さ3 さがしもの
果てしなく続くかと思われた凍土は、天馬にのるとあっいうまに過ぎ去り、目の前には砂漠のような大地が広がった
凍土が終わったことでファシル・アルド・バードの国境を越えたことに少年は気づく。
「シリュー。ここからはきっと人もいるから僕ひとりでいくよ」
天馬の背からおりて少年は言った。
ーブルルッ。
心配そうに天馬は少年を見つめる。
その優しい緑の瞳が大好きだと彼は思う。そして同時に少し情けない気持ちになった。
(そんなに僕って頼りないのかな?)
本来なら妖精族のもとで生活するはずのシリウスに、だいっきらいな人の世の生活を決断させるほど自分は頼りなく映ってるのか・・・。
まあ事実情けない顔で森を見つめていたのはまぎれもなく自分だし、シリウスがいなければ凍死していたかもしれない。
息さえ凍りつくあの国で、彼は鹿皮でできた薄い服を身にまとっただけだったのだから。
妖精界で育った自分には人の世の風習がわからない。
時折聞く人の世界は耳を塞ぎたくなるようなことばかりだった。
けれど少年は手を切れば赤い血がでる人間でシリウスがいなければ空を飛ぶこともできない。
ー無力は無志ゆえに無力なのだ。
そう説いてくれたのは彼を光の王子と呼び限りない愛を注いでくれた妖精ーネルフィス。
森のはずれに居をかまえる老齢の妖精は、むかし罪を犯し森を追放されたのだと言っていた。
彼が拾ってくれなければ今頃自分はこの世に存在しないだろう。
揺り籠を船にみたてて赤子は清流とともに森にたどり着いた。
ファシル・アルド・バードが滅んだ夜に。
(僕はファシル・アルド・バードの民なのか?)
自分自身に問いかける。
ファシル・アルド・バードの民は独特の容貌をしているのだとネルフィスは言う。
太陽の恵みの証しである金髪に大地の実りを授かりし緑の瞳。
けれど自分の髪も瞳もどちらも黒い。
たまたまファシル・アルド・バードに立ち寄った旅人が戦いに巻き込まれただけーたぶん、きっとそうなのだろう。
幼い頃の記憶はぼんやりと霞がかっていた。異種族が妖精の森で暮らす後遺症なのだとネルフィスは言う。
いわゆる神隠しと言う奴だ。
ある日ひょっこり消えた人間が何年かして現れて不思議なことにその間の記憶を失う。
それはすべて存在してはいけない場所に迷い込んでしまったことの後遺症だ。
十五年間育った彼とて例外じゃないのだ。
そんなぼんやりした頭に何度もたたきこまれたことがある。
ー探しなさい。
ずっと言われ続けたもの。自分はそれを捜し出さなければならない。
たったひとつの誰よりも大切な養父との約束。
それを守るために自分は旅しなければならない。
「大丈夫だよシリュー」
そっと天馬の鼻をなでる。
「僕は人間だし、きみは翼をもってる。目立ちすぎるんだーって」
目の前に起きた出来事に少年は目を丸くした。
目の前で天馬はその証しともいえる翼を身のうちに隠したのだ。
「そんなこともできるんだ」
感心してつぶやく少年に得意そうに天馬はいななく。
これなら文句ないだろうといいたげに・・・。
心配云々よりも自分は少年のそばにいたいのだと伝えるために。
くすっと優しい笑みが少年の唇に浮かぶ。
あたたかなまるでおひさまの光のような笑顔を自分がすることに少年は気がついているのか・・・。
天馬は少年が大好きだ。
その笑みは亡き者にそっくりだから。切なくなるほどあたたかいから・・・。
「わかったよシリュー。一緒に行こう」
少年はその背にまたがる。
飛ばない天馬。
けれどまるですべるように乾いた大地を歩きだす。