第20話「シーズンイン準備完了!」
第20話「シーズンイン準備完了!」
文化祭が終わった翌週の週末。
学校は休みだが、三人は制服を着て朝早くから学校に来ていた。
運動部系の朝練に来ている生徒以外で休みの日に来ている生徒は珍しい。
三人はそれぞれ自分のスノーボードを抱えている。
理科準備室には既に美紅里が来ていた。
ゆき「おはようございまーす」
ゆきに続いて、れぃとまみも理科準備室に入る。
美紅里「おっ、時間どおりだね。」
まみ「長時間、スノーボード持ってると重いね〜」
れぃ「……パっと持った時はそんなに重く感じねぇんだけどな……」
今日は休みの日を使って、シーズンインの為の準備をするのだ。
美紅里「じゃあ早速始めるよ。汚れてもいい服持って来てるね?じゃあそれに着替えて」
まみ「あたし中学の時の体操服持って来た」
れぃ「……同じく……」
ゆき「あたしは作業服」
まみ「何で作業服なんて持ってるだ?」
ゆき「庭の草刈りとか、けっこうやらされるんだ」
れぃ「……おぉ、なんかかっこいい……」
美紅里「着替えた?じゃあカバー外して板出して。板を出したら、滑走面を下にしないようにして置く事」
れぃ「……滑走面下にして置いたらダメなの?……」
美紅里「ボードは滑走面が命よ。滑走面に汚れや傷が付いてたら滑りが悪くなる」
ゆき「こんな感じでいいか?」
ゆきは滑走面が上を向くようにそっと床に置く。
美紅里「オッケ」
まみ「なんか座りが悪くて気持ち悪い……」
美紅里「いいの!このボードの置き方はスノーボードで一番最初に覚えなきゃいけない事だから。絶対に守る事!」
れぃ「……雪の上でも?……」
美紅里「そう。雪の上こそ、この置き方しなきゃダメ!」
ゆき「滑る時、滑走面が雪に当るのに?」
美紅里「ゆき、水をこぼしたら水はどっちに流れる?」
ゆき「低い方」
美紅里「だな?じゃあ、地面が水平の所と地面が0.1度傾いている所を何の道具も使わず見極める方法は?」
ゆき「水も使っちゃダメなんだよね?」
れぃ「……そんなの無理じゃん、わかりっこねぇ……」
美紅里「そ。でも水は0.1度でも傾いてたら低い方に流れる。ゲレンデは雪だけど実際は圧雪って言って、雪をしっかりと押し固めている状態。氷に近いと思ってもらってもいい。そこにツルツルの板を置いたらどうなる?」
まみ「低い方に滑っていく」
美紅里「そう。コントロールされてない板は低い方低い方にどんどん加速して行く」
ゆき「板を無くしちゃう」
美紅里「無くすだけならいいよ。その加速した板が誰かに当たったら?」
れぃ「……怪我させちゃう?……」
美紅里「うん。最悪、殺しちゃう。スキー場には小さな子供とかもいるからね。もし、誰かを怪我させたら板の所有者が責任を負う事になる。だから絶対に板が勝手に滑っていかないように、板はひっくり返して置く事!」
まみ「写真とかで、雪に板を突き刺してあるのを見るけど、それはダメなの?」
美紅里「さっきも言ったけど、スキー場の雪はほとんど氷。田んぼに積もったふかふかの雪とは違って硬いし、刺さっても深さが足りず、何かの拍子で板が倒れて滑走面が下になったら、板が滑りだしちゃう。スキー場にはボードラックとか板を置く所があるから、そこに置くか、ひっくり返して置く事。これ、絶対だからね!」
ゆき・まみ・れぃ「「「はーい!」」」
美紅里「じゃあ、板を見て行こうか」
美紅里は三人の板をそれぞれ見て、状態をチェック。
ゆきの板はかなり汚れていたので、美紅里はレクチャーがてらメンテナンスやワックスのかけ方を教える。
まみとれぃも一緒に初のワックスがけ。
初めてやるメンテナンスやワックスがけに悪戦苦闘するも、ようやくワックスがけが終わる。
既に始めて2時間は経っていた。
まみ「疲れた〜」
ゆき「あたしの板、えれぇ酷い状態だったんじゃん。見違えるほどピカピカだ!」
れぃ「……なんか自分の板がかわいくなって来た……」
三人はニコニコしながらメンテナンスが終わった板を眺める。
美紅里のチェックで、ゆきのリーシュコードが経年劣化で変えた方がいいと言う事くらいで、あとは十分使える状態だ。
美紅里「ゆき、余ってるリーシュコードやるから付けときな」
ゆき「ホント!?美紅里ちゃん、ありがとっ!」
美紅里「さて、出かけるか。みんな着替えて」
三人はまた制服に着替えて、美紅里の車に乗り込む。
美紅里「じゃあ行くよ」
美紅里はののこの先輩だから、美紅里も車の運転が荒いのではないかと、ゆきとれぃは警戒していたのだが、美紅里の運転はいたって普通。
車の窓から見える山は山頂付近が既に白くなっている。
まみ達はこれからスノーボード用のブーツを買いに、スポーツ用品店に向かうのだ。
美紅里「え〜っと、あなた達、買う物はブーツだけ?」
ゆき「他にも色々。前に美紅里ちゃんに教えてもらった物で足りねぇのが……」
まみ「お金足りるかなぁ……」
れぃ「……安くあげてぇ……」
ゆき「え〜っと、ブーツと手袋とプロテクター……だて思う」
美紅里「じゃあ一応確認するよ。まず、板とバインディングはOKね」
れぃ「……バインディング?ビンディングじゃねぇの?……」
美紅里「発音の違いでモノは一緒」
まみ「ややこしい」
美紅里「続けるよ。次にブーツ」
ゆき「今日買います」
まみ「あたしも」
れぃ「……同じく……」
美紅里「グローブ」
ゆき「それも買う」
まみ「美紅里ちゃん、グローブって五本指のとミトンの、どっちがいいの?」
美紅里「好み。どっちでもいい」
れぃ「……メリットとかデメリットとかある?……」
美紅里「ん〜……。五本指はカメラで写真撮ったりする時に便利かな。デメリットは濡れた手でグローブに手を入れるとグローブのインナーが外に出て来ちゃって後々めんどくさい。ミトンはそれが無いけど指を使ってやる操作はやりにくい」
れぃ「……五本指だな……」
ゆき「あたしもそうしよう」
まみ「あたしはお姉ちゃんのお下がりあるから……。ミトンだけど……」
美紅里「次、ウェア、ヘルメット、ヒッププロテクター」
ゆき「あ、プロテクター買わなきゃ」
れぃ「……やっぱ、いる?……」
美紅里「お尻が4つに割れていいなら要らないよ」
れぃ「……買う……」
美紅里「そういやウェアにチケットホルダー付いてた?」
ゆき・まみ・れぃ「付いてまーす!……ます……」
美紅里「インナーはあるもの着るとして……スノボ用の靴下は?」
まみ「お姉ちゃんのお下がりの中にあった。これだらず?」
まみはリュックから靴下を取り出す。
美紅里はチラっと見て、そうそうと頷く。
ゆき「ホームセンターで売ってたパイル生地の分厚い靴下でもいいのかな?それならあるけど……」
美紅里「うん。たぶん大丈夫」
れぃ「……あたしは持ってねぇ……」
美紅里「最後にゴーグル」
ゆき「あ、それ忘れてた!」
れぃ「あたしは板もらった時にゴーグルももらった」
まみ「あたしもお姉ちゃんのお下がり」
ゆき「お金足りるかな……」
美紅里「あ、ゆき。あたしのお下がりでよければ1つ余ってるけどいるか?」
ゆき「いる!欲しい!」
まみ「ゆきちゃん、よかったね〜」
れぃ「……買うものこれだけかな?……」
美紅里「できれば買っておいた方がいいのはフェイスマスク。雪焼けしてパンダになりたくないなら要るよ」
ゆき・まみ・れぃ「「「買う!」」」
そうこうしているうちにスポーツ用品の量販店に着いた。
れぃ「……もっと専門店みたいな所に行くのかて思ってた……」
美紅里「そりゃ専門店の方が良い物たくさん揃ってるけど、あなた達の懐具合を考えたら、量販店じゃないと揃わないわよ」
まみ「そんなに高いの?」
美紅里「ほんとピンきり。板だって安い板なら1万円台からあるけど、高い板だったら10万余裕で超えるからね」
ゆき「美紅里ちゃんはどんな板で滑ってるの?」
美紅里「メーカーや板の名前言ってもあなた達わかんないでしょ?」
ゆき「あ、そうじゃなくて、今後続けて行くんだら、いくら位の板を買ったらいいのかな……って」
美紅里「そこは値段じゃないの。板の硬さだったり性能だったり形状なんかを考慮して必要な板を買う。高い板を買ってもやりたい事に適してない板だったら意味ないでしょ?」
美紅里に連れられ店内のスノーボードコーナーに向かう。
まみ「すごーい!板がいっぱい!」
れぃ「……あ、このウェアかわいい……」
美紅里「まずブーツのコーナー行くわよ」
ブーツのコーナーには所狭しとブーツが並んでいる。
ゆき「どのブーツを買えばいいんだ?」
れぃ「……このブーツかわいい……って、高っ!……」
美紅里「あなた達はエントリーモデルのこの辺りよ」
まみ「黒ばっかりだね」
ゆき「シルバーが良かったな……」
美紅里「スキーブーツならシルバーも見たことあるけど、スノボブーツでシルバーは見たことないなぁ」
れぃ「……さっきのかわいいブーツに比べたら安いけど……やっぱいい値段するな……」
美紅里「あなた達なら、このモデルか、これか……この辺ね。あとは好み」
ゆき「なんかブーツにダイヤル付いてる」
美紅里「そのダイヤルを回して締め付けるの」
まみ「こっちの編み上げのブーツとどっちがいいの?」
美紅里「ダイヤルの方が簡単。ちょっと高いけど。とりあえず好みのモデルを選んで。選んだら店員さん呼んで試着させてもらうから。ブーツのスペックはタグに書いてるし、それだけでわからなかったらホームページ見てね。じゃあ、あたしは他のコーナー見て来るんで、選んどいてね」
高校生1年生にとって万単位の買い物は高価な買い物と言える。
三人とも真剣に選ぶ。
美紅里が席を外したのには意味があった。
まみ達にとってスノーボードの世界は未知の世界。
未知の世界であるが故に不安。
不安であるが故に経験者であり顧問である美紅里の意見に重きを置き、自分で選択すると言う楽しさや、判断する責任を忘れてしまう危険性があったからだ。
美紅里は他のコーナーを見てまわるフリをしながらも、あーだこーだ言いながら選ぶ教え子達の姿を微笑ましく見て「ほんとはコレが楽しいんだから」とつぶやいた。
三人の様子をチラ見しながら時間を潰す美紅里。
20分後、ようやく決まった様子なので三人の元に戻った美紅里。
美紅里「決まった?」
ゆき「これが第1候補で、これが第2候補。あとは履いてから決める」
まみ「あたし、これにした」
れぃ「……あたし……美紅里ちゃんが言ってた候補よりも、ちょっと高いけどこれがいい!美紅里ちゃん、これ初心者でも大丈夫!?」
美紅里「どれどれ?……うん。いける」
れぃ「じゃあコレ!」
美紅里「じゃあ試着して見ようか」
美紅里は店員を呼び、試着をしたい旨伝える。
店員「いらっしゃいませ。じゃあ皆さん、足のサイズを測りますので靴を脱いでこちらに座って、この台の上に足を置いて下さい」
順番に足のサイズを測ってもらう。
適応したサイズを倉庫から店員さんが持って来てくれた。
美紅里「まみ、持って来たスノボ用の靴下に履き替えな。ゆきとれぃはあたしのスノボ用靴下に履き替えて」
そう言われて三人があたふたと靴下を履き替える。
店員はブーツを履きやすいように準備してくれている。
店員「じゃあ、履いてみて下さい。履いたら踵を床に打ち付けるようにして踵をピッタリ合わせて下さい」
三人ともブーツを履いて踵を床にゴンゴンと打ち付ける。
店員「この時点でつま先が詰まってる感じしますか?」
まみ「あたしはいける」
ゆき「ん……ちょっとキツイかな……?」
れぃ「あたしはけっこう余裕ある感じ」
店員「じゃあワンサイズ違うのを持って来ますね」
店員さんは倉庫からそれぞれワンサイズ違う物を持って来てくれた。
ゆき「あ、これはいい感じ!」
れぃ「……あたしもジャストフィットって感じだ……」
店員「じゃあ次はブーツのスネが当る部分を足首に押し付けるようにして……そうそう。どうですか?」
三人とも頷く。
どうやらいい感じのようだ。
店員「じゃあ次は、このダイヤルをパチっと音がするまで押し込んで、時計回しに回して下さい」
パチっ!カリカリカリカリカリカリ……
れぃ「おぉ!なんか締め付けられて来た!」
まみ「面白い!」
ゆき「これ、どこまで締めればいいの?」
店員「痛くない程度に、でもある程度はガッチリ締めて下さい。締めすぎたと思ったらダイヤルを引っ張れば緩みますので、もう一度締めてみて下さい」
まみ「この位かな?」
店員「履けたら、ちょっと歩いてみて下さい」
ゆき「うわっ!歩きにくっ!」
まみ「足首が全然動かない」
れぃ「……ロボットになった気分……」
店員「足は痛くないですか?つま先、足の甲、かかと、くるぶし、痛い所があったら言って下さい」
まみ「制服着てスノーボード用のブーツって何か変な感じ(笑)」
どうやら三人とも問題なさそうだ。
これでブーツは決まった。それぞれカートにブーツの箱を入れて次のコーナーへ。
次はグローブだ。
美紅里がさっき店内を見て回っていたので、ワゴンセールのコーナーに三人を連れて行く。
まみはののこのお下がりがあるので、一緒になって見ているだけだ。
れぃ「……ワゴンセールと言っても高い……」
ゆき「いいな……と思ったら高いんだしない〜」
まみ「こっちにもあるよ」
ゆき「おっ!安い!けど、どれもこれも黒一色か〜」
れぃ「……ブーツでちょっと頑張ったから、手袋はこれで我慢しよ……」
結局二人ともグローブは黒一色のワゴンセールの物になった。
他にもプロテクターやスノボ用の靴下をカートに入れて行く。
美紅里「これで揃った?」
ゆき「揃ったけど、お金足りるのか?」
そう言ってスマホの電卓で計算するゆき。
いつも以上に目が真剣だ。
美紅里「あ、ちょっと待って。ここのアプリをインストールしたら割引クーポンが……うん、ある。5%だけど」
ゆき「マジ?5%でもありがてぇ!」
まみ「あたしも入れよっ!」
れぃ「……ふっふっふっ……あたしは既にインストール済みだ……」
美紅里「あ、あたしがまとめてカードで払えば10%オフだ」
ゆき「美紅里ちゃん!お願いします!」
まみ「あたしも!」
れぃ「ぜひっ!」
こうして全員分の会計を美紅里がカードで払い、まみ達は美紅里にそれぞれ現金を渡す。
ゆき「買えたね〜」
まみ「帰って試着しよ!」
れぃ「……家で試着した写真、ラインのアルバムに入れようぜ……」
美紅里「あなた達、ちょっと待った!まだ帰っちゃダメよ」
ゆき「まだ何かあるんですか?」
美紅里「こう言うスポーツ用品店にはスキー場のリフト割引券が無料配布されてたりするの。パンフとかも置いてるから、それをもらって帰って行き先とかの参考にするといいわよ」
出口付近の棚にたくさんのスキー場のパンフレットや割引券が置いてあった。
ゆき達は片っ端から集めて袋に入れる。
買い物の袋とパンフレットを抱えて車に乗り込み、学校に戻る。
帰りの車の中も当然スノーボードの話題。
美紅里「あ、しまった、忘れてた」
ゆき「どしたの?」
美紅里「あなた達、ボードの盗難防止対策、何か考えてる?」
まみ「スノーボードって盗まれるんか?」
美紅里「盗まれる」
れぃ「……安い板とか古い板でも?……」
美紅里「盗まれる」
ゆき「具体的に盗難防止対策って?」
美紅里「一つはワイヤーロック。自転車のワイヤーロック見たいな物ね。スノボ用のは軽くてポケットに入るサイズ」
まみ「いくらくらいするの?」
美紅里「700円〜1000円くらいあれば買える」
れぃ「……『一つは』って事は他にもあるの?……」
美紅里「あとはステッカーチューン」
ゆき「ステッカー貼るだけで盗難防止になるの?」
美紅里「今日、お店で板が売られてたのを見たと思うけど、同じデザインの板で長さの違う板があったでしょ?あれを買ってスキー場で同じデザインの板があった場合、見分けが付かない。悪意の盗難もあるけど純粋に取り違える事もあるのよ」
れぃ「……なるほど。だから自分のだってわかるようにステッカー貼るんだ……」
ゆき「どんなステッカーでもいいの?」
美紅里「フィルムタイプの物であればたいがい大丈夫。紙のシールはダメよ」
ゆき「あたし家に裏十二支大戦のステッカーいっぱいある!」
美紅里「それでいいよ」
ゆき「すぐ剥がれちゃいそう……」
美紅里「デッキの脱脂をしてやれば大丈夫」
れぃ「……デッキって何だっけ?……」
美紅里「ビンディングを付けてる面!ソールの反対側!覚えなさい」
れぃ「……すんません(苦笑)……」
美紅里「脱脂して、ステッカーの縁にマニキュアのトップコートを塗ってやればそうそう剥がれないわよ」
ゆき「家で探そーっと」
まみ「脱脂ってどうやるの?」
美紅里「今朝、ワックスがけした時にリムーバーって使ったでしょ?あれをペーパーに染ませて拭き上げて、最後にアルコールで拭き上げるだけ」
れぃ「……どこに貼ればいい?……」
美紅里「どこでもいいわよ。あ、でもあまりエッジの近くは止めた方がいい。エッジまわりはどうしてもステッカーが剝がれやすいから」
予定より早く学校に到着したので、そのままデッキの脱脂作業をする事になった。
ゆき「デッキもけっこう汚れてるじゃ〜ん。ペーパーが真っ黒だ」
まみ「あ、でもさっきまでベタベタしてたけど、ツルツルになってきた」
れぃ「……どこに貼らずか……美紅里ちゃんはどんな感じで貼ってるだ?……」
美紅里は奥から板を出して来て三人に自分の板を見せた。
ゆき「すげぇっ!美紅里ちゃんの板カッコいい!」
まみ「ビンディングもなんかオシャレ!」
れぃ「……ちょっと持ってみていい?……うおっ!軽っ!」
美紅里「一概に言えないけど、軽さは値段よ」
れぃ「……あたしの板より長いのに軽い!……」
ゆき「え〜っと、聞いていいのかな……美紅里ちゃんの板っていくらくらいするの?」
美紅里「板だけなら定価で10万切るくらい。型落ちで買ったから5万くらいだったけど。ビンディングは3万くらい」
まみ「13万!」
れぃ「……そりゃ盗まれるわ……」
美紅里「もっと高い板なんていくらでもあるわよ。さ、暗くなって来たし、あなた達もぼちぼち帰りなさい」
ゆき・まみ・れぃ「「「は〜い」」」
板は理科準備室に置いたまま、三人は今日買った買い物袋を抱えて駅に向かう。
ゆき「ブーツ買ったらブーツ用のバッグがオマケで付いて来たのラッキーだったね」
まみ「みんな同じバッグだからわかるようにしとかねぇと」
れぃ「……えっと……よかったらコレあげる……」
そう言うとれぃはキーホルダーを3つポケットから取り出した。
れぃ「……トースターで温めたらキーホルダー作れるプラ板で作ってみたんだ……あの……おそろいなんで……」
照れながら差し出したキーホルダーにはそれぞれかわいいポップで名前が書かれており、また三人の顔をディフォルメ化したイラストが描かれていた。
まみ「えっ!かわいい!れぃちゃんが作っただ?」
ゆき「ありがとう!れぃ、イラスト上手っ!」
れぃ「……あんま見んな……恥ずかしい……」
そう言うと顔を赤くしてプイと顔を背ける。
その頃、美紅里も自分の机の上に自分の顔がディフォルメ化されたイラストのキーホルダーが置かれている事に気付いた。
イラストと「!!」のポップが入っている。
そのキーホルダーと一緒に小さいメモが添えられており、そこには「美紅里ちゃんへ あげる」とだけ書かれていた。
誰からかは書かれて無かったが、美紅里はそれがれぃからの物だと何となくわかった。
キーホルダーをつまみ上げ、眺めながら「ふふっ」と顔をほころばせる。
三人と美紅里のグループラインに美紅里かられぃ宛にキーホルダーの写真と「れぃ、ありがとう」のメッセージが入り、ゆきとまみはそれを見て美紅里のキーホルダーもかわいいと絶賛。
さらに顔を赤くしてそっぽを向くれぃ。
三人の全く同じブーツバッグには、それぞれのキーホルダーが取り付けられた。
もちろん美紅里のブーツバッグにも。
自宅に戻った三人は、さっそく試着。
同じメーカーの色違いのウェア。
ゆきは水色、まみは淡いピンク、れぃは薄い紫色で、デジタル迷彩のような柄だ。
床に新聞紙を敷いて、その上で今日買ってきたばかりのブーツを履く。
ヘルメットにゴーグルを付けて被る。
最後にグローブをはめて、姿見の鏡に写った自分を見る。
そこにはいっぱしのスノーボーダーの姿があった。
スマホを取り出し自撮りで写真を撮り、写真をグループラインのアルバムにどんどん投稿して行く。
最初は突っ立った状態で姿見の鏡に写った写真だったが、ゆきがポーズを取った写真を上げてからコスプレイヤーである全員に火がつく。
ふざけたポーズや、滑っている姿勢をイメージしたポーズ、スキー場のパンフレットに載っているモデルのモノマネ……。
れぃに至っては、転んでいる所のポーズやあえてあざといポージングでゆきとまみを笑わせた。
その反応に味をしめたれぃはどんどん面白い写真を撮って行く。
今度は土俵入りの雲龍型のポーズ。
三脚にスマホを取り付け、セルフタイマーをセットしてシャッターボタンを押す。
スマホからピッピッと言うカウントダウンの音がしている間にポーズを取る。
そのタイミングで弟の聡太が部屋に入って来た。
聡太「姉ちゃん、ごはん……」
そこには雲龍型で微動だにしない姉。
聡太「お母さ〜ん!姉ちゃんがまた……」
れぃ「いちいちうっせぇ!」
パシャ
この偶然の一枚は、写真の隅に聡太が写りこみ、見られたくない姿を見られた何とも言えない絶妙な表情のれぃ。
だがポーズは雲龍型。
恥ずかしさはあったもののこれは絶対にウケると確信したれぃはグループラインにその写真を送る。
ピロン♪
れぃ「写真撮ってたら弟が部屋に入って来た」
そこに添えられた写真。
れぃの思惑どおり、ゆきとまみはお腹が痛くなるほど家で笑い転げていた。
三人のシーズンは目前に迫っていた。