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第18話「文化祭!〜前編〜」

第18話「文化祭!〜前編〜」


文化祭までの数日間は目の回るような忙しさだった。


クラブの展示は本当にお茶を濁す程度の展示で早々に準備を終わらせ、クラスの出し物である「コスプレ喫茶」の準備に追われた。


やり手の委員長は遺憾なくリーダーシップを発揮した。


コスプレ喫茶はゆき、まみ、れぃの3人をメインにメニューを構成。

ゆきのシルフィードをイメージした「シルフィードハーブティー」、まみの巫狐をイメージした「巫狐の稲荷寿司」、れぃのグルキャナックをイメージした「グルキャナックチョコレートケーキ」等、飲み物、軽食、スイーツを取り揃えた。

他にもクラス内での人気投票でメイドさんや人気アニメやゲーム、映画のキャラクターのコスプレメンバーのメニューも用意。

これらのイメージメニューを注文し、会計が500円を超えると、任意のコスプレしている生徒一人とツーショット写真が撮れるシステム。


文化祭前日の綿密な打ち合わせと飾り付け。

既に学校中に1年1組がコスプレ喫茶をやる事は発表されている事もあり、学校中から準備を見に来る生徒で溢れかえった。


委員長「よしっ!手応えよしっ!高橋君!明日の本番までに整理券30枚……いや50枚用意できる?」


高橋「オッケ!浅野!向井!吉田!コスプレの写真、クラスLINEのアルバムに送ってくれ」


高橋はパソコン研究部。

当日はクラブの出し物が忙しくクラスの方にはほとんど来れない。

だが、準備での活躍は素晴らしく、メニューの作成やポップ等パソコンで作れる物を一手に引き受けている。

カバンからタブレットを取り出し、即座に整理券の作成に入る。

三人の写真を元にディフォルメ化したイラストを描き上げ、そのイラストを添えた整理券のデザインを作る。

1時間後にはデザインが出来上がり委員長のチェック。


委員長「小森!コンビニとんで(走って)!このデータ、複合機で印刷して来て!」


小森「ガッテン承知!」


小森は通学にスクーターを使っているので機動力が高い。

主に買い出しや使いっ走りとして活躍している。


委員長「そこの二人!手が空いたら、このポスターをあちこちに貼って来て!移動途中も他の生徒に目立つように!」


こうして万全の準備が整った。


ゆき達ホール係もシミュレーションと写真対応のシミュレーションだ。


下校を知らせるチャイムと共に準備が完了した。


委員長「皆さんお疲れ様でした。あとは明日、明後日の本番を迎えるだけだ。食料品は朝8時に届けてもらう手はずになってます。明日の開場は9時からなんでそれまでに各自着替えが間に合うように来てくんなさい。着替えは男子が教室、女子は女子更衣室の使用許可をもらってますのでそちらでしてくんなさい。では、明日、明後日、頑張りやしょう!」


委員長のシメの言葉に全員気合いの入った「オー!」と言う返事で返す。

まみも小さい声ながら「オー!」と言っているのをゆきとれぃは聞いた。


そして文化祭当日。


7時の時点でほとんどのクラスメイトが登校している。


ゆき「あたし達も着替えに行かずか」


まみ「え?もう?」


れぃ「……女子更衣室から教室まで戻って来なきゃいけねえんだぞ?他のクラスの子らが来る前に着替え終わって教室で待機の方が良くねえか?……」


まみ「あっ!……行かずか(行こう)!すぐ行かずか!」


ガチレイヤー三人組はキャリーケースを引いて更衣室に向かう。


更衣室は体育館の1階。

教室からはけっこうな距離がある。

位置的には体育館と教室は学校施設の対角に位置する。


更衣室に着いて即座に着替え始める。

ゆきはドレス型の鎧の衣装で装着に時間がかかる。

まずはドレスを着て腕と肩以外のアーマーの装着。

そこからメイクとウィッグ。

最後に腕と肩のアーマーの装着だ。


れぃもミニドレスに羽や小道具の装着を済ませ、メイクに入る。


まみはまだカラコンを入れるのに手間取っている。

慌てれば慌てるほど上手く入らない。


まみ「あ〜もぅ!カラコン入らねぇ!」


どうやらカラコンを入れる事に集中して今からコスプレ喫茶でホール係として立つ事を忘れているようだ。


やっとカラコンを両目に入れた時点でゆきとれぃはほとんど準備を終えている。


まみ「ゆきちゃんもれぃちゃんも準備早っ!ちょ……ちょっと待って!置いて行かねぇで!」


ゆき「置いてかねぇから落ち着いてやりなよ(笑)」


そこに他のクラスメイトが入って来た。


「すご〜い!吉田さんキレ〜!」

「向井さんもかわいい!」


クラスの女子が入れ替わり立ち代り着替えを終えて教室に戻って行く。


結局、まみの着替えが終わったのはクラスの女子の着替えがほぼ終えたのと同じくらいのタイミングだった。


更衣室から校庭を見ると、既にたくさんの生徒が直前の準備でバタバタと走り回っている。


それを見てまみが案の定怖気づく。


まみ「い……行くの?」


ゆき「行かん訳にゃいかんだろ(苦笑)」


れぃ「……周りなんか気にすんな。堂々としてりゃいい……」


まみ「で……でも……」


れぃ「……じゃあ、あたしの後ろに付いておいで……」


そう言うとれぃは更衣室を出てスタスタと歩き出した。


ゆき「ほら、行くよ!」


ゆきも続く。


置いてけぼりになるのはもっと心細いのでまみもゆきの後ろに隠れるように付いて行く。

最後にクラスメイトの松原が続く。


突如現れた高校の文化祭とは思えないクオリティのコスプレイヤーに視線が集中する。


「あっ!体育祭の時の巫女の子だ!」

「一緒にいる子も凄いっ!」

「先頭歩いてるちってしまい(ちっちゃい)子、かわい〜」

「一番後ろの子もかわいいぞ!」


れぃはいつもと違い、声援に応えるように手を振りながら教室に向かっている。

ゆきも手を上げて応える。

まみは相変わらず肩をすぼめて小さくなって歩いている。


一緒に更衣室を出た松原はこのチャンスを逃さなかった。

「1年1組、コスプレ喫茶やりまーす!皆さん来てくんなさいねー!」

大声で宣伝を始めた。


これは委員長の戦略である。

宣伝を始めた松原は女子バスケ部員。

普段から大きく通る声を出し慣れている。

また高身長でスタイルも良い。

ルックスもボーイッシュではあるが、なかなかハイレベル。

そんな子が今日はフリルふりふりのメイド姿だ。

ゆき達が居なければ、十分視線を集め得るくらい。

委員長はまみが更衣室からなかなか出れないのでは無いかと判断し、松原を助っ人として派遣したのだ。


松原「はーい、先着50名様に割引券ありまーす!欲しい人は並んでくんなさーい!」


校庭にいた生徒達は松原の元にわらわらと集まり、松原は手際よく割引券を配って行く。

まみ達が教室に行く時間を稼ぎ、まみ達への注目を反らしたのだ。


さらにこの宣伝効果は絶大だった。


松原「ご来店時に500円以上のお会計でお好みのコスプレイヤーとツーショット写真が撮れるサービスもやりまーす!カッコいい男子もいますので、女のコも是非遊びに来てくんなさーい!」


1年1組のコスプレ喫茶の噂はまたたく間に広がった。

もちろん体育祭の時の巫女(巫狐)もいると広がる。


8時40分、全生徒はそれぞれ自分の持ち場につき、持ち場が特にない生徒は校庭に集められた。

校長の開会の話が始まり、各教室にも放送で校長の声が流れて来たが、誰も聞いていない。

校庭に集まった生徒は皆1年1組の列に気が向いている。

この列だけ全員コスプレだったからだ。

9時ちょうどになれば文化祭がスタートする。

スタートしたら生徒は各々、出し物の対応を開始し、また出し物担当で無い生徒は好きな所の出し物や展示を見に学校中に散って行くと言う流れ。

校長の話が終わり、生活指導の先生の文化祭中の注意事項が始まるが、やはり生徒は誰も聞いていない。

文化祭前に生徒全員に講堂で行われる演劇やコンサートのプログラム、また各クラス、クラブの出し物が書かれたパンフレットが配られ、人数制限のある自主制作映画の上映やコンサートの良い席の確保は早いもの勝ちなのである。

また、喫茶店や売店、出店等は商品が売り切れたらそこで終わりなので争奪戦である。


8時55分、先生の話から放送部に学校放送の主導権が渡った。

放送部の文化祭特別番組が他のクラブに先駆け開始される。

パーソナリティの挨拶から文化祭についての小粋なトークが始まる。


8時59分、いよいよスタート直前。

放送部「さていよいよ文化祭の開幕です!皆さん準備はよろしいでしょうか?それではカウントダウンに入ります!10、9、8……」


カウント7辺りから2年生、3年生から一緒にカウントダウンする声が混ざる。


「7、6、5……」


やがてカウントダウンは1年生も同調し始め、やがて学校中からカウントダウンが聞こえ学校を包んで行く。


「4、3、2、1、スタートぉ!」


拍手と共に歓声が上がり、生徒は各々好きな所に散って行く。

特に2年生と3年生の初動が早い。

目的の場所に動き始めている。


放送部「いよいよ始まりました秋桜祭の開幕です!皆さんにお願いします。怪我や事故の防止の為、秋桜祭開催期間中は校内で走る事を禁止しております。皆さんのご協力をお願いします」


この学校は自由な校風ではあるが、守るべきルールは遵守させる決まりである。

この秋桜祭中の「校内走行禁止令」も遵守すべきルールの一つ。

校内のいたる所に教師の目が光っており、走っている生徒がいたら即座に指導が入る。

また指導された生徒はペナルティを負う。

ペナルティはその場で校歌の斉唱。

それが終わるまでは開放してもらえない。

ルールを守っている生徒を出し抜き、走った生徒は結果的に目的地に着くのが遅くなるのだ。


2年生と3年生はこのルールを熟知しているので移動は速歩き。

しかし1年生は、「ペナルティで校歌の斉唱をさせられる」とは聞いているが虚仮威しと考えている者が多かった。

上級生の速歩きを見て、つられるように走り出してしまった1年生が数人いたが、即座に教師に止められ指導の後に校歌を歌わされる事になった。

これ既に秋桜祭の風物詩である。

上級生はこの光景をニヤニヤと見ながら足早に目的地に歩いて行く。


ここまでは例年どおりだが、今年は少し違った。

あきらかに1年生の校舎に向かう生徒が多い。


委員長「よし!みんな、来るぞ!」


最初の生徒が到着したかと思うと、またたく間に列ができる。

その列は教室の前から廊下、さらには階段にまで及んだ。


委員長の指示で事前に作られていた「1年1組コスプレ喫茶待機列最後尾」のプラカードを持った生徒と整理券を配る生徒が対応に当たる。


教室の中は既に接客が始まっている。

教室の入口で注文と会計を終わらせ、席に案内される。

机の配置も利用人数に応じて自在に組み換え、常に満席利用になるように計画されていた。

この机の組み換えはパズル研究部に所属する生徒がその能力を遺憾なく発揮した。


会計時に個人の会計が500円を超えたお客にはツーショット撮影券が配られる。

そしてこれまた委員長の事前の戦略でツーショット撮影券の有効期限が発券から30分だった。

ツーショット撮影は教室の出口にあるツーショット撮影ブースで行われる。

客は注文した物を早々に食べ終わり、出口に行かなければツーショット撮影が撮れない。

こうして客の回転率を上げる作戦だ。

この作戦は見事に当たった。

客は各テーブルに設置したコスプレイヤー一覧を見ながら、注文した物を食べながら誰と写真を撮るか決め、早々に出口に行かなくてはならない。


ただ一つ委員長の予想が外れた事があった。

整理券が50枚では足りなかったのだ。

満席20人で30分、整理券20枚で1時間待ち、40枚で1時間半待ち。

まさか1時間半待ちの状況で更に待つ人がいるとは思わなかったのだ。

実際は予想以上に回転率が良かったので、そこまでの待ち時間にはならなかったが、最大で60人待ちまで発生する事になった。


ゆきとれぃはホール係。

まみは一応キッチン係でスタート。


一応……と言うのは緊張して固くなってるまみにホール係やる時の手順を見せる為だ。


最初の客が早々に食べ終わり、ツーショット撮影券を持って出口に来た。

撮影を担当するのは写真部の大橋だ。


大橋「どのコスプレイヤーと写真撮るか(撮りますか)?」


客「グルキャナック様でお願いします!」


大橋「グルキャナックさん、ご指名だー」


れぃ「あたしを呼び立てるとは、気に入ったぞ!」


れぃのアドリブに店内に歓声が上がる。


大橋「スマホお預かりしまーす」


れぃ「手を取る事を許すぞ」


客もどうやら「ドジでマヌケな魔王がいたっていいじゃない」のファンらしく、即座に立て膝を付いてれぃの手を取る。


大橋「はい、撮りまーす。はい、チーズ!」


客は満面の笑みで退店して行く。


ここからは立て続けに退店ラッシュ。


大橋「シルフィード様、お願いしまーす!」


ゆき「承った。今日の記念にならん事を……」


やはりホールに出ている生徒の方が指名しやすいのか、ゆきとれぃに指名が集中する。


しかし、ある客がとうとう巫狐を指名して来た。

客「あの〜……巫狐さんと撮りてぇんだが……」


撮影係「巫狐さ〜ん、ご指名入りました〜」


まみ「ひゃ!ひゃいっ!」

まみは少しビクっして、変な声で応える。


キッチンスペースからまみが出て来ると、店内が色めき立つ。

慌てて食べ終わり、撮影の列に並ぶ客もいるくらいだ。


客「あの……ゲームジャケットのポーズでお願いします!」


まみ「は、はいっ!」


姿勢を低くし、お祓い棒を掲げ左手を前に突き出し、キッと睨むような鋭い視線の表情でポージングするまみ。


客は大喜びで同じポーズて撮影する。


それを見たゆきはれぃにコソっと話しかける。


ゆき「どうやらまみも大丈夫みたいね」


れぃ「……まみはやればできる子……」


そう言うとれぃは少し口角を上げて笑う。


ホールに出て来たまみにツーショットの指名がどんどん入る。

まみの表情はコミゲの時の表情になっている。


開店から2時間経って、ホール係は休憩。

キッチン係はホールに、展示を見に行っていたクラスメイトがキッチンに入る。

3交代のシステムだが、人気のゆきとれぃが抜けるのは困るとクラスメイトから懇願され、ツーショット要員として残る事に。

ゆきとれぃも、まみが心配と言う事もあり、引き受ける事になった。


当初、ツーショットの指名はまみ、次にゆきとれぃに集中するかと思われていたが、メイド姿の松原を始め、他のクラスメイトもそれなりの件数指名された。


大橋「お待たせしましたー。ご指名は?」


客「今度は巫狐さんでお願いします!」


撮影係「今度『は』?……あ、一番最初に来てくれた人だね(笑)」


客「はい!もう一度並びました!最初、巫狐さんはキッチンにおられたので、ツーショット指名できなかったんで……」


撮影係「巫狐さーん、ご指名だー!」


まみ「コーン!」


まみの人見知りはどこへやら。

既にノリノリである。


客「ありがとうござんすっ!あの、勝利ポーズでお願いします!」


右足を曲げ、右手を高く掲げてガッツポーズするまみ。

客は小さく歓声を上げる。


客「うわぁ〜!感動です!あ、僕達、巫狐さんのファンクラブなんだ!」


まみ「へ〜。裏十二支戦記の巫狐のファンクラブとかあるんだない(あるんですね)」


客「いえ、そうじゃなくて、あなたのファンクラブだ」


まみ「は?……え?……えぇぇぇぇぇぇぇぇ!ふぁ……ファンクラブ!?あ、あたしの!?」


客「はい!体育祭の後、設立されまして、今12人メンバーが居る(居ます)!」


客との会話でまみの人見知りモードが発動しないかを警戒すべくまみの近くで会話を聞いていたゆきが即座に反応する。


ゆき「マズいっ!れぃ!」


れぃ「あいよっ!」


ゆきとれぃはすぐさままみの元に駆け寄り、フォローを入れる。


ゆき「へー、すごーい!『巫狐』のファンクラブとかあるんだ〜!」


客の気を反らし、れぃがまみに耳打ちする。


れぃ『巫狐のファンであって、浅野真由美のファンじゃねぇ。落ち着け。今、まみは巫狐。まみじやねぇ。』


客「あ、でもさっきメンバーと話し合って、シルフィードさんとグルキャナック様のファンにもなりました!」


ゆき「え゛?」


れぃ「ふっふっふ……、ファン?ファンだと?我にファンなど不要!我が求めるのは下僕だ!そこんとこヨロシクっ!」


流石と言っていいだろう。

れぃは咄嗟のアドリブでグルキャナックを演じて見せた。

最後の「ヨロシクっ」の所で目にピースサインをかざしてウインクし、舌をペロっと出すアクションまでこなす。


まみだけでなくゆき達のファンにもなったファンクラブのメンバーであろう生徒達が歓声と共に拍手喝采。


その拍手にれぃはドヤ顔で見下すような視線をおくり、完全に場を支配してしまう。


……と、同時にゆきに小さくゼスチャーでまみをキッチンに引っ込ませるように促す。


気づいたゆきはまみを連れてキッチンに引っ込む。


ゆき「まみ、大丈夫?」


まみ「どどど……どうしよう!ふぁ……ファンクラブとか……!」


ゆき「あたしもちょっとびっくりしたけど、体育祭からこっち、彼らが私達の前に出てきた事あった?ねぇよね?つまり彼らは無害!」


まみ「ふぁ……ファンクラブって……何?」


ゆきは少し拍子抜けした。

そのおかげで少し冷静になった。


ゆき「あー、まぁ、言うなれば、コスネットのフォロワーみたいなもんだ。コミゲの時まみがあたしをフォローしてたようなもんだ」


まみは「そっかぁ〜」と笑顔で答えたが、若干目の焦点が定まっていない表情だ。

既に軽く意識が飛んでいるのかもしれない。


ゆきがまみに大丈夫か確認する間もなく、撮影係の大橋から「巫狐さんお願いしまーす」と声がかかり、またまみは「コーン」と返事をしてホールに出て行く。


正午前に午前中に仕入れていたほとんどの食材が売り切れかけたが、委員長の読みどおり追加注文していた稲荷寿司とチョコレートケーキが売り切れ間際に届く。

機動買い出し部隊の小森も4回目の買い出しに出発した。


午後1時。

ようやく休憩時間になった三人。


ゆき「どうする?どっか回る?」


れぃ「……疲れた……」


まみ「あたしも……」


三人とも9時から13時まで立ちっぱなしだったのだ。


ゆき「お腹すいた〜」


れぃ「……それな……」


ゆき「どこか屋台とか行かずか?」


まみ「それはいいけど、コレ着たまま行くの?」


れぃ「……もうホールに出なくていいから着替えてもいいんじゃね?……」


ゆき「委員長に聞いてくる」


ゆきが委員長に聞きに行ってる間、まみとれぃは椅子に座り込み、疲れきった様子でペットボトルのお茶を飲んでいる。


それを見た委員長はまみとれぃにも「お疲れ様!もう着替えて自由にしていいよ」と看板店員を送り出した。


更衣室に向かう三人だが、更衣室にたどり着くまでの間、当然注目の的である。


ゆきもれぃも、まみの事を心配していたのだが、まみは二人の心配をよそに普通に声援に手を振って応えスタスタと更衣室に向かって歩き続けた。


更衣室に入り、扉を閉めて一息ついた直後の事だった。


まみ「う゛ぇぇぇぇ!怖かったぁぁぁぁぁぁ」


まみは今までの緊張の糸が切れたように泣き出した。


ゆきもれぃも今日イチで驚いた。

なんだかんだ言ってまみも楽しんでいるように見えたし、更衣室に戻ってくる時も手を振る余裕さえ見せていたからだ。

しかしそれはまみなりのから元気であり、ギリギリの勇気を振り絞っての対応だったのだ。


ゆき「まみ!もう大丈夫だから!」


れぃ「よく頑張った!もう終わったから!」


まみ「う゛ぇぇぇぇぇぇぇぇ」


5分ほどまみは泣き続け、ようやく落ち着いたが、まだひっくひっくと息をしゃくらせている。


ゆき「大丈夫?落ち着いた?」


まみは無言でうなづく。


ゆき「じゃあ、着替えよっか……」


またまみは無言でうなづき、のろのろと巫狐の衣装を脱ぎ始める。


ゆきとれぃも着替え始める。


皆無言で黙々と着替えを進め、メイクを落とし、いつもどおりの制服姿になった。


気まずい空気の中、最初に口を開いたのはれぃだった。


れぃ「まみ、どうする?明日は巫狐やるの止めとくか?」


一瞬、ピクリと動いたまみだったが、少し考えた後、小さな声で答える。


まみ「ううん……、明日もやる……」


ゆき「大丈夫?怖かったんじゃないの?」


まみ「んっ……と……。怖かったんだけど、楽しくもあったんだよね……。怖いのに楽しいって変な気持ちになって、何が何やらわからなくなって、ここに着いたら我慢しきれなくなって……泣いてしまった……」


そう言うと、まみは弱々しい笑顔を見せた。


れぃはスッと立ち上がり、まみに近づくとまみの頭を優しく抱きしめる。


れぃ「まみは巫狐をやりきった。明日も頑張るだらあたしらも一緒にいてあげる。まみは一人じゃねぇからな」


ゆきもしゃがみ込んで視線をまみの高さに合わせ、まみの肩に手をそえる。


ゆき「あたしはまみと一緒に文化祭できて楽しかった。勇気出して一緒にコスプレしてくれてありがとう」


ようやくまみも落ち着いた所で、ゆきが切り出す。


ゆき「じゃあ、どっか回らずか(回ろうか)」


れぃ「……焼きそば食いてぇ……」


まみ「……あ……あたしもお腹空いてしまった……」


まだ少しぎこちなさは残るがまみにいつもの笑顔が戻る。


三人は更衣室を出て、屋台が出ているエリアに向かう。


衣装を脱いで制服姿になった三人が注目のコスプレ三人娘と気付く者は少なく、騒ぎ立てる者も居ない。


お目当ての焼きそばは既に売り切れていたが、やたら皮の厚いクレープや具材の一部が売り切れた為に割引になったホットドッグ等で空腹を満たした。

どれも美味しいとは言えない出来栄えだが、三人には驚くほど美味しく感じられた。


ゆき「どうする?一応、郷土活性化研究部の展示覗いとく?」


れぃ「……誰もいねぇだらずけどな。キャリーケースも邪魔だし、美紅里ちゃんとこで預かってもらわずか……」


ゆき「あ、それ名案!」


三人は部室である理科準備室に向かった。

理科準備室は美紅里の詰め所でもあるので、展示の番は美紅里がしてくれている。



ゆき「あれ?部室の中から声がする……」


まみ「え?誰かいるの?」


れぃ「……声からすると……美紅里ちゃん以外の先生?……」


ゆき「ちょっと覗いてみよ」


三人は恐る恐る部室を覗き込む。

それを美紅里に即座に気付かれる。


美紅里「あなた達、ちょうど良かった。何してるの?入ってらっしゃい」


れぃ「……うわぁ……逃げらんねぇ……」


ゆき「し……失礼しまーす」


三人はコソコソと部室に入る。

当然まみは最後方でゆきの背中に隠れるように入る。


美紅里「校長先生、彼女達がこの郷土活性化研究部の部員です」


ゆき「こ、校長先生!?」


校長「君達ですか。いや、素晴らしい展示です。郷土活性化の為に意外と知ってるようで知らないスキー場をあえてアピールするあたりが、素晴らしい!これこそ学生の本分であり、これこそ文化祭にふさわしい展示。いやいや、最近のただのお祭りになってしまった文化祭で……」


校長の長々としたお褒めの言葉が続き、何となく三人は「はい」とか「まぁ」とか「ありがとうございます」とか言ってやり過ごす。


校長「じゃ、今後の活動も頑張って下さい」


そう言うと校長は部室を後にした。


れぃ「……何だったんだ?あれは?……」


まみ「あたし達、そんなたいした展示したっけ?」


ゆき「こう言ってしまうとなんだけど、お茶を濁す為に『これぞ文化祭』って教科書どおりの展示にしたから、それが校長のストライクゾーンだった……とか?」


ふと見ると、美紅里がげんなりした表情で片手を頭に当てて渋そうな顔をしている。


れぃ「……美紅里ちゃん、どったの?……」


美紅里「いや、あの校長よ……ったく……」


れぃ「……で?その校長がどうした?……」


美紅里「去年の文化祭も茶道部の和風喫茶に現れて、ありきたりな日本文化がどうたら薄っぺらい褒め言葉並べて1時間以上喋って行ったの。一昨年まで居た若い女の先生も同じ事言ってたから、もうどんだけ若い女の人と喋りたいんだって話で、もううんざりよ」


れぃ「……おぉう、学校内の大人の事情……」


ゆき「ただ単にお喋り好きで、他の男の先生とかとも喋ってんじゃねえの?」


美紅里「いや、男の先生には塩対応」


れぃ「……最悪だな(笑)……」


美紅里「笑い事じゃないよ……ったく」


まみ「お姉ちゃん、大丈夫かな?」


美紅里「教生は大丈夫。大学にレポート出すから下手な事したら校長の首が飛ぶ」


ゆき「パワハラとかセクハラになるんじゃね?」


美紅里「喋ってるだけで、それを強要されてる訳じゃないし、内容は学校の中の話だし……。まぁこっち(教師側)にはこっちなりのめんどくさい話があるって事よ」


まみ「先生も大変なんだね〜」


れぃ「……そういやののこさんも、文化祭終わったら教育実習終わりじゃなかったっけ?……」


ゆき「そう言えば……。ずっと居たらいいのに……」


まみ「そっか……お姉ちゃん帰っちゃうんだ……」


美紅里「どーせののこの事だから雪が降ったら、また帰って来るわよ。あの子もスノボジャンキーだから」


まみ「え?でも去年、一昨年とお正月しか帰って来なかったよ」


美紅里「だってあの子、スキー場のスタッフとしてスキー場に住み込みでバイトに行ってたもん」


まみ「えーっ!知らなかった!」


そんな話をしていると、スピーカーから放送部の声が聞こえた。


放送部「さて、まもなく3時です。文化祭初日は3時で終了となります。3時になりましたらチャイムが鳴りますので、各店舗は営業を終了し、生徒の皆さんは各教室、持ち場に戻り、後片付けを開始して下さい。では、放送部の文化祭特別放送をこれで終わります。……終了のチャイムです。ありがとうございました。」


放送部の放送が終わると同時にチャイムが鳴り響く。

それに合わせて、学校内のあちこちから拍手が上がる。


ゆき「あたし達も教室に戻ろっか」


れぃ「……じゃ、美紅里ちゃん、あばね……」


まみ「失礼しまーす」


教室に戻った三人をクラスメイトは拍手で出迎えた。


「おかえり!」

「お疲れっ!」

「短い時間だったけど楽しめた?」

「ジュース残ってんぞ。飲むか?」


全員がこのコスプレ喫茶が成功したと言う実感があり、それは三人の活躍があっての事と理解していた。


予想外の出迎えに三人は少し戸惑ったものの、素直にクラスメイトと成功を喜びあった。

それはまみも例外ではない。

まみもゆきとれぃ以外にも普通に喋れるようになったクラスメイトが増え、笑顔で返せるようになって来たのだった。


少ししてから委員長が声をかける。


委員長「はーい、皆さんお疲れ様でした〜。おかげさまで、1年1組のコスプレ喫茶は大盛況に終わりました。食べ物の売れ残りはあらかたゼロ。飲み物もあらかたロス無しだ。また、今日の売り上げだが、思惑通りお客さんのあらかたが500円以上使ってくれた事もあり、総売り上げはなんと10万7500円!」


クラス中が一瞬どよめき、直後に歓声と拍手が湧き上がる。


これは当初見込んでいた売り上げの倍以上だった。


委員長「明日は一般の来場者もあります。皆さん、明日も頑張ってくんなさい!」


ゆきもれぃも、思わずまみをチラッと見てしまう。


まみもその視線に気付く。


その視線に返したリアクションは、ゆきとれぃの予想外だった。


まみ「ゆきちゃん、れぃちゃん、明日も頑張らずか(頑張ろうね)!」


解散になり、また少しの間ゆき達三人はクラスメイトから今日の活躍を讃えられ、また明日の活躍に期待する声をかけられる。


それもようやく収まり、三人は教室を後にした。


ゆき「まみ、ホントに明日大丈夫?」


まみ「……うん……。正直わかんねぇ。」


れぃ「……無理しちゃダメだぞ……」


まみ「う〜ん……。無理って言えば今日のだって私の中では無理中の無理だったんだけどね……。何か色々あってさっきは泣いてしまったけど……」


ゆき「けど?」


まみ「えへへ……やっぱ思い出すと楽しかったんだ」


まみはちょっとばつの悪そうな笑顔で微笑んだ。


ゆきとれぃは少し驚き、顔を見合わせたが、お互いニッと笑う。


れぃ「……だな……」


ゆき「明日も楽しんで行かずか!」


既に日は落ち、薄暗くなった帰り道。

秋の終わりと冬の訪れを思わせる冷たい風がふいていたが、三人の心ははどこかほっこり暖かかった。


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