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第29話「極楽」

第29話「極楽」


レストランに着いた3人。

美紅里は既にレストランに入っているようだ。

三人は板を外し、ワイヤーロックでレストラン前のボード置き場に固定する。


体に着いた雪を払い落としてレストランに入ると、席を確保していた美紅里が手招きしているのが見えた。


美紅里「荷物置いたらそこの券売機で食券買うわよ」


ヘルメットやグローブ、リュック等を外し、ウェアのジャケットも脱ぐ。


れぃはヘルメットを脱ぐとすかさず紫色のニット帽を被る。


既に美紅里は券売機の方に行っているので三人もお財布を持ち、券売機の所に行く。


美紅里がビーフシチューライスのボタンを押す。


まみ達も迷わず同じ券を買い、注文カウンターに食券を置く。


店内はさほど混んでいない。

席に戻り店内を見回す。


まみ「ウエスタン調でかわいい」


れぃ「……水牛の角だ……って、これ、売り物!?」


まみ「馬の鞍とかも置いてある!」


ゆきは既にスマホを取り出してあちこち写真を撮っている。


どこかに席を外していた美紅里がお冷を4つ持って戻って来た。


美紅里「はい、お水。水分補給しときなさい」


まみ「あ、美紅里ちゃん、ありがとう」


れぃ「……あざーっす……」


ゆき「すみません、気がつかなくって」


美紅里「いいわよ。おかわりは自分で行ってね」


目の前に出された水をそれぞれ手にして一口飲む。


れぃ「うめぇ!」


まみ「一気に飲んじゃった」


ゆき「喉乾いてたんだね、気付かなかった」


れぃ「……足りない……おかわり……」


まみ「あたしも!」


まみとれぃがおかわりの水を汲みに行き、席には美紅里とゆきだけになった。


ゆき「美紅里ちゃん……」


美紅里「ん?」


ゆき「あの……さっきのパーク?……あそこでジャンプできるようになるのって何年くらい練習したら行けるのかな?」


美紅里「ゆき、パークに興味あるの?」


ゆき「え……あ……いや、興味って言うか……カッコいいじゃん」


美紅里「ようは興味あるんでしょ?」


ゆき「あ……うん……」


ゆきは自分がまだまともに滑れないのを自覚しているのに、かなりハードルが高い事に憧れているのが身の程知らずな感じと思い、何となく言葉を濁した。


美紅里「何よ、はっきりしないわね。スノボにはパークもそうだけど、グラトリやフリーラン、ハーフパイプ、地形遊びとか色々楽しみ方があるのよ。どれに興味を持って、どこを目指すかを明確にする事によって上達も早くなるわよ」


ゆき「いや、でもまだちょっと急斜面でもビビってる私がパークに憧れる……とか言ったら笑われちゃうじゃん」


美紅里「別に笑われるような事じゃないわよ。オリンピック見てスノボに興味持って始める人だっているんだから」


ゆき「まぁ……それはそうだけど……」


美紅里「あ、で……パークだったね。ん〜っと、『何年』ってのは無いけどね。年に1〜2回しか行かない人と年に何十回も行く人とでは上達の早さも違うし……」


ゆき「あ……あたしでもできるようになるか?」


いつになく真剣な表情のゆき。


美紅里「できると思うよ」


美紅里は考える事もなく即答した。

それがゆきには不満だったようだ。


ゆき「そんなあっさり……」


美紅里「できると思うもん。全ては練習と経験次第よ」


ゆき「それはそうだて思うけど……」


そこまで話した時にまみとれぃが戻って来た。


れぃ「……ん?何の話?……」


美紅里「ゆきがパーク……」


美紅里が話していた内容を説明しようとするのをゆきが声と手で制する。


ゆき「わぁ〜〜〜〜〜!」


まみ「え〜、何?気になる」


ゆきのリアクションに逆に興味を引かれるまみとれぃ。


れぃ「……吐け……」


問い詰めるまみとれぃだったが、タイミングよく店員さんの声が響く。


店員「ビーフシチューライスでお待ちの37、38、39、40番のお客様、カウンターまでお越し下さい」


まみ「呼ばれた!」


れぃ「……ビーフシチュー♪……」


絶妙のタイミングに胸をなでおろすゆき。


しかし、その直後れぃがクルっと振り向き、ゆきをビシっと指差した。


れぃ「……続きはビーフシチューの後で……」


ゆき「『正解はCMの後で』みたいに言うな」


お待ちかねのビーフシチューがテーブルに並ぶ。


ゆき・まみ・れぃ「「「いただきま〜す」」」


美紅里も手を合わせて小さく「いただきます」と言った後、食べ始める。


れぃ「うまっ!なんじゃこれ!」


まみ「お肉トロトロ〜」


ゆき「あたしの知ってるビーフシチューじゃねぇ!」


美紅里「美味しいでしょ〜」


少しドヤ顔の美紅里。


まみ「美味しいっ!手が止まらねぇ!」


れぃ「……これ、もう一皿いける……」


ゆき「カレーは飲み物って聞いた事あるけど、これも飲み物だわ」


女子高生と言えど食べ盛り。

「ガツガツ」と言う表現がぴったりの食べっぷりだ。

オシャレだの何だのは何処へやら。

美紅里が半分くらい食べた時には既に食べ終わってしまった三人。


ゆき「ほわ〜〜〜、美味しかった〜〜〜」


れぃ「……マジでもう一皿食べるか迷うレベル……食べねぇけど……」


ゆき「食べねぇんかぁ〜い」


れぃ「……お腹的にはいけるけど、お財布的に無理……」


まみ「これは美紅里ちゃんがここに来たら絶対食べるって言うの納得」


ゆき「あ゛あ゛〜〜〜〜!」


まみ「え?どうしただ?」


ゆき「やってしまった……」


れぃ「……何?……」


ゆき「ビーフシチューの写真撮るの忘れた……」


まみ「あーっ!私もだ!」


れぃ「……ふっふっふっ……」


ゆき「れぃ、撮っただ!?」


れぃ「……撮ってねぇ……」


ゆき「そんだから何なの、その笑いは」


れぃ「……当然撮ってねぇ……と言う笑い……」


美紅里「あたし撮ったわよ」


ゆき「えっ!?いつの間に!?」


美紅里「あなた達が『いただきます』して即座に食べ始めたから、『あぁ写真撮るの忘れてるな』……って」


まみ「美紅里ちゃん、ありがと〜」


れぃ「……さすがだ……」


全員が食べ終わり、少しまったりタイム。


そこでれぃが口を開く。


れぃ「……で?パークがどうしたって?……」


ゆき「げっ!お……覚えてた?」


れぃ「……今の今まで忘れてた……」


美紅里「いいじゃないの、ゆき。話してあげなよ。ナイショにする話でも無し……」


そう言われてゆきはしぶしぶ話し出した。


ゆき「いや、あのパークってのでジャンプとかしてる人達がカッコ良くってさ……どのくらい練習したらできるようになるか美紅里ちゃんに聞いてただ。それだけ!」


まみ「何でそれナイショにしようとしてただ?」


ゆき「だってしょうしい(恥ずかしい)じゃん!まだまともに滑る事だって難しいってレベルなのに、あんな難しそうな事に憧れたら……身の程知らずって言うか……」


れぃ「……別にいいんじゃね?あたしも、あのクルクル回る技とか興味あってやってる人いたらガン見してるもん……」


美紅里「れぃはグラトリに興味あり……か」


まみ「あたしは美紅里ちゃんとかお姉ちゃんがやってた、あのシュパーって滑るやつ!あれやりてぇ!」


美紅里「まみは紀子と同じでカービングね……」


れぃ「……どれが一番難しいだ?……」


美紅里「全部簡単だし全部難しい」


ゆき「何じゃそりゃ」


美紅里「どれも難易度の低い初級の技術もあれば、それこそオリンピック選手がトライするような高い技術もあるって事」


まみ「その、パークとグラトリとカービングそれぞれ一番初級の技術で一番難易度が低いのは?」


美紅里「ん〜……これはあたしの感覚だけど、グラトリとパークかな」


まみ「じゃあカービングが一番難しいんだ……」


美紅里「そうね〜。カービングだけは頭を切り替えないとできない所があるからね」


れぃ「……頭を切り替える?……」


美紅里「そ。あなた達が今やってるターンって板をスライドさせてターンしてるでしょ?」


ゆき「うん。板をザッて横にずらして曲がってる」


美紅里「カービングは板をズラしちゃダメなのよ」


れぃ「……じゃあどうやって曲がるんだ?……」


美紅里「板の真ん中あたりってくびれてるでしょ?あの部分、ウエストのカーブと板のしなりを使って曲がるの」


まみ「全然わかんねぇ」


まみは苦笑いを浮かべる。


美紅里「そうね……。例えば自転車。ハンドルを曲げた状態で押したら曲がって行くわよね?」


れぃ「……そりゃそうだ……」


美紅里「でも『向きを変えるだけ』なら、ハンドルは真っ直ぐでも後輪をズラせば変えれるよね?」


ゆき「駐輪場から出す時にやってるあれ?」


美紅里「そ。今あなた達がやってるのは板の後ろ側、テールをズラして向きを変えるターン。ドリフトターンをやってるの」


まみ「ドリフトならわかる!」


れぃ「……はいはい、ドリフトって言葉に反応しねぇの……」


ゆき「じゃあカービングは前をズラすの?」


美紅里「違う違う。例えばコインを転がした時、最後はどっちかに傾いてカーブを描くようにして最後に倒れるでしょ?カービングも板を雪面に対して角度を付けてやれば、板のウエストの部分のカーブが雪面に作用して曲がるの」


れぃ「……板のメンテナンスの時、板を傾けたけど、そのウエストの部分って床から浮いてたけど?……」


美紅里「床だからね。滑るのは雪面。だから板を傾けた時、エッジが雪に沈み込む」


ゆき「それでもウエストの部分が雪に触れる?」


美紅里「だから板のしなりを使うの」


れぃ「……美紅里ちゃん、既に誰も理解できてねぇ……」


美紅里「うん。三人ともそんな顔してる」


そう言うと美紅里は苦笑いする。


美紅里「真っ直ぐな板だったら雪面にエッジは触れないけど、ターンの時って遠心力がかかるでしょ?……で、あなた達が使ってるキャンバーの板は床に置いた時、ウエストの部分が浮き上がってる構造してたよね?」


美紅里は話しながら紙ナプキンを折り畳み、細長い板状にした。

左手の人差し指と小指を立て、指の背にその紙を乗せる。


美紅里「この指の触れてる所が雪接点」


れぃ「……雪接点って何だっけ?……」


ゆき「板を床の上に置いた時にノーズ側とテール側、それぞれが床に付き始める点」


美紅里「はい、よく出来ました。……で、遠心力がかかって板に荷重がかかると板はどうなる?」


まみ「え〜っと、真ん中が下がって端がせり上がる?」


美紅里「そ。つまりこうなる」


美紅里は紙の中央をそっと押して板をたわませる。


美紅里「カービングの時って板がこうなってるのよ。この紙はエッジに見立てた所が真っ直ぐでしょ?この紙を曲げた状態で傾けて置いたらエッジ部分は机に全面当たると思う?」


ゆき「え〜っと、中央部分が邪魔して端が浮いてしまう?」


美紅里「正解。じゃあ、れぃ。エッジ部分全てを机に当てようと思ったら、この紙のエッジ部分がどう言う形状だったらいい?」


れぃ「……え?……あぁ………ああっ!そっか!そんだからウエスト部分がくびれてるんだ!」


美紅里「そ。雪面に対して板に角度を付けて……スノボ用語で『板を立てる』って言うんだけど、その状態で板をズラさずエッジだけで滑るのがカービング」


まみ「理屈はわかったけど、それが何で頭を切り替えなきゃいけねぇって話になるんだ?」


美紅里「ドリフトターンは板をズラすターン。カービングは板をズラしちゃいけないターン。全くやり方が違うのよ」


ゆき「確かに」


美紅里「ドリフトターンがスムーズにできるようになった頃、頭と体は板をズラす横方向へのベクトルを加えるって事を覚えてるの。カービングは横方向に力のベクトル……つまり板をズラす動きを少しでもしちゃうとその力と遠心力で板はずっとズレ続けるからカービングにならないって訳」


まみ「じゃあカービングの時は板をズラしちゃいけねぇの?」


美紅里「有りていに言うなら、そう。斜滑降からいきなり板を立てて、エッジが雪面を切って作り出す雪面のレールに沿って滑って行く。これがカービング」


れぃ「……めちゃくちゃムズいじゃん……」


美紅里「だから、カービングの方がグラトリやパークよりも『入り』は難しい」


ゆき「パークとグラトリの『入り』は簡単なの?」


美紅里「パークもグラトリも、基本の技みたいなのがあって……『オーリー』って言うんだけど、それは何なら今からでも練習できる……させないけど」


れぃ「……させてくれねぇんか〜い!……」


美紅里「せっかくドリフトターンが身に付いて来たのに、今別の事やったらドリフトターンを習得する前におかしくなっちゃうわよ」


それを聞いて、少しうずうずした表情をするゆき。


美紅里はそれを見て取ったが、あえてスルーした。


美紅里「さ、じゃあそろそろ行きましょうか」


そう言うと美紅里は同意を得る事なく立ち上がる。

まみ達も慌てて準備を始め、バタバタと美紅里に続いてレストランを出る。


まみ「あー、美味しかった!」


れぃ「……ここのビーフシチューはもう一度食べたくなる美味しさ……」


ゆき「美紅里ちゃん、次はどこ行くだ?」


美紅里「このバーンを滑って、今上を通ってるリフトに乗って、降りた所にもう一つペアリフトがあるからそれに乗るつもり」


それぞれ板を履いたが、ゆきだけがまだ履けてない。


ゆき「ごめん!レストランの写真だけ撮っとく!」


写真を撮り終えたゆきが合流し、美紅里の号令で滑り出す。


三人の滑りはまだ危なっかしさが残っている。

一生懸命滑っていると言った感じだ。

そしてやはりイレギュラーな事があったり、思っている以上のスピードが出てしまったら恐怖感からバランスを崩し転倒する。


だが、成長が見える点もある。

転倒してから立ち上がるまでの時間だ。

前回は一度転んだら向きを変えたり、何度か立ち上がる事をチャレンジしてやっと立ち上がっていたのだが、今は以前に比べればスっと立ち上がれるようになっていた。


ペアリフト2本を乗り継ぎ、リフトから降りた3人。


ゆき「あれ?ここちょっと急じゃね?」


れぃ「……うん。そんな気がする……」


まみ「え〜?そうかな?」


美紅里「まぁ、ここ中級だからね」


ゆき・れぃ「「中級!?」」


美紅里「中級」


ゆき「美紅里ちゃんひどい!なんて所に連れて来るのよ!」


美紅里「あら、あなた達のレベルを見て判断してるのよ」


まみ「あたし達、中級!」


美紅里「違う。初級を卒業する為に中級コースで練習するの」


れぃ「……でもいきなり中級なんて……」


美紅里「いきなりじゃないわよ。さっきのレストランの前のコースも中級だもん」


ゆき「え゛?マジ?」


美紅里「さっき普通に滑ってたでしょ?」


れぃ「……言われなきゃ気付かない……」


美紅里「ここもさっきの所も、一応中級って事になってるけど、あたし的には初級と中級の間位の難易度のコースなのよ。だから初級コースでちょっと滑れるようになったら、このコースで練習した方が上達が早いの」


まみ「レストランの下まで滑る感じ?」


美紅里「いや、このリフトを回す感じで。今回はそれぞれ自分のペースで滑ってみなさい。あたしも自分のペースで滑って追い付いたらアドバイスするから。じゃね!」


そう言い残すと、美紅里はまたポンっと飛び上がり、滑って行ってしまった。


取り残される3人。


まみ「美紅里ちゃんって滑り出す時、一度軽くジャンプするの……あれ、癖かな?」


れぃ「……そう言われて見れば……」


ゆき「まみ、よく見てるなぁ」


れぃ「……それが何か気になっただ?……」


まみ「いやぁ〜……、板履いた状態で、あの高さジャンプできるのって凄いなぁ〜って思って」


ゆき「え?そう?あたし体力測定の時、垂直飛び40cmだったよ。美紅里ちゃんもそのくらいじゃなかった?」


れぃ「……あたし45cm……」


まみ「実はあたしさっきちょっとやってみたんだけど、いっさら(全然)飛べなかったんじゃん」


ゆき「まみの垂直飛びの記録は?」


まみ「あたしも40cmくらいだってと思う」


れぃ「……板の重さとかあるから多少は記録落ちるだらずけど、そのくらいは飛べんじゃね?……」


ゆき「あたしやってみる」


そう言うとゆきは板を履いたまま垂直飛びをしてみた。


ゆき「うわっ!」


やってみたはいいが、ほとんど飛び上がれず、着地でバランスを崩し転倒。


ゆき「ムズっ!これ、思った以上にムズい!」


れぃ「……マジか……じゃあ、あたしも………見てろ……」


よほど自信があるのか、れぃはニヤリとした表情を浮かべ、膝と腕の反動を使い飛び上がった……はずだった。


しかし、踏み切った瞬間、板が滑りほとんど飛び上がれずゆきと同様着地でひっくり返る。


れぃ「無理っ!何だよコレ!美紅里ちゃん、何で飛べるんじゃん!」


ゆき「そんだから唐突にキレんなって」


まみ「ね〜、難しいだらず?」


れぃ「……しかし、何でまたまみは飛び上がる動きに興味持った?……」


まみ「美紅里ちゃんって滑り出してから一気にスピード上がるじゃん?スピードが出るのってあのジャンプが関係してるのかな……って思って」


ゆき「ホント、まみってスピード出す事に興味津々なのな」


そう言うとゆきはハハっと笑う。


れぃ「……ま、できねぇ事考えても仕方あんめぇ。あたしらはあたしらの練習するしかねぇよ……」


そう言うとれぃは立ち上がり、「……ほいじゃ、お先……」と言い残し滑り出した。


ゆき「よ〜し、行くかっ!」


ゆきも立ち上がり、滑り出す。


まみも無言で頷き後を追う。


先行しているれぃは滑りながら、上手そうな人を探していた。

れぃは見て技術を盗むのが得意で、本人はさほどそれを意識していないが、今までそれで上手くやれて来たので自然とそうなるのだ。


かと言って、真似しようにもレベルの差があり過ぎるとどうしようも無い。

「ちょうどいいレベル」の上手い人を探しているのだ。


れぃ『……あの人は……ダメだ。シュパ〜って滑るタイプの人……。あの人も上手すぎ……』


そこで目に止まったのが、れぃ達と同じくドリフトターンをしている男性。


れぃ『……よし。あの人について行かずか……』


れぃはマークにした男性を少し距離を置いて追いかける。

するとその瞬間、その男性はふわっと浮き、空中で一回転して何事も無かったように滑り続けた。


れぃ『!!』


それまでもグラトリしている人は見ていたが、そこまで注意深く見ていた訳では無かった。


れぃは呆然とその場で止まって小さくなっている男性を目で追った。


まみ「れぃちゃんどうしただ?」


追い付いたまみが呆然としているれぃに声をかける。


れぃ「……浮いた……」


まみ「何が?」


れぃ「見なかった!?さっきのアレ!」


いつものボソボソ喋りではなく、それでいてキレている訳ではない。

だが、ハッキリとした声と口調。


まみ「え?え?れぃちゃん、どうしただ?」


れぃ「浮いたんじゃん!さっき見てた人!ターンしはし始めたて思ったらふわって浮いたんじゃん!」


まみ「スピード出てて段差で浮き上がったって事?」


れぃ「違う違う!あたしとそう変わらねぇスピードでターンしてたのに、重力が無ぇみたいにふわって浮いてクルクルって回ってそのまま滑って行ったんじゃん!」


まみ「ジャンプしたんじゃなくて?」


れぃ「あーもぅ!ジャンプだったらさっきのあたし達みたいに、一度しゃがんで……ってやらなきゃ飛べねぇじゃん!そうじゃなくって普通に滑ってたのに急にふわって浮いたんじゃん!」


そこにゆきが合流する。


ゆき「どうしただ?」


まみ「いや、なんか凄い人が居たんだって」


れぃ「……『重力使い』がいた……」


ゆき「は?」


れぃ「……いや、ひょっとしたら宇宙人かはたまたサイコキネシスの使い手か……」


ゆき「……れぃ、頭打った?……」


れぃ「ちゃうわい!」


まみ「何でも空飛ぶ人が居たんだって」


ゆき「さっきのジャンプ台の話?」


れぃ「ちげぇって!あたしと同じくらいのスピードでターンして人がターン中にふわっと浮いてクルって回って滑って行ったんだってば!」


ゆき「ジャンプじゃん」


れぃ「だからぁ!ジャンプするのと浮くのは違うじゃん!」


その時、まみ達の横を滑っていたボーダーが、ターンしながらジャンプして一回転する技をした。


まみ「今の人みたいな感じ?」


れぃ「違う。今の人はあからさまに一度姿勢を低くしてジャンプしてから一回転してたじゃん。そうじゃなくってホント何の予兆もなくふわって浮いて回ったんだって!」


ゆき「浮いたって……どのくらい?」


れぃ「ほんの数cm。でも……いやだからこそ飛んだんじゃなく、浮いたんだって!」


まみ「ん〜〜〜、これは見なきゃわかんねぇなぁ……。どの人?」


れぃ「……覚えてない……」


ゆき「ウェアの色とかは?」


れぃ「……アースカラーだったと思う……」


まみ「アースカラーだらけじゃん」


れぃ「あ゛〜〜〜!だって足元しか見てなかったんだもん!」


ゆき「よし、じゃあその人探しながら滑ろう!」


まみ「そうだね〜、ここで喋っててもその正体はわからねぇし……」


れぃ「ぜってー見つける!」


そう言うとれぃは再び滑り出した。


まみ「あたし達も行こう」


ゆき「おけっ!」


その後三人はおのおののスピードで何度かリフトを回す。

れぃはムキになってさっきの「浮く」ボーダーを探していたが見つからない。


まみはスピードを抑えたターンを心がけていたが、好奇心が抑えきれずスピードを出し、また自制心を取り戻して減速と言うのを繰り返していた。

その甲斐あってか転倒する回数はリフト1本ごとに減っている。

4本目のリフトに乗り、滑り始めようとした時、美紅里に追いつかれた。


美紅里「まみ、よくなって来たね。そろそろ1本転ばずに滑れるんじゃない?」


まみ「え……あ、そう言えばさっきの1本、1回しか転んでねぇや。わかった!やってみる!」


まみが滑り出し、美紅里が続く。


転ばず1本滑りきると言う目的を得たまみの滑りは慎重だった。

スピードを出したいと言う欲は消え去り、ひとつひとつターンを丁寧にこなす。

一度子供のスキーヤーが進行方向上にいたが、落ち着いてコースを変え、転ばず滑り切る事ができた。


まみ「やったぁ!初めて1回も転ばず滑れた!」


美紅里「おめでとう。今の滑りを常にできるようになれば、自ずとスピードをコントロールできるようになるわよ。……っと、そろそろいい時間ね。ここでゆきとれぃを待ちましょ。そろそろ上がらないとね」


少し待っているとれぃが下りて来た。


れぃ「……ダメだ。あの浮くボーダーさん見つからなかった……」


美紅里「浮くボーダー?」


れぃ「かくかくしかじか……」


美紅里「あー、グラトリ上手い人ってスピン系トリックする時浮いているような感じに見えるわよね」


れぃ「ほら、いたじゃん!」


まみ「いや、居ないとは言ってねぇよ」


れぃの雰囲気に気圧されるまみ。


れぃ「……って、トリック?……」


美紅里の言葉がようやく頭に入って来たのか、れぃが美紅里に確認するように聞き返す。


美紅里「グラトリ……グラウンド・トリックの略。トリックは技の総称。」


れぃ「……つまり、やり方覚えて練習したら、あたしでも浮けるって事?……」


美紅里「理論的にはそうなるね」


れぃ「……じゃああたしアレやる……」


まみ「決断早っ!」


そこにようやくゆきが合流した。


ゆき「どしたの?何の話?」


まみ「れぃちゃんがグラトリやるのが決まったとこ」


美紅里「まずは普通に滑れるようになってからね」


れぃ「……あ、そだ。美紅里が滑り出す時にジャンプしてるのもトリック?……」


美紅里「え?あたしやってた?」


そう言うと少し考える美紅里。


美紅里「あ〜、やってたかも。ほとんど無意識、クセみたいなもんだわ」


ゆき「何であんなにポンって飛べるの?板履いてるのに……」


美紅里「板履いてるからよ」


れぃ「……わけわかめ……」


美紅里「ん〜〜〜、とりあえず帰る時間も差し迫ってるし、後で説明してあげる。行くわよ」


そう言うとまた美紅里はポンっと飛んで滑り出す。


れぃ「……アレだよ……」


ゆき「思ったほど足の力は使ってねぇ」


まみ「れぃちゃんの言ってた『浮く』のも同じ方法かな」


ゆき「って、美紅里ちゃん、どんどん行ってしまうよ!追いかけなきゃ!」


慌てて三人は美紅里を追いかけ始める。


慌てると三人ともまだ滑りが安定しない。


2〜3度ターンして自分なりのペースをつかんでからは少し安定した滑りになるが、やはりふとしたタイミングでバランスを崩して転倒する。


パークの横を通る際、ゆきはパークで滑っている人に対してよそ見して転倒する。

やはりパークが気になるようだ。


途中で美紅里が待っていたので合流。


美紅里「この先フラットな所がちょっとあるから、勢い付けて一気に行くわよ。直前から直滑降しても止まりそうになるから気を付けて。じゃあ付いてきて」


今度はまみ達のペースに合わせてゆっくり滑り出す美紅里。

三人がそれに続く。


美紅里「はーい、ここから直滑降!」


まみ「いえ〜ぃ!」


待ってましたとばかりにまみが直滑降でグンとスピードを上げる。


れぃも少し躊躇したが、それに続く。


ゆき本人は直滑降しているつもりだろうが、スピードが出る恐怖感からか、少しエッジをかけながらの直滑降だ。


そして案の定ゆきがフラットな所で止まる。


あと少し進めばまた下りなのだが、完全に止まってしまった。


ゆきは重心を前後させてその反動でちょこちょこと前に進む。


まみ「ゆきちゃんガンバレ〜!」


れぃ「……あとすこし……」


ゆき「ちょっとしか進まねぇ〜」


れぃ「……もっと力強く板を押し出すんだ……」


ゆき『もっとこう……重心を前に持って行って反動で板を前に送り出す!』


力強く板を前に押し出した結果、フラットな所ではあるが、かなり後傾姿勢になってしまい、板のノーズが浮き上がってしまう。


ゆき「わったったった!」


慌てて後側の足を蹴り出すようにして重心を戻そうとする。


その結果、たわんだ板のテールがバネになり、ゆきの体はほんの少し飛び上がってしまった。


ゆき「びっくりした〜!コケるかて思った!」


美紅里「あ〜〜〜、ゆき。今のが……ん〜〜〜………、ちょ〜っと違うけどオーリー。あたしが滑り出す時にジャンプしてる方法」


れぃ「……え゛!?……」


美紅里「偶然だけどオーリーっぽい動きになっちゃったね。ようは板の後ろ側、テールのしなりを使ってその反動でジャンプする初歩のトリック」


れぃ「ゆき!一人でズルいぞ!」


ゆき「知らねぇよ!」


まみ「あたしもやってみよっ」


美紅里「あ、まみ、待て……」


美紅里が静止するより先に見よう見まねでトライしたまみはバランスを崩して派手にひっくり返った。


まみ「いったぁ〜〜〜」


美紅里「だから待てって言ったのに」


れぃ「……何で『待て』なの?……」


美紅里「あなた達にはまだ早い。スノーボードを履いた状態でのバランス感覚……体幹が出来上がってないと転ぶ事が多いのよ。それに変なクセついたら面倒だし」


ゆき「あたし、さっき出来た……だ?」


美紅里「たまたま転ばなかっただけ」


れぃ「……あたしもやってみてぇ。出来るかどうかは別にして……」


美紅里「オススメはしないわよ。何事も基本や基礎は大事。歪んだ積み木を一番下に置いた状態で上に積んで行ってもいつかは崩れちゃうでしょ?まぁどうしてもチャレンジしたいなら1回だけやってみたらいいわ」


れぃ「……じゃあ1回だけ……」


そう言うとれぃは慎重に重心を前に押し出した後、板を前にせり出すように動かし、板の反動を使ってジャンプ……できなかった。

表現するなら板の上でしゃがんだ後、伸び上がっただけの屈伸運動。


れぃ「浮かねぇじゃん!」


美紅里「そりゃあれだけおっかなびっくり、しかもゆっくりやったら飛ばないわよ。つまり、素早く力強くやらなきゃダメって事」


まみ「あ〜、そりゃあたしじゃ無理だ」


れぃ「……ゆきはできたのに……」


美紅里「ゆきは力一杯板を前に送った結果、バランスを崩して転びそうになったのを必死で体制を戻そうとしたから、その一連ほ動きが早かったし力も入ってた。れぃは『転ぶ』と言う恐怖心から動きがゆっくりだったし、力も入って無かったでしょ?そりゃ飛ばないわよ」


ゆき「あたしのがどれだけ偶然の産物かがわかるな」


美紅里「普通、あなた達くらいのビギナーがやったら仮に飛んでも真っ直ぐ着地できないし、着地したとしてもでバランス崩して転倒する。まだあなた達は板のセンターに乗れてないからね」


まみ「板のセンターに乗る?」


美紅里「はいはい、説明は後で。とりあえず下山するよ」


そう言うと美紅里は話を打ち切って滑り出す。

この時、美紅里の中に少しだけ茶目っ気が出た。

滑り出す時に美紅里の渾身のオーリーをして見せたのだ。


いつも以上に高く飛んだ美紅里の背後からは教え子達の歓声が聞こえる。

その時ちょっと調子に乗り過ぎたと恥ずかしくなり、誤魔化すように美紅里は手で付いてくるよう三人に促した。


そこから先は初級コースと言う事もあり、三人ともスムーズに滑る。


駐車場に着いた時、三人は自分が思っている以上にスイスイと滑れた事にテンションが上がっていた。


ゆき「最後、すごいいい感じで滑れた!」


れぃ「あたしも一度もコケなかった!」


まみ「中級で練習してた成果かな!」


美紅里「はーい、おしゃべりは後、後!このあと温泉行くからとりあえず着替えに行くわよ」


ゆき「温泉っ!」


れぃ「……スノボ後の温泉……これはたまらん……」


まみ「…………」


ゆき「ん?まみ、どした?」


まみ「え?あ、ううん。何でもない……」


前回のスノボの時よりはテキパキと着替えと後片付けを終えて車に乗り込む。


ゆき「美紅里ちゃん、温泉ってどこにあるの?」


美紅里「あたしの知り合いが渋温泉の温泉街でホステルやっててね……。そこで日帰り入浴できるから、そこに行く。ここから20分くらい」


れぃ「……渋温泉……同じ長野でもこっちはあまり来ないからな。ちょっと楽しみだ……」


ゆき「スノボに温泉……贅沢ですなぁ」


れぃ「……何だよゆき、オッサンくせぇ……」


れぃは少し表情を緩ませ、クククと笑う。


美紅里「ん?まみ、どした?」


まみ「え?あ、いや、何でも……」


美紅里「あー、温泉行くって行って無かったからね。大丈夫。タオルもバスタオルも貸し出しやってるから」


まみ「あ、あはは……」


ゆき「ん?違うな。まみのその様子だと別の所に何かあるな」


まみ「いや、ホント何にもねぇから」


れぃ「……あ……」


ゆき「何だよ、『あ』って……思わせぶりな言い方して」


れぃ「……まみ、ひょっとして、裸になるのしょうしい(恥ずかしい)人?……」


そう言われた途端、まみは顔を真っ赤にして俯いてしまった。


れぃ「……図星か……」


ゆき「え?そこ、混浴とかじゃねぇですよね?」


美紅里「当たり前よ!教え子連れてそんな所行かないわよ!」


ゆき「じゃあ、女同士なんでしょ?恥ずかしいも何も無ぇじゃん」


れぃ「……ゆき、察しろ……まみの性格……」


ゆき「あ〜……なるほどね〜。うん。わかる!まみ、大丈夫だ」


れぃ「……何を解ったんだよ……」


ゆき「あたし達は女同士だ!恥ずかしくないぞ!」


れぃ「……わかってねぇじゃん……」


ゆき「付いてる物も同じだ!」


れぃ「……付いてるとか言うな……」


ゆき「え〜っと……すぐ気持ち良くなるから大丈夫……」


れぃ「言い方!」


ゆき「うぇっへっへっへ……ねぇちゃんええ体しとるなぁ……とか言わないから」


れぃ「今言っちゃてるじゃん!」


ゆき「え〜〜〜っと……今、温泉に行けばもれなく美紅里ちゃんのえっちぃボディが見放だ……痛っ!」


間髪入れず美紅里に頭をはたかれるゆき。


そのやり取りを見て、とうとうまみが吹き出した。


まみ「あははははは!えーっと、ゴメン。気ぃ使わせちゃった。正直しょうしいけど、頑張る……。そんだから……その……あまり見ねぇでね……」


ゆき「今んところ女子の裸に興味は無いから安心しろ」


れぃ「今んところ!?」


ゆきのジョークで車内は和み、笑い声と共に車は渋温泉街へ向かう。


少し経ってから、れぃがまみを指でそっとつついた。


まみが振り返るとれぃはスマホを無言で差し出した。

送信前のLINEには「実はあたしも温泉とか慣れてなくて裸になるのめっちゃ恥ずかしい。でも温泉には興味ある。頑張ろうぜ」と書かれていた。


まみ「れぃちゃん……」


何か言おうとしたまみに、れぃは自分の口にそっと指を添えて「しっ」といつもよりさらに小さい声でまみの言葉を遮る。


そのゼスチャーに反応して、まみは口を噤む。

れぃはチラッとまみを見るとまみと目が合ってしまう。

お互い、得も言われぬ微妙な雰囲気で照れ笑い。

普段は無表情なれぃだが、今はあからさまに照れた笑顔だ。


それを誤魔化すようにれぃはカバンからお菓子を取り出して「……食べる?……」と差し出した。


やがて車は渋温泉の温泉街に入る。


ゆき「うわ〜!雰囲気ある〜!」


昔ながらの温泉街は浴衣に半纏を着た人達が下駄をカラコロと鳴らしながら行き交っている。


美紅里「この先に、ヅブリ映画の『戦闘血潮の神、爆死』に出てきた建物のベースになった旅館あるわよ」


れぃ「……えっ!?どれ?……」


美紅里「え〜っと、ほら、あれ」


ゆき「ホントだ!遊夜城っぽい!」


まみ「あれに出てきたバク様がカッコいいんだよね〜」


れぃ「……カオダケは怖いけどな……」


まみ「あたしもあれはトラウマ」


ゆき「写真撮りたい!」


美紅里「後でね〜。日が暮れたらライトアップされるから、そっちの方が雰囲気出るよ」


れぃ「……それは撮りたい……」


美紅里「あ、もう着くわよ」


着いた建物は趣きのある旅館。


美紅里「こんにちは〜」


女将「二階堂さん、お久しぶり。いらっしゃい」


美紅里「電話したとおり、あたし含めて4人です」


女将「はーい……あら、浅野さん?」


美紅里「……の、妹」


女将「え〜!そっくりね〜。びっくりしちゃった」


ゆき「ののこさんもここ来た事あるんだ」


まみ「あ〜、だからか……」


れぃ「……何が?……」


まみ「今日、竜神スキーパークに行くってお姉ちゃんに言ったらバスタオル持って行けって言われただ」


れぃ「……じゃあ温泉行く事知ってたんだ……」


まみ「ううん。あたしはてっきり汗かくから……とか、雪まみれになってインナーまで濡れてしまうから……とか、そう言うのだて思ってた。お姉ちゃん何も言ってくれねぇもん」


ゆき「あー、それはののこさんの策略だな」


まみ「策略?」


れぃ「……美紅里ちゃんと一緒に行くんだら温泉に行く事になるだらずってののこさん知ってた訳だ。んで、まみにその話したらまみが行かねえとか言い出す可能性があったから喋らなかったんじゃね?……」


ゆき「ありえるな。ってか、それで当たりだろ」


まみ「お姉ちゃん、ひどい!」


ゆき「ひどくねぇよ。今日一日の事思い出してみ?温泉の話一つで今日楽しかった事が全部無くなってしまうんだぞ?」


まみ「ん……、それはヤだ」


れぃ「……それにアレだ。温泉も入ってみたらまた意見変わるかもしんねぇじゃん……」


そこまで言うと、れぃはゆきと美紅里の目を盗み、こっそりまみに耳打ちする


れぃ『お互いに…な』


またれぃとまみは顔を見合わせ、お互い少し微笑み合う。


美紅里は女将と話しこんでいたが、他のお客さんか来たのをきっかけに話を打ち切り浴場へと向かった。


ゆき「中もなかなかいい雰囲気」


少し薄暗い通路を通り、地下へと向かう階段を下りる。


れぃ「……温泉、地下にあるんだ……」


美紅里「地下って言うか、建物の地形の都合で階段下りるだけよ」


まみ「……」


一番後ろを少し離れて無言で付いてくるまみ。

それに気づいたれぃが少し立ち止まり、まみと歩調を合わせて「女湯」と書かれたのれんをくぐる。


ゆき「おっ!あたし達以外に入ってる人いねぇみたいじゃん、ラッキー!」


美紅里とゆきは脱衣かごが置かれた棚のど真ん中で立ち止まり、脱衣かごに荷物をドサリと放り込む。


美紅里はさっさと服を脱ぎ初めている。

ゆきもそれに続く。


まみとれぃは脱衣所に入り、少しキョロキョロとしてどこを陣取るか探している。

そして二人とも端の方へと向かう。


れぃ「……まみ、何でこっち来んだよ……」


まみ「れぃちゃんだってそうじゃん。端っこの目立たない所がいいかな……って」


れぃ「……考える事は一緒か……」


そうこうしているうちに美紅里とゆきは服を脱ぎ終えている。

美紅里はタオルを長く持って、少し前を隠すように浴室への扉へと向かう。

ゆきはタオルを首にかけ隠す素振りを全く見せていない。

ただ、まみとれぃに背中を向けるようにして美紅里の後を追う。

少し振り返り、まみとれぃに「先行ってるよ〜」と気さくに声をかけてひらひらと手を振りながら浴室へ消えて行った。


浴室に入ると美紅里とゆきは二人並んで洗い場の椅子に座る。


美紅里「ゆき、あなた大胆ね。温泉行き慣れてるの?」


ゆきはチラッと脱衣所の方に視線を送った後に少し声量を落として返答する。


ゆき「いや、いっさらだ(全然です)。実はあたしも死ぬほどしょうしかった(恥ずかしいかった)だ。でもあたしもしょうしがってたら、まみが踏ん切り付かねぇて思って……」


美紅里「ふ〜ん……車の中のあの異様なテンションはそれか……。あなた、いい子ね」


そう言うと美紅里はゆきの頭を優しくポンと叩いた。


ゆき「あ、でも温泉に興味はあったんだ。近所にも温泉あるけど、逆になかなか行く機会が無くて……。しょうしいけど温泉に行く機会を潰したく無かったってのもある。それより温泉行くんだら行くで事前に教えてくれたら良かったのに……」


美紅里「あ〜……、ゴメンゴメン。実は今日、ちょうどお昼食べてる時に紀子からLINEが来てね……。帰りにまみを温泉に強引にでも連れて行ってやってくれ……って」


ゆき「全てはののこさんの差し金か……」


美紅里「紀子ってホントまみに対して過保護よね〜。過保護だけど一番まみの性格を把握してる」


ゆき「と、言うと?」


美紅里「たぶん嫌がる素振り見せるだろうけど、嫌と言えるほど度胸ないからあたしが行くって行ったら付いて来る。まみはビビリで引っ込み思案だけど一度やれば次からできるから……って」


ゆき「めっちゃ的確」


そう言うとゆきは苦笑いした。


美紅里「あたしもね〜、紀子にあんたが連れて行きなさいよ……って言ってやったのよ」


ゆき「まぁそれが筋だよね」


美紅里「そしたらあの子、まみはあたしにはガンガンわがまま言って、嫌な事はテコでも動かないからダメ……なんだってさ……っと、噂をすれば来たみたいよ」


小さく扉を閉める音がして、気配を消したまみとれぃが入って来た。


二人ともタオルを長く前に当てて、背中を丸めて小さくなって入って来た。


そしてまた中をキョロキョロと見回している。


美紅里「来たわね。ホラそこ空いてるから頭と体洗ってから湯船に入りなよ」


まみとれぃはまたより目立たなさそうな席を静かに奪い合う。

その結果、一番奥まった席にまみが座り、最後にれぃが座った。


無言のまま髪を洗い始めたが、先に口を開いたのはれぃだった。


れぃ「なんじゃここ!シャワーの水圧、めっちゃ低いじゃん!」


美紅里「あー、そこね〜。毎回水圧低いのよ」


ゆき「あたしもう終わるからここ使いなよ」


美紅里も洗い終わったのか、ゆきとほぼ同時に席を立ち湯船に向かう。


そのタイミングをチラチラと見て、そそくさとゆきが使っていた席に移動するれぃ。


美紅里とゆきは湯船に浸かる。

美紅里は静かに入ったが、ゆきは入るなり「熱っ!熱っ!くっはぁ〜〜〜!沁みる〜〜〜」と、大騒ぎだ。


お湯に慣れたら慣れたでタオルを畳んで頭の上に乗せ、湯船の縁にもたれ掛かるようにして、縁に両腕の肘を乗せる。


ゆき「かぁ〜〜〜!極楽極楽!まみ〜、れぃ〜、早くおいでよ〜」


れぃ「うっせぇ!陰キャなめんな!こっちはこっちでモソモソやってんじゃん!」


ゆき「だぁ〜ら突然キレんなし」


そう言ってカンラカンラと笑うゆき。

もちろんこれは全てゆきの演技だ。

しかし演技ながら、徐々に最初の恥ずかしさは薄らぎ、楽しめるようになって来た。


まみとれぃが洗い終わるのを背中越しに察知したゆきはタイミングを見計らい美紅里に話しかける。


ゆき「美紅里ちゃん、そういやここ露天風呂あるって言ってなかった?」


美紅里「あるわよ。その先。行く?」


ゆき「行きたい!」


美紅里「じゃあ、行ってみましょうか」


そう言うと二人は湯船から上がり、露天風呂の方に歩いて行った。


まみとれぃはお互い牽制しながらも順番に湯船に浸かる。


二人の距離は少し開いている。


湯船の温度に、さっきゆきが大騒ぎしていたのが何となく解った二人だが、声を殺して湯船につかり、二人同時に「ほ〜〜〜」と言うため息を吐き出した。

あまりにもそのタイミングがピッタリだったので、思わず二人は吹き出す。


少し笑った後、れぃが口を開いた。


れぃ「……ゆきのアレ……あたし達に気ぃ使ってるね……」


まみ「え?どゆこと?」


れぃ「……ゆきもアレだ。あたし達と同じで、けっこうしょうしかったんだて思う…………」


まみ「え?そうなの?」


れぃ「……ゆきってさ……まわりの雰囲気とかめっちゃ見てるじゃん……」


まみ「……うん。それは何となくわかる……」


れぃ「……あたし達がしょうしがってるのを気にしねぇように、いつも以上にテンション上げて騒いでるけど、そうやって場を和ませてるんじゃねぇかな?……」


まみ「何でそう思うの?」


れぃ「……脱衣所からこっちに来る時、美紅里ちゃんだってタオルでちょっと隠してたじゃん。でもゆきは隠す素振りは見せなかったけど、あたし達に背中向けて、見せねぇようにしてたし……」


まみ「ごめん、その時あたし壁見てた……」


れぃ「……だろうな……」


れぃはクスっと笑う。


れぃ「……さっきもさ……あたし達が洗い終わるタイミングで露天風呂に向かったじゃん。あれも偶然だて思う?……」


まみ「ん〜〜〜、確かにタイミング良かったね……」


れぃ「……なんかゆきに申し訳ねぇな……って思ってさ……」


まみ「……うん……」


れぃ「……まみ……もう、平気?……」


まみ「え?何が?」


れぃ「……温泉……ってか、裸になるの……」


まみ「……え〜〜〜っと……れ……れぃちゃんは?……」


れぃ「……んと……、まだちょっと、さっきのゆきみたいにはなれねぇけど、何て言うのかな……お風呂で裸なのは普通ってか、お風呂で服来てる方が変って言うか……アレだし……そう考えるとしょうしいけどしょうしい事してるんじゃねえってのがわかるって言うか……ブクブク……」


そこまで言うとれぃは鼻の辺りまでお湯に沈み込んで言葉を濁した。


まみ「あたしも……ちょっとマシになったかな……。男の人がいる訳じゃねぇし……」


れぃ「……オッサンみたいな女子高生はさっきまで居たけどな……」


まみ「あはは」


れぃ「……今どき『かぁ〜極楽極楽』とか言わねぇよなぁ……」


まみ「だね〜」


れぃ「……ま、あたしらもしょうしいはしょうしいなりに頑張ろ……」


まみ「……うん……」


れぃ「……あ、オッサン帰って来た……」


ゆき「お〜、露天風呂良かったぞ!ちょっとぬるかったけど、雰囲気あって良かったぞ!まみ達も行ってみたら?」


まみ「あ……、うん……。れぃちゃん……行く?」


れぃ「……そうだな、せっかくだし……な……」


そう言うとれぃは少し動きにタメはあったものの、ガバっと湯船から立ち上がった。


まみは立ち上がると同時にタオルを抱きしめるように背中を丸めたが、れぃの後について露天風呂に向かった。


ゆき「ちょっとは……慣れましたかね?」


ゆきは小声で同意を求めるように聞いた。


美紅里「そうね」


美紅里はフフっと安心したように少し笑う。


露天風呂への扉が開く音がして間もなく閉まる音がする。


少しぬるかった露天風呂をリセットするように内風呂で温まりなおすゆきと美紅里。


と、その時、激しく扉が開く音がした。


れぃ「まみ!早くっ!」

まみ「待って!待って!」

れぃ「早く!閉めろ閉めろ!」


直後にバンっと激しく扉を閉める音。


そしてバタバタと二人が戻って来た。

タオルで前を隠すとか、そんな所に全く気がまわってないくらいに慌てている二人。


美紅里「走ると滑って転ぶぞ〜。どした〜?」


れぃ「さささささ……サル!サル!」


まみ「突然サルが露天風呂入って来た!」


美紅里「脱衣所に張り紙してあったじゃない」


ゆき「あたしサル見たい!」


れぃ「ちょっ……バカ!止めとけ!」


まみ「そうだよ!サルだよ!」


ゆき「隙間からちょっと見るだけならいけるっしょ」


そう言うとニカっと笑う。


れぃ「だーめーだって!サルが扉開けて入って来たらどうする!」


美紅里「そんな事しないわよ」


ゆき「温泉にサルが入ってるの?」


まみ「そこまで知らねぇ!壁を乗り越えていきなり入って来たから、あたしもれぃちゃんも慌ててお風呂から出てこっちに逃げて来たもん」


ゆき「じゃあ今頃湯船にサルが浸かってるかもね……やっぱ見に行こう」


れぃ「襲われたらどーする!」


美紅里「ここのサルは温泉入り慣れてるから、ちょっかいかけなきゃ大丈夫よ」


ゆき「ほら、美紅里ちゃんも大丈夫って言ってるじゃん」


まみ「サルが温泉入るのって、ニュースとかで見た事あるけど、動物園とか猿回しで芸として仕込まれたサルだけだて思ってた……」


ゆき「ね…、ちょっとだけ見に行こ?ほら……裏十二支大戦で熊のステージの背景に温泉入ってる猿いたじゃん?あれをリアルに見れるんだぞ?」


まみ「……そういや……いたね………。ちょっと見に行く?」


れぃ「チョロ!まみ、裏十二支大戦の名前が出たとたん、チョロっ!」


ゆき「じゃあ、そっと隙間から見るだけ……ね?」


まみ「うん、じゃあ、そっとね……」


そう言うとゆきとまみは露天風呂に抜き足差し足忍び足で近づき、そっと扉を3cmほど開け、隙間から露天風呂を覗く。


ゆき「いたいた……すっご!ホントに猿が温泉入ってる!」


まみ「冷静になって見たらちょっとかわいいかも……」


れぃ「……ちょっと……あたしにも見せて……」


ゆき「何だよれぃ、結局来たんじゃん」


れぃ「……なんかそう言われたら見たくなるじゃん……いたいた……あ、めっちゃサル、気持ち良さそうじゃん……」


まみ「へっくしょん!」


ゆき・れぃ「「びっくりしたっ!」」


まみ「ごめっ!すきま風が……っくしょっ!」


ゆき「中で温まって来い」


れぃ「……あたしも行こ〜……」


サルをきっかけに何となく気恥ずかしさも薄れ、ようやく4人で温泉に浸かる。


十分に温まり、温泉を出ると既に外は真っ暗になっていた。


行きに見かけた「戦闘血潮の神、爆死」の映画に出てきた建物の元になったと言われている建物の写真を撮りに行き、三人はそれぞれのスマホで写真を撮りまくる。

また三人並んでいる所を美紅里に撮ってもらい、それぞれもソロでポージングして写真を撮る。

ようやく写真を撮るのにも満足した三人は途中でコンビニに寄り、軽食を買って車の中で食べながら帰途につく。


食べ終わった辺りまでは三人とも記憶があるが、その後運転している美紅里を除き全員が寝落ちる。


起こされた時は既に学校に着いていた。


学校にはののこが迎えに来ていてまみは寝ぼけ眼でののこの車に乗り換える。

ゆきとれぃは美紅里が送って行く事になった。


こうして2回目のスノボも終えた。


最後にれぃを送り届け、一人運転している美紅里はふと思い出す。


美紅里「あ、そう言えば『板のセンターに乗る』って話を後でするって言っててすっかり忘れてた。ま……いっか」


そう独り言をつぶやき、真空保温カップホルダーに入ったコンビニのコーヒーを一口すすって美紅里も家に向かった。

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