第2話「揃ったベクトル」
第2話「揃ったベクトル」
姉「真由美、ほら、起きな!」
いきなり起こされたけど、まだ状況がわからない。
とにかくすごい早朝に起こされた事だけはわかる。
まだ空が薄暗い。
真由美「もうちょっと……」
再び夢の世界に引き返そうとする私にお姉ちゃんの凄みの効いた声が私を現実世界に引きずり出す。
姉「バカ!もう戦いは始まってんだよ!」
そうだった。
今日はお姉ちゃんの所に来てるんだった。
姉「ほら、顔洗って、歯磨いて、髪梳かして!あんたただでさえトロいんだから!」
お姉ちゃんに急き立てられるようにバタバタと出かける準備をする。
姉「できた?じゃあコンタクト入れて。あんた外で入れれるほど器用じゃないでしょ。」
お姉ちゃんの言うとおりコンタクトを入れるのに悪戦苦闘したが、何とか入れる事に成功。
姉「じゃあ、ここ座って。ぱぱっと仕上げちゃうから。」
バタバタと支度を整え、出かける準備が整う。
姉「じゃあいい?忘れ物無い?……って、あんたサングラスしてないじゃん!」
やっと朝日が顔を出した頃、私とお姉ちゃんは荷物を持って駅に向かった。
始発の電車に乗る為だ。
ぎりぎり電車に飛び乗る。
東京でも始発電車は空いてるんだな……と思ったのもつかの間、次の駅、また次の駅と駅に止まる度に乗客が増える。
真由美「お姉ちゃん、いつもこんななの?」
姉「私も普段は車だからね。いつもがどんな感じかは知らないけど……。でもたぶん今日は特別。あ、ほら、降りるよ。」
駅に着くと乗客のほとんどが猛ダッシュして行く。
戸惑いながらも一生懸命お姉ちゃんに付いていく。
真由美「あ、お姉ちゃん!すごい!テレビ!テレビが来てる!東京、すご〜い!」
姉「ちょっ……止めてよ恥ずかしいなぁもう……」
人の流れに流されるように先に進む。
姉「着いたよ。ここが今日の戦場。」
真由美「うわぁ〜〜〜すっご〜〜〜い!ネットで見たのと一緒だ〜〜〜」
姉「だからその恥ずかしいリアクション止めな」
私がお上りさん丸出しの事を言ったせいか、前に並んでいた人数人が振り返る。
吉田「……え"?あ、浅野さん?」
真由美「よよよよよよよ吉田さん?なななななな何でこんな所に!?」
その会話を聞いたお姉ちゃんが冷静なツッコミを入れる。
姉「ここに来て『何で』も何もないじゃん」
その直後、今度は後ろからガマガエルを踏み潰したような「げっ!」と言う声が聞こえ、私と吉田さんは振り返る。
そこにはいつも表情をほとんど変えない向井さんが明らかに引きつった表情で立っていた。
真由美「あの……む……向井さんも、その……ここで……?」
向井「………………。」
真由美「む……向井さん?」
向井「あ〜ぁ!そうせい(そうだよ)!今日ここに来て、ここに並んでる時点で他に目的なくね??!」
真由美(ええええぇぇぇぇ〜何でキレてんの〜〜〜?)(滝汗)
そう。
ここは東京ビックサイト。
そして今日は国内最大とも言われる同人誌即売会「コミックゲノム」通称「コミゲ」が開催されるのだ。
そして今私がいるのは、その「コミゲ」のコスプレ参加者が受付を待つ列なのだ。
確かにここにいて「何をするか」と言う質問は愚問でしかない。
昨日、偶然地元から同じ電車に乗って来たクラスメイト3人は奇しくも同じ目的地に同じ目的で向かっていたのだ。
そしてその事をたった今、全員が理解した。
笑いを必死でこらえる真由美の姉。
姉(真由美のクラスメイト、オモロっ!)
吉田「あ、浅野さんも向井さんもレイヤーだったんじゃん。どのくらいやってるだ?」
真由美「わ、私は今日が初めて。お姉ちゃんが連れてってくれるって言うから……」
向井「……中2……」
既に向井さんのキャラが元に戻っている。
真由美「あの……吉田さんは?」
吉田「私も中2から。あ、コスネットやってる?相互フォローしずか(しようか)!」
さすがの吉田さんも、この状況で何を話していいか解らないと言った感じ。
コスネットは「コスプレイヤーネットワーク」と言うSNSで、情報交換やコミュニケーションが取れるアプリだ。
真由美「入れてるけど、こないだ使い始めたばかりだから、使い方よくわからなくって……」
吉田さんはアプリの使い方を手とり足とり教えてくれた。
吉田「……で、ここをタップするとQRコードが表示されるから……。そうそう。じゃあ、それを私のスマホで読み取って……完了っと」
まさに手とり足とり、アドバイスをもらいながら、作業を進める。
真由美「吉田さん、ありがと〜。まだ推しのレイヤーさん2人とお姉ちゃんフォローして、フォロバもらっただけなんだけど……。あれ?吉田さんどうしただ(どうしたの)?」
吉田さんはスマホを見て固まっている。
私の呼びかけに我に返ったようだが、どうにも混乱しているみたい。
吉田「え〜っと、ちょっと確認なんだけど……。浅野さんがフォローしてるのって推しのレイヤーさんが2人とお姉さん……だよね?え〜っと、何て言うか…、私と浅野さん、既に相互なんだけど……」
既に相互と言う事はまさか……
真由美「えっ!?よ……吉田さんのレイヤーネームは?」
吉田「『ゆき』。名前が美幸なんで『ゆき』」
まさか憧れていたレイヤーさんの一人がクラスメイトの、しかも目の前にいる吉田さんだったとは。
真由美「ええええぇぇぇぇ!ゆきさん?吉田さんがゆきさん!?えっと、あの、ファンでふっ!」
噛んだ(恥)
吉田さんは照れくさそうに両手を私の方に突き出し手を横に振る。
吉田「ちょっ!止めてよ〜……」
私の突然のファン宣言にうろたえる吉田さん。
そしてすぐに吉田さんは話題を変えようと話し出す。
吉田「それより凄いね、超有名レイヤーの『ののこ』さんからフォロバもらってるじゃん!って事は、この『れぃ』さんがお姉さん?」
それに反応したのは、それまでノーリアクションだった向井さんだ。
向井「……なぬ?……ちょっと見せて……」
スマホを覗き込み、フォローしているレイヤー一覧のアイコンを確認し、バツ悪そうに上目遣いで喋りだす。
向井「……え〜っと、この『れぃ』、私なんだけど……」
そう言うと視線を反らすように顔を背ける。
推しレイヤーの二人が、どちらもまさかの目の前にいるクラスメイト。
もう何が何やら。
真由美「ええええぇぇぇぇ!向井さんが『れぃ』さんなの!?」
そう叫ぶのが精一杯だった。
あきらかに顔を紅潮させている向井さん。
向井「……向井玲奈。だから『れぃ』……」
照れくさそうにボソッとつぶやく。
真由美「えっ?えっ!?あっ!ふ、ファンです!」
向井「……止めろ」
無表情な向井さんがあからさまに照れている。
耳まで真っ赤になっている。
(ぷーっ!)
横でお姉ちゃんが吹き出す。
姉(この子ら、おもしれー!)
そこで吉田さんがはたと気付いた。
吉田「ちょっと待って!っ事は、お姉さんがまさか……『ののこ』さん!?」
真由美「うん。お姉ちゃん浅野紀子。あさ『のの』り『こ』で、ののこ。」
ご紹介に預かりました〜みたいなノリでお姉ちゃんが会話に割って入る。
姉「はーい、ののこでーす!」
それを聞いて奇声を上げたのは、今度は吉田さんと向井さんだ。
吉田・向井「「ええええぇぇぇぇ!ふ、ファンです!」」
ののこ「いや、ここでそう言うの止めろ(苦笑)」
吉田さんと向井さんがこんなにテンション上げるって事は……
真由美「お姉ちゃんってそんなに有名なの?」
私としては至極当然な疑問を口にしただけなのだが、それに即座に食い付いたのは向井さん。
向井「あ"ぁ"?ののこさんはフォロワー数3万超えの超有名レイヤーさんじゃねぇか!そんな事も知らずに妹やってたのか!?」
真由美(はわわわわ……。また向井さんキレてる〜!こわい〜)
真由美「いや、お姉ちゃんはお姉ちゃんだし(はわわわわ)」
場を収拾すべくお姉ちゃんが吉田さんと向井さんに話しかける。
ののこ「と、とりあえず二人ともフォロバしとくね〜」
一瞬顔を見合わせた吉田さんと向井さん。
吉田・向井「「あざーっす!」」
体育会系を思わせるようにシュバっと頭を下げる。
つまりまとめると、私のお姉ちゃんは有名なレイヤーさんだったみたいで、吉田さんも向井さんもお姉ちゃんのファン。
で、私はクラスメイトと知らず、また吉田さんも向井さんも私と知らず、お互いフォロー、フォロバしていた。
ののこ「は〜い、フォロバしといた
よ〜」
目を輝かせてそれを見ていた吉田さんと向井さん。
吉田・向井「「あざーっす!」」
吉田「うわぁ〜!ののこさんにフォローしてもらったぁ!」
向井「あざっす!マジ、あざーっす!」
どうやら向井さんはテンションが上がるとキャラが変わるようだ。
目つきもジト目からどんぐり眼になってる。
ホント、猫みたいでかわいい。
そこから折りたたみのアウトドア用の小さな椅子を出して、みんなで朝ごはん。
お姉ちゃんと吉田さんと向井さんは談笑しているが、何となく会話に入れない。
その雰囲気を察してくれたのか、吉田さんが話を振ってくれた。
吉田「浅野さんのコスプレネーム、『まみ』は名前から来てるだ?」
真由美「えっ、あ、はい。名前が『真由美』なんで真ん中の『ゆ』を飛ばして『まみ』」
吉田「じゃあ、ここで本名で呼び合ったら個人情報だだ漏れなんで、この後は『まみ』ちゃんって呼ぶね。私も『ゆき』でいいから」
向井「……私も『れぃ』で……」
まみ「うん、わかった!『ゆきちゃん』『れぃちゃん』!」
ゆき「『ちゃん』いらないよ」
と、ニカっと笑う。
れぃ「……あたしも『ちゃん』いらない……」
人に対して「さん」や「ちゃん」を付けずに呼んだ事なんて一度も無い。
まみ「えっ、えっ…、じゃあ私も『まみ』でお願いします」
と答えたものの「さん」も「ちゃん」も付けずに呼べる気がしない。
そこにまたお姉ちゃんが茶々を入れるように会話に入って来る。
ののこ「いいねぇ〜、青春だね〜。わたしも『ののこ』でいいよ〜」
ゆき・れぃ「「そうは参りません『ののこさん』!」」
何故かハモる吉田さんと向井さん。
いよいよ更衣室が開放された。
ぞろぞろと列が前に進む。
ののこ「いい?真由美、中に入ったら、とにかく素早く着替えて外に出る事!ここからは戦いだよ。」
お姉ちゃんの目がいつになく真剣だ。
更衣室に入った!
バタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタ
(描写は差し控えます)
ののこ「真由美!先に行くよ!ここからは別行動だからね!」
まみ「お、お姉ちゃ〜ん」
ゆきちゃんとれぃちゃんは?
もう居ない〜(泣)
とにかく着換え終わらなきゃ。
衣装は左が前で……袴履いて……。
手袋して……って、先に手袋したらしっぽが付けれない(汗)
しっぽ付けて、けも耳カチューシャして……いらない物をスーツケースに入れて……、小道具持って……。
よしっ!
何とか着換えて外に出る。
お姉ちゃんに聞いていたように荷物をクロークに預ける。
さて、ここからどうしたものか。
何せコスプレイベント初参加。
とりあえずウロウロしてみる。
すると人だかりを発見。
覗き込んてみるとその人だかりの中心にお姉ちゃんがいた。
まみ(お姉ちゃん、マジで人気レイヤーだったんだ)
よく見ると他にも小規模な人だかり。
するとその中心にはゆきが居た。
ほわぁ〜!
四精霊戦記の風の騎士、シルフィード様だっ!
ポーズめっちゃキマってる!
尊い尊い尊い尊い!
しゃ、写真撮りたい!
スマホを取り出し、他の人に混じって写真を撮る。
やっぱ、ゆきさん凄いなぁ……。
写真を撮り終え、またウロウロしていると聞き慣れた声。
れぃ「はははははは!我にひれ伏せ!」
あ、れぃちゃんだ!
『ドジでマヌケな魔王がいてもいいじゃない』のグルキャナック様だ!
凄いっ!
ノリノリだ!
尊い尊い尊い尊い!
写真写真っ!
またも人に紛れてスマホで写真を撮りまくる。
そんな中…、
カメラマン「あの〜、写真いいですか?」
え?わ、私に声かけた?
一眼レフカメラって言うのかな。
おっきなカメラを持ってる男の人だ。
あ、れぃちゃんとツーショット撮りたいからシャッター押して欲しいって事?
まみ「えっ?あの……大きいカメラとか使い方、わからねぇんだが(わからないんだけど)……」
突然話しかけられて方言丸出しだ。
キョトンとした表情のカメラマン。
カメラマン「は?いや、そうじゃなくって……。あの…格ゲー『裏十二支大戦』の巫狐さんですよね?」
まみ「あ、あ、あの、……はい。」
カメラマン「写真撮影ダメな感じですか?」
えっ?ひょっとして、私の写真を撮るって事?
まみ「いえ、いえ、はい、あの、OKです!」
ひゃ〜〜〜〜!
初めて写真撮影とか言われた〜〜〜!
まぁコスプレ初参加だから、何から何まで初めてなんだけど、初参加から写真撮影とかなるの?(汗)
既にカメラマンさんは撮影準備が終わっている。
カメラマン「じゃあポーズお願いしま〜す」
え〜〜〜?
ど、どうしたらいいんだろ〜〜〜?
おそるおそるカメラマンに聞いてみる。
まみ「えっと、どんなポーズが……」
カメラマン「あ、じゃあ、勝った時のキメポーズでお願いします!」
このゲームはかなりやり込んだゲームで、巫狐は推しキャラ。
一連の動きは全て覚えている。
手に持った武器のお祓い棒を振りかざしポーズを取る。
その瞬間、カメラマンの一眼レフカメラからシャッター音が連続で鳴り響く。
ギャラリー「おい、あれ!裏十二支大戦の巫狐じゃん!すっげ!クオリティー高っけっ!俺らも撮らせてもらお!」
そんな声が聞こえたかと思うと、またたく間に人が集まって来た。
ギャラリー「次、負けた時のポーズお願いします!」
負けた時のポーズ。
その場にぺたんと座り込み、人の手よりニまわり大きな肉球の両手を目の辺りにかざし、わんわんと泣くポーズを取る……と、同時にシャッター音が鳴り響く。
ギャラリー「キャラ選択画面のポーズで!」
ギャラリー「引き分けの時の!」
ギャラリー「パッケージイラストのポーズできますか?」
次々に来るリクエストにこたえて行く。
ギャラリー「技とかもいけますか?『狐火乱舞』お願いしま〜す」
その技はポーズとしては、両腕を大きく広げるだけなのだが、ゲームの中では袖や髪、しっぽが重量に反して上にたなびくのだが、さすがにそれは表現できない。
ギャラリー「『狐幻神楽』もお願いします!」
このポーズはゆっくりとした動きではあるが、フィギュアスケートのスピンのようにその場で回転し、遠心力で袖、髪、しっぽが水平方向に広がる。
これも表現できず、ただ両手を合わせた万歳のポーズになってしまう。
狐火乱舞も狐幻神楽もこんなんじゃないのにっ!
自分がしている最も好きなキャラクターの、しかも最も見せ場たるポーズを再現できない悔しさとこれじゃない感。
ギャラリー「レイヤーさんお疲れですので、一旦打ち切りまーす!カウント入りま〜す、10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、0、お疲れ様でした〜」
ゼロカウントと同時に自分を囲んでいたカメラマンは撮影を止めて、こぞってこちらに近付いてくる。
えっ?えっ?なんか私、マズい事した?
明らかに挙動不審になっている私にカメラマンさんが名刺を差し出した。
カメラマン「すみません、コスネットとかされてますか?撮った写真送りますんで。」
あ、お姉ちゃんが言ってたのコレなんだ!
まみ「あ、はい、あの、ちゃっ……ちょっと待って下さい!」
カバンの中からコスネットのアカウントのQRコードを印刷したスケッチブックを取り出す。
今度はこのスケッチブックからQRコードを読み取る列ができる。
それと同時にカメラマンが声をかける。
カメラマン「ファンになりました。フォローさせてもらいます。」
カメラマン「可愛かったです」
カメラマン「写真送りますね」
まみ「あ、は、はい、あの、とんでもないですっ!ありがとうございますっ」
え〜っ、こんなんなるなんて、お姉ちゃんから聞いてないよ〜(滝汗)
何が何やらあたふたしていると後ろから聞き慣れた声。
ののこ「まみ、お疲れ〜」
まみ「あ、お姉ちゃん」
ののこ「ちゃんとレイヤーさんしてたじゃん。ニッシッシ」
お姉ちゃんがからかうようなちょっと意地の悪い表情で笑う。
耳ざといカメラマンが反応する。
カメラマン「え〜っ!ののこさんの妹さん?あ、あの、お二人のツーショットいいですか!?」
お姉ちゃんはニコっと笑いながらも、
ののこ「ごめんなさ〜い、今は休憩中なんで、また後でお願いしま〜す」
とカメラマンさんに断る。
すごっ、お姉ちゃんさすがに慣れてる……
ようやく騒ぎが収まった頃にはもう撤収時間だった。
文字通りフラフラになりながらお姉ちゃんと更衣室に向かう。
ののこ「真由美、ちゃんと水分取ってた?」
まみ「あ、忘れてた」
ののこ「バカっ!すぐ飲みな!あと、塩タブも食べて!」
そこで初めて自分が脱水している事に気づく。
ゆき「あ、ののこさん、まみ、お疲れ様でーす」
れぃ「……さまで〜す……」
ゆきちゃんとれぃちゃんも撤収して来たようだ。
ののこ「ちょっと聞いて、この子全然水分摂って無かったみたいなの」
ゆき「え〜〜〜っ!よく倒れなかったね」
れぃ「……水分大事……」
やれやれといった表情でお姉ちゃんは続ける。
ののこ「二人はこのまま帰るの?泊まり?」
ゆき「あ、帰ります。」
れぃ「……あたしも切符もう買ってる……」
お姉ちゃんは私の方をチラっと見て小さくため息。
ののこ「ゆきちゃん、れぃちゃん、よかったらこの子と一緒に帰ってやってくんない?ちょっと心配だから」
こうして私は帰りも吉田さんと向井さん、いや、ゆきちゃんとれぃちゃんと一緒に帰る事になった。
幸い、真夏ではあるけど、曇りがちの天気で風もあったせいか、立て続けにスポーツドリンクを飲んだら徐々に回復した。
帰りの電車の中で、またも3人で今日の話。
行きの電車と違い、何も隠す事も無いトーク。
普通に喋れていた事を後になって気づく。
まみ「でね、『狐火乱舞』のポーズしたんだけど、ただの『体操体形に開け』みたいなポーズで、いっさら(全然)『狐火乱舞』じゃ無かったんじゃん。何かそれが悔しくってさぁ」
うんうんと頷くゆきちゃん。
ゆき「あ〜、わかる〜。シルフィードも突撃のシーンって、こう……地面に這うくらいの低い姿勢で猛スピードで突進するのがカッコいいのに、ポーズしたら、ただのクラウチングスタートみたいなポーズになってしまってさぁ……」
れぃ「……私も、グルキャナックちゃんはアニメの中では、やんちゃで落ち着きが無くて……ってキャラなのにずっと立ちポーズ。あれじゃグルキャナックちゃんの良さが表現できてねぇ。無念……」
れぃちゃんの話にもうんうんと頷くゆきちゃん。
ちょっと諦めたような表情でゆきちゃんが天井を見上げながら話す。
ゆき「まぁね〜、写真撮影だから動けねぇし……。動画撮影だとしても、シルフィードほど高速で移動できる訳でもないから……。悩ましいよね〜。」
コスプレ初心者の私は明らかに知識が足りないので、二人にそれとなく聞いてみた。
まみ「何かいい方法ねえのかや(ないのかな)〜?」
れぃ「……スタジオ借りて、アクションした時の形に衣装を固定して…、って方法はあるけど、お金的な問題が……」
話を聞きながらスマホをいじっていたゆきちゃんが突然声を上げた。
ゆき「えっ!これ、凄っ!ちょっとみんな見て!これならアクションを表現できる!」
いつになく興奮した様子のゆきちゃんが見せてきたのは、動画。
ゆきちゃんが差し出したスマホの画面で再生されている動画のタイトルを私とれぃちゃんが読み上げる。
まみ・れぃ「「巌岳スノーパークコスプレ滑走イベント?」」
そこには様々なキャラクターのコスプレをしたスキーヤーやスノーボーダーが、衣装をたなびかせ、時にはジャンプし、回転したり雪飛沫を上げている様子が写っていた。
ゆき・まみ・れぃ「「「これだぁぁぁあ!!!」」」
私達3人が求めていたコスプレの表現がそこにはあった。
それまで接点の無かったクラスメイトの3人。
偶然にも同じコスプレと言う趣味を持ち、奇しくも同じ不満を抱えた。
そして今まで全然興味が無かったスノーボードにコスプレの表現の為の「手段」として興味を持ち、3人の表現方法のベクトルは揃ったのだ。