い!」
れぃ「……じゃあスマホを動画撮影モードにして貸して……」
まみはスマホを取り出し、動画撮影モードにしてれぃに渡す。
スマホは防水パックに入れているので例え転んだとしても安心だ。
まみ「この丸いアイコンタップしたら撮影開始だから……」
れぃ「……あたしもアンドロイドだからわかる。大丈夫……」
二人は立ち上がり、れぃは動画撮影を開始する。
れぃ「……よし、いいよ……」
まみ「じゃあ行くね。サン、ニー、イチ、スタート!」
れぃが一瞬遅れたが、ほぼ同時に滑り出す。
左手でスマホを持ってまみを追いかけるが、スピード大好きなまみとの差がどんどん開く。
まみがターンして斜滑降になったのを見て、ショートカットするようにれぃもターン。
爪先側の斜滑降とかかと側の斜滑降を1回ずつ滑ってまみは止まった。
一拍置いてれぃが追い付く。
まみ「れぃちゃん、撮れた?」
れぃ「……わかんね。あたしも滑るのに必死だからちゃんと撮れてるかは見てみなくちゃわかんね……」
そこにゆきが合流する。
ゆき「後でゴンドラの中でみんなで見ず!」
まみ「じゃあゴンドラ乗り場まであと少しだから一気に行かずか」
れぃ「……ゴンドラ乗り場近くえれぇフラットっぽいから、勢い付けて一気に行かなくちゃ止まりそうだな……」
ゆき「あたしは歩くの覚悟の上でよいと(ゆっくり)行く〜」
まみ「わかった〜。じゃあ、ゴンドラ乗り場集合ね」
れぃ「……おし……。行かずか……」
そう言うとれぃは滑り出す。
まみ「あ、待って〜」
まみとゆきは同時に滑り出すが、まみの方が断然早い。
あっと言う間にれぃに追い付き追い越す。
負けず嫌いのれぃはまみを追いかける。
れぃ『ん?さっきは斜滑降の時ブレブレだったのに、今のまみは斜滑降のシュプール1本の線になってるじゃん』
それを伝えようとした矢先、まみは直滑降に切り替え一気にスピードが上がる。
れぃ『まみ……マジか……えれぇぶっ飛ばすじゃん……』
みるみるまみが小さくなる。
れぃはそこから少し下って直滑降に切り替える。
れぃ『こわっ!直滑降、こわっ!』
スピードの恐怖感からブレーキをかけようとしたれぃだが、そのタイミングで徐々に斜度が無くなり自然とスピードが落ちる。
惰性で進むが、ゴンドラ乗り場手前で止まってしまった。
まみはゴンドラ乗り場まで滑り切り、手を振っている。
振り返るとゆきは既に止まっていて、板を外してスケーティングでえっちらおっちらゴンドラ乗り場に向かっていた。
合流した三人はゴンドラに乗り込み、早速さっきの動画を全員で覗き込む。
れぃの撮影は残念ながらかなりブレていて、まともにまみが写っていない所も多々あった。
しかしターンした後のかかと側の斜滑降は少しの時間ながらも写っていた。
まみ「あ!そこ写ってる!」
ゆき「あ、ブレた……また……」
まみ「え〜、何でブレるんだろ?」
れぃ「……ブレねぇように足元を意識し過ぎたんじゃね?……」
まみ「確かに気にしてたけど、それだけでブレるのかな?」
れぃ「……気にしてたからブレたのかはわかんねぇけど、さっきまみがぶっ飛ばして滑ってた時はブレてなかったぞ……」
まみ「え?ホント!?」
れぃ「……ん。一本の線になってた……」
ゆき「スピード出したらブレねぇのかな?自転車と一緒で……」
れぃ「……あぁ、それはあるかも知れねぇな……」
まみ「じゃあ、ぎゅ〜〜〜〜ん!って滑ればいいのかな?」
ゆき「『ぎゅ〜〜〜〜ん』じゃわかんねぇよ」
れぃ「……シュパ〜〜〜じゃね?……」
ゆき「『ぎゅ〜〜〜〜ん』も『シュパ〜〜』もわかんねぇよ」
れぃ「……とにかくもう一度やってみる事だな……」
ゆき「今度どこのコース滑る?」
れぃ「……まだ行ってねぇ圧雪の初級コース……」
まみ「さっき途中で右に行った所にジャンプ台とかある所あったよ……たしか……ここ」
まみはゲレンデマップを広げて指差す。
ゆき「パーク!見に行きてぇ!」
れぃ「……パークに入らんでも滑れんの?そこ……」
まみ「コースの入口で一度止まって様子見てみなくちゃわかんねぇ」
ゆき「とりあえずそこ目指してみず!」
ゴンドラを下りて再び板を履き、滑り出す。
まみは『ぎゅ〜〜〜〜ん』を意識して滑るが斜度が緩やか過ぎて、まみの思う『ぎゅ〜〜〜〜ん』にならない。
そのせいか、斜滑降のシュプールはガクガクになっている。
その横をカービングで追い越して行くスノーボーダー。
まみ『何で同じ斜度の所滑ってるのに他の人はあんなにスピード出るの!?こすい(ズルい)!』
何に怒っているのかは本人もよくわかってないが、不機嫌そうに鼻息をフンスと荒げる。
それでもゆきやれぃに比べればかなり速い。
当然パークの入口に最初に着いたのはまみだ。
ゆきとれぃも少し遅れて合流する。
ゆき「すっげ!こないだの龍神より大きいジャンプ台ある!……あっ!飛んだ!カッコいい〜〜〜〜〜!」
ゆきのテンションとはうらはらに、パークに興味の無いまみとれぃは普通に滑れるコースを探す。
れぃ「……あの柵の中がパークだな……」
まみ「って事は、右側は普通に滑っていいのかな?」
そんな事を喋っていると後ろから来たスキーヤーに声をかけられた。
声から察するに若い女の子のようだ。
だが。ゴーグルとフェイクマスクのせいで正確な年齢は読めない。
スキーヤー「すみませ〜ん、キッカーの順番待ちしてはります?」
ゆき「え?き……キッカー?」
スキーヤー「キッカー並んではるんとちゃうんですか?」
ゆき「あ、いえ、はい、違います。あたし達は見てただけで……」
スキーヤー「あ〜、そうなんですね〜。じゃあお先に行かせてもらいますぅ」
そう言うとスキーヤーの女の子はゆき達に軽く手を上げて滑り出し、二番目に大きいキッカーに向かって一気に加速し、ジャンプ。
空中で横回転して、そのまま次のキッカーに滑って行った。
その姿を見送るゆきとれぃ。
華麗なジャンプに言葉を失っていると、さっきまで気配を消していたまみがひょこっと二人の間に顔を出す。
まるで甲羅の中に入っていた亀が顔を出すような雰囲気さえある。
まみ「へぇ〜……ちっちゃい子なのに凄いね〜」
れぃ「……いや、ちっちゃくねぇだらず。少なくともあたしより背が高かったぞ……」
まみ「身長じゃなくて年齢の話ね」
ゆき「何で年齢わかっただ?」
まみ「だって子供用の短いスキー履いてたじゃん」
れぃ「……あー、そう言えば……」
ゆき「ストックも持って無かったね」
まみ「アレかな?オリンピックを目指して英才教育されてる子とか……」
れぃ「……ちっ……最近の子供は背がでけぇな……」
れぃは背の高さにわずかではあるがコンプレックスを抱いている。
ゆき「あたし、パーク見ながら滑っていい?いつも以上に遅くなると思うけど……」
まみ「うん、いいよ〜。じゃあリフト乗り場で待ってる」
れぃ「……あたしも自分のペースで行く……」
さっきのバーンに比べれば少し急な勾配。
まみは臆する事なく滑り出す。
斜滑降から少しブレーキをかけてスピードを落とし、エッジを切り替えてターン。
まみ『美紅里ちゃんはターンを丁寧にしろって言ってたけど、それも関係あるのかな?』
ターンから斜滑降に入り、また少しブレーキをかけてターン。
今度はターンの後、少しスピードが出過ぎたので斜滑降の時に何度かブレーキをかけてターン。
まみ『あ……今のブレーキがエッジのズレ?……じゃあ今度はブレーキが必要ねぇスピードでターンを終えりゃぁ……』
だが、意識しているからと言ってそれがすぐに体現できる訳ではない。
まみ『ムズっ!思い通りのスピードでターンを終えるのってどうやればいいんだ?』
今度はターンで十分に減速して斜滑降に入る。
ターンを終えた直後は少しゆっくり気味に感じたまみは斜滑降でスピードを上げる。
今度は少しスピードが出過ぎた感じもあったが、まみは斜滑降の時に減速するのを嫌い、そのままターンの動きに入った。
しかし、制御できるスピードを越えていた。
エッジで雪を削り減速しながらターンするが、このスピードから生まれる遠心力に耐えられない。
ターン中に板が段差で跳ね、着地したと同時にバランスを崩したまみはエッジを支点に遠心力でふっ飛ばされ、逆エッジになってひっくり返った。
まみ「キャ〜〜〜〜〜!」
転ぶ練習の成果か、まみはとっさに頭を抱えて体を丸めたおかげで後頭部を雪面に打ち付けるような事は無かったが、背中から勢いよく転倒し、それでも勢いは止まらずそのまま2回転ほど回ってようやく止まった。
れぃ「まみっ!」
その様子を少し離れた位置からまみを追うように滑っていたれぃは、まみの転倒の一部始終を見ていた。
いつものボソボソと喋るキャラでもキレた時の様子でもない。
派手な転倒を目の当たりにし、驚き、心配したれぃの何も演じない素の叫びが響く。
転んだまま動かないまみの元に、れぃは必死で滑って行く。
れぃ「まみ!大丈夫かっ!?」
まみ「だ……大丈夫……痛ったぁ〜〜〜」
フェイクマスクとゴーグルを煩わしく思ったのか、れぃはゴーグルをヘルメットの上に跳ね上げ、フェイスマスクをずり下ろす。
れぃ「どこも怪我してねぇか!?立てるか!?」
れぃは急いで自分の板を外し、まみに駆け寄り、手を取って引き起こす。
まみ「息できねぇくらい背中ぶつけた〜。痛ったぁ〜〜〜」
れぃ「よし!とりあえず意識はあるな!手とか足とか、骨は大丈夫か!?」
まみ「うん、ありがとう。大丈夫みたい」
それを聞いたれぃはホッとした表情を浮かべる。
いつも無表情なれぃとは思えない表情の変化だ。
そしていつものボソボソ喋る感じとは少し違う雰囲気で息を吐き出しながら、独り言のように「良かった……」と呟く。
そしてれぃの表情はさらに変化する。
キッとキツい目つきになり、怒りを顕にした表情だ。
この表情も、いつもの「作ったキレキャラ」の時の表情ではなく、れぃの素の表情だ。
れぃはまみを睨みつける。
れぃ「まみっ!」
まみ「ひゃいっ!」
れぃ「お前、無茶し過ぎ!自分じゃわかんねぇかも知れねぇけど、他の人から見たら寿命が縮むようなコケ方してたぞ!」
まみ「ご……ごめ……」
言うべき事を言ったれぃは、ひとつため息をついてクールダウン。
れぃ「……ま、怪我が無かったから良かったけど……」
まみ「う……うん。あたしももっとダメージあるかて思ったけど……」
れぃ「……まともに背中から落ちてたからな……」
まみ「あ……これだ……」
まみの背中には子狐のぬいぐるみリュック。
さらにその中にはタオルや水のペットボトル、スマホを入れたモバイルポーチ等が入っている。
いずれもクッションになりそうな物ばかりだ。
まみ「子狐がクッションになってくれたからダメージ少なかったのかな……」
れぃ「……確かに子狐が雪まるけだわ……」
まみ「え?壊れてねぇ!?」
れぃ「……ん〜……見た感じ大丈夫そう……」
まみ「良かった!」
れぃ「……ほら、むこう向け……。子狐の雪、払ってやるから……」
れぃは狐のぬいぐるみリュックをポンポンと優しくはたいて雪を落とす。
雪をはらってもらいながら、少し振り向くようにしてまみが小声で口を開く。
まみ「……れぃちゃん、心配かけてごめんね……」
れぃ「……おぅ……」
いつも通りの無口でぶっきらぼうななれぃに戻っているが、まみの雪をはらうれぃの手の動きは優しい。
れぃ「……おけ……いいぞ……。そういやゆきはどうした?……」
まみに素直に謝られたのが逆に気恥ずかしかったのか、れぃはわざと話題を逸らす。
二人はパークの方を見上げると、パークとの境い目に設置されたネットの所にかぶりつくようにキッカーを飛ぶボーダーさんを見ている。
れぃ「……ゆき、すっかりパークに夢中だな……」
まみ「あたしもあんな大きなジャンプ台じゃなくていいから、小さいジャンプ台は飛べるようになりてぇな……」
れぃ「……興味持つのはいいけど、さっきみたいに無謀なチャレンジするなよ……」
そう言うとれぃは口角をほんの少し上げた。
れぃと付き合いのある人間でなければ、それが笑顔とは認識できないレベルの表情の変化だ。
しかしまみはその表情の変化を何の苦もなく読み取り、
まみ「わかってるよ、もー!れぃちゃんのイジワル!」
と、少しぶーたれた表情で返した。
二人はいつの間にかちゃんと意思疎通できる間がらになっていた。
そんな二人の視線に気が付いたのか、ゆきは二人に手を振り、ゆっくりではあるが滑り下りてきた。
ゆき「ごめんごめん!めっちゃカッコいい人いて、思わず見とれてた」
れぃ「……ん。いいよ。こっちはこっちで色々あったから……」
ゆき「何かあっただ?」
まみ「あたしがスピード出し過ぎてターンに失敗して派手なコケ方しただ」
れぃ「……見てるこっちがビビるくらいの大クラッシュ……」
ゆき「え?大丈夫なの?」
まみ「うん。小狐が助けてくれた」
ゆき「は?」
れぃ「……背中から落ちたけどリュック……小狐がクッションになってノーダメージだった……」
ゆき「あたしがパーク見てるあいさ(あいだ)にそんなこん(事)になってたとは……」
まみ「とりあえずあたしは何ともねぇから、リフト乗ろ!」
れぃ「……少しは反省しろ……」
まみ「は〜〜〜〜い」
三人はリフトに乗る。
まみとれぃの乗ったリフトの一つ後ろに乗ったゆきはリフトの上からもパークの方をじっと見ている。
れぃはスマホを取り出し、その様子をこっそり撮影。
まみ「れぃちゃん……」
れぃ「……ん?……」
まみ「そろそろお腹空かねぇ?」
れぃ「……まだ3本しか滑ってねぇぞ……」
と言ったれぃだが、タイミング良くお腹の虫がリフトに乗っていても聞こえるくらいの音で「ぐぅぅ〜」と鳴る。
れぃ「あ、いや!こ……こりゃ違うからな!」
まみ「別にキレる所じゃねぇじゃん」
れぃ「キ……キレてねぇし!」
ゴーグルとフェイスマスクで表情も顔色もわからないが、まみはれぃの顔が真っ赤になっているのを感じ取った。
まみ「で?れぃちゃんはお腹空いてねぇの?」
れぃ「いや、だから!お腹空いてお腹が鳴ったんじゃねぇから!」
まみ「うんうん、わかる。わかるよ〜。で、それとは別の話で……お腹空いてない?」
れぃ「空いたっちゃ空いたけど、さっきのは違うからな!」
まみ「お腹空いてんじゃん」
れぃ「あ〜〜〜!もぅ!違うんだってば!」
リフトからパークが見えなくなったゆきは、何やら言い合いをしているまみとれぃを見ていたが、リフトの音で会話までは聞こえない。
気になったゆきはまみ達に聞こえる声量で問いかける。
ゆき「ね〜〜ぇ!どーしたのー!?」
後ろから声をかけられ振り返るまみとれぃ。
まみ「ゆきちゃーん!そろそろお腹空かなーい!?」
ゆき「減ったぁー!れぃはーーー!?」
このやり取りでもれぃは通常運行のいつも通りの声量だ。
れぃ「……あたしはそーでもねぇー……」
何か言ったのは判るが聞き取れないゆき。
ゆき「えーっ!?何てーー!?」
すかさずまみがれぃの気持ちをゆきに伝える。
まみ「れぃちゃんはお腹すいてねぇけど、れぃちゃんのお腹はお腹すいたって言ってるーー!」
ゆき「はぁーーー?どーゆー意味ー!?」
その質問に対する答えはリフト乗車中に返ってくる事はなかった。
れぃがまみをポカポカと叩き、二人がじゃれていたからだ。
リフトを降りた三人。
ゆき「さっきの、何だっただ?」
れぃ「……何でもねぇ!おらっ!飯食いに行くぞ!……」
まみ「何食べる〜?」
ゆき「ちょっと……気になるんだけど?」
まみ「きっとごはん食べながられぃちゃんが教えてくれるよ」
れぃ「教えねぇよ!」
れぃの反応を予測していたのか、はたまたまみがれぃに慣れたのか、キレモードになったれぃの声に臆する事なく、まみは話を続ける。
まみ「下のゴンドラ乗り場からラーメン屋さん見えたよ」
ゆき「美味いの?」
まみ「知らねぇ」
ゆき「知らんのかぃ!」
まみ「でも、スノボした時ってラーメン食べたくんだらねぇ?」
ゆき「それはある」
まみ「れぃちゃんもラーメンでいい?」
れぃ「……ん。……」
不機嫌と言う訳ではないが、少しぶっきらぼうに答えるれぃ。
三人は麓に続く初級コースを滑り出す。
さっきの転倒で懲りたのか、それともれぃに怒られて少しは自重したのか、まみはいつもに比べればゆっくりとした丁寧な滑りだ。
れぃ本人はそんなつもりはないのだが、まみを追いかけるように滑る。
しかし、やはりジリジリと差は広がって行く。
ゆきは相変わらずマイペース。
マイペースではあるが、今までずっとゆっくりと同じペースで滑っていたせいか、滑りがかなり安定している。
自分の中の「怖くないスピード」「安全にターンやブレーキができるスピード」で滑っている。
先頭を滑るまみは何度かターンしては止まり、ゆきとの距離が大きくなり過ぎないようにしている。
ある程度ゆきが追いついたらまたまみが先行する形だ。
ゆきを待つ為に止まったまみ。
数秒後にれぃが追いつく。
れぃ「……まみ……シュプール、まっすぐになってんぞ……」
さっきの転倒と、ラーメンと、ゆきとはぐれないようにする事と、気持よく滑る事で足元に意識が行って無かったまみ。
れぃにそう言われて自分の滑った跡を見ると確かに綺麗な一本の線になっている。
まみ「ホントだ!何で?」
れぃ「……あたしが知るかよ……」
ゆきが追い付いて来たのでまみはまた滑り出す。
まみ「もう一度できるかやってみる」
同時に滑り出したれぃにそう言ったまみだが、斜滑降のシュプールはガタガタだ。
いつものボソボソ声はどこへやら。
後ろから付いて来ているれぃの笑い声が、まみの耳に届くくらいの音量で聞こえてくる。
さっきお腹の虫でからかわれた事もあってれぃはちょっとイジワルになっている。
れぃ「へぃへぃ!シュプール歪んでるよ〜!どーしたどーした!」
集中できず、一度止まるまみ。
それをスイ〜っとれぃは追い越して行く。
れぃ「うぇ〜〜〜〜い!おっさき〜〜〜」
ちゃんとまみに聞こえる声量だ。
だが、やはり言葉に抑揚はない。
まみ「もう!れぃちゃん!」
今度はまみがれぃを追いかける。
まみ「れぃちゃん!待て〜〜〜!」
追いかける事に夢中になっているまみは自分のシュプールが歪みなく一本の線になっている事に当然気付かない。
何度かターンしてまみはれぃに追いついた。
まみ「いぇ〜〜〜い!」
れぃ「ちくしょう!抜かれた!」
諦めたようにれぃが減速して止まる。
まみもそれに気付いて止まる。
れぃ「……ってか、まみ、あたし追いかけてる時のシュプールはブレてねぇじゃん……」
まみ「あ、ホントだ……。何が違うんだらず?」
れぃ「……あたしが見た限りで……確証は無いけど……」
まみ「何?何!?」
れぃ「……ブレてる時って足元見てたり、前向いてても意識は足元向いてるって言うか……なんかそんな感じ……」
まみ「え〜〜〜?あたし足元見てた?」
れぃ「……いや、知らねぇよ。なんかそんな気がしただけ……」
まみ「あー。でもちょっと気にはしてたかも……」
れぃ「……おっ……ゆき来た……」
ゆき「お待たせ〜」
れぃ「……ん。じゃあ行かずか……」
まみ「……足元意識しないように……か……」
ゆき「どしたの?」
まみ「エッジがズレない斜滑降を意識したらエッジがズレて、他の事に集中してたらエッジがズレてねぇんだって」
れぃ「……いや、あたしの勝手な予想だぞ……」
ゆき「あー、でもそれわかるかも。まみって滑り出しの時、絶対一度足元見るしない?」
まみ「え?うそ……」
れぃ「……あー、見てる見てる。そう言うルーティンかと思った……」
ゆき「その時……ん〜〜〜、頭の動きって言うのかな……俯いて顔上げて……の動きに合わせて板ズレてんのよ」
まみ「そんな癖あっただ?あたし……」
れぃ「……じゃあ、滑り出してみ?……」
そう言われてまみは立ち上がり、滑り出す。
れぃ・ゆき「そこっ!」
同時に後ろから大声で言われてまみは一瞬ビクっと身をこわばらせる。
フリーズと言ってもいいだろう。
そのおかげか、自分の顔が足元を向いている事に気付いた。
まみ「……ほ……ホントだ……」
ゆき「な?」
れぃ「……な?……」
まみ「あたし滑る時もこれやってんの?」
れぃ「……実験してみず。あたし、まみの後ろ滑るから、まみが下向いたら声かけるわ……」
二人は同時に滑り出す。
ゆきはその様子を撮影すべくスマホをゴソゴソとリュックから取り出す。
滑り出しはまみも意識していたのか、足元を見る事は無かった。
しかし、れぃの指摘した通り、意識は足元に行っているのでシュプールはガタガタ。
足元を無理矢理見ないように、わざと顎を上げている感じだ。
一度ターンして、少しスピードが乗ったその時
「そこっ!」
ゆきもまみも、れぃがそんな声量の声出せるんだ……と驚くくらいの声量でれぃが声を張り上げる。
驚いたまみは反射的にブレーキをかけて止まる。
驚きはしたが確かにその瞬間、一瞬視線を足元に送っていた事にまみは気付いた。
れぃは少し離れた所で止まって雪面をゆび指している。
れぃ「まみ〜!ここまでが前向いてた時のシュプール!」
れぃは少し移動し、次のポイントを指指す。
れぃ「で、ここがあたしが声をかける直前で、まみが足元を一瞬見た所!な?ブレてるだろらず?」
れぃはさらに移動し、まみに近づく。
れぃ「……で、ここがまみがびっくりしてブレーキかけ始めた所……」
そしてまみの真横まで来たれぃはまみを指差す。
れぃ「……で、止まって尻もちついた所がここ……」
まみ「尻もちじゃねぇし!止まって座っただけだし!」
れぃ「……なっはっは……あたしをからかった仕返しだ……」
ゴーグルとマスクをしているので表情は判らないが、たぶんいつもの無表情フェイスで、両手の動きだけでまみを煽ってそのまま滑り去った。
まみも追いかけようかとしたが、さっきれぃが指差したポイントをもう一度見直す。
確かにれぃが指摘したとおり、今いる場所から逆算すると、シュプールがズレている所は足元をチラっと見ていた所だ。
まみ「あたし、知らないうちに足元見てたんだ……」
ゆき「うん。見てるよ」
まみ「あひゃぁ!びっくりした!」
いつの間にか追いついていたゆき。
まみ「……って、え?見てる?」
ゆき「見てるよ〜。まみ、すぐに遠くに行ってしまうからあまりじっくりは見れてねぇけど、なんかブレーキ?減速?……始める前に、いつもチラっと足元見てる気がするよ」
まみ「全っ然意識してなかった」
ゆき「じゃあ、あたしがちょっと先行して動画で撮ってあげるからラーメン食べながら検証しよ。手、降ったら来てね」
そう言うとゆきは滑り出す。
れぃはとっくに麓まで下りて板も外してこっちを見ている。
ゆっくりだが何度かターンしてまみとの距離を取ったゆきはスマホを構えて手を降る。
まみは滑り出し、2回目のターンを終えた後、ゆきの横を通り抜け3回目のターンをして止まる。
ゆきが両手で頭の上で丸を描き、動画が撮れた事をゼスチャーで伝える。
かなりフラットになってきている緩斜面を二人は滑り下りてれぃと合流。
ボードスタンドに板を置き、ワイヤーロックをかけて麓のラーメン屋に向かった。