第13話「まみ、覚醒す」
第13話「まみ、覚醒す」
それから2週間。
体育祭の練習や応援パネルの作成で生徒は大忙し。
美紅里やののこもあちこちに駆り出され、クラブは休止。
そして体育祭当日。
れぃ「……いまさらだけど、この2週間、まみの焦点がずっと定まらねぇような表情してるしない(してるよな)……」
体育祭開会式前の更衣室でいそいそと巫狐の衣装に着替えるまみを見ながらボソっとゆきに耳打ちするようにれぃが感想を述べる。
ゆき「大丈夫。根回しはちゃんとした」
まみ「見て見て〜、今日は『狐幻神楽』を使うから発動モードで金髪のウィッグなんだ〜あはは〜」
れぃ「……ホントに大丈夫か?目がイっちゃってるぞ……」
ゆき「大丈夫。まみはやればできる子!」
そうゆきは断言したが、目は泳いでいる。
れぃ「……いつそんなキャラ設定になったよ……」
まみの着替えが終わった頃、校内放送がかかる。
『まもなく開会式を行います。生徒は校庭に集合して下さい』
ゆき「れぃ、いい?これ以降はまみの事を巫狐って呼ぶのよ」
れぃ「……あいあいさー……」
ゆき「巫狐、いざ戦場に」
まみ「こーん!」
れぃ「……マジか?既に覚醒モードじゃん……」
更衣室から校庭まで、まみを見かけた生徒からボソボソと「巫狐だ……」「裏十二支大戦のアレだ……」と言う声が上がる。
いつもはゆきやれぃの後ろを付いていくように歩くまみだが、先頭をスタスタと歩いている。
校庭に来たまみをクラスメイトが出迎える。
「おっ!巫狐が来た!」
「巫狐ちゃん、頑張ってね〜」
クラスメイトにまみを浅野とか真由美と呼ぶ人は居ない。
これがゆきの根回しの一つだ。
事前にクラスメイトに、まみに暗示をかけて自分が裏十二支大戦の巫狐だと思い込ませる事に成功した。
暗示が解けるとダメなので、当日は「巫狐」と呼ぶように……と声をかけて回っていたのだ。
実際は暗示なんてかけてないが、結果的にはまみ自身が自分に暗示をかけたような形になっている。
さらにゆきの用意は周到だった。
クラスの応援パネルを作る際、美術部のクラスメイトに働きかけ、パネルを裏十二支大戦のゲームパッケージ調のイラストにしてもらったのだ。
しかもそのイラストから巫狐のイラストを抜いたイラストで。
午前中の競技が始まりいくつか競技を終えた時点で、まみ達1年1組は学年で僅差の2位、全学年で7位につけていた。
その得点の全てにれぃが絡む活躍ぶり。
そして午前中の競技のクライマックス、仮装レースが始まろうとしていた。
ゆき「どう思う?」
れぃ「……まみ以外に目立った仮装してると言えば、2年のケンタウロスと3年のゲバンエリオン……」
ゆき「走って1着は無理だらずけど、審査員票はある程度欲しいね」
れぃ「……走る方も今回は運動会系クラブのユニフォーム出場が見当たらねぇな……」
ゆき「あ、剣道部が防具着て出てるよ」
れぃ「……それより大丈夫か?まみの暗示、土壇場で解けたりしねぇか?……」
ゆき「いや、私は別に暗示とかかけてねぇし」
れぃ「……暗示が解けるとしたらこの後の出場選手紹介で本名を呼ばれた時だな……」
ゆき「一応、暗示が解けた時の対応策も考えてある」
仮装レースの準備が整い、放送部が選手の紹介を始めた。
放送部「1年1組、浅野真由美さん……1年2組佐藤直太……」
ゆき「あ、やべっ……」
名前を呼ばれた途端、まみがピクリと動き、その後辺りをキョロキョロし始めた。
れぃ「……解けたな……」
膝に両肘を置き、組んだ手で口元を隠すような姿勢で上目使いにまみの様子を伺っていたれぃがつぶやく。
ゆきは即座に立ち上がり応援席のクラスメイトに呼びかけた。
ゆき「みんなっ!プランCで行くよっ!」
放送部「位置について、よーい」
スターターピストルの乾いた音が鳴り響く。
一斉に選手達が走り出すが、案の定まみだけがワタワタしている。
その直後1年1組応援席からクラスメイト全員の声が響いた。
「「「狐幻神楽!」」」
その声がまみの耳に届くやいなや、まみはその場で一瞬ポンと両足飛びしたかと思うと、両手を真上に伸ばしクルリと反時計回りに回る。
そして着地と同時に両腕を斜め下後方にスッと伸ばし、姿勢を低くして走り出した。
いわゆる「忍者走り」と呼ばれる姿勢での走り方だ。
第一障害物に着く前に後方でモタモタしていたケンタウロスと段ボール製のゲバンエリオンを一気に抜き去る。
まみ自身はさほど早く走っている訳ではないのだが、ケンタウロスとゲバンエリオンが遅すぎる為に猛スピードで追い抜いたように見える。
だが実際、まみの足元は足袋に草履。
その履物でこのスピードはかなり速いと言えよう。
第一障害物にさしかかった時、また応援席から一斉に声が上がる。
「「「狐幻神楽!」」」
第一障害物は先日転び方を練習したふわふわのマットレスだ。
足元が取られて上手く進めない障害物だ。
その手前でまみはまたポンと飛び、両腕を真上に伸ばし半時計回りに体を捻る。
マットレスの半分くらいの位置に後ろ向きに着地するも、足元を取られて後ろ向きに倒れる。
しかし、先日転び方を練習したばかりだ。
自分のヘソを見るように体を丸め転がるように流れるような後転。
着地した先はマットレスの切れ目。
また応援席から声が上がる。
「「「Bダッシュっ!」」」
まみは間髪入れず第ニ障害物に向かった。
この時点で既に7位まで順位を上げている。
第ニ障害物はカーブの中間点に設置されたベルを鳴らせばクリア。
距離ロスの少ないインコース側は高い位置に、距離ロスの多いアウトコースになるほど低い位置にベルが吊られている。
インコースのベルはバレー部員が一番高い打点にタイミングを合わせないと触れないような高さ。
そのインコースのベルに向かってまみは走り続けている。
そして絶妙なタイミングでまた応援席から声が上がる。
「「「狐幻神楽!」」」
またまみは両腕を真上に上げジャンプする。
しかし、まみのジャンプ力ではとうていベルには届かない。
しかし、まみは手にお祓い棒を持っている。
高く掲げたお祓い棒がベルに当たり、カーンと言う乾いた音が鳴り響く。
第ニ障害物クリアだ。
これで5位。
コーナーを抜け直線コース。
そこに待ち受ける第三障害物、平均台。
足元が見にくい仮装をしている選手達がおっかなびっくり進む中、また応援席から声がかかる。
「「「二段ジャンプ!」」」
右足で踏み切り、左足で平均台に着地、そしてその左足でさらに踏み切り、三段跳びのように平均台を3歩でクリアするまみ。
歓声が湧き上がる校内。
残す最後の第四障害物。
前にいるのはモケットポンスターのピカチョーと、デゼニーのダナルドドッグ。
どっちも着ぐるみでビジュアルをかわいくする為に短足に見えるような作りだ。
第四障害物はカラーコーンがランダムに設置されたエリア。
ゆき「勝ったな」
れぃ「……あぁ……」
ゆき「ところでさっきから、何なのそのポーズ?」
れぃ「……ゲバンエリオンのオコリゲンゾウのモノマネ……」
まみは人一倍目立つのが苦手な為、普段から注目を浴びないようにしている。
その為に培われた人混みを避けて歩く術。
流れる川の水が岩の合間を流れるようにカラーコーンの隙間をスルリと抜けるまみ。
第四障害物をクリアしてまみが先頭。
そしてそのままゴール。
鮮やかなごぼう抜きで逆転したまみの活躍に沸き返る1年1組と観客。
ゆき「れぃ、行くよ」
れぃ「……どこに?……」
ゆき「たぶんこの後、暗示がまた解けるから、まみを迎えに」
れぃ「……あ、それな……」
二人は表彰台に向かって歩き出した。
放送部「それでは見事な逆転を見せた1年1組の浅野真由美さんにインタビューです!おめでとうございます!」
まみ「え?えっ?えぇ〜〜〜〜〜!?」
こうして暗示が解けて立ったまま気絶しているまみをれぃが回収。
代わりにゆきがまみの代理でインタビューを受ける事になった。
ゆき「いやぁ、浅野さんはやればできる子なんだが、普段は体動かすとかしねぇんで、ちょっと燃え尽きちゃったみたいなんで、あたしが代理を務めさせてもらう」
放送部「はい、ここで審査員の投票結果が出たようです。では発表です……。最多得票は1年1組浅野真由美さん、14票!次に2年4組矢野大地くん、1票!その他の方には投票がありませんでした!」
ゆき「っしゃあっ!全票数獲得っ!」
放送部「おめでとうございます!では、競技の得点ダイスを振って下さい。」
手渡される巨大なサイコロ。
両手でエイと投げ、転がり、出た目は最高得点の30点。
サイコロはゆきが代理で振ったが、この競技でまみは44点の最高獲得点数を叩き出した。
この点数はののこの点数を上回り、仮装レース史上最高得点として学園史に記録される事になった。
まみの意識が戻ったのはお昼ごはん休憩も半分過ぎた頃。
ほとんど覚えていないまみは結果を聞かされ、また意識が飛びそうになったが、何とか持ちこたえた。
まみ「目立ってしまったよ、どうしよ〜〜〜(泣)」
ゆき「いいじゃん、目立ってる時の記憶は無ぇんだから」
まみ「目立った事実に変わりないじゃん!」
れぃ「……結果オーラァーイ……」
まみ「全然結果オーライじねぇよ。絶対にあたしがコスプレイヤーだってみんなにバレたよっ!ゲームマニアってバレたよっ!あたしの高校生活終わったぁ〜(泣)」
ゆき「あ、大丈夫。衣装はあたしの従姉妹が巫女のバイトしてた時の物だって言ってるし、まみが巫狐のコスプレするのはあたしがまみに暗示かけてやらせた事になってるし」
まみ「そんなのみんな信じる訳ねぇじゃ〜ん!(泣)」
れぃ「……そもそもメイクもウィッグも被ってるから普段の制服になったらクラスメイト以外は巫狐がまみだってわかんねぇって……」
まみ「それも実際はわかんねぇじゃん(泣)」
ゆき「暗示の話はでっちあげだけど……、でも実際まみはこの数日の記憶無ぇじゃん」
まみ「そんな事ねぇよ〜」
ゆき「ほらほら、済んだこといつまで言ってもしょうがねぇじゃん。それよりほら、お昼たべよ!」
まみは半泣きの状態で弁当箱を開ける。
まみ「……お、お稲荷さんだ。何でこんな物を……」
れぃ「……やっぱ記憶無ぇじゃん(笑)……」
お弁当を食べ終わり、応援席に戻ろうとしたが、自己暗示でリミッターカットして仮装レースを全力疾走したまみは全身ガタガタ。
立つのもゆきとれぃの手を借りて、やっと応援席に辿り着いた。
ゆき「じゃあ私、午後一の競技だから。れぃ、まみをよろしくね〜」
れぃ「……あいあいさー……」
午後からの競技の一発目はゆきが出場する借り物競争だ。
これもなかなか思考が凝らされている。
スタート地点から10m先に赤い封筒。
赤い封筒から50m先に黄色い封筒。
そこから100m先に青い封筒。
選手はどれを取ってもいい。
ただし、青、黄、赤の順に封筒の枚数が少ない。
また青い封筒の中身の借り物のお題は簡単で、黃、赤と順に難易度が上がる。
安易に赤い封筒に手を出せば、借り物を探し始めるタイミングは早くなるが、難易度が高くゴールさえ難しくなる。
逆にお題の難易度の低い青い封筒を狙っても枚数が少ないので早い者勝ち。
最悪の場合、青い封筒の所まで行ったが青い封筒を奪う事ができず、黄色い封筒や赤い封筒の所まで戻って来なくてはならなかったりと言う事もあり得る。
ここに戦略の重要性がある競技なのだ。
2年生と3年生はこの競技の恐ろしさを知っているのでほぼ全員が青い封筒を目指してダッシュする。
赤い封筒の難易度が高いとは聞いているが、そこまで無茶苦茶じゃないと高を括っている1年生は安易に赤い封筒に手を出してしまうのだ。
ゆきも自分のコミュニケーション能力にはそれなりに自信があった。
だから多少難易度が高くても探す時間を多く取る戦略で赤い封筒を狙っていた。
スターターピストルの音が響き、一斉にダッシュ。
迷わず赤い封筒に手を伸ばす1年生。
隣の1年生が封筒からお題を出し、読んで絶叫した。
「芸能人とかこの学校に来てる訳ねぇだろ!」
またその隣の選手もその場にへたり込んだ。
「SNSフォロワー3万人以上の有名人なんかいるわけないじゃん!」
それを聞いていたゆきは『あ、ののこさんと美紅里ちゃんだ。あの封筒が当たりだったな。でも二人とも一緒にゴールまで来てくれるとは思えないし……。こりゃ赤い封筒の難易度をナメてたな…』と自分の戦略の甘さを予感しながら封筒を恐る恐る開き、お題を読んだ直後ダッシュした。
向かうはまみの所。
ゆき「まみっ!ウィッグ貸して!お題が『かつら』だったの!」
まみ「え〜〜〜〜っ!これ取ったらあたしの素顔バレちゃう〜〜」
れぃ「……おらよっ……」
まみが頭を押さえるより早く、れぃはまみのウィッグを取り上げ、ゆきに投げて渡す。
ゆき「さんきゅっ!」
まみ「あ゛あ゛あ゛あああああっ!」
まさかの最高難易度のお題を秒でクリアし、ゆきは1着。
得点ダイスも20点を出し、1年1組は単独トップに躍り出た。
ウィッグを剥ぎ取られ、またも魂が抜けたまみに「ごめんね〜」と言いながらウィッグを返すゆき。
恨めしそうに睨みながらいそいそとウィッグをつけ直す。
れぃ「……借り物競争の赤のお題、酷ぇな……」
ゆき「確かに。アデ○ンスやアートネ○チャーのかつらだったら誰も渡してくれねぇし、例えかつらだと見抜いても貸してくれって言えねぇよね」
れぃ「……他にはどんなお題があったの?……」
ゆき「『牛または馬』とか、『BLの同人誌』とか、『チャイルドプレイが好きな50代男性』とか……」
れぃ「怖っ!うちの学校の体育祭実行委員、怖っ!」
ゆき「黄色い封筒も難赤い封筒より難易度は低いとは言うもののそこそこ難易度あったみたいよ」
れぃ「……例えば?……」
ゆき「『中ニ病患者』とか『女装趣味のある男性』とか『支払い額面が777円のレシート』とか『バッテリー残量1桁のスマホ』とか『自作のポエム集とその作者』とか『盛った写真をSNSのアイコンにしている人とその写真』とか……」
れぃ「いや、居るだろうけど、居るだろうけどさっ!怖っ!体育祭実行委員、怖っ!」
ゆき「青い封筒は『徳川十五代将軍全部言える人』とか『バク転できる人』とか『ペットボトルキャップ20個』とか……」
れぃ「赤や黄色の封筒のお題よりは難易度低いけど、和気あいあいとゴールさせる気ゼロだな」
その後の競技で1年1組は僅差の3位まで落ちたが、最後のリレーで3位以内に入れば逆転が可能な状況。
ゆき「れぃ、頼んだ!」
クラスメイト「向井さん、お願い!」
れぃ「……あたし一人で勝てるもんでもなかろうて……」
最後のリレーはスウェーデンリレー。
これを学校全クラス15組で争う。
選手は男子2名女子2名で構成され、順番に指定は無い。
スタートもいきなりオープンコースでスタートすると言うかなりアレンジを加えたルールだ。
当然のように第1走者は3年生男子がインコース最前列付近を陣取る。
レースが始まる前からレースは既に始まっている。
1年生はどうしても不利なスタート地点に追いやられてしまう。
スタートの号砲と共に一斉に走り出すが、ポジション争いで数人が接触して転倒。
1年1組は転倒には巻き込まれなかったが、順位は9位。
第ニ走者は9位を確保するのが精一杯。
第三走者にバトンタッチする際の混乱で5位に浮上。
そこから順位を1つ上げて3位でれぃにバトンが渡った。
さすがにどのクラスもアンカーにはエースランナーを据えている。
あれだけ速いと感じたれぃも、他の走者を圧倒するまでの速さは無い。
しかもれぃの前を走る3人は全員男子だ。
先頭が最終コーナーに入った所で先頭と二番手が接触。
両者バランスを崩してスピードが落ちる。
三番手走者とれぃが差を詰める。
しかし、やはり届かず。
1年1組は1点差で準優勝に終わった。
応援席に戻って来たれぃ。
ハァハァと息を切らし、拳をグッと握りしめて俯き、ボロボロと涙を流す。
れぃ「……ごめん……あとちょっと届かなかった……せっかくみんな頑張ってくれたのに……ごめん……」
よほど悔しかったのか、肩を震わせ、立ち尽くしたままれぃはボロボロと涙を流し続ける。
つられてクラスメイトも泣き出す。
ゆきもまみも。
お互いに健闘を讃え合うが、れぃの悔しさは晴れない。
ただでさえ小さなれぃがさらに小さく見える。
担任ももらい泣き。
だが、1年1組は学年優勝である事は間違いなく、1年生のクラスが総合で2位は学校史上最高順位である事を知り、れぃもクラスメイトも少し慰められた。
表彰式が終わり、クラス全員で集合写真。
センターは応援マスコットで多大な功績を上げたまみ、その横にゆきとれぃ。
この時のまみはいつもの引きつった笑顔ではなく、本心からの笑顔だった。
この光景を微笑ましく見る他のクラスの生徒や先生達。
だが一人だけ、この光景を鋭い眼光で見つめる人物がいた事に、まみ達が気付く事はなかった。