幼いもの
ー遠い彼方で運命の歯車がまわりはじめたのを魔女は感じていた。
ゆっくりと紅い瞳を剣をかかえるようにして眠るフィオラシアを見守る。
決して語る事はせずにただ静かに魔女はねむれる姫を守っていた。
「フィーあなたはいつになったらめざめてくれるのかしら」
そんな魔女の視線には気づかずにサリアラインは妹姫の様子を今日も見に来ていた。
そしてその両側には両手一杯の月下草の花束を抱えているこの国の第三・第四王子たちがいた。三年前の戦いでルナ・ムーンは世継の王子をすべて亡くしたわけではなかった。
ただしあまりにも幼いのだ。第四王子にいたっては言葉をはなせぬほどに。
よって弟達が成人を迎えるまではサリアラインがルナ・ムーンを統治している。
「フィーお姉様。今夜も起きないね。せっかくたくさんの月下草つんできたのに」
第三王子いまや世継の王子となったカイルが悔しそうにつぶやいた。
サリアラインとは同腹の弟なので面差しがよく似ている。
そして性格もまた。サリアライン以上に国のことを幼い体で精一杯考えている。僕がもっと大きければ。
いつもそう考える。
力が欲しいと痛烈に願う。
そうすればとなりでたたずむサリアラインを予定通りシャンフィールに嫁がせてあげられたのに。
賢い弟はすべてを悟っていた。
姉上は戦争にむかない人間なんだ。
花嫁修業もかねてカイルは弟のリオンとともに半ばサリアラインに育てられたようなものだ。
姉というよりも母慕に似た想いを抱いている。
実の母親も元気にしているのだが最近は王である父親につききりだ。
もっともフィオラシアの生みの親である正妃以外の側妃たちも同様だ。
側妃の数ほど子供がいるといってもいい。
(僕は絶対にひとりでいいけどな)
まだ平和だった時代の正妃と側妃たちの目に見えぬ威嚇と言ったらすざまじくて。
というよりは側妃たちのなかでの権力争いが。
正妃でありフィオラシアの母は、そんな力・名声よりもずっとわが子の事を心配していた。
そしてその温かな心くばりは他の子供たちにもむけられていて、だからなんで側妃なんかとる父上は馬鹿なんだろうと本気でかんがえていた。
カイル・リオンにかぎらずに異母兄弟ににしては仲がよいのは正妃のおかげだと賢い少年はふんでいた。
「ふぃー」
はっと気づくといつのまにかリオンがベットによじ登りフィォラシアの頭に月下草で編んだ花冠をつけていた。
「こ、こらやめないか。リオン」
慌てて弟を寝台からおろすと弟は無邪気ににへらーと笑って見せた。
髪の色も瞳も自分と同じ黒髪だ。というよりもそれが
『月の都』 ールナ・ムーンーの特徴でもある。
サリアラインが優しく微笑んでリオンの頭をなでた。
「まあ。きれいねリオン。きっとフィーも喜んでるわよ」
「そんなこといったって、フィー姉上はリオンの存在すらしらないじゃないか」
想わず悪態が口に出る。
むろんカイルだってフィオラシアは大好きだ。
世界で一番美しいとも思う。
だけど、フィオラシアは三年前から見たこともない古びた剣をもち眠りについたままだ。
同行した二人の兄は死に姉の一人がつれ去られて頻死の父と妙な妖精をつれてきた。
ヒズと名乗る魔女だ。魔女はいまいつも通りに床に敷かれた敷物の上にあぐらをかき寝入っている。
少なくてもカイルにはそう思える。
知らず知らずほっぺたをふくらます弟にサリアラインは優しくほほ笑んだ。
「少し外の空気に当たりに行きましょうか」
姉王女の言葉にカイルは眉をよせた。しかめっ面で姉を見上げる。
「それってまたグリフォスの難民キャンプに視察に赴くってことですか?」
「そうよ。彼らに罪はないもの。あなたも行く?」
当然のように言うサリアラインにカイルは反発した。
「冗談じゃない!姉上いい加減にやつらにかまうのはよしたらいかがですか?このままではルナ・ムーンは唯一の難民受け入れ国となってしまう」
「だからなんなの?」
静かにサリアラインは言った。
そして、膝をつく幼い弟の肩に両手をおいてその瞳をのぞきこむ。
「いい?だれにでも生きる権利はあるものなの。少しでも生きようとする者に助力が与えられるのなら私は戦地にだっておもむくわ。それにー」
寝台で静に眠るフィオラシアを見つめてちいさく弟には聞こえない憂うつな声でつぶやいた。
「にげられっこないのよ。この子が生まれたときから」