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第14話「あたし、学校辞める」

第14話「あたし、学校辞める」


体育祭翌日の月曜日。

振替休日で学校は休みだが、まみは身動きとれずにいた。

全身筋肉痛で、何をするにも「痛っ!」とか「んがっ!」とかうめき声しか出なかった。


ピロン♪


そんな中、グループLINEに着信音。


ゆき『まみ、生きてるか〜?』


まみ『死んでる』


れぃ『あたしも死んでる』


まみ『ゆきちゃんは平気なの?』


ゆき『あたし、ほとんど走ってねぇもん』


れぃの筋肉痛は火曜日には随分回復したが、まみの筋肉痛はまだ絶好調。


体育祭の時のあの流れるような動きをしていた巫狐と同一人物とは思えないような動きで階段を息切れしながら登る。


体育祭での活躍はまみが危惧していた以上に反響があり、他のクラスから休み時間等に「体育祭で仮装レース出てた子、どの子?」と見に来る生徒が続出。

また、れぃも体育会系クラブの2年生から自分のクラブへの勧誘の為に幾人もの上級生が押し寄せた。


れぃはその気配を察する度にそのスピードを活かして教室から逃げ出し、上級生達を煙に巻いたが、筋肉痛で動けないまみは耳まで真っ赤にしてそのブームが去るのを俯いて待つしか無かった。


この学校では、遠足や修学旅行、体育祭、文化祭等の写真を専用サイトにログインする事で購入できた。

そのサイトを見に行って、またもまみは卒倒しかける。


サイトのトップ画像が巫狐のまみの顔のアップだったのだ。

このサイトのトップ画像は最も売れている写真トップ3が大きく掲示されるシステム。

そのトップ3が全てまみの巫狐だったのだ。

アップの写真と、マットレスに飛び込む際に半回転している時の狐幻乱舞の写真、最後に平均台から飛び降りる際の空中の写真。


どれも本当に良く撮れている。

レイヤーならその写真の出来栄えに諸手を上げて喜ぶ所だが、今回はコスプレイベントでの写真ではない。

まみが人気になっているのはこの写真が後押ししていたのだ。


ゆき「こ……これは……、ちょっと……(汗)」


れぃ「……イベントの写真なら大歓迎だが……」


まみ「終わった!ホントに私の高校生活終わったぁ〜〜〜(泣)」


ゆき「いや、でも写真としては、えれぇ(すごく)いい写真だけどね」


れぃ「……この表情、えれぇカッコいい……」


アップの写真はメイクしている事もあり、タレ目がちなまみがキツネ目になっており、表情もキッと先を見据えて凛とした表情になっている。

また、走っている途中と言う事もあり、少し開いた口元が色気さえ漂わせていた。


ゆき「そりゃこの写真、売れるわ」


まみ「もう表歩けない(泣)」


れぃ「バカヤロウっ!」


まみ「えっ?何で?何でれぃちゃんキレてんの?」


れぃ「レイヤーたる者、そのキャラクターの魅力を最大限に引き出せた事を誇りにするもんだ!」


まみ「え〜〜〜〜、そんな事言ったって〜〜〜」


れぃ「いいか、まみ。これはまみが人気になったんじゃねぇんだ。巫狐が人気になったんだ。それは巫狐好きとしては喜ばしい事じゃんか?」


まみ「うん、それはそうだが……」


れぃ「だったら、巫狐のいちファンとして胸を張れ!」


ゆきは内心『すっげぇ詭弁ww』と思ったが、まみが気分的に救われるなら……と、あえて黙っていた。


と、そこに


「こんにちは〜!新聞部だー!仮装レースに出場した浅野さんにインタビューさせて下さーい」


れぃ「どアホ〜ぅ!空気読め!帰れっ!」


仮にも上級生である取材に来た新聞部員をけんもほろろで追い返すれぃ。

雰囲気に圧倒され、新聞部員達は逃げるように退散した。


しかし手遅れ。

まみはしっかり気を失っている。


その日はゆきとれぃにガードされるように下校し、バイトに向かった。


まみ「そんだから嫌だって言ったんじゃん!そんだから嫌だって言ったんじゃん!そんだから嫌だって言ったんじゃ〜ん!!」


ゆき「こりゃ重症だな(汗)」


れぃ「……この件に関しては、少なからずあたしも責任感じてるから何とかしなきゃね……」


ゆき「とりあえず当分のあいさ(あいだ)、変装しずか(しようか)」


れぃ「……変装?……」


ゆき「伊達メガネかけて、マスクして、髪型変えて……で、ちょっとは周りの目を欺けねぇかな?」


れぃ「……伊達メガネと髪型はともかく、マスクまでしてたら逆に目立つんじゃね?……」


ゆき「人の噂も七十五日って言うけどね……」


れぃ「……2ヶ月半じゃん……」


まみは心ここにあらずといった感じで、ずっと出荷用の段ボールを黙々と作り続けている。


実際にはゆきやれぃが思っている以上にまみフィーバーが巻き起こっていた。

もちろん三人は知らないが、一部では「浅野真由美ファンクラブ」の設立が囁かれていたし、新聞部はまみの特集記事を書こうとしていたし、放送部はお昼の放送のゲストとして呼んだ後レギュラー出演まで狙っていた。


また、クラブ等の人づてで、まみのLINEを聞き出そうとする男子は後を絶たず、鼻の下を伸ばした体育会系クラブはまみをマネージャーにと目論む者もいた。


もちろんこれはゆきもれぃも後に知る事になるのだが、二人は本能と言うか、直感的な何かで「このままじゃヤバい」事を感じていた。


その日バイトを終え、駅まで一緒に帰った三人。

まみが電車に乗ったのを見届けたゆきはれぃに真剣な顔を向けた。


ゆき「れぃ、急いで学校戻るよ」


れぃ「……どした?……」


ゆき「まみの話、ちょっとヤバい予感がする。ののこさんに相談しずか(しよう)」


れぃ「……あいさー!……」


そう言うと二人は学校に向けて走り出した。


れぃはましになったとは言うものの、筋肉痛がまだ残っている状態。

しかし、ゆきと同じスピードで走り続けた。


学校の門が見える所まで来た時、門からののこのジムニーが出てくるのが見えた。


ののこの車はゆき達に気付く事なく、ゆき達と反対側にタイヤを鳴らして走り出した。


ゆき・れぃ「「ののこさーん!!」」


かなり距離があったし、エンジン音やタイヤの音で声は届かない……かと思いきや、ジムニーのブレーキランプが赤々と光ったかと思うと次の瞬間バックランブが点灯し、物凄い勢いでジムニーがバックしてきた。

ゆき達の横で停まると、ののこが飛び出して来てゆき達の頬をつねり上げようとしたが、ゆき達の真剣な表情にののこも気付いた。


ののこ「どうしたの?二人とも。真由美は?」


ゆき「浅野先生、まみの事で相談がある!」


れぃ「まみを助けてくんなさい(下さい)!」


これはただ事ではないと察知したののこは二人を車に乗せ、例のファミレスへと向かった。


ファミレスで二人から話を聞いたののこは、はぁ……とため息をついて頭を掻きながら呆れたように呟いた。


ののこ「まったく、まわりの反応が私の頃と全く同じじゃん」


聞くと、ののこの時も美紅里の時もフィーバーが発生し、大変だったそうだ。

ただ、ののこや美紅里とまみとではメンタルが天と地ほどの差がある。


ののこも美紅里も方法は違えど、上手くあしらい、1ヶ月もしたらそのフィーバーも沈静化した。


れぃ「……あたしが焚き付けたから……」


ゆき「いや、それは私も一緒だって……」


ののこ「あ〜、二人とも気に病まなくていいよ。私に任せなっ」


そう言うと、ののこは二人に明るくウインクして見せた。


ののこ「こう見えて、私は真由美の姉を16年やってんだよ」


ゆき・れぃ『『いや、それは知ってる』』


ののこ「大丈夫。任せて。それより、ありがとね。真由美の事、こんなに心配してくれて」


いつもにこやかなののこだが、この時の笑顔は何ともいえない優しい笑顔だった。


れぃ「……ののこさんはまみの事可愛がっているんスね……」


ののこ「当たり前でしょ。我が妹ながら放っておけなくてね」


そう言うとののこは苦笑いを浮かべた。


ののこ「あと、私は『浅野先生』な!」

ほっぺたをつねったりはしなかったが、ののこは笑顔でれぃをたしなめた。


ののこは二人を駅に送り、家に帰った。


ののこ「ただいま〜。お母さん、真由美は?」


母「それが、学校から帰ってくるなり部屋に引きこもってしまってぇ……。学校で何かあったのかしら……」


ののこ「あ〜、やっぱりね。あたしが話してくるから心配しないで」


ののこは冷蔵庫からビールを1本取り出す。


父「紀子、頼んだぞっ」


ののこ「二人とも真由美の事心配しすぎっ」


そう言うとののこは「事も無げ」な感じで、ひらひらと手を振りながらまみの部屋に向かった。


ののこ「真由美〜入るよ〜」


まみは案の定、ベットの上で膝を抱えてべそをかいている。


まみ「お姉ちゃん……あたし、学校辞める〜〜(泣)」


ののこ『おぅおぅ、これは拗らせてるな(苦笑)』


ののこは部屋にどかっとあぐらをかいて座り、プシっとビールを開ける。

ふきこぼれそうなビールの泡を吸い、泡が落ち着いた所でまずは一口ビールを飲む。


「ぷは〜っ!」と一息入れた所で話し始める。


ののこ「『学校辞める』はいいけどさ……。初めて友達と呼べる友達が出来て、その友達との今までの思い出とか、これから先の未来とか、そう言うのを全てひっくるめた物と、今の真由美の状況を天秤にかけて、それでも学校辞めたいんなら辞めたらいいと思うよ。それで学校辞めるんなら真由美にとって友達とか思い出とか未来ってその程度の物なんだから」


まみは黙って膝を抱えたまま足元を見ている。


ののこ「話は聞いたよ。ゆきとれぃから」


二人の名前を聞いてまみは一瞬ピクリと反応する。

その反応をビールを飲みながら横目でののこは観察する。


ののこ「真由美は体育祭で目立っちゃって、どうしようってなってんだろうけどさ……、真由美、あんた体育祭前から十分目立ってたよ」


まみ「……えっ?……」


ののこ「そうだねぇ、例えるなら……」


そう言うとののこは棚にあったオセロを引っ張りだし、全てのチップを黒い面を表に盤に並べる。

そして適当な一枚をひっくり返して白にする。


ののこ「言うなれば今はこの状態。真由美一人が目立っちゃってる感じ。でも以前は……」


そう言うと今度は全てのチップをひっくり返し始める。


盤には1枚だけ黒で残りは白と言う状態になった。


ののこ「こんな感じ。目立たないようにしてるつもりが、一人だけ黒かったら、やっぱり目立つんだよ」


まみ「じゃあどうしたら……」


ののこ「簡単な事だよ」


そう言ってののこは盤上のチップの2枚に1枚をひっくり返す。

おおよそ半分のチップが黒に、残りの半分が白になる。


ののこ「ほら。これで真由美を表したチップがどれかわかんなくなった」


そしてまたビールを飲む。

ののこ「ぱはぁ〜!うまっ!」


まみ「例えはわかるけど…」


ののこ「じゃあさ、このオセロみたいに白か黒じゃなく、白から黒までの40段階のグラデーションだったら何色が一番目立たない?」


まみ「真ん中くらいの灰色」


ののこ「わかってんじゃん。真由美は良くも悪くも極端だから目立っちゃったの。わかる?」


そう言うとののこはおもむろにポケットの中に手を入れ、何かを取り出そうとした。

その時何かがポロっとポケットからこぼれ落ちた。

それをののこはパッと後ろ手に隠した。


まみ「何?」


ののこ「あはは、何でもない、何でもない!」


気になるまみはののこが隠した物を覗き込むように体を乗り出す。


ののこは見せまいと体を捻って隠す。


まみ「えーっ、何?気になる!」


ののこ「実は……これ……」


そう言ってののこは隠していた手を前に出して、手を開く。


手の中には何の変哲もないジムニーのキー。


まみ「ジムニーの鍵じゃん。何で隠しただ?」


その問いにののこはニヤ〜っと笑う。


ののこ「このキーが真由美だからだ」


まみはキョトンとして、ののこが何を言っているのか解らない表情。


ののこ「隠したら気になったろ?普通に目の前にあったら気にも止めない物が、隠される事により人の興味を引く。今の真由美はこの隠されたキーと同じ。人が見せて見せてと言う中で隠そう隠れようとするから人は余計に興味を持つ」


まみ「あっ……」


また一口ビールを飲んでののこは続ける。


ののこ「真由美が人見知りなのは十分知ってる。でもね、それが最も真由美を目立たせてる原因なの」


最後の一口を飲み干し、空になったビールの缶をテーブルに置き、カンっと言う軽い音が部屋に響く。


ののこ「さっきのグレーのグラデーションの話じゃないけどさ、黒から黒寄りのグレーになってみ?いつもより少し大きな声で挨拶してみ?誰かの後ろに完全に隠れるんじゃなく、片目だけでも出してみ?そうする事によって逆に目立たたなくなるの」


まみの表情が既にそれが困難である事を物語っていたが、ののこは続ける。


ののこ「新聞部が来たら、自分でちゃんと取材を断りな。…って言っても出来ないのはわかってる。だから、せめて隠れず出て行く。そしてゆきやれぃに助けてもらいなよ。それが友達だろ?それともゆきやれぃは真由美を助ける事なく見捨てると思うか?」


まみは無言のまま頭を横に振る。


ののこ「自分の居心地の良い場所は自分で作りな。そんな都合の良い場所は勝手に出来上がらないし、誰かが作ってくれる訳でもないし……ましてや逃げた先に居心地の良い場所があると思ったら大間違いだ」


まみは小さく頷く。


その小さなまみの覚悟を見て、ののこはスマホを取り出す。


ののこ「それにさ……、真由美、体育祭の後のこの写真、すっごいいい笑顔してたよ」


そう言って差し出したスマホの画面には体育祭の時最後に撮った1年1組の集合写真が写っていた。

そしてその画面をののこは拡大してまみをアップにする。


そこにはまみ自身も信じられないくらい、人見知りとは全く無縁であるかのような自分の笑顔が写っていた。


さらにののこは写真をスライドしてクラスメイトの表情もまみに見せる。

誰もが最高の笑顔で写っていた。


ののこ「いいクラスじゃん。明日、クラスのみんなにちゃんとお願いしてきな。もちろんゆきとれぃにもね」


まみ「……うん!」


そう返事したまみの表情は、体育祭のこの写真と同じ表情だった。


少し落ち着きを取り戻したまみを連れてののこはダイニングに下りてきた。


心配そうな両親に『もう大丈夫だから』とののこは目配せして見せる。


夕食を取り終えたまみは意を決してゆきとれぃのグループLINEにメッセージを送る。


まみ『@ゆきちゃん @れぃちゃん 明日、新聞部の人が来たらちゃんと取材とか断ろうて思う』


送信直後に既読が「2」になる。


れぃ『おけ』


ゆき『大丈夫。手伝ってあげるから』


ほぼ同時に二人からのメッセージが入る。


まみは安堵感と同時に嬉しさを感じ、また涙が出て来た。


まみ『あたし頑張って言うから』


ゆき『足りねぇ部分はあたしらが補足してやるよ』


文末にはウインクの顔文字。


れぃ『新聞部がグダグダ言うようだらあたしが蹴散らしちゃる』


文末にはパンチの絵文字。


ゆき『@れぃ 蹴散らすのに殴ってんじゃん(笑)』


即座に「ドジまぬ」のグルキャナックの動くスタンプ。

グルキャナックが飛び蹴りをしようとして、け躓いて派手に転ぶ動くスタンプだ。


ゆき『うわ〜、役に立たねぇ(笑)』


いつも通りのグループLINEのやり取りを見て、まみは一人部屋でボロボロと涙を流しながら笑顔でスマホの画面を見ていた。


ゆきとれぃ。

二人とのこれからと未来の為に、少し、ほんの少し勇気を出そうと決意するまみだった。

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