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第17話「何でそんな話になった?」

第17話「何でそんな話になった?」


文化祭の展示に使う写真を提供してくれる事になった柳江にレイヤーだとバレていた事に対しての動揺はあったものの、何とか平常心を取り戻す事ができたゆきとれぃ。

まみはまだ引きずっているようだが、以前のようにパニックになっている様子は無かった。

ゆき達との付き合いの中でまみの人見知りや対人恐怖症はマシになって来ていた。


本人もそれは自覚していたが、こと昨日の柳江の件に関してはれぃの「別に悪い事をしている訳じゃない」と言う説得が功を奏していた。


昼休みに廊下で柳江とすれ違った三人だったが、柳江から声をかけられる訳でもなく、また彼と一緒に行動していた男子生徒もまみ達を意識する事なく通り過ぎた。

もし、柳江がまみ達の事をレイヤーであると喋っていたのなら柳江の友人はまみ達を意識して視線を送っていたであろう。


ゆき「今すれ違ったの、柳江君だよね」

れぃ「……うむ。見事なスルーだった……」

まみ「あたし怖くて見れなかった」

ゆき「今の反応を見る限り、あたし達の事を喋ってねぇって話は信用できるね」


ホッと胸を撫で下ろす三人。


ようやく通常運行。


と、思いきや……。


委員長「……と、言う訳で1年1組の文化祭の出し物は『コスプレ喫茶』て言う事に……」


ゆき「待てぇ〜い!何でそんな話になった?」


委員長「多数決の結果で……」


既にまみは死んでいる。


ゆき「いや、ほらまたまみが死ぬじゃん」


委員長「それなんだが、『木を隠すんだら森の中』って言うじゃねえか。体育祭で浅野さんが目立ち過ぎてえらい事になったので文化祭では全員でコスプレして浅野さんを紛れこませてしまおうて言う事だ」


れぃ「……根本的解決になってねぇ……」


ゆき「このまま体育祭の話は風化させた方がいい!」


委員長「あ、もちろんコスプレは強要じゃなく、有志でやる。裏方組は普通に制服で……」


れぃ「……何人くらいその『有志』はいるの?その『有志』が喫茶店回せるくらい居なきゃ話にならなくちゃ思う……」


委員長「コスプレで参加してぇ人、挙手してくんなさい」


すると何と言う事か、クラスの大半が挙手。


大半と言うよりゆき達3人以外全員が挙手していた。


れぃ「……おまいら、マジか?……」


いつもどおりボソッと言っただけだったが、そのれぃの言葉を拾った者が数人いた。


「え?面白そうじゃん」

「ドンドンモールで売ってる着ぐるみとかでいいんだしない?」

「あたしメイドさんやってみた〜い」

「こないだネットでゲバンヱリヲンの着ぐるみ売ってた」

「俺、変質者仮面やらずかな」

「いや、それは流石に生徒指導室行きだろ(笑)」


と、大盛り上がりである。


ゆき「なんだこの流れ(汗)」


ゆき達は気付いていないが、ゆき達三人とクラスメイト達には「コスプレ」と言う物に対して、大きな認識の差があった。

ゆき達は当然、衣装からメイクから何から何までクオリティにこだわったコスプレ。

一方クラスメイト達がこの時思っていたコスプレは、クリスマスの時にサンタクロースの衣装を賑やかしで着たりする程度のコスプレ。


しかしどちらもコスプレはコスプレである。

そこに会話の温度差があった。


また、この学校は文化祭においても、人気投票でどこの出し物が良かったかを投票で決めるコンテストが行われる。

体育祭で準優勝だった雪辱を果たしたいと言うクラスメイトの一部が旗振り役になり、その熱意がクラス全体に伝播したのだ。

とは、言うもののその話に乗っかったクラスメイトの半数は文化祭と言う「お祭り」に、いつもと違うちょっとはっちゃけた事をしたいと考えたお調子者集団。


ただ、クラス全員に体育祭の時のまみの巫狐フィーバーが記憶に新しく、その注目度を文化祭に取り込めばコンテスト優勝もありえると言う打算もあった。

つまり、「体育祭で話題になった巫狐に会える喫茶店」を展開し優勝を狙っている訳だ。

コスプレ喫茶は「有志」の参加と言う事になっているので、もちろんまみがコスプレをしない事も想定している。

しかし、この1年1組に体育祭の時の「巫狐」がいる事はかなり広まっている為、1年1組がコスプレ喫茶をやるとなれば巫狐がいる事を期待する人も少なからずいるだろう。

「コスプレ喫茶はするが体育祭の時の巫狐が居るとは一言も言ってない」と言う詐欺まがいの戦略。


どうやらこのクラスには軍師的な人物がいるらしい。


ゆき「ん〜〜〜。コスプレが強制でねぇなら……」


れぃ「……あたしはどっちでもいいよ……。まみ!どうだ?……」


まみ「あ……あたしも、強制で……ねぇ……なら……」


こうして1年1組はコスプレ喫茶をやる事になった。


このクラスはどうにもノリと言うか団結力が凄い。

即座にコスプレ喫茶の内容についての話し合いが始まる。


コスプレ参加を希望する人は今週末のホームルームまでにどんなコスプレをするか決める事になり、喫茶店のレイアウトやメニューについてどんどん話が決まる。


その日のバイトで三人はこの件について喋りながら作業をしていた。


ゆき「で、結局、れぃとまみはコスプレするの?」


れぃ「……それなぁ……」


まみは小さく「うん……」と相づちを打っただけである。


ゆき「あたしも、ドンドンマート辺りで買って来た着ぐるみ程度ならやってもいいとは思うんだけど……」


れぃ「……あたしもそれは思うんだが……」


まみ「……うん……」


ゆき「……」


れぃ「……」


まみはさておき、ゆきとれぃは言いたい事があるけど言葉を探している様子で黙り込む。


まみ「……このままだったら、あたし一人制服で参加になってしまうのかな?……」


ゆき「それな……」


れぃ「……そうなると、いわゆる『悪目立ち』て言うか浮いた存在になって逆に目立つしない……」


ゆき「ん〜〜〜。でも、着ぐるみなぁ………」


れぃ「……お金はスノーボードの事で手一杯で欲しくもねぇ着ぐるみの為に使いたくねぇ……」


ゆき「ん〜〜〜。それもあるけど……」


れぃ「……何?……」


ゆき「なんて言うか……、ほら、あたし達ってまがりなりにもレイヤーじゃん?」


れぃ「……レイヤーとしてのプライド?……」


ゆき「ぶっちゃけ言ってしまうとそう!」


れぃ「……あ、わかる。あたしもそれが気に入らねぇんだ……」


ゆき「あ、れぃも?」


まみ「ちょっ!え?二人ともコスプレ参加するの?」


ゆき「いや、やるとは言ってねぇ」


れぃ「……なんて言うか、血が騒ぐ……」


ゆき「あ、わかる!……でもなぁ……」


腹の内に溜め込んでいた物が爆発するかのごとく、れぃが椅子をひっくり返す勢いで立ち上がり、拳を握りしめて叫ぶ。


れぃ「やるんだら中途半端なコスプレはしたくねぇんじゃあ!」


久々のれぃのキレモードに圧倒されるまみ。

まみ「れ、れぃちゃんがキレた!」


しかし、ゆきはれぃに同調するかのごとく立ち上がる。

ゆき「それだぁ!」


まみ「ゆきちゃんも!?」


れぃ「でも、クラスのみんなが着ぐるみ着てるだけのコスプレしてる中でガチでやったらどうなるかくらいは解っとんじゃあぁぁぁぁ!」


ゆき「それなぁぁぁぁぁ!」


そしてゆきとれぃは腕をガッと組み、二人の顔は紅潮している。


まみ「はわわわわわわわわ(汗)」


れぃ「ってか、コスプレ参加するクラスメイト全員ガチでコスプレさせてぇ!」


ゆき「……いや、それは無いわ……」

さっきの熱気はどこへやら。

いきなりゆきの表情はスンとしている。


れぃ「……あれ?……」

いささか拍子抜けのれぃ。


再び二人は落ち着いて座りなおし、作業を再開する。


ゆき「でもまぁホントそれだよね〜」


れぃ「……ちょいコスが悪いとは言わねぇけど、ちょいコスをしてぇかと言われたらしたくはねぇ……」


ゆき「まみは?」


突然話を振られ、戸惑うまみ。


まみ「あたしもコスプレは楽しいけど、目立つのが……」


れぃ「……でもこのままじゃ制服組は確実に少数派になる……」


ゆき「使い方はおかしいかもだけど気分的には『前門の虎、後門の狼』って感じじゃん……」


まみ「仮に……仮にだよ?あたし達が巫狐、シルフィード、グルキャナックで参加したらどうなるのかな?」


れぃ「……は?まみ、そりゃぁ……ゆき、どうなるんだ?……」


ゆき「あたしに聞くな(笑)」


れぃ「……OK。まずメリットから考えずか。まず、確実にクラスのコスプレ喫茶のクオリティが上がる……」


ゆき「あたし達も満足できるコスプレができる」


れぃ「……何より……たぶん……楽しい……」


ゆき「コスプレ参加しても余計なお金はかからねぇ」


れぃ「制服組としてクラスの出し物に対して非協力的に見える悪目立ちを避ける事ができる」


まみ「あ……あたしの体育祭の時の印象……薄くなるかな?」


ゆき「いや、それは微妙」


れぃ「……身もふたもねぇな……」


ゆき「いや、これは希望的観測で物を言う訳にはいかねぇ」


れぃ「……確かに……」


ゆき「結局まみは目立たなくなるのが目的な訳?」


まみ「えっと……どうなんだろ?」


れぃ「……なんじゃそりゃ……」


ゆき「私はコスプレがしてえ。そのキャラが好きだから。そんだからコスプレする。その結果目立つのは仕方ねぇて思ってる」


れぃ「……うん。わかる。あたしもそうだ。逆に言うんだら別に目立たなくてもいい……」


まみ「えっと……それはあたしもそうなんだけど……」


ゆき「この際まみの理想の形って言うのかな……それをはっきりさせた方がいいのかもね」


れぃ「……んだな……」


ゆき「ってか、よくコミゲで巫狐する気になったよね(笑)」


まみ「それはお姉ちゃんが……あの……コミゲはレイヤーさんいっぱいいるからその中に紛れ込んだら目立たねぇって言ったから……」


れぃ「……ののこさん、大嘘つきで草……」


ゆき「いや、あながちそら(ウソ)っことではねぇて思うけどね。ただ、目立つ可能性もあるって事をあえて言わなかっただけじゃねぇ?」


れぃ「……んで、まみはコミゲのコスイベは楽しかったんか?……」


まみ「……うん……」


ゆき「目立ってたのに?」


まみ「だって……あの……知り合いとか居なくちゃ(居ないと)思ったし……」


ゆき「つまり、あの場で目立った事については嫌じゃなかったんだ」


まみ「えっと……、どうなんだらず?」


れぃ「……あたしらに聞くなよ(笑)……」


ゆき「今までのまみを見てるとさぁ……コミゲの現場でもカメラマンに囲まれた時点で卒倒しそうなイメージじゃん?」


れぃ「……確かに……」


ゆき「でもあの日、ののこさんとか有名レイヤーさん程じゃねぇけど、見ず知らずの人に声かけられて、ちょいちょい囲みできる位に目立ってた訳じゃん?でも帰りの電車とかでも楽しかったって言ってた」


れぃ「……あたしもそのギャップが理解できん……」


まみ「何て言うか……コミゲの時は日常じゃねぇって言うか……現実世界なんだけどパラレルワールドにいる感覚って言うか……そんだからどこかで私だけど私じゃねぇ感覚って言うか……」


ゆき「あ、その感覚はわかる!コスプレの時って吉田美由紀じゃなくシルフィードって感覚」


れぃ「…………………」


ゆき「ん?れぃ、どした?」


れぃ「……やる……」


ゆき「ん?何を?」


れぃ「……あたし、文化祭でグルキャナックやる!」


まみ「え〜〜〜〜〜!」


ゆき「どした、急に?」


れぃ「何か難しく考えてた。あたしは今までやりてぇ事をやりてぇようにやってた。人の評価とか知った事か!そもそもこんな性格だから中学の時……いや小学校の頃から変人とか変わり者だとか言われて来た。それをいまさら……あたしゃ何を守ろうとしてたんだ?」


ゆき「いや、れぃ、落ち着け(汗)」


れぃ「別に男子女子問わず人気者にならずかんて(なろうなんて)思ってねぇし、変人を見る目で見られるのもデフォ。変人、変わり者、オタク、根暗、陰キャ。そのイメージにレイヤーが加わったところでナンボのもんでしまい!(ナンボのもんじゃい!)」


まみ「はわわわわわわわわ……れぃちゃんがキレた……」


れぃ「んにゃ。キレてねぇ!あたしは至って冷静だ。あえてキレてるとしたら、やりてぇ事にあれこれ理由付けてやらねぇ努力してた自分にキレてるだけだ」


このモードに入ったれぃの意志は硬い。

見ようによってはヤケになったようにも見えるがそうでは無い。

れぃは自分自身が、男女問わずまわりからどう見られているかと言う事について、一切興味が無い。

また他人に合わせる為に興味無い事に努力をするなんて事はまっぴらごめんと言う性格。

そんな努力をするくらいなら一人でいる事を選び、またそれに伴う孤独を苦痛と感じない。

故に孤立する事が多い。


れぃにはこんなエピソードがある。

中学の頃、れぃはクラスの女子からイジメのターゲットにされかけた。

席を外している間に油性マジックでデカデカと誹謗中傷する言葉が机に書かれていた。

犯人とその取り巻きはれぃがその文字を見た反応を見てクスクスと意地の悪い笑顔で眺めていた。

しかし次の瞬間、その笑顔は一気に青ざめる事になった。

笑っていた女子の一人にれぃは無表情のまま近づき強烈なビンタを浴びせたのだ。

クラスは一瞬にして静まり返ったが、れぃは気にする事もなく、ビンタで鼻血を出しているその女子生徒の胸ぐらを掴み、無表情のまま「おら、誰がやった?言え」と抑揚の無い声で迫った。

グループの女子生徒はれぃの肩を掴み、引き離そうとしたがその刹那、れぃの裏拳が女子生徒の鼻を直撃。

引き離そうとした女子は鼻血を出して泣き出したが意に介さず。

最初にビンタされた女子も泣きながら「ごめんなさい」を繰り返しているが、れぃは繰り返し「誰がやった?言え」としか言わない。

そのうち一人の男子生徒が「樋口、謝った方がいいんじゃね?」と言ったのを聞いたれぃはリーダー格の樋口に猛スピードで駆け寄り、渾身のグーパンチを顔面に食らわせたのだ。

そしてまた胸ぐらを掴み鼻血まみれの樋口に「おら、あれを消せ!」と無表情かつ抑揚のないいつもの声で命じたのだ。

騒ぎを聞き付けた担任が教室に入って来た時、樋口の胸ぐらをつかんでいるれぃを怒号と共に止めたが、れぃは微動だにせず自分の机を指差し、「何か説明いります?」と平然と言ってのけた。

担任に別室に連れて行かれる前にれぃは女子グループに向き直り「今後、あたしが不愉快になるような嫌がらせがあれば、またあたしはお前を躊躇なく殴る。犯人がお前らじゃ無かったとしても!そんだから今後はあたしにちょっかいを出そうとしているヤツがいたら、自分の保身の為にお前らが全力でそれを阻止しろ!」と言い放った。

これを期にその女子グループは解散。

以後、この女子グループのリーダーだった樋口は「陰湿ヘタレ女」として後ろ指さされる中学時代を過ごす事になる。

れぃも他のクラスメイトから距離を置かれ、孤立する事になるがそれも一時の事で、この話は噂になり学校中に広まり一部の女子、とりわけ下級生の女子からの人気が高まり憧れの先輩と言う存在になった。

無表情で抑揚の無い話し方は無愛想ではなくクールと受け取られ、孤立もボッチではなく孤高と受け取られた。

中3のバレンタインデーには下駄箱に入りきれないチョコレートの山で、最も人気のあった男子生徒の倍を数えた。


この経験もあってれぃは人の評価なんて物はいい加減な物で取るに足らない事と確信する事になった。


つまりれぃの思考はこうだ。


自分がコスプレイヤーと言う事が学校中に知れ渡ったとして、それを揶揄したりそれをきっかけに自分の害になる者がいれば排除すればいい。


これが正しいかどうかは別として、れぃは既に一つの解答を得ている。


ゆきとまみがその事を知る由もないが、れぃがキッパリと言い切る時のブレの無さは理解していた。


ゆき「OK。じゃああたしもやる!もちろんガチで」


ゆきはれぃに比べれば体面を気にする方だが、見た目に反して男勝りな性格をしている。

れぃほどの決断力は無いが、ノリと「やってやんよ」的な気っ風の良さがこの時は作用したのであろう。


ゆき「もしこれでまみの言う『まみの体育祭の印象』が薄くなるんだらそれはそれでいいし」

そう言うとゆきはニカっと笑う。


ゆきは実のところ体育祭の時にまみに巫狐をさせ、その後のまみフィーバー、それに伴うまみの狼狽ぶりを見て責任を感じていた。

もちろんゆき自身はそんな事になるとは予想もしていなかったし、頭のどこかでまみの人見知りや引っ込み思案な性格の改善のきっかけになれば……と、考えていた。

結果的にまみの人見知りと引っ込み思案な性格はマシになったが、それは結果論であり、ゆきは自分のおせっかいな性格を反省していたのだ。


文化祭のコスプレでの参加を決心したのは、れぃの気迫に後押しされたのは事実だが、ゆきなりの体育祭での自分のおせっかいから引き起こされた事態を「なんとかしたい」と言う気持ちがあったからかも知れない。


だが、これも捉えようによっては「おせっかい」なのかも知れない。


れぃとゆきがコスプレでの参加を決心した事でまみは逆に迷う事になった。


これでクラスでコスプレ参加しないのは自分一人になったのだ。

それは一人だけ制服と言う悪目立ちするかも知れないと言う「好ましくない状況」への一歩であるし、また自分の巫狐を期待して来る人からの落胆の目が一層濃くなる事が予想された。

だからと言って巫狐をすれば、体育祭の後のあの騒ぎの再来の危険性も感じる。

まみはどこまで行っても臆病で人見知りで引っ込み思案で優柔不断で指示待ち人間。

指示待ち人間だが、その指示が自分が目立ってしまう内容なら避けたい。


まみの頭の中は打開策の見えない袋小路に迷い込んでいた。

猛スピードで思考を回転させ、あらゆるシミュレーションをするが、どれも望んだ答えに辿り着かない。


いよいよ頭がオーバーヒートする直前にれぃが声をかけた。


れぃ「……まみ……」


その声は通常運行モードの無表情で抑揚のない話し方に戻っている。


れぃ「……まみ、あたし達はまみの親でも姉妹でも先生でもねぇ。そんだからまみにどうするかを強要したりしねぇし、まみが良いようにすればいいて思う。もし、まみがコスプレするしねぇ、後に注目させるされねぇに限らず、まみが困ってたらあたし達はまみを助ける。……そんだから、好きにやっていいよ……」


いつもどおり無表情で抑揚の無い喋り方。

しかしまみにははっきりと解った。

無表情に見えるけど、どこかいつものれぃと違う優しい表情、抑揚は無いけどいつもと違う優しい口調。


ゆき「そうじゃん!あたし達に任せときなって!やるもOK、やらねぇもOK!トラブルになったら何とかしてやるって」


そう言うとゆきはまたニカっと笑った。


翌日のホームルーム。

文化祭のコスプレ喫茶についての話し合いが始まろうとした時、珍しくれぃが何の前触れもなく立ち上がった。


れぃ「……あ〜、ちょっといいかな。あたしもコスプレで参加する事にしたからカウントに入れといて……」


一瞬のざわつきの後、クラスはれぃのコスプレ参加を歓迎する拍手で包まれた。

このクラスでも例外なくれぃはクラスメイトから、基本的に何にも興味を持たず、無口でマイペースキャラと思われていたからだ。

それが予想に反してクラスの出し物であるコスプレ喫茶にコスプレして参加協力すると言い出した訳だからクラスメイトとしても驚くのは当然である。


そしてクラスメイトの驚きはまだ続く。

れぃのコスプレ参加表明に続いてゆきが立ち上がる。


ゆき「あ、あたしもコスプレで参加する事にしたんでよろしく!」


これまたクラスメイトは「おぉ〜〜〜」と言う歓声と共に拍手が湧き上がる。

クラスメイトはゆきがコスプレ喫茶の出し物に反対だと思っていた。

またゆきの意に反して、ゆきはクラスメイトからコスプレ等には縁遠い真面目な人物として認識されていたからだ。


クラスメイトの驚愕はこれで終わらない。

れぃがカバンの中から紙を丸めた物を取り出し、それを広げて全員に見えるようにしながらこう言った。


れぃ「あ〜、それからあたし、ガチのコスプレイヤーだから、やるからには本気でやらしてもらう」


もちろん広げたA4用紙はグルキャナックのコスプレをしたれぃが印刷されていた。

クラスの男子からは「すげぇ!」「かっけぇ!」、女子からも「すごい!」「かわいい!」等の声と共に歓声が上がる。


そしてゆきがたたみ掛ける。


ゆき「いやぁ〜実はあたしもコスプレイヤーなんだ〜」


そう言ってゆきも用意していたシルフィードの写真を広げて皆に見せる。


もうどう表現していいかわからないような歓声が上がる。

「カッコいい!」

「キレイ!」

「やべぇ!」

「クオリティ高っ!」

そんな声が入り交じる。


ゆきとれぃの席は教壇から見て一番左の一番後ろ2席。

クラス全員がそちらを向いてゆきとれぃの写真に注目している。


教壇から見て一番右側の一番前の席に座っているまみがそ〜っと立ち上がった事に誰も気付かない。

もちろんゆきとれぃを除いて。


ゆきとれぃはまみがそっと立ち上がったのを見て、アイコンタクト。


そして満を持してゆきが声を上げる。


ゆき「まみ、どした!?」


クラス中がその声に反応し、視線が一気にまみに集まる。


まみは既に顔を真っ赤にしてうつむいている。


まみ「………、………マス」


あまりに小さな声だったので誰も聞き取れ無かったが、ゆきとれぃはまみが何を言ったか既に想像がついていた。


ゆき「みんな!静かに!……まみ?」


ゆきの呼びかけに静かになる教室内。

さらに顔を紅潮させ絞り出すようにまみが口を開いた。


まみ「あ……あたしも……巫狐……やります」


一拍の間があり、タイミングを合わせたかのようにクラスメイトから「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!」と言う歓声と割れんばかりの拍手が上がる。


それはいつしかクラス全員の万歳三唱に変わった。


まみは赤面し、突っ立ったまま下を向いて固まっているが、ゆきとれぃはハイタッチ。

この時のれぃの表情はいつもの無表情ではなく、れぃの満面の笑顔だった。


また二人のハイタッチには二人の思いが込められていた。

まみが、誘われた訳でもなく、言われた訳でもなく、ましてや頼まれた訳でも命令された訳でもなく、自分で考え、自分の意志でコスプレ参加する事を決めたのだ。

そしてその決定には、何かあれば必ず助けると言った自分達の事を信用してくれた事に他ならないからだ。


「こうして後世に残る伝説の1年1組の文化祭がスタートした。」


ゆき「ん?れぃ、どした?何をぶつぶつ言ってんの?」


れぃ「……ちょっと雰囲気作ってただけだ……気にすんな……」


そう言うとれぃは少し口角を上げてニヤリと笑った。

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