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第24話「ゴミ拾いの刑」

「第24話〜ゴミ拾いの刑〜」


大学生くらいの三人組にナンパされると言う想定外の事態に、逃げ出したいが逃げ出せないゆき達。


ゆきは精一杯「あっち行けオーラ」を出しているが、それを感じ取っていないのか、感じ取っていながら気付かないフリをしているのか彼等のプッシュは続く。


「実は俺達、インストラクター資格持ってんだよね」

「そうそう!本来なら半日で1万とかインストラクター代かかるけど、もちろんそんなのいらないし」

「俺達こう見えて、結構有名なライダーなんだ〜」


れぃ『……なんじゃこいつら、ナンパ下手くそか……』


ボソっと言ったれぃの言葉が聞こえたのはまみだけだった。


大学生達は謎のテンションで話を進めている。


ゆき「あ……あの…、あたし達、教えてくれる人いるんで大丈夫です……」


もちろんその程度で引き下がらない。

「さっきから見てたけど、ずっと三人だったじゃん」

「あ、遠慮とかしなくていいよ」

「1本一緒に滑ったら『よかった』って思えるから」


ゆき「いえ、あの、本当に結構です……。教えてくれる人もすごく上手いんで」


大学生達は顔を見合わせて笑う。

「上手いって言っても素人でしょ?」

「俺達、プロのインストラクターだよ?」

「それに教えてくれる人が君たちに付いて無いとか、そんなのあり得ないじゃん」


小ばかにしたような笑い方で笑う。


……が、次の瞬間以降、彼等の表情が一変する。


「へぇ〜〜〜。浜口ぃ〜、佐藤ぉ〜、北浦ぁ〜、あんた達いつの間にイントラ資格とか取ったんだい?どの程度教えれるか是非あたしに見せてよ」


急に名前を呼ばれた彼等はビクっと体を震わせ、ぎこちなく振り返るとそこには美紅里がいた。


「え……?誰……?」

困惑する佐藤と呼ばれた男。


美紅里「へ〜、声聞いてわからないんだ。あたしだよ」


そう言うと美紅里はゴーグルとフェイスマスクを外した。


「「「にっ……二階堂先輩!!!」」」


声をかけてきた女性が美紅里だとわかるやいなや、彼等は背筋を伸ばして直立不動になる。


美紅里「で?誰がイントラになったって?」


佐藤「いや、あの、イントラ目指してるって言うか、ゆくゆくはイントラ資格取りたいって言うか……」


浜口「え……ってか、こちらのお嬢様方は二階堂先輩のお知り合いですか?」


美紅里「あたしの教え子」


美紅里は冷ややかな目つきで答える。


北浦「いや、僕達は、あの……親切心で……」


言い訳っぽく喋りだした北浦の言葉を遮るように美紅里が通る声を上げる。


美紅里「北浦ぁ!」


北浦「はいぃっ!」


北浦と呼ばれた大学生がさらにピシと背筋を伸ばす。


美紅里「『上手いって言っても素人』のあたしより上手くなったんだ?」


北浦「いえ、あの、二階堂先輩はプロ資格とか持っておられませんけど、実力はプロ級って言うか……」


美紅里は最後まで聞く事なく、隣の男性に視線を切り替える。


美紅里「佐藤ぉ!」


佐藤「はいぃぃぃっ!」


佐藤も体に電気が走ったかのごとく背筋が伸びる。


美紅里「あんた、あたしにスノボ教わった時、あたしはあんたに付きっきりだったっけ?」


佐藤「はい!あの……的確なアドバイスの頂いて、それができるまでは自主トレと言う方法でした!」


美紅里「だよね〜〜〜。その方法はあり得ないって感じなんだ?」


なじるような目つきでうつむき加減の佐藤をしたからねめつける美紅里。


佐藤「いえ!非常に合理的です!」


フンと荒い鼻息をつき、視線を最後の一人に移す。


美紅里「浜口ぃ!」


浜口「はいっ!」


浜口も背筋をシャンと伸ばし、美紅里と目を合わさないようにしているかのごとく斜め上に視線を向け、まるで応援団のように背中側の腰のあたりで両手の拳を合わせるように立っている。


美紅里「彼女は元気か?」


今度は先程と打って変わって美紅里の表情は笑顔だ。

だが、目は笑っていない。


浜口「はいっ!今日はバイトで来れませんでしたが元気です!」


美紅里「だよね〜〜〜。あたしも昨日ちーちゃんからLINEもらったし。仲良くやってるみたいじゃん」


まだ笑顔を崩さない美紅里。


浜口「え……あ、はい……まぁ」


美紅里「で?あんたはここで何やってんの?」


浜口「えっと……あの……佐藤達に随分前からスノボ誘われてまして……」


美紅里「なるほどなるほど。ちーちゃんがバイトだからバレないと思ってスキー場でナンパしてんだ」


浜口「いや、僕はそんなつもりじゃなくって、いや、ホントに……」


美紅里「ふ〜〜〜〜ん」


そう言うと美紅里は目を細くして疑うような目つき、そして口元は軽く口角が上がっている。


美紅里「さーて、お前達に紹介したい人がいまーす。まみ、ちょっとこっちおいで」


まみ「あっ……あたしっ!?」


突然呼ばれたまみは声がひっくり返る。


そしておずおずと美紅里の横に来て、不安そうに美紅里を見る。


美紅里「まみ、ゴーグルとフェイスマスク外してこのバカ三人に挨拶しな」


まみ「えっ?えっ?」


美紅里「い〜からい〜から。顔出して名前言うだけで面白い事になるから」


そう言うと美紅里はニヤ〜と笑う。

とても悪そうな笑顔だ。


まみはおどおどとゴーグルとフェイスマスクを外し、小さな声ではあるが挨拶をする。


まみ「えっと……、あの……浅野真由美です」


浜口「あっ……あああああ浅野先輩!」


美紅里「……の、妹〜」


大学生三人はあきらかにうろたえている。


美紅里「で、あたしの今の教え子」


あきらかに挙動不審になる大学生達。


美紅里「まみ達にも紹介するね。こいつらあたしの行ってた大学のスノーボード部の部員で、あたしと紀子の後輩。……で、この浜口ってのの彼女が、スノーボード部であたしが可愛がってた後輩で紀子の親友」


佐藤・北浦・浜口「「「はわわわわわわわわ」」」


美紅里「インストラクターなんて大嘘。ちょっと滑れるようになって調子こいてスキー場でナンパとかしてるバカタレどもだ」


さっきまでの俺様的な態度は何処へやら。

大学生達は皆、ちっちゃくなっている。


そこに追い打ちがかかる。


「あ〜、いたいた!美紅里さ〜ん!真由美〜!」


天賦の才能と言うのだろうか。

ののこの絶妙のタイミングで現れるスキルがこの日も発動。


ののこ「冬休み入ったんで実家帰って来たら、お母さんから真由美がスノボ行ったって聞いてね。じゃあ美紅里先輩も一緒だと思って」


美紅里「よくここって判ったね」


ののこ「初心者連れて行くならここだと思ったし……って、あれ?佐藤、浜口、北浦じゃん。あんた達何でいるの?」


美紅里「浜口達は偶然」


佐藤・北浦・浜口「「「浅野先輩、ちゃーっす!」」」


ののこ「おーっす!すごい偶然だね〜。広いスキー場なのによく美紅里先輩見付けたね」


美紅里「いや、逆」


ののこ「美紅里さんが見付けたの?」


美紅里「結果的にね」


ののこは訳がわからないような表情だ。


状況を理解したれぃに笑いの神が降りる。


れぃ「あたし達、このお兄さん達にナンパされました」


いつものボソボソと喋る喋り方ではなく、いつになくハキハキと喋るれぃ。

ややもするとキャラを作って喋っている感じさえある。


大学生三人はビクっとして、ゼスチャーでれぃに「それは言わないで」をアピールするが時すでに遅し。


ののこ「は?…………あ゛ぁ゛ん?」


実際に爆笑したのは美紅里だけだ。


ののこ「は〜ま〜ぐ〜ちぃ〜!あんたちーちゃんって彼女が居るのにナンパだと?しかもあたしの妹とその友達を?」


浜口「いやっ!僕はその……佐藤達につき合ってと言うか……」


れぃ「一番最初に声かけて来たのは浜口さんです」


思惑通りの展開にれぃがたたみかける。


ののこ「あ゛ぁ゛?」


浜口「いや、僕達はビギナーの子がいてたんで親切心でレクチャーしてあげようとしただけで、下心とか無くって……」


れぃ「お兄さん達インストラクターされてるそうですね」


ののこ「は?浜口がイントラ?」


れぃ「何でも有名なボーダーさんだそうで」


ののこ・美紅里「はぁ?」


大学生三人は既に泣きそうな表情だ。


美紅里「有名なボーダー?誰が?」


れぃ「このお兄さん達。そう言ってましたよ。有名なボーダーさんだなんてすごいなぁ〜って思いました」


あきらかにこの状況を楽しんでいるれぃ。


ののこ「呆れた。あんた達、バカで有名かチャラいので有名ってのが関の山じゃん」


美紅里「あんた達、自分で有名とか言うなよ恥ずかしいな〜」


れぃ「あたし達にマンツーマンで教えてくれるって言ってて……」


ののこ「やっぱナンパじゃねぇか!」


とうとうののこの蹴りが入る。


浜口「ぐほぁ!」


ブーツを履いた状態での蹴りはなかなか強力だ。

浜口はもんどり打って倒れる。


とうとうナンパした事実を認め、平謝りに謝る浜口達三人。


特に浜口は彼女に隠れてナンパしていた事実があきらかになった為、ずっと頭を下げっぱなしだ。


ののこ「美紅里さん、こいつらどうします?」


美紅里「どうしますも何も、今のスノボ部部長は紀子でしょ。あんたが決めなさい」


ののこ「あ〜い……。じゃあ、スノボ部規約の『他人に迷惑かけない』と『部の品位を落とさない』に抵触してるって事で、三人には『ゲレンデ及び駐車場のゴミ拾い』の刑ね。一人一袋分のゴミ拾いやって成果をあたしのLINEに送ってくる事。よし、じゃあ行け!」


佐藤・北浦・浜口「「「はいっ!」」」


美紅里「あと、浜口はちーちゃんに何か土産買って行ってやる事!それで今回は目をつぶってやる。次は無ぇぞ」


浜口「はいっ!」


そう返事すると三人はそそくさとリフト乗り場に消えて行った。


ののこ「ごめんね〜、うちのバカタレどもが」


ゆき「びっくりしました」


れぃ「……後半は面白かった……」


そう言うとれぃはニヤリと笑う。


ののこ「れぃはなかなかいい性格してんな」


ののこもニヤリと笑う。


美紅里「ま〜ったく、我が後輩ながら恥ずかしい奴等だ」


ののこ「真由美は大丈夫だった?」


まみ「ん?あれ?お姉ちゃん?」


れぃ「……まみ、安定のフリーズだな……」


気を取り直し練習再開。


ののこを加えた5人でリフト乗り場に向かう。


まみはののことリフトに乗る。


ののこ「おっ!スムーズにリフト乗れるじゃん」


まみ「うん。最初はバタバタしてたけどね」


ののこ「どのくらい滑れるようになったの?」


まみ「爪先側のターンまで。この後かかと側のターンの練習」


ののこ「今日初日でしょ?早いじゃん」


まみ「それよりお姉ちゃん、美紅里ちゃんって何者?」


ののこ「あんたの学校の教師」


まみ「それは解ってる。そうじゃなくって!」


ののこ「ははは、冗談冗談」


ののこはカンラカンラと笑う。


ののこ「美紅里さんとは高校の演劇部で知り合って、あたしが1年の時に美紅里さんが3年で部長」


まみ「うん、それは前になんとなく聞いた」


ののこ「美紅里さんは、部長であると同時に役者、シナリオ、演出、監督も兼ねてて演劇部の絶対的王者と言うか、最早『神』的な存在だったのよ。顧問の先生も美紅里さんに丸投げだったし」


まみ「へぇ〜〜〜」


ののこ「で、さらに美紅里さん美人でしょ?男子からも女子からも人気あったんだけど、高嶺の花過ぎて近づき難い雰囲気あったのよ」


美紅里は自分の事を後ろのリフトで喋っているとは露知らず、ゆきの何やらゼスチャーを交えて話している。


ののこ「特に演劇部の部員からしてみたら、美紅里さんってめっちゃ怖いって言うか厳しい先輩でね。美紅里さんが部室に入って来るだけで空気がピシっとしたもんよ」


まみ「お姉ちゃんと仲良くなったのはいつ?」


ののこ「夏休み前に、夏休み中に行われる県の高校演劇祭の練習してる時」


まみ「何かあっただ?」


ののこ「ほら、あたしこんな性格じゃん?他の人は美紅里さんに対して怖がってたり近づき難いとか思ってたけど、あたしはそうでも無かったのよね〜、何故か」


まみ「お姉ちゃんらしい」


ののこ「で、その演劇の演出について、どうしてもあたし納得できない事があったのよ。んで、美紅里さんに物申した訳」


まみ「ふ〜ん」


ののこ「あんた『ふ〜ん』って言うけど、当時の部員達は入ってまだ数ヶ月の1年生が絶対王者の美紅里さんに物申した訳だから他の部員は全員顔面蒼白よ」


まみ「そんなに美紅里ちゃん恐れられてたんだ」


ののこ「んで、またあたしが『部長』とか『二階堂先輩』とか言わずにいきなり『美紅里さん』って思わず名前で呼んじゃったのよ」


まみ「なんでいきなり名前だったの?」


ののこ「なんか『にかいどう』って長いし言い難いし、それに単純に『みくり』って名前が素敵だな〜って前から思ってたから、思わず……ね」


まみ「で、どうなっただ?」


ののこ「美紅里さんは特に名前で呼ばれた事を気にする事もなく、あたしの演出アイデアを検討してくれて、結果的にそのアイデアを元に美紅里さんが演出を考え直してくれたの」


まみ「それから?」


ののこ「その日の練習の後、美紅里さんに呼び出されて……」


まみ「怒られた?」


ののこ「いや、逆。今まで美紅里さんに物申す人なんて居なかったから、美紅里さんは逆に嬉しかったらしく、演劇の事を暗くなるまで話し込んだの。そこからなんか美紅里さんと親しくなってね。今考えたら『人懐っこい』を通り越して『空気読めないクソ生意気な1年生』だったと思う」


まみ「他の人から叩かれたりしなかった?」


ののこ「無くは無かったけど、あたしがそんなの気にしなかったし、それにソレも含めて美紅里さんがあたしの事を認めてくれたから、そんなのも次第に無くなった」


まみ「美紅里ちゃんの影響力、すご過ぎねぇ?」


ののこ「美紅里さんはそうなのよ。だから大学のスノボ部でも何をする訳でもないのに皆の憧れでありながら恐れられてる存在になったの。だから真由美達や学校の子達が美紅里さんの事を『ちゃん』で呼んでるのを聞いて正直すごいびっくりした」


まみ「あたし、このまま美紅里『ちゃん』って呼んでていいのかな(汗)」


ののこ「いいんじゃない?美紅里さんもあれでまんざらじゃないみたいだし。でも『つーちょん』って言ったらたぶん怒られる(笑)」


まみ「それは言えねぇ(苦笑)」


ののこ「でもね、あたしが学生時代、美紅里さんに『つーちょん』のニックネーム付けた時も、他の部員は顔面蒼白だったけど、美紅里さんはけっこう喜んでたんよ。ニックネーム付けられるの初めてだったらしくて」


「そうだろうな」とまみは思ったが口には出さなかった。


ののこ「それが気にいってレイヤーネームも『つーちょん』使ってる訳だし。あ、でもレイヤーとして有名になっちゃったから学校で言うとたぶんめっちゃ怒られるwww」


まみ「確かに柳江くんが美紅里ちゃんの事を『つーちょん』って言った時、えれぇうろたえてたもんね」


ののこ「あれは面白かったwww。あ、そろそろリフト降りるよ」


リフトを降りた二人。

既に降りていた美紅里、ゆき、れぃの三人と合流。


美紅里「はい、じゃあかかと側のターンやるよ。紀子、あんたはどうすんの?」


ののこ「付き合いますよ〜。一応スノボ部の部長だから後輩指導の練習もしなきゃいけないから勉強させてもらいます」


美紅里「生意気言うんじゃないの!」


そう言うが、美紅里の声は楽しそうだ。


まみは二人のやり取りを見て、美紅里とののこの相性がとても良いんだなと改めて思った。


美紅里「はーい、じゃあかかと側のターンね」


美紅里とののこはパッとビンディングを装着。

まみ達はもたもたとビンディングを装着して準備完了。


美紅里「かかと側のターンも爪先側のターンと一緒。ただブレーキかけるエッジがかかと側ってだけ。だから左足に体重を乗せて直滑降。その後右足のかかとを引きずるように体の正面側に押し出す。ののこ、やって見せて」


ののこ「ほいっ!」


そう言うとののこは滑り出す。

直滑降から右足のかかとを雪面に押し当てるようにズラして板の向きを変える。

そしてそのまま斜滑降。


美紅里「あんな感じ。じゃあやってみよう。左足に体重乗せるのを意識してね」


美紅里に促されるわけでもなく、まみが滑り出す。


まみ「直滑降から〜〜〜、かかとをズラす!」


ザッと音を立てて板の向きが変わり、そのまま斜滑降に繋げる。


まみ「できた!……って、爪先側より簡単?」


ののこ「左足にちゃんと体重乗せてたら簡単に感じるだろうね」


美紅里「次、れぃ!」


れぃ「がってん」


れぃは恐る恐る直滑降に入る。

ちゃんと左足に体重は乗っている。


れぃ「……で、ズラす!……ぎゃぶっ!」


板をズラした瞬間、爪先側のエッジが雪面に引っかかり、れぃはうつ伏せに倒れる。


だが、転ぶ練習をしっかりしたおかげか、きれいなスライディング。


れぃ「いったぁ〜〜〜」


美紅里「おー、派手に行ったね〜。怪我はない?」


れぃ「……痛いけど大丈夫……」


美紅里「よし。いい転び方だ。……で、今れぃが転んだのが『逆エッジ』と言われるもの。麓方向に板のベクトルがかかってる時に麓側のエッジが雪面に着いて躓く感じになる……って、れぃ、聞こえた〜?」


れぃ「え〜〜〜っ?聞こえねぇっす!」


美紅里はスッとれぃの所に近づき、同じ説明を行う。

れぃはウェアに付いた雪を落としながらふんふんと聞いている。


そして再度挑戦し、今度はしっかりとかかとを引きずるのを意識して板をズラし、ターン成功。


美紅里「はーい、じゃあゆき、行こう!」


れぃの転倒を見て、また少し腰が引けているゆき。


美紅里「ゆき、シルフィードだぞ!」


ゆき「シ……シルフィード!」


勇気を出して左足に体重を乗せて直滑降。

そこまでは良かったが、その事に集中し過ぎて、思わず爪先側のターンをしてしまう。


ゆき「あ、逆だ」


美紅里「一度座ったままで一連の動きをイメージしてみ?」


ゆき「え〜っと……シルフィードして……かかとを押し付けるようにして足を押し出す……よし!行くっ!」


さっきよりはリラックスした感じで直滑降。


もちろん「シルフィードっ!」と気合いの声を出していたが、ターン成功。


ののことまみの待っている所に全員集合した。


美紅里「うん、上出来。じゃあ、麓までかかと側のターンの練習。一応釘を刺しておくけど、爪先側のターンは禁止ね。爪先側ターンをやると頭の中こんがらがるから。めんどくさくてもかかと側のターンだけ」


まみは少し不服に「え〜」と小声で言ったが、美紅里はあえて取り合わない。


美紅里「じゃあ、あたしは滑ってくるから。紀子、行くよ」


ののこ「うぃっス!」


美紅里「紀子、先行しな。滑り見てあげる」


ののこ「お手柔らかにおなしゃす」


そう言うと二人はポンっと飛び跳ねたかと思うと一気に滑り出した。


あっと言う間に小さくなる二人。


れぃ「……二人とも速えぇ……」


ゆき「もうリフト乗り場だ……あ、ののこさんが美紅里ちゃんに叩かれてる」


自分達に教える時と違う感じに、美紅里と自分達は先生と生徒、美紅里と姉は先輩後輩の間柄なんだな……と改めて思うまみ。


まみ「じゃあ、練習しよっか」


れぃ「……体重を左足にのせて……」


ぶつぶつと頭の中でやり方を反復するれぃ。


ゆき「あたしから行っていい?まみ、見といて!」


そう言うとゆきは滑り出した。


ターンする時に小さく「シルフィード!」と言うのが聞こえる。


見事にターンを成功させて戻って来る。


ゆき「見た?見た?あたし凄くね?」


どうやらゆきは納得の行くターンができたようだ。


れぃ「……負けてらんねぇ……」


続いてれぃがスタート。


斜滑降から直滑降に移行し始めたが、何かタイミングが合わなかったのか、再び斜滑降。

そこからまた少し進んで直滑降に入る。

そこから「えいっ」と言う声が聞こえて来そうなターン。

止まりそうになったが、斜滑降に繋げて戻って来た。


れぃ「……なんか頭の中ごっちゃになってしまった……」


ゆき「わかる〜。美紅里ちゃんが爪先側のターンを禁止したのわかるわ〜」


まみ「じゃあ、あたしも行くね」


あきらかにゆきやれぃに比べてスピード速い。

スーっと斜滑降で滑って行く。

……と、思ったら、直滑降に入る直前に仰向けにバターンと倒れた。


ゆき・れぃ「「!?」」


慌ててゆきとれぃがまみの元に駆けつけ……いや、滑り寄る。


ゆき「まみ!大丈夫?」


れぃ「なんかえれぇ派手にコケたぞ!」


まみ「コケたぁ〜」


れぃ「……いや、それは見てりゃぁわかる……」


ゆき「とりあえず大丈夫そうだな」


れぃ「……いったい何があった?……」


まみ「斜滑降から直滑降に入ろうとしたらかかと側のエッジがガッてなって、気付いたらコケてた」


ちょうどその横をリフトで通りかかった美紅里とののこ。


美紅里「お〜い、大丈夫か〜?」


まみ「コケた〜」


美紅里「見てた〜。それ、逆エッジ!いきなりエッジを切り替えたからエッジが引っかかったんだ!」


そして美紅里はそのままリフトで上に上がって行く。


まみ「え〜……、あれ〜?こうするんじゃ無かったっけ〜」


ゆき「まみ、もっぺんやってみ?」


まみ「コケんのヤなんだけどなぁ〜」


そう言いながらも立ち上がり滑り出す。

転んだ事による恐怖心からか、さっきに比べたらかなり慎重だ。


少し斜滑降で滑り、また直滑降に入るタイミングで仰向けに転ぶ。


まみ「まただ〜!何で〜?いきなり出来なくなった〜」


ののこ「あんたいきなりエッジ切り替え過ぎ」


またタイミング良くののこが現れる。

数秒遅れて美紅里も滑り下りて来た。


美紅里「まみ、『曲がろう曲がろう』と思ってプロセスを省略してるぞ」


まみ「え?」


美紅里「斜滑降から『ゆっくり慎重に』直滑降。その後右足を前に押し出すようにターンだ。まみは斜滑降からいきなりターンしようとしてるからエッジが引っかかったのよ」


そう言うと美紅里は胸ポケットからスマホを取り出し、スマホを板に見立て、反対側の手をゲレンデの斜面に見立てて説明し始めた。


美紅里「斜滑降はゲレンデの斜面に対して、爪先側のエッジを引っ掛けている状態。ここから『ゆっくり慎重に』エッジの引っかかりを緩めて雪面にソールがフラットになるようにしながら直滑降。直滑降しながらエッジを切り替えてかかと側のエッジを雪面に引っ掛けてターン。細かく解説するとかかと側のターンってこういう事をしてる訳」


三人はふんふんと真面目に聞いている。


美紅里「で、まみの斜滑降は大げさに言うならノーズが気持ち山頂側を向いて板をズラしながら斜滑降してたの」


まみ「間違ってる?」


美紅里「間違ってはいないけど……。さて、まみ。その状態でいきなりかかと側のエッジに切り替えたらどうなる?」


まみ「かかと側にひっくり返る」


美紅里「そう。さっきのまみはそうなってたの。直滑降へのプロセスを飛ばしていきなりかかと側のエッジに切り替えたからひっくり返った」


まみ「あ、確かに。ターンしようとかかと側のエッジを利かす事ばっかり考えてた……かも」


美紅里「ターンができるようになって、スピードに慣れるとよく陥るのよ、これ」


まみ「あ、でもでも、さっき美紅里ちゃんとお姉ちゃんが滑っていった時、斜滑降の途中でいきなりエッジ切り替えてスーってかかと側のターンしてたよ」


美紅里「まみ、よく見てるね〜。あれはあなた達が練習しているドリフトターンじゃなく、エッジだけで滑るカービングターン。そもそもやり方が違うの。紀子!」


ののこ「ほいっ!」


美紅里「カービングとドリフト、それぞれ見せてあげて」


ののこ「あいさー!」


美紅里「ゆっくりね」


ののこ「了解!」


そう言うとののこは滑り出す。


美紅里「まずはドリフトターン。ターンをしながら板をズラしてるでしょ?……次がカービング。滑った跡が一歩の線でしょ?つまり板をズラさないようにするターン」


そう言うと美紅里はののこが滑ってできた跡の所まで行き、まみ達を手招きする。


美紅里「ここ見て。ドリフトターンの時は斜滑降から板をフラットにするから滑った跡は引きずった感じになる」


美紅里はまた少し下って手招きする。


美紅里「で、これがカービングの跡。爪先側のエッジから一瞬でかかと側のエッジに切り替えてるから……、ほらココ。爪先側のエッジ跡が途切れて、かかと側のエッジ跡に切り替えてる。この2本のエッジ跡は平行でしょ?だからエッジを切り替えてもエッジが引っかからないの」


れぃ「……なんかよくわかんねぇけどすげぇ……」


ゆき「この練習はかかと側のターンの練習の次?」


美紅里「まだまだずっと先よ」


ののこ「あたしもカービングできるようになったの、わりと最近よ」


まみ「あたし、斜滑降の時、エッジだけで滑ってる気になってた」


美紅里「その錯覚が逆エッジの原因。紀子の斜滑降の跡と、自分が斜滑降した跡を見比べてごらん?その差がわかるから」


まみは「やってみる」と言うと同時に斜滑降で滑り出し、しばらくして止まって振り返る。


ののこが滑った跡は一本の線なのに対してまみの滑った跡は帯のような跡になっている。


その直後、美紅里がまみを追うように滑り出す。


美紅里「まみ、見てて」


そう言うと、美紅里はまみの滑りを真似する。


ゆっくり滑りながら説明する美紅里。


美紅里「まみが斜滑降してる時、こんな感じなの。右足側の爪先のエッジで雪面を削ってるような滑りになってるでしょ?この状態でエッジをかかと側に切り替えたら……わかるね?」


まみ「うん!なるほどっ!すっごいわかった!」


美紅里「はい、じゃあかかと側のターンの練習再開!」


美紅里に促され、各々滑り出すまみ達。

それを美紅里とののこが見送る。


美紅里「まみって紀子によく似てるね」


ののこ「よく言われます」


美紅里「外見じゃないわよ」


ののこ「性格はかなり違いますよ」


美紅里「それもわかってる」


苦笑いする美紅里。


美紅里「そうじゃなくって、まみもあんたも、物事をよく見てるのよ。あの子スノボ初日よ?あたしもたくさんビギナーにスノボ教えて来たけど、初日でエッジの切り替えを見てるなんて、紀子とまみくらいよ」


ののこ「えへへ〜」


美紅里「しかもどうやらまみもスピード狂っぽいしネ〜」


ののこ「あ、それは血筋です。あたしの一家全員スピード狂なんでwww」


美紅里「まったく……あんた達姉妹は……。あ、ゆきがコケた。さ、行くわよ」


ののこ「あいさー」


そこからリフト数本練習し、連続では無いが爪先側のターンもかかと側のターンもできるようになった三人。


疲れの色が見え始めたのでこの日はここまでにする事にした。


まだ三人とも滑りたそうにしていたが、そこはののこがたしなめ引き上げた。


「まだできる」と言っていた三人だが、着換えて美紅里の車に乗り込むと10分と経たずに三人とも眠りこけてしまった。


美紅里「やれやれ、そうだと思った」


小さく笑うと美紅里は学校に向かって車を走らせた。

ののこも学校からまみを乗せて帰る為に同行。


学校に着いてまみ達が荷物を置いて戻って来るまで、ののこは車でスマホを見ながら待機。


するとののこのLINEに写真が送られて来た。

その写真にはゴミ袋にゴミを詰めて写っている佐藤、浜口、北浦の三人が写っていた。


こうして三人は無事にスノボデビューを果たした。

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