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であい

そこはファシル・アルド・バードとは違う意味で病んだ土地だった。


乾き切った大地に生える草花はなく、ちっぽけな昆虫さえ存在しない。雨はいったいいつ降ったのだろうか。


(あれはなんだろう)


果てしなく続くかと思われた砂の大地。


なだらかな地平線の彼方にうっすらと凹凸が見える。岩や木ではなさそうだ。


「行ってみようシリュー」


少年の声に天馬が駆け出す。


翼を内にひめたとはいえひと駆けで普通の馬の百歩に値する速さだ。


すぐに目的地にたどり着くことができた。砂漠のなかにぽっかりと開いた巨大な谷。


もとは豊かな大河が流れていたことを伺わせる谷底にはちょろちょろと小川とすら呼べないちいさな水の流れがある。


そして水がながれてくるさきには無数のテントがあった。


(集落?)


ふとシリウスが脚をとめる。


「うん。君はここにいていいよ。僕ひとりで行ってみるから」


人間の前に姿を現したくないのだろう。


そう思った少年が地面におりたつと、天馬はその襟首をくわえとめる。


「シリュー?」


なにかを訴えるようにしきりに地面を蹄で掘る。少年は彼がたちどまった先の大地を注意深くみた。


少し湿った土にまじりあきらかに不自然な乾いた土が混じってる。


試しにそばにあった石をなげるとぽっかりとおおきな穴があいた。


ー落とし穴だ。


「くそっ!ばれたぞっ」


「みんなかかれっ!」


いきなり谷の上から声がしたかと思うとあっと言う間にまわりを取り囲まれてしまった。


(子供?)


手に棒切れを持ち睨みつけているのは痩せこけた自分よりも年下の子供たちだ。


予想外の出来事に呆気にとられていると彼の脇で天馬が威嚇するように蹄を鳴らす。


「うっ、馬をよこせっ」


ひるみながらも一番年上ーそれでも自分よりもみっつは年下だろう少年が言う。


「馬って・・・どうするんだ?シリウスは気難しいから乗るのは難しいよ」


「乗るんじゃない。食うんだっ」


「えっ?」


食べる?いま確かに目の前の子供はそう言ったような・・・。


目をぱちくりさせる黒髪の少年の隣で天馬が高くいななく。やばい・・・。


「ダ、ダメだよシリュー。絶対ダメだ」


天馬の首にしがみつき彼をなだめる。


このままではいけない。シリウスは決して人間に対して好意的な馬ではない。


むしろ汚れなき天馬故に人間の身勝手な行動ー例えばこんな強盗まがいのことをひどく嫌う。


彼が暴れたらこんな子供たちなどひとたまりもない。


「この馬鹿っやめないかソータ!」


突然の大声に子供たちの動きがとまる。


見ればテントの方からひとりの少年が駆けてくる。


その少年の容姿に、天馬をなだめていた少年は驚く。


つきさすような太陽の光を跳ね返すように金色に輝く髪。


「白馬は神の使途だぞっ。それに誰が人のものを横取りしろと言った」


子供たちを叱りつける瞳は大地色ー伝説のファシル・アルド・バードの民・・・・。


「君は・・・ファシル・アルド・バードの?」


驚く少年に金色の少年は笑った。


「そうだ。驚くところをみるとお前このあたりの国出身じゃないだろ」


そう気さくな笑顔の少年は自分よりも背が高い。


子供たちのリーダーなのかもしれない。


ぺんっとソータという赤毛の子供の頭を叩くと言った。


「悪いな。こいつらに悪気はないんだ。俺たち難民には食料が手に入らなくて」


ー難民・・・。


(そうかここは難民キャンプなのか)


少年は辺りを見渡し納得する。


目の良い彼には遠くにあるテント村の様子まで伺いしれた。


テントと呼ぶのすら危ぶまれるぼろ切れを枯れ木で組んだ土台にまとわせたもの。


居並ぶものたちはみな痩せ衰えいた。


「俺はグリフォスのトーマ・ホーク。今年、十七歳だ」


右手が差し出された。


「僕は・・・」


そこまで言ってふと気が付いた。


「僕の名前?」 


「はっ?あたりまえだろ」


トーマはあきれて聞き返す。なんというか、とらえどころのないぼーっとしたやつだと思った。


そもそも白馬を連れているという時点で限りなく満点に近い変人だ。


トーマの視線に気が付いて少年が言った。


「この馬はシリウス。僕はシリューと呼んでいるよ」


「なるほど。天馬シリウスからとったのか。ーって、馬なんかどうでもいいんだよ!俺が聞いているのはお前のなまえだっ」


怒鳴られて少年は目を瞬いた。そして考え込む。


「ーアルトシオ・・・。そうだ。確かそんな名前で呼ばれていた気がする」


「するってのはなんなんだっ!だーっ。イライラするっ」


わしゃわしゃとトーマは髪を両手でかみまわす。


そんな彼をアルトシオはすまなそうに見上げた。


「ごめん。僕は至福の森の妖精に育てられたから記憶がいまいちはっきりしなくて」


「至福の森?」


トーマは瞠目した。


至福の森とはいまは亡き『古き光の王国』ーファシル・アルド・バードを囲むようにある妖精族のすむ魔の森のことだ。


それを至福の森と呼ぶ人間は限られている。トーマは腕を組んだ。


「お前、ひよっとしてファシル・アルド・バードの民か?」


「えっ?」


「魔の森のことを至福の森なんていう奴は、彼らの血が混じったファシル・アルド・バードの民にしかいないはずだ」


「・・・・違うとおもうよ。僕は君と外見がかなり違うし、僕は赤子のころ清流に流されていたところを仙境を追放された老妖精に助けられた。十五の成人の儀をむかえたからあの森には住めなくなった。記憶の混乱はそのためだと思う」


ー探しなさい。


たった一言。脳裏に刻まれた言葉を残して、こんなにも急激に自分の生きてきた世界の記憶がうすらぐなんて・・・・。


いまたっている場所がこんなにも危うい。


難民キャンプの現状が否応無くこれから先を暗示しているようだ。


道行の険しさに両肩がずしりと重くなる。


僕はいったいこれからどうしたらいいんだろう。


人間界の理も、生きる術もなにも知らない。


悄然と肩を落とすアルトシオを見ていたトーマは嘆息した。


「ったく。しょうがないな」


がりがりと金髪をかきむしるとシリウスを指さした。

「いいか。白馬はここにおいて行け。ソータが襲う以前に目立ちすぎる。大丈夫だろ。白馬は主人となによりもつよく結ばれていて命じた時にだけ駆けつけるとも言うし、ここから先は難民キャンプだ。白馬が純粋な魂を保てるわけない。無論、お前もだけどな。どうする?」


「どうするってー君は一体何を」


トーマの意図がさっぱりわからない。腕を組んだトーマは真剣な顔をしていた。


「いいか。ここは難民キャンプだ。ここは『月の都』 


ールナ・ムーンーで隣国だった俺たちグリフォスの民をうけいれてくれてる。いまのところはだ」

「いまのところは?」


「そうだ。当たり前だろ。難民をこころよく 受け入れる国なんかあるはずねーよ。ただ、ここは王女が統治してる国だからな。甘いんだよ。すべてにおいて」


吐き捨てるように言うトーマにアルトシオは驚いた。


「なんだか君たちをかくまうことが悪いみたいに聞こえるけど」


問いに答えたのはソータだった。


「トーマは好きなんだよ。この国のサリアライン王女様のことが」


「よけーなこと言うなっ」


ぼかっとそれでも痛くない程度にソータの頭を殴る。


別に赤面するでもなくトーマは言った。


「確かに俺はあのバカみてーなお人よしの王女に惚れてるけど、そういうのをぬきにしたってグリフォスの半数近くの民を受け入れる余裕なんてないはずなんだよ。近いうちに俺達は徴兵される。『彼の地』との戦いのためにな。犠牲はルナ・ムーンよりグリフォスからってのが大方の考えだよ。それができねーようじゃ王女でいる資格なんかない」


「きみの方がよっぽど王様みたいだね」


「あ・の・な・あ」


こののんきな頭を一発なぐってやろうかとトーマはつい考えてしまう。


妖精なんてわけわかんねー存在に育てられたからこうなるのか?


そもそもこいつは本当に魔の森でそだったのか?


けれど白馬は汚れない魂をもつ者にしか従わないはずだし、食料がことごとく欠いているこの世界で栄養失調にも見えない。


とすれば信じられないが本当に魔の森の妖精に育てられたのだろう。と、カンにまかせた。


グリフォスの民は自由奔放な放牧民族だから思考も自然にゆだねる傾向にあるし、『彼の地』に敗戦したといえど半数の国民がいきのこったのはそのせおかげでもある。


トーマはあっさり考えるのをやめた。


「ま、いいや。そういうことでお前はどうする?このまま俺達と一緒にくるか?どうせ食料もいまこの世界がどうなっているのかも、なーんにもわかってないんだろ。寝所なら俺のテントを提供してやるよ。なんかお前ほっとけないし」


「まーたはじまった」


「トーマのお人よし」


口々に子供たちがはやしたてる。


つまり世間知らずな自分の面倒をみてくれる。


そういうことなんだなとアルトシオは思った。


確かにシリウスに人の世の、しかも難民キャンプの生活はたえられないだろう。


天馬は食しなくても生きられるが清涼な空気と水がいる。


そんなものが望めないことくらいアルトシオにだってわかる。


そして自分はこの世界のことを知る必要があるのだ。

「ありがとう。よろしくおねがいします。そういう理由だからシリュー。もう至福の森にかえっていいよ」


さらさらとしたたてがみをなでてやる。


天馬は不服そうなそぶりを見せたがおとなしく少年の元から走り去った。


(これで本当にひとりぼっちだ)


白い馬体が荒野に消えてしまうととたんにアルトシオは不安になった。


それを見てトーマはまるで母犬にはぐれた子犬のようだと思う。


(こりゃとんでもない奴引き受けたかな)



後悔してももう遅い。


不安そうなアルトシオをつれてトーマはグリフォスの難民キャンプに引き返した。


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