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第23話「コントロールされたスピードと暴走」

第23話「コントロールされたスピードと暴走」


ようやくリフトに乗り、ゲレンデに降り立ったのは既に11時を過ぎていた。


午前中のほとんどは、スケーティングと直滑降からのブレーキに時間を費やした。


これからようやく斜滑降である。


美紅里「板履けた?じゃあまず……れぃ、立って」


れぃ「……またあたしから?……」


美紅里「一番端に座ってるからね」


れぃは何やら不満げだが、美紅里に従い立ち上がる。

まだ立ち上がってもフラフラと安定しない。


美紅里はいつの間にか板を完全に外している。

立ち上がったれぃの体をそっと支える。


美紅里「はい、じゃあ左の端まで斜滑降で滑るわよ。左足にちょっと体重をかけてみて」


れぃは言われた通り左足に体重をかける。

左足側の板が少しズレてジリジリと左に動き出す。


美紅里はいつでも支えられるように手を添えているがれぃの体には触れず、れぃが進むスピードに合わせて歩いている。


美紅里「はい、じゃあ重心をセンターに戻して」


言われた通り重心をセンターに戻すと、しばらくして止まった。


美紅里「はい、これが斜滑降。ここは端がバンクになってるから行ききったら勝手に止まるから安心して。もちろん自分の意思でスピードコントロールできるならやってみて」


れぃ「……スピードコントロール?どうやって?……」


美紅里「今やったでしょ?進みたかったら左足に重心をかける。スピードを落としたかったら重心をセンターに戻す。さっきブレーキの練習したのの応用。板を麓方向に対して垂直にすれば、雪と板の抵抗で勝手に止まるわよ」


れぃ「……うまくできるかな……」


美紅里「上手くできるようになる為に練習するんでしょうが。はい、じゃあバランスに気を付けて、スタート!」


れぃはおっかなびっくり、左足側に体重をかける。

またジリジリと進み出す。


3m程度進んだ所でピタっと止まった。


れぃ「……あれ?止まったぞ……」


美紅里「いくら重心を左にかけても、真っ直ぐ横には動かないわよ。……そうね……、あのリフトの柱、あれを目指して行けばいいわ」


そう言うと美紅里は少し下にあるリフトの柱を指差した。


れぃ「……おっけ。やってみる……」


今度はスルスルと動き、ゲレンデの端までノンストップで行けた。


ゆき・まみ「「おぉぉぉぉぉ〜〜〜!」」


ぱふぱふと拍手する二人。


美紅里「はいはい、関心してないであなた達もやる!」


続いてまみが滑り出す。

半分くらい行った所でバランスを崩して一度尻もちをついたが、また立ち上がり滑りだす。


最後も止まったのか転んだのか微妙な感じだったが、無事にれぃの所まで行けた。


まみ・れぃ「「いえ〜ぃ!」」

二人でハイタッチ。


美紅里「はい、じゃあゆき、行ってみよう!」


ゆきが立ち上がり、スルスルと滑り出す。


ゆきは一度も転ぶ事も止まる事もなく端まで到達。


まみ・れぃ「「おお〜〜〜〜!」」


まみ「ゆきちゃんすごいじゃん!」


ゆき「うん、なんかちょっとコツつかんだみたい」


三人でキャッキャ言っていると美紅里がいつの間にか来ていた。


美紅里「は〜い、じゃあ今度は反対向きね。コツは同じ。かかと側エッジをしっかりかませて今度は右足に体重乗せる感じね。よし、行ってみよう!」


今度は、多少バラつきはあるがほぼ三人同時に滑り出す。


もちろん歩いているようなスピードだ。


れぃ「……おっ?……なんか……こう……感覚が違うと気持ち悪いな……」


まみ「だめ〜、どうしてもかかとがズレてしまうっ!」


ゆき「おっと……とっとっとっ!」


なんとも危なっかしい感じではあるが、三人とも転ぶ事なく何とか進んでいる。


美紅里「足元見ちゃダメよ〜!」


美紅里はスムーズな滑りで三人を追い越しながらアドバイスの声をかける。


ある所まで行くと美紅里は止まって手招きする。


美紅里「は〜い、ここまでいらっしゃい!」


モタモタと三人は美紅里の所に辿り着いた。


美紅里「上出来、上出来。はい、じゃあ方向転換して今度は山向きになって」


三人は一度寝転んで向きを変える。


美紅里「今度は爪先側のエッジを噛ませて、右足に体重乗せてあのリフトの柱まで行くわよ」


ゆき「えっと……あれ?これ向きが逆?」


まみ「頭こんがらがって来た」


れぃ「……爪先を噛ませて……こう?……」


れぃはスルスルと滑り出した。


れぃ「……こっちの方が簡単な気がする……」


まみ「あ、待って!」


まみもれぃを追いかける。


まみもスムーズだ。


続いてゆきもスタート。


ゆき「あ、ホントだ。こっちはエッジがズレねぇや」


美紅里がまた三人を追い越し、先にリフトの柱まで行き、手招き。


まみ「できた〜!」


ゆき「爪先側、楽ちん」


れぃ「……でも前後逆だからなんか気持ち悪りぃ……」


美紅里「は〜い、じゃあ今度は左足に体重乗せて……はい、スタート!」


今度は美紅里が先行し、三人が続く。


れぃ「あ!これは気持ちいい!」


まみ「あたし、もっとスピード出しても行けるかも」


ゆき「あたしもこれは行ける!」


三人同時に美紅里のもとに到着。


れぃ「これ、楽しいっ!」


いつものボソボソとした喋り方でもなければ、キレている訳でもない。

しかしれぃはハッキリとした声である。


美紅里「はい、じゃあ、また麓向きに方向転換して。かかと側で往復。その後爪先側で往復ね。それを下まで繰り返し練習。いいわね?じゃああたしは滑って来るから。さ〜てあなた達が麓に着くまでにあたしはこのリフト何回回せるかな〜」


ゆき「え〜!美紅里ちゃん行ってしまうの?」


美紅里「ここからは反復練習だもん。あたしのアドバイスは必要ないでしょ?麓まで行ったら次のステップをレクチャーするから。じゃね!」


そう言うと美紅里は立ったままバインディングを付け、ポンっと跳ね上がったかと思うと、あっと言う間に滑り去ってしまった。


まみ「美紅里ちゃん、早〜い……」


れぃ「……実は美紅里ちゃんって凄い人なんじゃねぇだらずか?……」


ゆき「あ、もうリフト乗り場に着いてる。あたし達もやらずか!」


三人は気合いを入れなおし、立ち上がるが、いかんせん技術が追い付かない。


気合いは入れたが動きはモタモタである。


そこからさっきまで練習していた斜滑降の練習を再開する。


ゆき「どうにもかかと側の斜滑降はかかとがズレるんだよね〜」


まみ「真横……だとズレるから、ちょっと角度付けてスピード出したらズレねぇんじゃねぇ?」


れぃ「……スピード出すの怖いじゃん……」


まみ「そう?」


そう言うとまみは少し角度を付けて、さっきまでの歩くスピードからジョギングくらいのスピードで滑り出す。


ゆき「まみ、マジか?……」


れぃ「……ん〜……やっぱ、あれじゃん?浅野家はスピードに対しての感覚が一般人と違うって感じじゃね?……」


ゆき「あ、それは言えるかも」


そう言うと二人は声を上げて笑った。


一方まみはスムーズに端まで滑り切っていた。


まみ「お〜い!早くおいでよ〜!」


その声にゆきとれぃはジリジリと滑って追い付く。


れぃ「……まみ、怖くねぇの?……」


まみ「うん。だって普通にとんでる(走ってる)時よりゆっくりじゃん?普通にとんでる時に転ぶ事もあるから、そう考えたらあまり怖くねえ」


ゆき「止まれなくなるとかなりそうじゃん?」


まみ「さっき美紅里ちゃんが言ってたみたいに、最後は真横に滑ったら勝手にスピード落ちるよ」


れぃ「……理論でわかってもそれで不安が一掃されるわけじゃねぇ……」


ゆき「でも、実際に滑るんならスピードには慣れねぇとな……」


そう言うとゆきは少し下る角度を付けてスピードを上げた。


しかし、スピードが上がるにつれ恐怖心からだんだんと体のバランスが後ろに傾き、「おわっ!」と言う悲鳴とともに板のノーズが持ち上がり派手に転ぶ。


ゆき「途中からコントロールできなくなった!」


さっきと変わらずジリジリと進んできたれぃがゆきの横で止まる。


れぃ「……途中から重心が後ろ側の足の方に乗ってたよ……」


ゆき「え?マジ?」


れぃ「……マジ……」


そう言い残すとれぃはまたススス……と動き出し、まみの待っている元へと向かった。


ゆき「進行方向側の足に体重を乗せる!……よしっ!シルフィード!」


今度はスピードは乗ったがバランスを崩す事なく滑る。


まみ「ゆきちゃん!いい感じ!」


ゆき「ちょっ!これ、どうやって止まるんだっけぇぇぇぇぇ………!?」


れぃ「横!真横に行くんだ!」


ゆき「横ってどっち〜〜〜〜!」


まみ達のいる場所より2mほど麓側を通過しそうになるゆき。


まみ「あたし!あたしの方見て!」


ゆき「えっ!」


まみを見た瞬間、下る角度がゆるくなりスピードが落ち、数mオーバーランしてゆきは止まった。


ゆき「びっくりした〜」


れぃ「……あ、なるほど。チャリと一緒じゃん。見た方向に進んでく……」


ゆき「それであたしも今、真横に向き変える事ができたんだ。なんかちょっとコツがわかった……気がする……」


そう言うとゆきはガバッと立ち上が……ろうとしたが、やはりモタモタ。


それでも踏ん張って立ち上がり、滑り始めた。


ゆき「シルフィード……で、スピード出して……スピード出たら行きたい方向を向く!……できた!」


まみ・れぃ「「おぉ〜〜〜〜〜!」」


そしてハタとれぃが気付く。


れぃ「……あ……出来てねぇのあたしだけじゃん……こうしちゃいらんねぇ!」


そう言うとれぃも少し角度を付けて斜滑降を始めた。


れぃ「おおおおおおぉぉぉぉぉぉ………お?……お?……止まった……」


さっきに比べれば少しスピードが乗ったが、スムーズに方向修正し、ゆきのいる所にピタリと止めた。


すぐさままみが追い付く。


まみ「よっ……と」


ゆき「まみ、凄いね。あたしとは安定感が違う」


まみ「えへへ〜。なんか滑ってる時の風?風圧?それが気持ちいいんだ〜」


れぃ「……あたしも今、なにかつかんだ。行くっ!」


まみ「あ、待って〜」


ゆき「あたしも行く!」


今度は三人で滑り出す。


スタートはれぃが早かったが、途中でまみが追い越す。


れぃ「にゃろっ!」


闘志に火がつくれぃ。

少し角度を付けてまみを追いかける。


ゆき「おぉ〜い、待って〜〜」


まだそこまでスピードを出せないゆきが追いかける。


しかしまみをも一瞬で追い越す者があいた。

美紅里だ。

まみよりも早くゲレンデの端に到着する美紅里。


美紅里「さっきリフトから見てたけど順調みたいね」


まみ「美紅里ちゃん、速〜い」


美紅里「あら、これでもかなり減速してたのよ」


れぃ「……本気出したらいったいどのくらいスピード出るんだ?……」


ゆき「やっと追い付いた〜」


美紅里「じゃあ、下まで行ったらお昼にするから、さっき善哉食べたレストラン来てね。先に行ってるから。あ、板はちゃんとワイヤーロックかけるのを忘れない事!じゃあ!」


また美紅里はあっと言う間に滑って行ってしまった。


まみ達は意識して無かったが、いつの間にか端まで行っても座り込まず、そのまま立っていられるようになっていた。

まだ爪先側からかかと側の向きを変えるのは一度座って方向転換しなくてはいけないが……。


美紅里が先行してから15分後、まみ達も麓に到着した。

三人ともかなりスムーズに斜滑降できるようになっていた。


美紅里の待つレストランに入って来た三人。


ゆき「疲れた〜」


れぃ「……暑っ……ウェア脱ご……」


まみ「お昼ごはん何にする?」



美紅里は既に食べ終わろうかと言うタイミングだ。


美紅里「荷物置いたら、お昼買っておいで」


ゆき「あ、美紅里ちゃんのラーメン美味しそう」


れぃ「……あたしもラーメンにする……」


まみ「あたしも!」


三人とも同じラーメンを買って席に戻って来た頃には美紅里はとっくに食べ終わっていた。


美紅里「ゆっくり食べていいからね。あたしは滑って来るから」


まみ「美紅里ちゃん行っちゃうの?」


美紅里「スキー場は時間との勝負だからね」


ゆき「食べ終わったらどうしたらいい?」


美紅里「さっきのリフト回してるから、あなた達が出てきたらわかるわよ」


れぃ「……次は何するの?……」


美紅里「ターンの練習。それともペンジュラムの練習、もう少しやる?」


まみ「あたしはターンやりてぇ」


ゆき「あたしのペンジュラム、あれでいいのかな?ターンの練習に入っていいのかな?」


美紅里「それも含めてペンジュラムのチェックとターンやるよ。全ては繋がってるからね。じゃあ、あたしは先に行くから」


そい言うと美紅里はゲレンデに向かった。


三人はラーメンをすすりながら、あーだこーだとさっきまでのペンジュラムについて話している。


まみ「正直、あさイチでやってた直滑降からのブレーキよりもペンジュラムの方が怖くねぇ」


れぃ「……あたしも慣れてきたけど、まだ止まれなくなるんじゃねぇかって恐怖心はあるなぁ……」


ゆき「あたしはどうにも最初の滑り出しの所で板がズレるんよ。まみはスムーズにペンジュラムになってるのに、何でだらず?」


れぃ「……あたしの見る限り、まみは最初ちょっと深い角度で滑り始めてスピード乗ったら角度を浅くしてるように見えた……」


まみ「あ、そうかも。意識してなかったけど」


そう言うとまみは照れ笑いのような表情を見せる。


ゆき「怖くねぇ?」


まみ「直滑降みたいに一気にスピード乗らねぇし、ちょっと勢いつけるだけだから」


れぃ「……ラーメンの塩分が美味い……」


ゆき「それな!」


ちゃんと相づちを入れるゆきだが、すぐに話題を戻す。


ゆき「その勢いつける時にビビってしまうんよ」


まみ「勢い付けるって言っても、ほんのちょっとだけじゃん。ホントはもっとこぅ……シャ〜って滑りてぇ」


れぃ「……浅野家の血だ……」


まみ「何それ?」


突然「血」の話になり、キョトンとするまみ。


ゆき「さっき話してたんよ。まみがスピードに対しての恐怖感がねぇのは、ののこさんやまみのお母さんの車の運転でスピードに慣れてるからじゃんか……ってね」


まみ「お姉ちゃん?お母さん?車の運転が何で『血』の話になるの?」


れぃ「……ダメだ。話が通じてねぇ……」

そう言うとれぃはクククと小さく笑う。


ゆき「まみって、ののこさんやお母さんの運転する車のスピードが速いって感じた事ねぇ?」


まみはゆきが何を言ってるのか理解できないのか、笑顔のまま少し固まっている。


れぃはさらに笑い続ける。


ゆき「え〜っと……、今朝、美紅里ちゃんの車でここまで来たじゃん?」


まみ「うん」


ゆき「美紅里ちゃんの車に乗ってみてどうだった?」


まみ「いい匂いした」


れぃ「ぶはっwww」


あまりにもとんちんかんな答えにれぃが吹き出す。


ゆき「いや、そうじゃなくって運転の事よ」


まみ「ん?ん〜〜〜〜、普通?」


ゆき「うん、そう。普通」


まみはますます何を言ってるかわからない表情。


ゆき「美紅里ちゃんの運転とののこさんの運転を比べたらどう?」


まみ「あ、そう言う事か!」


ゆき「そう!そう言う事!」


まみ「美紅里ちゃんの車はオートマだから運転忙しそうじゃなかった!」


ゆき「ちが〜う!」


れぃは机に突っぶして、お腹を抱えて大笑いしている。



まみ「え〜〜〜〜?」


ゆき「『え〜?』じゃねぉよ。何て言うか、運転の丁寧さと言うか……ほら、ねぇ?」


言葉を選び、何かいい表現方法は無いかれぃに視線を送るが、れぃは完全にツボに入っているのか役に立たない。


まみ「あ〜、そういや美紅里ちゃんはドリフトしねぉよね〜」


ゆき「まみ、いいか?普通のドライバーはドリフトしねぇの」


まみ「えぇっ!?何で!?」


ゆき「そう言うものじゃん!」


まみ「えっ!でもでも、ゲームの『峠マスター』でもドリフトすんじゃん!」


れぃはいよいよ机を叩いて笑っている。


ゆき「いや、あれはそう言うゲームじゃん!」


まみ「マルオカートもドリフトすんじゃん」


ゆき「あんたの運転の基準、どうなってんの?」


まみ「赤は止まれ」


ゆき「小学生か!」


まみ「違うの?」


れぃ「ゆき、ダメだ。根本的な所がおかしいwww」


ゆき「いいか、まみ。普通の車はドリフトしねぇし、何て言うか乗ってても悲鳴上がらねぇんだぞ」


まみ「あたし、お姉ちゃんの車乗ってて悲鳴上げた事ねぇよ」


れぃ「ほらなwww」


ゆき「やっぱ『血』か……」


まみ「え?え?さっぱりわかんねぇ!」


れぃ「まみ、例えばチーターの親子がいたとするじゃん?親について一緒に走り回ってた子供のチーターは『走るスピード』はこんなもんだて思うしない?」


まみ「うん」


れぃ「さて、そのチーターの背中に亀が乗ったら、その亀は『走るスピード』はこんなもん……と思うと思うか?」


まみ「びっくりするくらい速いと感じるだらずね」


れぃ「そ。つまり、まみ親子はチーターの血族で、あたし達……いや、一般の人は亀なんだよ。だから一般人のあたし達はののこさんやまみのお母さんの運転はべらぼうに速いと感じる訳だ」


まみ「うん。わかる。……でも何であたしがチーターなの?走るの遅いよ」


れぃ「そこじゃねえ。つまりスピードにどれだけ慣れてるか……って話。スノボしてて、あたしやゆきはあのスピードが恐怖心のギリギリの所。まみはののこさんの運転する車乗ってるからスピードに慣れがあってスノボで滑ってる時もまだ余裕があるんじゃんかって話」


まみ「え〜……。でも、さっき滑ってたスピードって自転車より遅いよね?」


れぃ「……あ、確かに……」


ゆき「自分で出したスピードじゃないから怖いのかな」


まみ「でも自転車と同じでスピード落とそうと思ったら、真横に行けばすぐスピード落ちるじゃん」


ゆき「ん〜……何て言うか、すぐ止まれない所?」


れぃ「……それは自転車も同じじゃん……」


ゆき「あ、だよね……。あれ?何だらず?」


まみ「じゃあ、その理由を探しに行かずか!」


三人は食器を片付けゲレンデに向かう。


もたもたと板を履いていると美紅里が下りてきた。


美紅里「戻ったね。じゃあ上がるよ」


美紅里に促されリフトに乗る。


また美紅里とゆきが同じリフトだ。


ゆき「美紅里ちゃん、スピード出すの怖い理由って何だらずか?」


美紅里「怖いの?」


ゆき「ゆっくりなのは解るんだけど、なんか怖いじゃん」


美紅里「たぶんね……、自分で滑ってるか、勝手に滑って行ってる板に乗ってるか……の差じゃないかな」


ゆき「どう言う事?」


美紅里「例えば時速10km/hでも自分で出したいと思って出す10km/hと、10km/hで滑って行く板の上に乗ってるのとでは違うのよ。ようはスピードを制御した上での10km/hか制御できてない10km/hか」


ゆき「まみがスピードに恐怖心がねぇ理由は?まみもスピードを制御できてるとは思えねぇんだけど」


美紅里「あ〜、まみは紀子と同じでスピード狂なんだろな。つまりまみが『出したい』スピードはもっと速いスピードで、ゆきが『出したい』スピードはもっとゆっくりなんだよ」


ゆき「もっとスピード出してぇとは思ってるんだけどね〜」


美紅里「それは理論上での『出したい』であって、気持ち的に『出したい』スピードじゃないのよ。ま、いいわ。このあと実証してあげる」


また三人はたどたどしくリフトから降りて美紅里の元に集まる。


美紅里「はーい、じゃあさっきのおさらい。ペンジュラムでかかと側、爪先側、レギュラーとフェイキーでやってもらいます。ただし、1本目は自分がコントロールできる最も『遅い』スピードで。じゃあ、出発!」


三人はかかと側のレギュラーで滑り出した。

ジリジリと進むが、かかと側のエッジがズレる。


まみ「ゆっくり難しいよ〜」


れぃ「……イライラする……」


ゆき「おっと……またスピード上がってしまった」


やっと端までの辿り着いた三人。


美紅里「はい、OK。じゃあ今度は私も一緒に滑って、その都度スピードアップ、スピードダウンを指示するからスピードコントロールしてね。じゃあ、スタート!」


三人に続いて美紅里も滑り出す。


美紅里「はい、スピードアップ!」


その声に反応し、三人はスピードを上げる。

……が、その直後に美紅里がスピードダウンの指示を出す。

あわててスピードを落とす三人。

……と、思いきや、またスピードアップの指示が出る。


れぃ「美紅里ちゃん遊んでね!?」


美紅里「いいから!はい、スピードダウン!」


短いピッチで加減速を繰り返す三人。


端まで来たら、今度は爪先側で同じ事をする指示が出る。


爪先側でも加減速を繰り返す三人。


美紅里「はーい、OK!じゃあ、爪先側レギュラーで今度は自分の好きなスピードでペンジュラムね、はい、出発!」


待ってましたとばかりにまみが飛び出す。

フラストレーションを発散するかのようなスピードだ。

れぃもそれなりのスピードでまみを追う。


ゆきもそれに続く。


ゆきの後ろに付いて美紅里も同行する。


もちろん一番最初に端までの来たのはまみだ。


れぃ、ゆき、美紅里と続く。


美紅里「どうだった?スピードをコントロールするとスピードに対する恐怖心が和らぐでしょ?」


ゆき「あ、そう言えば……」


美紅里「つまりこれが制御できているスピード。勝手にスピード出てるのは暴走。さっきまでスピードが怖いと感じていたなら、制御されたスピードと暴走の差がわからなかったから怖かったの」


れぃ「……あたしも途中からもっとスピード出してぇって思った……」


美紅里「それはれぃの中で制御できるスピードの上限がまだ先にあったから。スノボに限らずスピードを出すスポーツはスピードコントロールができなきゃ話にならないの」


まみ「あたし、まだスピード出せる」


美紅里「まみは『どうすればスピードが落ちるか』を理解したからスピードが出せるの。れぃもゆきもさっきの練習でスピードコントロールができたからスピードの上限は徐々に上がっていくわ。次はその練習ね。同じペンジュラムをスピードコントロールを意識して麓までやってみな。途中の加減速を意識してやる事。じゃあ、あたしは滑ってくる」


そう言うとまた美紅里は滑って行ってしまった。


まみ「よしっ!やらずっ(やろう)!」


れぃ「……スピードコントロールか……」


ゆき「あたしはまみほどスピード出せねぇからゆっくり行くね」


まみ「うん。大丈夫!ゆっくりゆきちゃんのペースで来て」


そう言うとまみはスーっと滑り出す。

途中で思い出したようにちょっとスピードを落として、またスピードを上げる。


れぃは最初はゆっくり。

自分の恐怖心と相談しながらと言った感じでスピードを上げたと思ったら少し減速を繰り返す。


ゆきもゆきなりに怖いと怖くないの狭間のスピードを模索しながら滑る。


ゆき「あっ!わかって来た!」


れぃ「……うん、いける……」


ゆき「ここまでなら大丈夫ってスピードがわかった!」


そこに一周回って来た美紅里が合流。


美紅里「つかんだみたいね」


ゆき「さっきのリフトで美紅里ちゃんが言ってた事わかった!さっきまでは例えゆっくりでも自分でコントロールしたスピードじゃなかったから怖かったんだ」


美紅里「正解」


美紅里は親指を立ててグッと合図する。


もうだいぶ麓に近い所まで下りて来ている。


美紅里「よーし、じゃあターンやろうか」


まみ「待ってました!」


美紅里「ターンはスピードコントロールの意味がわかってないと怖くてできない。やり方は午前中教えた直滑降からブレーキかけて、止まる前に斜滑降に繋げればターン」


ゆき「ここから直滑降するの?」


美紅里「さて問題。ここから1秒間直滑降したら時速何キロまでスピードが上がるでしょうか?」


れぃ「……そんなの正確なスピードなんてわかんないじゃん……」


美紅里「そ。だからあたしが実践して見せるから……ゆき、カウントダウンした後1秒ゆっくり声を出して数えて」


ゆき「……?わかった。じゃあ…3…2…1…0……い〜ち…」


ゼロと同時に美紅里は直滑降を始め、そして1秒後にブレーキをかけて止まった。


三人のいる位置から5メートルも進んでない。


美紅里「ゆっくり1秒でもこの程度しかスピード乗らないの。いきなり100キロとかならないの解ったね?」


れぃ「……なんかもっとスピード出るかと思った……」


美紅里「この程度の斜度で1秒だったらこんなものよ。で、この1秒程度のスピードだったらブレーキかけたらすぐ止まれる。ゆっくり1秒でなくてもいいから直滑降を開始したらすぐブレーキかけて斜滑降。……じゃあ、まみやってみ?」


まみ「あたしから!?」


美紅里「あなたが一番スピード慣れしてそうだからね。さっきの斜滑降の最高速度までスピード出ないわよ」


まみ「ん〜……。じゃあやってみる」


そう言うとまみはジリジリと直滑降の角度に板を向け、直滑降になったと同時に後ろ足を引くようにブレーキをかけた。


美紅里「そのまま斜滑降!」


美紅里の声に反応するようにまみはそのまま斜滑降に移行し、数メートル進んだ所で止まった。


まみ「できたーーーー!」


両手を上げてゆき達の方を振り返り歓喜の声を上げる。


美紅里「上手い上手い!じゃあまみはそのまま斜滑降で端まで行っといて。じゃあ次、れぃ!」


れぃ「っしゃぁ!」


斜滑降からじわじわと直滑降の角度に板を向けるれぃ。


美紅里「そこでビビらない!前足に重心乗せて!」


一瞬後ろ足に重心が乗りそうになったが、何とか立て直すれぃ。


美紅里「そこでブレーキ!」


板が雪を削る音を立てて向きが変わる。


美紅里「そのまま斜滑降!足元見ない!」


れぃもちょっとフラついたがターン成功。


れぃ「うおぉぉぉぉぉ!……っしゃあ!」


まみ「いえ〜〜〜〜い!」


美紅里「オッケー!じゃあゆき!」


ゆき「はいっ!」


学校の授業でも、ゆきのこんなにいい返事を聞いた事がない。


美紅里「ゆき……えっと……何だっけ?シルフィード?……それを意識だ」


ゆき「はいっ!」


ゆきがスタート。

斜滑降からじわじわと直滑降へ。


ゆき「シルフィ〜〜〜〜ドっ!」


気合一閃、グッと前足に力を入れる。


美紅里「オッケ!ブレーキ!」


ザッと言う音を立てて板が回る。


美紅里「そのまま斜滑降!」


ブレーキの後、一瞬止まりそうになったが、そのまま何とか斜滑降に繋げる事ができた。


ゆき「ぃやったーーーーー!」


まみ「いえ〜〜〜〜〜い!」


れぃ「ぐっじょぶ!」


すぐに美紅里も合流。


美紅里「オッケ。じゃあ下まで今のターンの練習ね。一度座って方向転換してから斜滑降で反対側まで行って爪先側のターンで帰ってくる。いいね?じゃあやってみよう。コツはターンに入る前、頭の中を整理して慌てないくらいのスピードに落としてからやる事」


ゆき・まみ・れぃ「「「はいっ!」」」


さっきのゆきの返事がうつったのか、三人ともいい返事。


向きを変えてまみがスタート。


スーっと斜滑降で端まで行って減速。

慎重に直滑降からブレーキ、斜滑降へと繋げて戻って来る。


ゆき「すごーい!」


れぃ「やるじゃん!」


まみ「ちょっとビビっちゃった」


美紅里「次、れぃ!」


れぃ「よ〜し……」


れぃもスルスルと端まで斜滑降で行き、かなり減速して直滑降……と、思ったらノーズが浮き上がって転ぶ。


美紅里「あ〜、直滑降でちょっとビビったな。ビビって後ろ足に重心乗せちゃうとああなる。よし、ゆき、行けっ!シルフィードだ!」


今度はゆきがジリジリと滑り出す。

端まで行ってほとんど止まるスピードから直滑降。


ゆき「……シルフィード!……」


美紅里「おぉ言うてる言うてるwww」


直滑降からブレーキをかけたゆきは一度完全に止まってしまったが、転ぶ事は無かった。


斜滑降で一緒に戻って来たれぃとゆき。


れぃ「……直滑降、怖ぇ〜……」


ゆき「あたしも気合い入れなきゃできねぇ」


美紅里「どうだ、れぃ?重心を後ろに持っていってしまって板がコントロールできなくなった感想は」


れぃ「……めちゃめちゃ怖ぇえ……」


美紅里「一瞬スピードアップするけど、板がコントロールできるのと、板がコントロールできない上にスピードが上がるの、どっちが怖い?」


れぃ「……コントロールできない方……」


美紅里「よし!それが解ったならもう大丈夫。よし、行け!」


今度はれぃが一番手。

斜滑降で端まで行き、十分速度を落として今度は気合いを入れて前足側に加重しているのがわかる。

直滑降からブレーキをかけて、今度はターンもターン後の斜滑降も成功。


れぃ「っしゃあ!」


ターンを成功させたれぃが雄叫びを上げるが、気が緩んだのか斜滑降で転倒。


れぃ「うがぁ~~!」



雪面を叩いて悔しがっているが、既に美紅里はゆきとまみにスタートするように促している。


まみとゆきはほぼ同時に滑り出したが、まみの方が圧倒的に早いので先に端にたどり着き、今度は多少減速した程度で直滑降に繋げてターン。


続くゆきもまた「シルフィード!」と叫んでいるが、その声は戻って来たれぃの声にかき消される。


ゆきも何とかターン成功し戻って来る。


美紅里「うん。いいね。じゃあ今の爪先側のターンの練習を麓までやっといて。じゃっ!」


そう言うと美紅里は手をピッと上げて滑って行ってしまった。


麓まで爪先側のターンの練習をする三人。


まみはもう難なくターンしている。

れぃとゆきも3回に1回成功、2回に1回成功、3回に2回成功……と、成功率を上げて行く。


麓に付く頃には三人とも随分スムーズにターンできるようになり、三人でキャッキャとターンできた事にはしゃいでいた。


あーだこーだ言いながら美紅里を待っていると、二人の大学生くらいの男性が三人の眼の前に滑って来て派手に雪飛沫を上げて止まった。


その一人がまみ達に声をかける。


「ねぇ、君たちどこから来たの?」

絵に描いたような爽やかスマイルだ。


その瞬間、れぃが小さい声で「げっ」と言うのがまみには聞こえた。


と、言うのもまみは既にゆきとれぃの後ろに隠れるような位置に逃げて来ている。


その男性の問いにさっきまでのトーンから少し落としたトーンでゆきが答える。


ゆき「……地元です……」


すぐさまもう一人の男性が口をはさむように喋りだす。


「スノボ初めて?よかったら教えようか?」


ゆき達の返事よりも早くさっきの男性が続ける。


「一人ちょっと遅れてるけど俺達も三人で来てるんだ。スノボは誰かに教わった方が滑れるようになるの早いって!」


完全にれぃの後ろに隠れてるまみが、れぃに震える声で助けを求めるように声をかける。


まみ「え?誰?何?ゆきちゃんの知り合い?」


れぃ「……バカ。ありゃ典型的なナンパじゃん……」


そこにその遅れてた一人が合流し、また派手にクルっと一回転して止まる。


「お待たせ!ん?誰?知り合い?へ〜、かわいいじゃん」


ゆき達はどん引き。


しかし逃げ出そうにも、板を履いた状態ではそれも叶わない。


今日この日最大のピンチが三人に訪れていた。

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