第1話「歯車は突然回りだす」
第1話「歯車は突然回りだす」
「じゃあ行ってくる」
「気を付けて行くのよ。あんたボーっとしてる所あるからお母さん心配だわ。」
「大丈夫だって。私も高校生になって少しはしっかりしたんだから。じゃあ行ってくる」
「ほら!言ってる先から、スーツケース忘れてる!」
あたし、浅野真由美。
高1。
ごく普通の……と言いたいけど、普通じゃないな……。
コミュ症と言ってもいいレベルの極度の人見知り。
高校に入って1学期も終わって夏休みだと言うのに未だにクラスメイトに話かける事もできず、結局夏休みに一人旅。
一人旅と言っても、東京の大学に行ってるお姉ちゃんの所に行くだけだけど。
お母さんに駅まで送ってもらい、私はスーツケースとリュックを背負い改札に向かった。
南小谷駅。
ここから特急あずさに乗って東京新宿に向かう。
お母さんは心配するけど、向こうに着いたら、お姉ちゃんが迎えに来てくれるから、一人旅は実質この電車だけ。
正直、初の一人旅で心細くはあるけど、一緒に行く友達もいねえしね……。
「あれ?浅野さん?」
「ひゃ!ひゃいっ!」
突如、自分の名前を呼ばれて変な声出た。は、恥ずかしい……。
「ごめん、びっくりさせてしまった?」
私に声をかけたのは同じクラスの……え〜っと……吉田……吉田美幸さんだ。
たしか、成績はまぁまぁ良い方で、人当たりのいい雰囲気。
とは言うものの、人見知りの私は当然喋った事は無い。
真由美「えっ……あっ……よ…、吉田さん」
吉田「偶然だねぇ。浅野さんも旅行?」
真由美「は、はい!旅行に行って参るっ……です!」
吉田「あはは、そんなに緊張しなくていいよ。クラスメイトじゃん」
真由美「アハハ……、よ、吉田さんもご旅行か……ですか?」
吉田「ほら、またww。うん、ちょっと東京に用事があってね……」
吉田さんもスーツケースとショルダーバッグと言う出で立ち。
吉田さんも東京までなら、同じ電車になる。
とは言うものの、指定席だから隣の席って事はないと思うけど……。
そこにまた一人、スーツケースを持った背の低い女の子が。
吉田「あれ〜?向井さんじゃん」
向井玲奈さん。
向井さんも同じクラス。
クラスで背が一番低く、他の人を寄せ付けない雰囲気のある子だ。
基本的に無口ってイメージがあるけど、私と違って別に喋れないって訳じゃなさそう。
吉田さんの呼びかけにボソッと向井さんが応える。
向井「……誰?」
吉田「向井さん、ひどいなぁww。同じクラスで向井さんの後ろの席の吉田。」
向井「……わかってる……。冗談。」
吉田「あはは、向井さん面白いねww」
うひゃ〜!
私ならその冗談、本気にしていきなりメンタルやられるわ〜
向井「……吉田さんと浅野さん二人で旅行?」
吉田「ううん。浅野さんとは偶然ここでさっき会っただ(会ったのよ)」
私は会話に入って行けず、首を縦に降るのがやっと。
吉田「向井さんはどこまで?」
向井「……とりあえず新宿……」
向井さんは私と同じ駅まで行くんだ。
吉田さんが私に視線を向ける。
あ、これ、次は私が答える番だ(汗)
真由美「えっ、あっ、あの……私も新宿まで」
それを聞いた吉田さんは、パンっと手を合わせる。
吉田「じゃあ、三人一緒じゃん」
と、笑顔を見せた。
吉田さんはいわゆる眼鏡美人。
私の偏見だけど、澄ましていると、アニメに出てくるようなマジメな委員長タイプ。
でもこうして話していると、時折ニカッと屈託のない笑顔を見せる。
3ヶ月同じクラスに居て、初めて知った。
それとは対象的に向井さんはほぼずっと無表情。
寝不足なのかそれとももともとそう言う目つきなのか、いわゆるジト目。
喋り方も抑揚はほとんどない。
でも喋っていると、ふと口角が上がる事があるせいか、近づき難いと思っていた「あっち行けオーラ」は、今は感じない。
触らせてはくれないけど、ずっと離れず側にいるネコみたいだ。
吉田「食べる?」
指定席なのだが、これはただの偶然か、それとも何かの運命か。
私と吉田さんは通路を挟んで隣。
向井さんは私の前。
喋るべきか黙っているべきか、迷っているうちに吉田さんがポッキーを差し出して来た。
戸惑いながらも手を伸ばす。
真由美「あ、ありがとう(汗)」
ん。と笑顔を見せて次に向井さんに差し出す。
吉田「向井さんも食べる?」
向井「……食べる……これ、お返し……」
向井さんがプリッツを差し出す。
ヤバい!これは私も波に乗らなくてはっ(汗)
真由美「わ、私もこれ!どうぞ!」
あたふたとカバンの中に入れて来たビニール袋を差し出す。
吉田「す……するめ?」
向井「……おやつのチョイスのセンスがシブい……」
やっちゃった〜(泣)ここは女子高生らしく、もっとかわいいお菓子出す所だった(滝汗)
でも二人は普通にするめに手を伸ばした。
するめを口にくわえ、
吉田「ありがとう。するめ美味いよね〜」
吉田さんは、またニカっと笑う。
向井「……噛めば噛むほど味が出る……」
お、オッケーだったんだ(汗)
こうして数時間の電車の旅は続いた。
私の人見知りも徐々に薄れ、少しは普通に喋れるようになり、私から話題を振る事もできるようになった。
真由美「えっと…吉田さんはクラブとか入ってるだ?」
吉田「私はバイトがあるからクラブは入ってない。向井さんは?」
向井「……私は特にやりたいクラブ無かったし……」
向井さんはやはり無表情。
とにかく話を続けなきゃ。
真由美「じゃ……じゃあみんな帰宅部じゃん。吉田さん、バイトって何やってるだ?……ですか?」
私の学校は基本的にバイトは禁止されていない。
吉田「家が薬局やってるからそこの手伝い……と、言っても掃除とか棚の整理とかだけどね〜」
超人見知りの私にすれば、家のお店の手伝いとは言うものの、お客さんが来る環境でバイトしている吉田さんに尊敬の眼差しを向ける。
真由美「すごいねぇ……。バイト代は趣味に使う感じ?」
吉田「うん。この旅行がバイト代の結晶ww」
楽しい電車の旅は終わり、新宿に着いた。
すっかり会話に夢中になってて、アナウンスを聞いて慌てる。
真由美「降りなきゃ!」
リュックサックをひっつかみ、出口に向かおうとする私に吉田さんが慌てて声をかける。
吉田「浅野さん!スーツケース忘れてる!」
真由美「えっ!あっ!ありがとう(汗)」
向井「……慌てなくても停車時間あるから大丈夫……」
そう言うと、向井さんは口角を少し上げた表情を見せてくれた。
改札を出てそれぞれ別の目的地に向かう。
真由美「それじゃ、私、お姉ちゃんが迎えに来てくれるからここで……」
吉田「うん、また学校で」
少し手を上げて吉田さんが小さく手を振る。
向井「……あばね(またね)……」
向井さんも少し手を上げ、手をグーパーするように手を振る。
人見知りで友達が居なかった私は、それが嬉しくて、
真由美「え、あ、うん。バイバ〜イ」
と、大きく手を振って返した。
バイバイ……か。
高校に入ってから初めてバイバイって言った気がする。
そんな事を考えながら、お姉ちゃんとの待ち合わせ場所に向かう。
向かうと言っても目と鼻の先だけど。
姉「真由美〜!こっちこっち!」
真由美「あ、お姉ちゃ〜ん、来たよ〜」
姉「真由美、さっき誰かに手を振ってたみたいだけど、友達?」
真由美「え?あ、あの、と、友達って言うか同じクラスの子で、たまたま同じ南小谷から同じ電車で、ずっと喋りながら来て、友達って言うか……」
姉「楽しかった?」
真由美「……うん。」
姉「じゃあ、もう友達でいいじゃん。さ、行くよ。荷物トランクに入れて。」
そっかぁ……。
友達かぁ……。
姉「それにしても真由美、何か顔が疲れてるって言うか……って、もう寝てる(笑)そっか、楽しかったんだ……」
この時は、ただの偶然と思っていたクラスメイトと同じ電車になった一人旅。
でも後で思い返せば、今日この日が私達3人の歯車が噛み合った瞬間だった。