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第11話「美紅里は根に持つ?」

第11話「美紅里は根に持つ?」


ゆき・まみ・れぃ「「「ありがとうございました!……ました……」」」


10月に入り、いよいよアルバイトが始まり、そのアルバイト初日を終えた三人。

と言っても、今日は今後の仕事の説明ばかりで、仕事らしい仕事は無かった。


まみ「今日のコレでも時給発生してるんだよね?いいのかな?」


ゆき「説明も無しに仕事できる訳ねぇんだから、これも給料のうちってね」


れぃ「……ぶっちゃけ退屈だった……」


ゆき「今後どんどん忙しくなるっておじさんも言ってたから、初日はこんなもんだらず(でしょ)」


三人のアルバイトは火木土。

忙しくなったら日曜日もアルバイトになる場合がある。

クラブが月水金。

これで三人の毎週の予定がびっしり詰まった事になる。


ゆき「バイト代入ったら、色々買わなきゃいけねぇ物あるね」


れぃ「……ウェアを何とかしなきゃ……」


まみ「ウェアっていくらくらいするのかな?」


ゆき「ネットでこないだ安いの見たよ。今度サイト送るね」


れぃ「……ウェアも気になるけど…、それよりあたしが気になってるのが……」


まみ「何?」


れぃ「……まみ、確かに今日衣替えだけど、いきなり初日から冬服暑くね?……」


まみ「あはは、暑い(苦笑)」

挿絵(By みてみん)


ゆき「何で初日から冬服着てきただ?」


まみ「いやぁ……みんな冬服であたしだけ夏服だったら目立っちゃうじゃん?(汗)」


れぃ「……結果、冬服は少数派で目立っちゃうってオチな……」


まみ「それを言わないでよ〜(泣)」


ゆき「まぁまみだけじゃ無かったんだし、いいじゃん」


これ以上その話でいじられるのを避ける為、まみは話題を変えた。


まみ「そういやゆきちゃん、スノーボードの板ってどうなっただ?」


ゆき「まだ手元に来てねぇけど、お父さんの知り合いの人が使わなくなった板をくれるって話になったよ」


れぃ「……良かったじゃん……」


ゆき「でも『メンテナンスしなきゃ使えねぇ』って言われてるんだよね……。メンテナンスってどうするんだらず?」


まみ「メンテナンス?何それ?」


れぃ「……自転車でもチェーンに油指したり、タイヤの空気を見たりしなきゃだから、ようはそう言う事じゃね?……」


ゆき「明日、美紅里ちゃんに聞いてみよっか」


翌日、部室に来た三人は早速美紅里にメンテナンスについて聞いてみた。


美紅里「メンテナンス?教えてもいいけど、あなた達少しは自分で調べた?」


三人とも視線を逸らしてバツの悪そうな表情をしている。


美紅里「はーい、じゃあ教えらんない。これは宿題ね。今はネットで何でも調べられるんだからある程度自分で調べた上で質問するように」


ゆき・まみ・れぃ「「「はぁ〜い」」」


美紅里のスタイルはその後も一貫してこんな感じだった。

それを三人は不快に思わなかったし、その度に自分達が甘えている事を自覚した。


美紅里「さぁ今日もちょっと練習するよ。体操服に着替えて」


体操服に着替えた三人は校舎裏の倉庫に連れて行かれた。

錆びついた南京錠を開け、建付けが悪くなった扉をガタガタと開ける。


美紅里「あったあった。これだ」


倉庫に押し込まれていたのは走り高跳びの時に使う厚手の柔らかいマットレス。

飛び込んでも痛くないやつだ。


美紅里「はーい、これを部室に運ぶわよ〜」


四人でそれぞれマットレスの端を持って運ぶ。

けっこうな重労働だ。


運んでいる途中、美紅里に声をかけて来た学生や先生がいた。


生徒「美紅里ちゃーん、何やってんのー?」


先生「二階堂先生、どうされたんですか?」


その度に美紅里は


美紅里「ちょっと部室で使う事になってね、でもこれ重くって……」


その度に手伝ってくれる生徒や先生が増える。


部室に着く頃には10人以上でマットレスを運んでいた。


美紅里「皆さん、ありがとう。助かりました〜」


生徒「いいよ〜、じゃあ美紅里ちゃんあばね(ばいばい)〜」


先生「いえ、これくらいかまいませんよ。またいつでも言って下さい」


美紅里は笑顔でペコリと頭を下げ、手伝ってくれた生徒や先生にお礼を言う。


れぃ「……美紅里ちゃんって人気あるんだな……」


ゆき「普段は『物理しか興味ねぇです』みたいなオーラ出してんのにね」


まみ「人がいっぱいだった……」


美紅里「ちょっとソコ!聞こえてるわよ!」


美紅里は普段は白衣姿でシャレっ気は微塵も無い。

喋り方もサバサバした感じだが、常に品があった。

故に「物理しか興味ない」ようにも見えるが、一度喋ってみると礼儀正しく誰にでも公平で、優しかった。

ただ優しくても甘やかす事は一切せず、一本ブレない筋を感じさせると言う人柄。


れぃ「……つーちょんの時とイメージ違う……ひたたたたたたた!」


凄みの効いた笑顔でれぃのほっぺたをつねり上げる。

美紅里「その話はするなっつったろうが」


れぃ「ひゅんまひぇん、ひゅんまひぇん!」


普段はボソボソとした喋り方のれぃだが、この時はしっかりと聞き取れる声で許しを乞う。


ゆき「で、このマットレス、何に使うんか(使うんですか)?」


美紅里「おー、それな。とりあえずホコリ払って雑巾で拭いて使えるようにして」


三人がマットレスのホコリを払っている間に美紅里は何やら変な道具を取り出した。


ベニヤ板にクロックスのようなサンダルが取り付けられている。


美紅里「マットレス、キレイになった?じゃあ……れぃ、こっち来て」


美紅里はマットレスの横にその変な道具を置く。


美紅里「はい、じゃあ履いて?」


れぃ「……これスノーボードの代わりか(代わりですか)?……」


美紅里「いいから、いいから」


マットレスに対して背中を向けるようにして置かれたスノーボードもどきのサンダルにれぃは足を入れる。


と、その瞬間、美紅里はれぃを突き飛ばした。


れぃ「ちょっ!うわぁ!」


ぼふっ


れぃはマットレスに大の字になって倒れ込む。


美紅里「見た?スノボってこんな感じで両足が固定されてるから、転ぶ時に足の補助が使えないの。

普段ならバランスを崩しても足で転ぶのを回避したり、例え転んでも怪我しないように体が勝手に動いてくれる。でも両足が固定されてたら、運動神経が良いれぃでもこの有様(笑)」


れぃ「……いや、笑いごっちゃねぇ……ってか、起こして……」


美紅里「今はマットレスだから痛くも痒くもないけど……あなた達もスキーは小中学校でやった事あるだろうから知ってると思うけど、スキー場は『圧雪』されてるから、けっこうな硬さがあるのよ。そこで今みたいな転び方したらどうなる?」


まみ「痛そ〜(汗)」


ゆき「いや、それどころか後頭部ぶつけるぞコレ……」


美紅里「そう。だから正しい転び方を知って、できる様にならなきゃいけないの。怪我しない為にね。」


れぃ「……いや、だから起こして……」


美紅里は話しながられぃに手を伸ばし、引き上げるように起こしてやる。


美紅里「ほら、一度両足を上げて。そこから体を捻ってうつ伏せになる。そうそう。」


れぃは何とかマットレスの上でうつ伏せの体制になり、どうにかこうにか起き上がり、マットレスの方向を向いた状態で立ち上がった瞬間、今度は後ろからドーン。


れぃ「はわぁっ!」


べふっ


今度はマットレスに手を着くようにれぃは突っ伏した。


美紅里「見てのとおり、もちろん正面側に転ぶ時もあるの。今れぃは手を付いてしまったけど、これをゲレンデでやると手首や鎖骨を骨折する事になりまーす。つまり前側後ろ側ともに転ぶ練習が必要になりまーす」


れぃ「何であたしがこんな目に〜」


美紅里「じゃあみんな順番にやってみようか」


そう言うと、またれぃに起き上がるように促す。


美紅里「まず、前側に転ぶ時のやり方からね」


れぃ「……美紅里ちゃん、またあたしを実験台にしようとしてる?……」


美紅里「どのみち練習するんだからつべこべ言わないの」


れぃ「……うぐぅ……」


美紅里「じゃあ前側ね。イメージ的には野球のベッドスライディング。転びそうになったら、なるべく低い姿勢で伸び上がる感じ。じゃあれぃ、行ってみよー」


れぃ「ちょっ!まだ心の準備がっ!」


どーん


ズザァー……



美紅里「そうそう上手い上手い!」


れぃ「って、美紅里ちゃんひどくね?せめて合図くらいしてよっ!」


美紅里「あら、転ぶ時にそんな心の準備する時間あると思う?はい、じゃあ次はゆき、やってみようか」


のそのそと起き上がったれぃと代わるゆき。

板にサンダルを固定させた物に両足を入れる。


美紅里「ゆき、眼鏡は外しておこうか」


ゆき「あ、お願いします」


ゆきから眼鏡を預かった直後、背後からドーン。


ゆき「おわっ!」


べしゃ


不意を付かれたゆきはマンガのように顔からマットレスに突っ込む。


美紅里「だめよ〜、油断しちゃ」


ゆき「くっそぉ〜」


美紅里「最後、まみ」


既にビクついているまみ。


いつ押されるかと思って既にへっぴり腰だ。


美紅里「そんなに構えちゃダメだってば。じゃあ、スリーカウントしてあげるからまずは背筋を伸ばして。そうそう。じゃあスリー」


で、ドーン


まみ「あひゃぁっ!」


ギャグマンガでこの姿勢で壁にぶつかったら、きっと人型に壁に穴が開くであろう。

無様と表現するのが最も似合うカッコでまみはマットレスに倒れ込んだ。


美紅里「OKっ!じゃあ今度は後ろ側に転ぶやり方やるから……はい、れぃ準備して」


れぃ「……なんであたしなんスか……」


美紅里「わたしの前で『つーちょん』の話をした罪だ(笑)」


れぃ「ひぃぃぃぃ!美紅里ちゃん根に持ってる!」


美紅里「こういう事は体に覚えさせないとね〜」


そう言いながら美紅里は怪しげな笑顔を見せた。


しぶしぶまみと代わり、準備を終えたれぃ。


美紅里「さっきも見せたけど、そのまま倒れたら後頭部をぶつけたりするし、体を捻って手を付こうとすると手首が折れたりします。だから、『あっ!』と思ったら自分のヘソを見て下さい」


れぃ「……へそ?……」


美紅里「百聞は一見にしかず。今度は支えててあげるから、一度やってみるよ」


そう言うと美紅里はれぃの両手を持ち、ゆっくりとれぃを後ろ側に倒して行く。

自分で立っている事ができなくなった角度なり、足をぷるぷるさせながられぃは美紅里の手を必死に掴んでいる。


美紅里「こうなると絶対に持ちこたえられません。だから転ぶ時は観念して転びましょう。じゃあれぃ、おヘソ見て?」


そう促され、れぃは自分のヘソを見るように顎を引く。

そこからゆっくりと美紅里はれぃの体をマットレスに倒した。


美紅里「こうする事により、背中が丸くなって後頭部を守れると同時に、転んだ時に転がれるからショックが逃がせます」


ゆき「手はどうしたらいいんか(いいんですか)?」


美紅里「柔道とかの経験があるなら、いわゆる『受け身』をするのがいいんだけど、受け身ができないなら、後ろ手で後頭部を守るように添えるのもアリ。その動きは結果的に背中が丸くなるし、後頭部の打撲や首のむち打ちも軽減できるから」


れぃもマットレスに寝転んだままフムフムと聞いている。


美紅里「じゃあ実際にやってみようか」


そう言うと美紅里はれぃの手を引いて起こす……が、あと少しで立てると言う所まで起こすとパッと手を放す。


れぃ「おわぁっ!」


急に手を放されたれぃは、またマットレスに倒れ込む。


美紅里「だから転びそうになったらおヘソ見なきゃ」


れぃ「ぢぐじょ〜〜〜」


もう一度起こしてもらう途中で、また手を放されたが、今度は上手く顎を引いて転ぶ事ができた。


美紅里「上手い上手い!じゃあ次はゆき、やってみな?」


ゆきはれぃに替わり、準備ができた所でまた美紅里が話し出した。


美紅里「転ぶ時、どうしても緊張状態になるから体が硬直しちゃうの。でも体が硬ければ硬いほど怪我する危険性が高まる。転ぶ時は体をぐにゃんぐにゃんにする事を意識した方が……」


で、どーん。


不意を突かれたゆきだったが、子供の頃に柔道を少しやっていたゆきは、見事な受け身を取り、マットレスを叩くパーンと言う乾いた音が響いた。


美紅里・まみ・れぃ「「「おぉ〜〜〜!!」」」


美紅里「ゆき、凄いじゃん!柔道経験者?」


ゆき「小学校の頃ちょっとだけやってました」


美紅里「とっさにそれが出来たらたいしたもんだ。じゃあ次、まみっ!」


ゆきに替わり、まみが恐る恐る準備する。


やはり既に身構えている。

絵に描いたようなへっぴり腰である。

美紅里が再三、背筋を伸ばすように言っても、もう完全に警戒しきって背筋を伸ばすに伸ばせないでいる。


れぃ「……やれやれ……」


そう言うと、見かねたれぃが口の横に手をかざし、いつもからは想像できない声量でまみに声を発した。


れぃ「まみ!『狐火乱舞』!」


驚いたのもあったが、まみは反射的にコミゲでコスプレした裏十二支戦記の巫狐の技、「狐火乱舞」のポーズを取っていた。

そのポーズは言うなれば「体操体形に開け」のポーズであり、背筋がピンと伸び、両手を左右いっぱいに広げたポーズだった。


どーん


美紅里は当然そのチャンスを見逃さなかった。

両肩を正面から美紅里に押され、学校中に響きわたるのではないかと思われるくらいの悲鳴を上げながらまみは倒れる。


倒れる瞬間に美紅里に捕まろうとしたせいか、手は美紅里に伸び、顔も顎を引く形でマットレスに倒れ込んだ。


美紅里「上手い上手い(笑)」


恨めしそうな目でまみはれぃを見るが、からかう様にわざと視線を反らし、わざとらしい口笛を吹くれぃ。


美紅里「とにかく、そんな感じ。あとは反復練習して転んだ時に自然にこの動きができるようになる事。その結果、スノボが怖くなくなるから。さ、練習練習!」


その後も順番交代で倒れる練習が続いた。


おっかなびっくりだったまみも、徐々に慣れて来たのか、次第にぎこちなさは消え、躊躇なくできるようになって行った。


その間、部室内はずっと笑い声が絶える事は無かった。

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