第10話「スノーボードは物理?」
「スノーボードは物理?」
週明けの月曜日『郷土活性化研究部』が発足し、初の活動日。
部室として指定された部屋に三人はやって来た。
ゆき「ここが……私達の城……」
れぃ「……ただの倉庫じゃん……」
まみ「それより早く入らずかっ(入ろうよっ)!」
ゆき「慌てねぇ、慌てねぇ」
部室の鍵を取り出し、ゆきはニカっと笑う。
ゆき「では、開けるっ!……って、あれ?開いてる?」
美紅里「おー、遅いぞ〜」
まみ「先生、来てたんだ(汗)」
れぃ「……ひょっとして先生やる気満々?……」
美紅里「一応顧問受けたからにはね〜。ほら、ボサっとしてないで部室掃除するよ!」
確かに部室はホコリまみれ。
使われてなかった倉庫だった部屋なので当然である。
美紅里「ほれ、マスク」
美紅里に急き立てられるように掃除を始める。
美紅里「いきなり床を掃くやつがあるか!まずは高い所のホコリを落とす所から!」
棚の上もホコリが層を作っている。
美紅里「その量のホコリにハタキを使ったら効率悪いだろ!小さいホウキで棚を掃く!」
れぃ「……『ゆき・まみ・れぃ』が、『ほこり・まみ・れぃ』になってしまった……」
ゆき「ちょっ……それ、私がホコリみたいじゃん(笑)」
美紅里「『ゆき・まみ・れぃ』?何それ?」
ゆき「あたし達のプロジェクト名だ。あたしが美幸、真由美、玲奈で三人の名前を取って『ゆき・まみ・れぃ』だ」
美紅里「へ〜、いいネーミングセンスしてんじゃん。誰が考えたの?」
れぃ「……まみ……」
美紅里「へぇ〜。何?浅野家はそう言うセンス持ってる家系なの?」
ゆき「って事はののこさんも何かそんな話があるのか(あるんですか)?」
美紅里「私の『つーちょん』も、ののこが付けたのよ。こないだ向井さんが推測した通りの流れでね」
まみ「お姉ちゃんらしい、(苦笑)」
美紅里「とにかく名前は覚えた。ゆきで、まみで、れぃね」
こうして初日は掃除で終わった。
帰り道、三人の話題は顧問の二階堂先生の事だ。
ゆき「二階堂先生って、もっと堅い先生かて?思ってたけど、予想以上にフレンドリーな感じだよね〜」
まみ「ちょっと雰囲気怖いけど……」
れぃ「……美紅里ちゃんが怖い?どこが?……」
まみ「何ていうのかな……。ちょっとグイグイくる感じとか……」
れぃ「……ののこさんと一緒じゃん……」
まみ「えっ?あ、え〜っと、ほら、お姉ちゃんはお姉ちゃんだから(汗)」
ゆき「わけわかめ(笑)」
まみ「それより『美紅里ちゃん』って、先生に聞かれたら怒られるんじゃねぇ?」
ゆき「二階堂先生、茶道部では『美紅里ちゃん』って呼ばれてるみたいじゃん」
れぃ「……じゃあ『美紅里ちゃん』で決定ね……」
まみ「え〜〜〜………。言えるかなぁ……」
一日空けて水曜日。
2回目の部活動日。
ゆき・れぃ「ちゃーっす!」
まみも一緒に挨拶したがゆきとれぃの声にかき消されてほとんど声が聞こえない。
美紅里「おっ、来たね。部室の表札作っといたよ」
ゆき「おぉ〜、何か重々しい(笑)」
れぃ「……下にちょっとスペースあるね。美紅里ちゃん、ちょっと書き足していい?……」
美紅里「ん?あぁいいよ。って、誰が『美紅里ちゃん』だ!二階堂先生っ!」
ゆき「でも茶道部の子は先生の事『美紅里ちゃん』って言ってません?」
美紅里「あいつら〜……。いや、確かにそう呼んでるみたいだけど、立場上『二階堂先生』な。」
れぃ「……了解です。美紅里ちゃん……」
美紅里「れぃ、お前なかなかいい度胸してんな(苦笑)」
れぃは無表情ながらも口角を少し上げてニヤっと笑う。
美紅里もヤレヤレと言った表情。
れぃはホワイトボードマーカーを取り出し、表札の下のスペースに「Project Yuki Mami Rei !!」と書き足す。
れぃ「……ほら、重苦しさがマシになった……」
ゆき「え〜、それ書てしまうの?」
まみ「なんか恥ずかしい」
れぃ「……ちゃんと美紅里ちゃんも入れといた。『!!』で……」
美紅里「いらん事をするな」
とは言うものの、消させる訳でもなく、そのまま表札ホルダーに納まった。
美紅里「さて、三人ともスノボは全くの初心者だったよね。じゃあ、体操服に着替えて。」
ゆき「え?いきなり筋トレとかするんか?」
美紅里「いいから。とっとと着替える!」
言われるがまま三人は体操服に着替える。
美紅里「じゃあ行くよ〜」
そう言うと、美紅里はグランドへと向かった。
付いて行く途中、ひそひそと三人は美紅里の謎の行動を話し合う。
ゆき「ひょっとして美紅里ちゃんって熱血系の人なのかな?」
れぃ「……ってか、郷土研って運動会系クラブだったの?……」
まみ「確かにスノーボードってスポーツだけどね……。運動会系クラブみたいにガッツリ練習とかになったら、あたし付いて行けるかな……」
そんな話をしていたらサッカーグランドに連れてこられた。
美紅里はサッカー部の顧問の先生と何やら話している。
まみ「え?私達、サッカーやるの?(汗)」
美紅里「おーい、こっちこーい」
ゴールポストの前。
ボールが3つ置かれている。
まみ『やっぱりサッカーやるんだ(汗)』
美紅里「じゃあ、脚力を見るから、このサッカーボールを思いっ切り蹴って。じゃあ、ゆきから。」
戸惑いながらもゆきがボールを蹴る。
べぃんっ
何とも力無い音がして、ボールはバウンドしながらゴールに転がり込む。
美紅里「はーい、じゃあ次……。あ、れぃ?」
れぃ「……うぃっす……」
やる気無さそうにボールの前に進んだれぃ。
次の瞬間、見事なフォームでボールを蹴り出す。
バムっ!
女の子とは思えない勢いでゴール左上のコーナーギリギリにボールが刺さる。
サッカー部員から「おぉ〜……」と言う声が上がる。
れぃ「……こんな感じでいいっすか?……」
美紅里「はーい、十分十分。最後、まみ〜」
まみ「あ、は、はいっ!」
れぃ「……まみ〜、気楽に行け〜……」
まみ『うわぁ〜……ちゅ……注目されてるよ〜……と、とにかく蹴らなきゃ……』
まみ「えいっ!」
勢いよく蹴り出された足はボールに当たる事なく、見事な空振り。
ゆき「お約束じゃ〜ん(笑)」
美紅里「はーい、オッケー。藤田先生、ありがとうございました。じゃあ部室帰るよ〜」
れぃ「……まみ、結局蹴ってないじゃん……」
美紅里「いいのいいの。脚力調べるとかウソだから」
ゆき「は?」
部室に戻った美紅里と三人。
美紅里「さっきのサッカーボール蹴ってもらったのは、実は利き足を調べてたの」
ゆき「利き足?」
美紅里「利き手と同じように、足にも利き足があるの。利き足は手と違ってそこまで器用さに差は無いし、普段は意識しないから急に聞かれるとわからなくなっちゃうの。だから、予備知識無しでボールを蹴ってもらったの。結果、三人とも利き足は右だったわ」
まみ「それならあんなしょうしい(恥ずかしい)思いしなくてもできたのに〜(泣)」
れぃ「……あたしも脚力とか言われるから本気で蹴ってしまったよ……」
美紅里「まぁそんな訳で、みんなレギュラースタンスね」
ゆき「ちょっ美紅里ちゃん、まだ一度も滑った事も無ぇのにレギュラーとか……」
美紅里「あぁ、レギュラースタンスってのは左足を進行方向側にして滑るやり方。反対に右足を前にして滑るやり方はグーフィースタンスって言うの。レギュラー、補欠のレギュラーじゃないわよ(笑)」
れぃ「……響き的にはグーフィーって方がカッコいい……」
美紅里はそんな話をしながら、高さ10㎝位の木の箱を3つ床に置いた。
美紅里「はーい、じゃあそれぞれこの箱に右足を乗せて、左足は床に……そうそう、左足を麓側、右足を山頂側だと仮定して、スノボに乗ってるイメージでやってみて」
言われるがまま三人は箱に右足を乗せる。
美紅里「いい?はい、この状態で実際にゲレンデで板を履いたら三人とも1mも進まず転びまーす」
ゆき「え?何で?」
美紅里の眼鏡がキラリと怪しく光る。
そしてホワイトボードに図を書き始め、今度は物理の授業が唐突に始まった。
美紅里「今、あなた達は地面に対して垂直になるように立っているわね?」
確かに今、三人とも右膝を曲げるようにしてバランスを取って立っている。
美紅里「あなた達の立ち方を図にすると、こう……」
そう言いながら美紅里は図形に棒人間の絵を書き足す。
美紅里「つまり、この状態。この状態で足元の摩擦係数が仮にゼロなら、立ってる人の動きはどうなる?」
まみ「そのまま滑って行くんじゃねぇの?」
ゆき「いや、慣性の法則が働いているから足が先に進んで体はそのままになるから……前に出てる足が浮き上がるようにして転ぶ?」
美紅里「正〜解!じゃあ、転ばないようにするには?」
れぃ「……斜面に対して垂直に立つ?……」
美紅里「おしいっ!電車に乗って電車が動き出した時の事を考えてみて?足元が勝手に進行方向に進んで行くイメージ」
まみ「じゃあちょっと進行方向側の足に重心を乗せる感じ?」
美紅里「大正解〜!」
そう言われて三人は左足側に重心を移動させるようにバランスを取る。
美紅里「そ。そんな感じ。つまり慣性の法則で後ろ側に引っ張られる力を相殺できる位の力で進行方向側の足に過重してやれば、立った状態で低い方に滑って行く事になるわけ。でも実際はどんどん加速して行く事になるから斜面に対して垂直より少し進行方向側に過重する感じ」
理数系が得意なゆきはフムフムと頷きながら聞いている。
まみとれぃは、なんとなく解ったような表情。
美紅里「あとね、スノボをする時のブレーキとハンドルって後ろ側の右足でコントロールして行うの。コンパスをイメージして?左足を針、右足を鉛筆と思ったらいいかな。左足を軸にして円を描くようにボードをコントロールしてブレーキやハンドル操作をするの」
そう言いながら、美紅里はやって見せる。
それに倣い、三人も左足を軸に体をねじり、右足を動かす。
美紅里「そうそう、そんな感じ。
じゃあ、さっきの地面に対して垂直に立つ姿勢で、右足動かしてみて?」
れぃ「……いや、これ普通に無理だらず(無理でしょ)?……」
ゆき「そもそも右足に体重が少しでも乗ってたら……よっ!右足なんて……ふんっ!動かないじゃん!」
美紅里「でしょ?つまり、左足に重心乗せて右足を自由に動かせるバランスでボードに乗らないといけないの。自転車で例えるならハンドルもブレーキも効かない状態で運転する事になるのよ。しかも走り出したらいきなり前輪が浮いてウィリー状態(笑)」
れぃ「……それ、めっちゃ怖いじゃん……」
まみ「でも左足に重心乗せてたらブレーキもハンドルも使えるし、前が浮かび上がる事も無ぇんだらず(無いんでしょ)?」
そう言いながら、まみはスムーズに右足をコントロールして見せた。
美紅里「そう。あとは実際にゲレンデで板を履いた時に恐怖心に勝てるかどうかになるの」
ゆき「へぇ〜。スノボってえれえ(めっちゃ)物理なのね」
その言葉に美紅里は大いに反応する。
美紅里「そうっ!スノボは物理!物理知らずしてスノボは有り得ない!逆に物理を理解していればスノボのハードルは下がる!」
れぃ「……ひょっとして美紅里ちゃんってスノーボードにハマって物理の先生になった……とか?……」
まみ「まさかぁ(笑)」
美紅里「いや、そうだよ」
ゆき「えぇ〜〜〜っ!」
美紅里「もともと物理は好きだったんだけど……あなた達も実際にゲレンデでスノボを始めたらわかると思うけど、スノボってすごーく物理を応用したスポーツなの。滑る事も転ぶ事も、全て物理で証明できる。物理を理解していたらスノボはもっと面白くなるの」
まみ「あたし物理苦手なんだけど、大丈夫かな(汗)」
れぃ「……あたしも……」
美紅里「物理を理解してなくてもあなた達、自転車乗れるわよね?自転車も物理。物理を理解してなきゃ自転車もスノボも乗れないって訳じゃないから安心して。ただ、物理を意識していればもっと面白いって事」
こうして部活の実質的な活動初日は終わった。
帰り道、三人の話題はやはり美紅里ちゃんについてだった。
ゆき「私、やっぱ美紅里ちゃん好きだわ」
れぃ「……うん。悪くねぇ……」
まみ「あたしも、気付いたらあまり緊張しねぇって言うか、怖くなくなったって言うか……」
ゆき「最初、サッカーボール蹴らされた時はえれぇ(めっちゃ)体育会系のノリの先生だったらどうしようかと思ったけどね(笑)」
れぃ「……体育会系はウザい……」
まみ「利き足調べる為だったって解った時は、こりゃ一本取られたな……って思ったけどね」
れぃ「……それな。あたしゃ本気でボール蹴っちゃったよ……」
ゆき「教え方も上手かったしね。あれが擬音ばっかの説明とか、気合いとか根性論とかだったりしたら、『無理っ』ってなる」
れぃ「……それな。理論が解ったからと言っても体を動かす事には絶対に練習が不可欠だらず(だろう)けど、理論が解っていたら練習の方向性が見える……」
いつになく、れぃの口数が多いのは、れぃなりにテンションが上がっているからだろう。
喋り方はいつも通り小声でやる気を感じさせず、表情も無表情のままの喋り方だが。
まみはその差が判るようになった事に、得も言われぬ嬉しさを感じていた。
ゆき「どうしたの、まみ?なんかニヤニヤしてるけど(笑)」
まみ「え?いや、スノーボード楽しみだなーって。コスプレを初めてやる時もお姉ちゃんに勧められて『じゃあ……』って位で『やりてぇ!』とか『やるぞ!』って感じじゃ無かったんじゃん。こんなに楽しみになるのって初めてかも……」
れぃ「……そういや最近はあまりおどおどしなくなったしない(なったよね)……」
ゆき「そぅじゃ〜ん。最初は『えっ!あ、あの……その……』って感じだったのにね(笑)」
まみ「ちょっと止めてよ、しょうしい(恥ずかしい)なぁ」
れぃ「……でも、今のまみ、すごくいい……」
そう言ったれぃの表情はいつもの無表情なれぃではなく、とても優しい表情に見えた。
れぃと付き合いの無い人ならその差は判らない位の表情の変化ではあったが。
ゆき「さて、そのスノーボードの為の『ゆき・まみ・れぃ!!』計画の第二弾が、いよいよ明日からスタートだ!」
れぃ「……あ、バイトね。大丈夫、分かってる……」
まみ「あ、あたしちゃんとできるかな?ってか、何をしたらいいか解んねぇし……」
ゆき「まみ、人見知りモードにいきなり戻ってんじゃん(笑)」
まみ「だって〜」
ゆき「大丈夫。みんな初めてだし、おじさんだってベテランのパートさんを雇う訳じゃねぉ事知った上で使ってくれるんだから。1から覚えて行けばいいのよ」
そう言うとゆきはニカっと笑った。