第28話「ゆきの方向性」
第28話「ゆきの方向性」
ゴンドラの駅舎に着いた美紅里とまみ達三人。
既にゴンドラ待ちの列ができている。
まみ「すごい並んでるね。あたし達乗れるかな?」
美紅里「たしか乗車定員が100人とかだったから乗れるよ」
れぃ「……100人はすごいな……」
ゆきはリュックからスマホを取り出し、インカメラに切り替える。
ゆき「撮るよ〜。寄って寄って」
まみとれぃを呼び寄せて三人くっついて写真を撮る。
ゆき「中が暗くて外が明るいから上手く撮れねぇ……」
まみ「向きを逆にしたら?」
ゆき「ゴンドラをバックに撮りてぇのよ」
れぃ「……フラッシュは?……」
ゆき「やってみる……強制発光にして……よし、撮るよ」
まみ「どう?」
ゆき「さっきよりはマシって程度……」
美紅里「ホワイトバランス調整したらたぶん撮れるよ」
れぃ「……美紅里ちゃん詳しい……」
美紅里「あぁ、まぁ、あたしも昔は色々と写真撮ったからね……」
少しごまかすような口ぶりの美紅里。
ゆき「ホワイトバランスを……こうして……あ、いけるかも」
セルフタイマーのカウント音がしてシャッターが下りる音がする。
ゆき「撮れた!」
まみ「見せて!」
れぃ「……おぉ……あとはこの写真をアプリで加工すればいい感じじゃね?……」
そうこうしているうちにゴンドラの乗車が始まる。
ゾロゾロと人の流れに従いゴンドラに乗車する。
美紅里「後ろの方に乗るよ」
ゆき「後ろ?」
美紅里「どうせ中から写真撮るんでしょ?」
美紅里は「わかってますよ」と言わんばかりに手をひらひらと振りながらゴンドラに乗り込んだ。
一瞬ゆき達も顔を見合わせたが、美紅里を追いかけるようにゴンドラに乗り込む。
ゴンドラには続々の人が乗り込んで来る。
れぃ「……ん?明らかにスキーもスノボもしなささずか服で乗ってる人がいる……」
れぃはチラリとそちらを向く。
それにつられてゆき達もそっちを見る。
まみ「ホントだ。スキーもスノボも持ってねぇ」
ゆき「観光?」
美紅里は見る事なく答える。
美紅里「あー、上からの景色は絶景だからね。写真撮る目的で来る人も少なくないよ」
扉が閉まり、アナウンスが流れた後ゴンドラがゆっくりと動き出す。
もうそれだけで三人はテンションが高くなる。
ゆき「ウゴイタ!」
まみ「ユレル〜」
れぃ「…………」
周りに気を使っているのか小声で会話する三人。
ただでさえいつもボソボソ喋るれぃの声は聞き取れないボリュームだ。
三人は進行方向と逆向きで乗っている。
ゆき「お〜絶景絶景!」
まみ「高〜い!」
ゴンドラから見下ろすゲレンデ。
人が米粒のような大きさではあるが、滑っているのが見える。
れぃ「ははは、見ろ!人がゴミのようだ!」
言わずにはおれなかったのだろう。
お約束とも言うべきセリフをれぃが口にする。
中間地点に差し掛かり、対向のゴンドラとすれ違う。
まみ「びっくりした!」
れぃ「……中間地点の柱の所通過する時の振動がスリリング……」
中間地点通過に色めき立っているまみとれぃだが、ゆきだけは一人スマホを見ている。
ゆき「ぷ……ククク……」
そしてスマホを見ていたゆきは一人笑いをこらえている。
まみ「ゆきちゃん、どうしただ?」
ゆき「決定的写真が撮れてしまった」
まみ「え?何?何?」
ゆき「さっき中間地点通過する前、ゴンドラのアナウンスで『揺れますご注意下さい』って言ってたからさ、揺れた時にまみが驚く表情するをじゃねぇかて思ってカメラ構えてたんよ」
まみ「え?ひどい!」
ゆき「んで、撮れた写真がこれ」
そう言うとゆきはあえてまみには見せずにれぃにスマホを見せる。
れぃ「ぶふぉ!」
いつもの無表情&無感情キャラはどこへやら。
れぃは見た瞬間吹き出した。
まみ「え!?ちょっと何?見せてよ!」
ゆき「美紅里ちゃんも見て!」
今度はスマホを美紅里に見せる。
美紅里「ん?ぷっ………」
美紅里は顔を背け、その肩は小刻みに震えている。
まみ「ちょっと、どんな写真撮ったのよ!」
ゆき「わかったわかった、見せる見せる!見せるから怒るなよ?」
そう言ってゆきはまみにスマホを見せる。
そこには目を大きく見開き、口も大きく開いたまみが写っていた。
しかもゴンドラの振動で少し写真がブレているので、まるでB級ホラー映画に出てくるうさんくさいゾンビのような写真になっている。
まみ「ぷっ!ちょっ!これ、消して!」
そうは言いながらもあまりにも酷い写真に一瞬吹き出してしまったまみ。
ゆき「わかったわかった、消す、消すってば……」
そう言うとゆきはスマホを操作する。
まみ「もー、ちゃんと消してよっ!」
ゆき「そう急かすなって……」
ピロン♪
少し時間差はあるものの、ほぼ一斉にまみ、れぃ、美紅里のスマホから着信音が上がる。
ゆき「あ〜〜〜、急かすから間違えてグループに写真転送してしまったじゃん」
もちろんわざとである。
まみ「もーっ!ゆきちゃん酷い〜〜〜」
れぃ「……ん。保存っ……と……」
まみ「そこっ!保存しねぇ!」
後にこの写真は事ある毎にまみをいじる時に使われる写真となった。
もちろんゆきは写真を消してない。
美紅里「あ、そろそろ山頂駅に着くよ」
出口扉付近にいたまみ達は押し出されるように駅に下り、そしてそのまま人の流れに押し流される。
流れついた所で三人は感嘆の声を上げる。
いつもボソボソしゃべるれぃでさえ。
ゆき「すっげぇ〜〜〜!」
まみ「きれ〜〜〜い!」
れぃ「おおおおおおおおっ!」
三人が流されて来たのはスカイバルコニーと呼ばれる展望スペースだ。
美紅里「あ〜、今日は天気良すぎたね。雲海は出てないわ」
スカイバルコニーからの眺めは大パノラマ。
遠くまで雪で真っ白になった山々が見渡せる。
撮影スポットなのか、たくさんの人がこの大パノラマをバックに写真を撮っている。
ゆき「写真!あたし達も写真撮らずか!」
ゆきはリュックから先日まみからもらった自撮り棒を取り出しスマホを取り付ける。
まみ「ゆきちゃん!あっち!あっち!」
まみが指差した所は少しバルコニーが張り出したようになっていて、「志賀高原」のプレートが掲げられている。
れぃも写真に写る気まんまんで、ヘルメットを脱ぎニット帽に被り替えている。
ゆき「さすが『映え』ポイント、並んでるね」
れぃ「……これは並んでも撮る価値ある……」
まみ「並ぼっ!」
待つこと数分。
ゆき達の順番が回って来た。
ゆき「じゃあ、並んで!」
まみ「あたし真ん中でいいの?」
れぃ「……あたしこの位置がいい……」
ゆき「じゃあ、撮るよ。ハイ、ポーズ!」
ゆきは片手に自撮り棒を持っているので空いている手でピース。
まみは額に上げたゴーグルに両手を添える。
れぃは一人背中を向けて背中側の腰の位置で板を両手で持ち、振り向くようなポーズだ。
タイマーの音が響きシャッターが下りる。
ゆき「一応、もう一枚!」
同じポーズでもう一枚撮り、次の人に順番を譲る。
他の人の邪魔にならない所まで移動し、三人で今撮った写真を覗き込む。
ゆき「いいじゃんいいじゃん!」
まみ「れぃちゃん、このポーズかわいい!」
れぃ「……昨日からこのポーズ練習してた……」
ゆき「道理でポーズ取る時に迷いがねぇて思った」
まみ「すごい、研究熱心!」
れぃ「……まみのさっきのポーズは考えてやったんじゃねぇの?……」
まみ「え〜〜っと、先に撮ってた人がこのポーズやってて可愛かったから真似してみた」
ゆき「あれ?そういや美紅里ちゃんは?」
まみ「あ、忘れてた」
れぃ「……美紅里ちゃん迷子だ……」
ゆき「いや、迷子はあたし達だろ」
まみ「え〜っと、あ、いた!」
美紅里はバルコニーに設置されたテーブルでコーヒーを飲んでいる。
ゆき「すみません、おまたせしました」
美紅里「写真撮れた?」
ゆき「バッチリです」
まみ「ここでコーヒーってなんかオシャレ」
れぃ「……あそこに売店あるぞ……」
ゆき「美紅里ちゃん、あたし達もお茶していい?」
美紅里「いいわよ〜。あたしもまだ飲んでるし。実際もっとあなた達が写真撮るのに時間かかると思ってたし」
まみ「じゃあ、買って来ま〜す」
れぃ「……あたし、キャラメルマキアート……」
ゆき「あたしもそれにしよ」
三人はそれぞれ飲み物を買って、美紅里の座っているテーブルにつく。
ゆき「うわ〜、なんか贅沢な時間の使い方」
まみ「ほんと、今どきの女子高生って感じじゃん」
れぃ「……地元じゃファミレスのドリンクバーが精一杯なのにな……」
そう言うとれぃはクククと笑う。
ここでもすかさずゆきは写真を撮っている。
まみとれぃもスマホを取り出し、自撮りしたりキャラメルマキアートを撮ったりしている。
そこにふと思い出したように美紅里が声をかける。
美紅里「そういやあなた達、滑走ログのアプリ、チェックインした?」
ゆき「あ、忘れてた!」
まみ「あたしも……」
れぃ「……ふっふっふっ……」
ゆき「れぃはチェックインしてただ?」
れぃ「……してない……」
まみ「さっきの笑いは何?」
れぃ「……いや、あたしも当然チェックインしてねぇ…と言う笑い……」
ゆき「何じゃそりゃ」
三人は滑走ログアプリを開いてチェックインする。
美紅里「画面の下に『グループ』ってあるでしょ?そこタップして」
れぃ「……どれ?……」
ゆき「これじゃね?」
まみ「あった……ん?『郷土活性化研究部』ってある」
美紅里「そう。今度はそれをタップ。パスワードは今日の日付にしてるから、0102ね」
ゆき「入れた」
れぃ「……これやるとどうなるの?……」
美紅里「お互いの位置情報が共有されるからはぐれても大丈夫」
まみ「ホントだ!」
れぃ「……そんな機能が……じゃあ、ちょっと待って……アイコン変える……」
そう言うとれぃは自分のアイコンをグルキャナックに変えた。
ゆき「あたしもシルフィードにしよっ」
まみ「じゃああたしも!」
美紅里「はーい、じゃあぼちぼち滑りに行くよ」
れぃ「……本来の目的忘れるとこだった……」
もちろんこれはれぃなりの冗談だ。
ゆき「あたしコップぶちゃって(捨てて)来る」
4人は少し登ってスカイバルコニーの反対側に来た。
まみ「ここから滑るの?」
美紅里「そうよ。で、あのリフトに乗る。山頂のコースはどのコース滑っても同じ所に着くから迷子にならないから安心よ」
ゆき「ってか、ここ、幅狭くね?」
美紅里「リフト乗り場までの少しの距離よ。さっきの滑りができたら大丈夫」
れぃ「……不安しかない……」
ゆき「曲がりきれねんだら、落ちてしまう」
ゆきが言うとおり、向かって右側はせり上がっているが、左側は柵もなく急勾配になっている。
まみ「あたしもちょっと怖いかも……」
美紅里「なんならサイドスリップで降りてもいいけど?」
ゆき「ん〜〜〜、あたしはそれで行かずかな……」
れぃ「……あたしも。できそうだらターンする……」
まみ「あたしもヤバかったらサイドスリップで」
美紅里「オッケ。じゃあ、下のリフト乗り場で待ってるね。自分のペースでおいで。あ、一応あたしが滑るの見といて」
そう言うと美紅里は滑り出した。
非常にゆっくりとしたターンを繰り返して滑って行く。
れぃ「……美紅里ちゃん、えれぇゆっくりじゃね?……」
まみ「あのスピードならいけるかも……」
ゆき「いや、でも、『もしも』って事があるじゃん」
まみ「あたし、やってみる。さっき『ゆっくりターン』のコツがちょっとわかったから。じゃあ、行くね」
そう言うとまみは滑り出した。
コース幅の半分くらいの所からゆっくり直滑降になるように板をコントロールし、直滑降になると同時にエッジを効かせてブレーキをかける。
そしてゆっくりターン。
ただコースの幅が無いのですぐに反対側のターンを始めなくてはいけない。
2〜3度ターンしたが、慌てて混乱したのか、せり上がった斜面にへばりつくようにして止まる。
れぃ「……よし。あたしも行く……」
れぃも同じようにターンしようとするが、恐怖感から止まってしまい、ペンジュラムになってしまう。
れぃ「……やっぱ怖えぇな……」
ゆきも滑り出すがサイドスリップとペンジュラムだけで降りてくる。
まみは立ち上がり、何か考えこんでいる。
その横をれぃがサイドスリップとペンジュラムで追い越して行く。
まみ『爪先側のターンとかかと側のターンをザー、ザーって感じで同じリズムでできたらいいんだしない……』
そこにゆきがサイドスリップで合流する。
ゆき「まみ、どした?大丈夫か?」
まみ「あ、うん。大丈夫。どうやれば美紅里ちゃんみたく爪先側とかかと側同じタイミングで曲がれるのかな……って考えてて」
ゆき「あたしさっき美紅里ちゃんに三拍子を意識しろって教えてもらったよ」
まみ「三拍子?」
ゆき「そ、イチ、ニー、サン……でターン。それを繰り返すの」
まみ「イチ、ニー、サンでターンか……うん、やってみる!」
ゆき「あ、まみ!ちょっと!」
既にゆきの声はまみの耳に入っていない。
もう滑る事に集中している。
まみ『三拍子、三拍子……よし。イチ、ニー、さ〜ん!』
エッジが雪面を削る音を立てターン。
まみ『よし!イチ、ニー、さ〜ん!』
またザーっと言う音を立ててスムーズに曲がる。
まみ『いい感じ!イチ、ニー、さ〜ん!』
まみは等間隔のターンを繰り返し、どんどん滑って行く。
いつの間にかれぃを追い越し、ゲレンデ幅の狭い所を抜け、ゲレンデの本線に合流する。
本線に合流すると、左に曲がるように下っている。
リズミカルに滑っていたまみは「左に曲がる」のをどうすればいいか一瞬わからなくなり、バランスを崩して転倒した。
少し後ろから来たれぃが声をかける。
れぃ「……おーい、大丈夫か〜……」
まみ「あはは、連続でタイミングよくターンする事に集中してたら、どうやって曲がったらいいかわからなくなった」
そしてはるか後ろからゆきの声が聞こえる。
ゆき「お〜い、大丈夫〜?」
まみ「大丈夫〜〜!」
ゆきがサイドスリップでゆっくり降りて来るのを待って、三人で美紅里の元に合流する。
美紅里「お、来た来た」
そう言うと美紅里はリフトの乗車列に向かう。
まみ達も右足のバインディングを外してバタバタと付いて行く。
ゆき「あ、ここも4人乗りなんだ」
美紅里はチラッとゆき達を見たが特に何を言う訳でもなく、前に進む。
ゆき達も続き、リフトに乗る。
れぃ「……美紅里ちゃん、さっきあたし達の事チラッと見たの何?……」
美紅里「ん?あぁ、ぼちぼちリフト係員さんにスピード落としてもらわなくてもいいかな……って思ってね」
ゆき「あ、そう言えば……」
美紅里「降りる時も通常のスピードで大丈夫だと思うから、落ち着いてね」
リフトに乗って少しするとリフト下がコースになっている。
まみ「わぁ〜〜〜〜」
コースの両サイドの樹木は樹氷が付いていて幻想的な雰囲気を醸し出している。
れぃ「……美紅里ちゃん、ここ滑るの?……」
美紅里「ここ滑ってもいいけど、一応ここ中級って事になってるわよ」
ゆき「あまり急勾配には見えねぇけど……」
美紅里「この先がほんのちょっとだけ。まぁあなた達でも滑れるとは思うけど、まずは初級コースに行きましょう」
ゆき「あっ!見て!ピカチョウのきぐるみ着て滑ってる人いる!」
まみ「あ、ホントだ!」
ゆき「ピカチョ〜〜〜〜!」
ゆきはリフト下を滑っているピカチョウのきぐるみボーダーに手を振りながら呼びかける。
それに気付いたピカチョウのきぐるみボーダーは手を振り返した。
まみ「手、振り返してくれた!」
そう言うとまみも手を振る。
れぃも小さく手を振っている。
ゆき「いいね!なんかいいね!」
れぃ「……うん。なんかテンション上がった……」
まみ「それに上手〜い!クルクルって回ってた!」
れぃ「……あれ、カッコいいな……」
ゆき「普通にコスプレボーダーいるんだ」
美紅里「いや、普通ではないけど、たまにいるよ」
れぃ「……いつかあたしもグルキャナックで……」
そうこうしているうちにリフト降り場が近付いて来た。
美紅里「降りたら右に行くわよ。足元見ずに真っ直ぐ見て、落ち着いて……」
降り立ち、少し真っ直ぐ進んだが、ゆきが少しヨレてしまった。
れぃ「ちょっ!ゆき!寄って来たら……あぁぁぁぁ……」
れぃはゆきとまみに挟まれバランスを崩し、ゆきとまみを巻き込んで転ぶ。
ゆき「ごめ〜〜〜ん!」
まみ「びっくりした」
れぃ「……おーい、ゆき、どいてくれ。立てねぇ……」
転んだ直後、リフト係員がリフトを止めてくれていたので後続の人との接触は無かった。
絡まった三人。
本人達は必死だが、モタモタしてなかなか立てない。
美紅里「まずゆき、立ちな。次にれぃ」
美紅里の指示で何とか立ち上がり、係員と後ろの人に「すみませ〜ん」と言いながら移動する。
まみ「あー、びっくりした」
ゆき「ほんとごめん!右に行かなきゃって思ったらどんどん寄って行ってしまった」
れぃ「……オッケ。ひとつ『貸し』な……」
ゆき「怖ぇよ、れぃ」
れぃとゆきは顔を見合わせてお互いニヤリと笑う。
スケーティングで少し移動すると美紅里が止まった。
美紅里「はーい、じゃあ板履いて」
ゆき「ここで?」
れぃ「……滑るの?ここ……」
そう思うのも仕方ないくらいに斜度が無い。
フラットなのではないかと思うくらいだ。
美紅里「フラットに見えるけど、ゆる〜い斜度ついてんのよね。見てて」
そう言うと美紅里はパッと板を履き立ち上がる。
するとゆっくり美紅里は滑り出す。
まみ「ほんとだ。少し傾いてるんだね」
三人は板を履き、立ち上がる。
美紅里「はい、じゃあこのコース。さっきのリフト乗り場まで一本道だから三人のペースで滑っておいで」
ゆき「美紅里ちゃんは?」
美紅里「あたしはあたしのペースで滑る。今から自主トレの時間よ。何回回してもいいからね。じゃあ!」
そう言うと美紅里はポンっと飛び上がり、向きを変えて滑って行ってしまった。
少しポカンとする三人。
ゆき「とりあえず写真撮らずか」
三人並んで自撮り棒で撮影。
三人とも板を履いているので、もぞもぞと動いてフレームに入るくらいの位置までくっつく。
ポーズを変えて何枚か写真を撮る。
ゆき「次、滑ってる所撮ってあげる!れぃ、先に行って」
れぃ「……あいよっ……」
れぃが立ち上がり滑り出す。
その姿を後ろからゆきが撮影する。
ゆき「じゃあ次、まみ撮るね」
まみ「はーい」
滑り出したまみをまた後ろからパシャパシャと撮る。
50mほど先でれぃとまみが待っているのでゆきが追いかけて合流。
まみ「次、あたしがゆきちゃん撮ってあげる」
既にスマホを取り出していたまみ。
逆にスマホをしまうれぃ。
れぃ「……あたしは正面からまみとゆきが滑って来るの撮ってた。後で送る……」
ゆき「あ、それいいね〜。じゃあ今度はあたしがれぃを正面から撮るね」
ゆきが滑り出し、その後ろ姿をまみが撮る。
お互いに写真を撮りあい、100mほど進むのに10分以上かけている。
ゆき「じゃあ、そろそろまともに練習しよっか」
れぃ「……ここ、幅が広いから滑りやすそう……」
まみ「落ちる心配無ぇのはいいね」
ゆき「じゃあ出発!」
緩斜面でコース幅が広いせいか、三人とものびのびと滑る事ができる。
まみはやはり滑るスピードが早いが、さっき覚えたゆっくりターンでスピードをコントロールし、れぃとゆきに合わせている。
もちろん三人とも、ふとした瞬間に頭がこんがらがって転んだりもするが、それも楽しみながら滑り下りてくる。
ようやくリフト乗り場が見えて来た頃、一周回って来た美紅里に追い付かれた。
美紅里「あら、随分ゆっくりだったのね」
まみ「あはは、みんなで写真撮って遊んでました」
美紅里「なるほどね。で、どう?」
ゆき「だいぶ怖くなくなりました」
れぃ「……何回かコケたけどな……」
美紅里「スノボは転ぶスポーツよ。転んで当然」
まみ「美紅里ちゃんが転んでるの見たこと無ぇけど」
美紅里「そりゃあなた達に合わせて滑ってる時はコースも初級だし、スピードも出して無いし、攻める滑りもしてないから」
ゆき「じゃあ、上級コースでスピード出して攻めた滑りしたら美紅里ちゃんも転ぶんだ」
美紅里「転ぶ転ぶ」
そう言うと美紅里はカンラカンラと笑った。
れぃ「……美紅里ちゃんの本気の滑りってのを見てみてぇ……」
美紅里「そのうち……ね」
まみ「美紅里ちゃん、リフト下のコース行っていい?」
美紅里「いいわよ〜。さっきのコースみたいにずっと緩斜面って訳じゃないけど、怖かったらまたサイドスリップとペンジュラムで滑ればいいよ」
まみ「やった!ゆきちゃん、れぃちゃん、次、リフト下のコース行ってみよ!」
ゆき「ホントまみはスノボの時はアクティブだな」
れぃ「……うむ。冒険である……」
美紅里「じゃあそのコース滑り終わったら、そこのペアリフトの乗り場に集合ね。このあとお昼食べに行くから」
ゆき・まみ・れぃ「「「は〜い」」」
そう言うと美紅里は早々にリフト乗り場に消えて行った。
それを追う三人だが、結局美紅里がリフト乗り場に消えてから10分以上経っていた。
今度はクワッドリフトを3人で乗る。
ゆき「今回は余裕あるから降りる時にちょっとヨレてもぶつからねぇね」
れぃ「……いや、真っ直ぐ行けよ……」
まみ「あ、あそこかな?美紅里ちゃんが最後にちょっと斜度がキツくなる所があるって行ってた所」
まみの指差す方向をみんなで見る。
ゆき「斜度……キツい?」
れぃ「全然行けそうじゃん」
まみ「美紅里ちゃん脅かすから、どれだけ急なのかて思ったけど大丈夫そうじゃん」
れぃ「……あ、美紅里ちゃんだ……」
ゆき「ホントだ!美紅里ちゃ〜ん!」
また全員で手を振る。
美紅里は少し照れくさそうに手をちょっと上げたがそのまま滑って行く。
まみ「美紅里ちゃん、やっぱ速いね〜。また追い付かれてしまうかも」
れぃ「……お…着くぞ……ゆき、コケんなよ……」
ゆき「わ〜ってるって!」
まみ「あ、降りたらどっち行けばいいんだっけ?」
れぃ「……右……」
ゆき「え?左じゃねぇの?」
まみ「え?どっち?」
ゆき・まみ・れぃ「「「わぁ〜あぁ〜あぁ〜あぁ〜」」」
それぞれが行く方向がバラバラになり、また三人は絡まるように転ぶ。
れぃ「降りる直前に紛らわしい事言うなっ!」
まみ「ごめ〜〜〜ん!」
ゆき「とりあえず立とう!」
慌てて立ち上がり、邪魔にならない所まで移動する。
れぃ「……リフト下のコースって右からも左からも行けんじゃん……」
まみ「……ホントだ……」
一瞬の沈黙の後、ゆきが吹き出す。
ゆき「ぷっ……」
ゆき・まみ・れぃ「「「ぶわはははははは!」」」
三人は謎のツボに入り笑い転げる。
やっと落ち着いた時に、三人の横をさっきのピカチョウが通りかかる。
ゆき「さっきのピカチョウさんだ!」
声に気付いたピカチョウのきぐるみボーダーはゆき達に手を振る。
ゆき「ピカチョウさん!一緒に写真撮って下さい!」
ピカチョウ「ピッカ〜」
そう言うとピカチョウは手でOKサインを出す。
声から察するに女性のようだ。
キャライメージを崩さない為か、日本語で返さないのはさすがである。
まみはやはり初対面の人に対して人見知りを発揮しているが、ゆき達に引きずられるように一緒に並んで小さくピースを出す。
ゆきの自撮り棒付きスマホで写真を撮り、手を振ってピカチョウと別れた。
ゆき「あたし達も早く『あっち側』に行きてぇね」
れぃ「……それにはまずまともに滑れるようにならねぇとな……」
ゆき「よし!練習しよう!……まみ?」
まみはピカチョウさんとの記念撮影で緊張してまだ固まっていた。
れぃ「……おーい、まみ〜、帰ってこーい……」
まみ「え……だって初対面の人で、名前も知らない人だよ?」
会話の入りからして、既にまみの中では何段階か会話が進んでいるようだ。
ゆき「それを言うならコミゲだってそうじゃん」
れぃ「……そもそも注文を浴びるのが嫌いな人はコスプレ滑走なんてしね……あ、例外がここにいた……」
まみ「でしょ?もしあのピカチョウさんがあたしと同じで……」
ゆき「無い」
れぃ「……無いな……」
まみ「わかんねぇじゃんそんなの」
ゆき「たられば言い出したらキリがねぇじゃん。現実として快く写真撮影に応じてくれた。これでいいんじゃね?」
れぃ「……だな。それよりボチボチ行かねぇと、ここで美紅里ちゃんに追い付かれてしまうぞ……」
ゆき「だな。よし、まみ、行くぞ!」
どうにも腑に落ちない表情のまみだがのろのろバインディングを付け、滑り出す。
れぃ「……あ、コケた……」
ゆき「まみがいきなり下手くそになってる」
れぃ「……まみのメンタルの影響、エグいな……」
ゆき「とりあえずあたし達も行かずか」
二人は転んだまま動かないまみの所に近付く。
れぃ「……お〜い、まみ〜、生きてるか〜……」
まみ「……死んでる……」
ゆき「ほい、行くぞ!」
またまみはのろのろと立ち上がり、滑り出した。
れぃ「……今度は大丈夫そうじゃん……」
ゆき「でも、まみに『リフト下のコースはリフト乗ってる人から見られるぞ』って言ったら、またコケんだろな」
れぃ「……それな……」
二人は顔を見合わせ、ちょっと意地の悪い笑顔を交わす。
ゆき「よし、行こう!」
れぃ「……あいよ……」
リフト下のコースも落ち着いてターンできるくらいの斜度。
幅は初心者コースよりも狭いが両サイドの縁がせり上がっているので落ちる心配は無い。
れぃ「……このくらいの斜度なら直滑降で行けんじゃね?……」
ゆき「確かに……。まみにも追いつかなきゃいけねぇから、やってみる?」
れぃ「……おけっ……」
そう言うと二人は直滑降でまみを追いかける。
れぃ「……うん。思ったとおりさほどスピード出ねぇな……」
ゆき「これならあたしも怖くねぇ」
どんどんまみに近付く二人に対し、まみは律儀にターンを繰り返している。
追い付いた二人はそのまままみを追い抜く。
れぃ「……おっさき〜……」
ゆき「やっほ〜!」
まみ「あっ!二人ともズルい!」
まみも直滑降に切り替えて二人を追う。
すっかり滑りに集中しているので、さっきのピカチョウボーダーの件も頭から消えていた。
まみが二人に追い付いた頃、リフト下のコースは終わり、美紅里の言う「少し斜度のある所」の入口に来た。
思わず三人はブレーキをかけて止まる。
ゆき「え?ここちょっと斜度、キツくね?」
れぃ「……うん、ちょ〜〜〜っと角度あるな……」
まみ「リフトの上から見た時はそうでも無ぇて思ったのに……ね」
ゆき「どうする?」
れぃ「……どうするも何も行くしかねぇじゃん……」
ゆき「いや、それはそうなんだけど、滑って行くか、それともサイドスリップで行くか……って話」
まみ「あたしは……滑ってみる!」
さっきまでの表情とは打って変わり、キラキラと目を輝かせるまみ。
れぃ「……う……あ、あたしもチャレンジ……しよっか……な?……」
ゆき「何で最後が疑問形なんだよ」
れぃ「いや、だってこれ、覚悟いるだろ!」
ゆき「だから突然キレんな(笑)」
まみ「ゆきちゃん、どうするの?」
ゆき「え〜っと、二人の滑り見てから判断していい?」
まみ「オッケっ!じゃあ見ててね!」
れぃ「……おいおい、躊躇無しかよ……」
まみは斜滑降から上手くブレーキをかけながらターン。
少し自分が思ってたより早くなったせいか、長めの斜滑降でスピードを落とし、また次のターンに繋げる。
ゆき「おお〜〜!まみ、すげぇ」
れぃ「……ん。あたしもできそうな気がしてきた……」
ゆき「れぃも?」
何度かターンを繰り返し、緩斜面まで滑り終えたまみが両手で手を振りながら、ゆき達に何か言っているが何を言っているかは聞き取れない。
れぃ「……よし。あたしも行ってみる……」
れぃは立ち上がり、少しおっかなびっくりと言う雰囲気はあるものの、斜滑降からターンに繋げる。
3回ほどターンした所で、一度止まって座る。
すぐに立ち上がり、続きを滑り始める。
今度はさっきより少しスピードを出している。
2回目のターンを終えた直後、怖くなったのかへたり込むようにお尻をついて止まる。
また滑り出し、まみと合流した時に二人でハイタッチしている。
ハイタッチの直後、バランスを崩してれぃが転んだ。
転んだけど、何やら楽しそうにしているのが、声は聞こえないもののゆきには見て取れた。
ゆき「次はあたし……う〜ん、どうしよっかな……」
美紅里「おっ!頑張ってるね」
ゆき「あ、美紅里ちゃん」
美紅里「二人は滑り降りたの?」
ゆき「うん。れぃは何度か転んだけど……」
美紅里「ゆきはどうするの?」
ゆき「えっと……頑張って……みる?」
美紅里「知らないわよ、ゆき自身の事でしょ」
さっきれぃが疑問形で言ったのをツッコんだゆきだが、今度は自分が疑問形での会話になっているが、本人はそれに気づいていない。
そう言うと美紅里はクスリと笑う。
ゆき「え〜〜っと……じゃあ、行く」
ゆきは少しサイドスリップで滑った後、斜滑降に入った……と、思ったら、またサイドスリップ。
美紅里「ほれ、頑張れ〜。さっきの滑りだったらいけるよ。落ち着いて。」
ゆきは無言で頷き、また滑り出す。
ゆっくりとした斜滑降から少し慌てたようなターンだったが、無事にターンを終え、斜滑降に繋げる。
美紅里はその後ろをついて滑る。
美紅里「ゆき!シルフィードよ!」
その声がゆきの耳に届いた瞬間、一気にゆきの姿勢は前傾になり、滑りが安定する。
美紅里「よし、ターンいくよ、はーい、イチ、ニー、サンっ!」
掛け声に合わせてゆきがゆっくり大きなターンで弧を描く。
美紅里「いいね!次は自分のタイミングでターンしてみよう!」
ゆき『シルフィード……シルフィード……あたしのイメージしてるシルフィードは、こう……重心を低くして剣を構えて敵を両断!』
ゆき「シルフィード!」
ターンに入り加速する。
しかしゆきは臆する事なくターンを続け、斜滑降に繋げた。
美紅里「今のターン、良かったよ!」
美紅里『でも、今のターンの時の腕の動き、何だったんだろ……?』
もちろん美紅里はゆきがイメージの中で剣を構えている事など知る由もない。
ゆきはその後もシルフィードをイメージし続け、安定した滑りでまみ達と合流した。
美紅里「じゃああたしはペアリフト乗り場に先に行ってるからね」
まみ達の横をすり抜け、そう言い残して美紅里は滑り去った。
まみ「美紅里ちゃん何で一緒に行かなかったんだろ?」
その疑問はすぐに理解する事になる。
れぃ「……止まってしまった……」
ゆき「ここ微妙に上りになってねぇ?」
まみ「だから美紅里ちゃんは勢いそのままここを登って行ったんだ」
三人はハァハァ言いながら片足のバインディングを外して緩やかな上りを進む。
ようやく上りきり、また板を履いて滑り出す。
美紅里「お〜、来た来た。じゃあリフト乗るよ〜」
ゆき「み……美紅里ちゃ……ちょ……待って……」
まみ「キツい〜〜〜」
れぃ「……」
れぃも何か言ったが聞き取れた者はいなかった。
美紅里は先にペアリフトに乗り、後から来たまみ達もそれぞれリフトに乗る。
ペアリフトは短い距離を上り、すぐに降りる事になる。
リフトを降りるとその先で美紅里が手を振っている。
美紅里「もうすぐゴンドラ来るよ〜急げ〜」
バタバタとたどたどしいスケーティングで美紅里の元に向かう三人。
美紅里と合流し、左足のバインディングも外し、板をかついでゴンドラ乗り場に向かう。
ゴンドラ発車時刻まぎわだったが、思いの外空いていて4人とも座る事ができた。
ゆき「あ〜しんどかったぁ」
まみ「雪の上を登るのって、何でこんなにしんどいんだらず」
れぃ「……さっきので完全にエネルギー切れた……」
美紅里「あら、ちょうど良かった。このあとお昼ごはん食べに行くわよ」
ゆき「おひるっ!」
まみ「何食べよう」
さすがは女子高生である。
現金なもので、「お昼ごはん」と聞いた途端元気になる。
れぃ「……どこに食べに行くの?……」
美紅里「ゴンドラ下りて、1本ペアリフト乗って、その途中にあるレストラン」
ゆき「おすすめある?」
美紅里「ふっふっふっ……私はここに来たらいつもそこでビーフシチューを食べるのよ」
ゆき・まみ・れぃ「「「ビーフシチュー!!」」」
美紅里「なくなり次第終了なんで、ちょっと早めに行く訳」
まみ「早く行かずか!」
れぃ「……ゴンドラ乗って早く行こうもねぇじゃん……」
ゆき「美紅里ちゃんがいつも食べるって事は相当美味しい?」
美紅里「お肉トロトロ」
ゆき「早く行かずか!」
れぃ「……ゆきもかよ……」
ゴンドラを下りて駅舎から少し登る。
ビーフシチュー効果か、三人とも足取りは軽い。
美紅里「あのペアリフト乗るわよ。板、付けて」
板を履き、ペアリフトに乗る。
ペアリフトに乗って少し上ると美紅里が右手のログハウス調の建物を指差す。
美紅里「ここに行くからね〜」
まみ「オシャレ〜」
れぃ「……これは美味しい物が食べれる予感……ん?……ゆき?……」
ゆき「あれ、何?……」
ゆきが指差した先にはスノーパークがあった。
ゆき「え?あれ、ジャンプ台?うそっ!飛んだ!凄いっ!」
れぃ「……なんか平均台みてぇなのもあるな……」
ゆき「すげぇ!片足だけで乗って滑ってる!」
れぃ「……なんか手すりみてぇなのもあるぞ……」
ゆき「ホントだ……あ、あの人手すりの方行った……っえぇぇぇぇぇ!何で手すりの上なんかに乗って滑れんの!?」
れぃ「……ゆき、落ち着け……」
ゆき「うわっ!ジャンプして回った!」
いつも元気な雰囲気のゆきだが、あからさまにテンションが違う。
ゆき「何?プロの人?それとも雑技団とか?」
れぃ「……わーった、わーった。ビーフシチュー食いながら美紅里ちゃんに聞こうな……ほれ、降りるぞ……」
リフトを降り、美紅里が「板履いて」と言う前に三人は既に履き始めている。
それでも一番早く板を履いたのは美紅里だ。
美紅里「先に行くよ。あと、パークは横切らないように。パークアイテムが終わった所から左に寄ればレストランに行けるから」
れぃ「……あいさー……」
れぃが敬礼で答える。
ゆき「それより美紅里ちゃん!そのパークって……」
既に美紅里は滑り出してしまっていた。
ゆき「ね!あのパークっての、近くで見たい!」
れぃ「……あぁ、横滑る分にはいいんじゃね?……」
ゆき「じゃあ、先行くね!」
いつもは滑り出しを躊躇するゆきが、れぃやまみより先に滑り出し、しかも驚くほどスムーズに滑って行く。
そしてパークと滑走バーンを仕切るネット沿いまで行き、そこで止まってサイドスリップをしながらパークにエントリーしている人達を見学している。
まみ「ゆきちゃんどうしたの?」
れぃ「……いや、なんかあのパーク?ってのに凄い興奮してて……」
まみ「確かに凄いね〜。何年くらいやったらあんなのできるようになるんだろ?」
れぃ「……だよな?……」
まみ「何が?」
れぃ「……反応……」
まみ「反応?」
れぃ「……あたしらみてぇなド素人の目で見るじゃん……凄いな……ってのはわかるけど、何て言うかスノボの次元が違うって言うかさ……遙か先の技術でぼんやりと『すげぇ』くらいの感じでしか捕らえられねぇんよ……」
まみ「うん。わかる」
れぃ「……でもゆきのテンションの上がり方はソレじゃなかったんよ……例えるだら『推し』を見つけたような、そんな感じ……」
まみ「ふ〜ん……ま、とにかくあたし達も行こっ!ビーフシチュー!」
れぃ「……ん。ま、いっか……」
れぃの例えた「推しを見つけたような」……と言う表現は的を得ていた。
ゆきがしているコスプレ。
ゆきが憧れているキャラクターと言ってもいいだろう。
四精霊戦記と言うアニメのシルフィードと言う風の精霊を操る女騎士。
風の精霊の力を使い、身軽で俊敏で、そして精霊の力を使った空中戦を得意とする女騎士だ。
ターンの時に「シルフィード!」と言っているのも、劇中でシルフィードが風の精霊の力で少し浮いた状態で地を這うような高速移動をイメージしていたからだ。
つまり、パークのキッカーの動きやパークアイテムでの技はゆきのイメージするシルフィードの動きそのものだったのである。
まみもれぃも四精霊戦記は見ているし、シルフィードの戦いのシーンもアニメを見て知っている。
だが、まだ二人にはパークの動きがシルフィードの動きとマッチングするイメージには至らなかった。
レストランへ向かうゆきの頭の中は、シルフィードのコスプレでスノーパークでシルフィードの動きを再現する自分自身のイメージで溢れていた。
この時、ゆきの目指すスノーボードの方向性が決まった。