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リタ

近づくにつれて難民キャンプの惨状が見えてきた。


乾ききった土の上に直に寝転びぴくりとも動かない老婆。


赤子を抱いたまだ子供のような少女はうつろな目で地面を見つめている。


腕にいる赤子は痩せ衰えもはや泣く元気すらないようだ。


ほこりと飢えにキャンプ全体が沈んでいるなかであるテントの前に子供たちが集まっているのが目に入った。


どうやら難民キャンプにつくられた学校のようだ。


栗色の髪の女性が木を応用してつくった黒板で子供たちに数をおしえている。


「俺の母親のリタだよ。グリフォスでは珍しく教師をやっていたからな」


「めずらしいって?」


「ああ。グリフォスの民は遊牧民族だって言っただろ。移動しながら学校になんか通えないし必要なのは自然の力を読むことだけ。ぺらぺらの紙切れなんかよりずっと難しい」


「それは母親に対する果たし状かい?トーマ」

「げっ。ばばあ、いつのまに」


「口に気をつけな!私ゃまだつやつやの三十代だよっ」


トーマに見事ヘッドロックをかました女性はーリタは初めてアルトシオの存在に気が付いた。


「こ、こんにちは」


リタの迫力に圧倒されながらもかろうじて言葉を絞り出す。


とたんリタの表情が激変した。言うならば雌猿が雌猫にくらいには。


「まあ。なんてかわいーのっ」


言葉と抱きしめられたのどちらが早かったかアルトシオにはわからなかった。


土ぼこりにまみりた汗の臭いとともになんだか甘い温かな臭いがして少年は顔を赤らめた。


「あのリタさん?」


「あたしのことはリタで結構。この馬鹿息子の母親をやってる」


「は、はあ。母親ってなんですか?」


「はっ?」


これにはさすがのトーマも面食らった。


「じゃあ、お前だれから生まれたって言うんだ?」


「知らない。言っただろ。僕は赤ん坊のころに妖精にひろわれて育ったって」


でも、限度ってもんがあるだろう?なんか?妖精族はどうやって生まれんだよ。


ああ、そういや、精霊は草花なんかの化身だったっけ。んじゃあ、妖精も似たようなもんか?


カリカリと頭をかきながら、トーマは嘆息した。

だめだ。


見たこともねーんだ、そんな奴ら。


わけわかんねーのはほっといて・・・母親かあ。ふむ。


トーマは気を取り直すと右手の親指をたててリタを示した。


「リターこの人は俺を生んでくれた人だよ。それが母親だ。あともうひとり父親になる男と母親になる女がくっついてから俺達子供が生まれる。わかったか?」


本当はそれまでに恋だの愛だの策略だの、男と女のアレだのあるのだが、そういうのはすっぽかしてトーマは説明する。


どうせ生きてれば、どっかのろくでもない先達たちから聞かされていくのだ。


自分がそうであったように。アルトシオは要領がつかめずに首を傾げた。


てっとりばやく自分のそばにいつもいた人物を思い出す。


「ぼくにとってのネルフィスみたいなものかな」


「まあ。そんなもんだ」


ネルフィスがアルトシオを育てた妖精だとわかったがあえて口にせずにトーマはうなずいて見せた。


「トーマ。この子は?」


さすがの母親もアルトシオの問いかけを不審に思ったらしい。


彼は苦笑した。


「アルトシオだよ。赤ん坊のころから魔の森の妖精に育てられた世間知らずな坊ちゃまだ。さっきそこで拾った」


当然のことながら母親は驚いた顔をした。


それはそうだろう。


だれだって妖精に育てられるなんて御とぎばなしのような話を信じる訳がない。


だが、


「アルトシオ?本当にそういう名前なのかい?」


母親は別のことに興味をもったらしい。


「はい。僕を育ててくれた妖精からもらった名前です。なんでも古き光の詞からとったらしいですけど。意味は教えてくれませんでした」


「そう。それであなたはファシル・アルド・バードにいた経験とかは?」


「ありません。荒野を魔の森から出るときに通っただけです。それが何かー」


アルトシオは困惑する。


するとリタはじーぃと彼の顔をのぞき込んだ後、自分の息子と見比べて納得のいった顔をした。


べつにあれから十五年もたっている。


いまさらアルトシオという名前に興味がわく人間なんか限られているし、少なくてもファシル・アルド・バードの民に生まれて大地の恵みもないし太陽の光も見えないということはありえない。


例えハーフでもファシル・アルド・バードのどちらかの特徴を身につけるはずだ。


両方受け継いだ馬鹿息子がいるくらいだから。


ふっと優しい笑みが口の端に浮んだ。となると本当に妖精界で育ったのだろう。


両親というかけがえのないものの存在意義さえ知らずに。


「まあ。ここにいる間は私がお母さん代わりになってあげるわ。おもいっきり甘えさせてあげるわよん」


「マジにとるなよ。すぐ殺傷能力の高いパンチをくらうぜ」


耳元でささやかれたその声が悲鳴をあげたことは言うまでもなかった。

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