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第21話「なんじゃこりゃ!」

第21話「なんじゃこりゃ!」


憂鬱な期末テストも何とか赤点を取らずに乗り越えた三人。

冬休みも間近に迫った12月下旬。

先日の寒波で大雪が降った白馬の山々。

どのスキー場も既に全面滑走可能になっている。


今日は待ちにまったスノーボードデビューの日だ。


朝7時に三人は学校に制服姿で集合した。

美紅里がいる理科準備室の隣、郷土活性化研究部の部室に入り、大きなバッグとブーツが入ったバッグをドサリと床に置く。


顧問である美紅里は既に来ていて部室も暖房が効いている。


美紅里「じゃあ、着替えようか。ブーツは持って行って向こうで履くからね。換えの下着や小物は別のカバンに入れて持って行く事」


そう言った美紅里はウェアのジャケットこそ着ていないが、パンツやインナーは既に着替え終わっている。


まみ達も着替え始める。


まみ「あっ!ヒッププロテクター履く前にスボン履いてしまった!」


ゆき「暖房効いた部屋で着替えたら、さすがに暑いね」


れぃ「……お金っていくらくらいいるだらず?……」


美紅里「とりあえず1万円持って行きな。お金があれば何とかなる。」


ゆき「ヘルメット、ゴーグル、グローブ、フェイスマスク、ブーツ、板、お金、飲み物、着替え、タオル……よしっ!」


れぃ「……あたしも準備おっけー……」


まみ「え〜っと、これで……あれ?あ、あった!……準備できた!」


美紅里「はーい、じゃあ板と荷物持って車まで移動」


ゆき「美紅里ちゃん、板のカバーは?」


美紅里「付けたまま。板は車の屋根の上のキャリアに積むんだけど、排気ガスや前の車が跳ね上げた融雪剤が溶けた飛沫とかがソールを汚しちゃうからね」


れぃ「……あたしのボードバッグなんだけど、積める?……」


美紅里「ボードバッグは車内に入れる」


学校内をスノボウェアを着た4人がぞろぞろと歩く。

手にはスノーボードとブーツのバッグ。

背中にはリュックサックと言う出で立ちだ。


学校の駐車場に停めてあった美紅里の車に荷物を積み込む。


美紅里「板はソール同士を合わせるようにして、キャリアで挟み込むから。れぃのボードバッグは車ん中ね。手荷物は適度に積んで」


荷物を積み込み、スキー場に向けて出発。


学校の敷地から出る直前、美紅里がはたと気付いたよう車を停めて三人に確認した。


美紅里「あなた達、ちゃんと朝ごはん食べて来た?」


ゆき「卵かけご飯と味噌汁、シャケの塩焼き、漬物、野菜ジュースにバナナ食べて来た!」


まみ「え〜!ゆきちゃん朝からよくそれだけ食べれるね〜。あたし、コーンスープだけ」


れぃ「……コーヒーだけ……」


それを聞いて美紅里の眉間にシワが入る。


美紅里「食べてない……だと?」


まみ「コーンスープ飲んだよ」


れぃ「……コーヒー。ブラックで……」


美紅里「バカたれっ!」


まみ「あひゃあっ!」


美紅里「コンビニ行く!最低でもパン2つもしくはおにぎり2つは食べろ!あとれぃは飲み物も!ブラックコーヒー以外で!」


まみ「え〜っ!そんなに食べられねぇよ〜」


美紅里「まみ……今から行く場所はどこだ?」


まみ「……スキー場……」


美紅里「れぃ、スキー場で何をする?」


れぃ「……スノーボード……」


美紅里「スキー場はどんな所だ?」


まみ「雪がいっぱい」


れぃ「……寒い所……」


美紅里「そう!今からあなた達は氷点下の環境でスポーツをしようってんだ!それを熱量の元になる朝食取らずにやるだと?」


まみ・れぃ「「はわわわわわわ……」」


美紅里の迫力に気圧されるまみとれぃ。


美紅里はさらに声のトーンを落として凄みを増した表情で続ける。


美紅里「雪山ナメると……死ぬぞ?」


まみ・れぃ「「しゃぁっせ〜ん!」」


もちろん美紅里の一連の流れは演技だ。


美紅里はニコっと笑って続ける。


美紅里「はい、そんな訳でコンビニ寄りま〜す。最低でもパン2つもしくはおにぎり2つは食べる事!」


れぃ「……そんなに食えるかな……」


美紅里「あ゛ぁ゛?」


れぃ「食べます!食べます!」


美紅里「はい、よろしい。朝ごはん食べるのが習慣になると色々メリットあるわよ〜。特にスノボは朝ごはん食べるか食べないかで上達具合が変わってくる」


ゆき「そんなに違うんか?」


美紅里「さっきも言ったけど、朝ごはん食べないとなかなか体が温まらないのよ。体が温まらない状態で激しい運動は怪我の元だし、例え怪我しなくてもバテるのが早いから結局は滑る時間、練習時間が短くなる」


れぃ「……なるほど……」


美紅里「それにさっきはちょっと脅かし気味に言ったけど、本当に雪山はナメてかかると危険なの。山の天気は変わりやすいから、途中で猛吹雪になってどっちに行ったらいいか判らなくなる時だってある」


まみ「ホワイトアウトってやつ?」


美紅里「そう。そこであわてて闇雲にウロウロしたりしたら今度は遭難の危険性だってある」


ゆき「もしそうなったら?」


美紅里「そうなる前に安全な所に避難してやり過ごすのがベストなんだけど、本当に突然そうなったらその場でじっとして動かない」


れぃ「……そんなの凍えちゃうじゃん……」


美紅里「だから熱量になる朝ごはんは大事なの。ちゃんと朝ごはん食べて、それなりに防寒対策してたら、救助が来るまで我慢できる」


まみ「美紅里ちゃんはそうなった事ある?」


美紅里「何回かある。一度本当にヤバい時あって、方向が全くわからなくなるの。そうなったら板を履いた状態で立つ事さえできなくなる」


ゆき「何で?」


美紅里「スノボは進んで行く方向に重心を傾けて滑るって話はしたわよね?ホワイトアウトしたら、立ち上がっても進んでいるか止まっているかさえ判らなくなるの。だからバランス崩して転んじゃう。はい、コンビニ着いた。朝ごはん買ってらっしゃい」


まみとれぃはコンビニに入り、食べれそうな物を買い込んでいる。


美紅里とゆきは車で待機。


ゆき「美紅里ちゃんは朝ごはん、何食べて来たんか?」


美紅里「カレー」


ゆき「朝からカレーですか!?」


美紅里「あら、朝カレーはいいのよ。カレーは食べる薬膳って言われるくらいだからね。香辛料が体を温めてくれるし、腹持ちもいい。ゆきの朝ごはんも理想的な朝ごはんね」


ゆき「あたし朝ごはん食べないと頭も体も目が覚めないんで……」


美紅里「ホントは誰しもそうなんだけど、それに気付いてない人がけっこういるのよ」


まみ「買って来た〜」


れぃ「……食べれるかなぁ……」


美紅里「食べれるかなじゃなく、食え(笑)」


こうしてようやくスキー場に向かう美紅里の車。


車の中でまみとれぃは朝食。


れぃ「……あれ?意外と食べれた……」


まみ「あたしも」


ゆき「寝起きで頭が動いてねぇから食欲を感じてねぇだけじゃん?食べ始めたら顎を動かすから脳が起きる。脳が起きたら空腹なのに気付いて食べれる……のかな?あたし、朝ガッツリ食べて来るけど、実際食べ始める時はそんなに食欲は感じてねぇもん」


まみ「美紅里ちゃん、そうなの?」


美紅里「知らん。保健の先生か生物の先生にでも聞いてくれ。あたしは物理教師だ」


8時前にスキー場に到着した。

まだ営業は始まっていない。


美紅里「よーし、必要な荷物下ろしてブーツ履け〜」


まみ「まだ営業始まってねぇみたいじゃん?」


美紅里「準備に時間かかるだろ?今からでちょうどいいのよ」


板をキャリアから下ろしてカバーを外す。


ゆき「板を置く時はソールを上にして置く……っと」


れぃ「……ブーツの締め付け、このくらいでいいのかな……」


まみ「スマホ持って行く?」


美紅里「あ、スマホは持って行かない方がいい。液晶割れるぞ」


ゆき「え〜〜〜〜っ!」


美紅里「写真撮りたいならあたしのスマホで撮ってやるから」


れぃ「……あたし達が持って行っちゃいけねぇ理由は?……」


美紅里「逆に聞くけど、どこに入れるの?」


ゆき「ポケット?」


美紅里「どこの?」


ゆき「胸?」


まみ「スボン?」


美紅里「胸ポケットに入れてたら前向きに転んだ時に液晶割れるし、パンツのポケットも前だと板を履く時に邪魔だしお尻のポケットだと尻もちついた時に割れるわよ」


れぃ「……美紅里ちゃんはどこに入れてんの?……」


美紅里「あたしは胸ポケットだけど、衝撃吸収できるケースに入れてるから」


まみ「あたしもそれ欲しい〜」


美紅里「慣れて来たら腰の横に付けれるポーチを買うといいわよ。腰の横なら転んでもそうそうスマホを押し潰しちゃう事ないし」


れぃ「……リュックに入れてもダメ?……」


美紅里「リュックだって背負うだろうに(苦笑)」


こうして準備は整った。


美紅里「いい?確認するわよ。板、ヘルメット、ゴーグル、フェイスマスク、タオルハンカチ、小銭入れ、飲み物!」


ゆき「バッチリ!」


まみ「あ、日焼け止め塗っといた方がいい?」


美紅里「あるなら塗っときな。あたしはUVのファンデーション使ってるからいらないけど」


れぃ「……まみ、貸して……」


ゆき「あたしもあたしも!」


準備が整ったが、まだ営業開始には時間がある。


美紅里「とりあえずゲレンデに行く前にセンターハウスに行くよ」


ゆき「リフト券買わなきゃ」


美紅里「いや、まだリフト券は買わない」


まみ「何で?」


美紅里「あなた、最初からリフトに乗って降りれる?リフトは止まってくれないわよ」


美紅里は心の中で「言えば止めてくれるけどね」と思ったが、あえて言わなかった。


れぃ「……じゃあどうやって上に上がるか?……」


美紅里「いいから付いて来なさい」


センターハウスに入ったまみ達。

既に何人かのボーダー、スキーヤーがリフト券販売カウンターに並んでいる。


美紅里「はい、ここに板置いて。あたしのワイヤーロックでまとめておくから。置いたらトイレに行くわよ」


れぃ「……美紅里ちゃん、ツレション派?……あいたっ!」


美紅里はれぃの頭をペシっと軽く叩いて「行くわよ」とだけ言って歩き出した。


トイレから戻ってやっと説明。


美紅里「スノボ前にトイレを済ませておくのも大事なルーティン。体が冷えるとトイレが近くなるでしょ?あと、ウェアって形状によってはトイレしにくい物もあるし。それにトイレで練習中断したらその分練習時間が減る。だから先にトイレを済ませておく。特に女子トイレは満室になると、なかなか大変だからね。行ける時に行っておくの」


れぃ「……なるほど……」


美紅里「じゃ、行くわよ」


そう行って美紅里はゲレンデに出た。


リフト券の事を気にしながらも三人は付いて行く。


美紅里「まずは準備体操ね」


ゆき「え〜?ここで?誰もしてねぇよ。なんか恥ずかしい……」


美紅里「いいからやるの!ラジオ体操でいいから」


れぃ「……なんかハズい……」


まみ「筋を伸ばすくらいのストレッチじゃダメなの?」


美紅里「体がまだ動けるようになってないだろ?冷えた状態でいきなり筋を伸ばすストレッチしたら、最悪筋を痛めるわよ。まずは体をほぐす!さ、やるわよ」


ゲレンデの隅でラジオ体操をする4人。


何となく気恥ずかしく、まみ達は他の人がいる方向に背中を向けている。


まみ達の予想に反してラジオ体操をしているまみ達を気に止める人はいない。


ラジオ体操しながら観察すると、他のスキーヤーやボーダーも各々準備体操をしているようだ。


ゆき「このカッコでラジオ体操って案外キツいね」


軽く息を切らせてゆきが誰となしに言う。


まみとれぃもハァハァと息を切らしている。


れぃ「……ってか、スノボブーツでラジオ体操はキツい……」


まみ「動きにくさを実感するね〜」


美紅里「さ、じゃあいよいよ」


ゆき「リフト券買いに行くの?」


美紅里「まだ〜。先に転び方の復習」


れぃ「……げ〜〜〜〜〜……」


ゆき「あ!その前に写真撮りたい!」


美紅里はハイハイと言ってスマホを出す。


美紅里「いい?撮るわよ。はい、チーズ」


パシャ


記念すべき1枚目の写真。

まだウェアに雪も付いていない状態。


まみ「美紅里ちゃん、あとでラインに送って!」


美紅里「わかったわかった。あとでまとめて送るから。さ、転び方の練習するわよ」


美紅里はスマホをなおしながら、転び方の説明に入る。


美紅里「やり方は学校で教えたけど、前側はスライディング、後ろ側はおヘソを見る感じで背中をまるめる事。今からそれをやってもらうんだけど、見ての通り……どう?雪だけど下は硬いでしょ?」


まみ「痛そう……こわい……」


れぃ「……確かにこれでビターンって倒れたら怪我するな……」


ゆき「板履いてやるんか?」


美紅里「まずはそのままでいいよ」


躊躇しながらも三人は前側へ倒れる練習をする。

部室での動きに比べるとやはりぎこちない。


しかし、何度かやっているうちにコツを覚えてスムーズにできるようになって来た。


美紅里「じゃあ今度はちょっと助走を付けてみよう。3歩ほど走ってスライディング。よし、やってみよう」


まずはまみがチャレンジ。

3歩走ったが、その後止まってスライディング。


美紅里「一度止まったら意味ないでしょ。次!」


次はゆきが挑戦。

本人はスライディングのつもりだが、はたから見ると膝から崩れ落ちたように見える。


美紅里「思い切って飛び込むようにスライディングしなきゃ!次!」


最後はれぃ。

タッタッタッと助走を付けて、最後の一歩で姿勢を引くしてきれいなスライディング。


ゆき・まみ「「おぉぉ〜〜〜〜」」


見事なスライディングに二人はポフポフとグローブをはめた手で拍手する。


美紅里「おっ!れぃは上手いじゃん」


れぃ「……小学生の頃、ちょっと少年野球のチーム入ってたんで……」


こうして前と後ろ、両方の倒れる練習をしているうちにいつの間にかリフトの運行が始まっていた。


三人は既に軽く汗をかいている。


美紅里「さぁ、じゃあいよいよ」


ゆき「リフト券ですね!」


美紅里「いや、まだ。次はスケーティング。これを覚えないとリフトに乗れない。じゃあみんな板を履け〜。バインディング付けるのは左足だけでいいからね」


ようやくスノーボードらしい事ができるので、三人は喜んで板を履き始める。


美紅里「板を履く時は何より先にリーシュコード付ける事!これを付けておけば板が流れて行く事無いから」


れぃ「……このクリップ、どこに付けるんだ?……」


美紅里「だいたいこの辺」


そう言うと美紅里はブーツの足の甲のワイヤーを指差した。


美紅里「トゥストラップとヒールストラップの間。リーシュコードが長いならくるぶしより上でもいい。ワイヤーに噛ませて。リーシュコードを付けるまでは絶対に板から手を放さない事!あ、ゆき、手袋外しちゃダメ!」


ゆき「え?何で?やりにくいんだけど……」


美紅里「手袋外すと、手が雪で濡れるだろ?そのまま手袋したら手袋のインナーが水分で引っ付いて、次に外す時にインナーが裏返しになって嵌めにくくなる。全て手袋をしたままできるように練習しな」


三人ともリーシュコードを付けるので悪戦苦闘。


それでもようやくリーシュコードの装着ができた。


美紅里「付けた?じゃあ次はバインディングのヒールカップにかかとを奥まで押し込むように入れて。雪が噛んでいる時は雪を払って」


まみ「これでいいのかな?」


美紅里「次にストラップを付ける」


れぃ「……どっちが先?……」


美紅里「ヒールストラップを先に軽く付けて次にトゥストラップ。あとはバランス見ながら締め付けるやり方がやりやすい」


ゆき「どのくらい締めるの?」


美紅里「ラチェットを動かして、締まる所まで」


まみ「なんか痛い」


美紅里「その時は一コマ緩めて。リリースレバーを引けば……」


まみ「あ、外れた」


ようやく板を履く所まで来た。

美紅里もヤレヤレと言った感じだ。


美紅里「じゃあ立って」


板を履いた三人はモタモタと立ち上がる。


れぃ「……めっちゃ立ち上がりにくい……」


美紅里「じゃあ、スケーティングのやり方説明するよ。左足が進行方向。左足に体重を乗せて片脚立ちしてみな」


ゆき「おっとっとっとっとっ……」


まみ「こわいっ」


れぃ「……こうか?……」


さすがの運動神経。

れぃは一度でピタリと片脚立ちしてみせた。


ゆきとまみも何度かふらついたが、何とか片脚立ちできるようになった。


美紅里「オッケ!じゃあ、右足の爪先を左足のちょい後ろに置く感じで……そこから左足に体重を乗せたまま右足を後ろにチョンとだけ蹴り出してみよう」


ゆき「うわわわわ!股が裂ける!」


美紅里「それは左足に体重が乗ってないから」


まみ「ほとんど力が入らない!」


美紅里「左足の膝を少し曲げて重心を落としてやってみな」


れぃ「……こうか?……」


またもやれぃが一度で成功。

ほんの50センチ程度だが、板の上に乗って滑れた。


美紅里「おっ!上手い上手い!」


ゆき「ダメだ!どうしても怖くて左足に体重が乗せれない!」


美紅里「イメージはフィギュアスケートの選手が片脚でスーっと滑っているのを見た事あるだろ?あの型に持って行くんだ」


まみ「うわっ!わわわわわわわ!」


まみの方を見ると、まみが派手に尻もちをついている。


まみ「左足に体重乗せ過ぎてつんのめっちゃった……」


美紅里「蹴り出す右足は前に行こうとするんじゃなく、前方の斜め上に行く感じでやってみ?推進力を前だけじゃなく、左足に乗せた体重を少し軽くするイメージで」


まみ「……こう?……あ、できたかも!」


れぃほどスムーズでは無かったが、まみも40センチくらい前にスケーティングできた。


既にれぃはスケーティングであちこちウロウロと練習している。

一度の蹴り出しで1メートル以上。

それを断続的に続け、ツイ〜〜〜………ツイ〜〜〜……と、動きまわる。


れぃ「……あ、これ楽しいかも……」


手こずっていたゆきも何とかコツを掴んで、スケーティングっぽい感じになって来た。


美紅里「よーし、そろそろいいだろ。移動するぞ、付いておいで」


そう言うと美紅里はビギナーゲレンデの方にスケーティングで滑って行く。


まみ「美紅里ちゃん、速っ!」


れぃ「……なんか動きがスムーズ……」


ゆき「ちょっ……待って……」


ビギナーゲレンデの斜面に来た頃には三人とも肩で息をしている。


美紅里「よーし、リュックサックはゲレンデの端に固めて置いておけ〜。その時、ちょっと水分補給しとけ」


言われるまま三人はビギナーゲレンデの端までたどたどしいスケーティングで移動し、リュックサックからペットボトルを取り出し持参したスポーツドリンクを飲む。


れぃ「美っ味!スポドリってこんな美味かったか!?」


ゆき「やぁ〜〜、染みるわ〜〜〜」


まみ「気づかなかったけど、えれぇ喉渇いてたんじゃん」


美紅里「びっくりしたろ?スキー場は空気が乾燥してるし、けっこうハードな動きするから脱水しやすいんだ。しっかり飲んでおけ」


ゆき「あたしこの1本しか持って来てねぇから、大事に飲まなきゃ」


まみ「あたしも……」


れぃ「……さっきセンターハウスの自販機見たけど、コンビニより高いから買うのもったいねぇ……」


美紅里「そうだろうと思って、スポーツドリンクの予備を買って来て車に詰んでるわよ。足りなくなったらそれあげるからしっかり飲みなさい」


ゆき「美紅里ちゃんマジ天使!」


まみ「美紅里ちゃんありがとう〜」


れぃ「……美紅里様と呼ばせて頂きます……あイテっ……」


茶化したれぃの頭を軽くポンと叩くが表情は笑顔の美紅里。


美紅里「水分はもういい?じゃ、次に行くよ。まずは……れい、右足をデッキパッドの上に乗せて」


れぃ「……こう?……」


美紅里「視線は進行方向、水平よりやや下!間違っても足元見ないで」


れぃ「……うん……」


そう指示しながら美紅里は懐からスマホを取り出し、れぃを後ろから撮影する。


美紅里「じゃあ、ゆっくり押すから止まるまでこのまま乗り続けて。行くよ!」


そう言うと美紅里はれぃの腰の辺りをゆっくり押し始め、徐々に加速し、最後に一気に押し出した。


れぃ「おぉっ!おおおおおおおおお!」


ほぼフラットな所だから5メートルほど進むと自然に止まった。


美紅里「上出来!これがリフト降りる時の動き。これができないとリフトに乗れても降りれない。次、まみ!」


まみも右足をデッキパッドに乗せ、視線を進行方向やや下に向ける……が、恐怖心からか、既にへっぴり腰。


それをまた美紅里は後ろからスマホで撮影する。


美紅里「まみ、お尻が出てへっぴり腰になってる。これ見てみ?」


そう言うとさっき撮ったまみの写真を本人に見せる。


美紅里「これが今のまみの姿。…、で、こっちがれぃ。どうだ?お尻が出てへっぴり腰になってるの解るだろ?足、腰、胸、頭が真っ直ぐ板の上に無いと、バランスが崩れてしまう。怖がらずに背筋を伸ばして力を抜いて立ってみ?」


まみ「こ……こう?」


美紅里「うん、良くなった。じゃあ押すよ!」


そう言うと美紅里はまみの腰を最初はゆっくり、最後にぐっと押し出す。


まみ「早!早っ!早いって!!」


そう言いながらもちゃんと板に乗ったまま止まる事ができた。


美紅里「オッケ!いい感じ!次、ゆき!」


ゆきはおさらいするようにブツブツと言いながら板の上に乗る。


ゆき「……右足乗せて、背筋を伸ばして、板の真上に重心が来るようにして、気持ち左足に体重乗せて、視線は水平よりちょい下で、力を抜いて……」


スケーティングで戻って来たれぃに美紅里はスマホを渡す。

スマホは既に動画撮影で録画状態になっている。

美紅里はれぃにスマホを渡しながら、「ゆきの姿勢、たぶん押す直前に崩れるから撮っといて」と小声で指示を出す。


美紅里「ゆき、いい?じゃあ押すよ!」


美紅里がゆきの腰に手当てた瞬間、身構えたゆきの姿勢は一気にへっぴり腰になる。


美紅里「ほら!いきなり姿勢崩れた」


ゆき「えっ?崩してねぇよ?」


美紅里「じゃあ、見てみるか?……れぃ……」


そう言うと美紅里はれぃからスマホを受け取り、一連の動画を見せる。


『ゆき、いい?じゃあ押すよ!』

スマホにさっきのシーンが写し出される。

美紅里が腰に手を当てた瞬間へっぴり腰になるゆき。


美紅里「ほらね?」


ゆき「えぇ〜〜〜!!ホントじゃん……」


美紅里「ゆきは引っ張った方が良さそうね」


そう言うと美紅里はリュックサックから2メートルほどあるベルトを取り出し、端をゆきに握らせる。


美紅里「はい、じゃあ姿勢!そう!じゃあゆっくり引っ張るから姿勢を維持する事だけ意識して」


そう言うと美紅里はゆっくりベルトを引く。


美紅里「はい!腰!背筋!」


ようやくゆきが「滑る」事に慣れて来たので美紅里は歩くスピードを上げる。


滑る慣性がついているので、ゆきの姿勢は崩れない。


美紅里「はい、ベルト放して」


ゆきがベルトを手放してもまだゆっくり滑っている。


美紅里は後ろに回り込み、今度はゆきの腰に手を当てて、ぐっと押し出した。


ゆき「無理無理無理無理無理無理!」


ゆきの姿勢はそのまま少し勢いがついて滑って行く。

無理と言ったわりに止まるまで板の上に安定して乗り続けた。


同じ練習を数回繰り返す。


れぃはもちろん、まみもゆきもだんだんリラックスして「滑る」感覚に慣れて楽しさを感じていた。


美紅里「じゃあ次のステップに行こうか。じゃあ、このビギナーゲレンデを3メートル登って。あ、板は付けたまま」


ゆき「どうやって?」


美紅里「やり方見せるから見てて」


そう言うと美紅里は右足を一歩踏み出し、次に板を付けた左足を引き寄せように登る。

それを繰り返しサクサク登って行く。


美紅里「はい、じゃあここまで来て」


見よう見まねで三人は登り始める。


れぃ「……意外と歩きにくい……」


まみ「板、重く感じる」


ゆき「板を引きずらないのを意識してやったら意外といける」


何度かふらつきながらも登れた三人。

山頂を向いて膝をついて座る。


美紅里「じゃあ、次は方向転換の方法教えるね」


そう言うと美紅里は板を履き、山頂を向いて膝をついて座る。


美紅里「まずは山頂向きから麓向きに向きを変える方法。うつ伏せに寝っ転がって……膝を曲げて板を持ち上げる。板を持ち上げたまま片脚のかかとをお尻に付けるようにして、反対側の足が下になるように……体をひねる。これだけ」


ゆき・まみ・れぃ「「「おぉ〜〜〜」」」


ぱふぱふぱふぱふ……


歓声と同時にグローブを付けた手で拍手をする三人。


美紅里「いや、拍手されるような事はしてないけどね。次、麓向きから山頂向きに方法転換するよ。こっち側も寝転ぶんだけど、今回は仰向けに倒れる力と同時に腹筋をちょっと使って板を持ち上げ、ソールが空に向いたら、また足をクロスするようにして板を回して……よいしょ!体もひねる。これだけ」


ゆき・まみ・れぃ「「「おぉ〜〜〜」」」


ぱふぱふぱふぱふ……


また歓声と同時にグローブを付けた手で拍手をする三人。


美紅里「拍手とかいいからやってみな」


まみ「あれ?どうやって履いたらいいんだ?」


三人は膝をついて座っているので板が履けない状態。


美紅里「あ、そっか。先にこっちだったね。立った状態での方向転換」


そう言うと美紅里はパッと板を外し、立ち上がる。


美紅里「立った状態での方向転換はもっと楽よ。板を付けてない方の足で立って、板を履いた足を前に蹴り出す。板の重さの遠心力を使って、右足を軸にして半回転。やってみな」


れぃ「……よっ!……できた……」


まみも真似するが、勢いよく足を蹴り出した為に板の重さに負けて転ぶ。


美紅里「そんなに力はいらないわよ。軽くスピンする感じ」


ゆきもやってみるが、板のテール部分が雪に引っかかって上手くいかない。


美紅里「斜面でやる時は軸足側に少し傾いてやれば、雪に引っかかるのを防げるわよ。やってみ?」


今度はゆきもまみも上手くできた。


お尻をついて、板を履く三人。


美紅里「履けた?じゃあ方法転換やってみよう」


三人が板を履いている間に美紅里は板を完全に外していた。

美紅里は補助の為にまずれぃの所に行く。


美紅里「いい?やるよ。仰向けに寝転がると同時に板を持ち上げる!」


れぃが寝転がると同時に板が勢いよく上がる。

と、同時に美紅里は板を掴む。


美紅里「板が上がったら足クロスして……」


そう言いながら板を回転させる補助。


美紅里「体をひねる」


れぃ「……おぉ!思いの外カンタンだ……」


美紅里「次、まみ!寝転がりながら板を上げ……って、上げろよ」


まみ「ふんっ!ふんっ!」


一生懸命板を上げようとするが、筋力が足りないのか板が全く上がらない。


美紅里「違う違う。寝転がる勢いを使うの。もう一回座った所から。少し膝を曲げて板を近づけて、よしっ!上げろ!」


今度は上手く板が持ち上がった。


まみも二回目で成功。


美紅里「じゃあ、ゆき!」


ゆきは寝転がると同時に板を一気に持ち上げる。

……が、勢い余って板がてっぺんを超えて山頂側まで行ってしまった。


ゆき「え〜〜〜〜?なんで〜〜〜?」


美紅里「そこまで全力で上げなくていいから(苦笑)」


今度は力を少しセーブして、ゆきも成功。


反対側の方向転換は先のやり方でコツを掴んだのか、三人とも一度で成功した。


美紅里「オッケー!じゃあ、いよいよ滑るわよ〜」


そう言うと、スケーティングの時にゆきのアシストに使ったベルトを取り出す。


美紅里「じゃあ、れぃ、立って」


れぃ「……あたしから?……」


美紅里「誰からだっていいけど?」


れぃはゆきとまみをチラッと見たが、二人がゼスチャーで「どうぞどうぞ」とやっているので、そのまま一番手でやる事にした。


お尻をついて座っていたれぃは立ち上がろうとしたが、板が滑ってお尻が上がらない。

板を掴んで立ち上がろうとしてもジタバタするだけで全然立ち上がれない。


れぃ「なんじゃこりゃ!全然立てねぇじゃん!」


ビギナーゲレンデにれぃの声が響く。


今までスムーズに来ていたれぃが、初めてぶち当たるスノーボードの壁であった。

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