第22話「ぜんざい」
第22話「ぜんざい」
お尻をついた状態から立ち上がれず悪戦苦闘するれぃ。
美紅里「まず、板をお尻にギリギリまで引き付けて、両手で雪面を押すと同時に頭を麓側に振って、体を前に倒れるようにする。その時、お尻は最後に上げるイメージで。先にお尻を上げると立ち上がれないから」
れぃ「……腕と頭の反動を使う感じ?……」
美紅里「これは感覚の話だから、色々やってみて覚えるしかない。とりあえずやってみて」
れぃ「ふんっ!」
れぃは気合いを入れて体を腕で押し出すと同時に頭を振る。
さっきに比べれば惜しいところまで行くが、立ち上がるには至らない。
美紅里「あ、でもさっきよりはいい。頭を自分の股の間に入れる感じでやってみて」
そう言うと美紅里はれぃの前方に回り込む。
れぃ「ふんっ!」
今度はお尻が上がったが、勢い余って前方にでんぐり返ししそうになる。
そこを美紅里が押さえて立ち上がる事に成功。
まだ美紅里がれぃを支えている。
美紅里「はい、成功。続いてこのまま立ったままじっとしている方法なんだけど……」
そう言うと美紅里はそっと支えている手を放す。
れぃはそのまま引く方にずり落ちて行きそうになる。
れぃ「おわったったっ!」
また美紅里はれぃを支える。
れぃ「美紅里ちゃん、遊んでねぇ?」
美紅里「こう言うのは体感しないとわかんないの!じゃあ、このまま爪先をちょっと上げてみて」
れぃ「ブーツで爪先とか上がんねぇよ」
美紅里「足の指を上げるんじゃなく、足首を使って上げる感じ」
れぃ「それもブーツで足首固められてるから……あ、できた」
美紅里「そう。こうすると、踵側のエッジが立つでしょ?雪面に踵側のエッジを立てて、エッジを雪面に食い込ませて止まる感じ。」
れぃ「あ、でもこれちょっとバランスが難しい」
美紅里はそっとれぃを支えていた手を放す。
予め用意していたベルトをれぃの股の間を通し、両端を握りベルトにたるみが無いくらいに持つ。
美紅里「オッケ、じゃあこのままさっきのスケーティングと同じ要領で下まで滑るよ。勝手に止まるまで真っ直ぐでいいから」
れぃ「ちょっ!そんな急に言われても!」
美紅里「大丈夫!まず説明聞いて。この後、視線は麓に据えたまま、左足に体重をゆっくりかける。そしたら左足側が徐々に滑って行って麓に対して直角になる。そしたら、さっきのスケーティングと同じで左足に体重をかけて板の真上に重心が来るように乗る。真っ直ぐになるまでベルトで支えてるから、はい、やってみな」
れぃ「……うぅ……ちょっとこわいぞ……まず、左足に体重を……わっ?動き出した!」
美紅里はベルトを引っ張ってそのまま滑って行かないよう踏ん張りつつ、方向転換の妨げにならない位置に回り込む。
危なかっしくもれぃは麓に対して真っ直ぐの角度まで90度の方向転換を終えた。
美紅里「はーい、オッケー。じゃあ、麓まで滑っていくよ。左足に体重乗せて!」
そう言うと美紅里はベルトを持っていた片方の手を放す。
支えを失ったれぃはスルスルと滑って行く。
れぃ「おおおおおおおおおお……お〜ぅ」
もとより麓からゆるい坂を3メートルほどしか登ってないので、スピードが上がる事もなく、直滑降で滑って行きほどなくして勝手に止まった。
それでも三人はやんややんやの大騒ぎ。
美紅里「はいはい、次行くよ。まみ!」
まみもれぃが立ち上がるのを見ながら一緒に練習していたので、何も知らずにもがいていたれぃに比べればすんなり立てた。
もちろん美紅里の補助無しでは無理だっただろうが……。
しかし、その場で静止しようと爪先を上げるが、そのまま尻もちをついてしまう。
まみ「ぎゃぶっ!」
変な悲鳴が上がる。
美紅里「爪先を上げるだけ。足首動かさず爪先上げたらそりゃ体ごと後ろに行くさ。さ、もう一度!」
また危なかっしく立ち上がり、静止の為に爪先を上げる。
……が、また後ろに倒れそうになるのを美紅里が支える。
美紅里「爪先上げると同時に体をちょっと前のめりにしてみ?」
まみ「……こう……?あ、立てた!凄い!」
美紅里「じゃあ次、左足に体重乗せて……お、上手い上手い!」
まみはスーっと向きを変える。
美紅里「じゃあ、ベルト放すよ」
その声に合わせてまみは左足にグッと体重を乗せる。
ベルトが手放され、まみはスルスルと直滑降で滑って行く。
まみ「おもしろ~い!」
余裕すら感じるまみのリアクション。
れぃはそれを見ながら、まみがスピードに対しての恐怖感が薄いのはののこやまみの母親の車の運転でスピードに対する恐怖心がおかしくなっているからではないかと思ったが、それをあえて口にする事は無かった。
美紅里「次、ゆき!」
ゆき「押忍っ!」
気合いの入った返事とともに立ち上がろうとするが、まみとはうって変わって全然立ち上がれない。
美紅里「ゆき、お尻が先に上がって海老反りになってるぞ」
ゆき「え?」
美紅里「ほら……」
いつの間にか撮っていた動画を見せる。
確かに立ち上がろうと腕を突っ張った瞬間にお尻も上がって、ブリッジ状態になっている。
ゆき「え〜、何で〜?」
美紅里「じゃあゆきは右手で板を掴んで、左腕で体を持ち上げてみ?ちゃんと頭を振って反動つけてね」
ゆき「板を掴んで、反動付けて……よいっしょおっ!あ、立てた!……って、あわわわわわわ」
立てたはいいが、板が横に滑り出してしまった。
驚いたゆきはしゃがみ込むように尻もちをつく。
美紅里「あぁ、ゆき、自分の板の向き見てみ?左の方が若干下向いてるだろ?だから立ち上がった瞬間に板が流れ出す」
ゆき「斜面に対して真横って難しい……」
美紅里「イメージしてみて。今、ゆきがボールを持ってるとして、手を放したらどっちにどう転がって行く?その方向に対して垂直になるように板を据えればいいの」
ゆき「なるほど……じゃあ、このくらい?……で、よいしょおっ!立てた立てた!」
美紅里「うん、正解。次行くよ。左足に体重乗せて……」
ゆっくりとゆきの板が麓を向く。
美紅里「さっきのスケーティングの要領よ。左足に体重乗せて、重心は板の上。視線は水平よりやや下。とくにへっぴり腰になってお尻が出ないように!行くわよ」
美紅里がベルトを放す直前まではいい姿勢だったのだが、いざ動き出すと恐怖感からか体重が完全に後ろ側の右足に乗ってしまい、ノーズが浮き上がってしまっている。
ゆき「ああぁぁぁぁぁぁ〜〜〜!」
ぼてっと言う鈍い音とともに転ぶゆき。
ただ、転び方はさっき散々練習したせいか、上手く転んでいる。
美紅里「れぃとまみは今のを反復練習!今度は補助無しでやってみな。ゆきはもう一度補助ありでやってみよう」
ゆきは少し落ち込んた表情をしている。
そんなゆきを見てれぃはゆきに一言ボソリと呟いた。
れぃ「……ゆき、シルフィードの高速移動のイメージだ……」
また3メートル登ってれぃとまみは直滑降で滑る。
もちろん一度ではなかなか立てないし、立ち上がっても板がズレて転んだりしている。
それでも何とか直滑降で滑る。
美紅里「よし、ゆき、やるぞ」
ゆきは立ち上がり、少しふらついたが持ちこたえる。
板を麓に向けて真っ直ぐにする。
ゆき「……シルフィード、シルフィード、シルフィード、シルフィード……」
美紅里「ん?何か言ったか?」
ゆき「いえ!行けるっ!」
美紅里はゆきの右足を支えていたベルトを放す。
ゆき「シルフィードっ!」
掛け声とともにゆきの体重がグッと左足に乗り、膝を使って低い姿勢になる。
それでも重心はズレていない。
ゆきはスーっとブレる事無く最後まで滑りきれた。
ゆき「やったぁぁぁぁ!」
下で待ち構えていたれぃがニヤリと笑い、親指を立てている。
まみもぱふぱふと拍手。
美紅里「おぉっ!凄いじゃん。いきなりどうした?」
ゆき「シルフィードの低姿勢ダッシュをイメージしたんだ」
まみ「あ、あたしも巫狐の『縮地駆け』のイメージでやった(笑)」
美紅里「あぁ、あなた達がコスプレしてるキャラクタのダッシュのイメージでやったのか(笑)まぁ結果オーライだ」
ゆき「ってか、今の低姿勢ダッシュっぽくなかった!?」
れぃ「……うん、いい感じ……」
まみ「かっこ良かったよ〜」
ゆき「だろ?あぁ!シルフィードに一歩近づいた!」
美紅里「ほれほれ、次やるぞ!」
ゆき・まみ・れぃ「「「は〜い!」」」
美紅里は三人がまたえっちらおっちら登ってくる間にさり気なく斜面を登る。
フラットな位置から4メートルくらいの位置だ。
美紅里「じゃあ次は山向きで立つ練習するから板履いて、山向きに向き変えて」
三人は美紅里の所まで来て板を履き、山向きに膝をついて座る。
美紅里「よし、立ってみ?たぶん普通に立てると思うから」
言われるがまま立ち上がる三人。
ゆき「あれ、こっち側簡単じゃん」
まみ「ホントだ。普通に立てる」
れぃ「……我々のスノボの才能が開花してしまったか?……」
美紅里「何言ってんの。こっち側は最初から楽なのよ。先にこっちを教えると、麓向きで立ち上がる練習しなくなるから後回しにしたのよ」
ゆき「さっきの苦労は何だったんだ……」
美紅里「麓向きでの立ち上がり方は必要なの!それに、立ち上がって普通に止まってられるでしょ?」
れぃ「……あぁそう言えば……」
美紅里「で、みんな足の指で雪面を掴むように力入れてるでしょ?」
まみ「何でわかるの!?」
美紅里「それはさっきの練習で、エッジを雪に噛ませれば止まってられる事を知ったからよ。結果的に麓向きに立ち上がる方法を先に覚えた方が楽なの」
ゆき「なるほど、そんな物なのか……」
美紅里「じゃあ、山頂向きからさっきの直滑降やるわよ。とは言ってもやり方は基本的には同じ。ただ、今回は直滑降の姿勢になるまで、振り向くような動きになるって事だけ。最初はノーズ方向を見て、ゆっくり振り返る感じで。じゃあやってみ?」
さっそくれぃが動き出す。
美紅里「あっ!振り返りすぎ!」
と、同時にれぃの板の踵側のエッジが引っかかり、れぃがひっくり返った。
これも練習の成果か、エッジが引っかかりバランスを崩した瞬間れぃは背中を丸めてゴロンと転がった。
れぃ「びっくりしたっ!……って、いったぁ〜〜〜!後ろ向きの転び方しても痛てぇじゃん!」
美紅里「あら、あの転び方しても『痛くない』なんて言ってないわよ。転んだら痛いに決まってるじゃない。あれは転んでも怪我しない転び方」
まみ「え〜……こわい……」
美紅里「スノボは転ぶスポーツ!転ばずして上達はありえないわよ。それよりビビって姿勢が崩れる方が転びやすくなるからね」
ゆき「……あたし、行くっ!」
そう言うと今度はゆきが滑り出した。
ゆっくり慎重に直滑降の形に持って行く。
ゆき「シルフィ〜〜〜〜ド!」
直滑降になった瞬間、掛け声とともに左足に体重をかけて転ぶ事なく滑りきる。
ゆき「っしゃぁ!」
それを見てまみも「ふんっ!」と気合いを入れて滑り出す。
ゆきよりもさらにスムーズにきれいな直滑降。
まみ「いえ〜い!」
二人の成功に火がつくれぃ。
れぃ「んにゃろ!」
今度は慎重に方向を変えて、れぃも成功。
れぃ「見たかっ!」
ふふん……と、どや顔のれぃ。
だがせっかくのどや顔もフェイスマスクとゴーグルのせいで誰にも気付いてもらえなかかった。
美紅里「はーい、じゃあそこでちょっと見てて。次はブレーキの方法教えるから」
そう言うと美紅里は板をあっと言う間に履く。
美紅里「見せる前にやる事を説明しておくね。直滑降して、ブレーキかけたくなったら左足に体重を乗せて、左足をコンパスの針のイメージで右足を背中側に引く。やってみるよ!」
そう言うと美紅里はポンっと飛び跳ねるように板の向きを変えて直滑降してくる。
美紅里「直滑降から、左に体重乗せて右足を引く!」
ザザザっと言う音とともに爪先側のエッジから雪煙が上がりピタっと止まる。
美紅里「じゃあこれやってみて」
四人はまた坂をえっちらおっちら登る。
今度は12メートルほど登る。
美紅里「ちょっと勢い付けた方がやりやすいから、ここから行くよ。フラットになる前にブレーキかけてみよう。ブレーキかけるとき、遠心力で吹っ飛ばないように、気持ち前のめりになってやるといいわよ」
まみ「あたしからでいい?」
一番最初に板を履き終わったまみが手を挙げて一番手を名乗り出る。
れぃ「……おぉっ!まみがやる気だ……」
ゆき「どーぞどーぞ」
まみ「じゃあ、行くね。何かイメージできたんだ〜」
そう言うとまみはふらつく事なく立ち上がり、直滑降を始めた。
距離がさっきよりあるからスピードもさっき以上に出ている。
フラットになる直前、まみはスッと右足を引き、ブレーキをかけて止まる。
れぃ「おおっ!かっけぇ!」
ゆき「まみ、あんた凄いじゃん!」
まみ「えへへ〜、なんか出来る気がしたんだ〜」
れぃ「負けてらんね!」
続いてれぃが滑り始める。
れぃは派手に雪煙を上げて止まって見せよう企んでいた。
短い距離でもスピードを出して、一気に止まる!
思惑どおり派手な雪煙が上がったが、勢い余って進行方向が逆転してしまうくらいまわってしまった。
突然右足が前になり混乱するれぃ。
れぃ「おわぁあぁあぁあぁ!」
ボテっ
なかなか無様な転び方をしてしまった。
美紅里「そこまで気合い入れて足を引かなくてもいいわよ。スピードに合わせてブレーキをかける強さも調整する感じね」
さすがにカッコつけようとしていたとは言えず、れぃは照れくさそうにヘルメット越しに頭を掻いた。
ゆき「じゃあ行きま〜す」
最後はゆき。
れぃの転倒を見たせいか、ブレーキのかけ方がゆっくり。
止まる事なく、右に曲がって行ってしまい、フラットな所で勢いが無くなり勝手に止まってしまった。
ゆき「ありゃ……ゆっくりブレーキかけすぎてしまった」
ブレーキは失敗したが、何故か美紅里が拍手している。
美紅里「ゆき、凄いじゃない!ブレーキでは無かったけど、それ『ターン』よ」
言われて見ればそうである。
美紅里「タネ明かしするなら、ブレーキとターンって動きが一緒なのよ。強くかけて勢いを殺せばブレーキ。勢いを残しつつ曲がりたい方向に抵抗を加えればターン」
偶然できたターンに三人はやんややんやの大騒ぎ。
美紅里「じゃあ今度はかかと側のブレーキやるから見てて。やり方はさっきと理論は同じ。左足に体重乗せて左足をコンパスの軸にして、今度は右足のかかとを前方に押し出す感じ。じゃあ見てて」
美紅里はその説明どおりの動きをして見せる。
見終わった三人は美紅里に言われるより先に、斜面を登り始めた。
三人ともかかと側のブレーキは成功。
美紅里「はーい、じゃあ……」
ゆき「リフト券!」
美紅里「残念〜。休憩で〜す」
まみ「えぇ〜〜〜、まだ全然行けるのに」
れぃ「……まみ、ダメだぞ。美紅里ちゃんはあたし達と違って若……痛っ!美紅里ちゃん、本気でぶったぁ〜〜〜!」
美紅里「本気で殴ったられぃの首もげてるわよ!ってか、あたしゃまだ24だ!」
三人は美紅里に連れられて休憩室へ。
時間は11時前。
気付けば3時間近くリフト無しで練習していた。
空いている4人がけのテーブルにつく。
ヘルメットやゴーグル、フェイスマスクにグローブを外し、ウェアの前チャックを開けて椅子に座る。
まみ「ふぅ〜……」
ゆき「え?あれ?ゲレンデいる時は平気だて思ったけど、あたし案外疲れてる?」
れぃ「……甘い物食べたい……」
少し遅れて美紅里がテーブルに来た。
手にしたお盆にぜんざいが4つ乗っている。
美紅里「ほ〜い、お疲れさん!これはあたしのおごりだ」
れぃ「ぜんざいだぁ〜!」
まみ「美紅里ちゃんありがとう!」
ゆき「いただきま〜す!……うまっ!ぜんざい、うまっ!」
美紅里「ふっふっふっ……、あなた達、これは『貸し』だからね」
れぃ「げっ!」
美紅里「この『貸し』は、今後あなた達が誰かにスノボを教える事になった時、その人にぜんざいをおごる事で返しなさい。あたしもあたしにスノボを教えてくれた人にそう言われたの」
ゆき「必ず!」
まみ「あたしが誰かに教える事なんてあるのかな……?」
美紅里「あたしもそう言ってた。まぁその時は教師になるなんて思っても見なかったけどね。ちなみにののこにも奢った」
れぃ「……1杯奢ってもらって4杯奢る……か。なかなか高い利子だな……」
美紅里「そう。高いわよ〜。でもこうして人の輪とか繋がりが広がって行く。そんなモノよ」
まみ「……人の輪……か……」
ゆき「あたしはその考え方好きだな」
れぃ「……あたしも……うん。悪くねぇ……」
美紅里「これ食べて、一休みしたらいよいよリフト券買うわよ」
ゆき「一日券を買えばいいの?」
美紅里「ん〜……それはもったいない。スキー場により様々なリフト券の種類があるけど、今日は回数券かビギナー券でいいわよ」
ぜんざいを食べながら今までのおさらい。
ゆき「う〜……いよいよリフトで上に上がるのか〜。ワクワクするね」
まみ「滑れるかなぁ……」
美紅里「滑れないわよ」
れぃ「……え?滑れねぇの?……」
美紅里「滑ると言えば滑るけど、まだ他のボーダーさんみたいにスムーズに滑るのは無理よ。まだ滑る前の基本を習得してないもの」
ゆき「この後は何の練習するの?」
美紅里「まずは斜滑降とペンジュラム」
まみ「ぺン……って?」
れぃ「……なんか技っぽい……」
美紅里「技……と言えば技かな(苦笑)」
ゆき「具体的には?」
美紅里「斜滑降はわかる?」
まみ「斜めに滑って行くの?」
美紅里「そう。麓に向かって真っ直ぐが直滑降。麓に向かって横方向に滑るのが斜滑降」
れぃ「……横には滑ってかないじゃん……」
美紅里「正確には麓方向を0度とするなら1度から89度までの方向。この角度の数字が大きければ大きいほどスピードは落ちるから、ブレーキと合わせてそれでスピードをコントロールするの」
ゆき「さっきからゲレンデ見てたんだけど、直滑降してる人なんてあらかた居ねぇね」
美紅里「そうね。よほどスピード出したい時くらいね。でも直滑降が出来なきゃ何もできない。だから最初に練習したの」
れぃ「……どう言う意味?……」
美紅里「じゃあ……あ、ほら、あの人見て?」
そう言うと美紅里は窓を指差した。
指の先にはゲレンデを滑っている一人のボーダー。
美紅里「今、かかと側で滑っているでしょ?で、ターン。爪先側……、ターン、かかと側……。かかと側から爪先側にエッジを切り替える時、ターンが入るんだけど、ターンの途中に一瞬だけど直滑降になってる時があるの」
まみ「あ、ホントだ」
美紅里「つまり直滑降ができないと、ターンができない」
れぃ「……なるほど。んで、そのペン……なんちゃらってのは?……」
美紅里「れぃ、さっきブレーキの練習の時に勢い余って右が前になっちゃったでしょ?あの前後を逆にするのを『スイッチ』って言うんだけど、そのスイッチのハシリみたいな練習よ」
ゆき「いきなりそんな難しい事するの?」
美紅里「やる事を具体的に言うなら、左足を前にした斜滑降、爪先側とかかと側。右足を前にした爪先側とかかと側の斜滑降の練習。こうジグザグに滑って来るのをペンジュラムって言うの。別名『木の葉落し』」
まみ「右足を前にして滑るのをあたし達みたいな素人が練習する必要あるのかな……」
美紅里「ぶっちゃけ言っちゃうと無い!でも覚えとくと便利なの。さ、ぼちぼち行ける?もうちょっと休憩する?」
ゆき・まみ・れぃ「「「行けますっ!」」」
美紅里「……と、その前に、またトイレ行っておきな。一度上がったら下に降りて来るまでトイレ無いものと思っておきな」
ゆき・まみ・れぃ「「「は〜い」」」
トイレを済ませて、リフト券売り場に行く。
美紅里「じゃああなた達はビギナー券を買いなさい」
ゆき「美紅里ちゃんは違うの?」
美紅里「あたしはシーズン券持ってるから」
それぞれビギナー券を購入してリフト券ホルダーに入れる。
れぃ「これ、リフトに乗る時毎回出すの?」
美紅里「ここのスキー場はICカードだから、ゲートの所でセンサーにかざすだけ。ホルダーに入れたままでいいわよ」
リフト乗り場近くまで歩いて行き、そこで左足のバインディングを付ける。
美紅里「さて、乗り方と降り方説明するわよ。まず心得!慌てない事」
まみ「自身ない」
ゆき「頭真っ白になってしまいそう」
美紅里「その場でアドバイスはするし、係員さんにビギナーだって伝えたらスピードゆっくりにしてくれるから安心しな。また、もし転んだりしても係員さんがリフトを停めてくれる。リフト係員さんも利用客にリフトがぶつかって怪我される方が大変だからね」
まみ「ビギナーだって言う事自体がハードル高い……」
美紅里「あたしが一緒の時はあたしが言うわよ。じゃあ乗り方の説明するよ
。リフト乗り場には信号機が付いてる。それが青になったら『乗車位置』って書かれてる線の位置までスケーティングで行く。リフトが近づいて来たらタイミングを合わせて深く座る!あとはしっかりリフトを持ってセーフティバーを下げる!これだけよ」
れぃ「……青、行く、深く座る、落ちないように気を付けてセーフティバーを下ろす……」
ゆき「セーフティバーって?」
美紅里「ほら、リフト見て?座る所の上にバーがあるでしょ?あれを掴んで下げるだけ。手を離すと勝手に上がっちゃう物もあるから、しっかり持っておく事」
まみ「重くない?」
美紅里「バランス取って設置されてるから子供でも下げれる。じゃあ次は降り方の説明するよ。降り場が近づいて来たら、少し体を斜めにして板を進行方向に真っ直ぐに向ける。落下防止ネットの上まで来たらセーフティバーを上げる。『降車位置』と書かれてる所に近付いたらデッキパッドの上に右足を乗せて、ゆっくり慌てずバランスを取りながら立ち上がる。リフトに乗ってた時の慣性でゆっくり前に滑って行くから、正面を見据えて勝手に止まるまでそのまま進む。これだけ」
ゆき「難しいじゃん!」
美紅里「さっき練習したのと同じよ。デッキパッドの上に右足乗せた状態であたしが押したりベルトで引いたりしたでしょ?アレよ」
れぃ「……コツとかある?……」
美紅里「立った後、絶対に足元を見ない事。さっきも言ったけど、正面見据えてバランス取る事だけに意識すればいいわ。あとは勝手に止まるから。変に曲がろうとか避けようとかしない事」
まみ「もももももも、もし、降りれなかったら?」
美紅里「係員が止めてくれるから降りれる。だから焦らないで大丈夫。さ、行くよ。ゆきはあたしと乗るよ。まみとれぃはあたしの後ろのリフトに乗っておいで」
ゆき「その組み合わせに意味は?」
美紅里「ゆきはビビると姿勢が崩れるからあたしが横でサポートするの。さっきの練習見てる限り、まみとれぃは大丈夫」
美紅里に付いてスケーティングでゲートまでたどたどしくも移動する三人。
ピッ!
リフト券をかざすとゲートが開く。
リフトに乗る順番が近づいて来た。
美紅里はリフト係員に声をかける。
美紅里「こんにちは」
係員「お〜、美紅里ちゃん。今日は遅いじゃん」
美紅里「ビギナー連れでね。この子達三人、リフト初乗車だからお願いします」
係員「教え子?りょーかい」
美紅里「さ、乗るわよ。ゆきとまみはリフトの外側に乗りな」
リフトのシグナルが赤から青になる。
美紅里「行くよ」
ゆき「はっ……はいっ!」
リフトが近づいて来たら係員がリフトのスピードを落としてくれた。
美紅里「はい、慌てなくていいからね」
ゆきはふらつきながらも乗車位置まで来る。
美紅里「はい、座るよ〜、3、2、1、座る!」
タイミングを合わせて同時に座る。
ゆき「おおおおおおおおおお!」
リフト乗車直後の独特の浮遊感。
美紅里「はい、セーフティバー下げるよ」
そう言うと美紅里はセーフティバーを下ろす。
次はまみとれぃだ。
二人でバタバタと乗車位置まで進む。
リフトの速度はさっきと同じくゆっくりだ。
タイミングを合わせて座りると、係員がセーフティバーを下げてくれた。
まみ・れぃ「「おおおおおおおおおお!」」
その後リフトの速度が上がり、どんどん登って行く。
まみ「なんか楽しい!」
れぃ「……山頂まで行ったら、さぞ景色いいんだろうな……」
半分登ったくらいだろうか、リフトが急に止まった。
まみ「あひゃあ!」
直後にアナウンスが流れる
「安全の為にリフト停止しております。しばらくお待ち下さい」
すると一つ前のリフトに乗った美紅里が振り返り少し大きめの声で教えてくれた。
美紅里「たぶん乗車か降車で転んだ人がいたんだ。もし転んでもこうやって止めてくれるから心配しなくていいぞ」
ゆき「でも迷惑かけるのも嫌だな」
美紅里「何度も言うけど、スノボは転ぶスポーツよ。プロのスノーボーダーだってオリンピック金メダリストだってビギナーの頃はあっただろうし、転んだ事もあるわよ」
ゆき「それはそうかも知れないけど……」
美紅里「ビギナーなんだし転ぶのは仕方ないのよ。誰しも通る道。だからリフトの乗り降りで転ばなくなるくらいに上達した時、転んだ人を責めない心が大事なの。さっきのぜんざいと一緒よ。自分が転んで誰かに待ってもらったら、誰かが転んだ時に待ってあげる。それだけよ」
そしてまたアナウンスが流れる。
「運行再開致します。リフトが揺れますご注意下さい」
そしてまたリフトが動き出す。
れぃ「うわっ!揺れる!」
まみ「なんかフワッてするのちょっと怖いね。でも楽しい!」
いよいよリフト降り場が見えて来た。
美紅里「はい、じゃあ今のうちに板の向きを進行方向に合わせて……」
少し体を捻って板を真っ直ぐにする。
美紅里「デッキパッドの上に右足を添えて……はい、セーフティバー上げるわよ。あの線まで来たらそのまま立ち上がって真正面を向く!」
ゆきは無言で頷く。
美紅里「すみませ〜ん!このリフトと次のリフト、初めての子です!」
美紅里の声に係員がリフトの速度を落としてくれる。
美紅里「いい?慌てなくていいからね。はい、立つよ〜3、2、1、ハイっ!」
多少硬い動きではあるがゆきはスッと立ち上がった。
美紅里「真正面!よそ見しない!」
ゆきはそのままゆっくりと直進して行く。
れぃ「まみ、いい?」
まみ「大丈夫!できる!……たぶん……」
れぃ「3、2、1、たぁ!」
れぃとまみもタイミングよく立ち上がる。
既に降りてまみ達を見ている美紅里が声をかける。
美紅里「はい!よそ見しない!あたしを見る!」
まみとれぃは美紅里に引き寄せられるようにゆっくりと進み、無事に降車を完了した。
ゆき・まみ・れぃ「「「できたぁ〜!」」」
美紅里「はい、ここにずっと居たら邪魔よ!移動!」
美紅里はスケーティングで移動を開始。
三人もそれに続く。
そして眼下に広がるゲレンデ。
ゆき「え?めっちゃ急じゃねぇ?」
まみ「下から見るより急に見えるね」
れぃ「え〜い!こんなのでビビってたら山頂になんか行けねぇぞ!」
美紅里「そうよ〜。このバーンはここで一番緩やかなんだから」
ゆき「これで?」
美紅里「全然フラット(笑)」
まみ「転んだらそのまま滑り落ちて行きそう」
れぃ「いや、それは大げさだろ(笑)」
美紅里「さ、やるわよ!板履いて!」
まみ「あ、美紅里ちゃん!写真!写真撮りたい!」
美紅里「はいはい」
苦笑いしながら美紅里はスマホを取り出す。
三人は寄り添い、座ったままポーズ。
11時30分。
いよいよ三人の滑走が始まる。