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第30話「パウダースノーでゆきまみれぃ」

第30話「パウダースノーでゆきまみれぃ」


冬休みも終わりが見えて来た頃、ゆきは自宅のパソコンでスノボのパークの動画を見漁っていた。


自分の中では『まだこんなの無理だ』と解ってはいるが、憧れを止める事ができずにいた。


「ひょえ〜〜〜、いったいこれ何回まわってるんだ?」


「無理!絶対無理!あたしがやったら首の骨折って死んでしまう!」


「ビギナーハウツーなのに用語が専門過ぎてわかんねぇ……」


一人でぶつぶつ言いながら次々に動画を見て行く。


全く偶然だが、まみも自宅のタブレットでスノボの動画を見ていた。

まみはカービングの動画を集中的に見ていた。

ゆきと違うのは、タブレットを置いてそれを立って見ながら体を動かしてイメージトレーニングしていたと言う所だ。


しかし、別にそこまでストイックにスノボに取り組んでいる訳ではなく、うずうずしてジッとしてられないから何となく体を動かしてみたと言った感じだ。


そんな時、スマホの着信音が鳴る。


れぃからのLINEだ。


れぃ『まみ、ゆき、今時間ある?』


ゆき『いいよ。何?』


まみ『あたしも暇してた』


れぃ『電話する』


そう送信された直後、れぃからのグループ通話が入る。



まみ「もしもし?」


れぃ「……まいど。ちょっと待ってな。ゆきが入ってくるまで……」


ゆき「おまちどっ!どした?」


れぃ「……突然だが、スノボ行かね?……」


まみ「いつ?」


れぃ「……明日から……」


ゆき「は?突然過ぎんだろ」


れぃ「……無理?……」


ゆき「板は学校の部室だし……」


まみ「ってか、みんな板、部室じゃん」


れぃ「……あ〜、ちょっと説明不足だった。明日と明後日、時間ある?……」


ゆき「余計にわからん!」


まみ「あたしは明日も明後日も空いてるけど……」


ゆき「とにかく詳しく話せ」


れぃ「……え〜っと、あたしの伯父さんが白馬でペンションやってて、明日泊まる予定だったお客さんがインフルエンザになったとかでキャンセルになったんだって。んで、既に食材とか買ってしまってるから代わりに泊まりに来ねぇかって言われたんだよね……」


まみ「行きてぇけど泊まるお金なんて無ぇよ〜」


ゆき「そこまで行く方法も無ぇし……」


れぃ「……宿泊費も食事代もいらないって。キャンセルしたお客さんのキャンセル料が満額入るからそこは気にしんでいいんだって……」


ゆき「マジか……。でも行く方法が……」


れぃ「……あぁ、それも問題ねぇ。伯父さんが近くの駅まで迎えに来てくれるんだって……」


まみ「あとは板?」


れぃ「……さすがに今から学校に取りに行けねぇけど、板もあたし達が使えそうな長さの板がレンタルであるんだって。それも都合付けてくれるらしい。そんだからあたし達はウェアとブーツとリフト券代とお昼ごはん代持って行けばOK……」


ゆき「イタレリツクセリじゃん!」


まみ「あたし、ちょっとお母さんに聞いてくる!ちょっと待ってて!オカーサーン」


れぃ「……家では動き早いな……」


ゆき「ホントに宿泊費とか無料でいいの?」


れぃ「……伯父さんがいいって言ってんだからいいんじゃね?フードロスが出るのが一番困るって言ってたし……」


ゆき「ん〜〜〜、じゃああたしもお母さんに聞いてくる。ちょっと待ってて」


待つこと数分。


まみ「もしもし?」


れぃ「……お〜、どうだった?……」


まみ「いいって!」


れぃ「……おっけ。さて、ゆきはどうかな……」


ゆき「お待たせ〜。行っていいって」


れぃ「……よし。話は決まりだ。あー、あとペンションから一番近いスキー場って巌岳スキー場だからそこ行くよ……」


まみ「あたしはお母さんかお姉ちゃんに送ってもらえるから直接行くね。何時集合?」


れぃ「……えっ……と……伯父さんの都合もあるから、それは後で個別に連絡する……。それから学生証持って来るよーに。割引きくらしいから」


こうして急遽三人の合宿が決まった。


ウェアや着替、パジャマや歯ブラシ等をキャリーケースに詰める。


コスプレイヤーである三人はキャリーケースを当然持っているのだ。


他にもお菓子やジュース、トランプなんかも詰め込む。


まみがバタバタと準備をしているとののこが帰って来た。


ののこ「真由美、何やってんの?」


まみ「あ、お姉ちゃんおかえり。明日からスノボ合宿に行くの」


ののこ「え?そんな話あったっけ?」


まみ「さっき決まった」


ののこ「新学期前なのに美紅里さん、よく時間あったね」


まみ「今回美紅里ちゃんは行かないよ。あたし達三人だけ」


ののこ「マジか。どこ行くの?」


まみ「巌岳」


ののこ「すぐそこじゃん」


まみ「れぃちゃんのおじさんがペンションやってて、キャンセル出ちゃったんだって。それであたし達が代わりに泊まりに行くの」


ののこ「巌岳でペンション?どこ?」


まみ「ペンションの名前は聞いてねぇ」


ののこ「ふ〜ん。ま、楽しでおいで」


まみ「あ、で、お姉ちゃん!明日、巌岳まで車乗せてって欲しいんだけど」


ののこ「いーよ、時間によるけど」


まみ「ありがとう!」


ののこ「真由美、そういや板は?学校じゃないの?」


まみ「板もペンションのレンタルのを貸してもらえるんだって」


ののこ『巌岳でペンションでレンタルもやってる……?』


その後、まみは何度もスーツケースを開いて荷物を出しては何度も確認し、また荷物を詰めると言うのを繰り返した。


中学の修学旅行の時はため息をつきながらいやいや準備をしていたのに比べれば雲泥の差だ。

見た目にウキウキしている。


晩ごはんを食べ終わった後も、家の中をうろうろソワソワ。


見かねたののこは呆れた表情でまみにさっさと寝るように促す。


ののこ「明日滑るんでしょ?体力温存の為にも早めに寝ちゃいな」


まみ「だって全然眠たくんだらなぇんだもん」


ののこは『遠足前の小学生か』とツッコミそうになったが、まみが小学生の時、一切そんな事が無かったのを思い出して言うのを止めた。


ののこ「ホットミルクでも飲んで暖かくして布団に入ったら寝れるよ」


そう言われると不服そうな声のトーンではあるが、まみは「は〜い」と答え言われたとおりマグカップに牛乳を注ぎ電子レンジで温め始めた。


温めながらも、まみは明日の事で頭がいっぱい。

思わずののこに話しかける。


まみ「ね、巌岳ってどんな所?」


ののこ「漠然とした質問するじゃん……ん〜〜〜、あたしのイメージではワイドでカービングしやすいスキー場」


まみ「あたしでも上から下まで滑って来れる?」


ののこ「こないだ美紅里さんに竜神に連れて行ってもらって、真由美がどれだけ滑れるようになったか、あたし知らないもん。判断できる訳ないじゃん」


まみ「そう言うんじゃなくて、ほら……上から下まで初級コースが続いてる……とか」


ののこ「あー、行ける行ける」


まみ「ちょっとお姉ちゃん!ちゃんと答えてよ!」


ののこ「あー、じゃあ無理無理」


まみはいい加減に答えるののこに文句を言おうとしたがタイミングよく電子レンジから加熱を終えたメロディが流れる。

少し気を削がれたまみは電子レンジからホットミルクを取り出し、ののこの前の席に座る。


まみ「お姉ちゃん、あたしさ……」


少しトーンが変わった妹の声に、さっきまでめんどくさそうにテレビを見ながらビールを飲んでいたののこも話を聞く気になった。


ののこ「ん?どした?」


まみ「あたしも美紅里ちゃんやお姉ちゃんみたいにカービングやりてぇんだけど……」


ののこ「やりゃあいいじゃん」


まみ「やりたいからってできるもんじゃ無ぇでしょ!いじわる!」


ののこ「だからって、『やりたいやりたい』って言ってるだけじゃいつまで経ってもできないのも事実よ」


まみ「わかってるって!そだからさ……って言うか……何て言ったらいいのかな……そのカービングができるようになるまでのプロセス?それが見えねぇから……ん〜〜〜……何から手を付けたらいいかわかんねぇって言うか、そんな感じなのよ」


ひどく曖昧で言葉も全然まとまっていないまみの言葉だが、ののこは妹が何を言いたいか完全に理解した。


ののこ「うん。わかるよ。それに対してアドバイスするなら、まず……」


まみ「まず?」


目を輝かせ身を乗り出してののこの声に集中するまみ。


ののこは最初『スノボを楽しむ』と言う抽象的な答えを言おうとしたが、妹の表情を見て思い止まった。

こう言う時のまみは非常に短気でせっかちなのだ。

それは長年姉をやっていればこそわかる妹の特性。


ののこ「まず、雪の特性を知りなさい」


まみ「雪の特性?」


ののこ「真由美、まだスノボ始めて2回でしょ?だから雪の特性を知るだけの経験値が足りてないのよ。雪と言っても、真由美が滑った事のある雪はコンディションの良い圧雪バーンだけ。他にもパウダー、アイスバーン、シャバ雪……他にももっとあるけど、この4種類だけでも滑り方って全然違うのよ」


まみ「どういう事?」


ののこ「カービングが板を立てて滑る……ってのは知ってるよね?圧雪バーンだったら板を立ててもその上に乗れるけど、パウダーだったら板が沈んじゃうし、アイスバーンだったらエッジが全然刺さらない。どう?これだけでも雪の具合で滑り方を変えなきゃいけないのわかる?」


まみ「うん……。じゃあどうすれば……」


ののこ「先に答えから言っちゃうと、圧雪されたバーンが一番カービングしやすいのよ。でも天気とかで雪の具合って毎日……場合によっては数時間で変わる。圧雪バーンを前提にカービングのやり方を教えても意味が無いのよ」


まみ「じゃあ、カービングを覚えるのにあたしはまず何をしたらいい?」


ののこ「さっきも言ったけど真由美は経験値が足りない。足し算も引き算もできない子に二次方程式の解き方教えても理解できないでしょ?」


まみ「うん……そりゃ……まぁ……」


ののこ「たぶん美紅里さんも言ったんじゃないかと思うけど、今は基礎が大事な時期。数学で言うなら足し算とか引き算とか掛け算とか割り算を勉強する時期。あえて言うならただ滑るんじゃなくて雪の具合とかそう言う所にも興味を持って、滑る事自体を楽しむ。そうすればおのずと基礎の部分が身に付くわよ」


まみ「でもさ……ただ滑るだけってのがカービングの練習に繋がってるって実感がなくてモヤモヤするのよ」


ののこ「わかった。じゃあ一つだけ教えてあげる」


まみ「何っ!」


とたん目を輝かせるまみ。


ののこ「ターンのあと、斜滑降するでしょ?たぶん今、その斜滑降した時の滑走跡……シュプールって言うんだけど、それがジグザグって言うかふらふらしてるって言うか、今の真由美のシュプールはガタガタだと思うのよ。それを一本のキレイな線になるように滑ってみな?」


まみ「それがカービングに繋がるの?」


ののこ「カービングってエッジをズラさずにターンする技術でしょ。斜滑降やってる時からエッジがズレない滑りをする。もっと言うなら進行方向に対して横方向の動きを入れず板が走って行く方向に逆らわず乗る。これがカービングの第一歩よ」


まみ「うん!わかった!ありがとっ!じゃあ、寝るね!」


そう言うと軽い足取りでまみは寝室に向かった。


寝室の扉が閉まる音を確認して、ののこはスマホを手に取り、電話をかけ始めた。


ののこ「あ、もしもし、紀子です。ちょっと伝えておいた方がいい事がありまして……ええ……そうです……」



翌朝。

あまり朝が強い方ではないまみだが、今日は自分で起きてきた。


まみ「おはよ〜、何か食べる物ある?」


母「あら、今日は朝ごはん食べるの?」


まみ「スノボの時は朝ごはんしっかり食べるようにって美紅里ちゃんに言われてるから」


母「あたしの言う事は聞かないのに、二階堂さんの言う事は聞くのね」


そう言うとまみの母親は肩をすくめる。


母「じゃあ用意しとくから顔洗っておいで」


普段、まみは朝はギリギリまで寝ているので朝ごはんを食べる習慣が無い。

それを頑張って食べている。

それだけまみが本気でスノボに取り組んでいるという事なのだ。


食事を終えてののこのジムニーに荷物を積み込む。


まみ「じゃあ行って来ま〜す」


母「あ、これれぃちゃんのおじさんに……。いくらキャンセルが出たと言っても泊めて頂くんだから手土産くらい渡さないとね」


まみ「わかった。行って来ま〜す」


まみの家から巌岳スキー場までは20分ちょっと。

昨夜降った雪でわだちが出来ている路面状況だが、待ちあわせの時間には十分な時間だ。


途中、コンビニに寄って飲み物を購入。


それでも待ちあわせの10分前には着いた。


ののこ「じゃああたしもバイトあるから行くよ。気を付けてね。外で待ってるの寒かったらあの建物の中で待つといいよ」


まみ「うん。わかった、ありがとう」


ののこは「じゃぁね」と短く言い残し、車を走らせた。


まみはスマホを取り出し、れぃ達に連絡する。


まみ『着いたよ。今どの辺?』


れぃ『白馬駅出たとこ。あと5分くらいで着く』


まみ『わかった。待ってる』


そう返信した後、あたりをぐるっと見回す。

荷物が多いのであまりあちこち行けないので、その場で背景を選んでスマホで自撮りして遊んだり、スキー場の写真を撮って遊びながら待つ。


何だかそれが面白くなって夢中で写真を撮っていたら、いきなり車のクラクションが真後ろで鳴った。


まみ「あひゃぁ!」


また変な声で悲鳴をあげるまみ。


車の助手席かられぃが顔を出し、手を振っている。


れぃ「……まみ、おまちど〜……」


ゆき「おはよ〜っ!」


次にゆきが車から降りて来た。


最後に運転席かられぃのおじさんであろう男性が降りて来た。


すかさずれぃがまみとおじさん両者にに紹介する。


れぃ「……おじさん、この子がさっき言ってた『まみ』。……で、私のおじさんでペンション『木馬』のオーナーの拓哉おじさん……」


拓哉「うぇ〜〜〜い!ヨロシクっ!」


何とも軽いノリのグータッチで挨拶してくるおじさん。


見た目は虹色のサングラスに若い男性が着るようなジャケット。


もともと初対面の人に対して人見知りを発動させるまみだが、はっきり言ってまみが苦手とするタイプのおじさんだ。


まみ「え……あ……あの……あ…浅野……真由美……です。よっ……よろしくお願い……します……」


そう言いながら、雰囲気に押されておずおずとグーを差し出しグータッチ。


拓哉「浅野?……あー、ひょっとして紀子ちゃんの妹!?」


まみ「お……お姉ちゃんを知って……る……んですか?」


拓哉「紀子ちゃん、去年と一昨年、ウチのペンションのレンタルコーナーでバイトしてくれてたからね」


まみ「え?そうだったんか?」


拓哉「ってか、紀子ちゃんこの辺だったら有名人だからね。知らない人の方が少ないんじゃね?」


まみ「お姉ちゃん、有名人だったんだ」


ゆき「ののこさん『この辺』以外でも有名人じゃん」


れぃ「……それな……」


まみ「あ、あの……これ、お母さんがお世話になります……って……」


そう言うと母から渡された紙袋を拓哉に差し出す。


拓哉「あー、そんな気ぃ使わなくていいのに。ま、でも『気は心』だからね。ありがたく頂いとくね〜」


れぃ「……じゃあ、着替に行こうか……」


ゆき「おう!」


まみ「あ、じゃあ、あたしも……」


と、まみも二人に着いていくが、まみは既に自宅からウェアを着てきている。

あとはブーツをはくだけ。

ただ、拓哉と二人でここで待つのはまみ的に無理だったので、ゆきとれぃにくっついて行くのだ。


拓哉「じゃあ、俺はここで待ってるから。着替え終わったら不要な荷物はペンションに運んでおくから」


れぃ「……うぃ……」


三人はゾロゾロと更衣室に向かう。


ゆき「……ってか、まみ、もうウェア着てるじゃん」


まみ「あ……、ほら、ブーツ履かなきゃいけないし……」


れぃ「……ようはおじさんと二人で待つのが不安だったんだろ……」


ゆき「あ、そーゆー事か」


まみは見透かされて、バツが悪い表情で少しうつむいている。

それに気付いたらゆきが話題を変える。


ゆき「それにしても、ののこさんとれぃのおじさんが知り合いとはね〜」


れぃ「……世間は狭い……」


ゆき「じゃあひょっとしたら美紅里ちゃんとも知り合いかもね」


れぃ「……十分ありえるな……」


そんな話をしながら着替える。

まみはブーツだけなので、早々に履き終わり手持ち無沙汰な感じだ。


着ていた服をキャリーケースに詰めておじさんの車にもどる。


拓哉「おっ、戻って来た戻って来た。板の準備できてるよ」


そこには3枚のボードが置かれていた。


拓哉「この一番短いのが玲奈の板で、一番長いのが……え〜っと……ゆきちゃん?……で、この板が紀ちゃんの妹さんの……名前何だっけ?」


れぃ「……まみ……」


拓哉「あー、まみちゃんの板ね。どれもエントリーモデルのロッカーボードだから乗りやすいと思うよ」


さも当然のように説明する拓哉。


だが三人の頭の上には「?」が浮かんでいる。


三人はコソコソと小声で話し合う。


ゆき『ロッカーって何?』


れぃ『……あたしに聞くな……』


まみ『ロックンロールな感じ?』


ゆき『何だよそれ』


まみ『エレキギターでギュワーンって演奏して、うるさくて何言ってるかわかんないやつ?』


れぃ『……何じゃそりゃ……』


まみ『こないだ紅白歌合戦でロックバンドの人が歌ってるの、そんなだったんだもん』


ゆき『仮にそのロックバンドのロックだったとして、それがどう板と繋がるのよ?』


まみ『あたしだって知らないよ』


れぃ『……ひょっとして荷物入れるロッカー?……』


ゆき『いや、それこそ意味わからんだろ』


拓哉「ん?どした〜?」


ゆき「え、あ、いや、何でも無いです!板、お借りしやす!」


拓哉「滑り終わったらペンション来てね。場所は玲奈ちゃん……わかるよね?」


れぃは無言で親指を立てて答える。


荷物を車に積むと拓哉は軽く手を振り、車に乗り込み走り出した。


ゆき「あたし達も行かずか」


三人はリフト券を購入し、その時ゲレンデコースマップをもらう。


ゴンドラ乗り場の列に並んで順番を待つ。


一組前のグループが「滑走ログアプリにログインした?」と話しているのを聞いてゆき達もあわててアプリを開きログインする。


まみ「美紅里ちゃんがやってたグループ作成ってどうやるの?」


れぃ「……んっ……と、たぶん……ここをタップして……オケっ……」


ゆき「あ、グループ表示された!」


まみ「入れた!これで迷子にならないね」


れぃ「……三人揃って迷子になったりしてな……」


それを聞いて三人は笑い合う。


ゴンドラに乗り込み、ゴンドラの扉が閉まる。


駅舎を出る直前にゴンドラが加速して登って行く。


まみ「びっくりした〜」


れぃ「……けっこう加速するのな……」


ゆき「リフトとはまた違った乗り心地じゃん」


そう言いながらゆきはさっきもらったコースマップを取り出す。


ゆき「今、ゴンドラ乗ったから……降りたらここ。どっち滑りに行く?」


まみ「ここ、初級コースが多くて嬉しい!」


れぃ「……初級コース全コース制覇を目指そう……」


ゆき「いいね、それ!じゃあゴンドラ降りて右のこのコースから行ってみずか」


まみ「見て見て!もうこんなに高くまで登ってる!」


れぃ「……おぉ、絶景だ……」


ゆき「写真写真!……じゃあ撮るよ〜」


カメラの電子音がピッピッと鳴り、シャッターが下りる。


そこからさらに登ること数分。

山頂駅が見えて来た。


まみ「終点見えて来た!」


れぃ「……忘れ物……よし……」


山頂駅に到着し、扉が自動で開く。


ゆっくり進んでいるゴンドラから降りるのは、何だか少し怖い。


ゆき「よっ!……降りれた……」


れぃ「……スケーティングしなくていいから、ゴンドラの方が緊張しなくていいな……」


まみ「わったったっ……ちょっと怖い……」


駅舎から出ると少し上りになっている。

板をかかえたまま登る三人。


ゆき「あ、なんかオシャレなカフェがある!」


れぃ「……一本も滑らずお茶する気か?……」


まみ「とりあえず滑らずか!」


ゆき「わかってるわかってる、休憩はあとでね」


レストハウスを横目に少し歩くと、目星を付けていたコースだ。

スタート地点から、戻ってくる為に乗るリフト乗り場が既に見えている。


ゆき「とりあえずあのリフト乗り場まで行く感じかな」


れぃ「……まずは足慣らしからだな……」


まみ「まだこないだの感覚残ってるからいけると思うけど」


ゆき「それよりちょっとあたし気になってんだけど……」


れぃ「……どした?……」


ゆき「足元……って言うか、ゲレンデってこんなだったっけ?」


まみ「こんなって?」


ゆき「スキー場の雪ってもっとこう締まってる感じじゃなかった?なんか今日はすごい柔らかいんだけど……」


まみ「あぁ、そういや昨日の夜は雪降ってたみたいだからね〜。駐車場は除雪入ってたみたいだけど」


れぃ「……ひょっとしてこれが俗に言うパウダーってヤツか?……」


ゆき「……だな……」


まみ「ふわふわで転んでも痛くなさそう」


ゆき「よしっ!行ってみよう!」


三人がそんな事を話していたその頃、美紅里とののこはLINEでやり取りしていた。


美紅里『紀子、今日まみを巌岳まで送っていったんでしょ?』


ののこ『そうですよ』


美紅里『雪、どうだった?』


ののこ『ゲレンデには行ってないからわかんないけど、いい雪降ってたみたいですよ』


美紅里『あの子達、パウダーまだ未経験なのよね』


ののこ『じゃあ今頃埋もれてますねwww』


その予想は見事に的中していた。


れぃ「なんじゃこりゃ!全っ然滑れねぇ!」


ゆき「板が雪にもぐっちゃう!」


まみ「ねぇ?これどうやって立つの!?手を付いたら手が沈み込んで体が起き上がらねぇ!」


れぃ「寝転がって向きを変えるんだ!」


ゆき「板に雪が乗っかって重くて持ち上がらない!」


まみ「ウェアの中に雪入った〜!冷た〜い!」


ゆき「これ、一度板を外さなきゃダメなやつ?」


れぃ「外してもまた履く時に座るだろ!」


まみ「んっ!んっ!んっ!立てた!」


ゆき「まみ〜!起こして〜!」


まみ「ちょっと待って、そっち行く〜〜って、あ〜〜〜〜〜」


雪に板が埋もれてコントロールできず、再び転ぶまみ。


まみ「無理〜〜〜」


れぃ「よし!立てた!待ってろ……う……うわ〜〜〜」


れぃもまた転ぶ。


れぃ「ちくしょう!ふざけんな!」


ゆき「た……立てた!ふたりとも大丈夫?」


まみ「なんとかする〜!ゆきちゃんは転ばないようにしてて〜」


ゆきは「お〜!」と言いながら何やらゴソゴソ。


れぃ「あっ!ゆき、てめぇ!」


ゆきはスマホを取り出し、雪にうもれてもがいているまみとれぃの写真を撮っていた。


写真を撮っている所を見つかったゆきは悪びれもせず、カメラをれぃに向ける。


ゆき「はい、ポーズ!」


パシャ!



雪にうもれ、雪まみれで、変な体勢になっているれぃだが、「ポーズ」の声にしっかり反応して、目の横にピースサインを掲げる。

だが表情はいつも通り無表情だ。


れぃ「……って、違〜うっ!だぁらてめぇ、何撮ってんだよ!」


ゆき「こんな面白いシーン、撮らなきゃ損じゃん。はい次、まみ。ハイ、ポーズ!」


パシャ!


急にカメラを向けられたまみは普通にピースサインをするのが精一杯だったが、その写真からは全然「ピース」な雰囲気は伝わって来ない。


ゆき「ぶわはははは!まみ、絵面がとっ散らかってるぞ!」


まみ「ゆきちゃん、ひどい〜!」


今度はスマホのカメラをインカメラに切り替え、自分の後ろでもがいている二人を背景に自撮りしようとするゆき。

完全に悪のりしている。


しかし、なかなかいい構図が見つからない。

自分の体の影にまみとれぃが被ってしまったり、自分がフレームからはみ出してしまったり。

ベストな構図を探してスマホをかざしてあーでもないこーでもないとスマホを持ったままあちこち腕を動かす。

ようやくベストの角度を見付けてセルフタイマーのボタンをタップ。


足元がパウダーで沈み込んでいる為、圧雪バーンよりは勝手に滑って行かないとは言うものの、ベストショットを撮る為にゆきの姿勢はかなり崩れている。


セルフタイマーのピッピッと言う音がして、シャッターが下りる瞬間にゆきはバランスを崩してひっくり返った。


ゆき「おわぁ〜〜〜〜!」


れぃ「わははははは!自業自得だ!」


その後も初めてのパウダーに悪戦苦闘しながら、ようやくリフト乗り場まで辿り着いた三人。


ゆき「二度とパウダーなんて行かねぇ!」


れぃ「……パウダーの何が面白いかさっぱりわからん……」


まみ「つ……疲れたぁ〜〜。リフトで上がったらお茶しよ〜」


ゆき「賛成〜〜〜」


れぃ「……まだ1本しか滑ってねぇけどな……」


三人はリフトに乗り、レストランに向かった。


入口で体に付いた雪を払い落とし、中に入る。


れぃ「……うぁ……暑っ……」


ゆき「さっきまで大暴けしてたから中は暑く感じるね」


まみ「外にもテーブルあったからそっちで飲む?」


れぃ「……賛成……」


それぞれドリンクを買い、屋外に置かれた椅子とテーブルに座り、ほっと一息。


まみ「この後は圧雪された所行かずか」


れぃ「……パウダーは二度と行かねぇ……」


ゆき「なんか普通の滑り方わからなくなってしまった」


まみ「もっとシュパ〜って滑りてぇ!」


れぃ「……出た……浅野家、スピード狂の血……」


ゆき「スピードは無くてもいいから、自由に滑りてぇね」


れぃ「……さっきのあれは滑ると言うより修行……」


まみ「あ、そうだ。ゆきちゃん、さっき撮った写真見せてよ」


ゆきはスマホを取り出し、アルバムフォルダを開く前にお茶をしている所をとりあえず撮る。


その後、今日の一枚目の写真をタップし、写真を画面に出してテーブルに置く。


三人はゆきのスマホを除きこみ、一枚ずつスライドして見ていく。

中には撮られた記憶の無い写真もいくつかある。


まみ「これ、いつの間に撮ってたの?」


れぃ「……あ、パウダーでコケた時の写真……」


まみ「え〜〜〜、こんな所も撮ってたんだ。ゆきちゃんひどい〜」


れぃ「……このコケ方は酷いな……笑える……」


まみ「ぷっ……何でこの写真、れぃちゃんのお尻だけアップなのwww」


れぃ「……にゃろぅ……狙って撮りやがったな……」


そしてさっきの失敗した自撮り写真が写し出される。


この写真を撮る為に、この時はフェイクマスクまで外していたゆき。


大口を開けて驚きの表情の写真がスマホに記録されていた。


ゆき「えっ!?ちょっと、ヤダ!あたし、えれぇ不細工じゃん!」


れぃ「……これはいい写真……」


まみはお腹を抱えて声も出ないくらいに笑っている。


れぃもニヤニヤと笑いながら


れぃ「……ゆき、この写真も当然シェアしてくれるしない?……」


と、からかうようにゆきに迫る。


ゆき「絶対ヤダ!」


れぃ「ズルいぞ!」


ゆきとれぃが言い争っている間にまみはそ〜っとゆきのスマホに手を伸ばし、スマホを操作してグループLINEに写真を転送する。


ピロン♪


れぃとまみのスマホから着信音が流れた事で、ゆきはそれに気付く。


ゆき「あ!まみ!てめっ!」


まみ「ごめんなさ〜い!」


そう言うとまみはダッシュで逃げ出した。


逃げ出したまみに雪玉を作って投げつけるゆき。


何となく、どんくさいイメージのあるまみだが、実はそんなに鈍くはない。

普段は行動を決定するのに迷いがあるから反応が遅いだけで、最初から逃げるつもりでいたまみの逃げ足は早かった。

またたく間にゆきの投げる雪玉の射程距離から離脱する。


その間にれぃは早速写真を保存。


ゆき「あっ!れぃ!保存すんなし!」


れぃ「……うむ。時、既に遅しだ。しっかり保存させてもらった……」


いつの間にか戻って来ていたまみがゆきの肩を背後からポンとたたく。


まみ「ゆきちゃん、これは仕方ねぇ流れなんだよ……」


ゆき「そんなこん言うのはこの口かっ!」


ガバっとまみに向き直り、両方のほっぺたを左右に引っ張る。


まみ「ひひゃいひひゃい!」


その様子をれぃがすかさず撮影。


まみ「あ〜へぃひゃんひろい〜」


れぃ「……まみ、これは仕方ねぇ流れなんだよ……」


初の三人だけのスノボを満喫しているが、未だに滑った本数は1本だけである。

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