よりによって転生とは。⑤
なんかシリアスっぽい話にしたら長くなる。反省
あと勝手に痛い設定資料っぽいものも書いてますのでそのうちに。
ハングは正面で目を伏せる自分の自慢の息子の姿を眺めて、心の中で大きな溜息を吐いた。
ハングがテーブルに並べた数枚の羊皮紙は生産ギルド本部から出された《記録石の大量未納調べの報告書》であった。
ここフォー・リバーでは羊皮紙の生産は行っていない。常用紙は水草の一種を加工したパピルスが使用されており、自慢ではないが下手な周辺国のパピルスよりはずっと質が良い。
なので羊皮紙は高級品であり、貴族の道楽か相応の重要性のある情報が認められた資料くらいでしか使われない。
~時はさらに戻り、昼を過ぎたくらいの《ギルド統括本部の上階謁見室》~
「はあ? 俺の息子が、よりにもよってギルドポイントの横流しだとぉっ?!」
ハングは数枚の実に不愉快なことが書かれた資料を押し付けた男に襲いかからんばかりに詰め寄った。
「っまて待て待て?!」
そう慌てて数名の護衛官と一緒にハングの怒りを宥めようとする男。
名をデポポイ・ルアー。ギルマンにしては珍しくでっぷりと脂肪を纏った体形をしている。
生産ギルドのハンター部門の長である。ハンター部門とは狩猟や水域漁などの業種を主に扱うギルドを指す。
すなわち、タゴンがバイト先とする《漁師ギルド》の元締めともいえる人物である。
「頼むから滅多なことは考えないで下さいよ? あなたに暴れられでもしたら、ここに居る者は一瞬で首を跳ねられかねませんからね」
そう言ったのはデポポイを庇うように立つ、若い顔立ちの護衛官であった。少し前にハングが衛兵訓練場で面倒を見たことがある顔だった。
ハングは思っていたよりも興奮していたのか、戦闘時にしか使わない自分の鋭利な腕ヒレを見せつけるようにして腕の中に引っ込めた。
「ふんっ! 結局何が言いたいんだ? 別にノルマを満たしてない訳じゃあないんだろ」
記録石は各ギルド共通の就労記録装置だ。
あらゆる分野の仕事が各ギルドにおいてギルドポイントに変換されて石に刻み込まれる。
それをギルドに納め、管理することで給与や会得可能なクラスの管理がなされるのだ。
「当たり前だ!彼は漁師ギルドにおいてベテランの者たちと比べても2・3倍のポイントを今節分も既に納めている」
デポポイはそう言いながら水色の記録石を取り出して見せる。恐らくそれがタゴンが納めた今節分のものだろう。
各ギルドは各節(月)または数節において仕事別・現在のクラス別に納めるポイントのノルマが定められている。衛兵であるハングも例外ではなく、彼も所属である戦士ギルドの赤い記録石を持っている。
「それに彼は望んでいなかったが現在のクラスは《魚を狩る者》だ。ベテラン勢でもなかなか会得できない上級クラスだぞ? 正直いって恐れ多いが、うちのギルドの仕事頭に今すぐに就いてもらいたいくらいだ。」
デポポイは見た目には反するほど真剣な眼差しで手に持つ記録石を見つめてそう付け加える。
デポポイはギルドの上役で相当な切れ者だ。そんな彼が言うには心にもない嘘ではないだろう。
しかし、ハングは歯噛みする。
こんな報告書さえなければ太陽が沈む手前くらいまで余裕で息子の自慢話ができたのに!
手に持つ羊皮紙をクシャクシャに丸めたいのを我慢しながらハングは腰の《ギルドポーチ》を開いた。
すると手に持っていた報告書がスルスルと砂が零れるようにポーチへと吸い込まれた。
このポーチはいわゆるアイテムボックスのような代物でギルドに正式に就いた者、またはギルドに高く評価されている者に限って貸し出される異世界定番の便利アイテムである。
ポーチはギルドが管理する部門ごとの収納空間に繋がっており、大概のアイテムを出し入れできるのだ。
またポーチには等級が存在し、容量や経年劣化防止などのスペックやオプションに違いがある。
ちなみにハングはギルドが査定した個体値が総評A(準最強)であるためAランク仕様のポーチを身に着けている。
「ちゃんとノルマをこなしてるのなら問題ないだろ。それともアレか? また俺を目の敵にしてる成金共に難癖つけられたんじゃあないのか…!」
嫌な記憶を思い出したハングの険しさが目に見えて増して、また腕に隠したヒレが伸び始めていた。
ハングが言う成金共とは、フォー・リバーの西区や一部の南区に居を構える貴族関係者である。
実際には高貴な血筋なんてものは怪しく、ギルドに多額の援助金を押し付けるだけの資産家か周辺国からあぶれた元権力者たちの集まりとその腰巾着に過ぎない一族達だと誰しもが知っていた。
ハングがまだ若き頃(現在も)色々と揉めて衝突を起こしているので、自称貴族たちには心底嫌気がさしていた。
「今回は違うのですよ。落ち着いて下さいませんか? イースト氏」
それまでハングとデポポイのやり取りを部屋の隅で見ていた少年が見た目にそぐわない落ち着いた声でふたりの間に割ってはいる。
金髪碧眼のキチンとした襟詰めの礼服を着た、まるで人間のような少年だった。
そして彼は腰にハングと同じAランクのギルドポーチを吊っていた。
「…アルはどうだってんだよ」
タゴンが異世界に転生してから見かけたいわゆる人間と思った種族はほぼ彼と同列の種族であった。
変身獣人。平たく言えば月夜に変身する狼男のような種族なのだ。
その風貌から一部の獣人達からは偏見的な目で見られているものの、下手な獣人種族より戦闘能力や特殊能力を持つ恐るべき種族だ。
そして、彼。アルフ・シュレッダーはギルド統括の統括補佐のひとり。
若くして、ギルドという組織全体の上から五本の指に入る地位に立つ存在でもあった。
元は戦士ギルドで経験を積んでいたので、同じギルド出身のハングの後輩と呼べる間柄でもある。
「今回はギルド統括からの調査なのですよ。ちなみに御子息が個体値のギルド評価で総評S(最強)を取られたのはご存じでしょうか? 各個体値はオールA(準最強)。脅威に値しますよ」
ギルドでは全節(1年間と同じ扱い)に一度、個体値の査定が義務付けられている。フォー・リバー周辺内外の人口は軽く2万を超えているが、タゴンを入れてもSランクにたどり着いた者は現在4人。
タゴンの他にはフォー・リバーの首長グラコス。
戦士ギルドのギルド長と冒険者ギルドに匿名希望だという変わり者がひとりいる。
まあ戦士ギルド長である人物がタゴンとはまた違う次元の怪物ではあったが。
「知ってるよ。アイツが14になった次の日だったから憶えてるさ。 …あん時ゃ腹が破けるほど飲んだなあ」
ハングが懐かしがるかのように苦笑いを浮かべる。
「それはそれで騒ぎになったのでいささか大変な目に遭いましたがね。問題はそこからなのです。」
ハングはアルフに向かって体を向けなおし、話を促すように手を軽く振る。
「ランクSとなった御子息には晴れてSランク仕様のギルドポーチが渡されることになったのです。ええ私も数えるほどにしか目にしたことがない代物でしたからね。 ちなみに他のSランクの方々はそれぞれの理由から断っています」
ハングが少し考えたあと、はたと気づいたような表情をした。
「…その通り。御子息もSランクのギルドポーチとの交換を断っているのですよ」
確かにハングが昨夜ふざけてタゴンに抱き着いた時、嫌そうな顔で引き剥がそうとする息子は自分と同じAランクのポーチを腰につけていた…。
「理由は聞いても答えて下さらなかったのですが。恐らくポーチの中身を見られたくなかったのでは、と我々は愚考したのです」
ギルドポーチの交換はギルドの認可があればそんなに時間はかからない。大概のアイテムはギルドの管理する収納空間にあるからだ。
ただし、ギルドアイテムだけは別だ。ギルドアイテムとはギルドが製作元の限定的な品のことだ。
それらだけはギルド職員が立ち会いの下、中身を取り出して吟味しなければならない。
例えばギルドが発行した重要な書類、さっきしまった無駄に高価な報告書などがそれだが、もう一つある。
「記録石か」
ハングがそう呟き、デポポイが未だ持ち上げている立方体の石を睨みつけた。
「ええ。そして余り褒められたことではありませんが、御子息の収納空間を調べさせて頂きました。あくまで内容だけですが、ギルドでの管理下であるとはいえ個人のものではありますからね」
「それで? どうなんだ」
「イースト氏はAランクの収納空間の許容量をご存じですか?ざっと計算すると区に必要な物資を半節(おおよその半年間)分入れることができます」
「いや」
ハングは自分のポーチには仕事に関係ないものは、愛妻弁当と遠征した時の家族への土産ものくらいしか入れたことがない。
「ちなみにですが、昨曜に調べた段階で御子息の容量はほぼ満杯まで使われておりました」
「は?」
「私が思いつく限り、金か銀で出来た山をひとつ砕いて全て放り込むくらいしかありませんね」
そう言って乾いた笑い声を漏らすギルド統括補佐、アルフ。
収納空間は確かに無生物であれば特に条件なく何でも入れることができるが、大量にとなると、また話は変わってくる。
ギルドの管理側の制約から『あまりにも価値のないものを同多数許可なく預かることはできない』というものだ。
簡単に言うと何の変哲もない石ころを2、3個入れることは問題ないがそれを200、300と預けるにはギルドに前もって必要性を申請しなければならない。
なので意味もなく収納空間をひたすら河の水で満たしたり、砂で一杯にすることは無意味とされ、やるにできないのである。
ではギルドに申請もなく、それだけの容量を持つ空間を価値あるもので満たすことができるのか?
「…そ、それで収納されていた内容物はどうだったんだ」
「ほとんどが魚・貝などを含める水産物。または捕獲された水棲生物およびモンスターですね。ですが、過上ノルマ分が既に引かれていることも含めて多過ぎるのです。恐らくですが、収納空間に残ったものはギルドの定めたノルマでは引き取れない程の高ランクの価値があるものばかり。雑魚なんて数えるほどでしたよ。優先的にポイントに変換されているのでしょうね。」
ハングはその事実を信じ切れない思いでいっぱいだったが、同時に自分の息子のあまりな偉業に感動して打ち震えていた。
なぜそれを隠していたのか?理由はわかないがギルドにとっては一大事である。
「逆に全てをギルドに放流されても…下手すると市場が崩壊する可能性がありますからね」
笑顔でそう答えるアルフの目は決して笑ってはいなかった。
「ですがこれだけの獲物を獲得した時点でポイントは凄まじいことになるはずです。そうですね?デポポイ部長」
「そうなのだ。これではギルドに納めた記録石のポイントが余りにも少な過ぎるのだよ!」
視線を戻したアルフが指を立ててそれを引き継ぐ。
「ポイントの貯まった記録石の未納はただ損をするだけです。受取期限がありますからね。ですが現物がこれほど確認できている現状で、ギルド仕事以外などで不正にポイントを得たとは考えづらいんですよ。」
「それで。 …記録石の受け渡しか?」
そう言ってハングがポーチから取り出した羊皮紙には『未納の記録石による他者へのギルドポイント不正譲渡の可能性が有る』と記されていた。
とりあえず次の話でネタばらしとなります(ネタバレ)