64.孫策、皇帝になる
建安14年(209年)3月中旬 冀州 魏国 鄴
「のう、孫策。おぬし、皇帝になってくれんか?」
「な、何をいきなり!」
劉協の不意打ちに動揺していると、彼がフッと笑った。
「貴公ほどの男でも、そのように動揺するのだな?」
「そ、それは動揺しますよ。勘弁してください、そういう冗談は。心臓に悪いです」
「冗談ではない。本気で言っておるのだ」
「陛下……」
劉協はどこか悟りきったような顔で、言葉を続ける。
「先ほども言ったように、あの光が祝福していたのは、朕ではない。華南を切り従えてそこをよく治め、そして曹操をも打ち倒した貴公だ」
「しかしそれは漢朝のためであって――」
「20年前に董卓に祭り上げられ、その後も一度として自立できなかった朕では、この中華は治まらんであろう。強大な武力と、大領を治める政治力を持つ、新たな象徴が必要なのだ。朕は孫策こそが、その器だと思っている」
「それは……」
「もちろん、400年も続いた漢朝の歴史に、終止符を打つことに忸怩たる思いはある。しかしここでためらってはいかんと思うのだ。幸いにも、昨晩のような分かりやすい瑞兆があった。あれを理由にすれば、禅譲は円滑に進むであろう。のう、孫策。この話、受けてはくれんか?」
そう言って劉協は、俺の目をのぞき込んだ。
その顔は悟りきったようでありながら、瞳にはすがるような色がある。
俺は断れないと思ったし、断るべきでもないと思ったので、素直にそれを受けることにした。
「分かりました。お受けしましょう」
「そうか……良かった。本当に良かった。これでとうとう、楽になれる」
そう言う劉協の顔は、心底ホッとしたような、安らかなものだった。
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劉協の前を辞して、禅譲の話を周瑜たちにしたら、あっさりと受け入れられた。
「そうか、陛下みずから、禅譲を言いだしてくれたか」
「時間を掛けていずれは、と思っていましたが、手間が省けましたな」
「やっぱ兄貴は、天に愛されてるっすね~」
「実にめでたいですな。しかし華南はともかく、華北の群雄どもが、素直に言うことを聞きますかな?」
皆が喜ぶなかで、黄蓋が冷静に指摘する。
すると周瑜と魯粛が、獰猛な笑みを浮かべた。
「そんなの片づけるに決まってるじゃないか。なにしろ天子のお墨つきを得たんだ。刃向かう連中をさっぱりときれいにしてから、堂々と禅譲だね」
「そうですな。我らの総力を上げて取り組みましょう。なに、半年もあれば終わるでしょう」
「フハハッ、それもそうだな。儂も腕が鳴るわい」
「うお~っ、やる気が出てきたっす~」
その後、いかに効率的に反乱分子をあぶり出し、討伐するかが話し合われた。
それはなかなかに悪どいものであったが、皆ひどく楽しそうだった。
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建安14年(209年)9月 揚州 丹陽郡 建業
ハロー、エブリバディ。
孫策クンだよ。
あれから半年の間に、いろいろあった。
まず各地の群雄に使いを出して、劉協から俺への禅譲を、予告した。
ちなみにその過程で、俺は禅譲を3回ことわるというお芝居をやらされた。
”超めんどくせえ”と思ったが、禅譲を受ける側の徳を示すには、必要なことだそうだ。
そして禅譲の予告に対し、祝いの言葉を送ってきた者は良し、逆に無視するか、反対の声を上げるようなら、ただちに討伐の兵を送った。
遼東半島の公孫康や、涼州の宋建、黄巾賊の残党である管承や徐和などが、刃向かってきたので、全て叩き潰してやった。
たとえ城にこもっても、”諸葛砲”で城壁を叩き壊せば、大して抵抗はできない。
おかげでさほど掛からずに、華北は静かになった。
幸いにも多くの群雄や名士は恭順姿勢を示し、新たな王朝創設への協力を約してくれた。
その中には涼州の韓遂や馬騰がおり、幽州の烏丸なんかもいる。
この辺は以前からの支援もあるのだが、オーロラの影響がやはり大きかったらしい。
曹操を討伐したあの晩、中華全土でオーロラは観測された。
ほとんどの人々は曹操が討伐されたことは知らなかったものの、魯粛がそれとオーロラを絡めて、全土に噂を広めた。
これによってオーロラは瑞兆と認識され、孫策こそが次代を担う存在だと認められたのだ。
こうなってみると、本当にオーロラは、天から俺に送られた祝福だったのかもしれない。
例えば俺をこの時代に送りこんだ、”神”とも呼べるような存在が、手を回したってのはどうだろうか?
その”神”が望むような歴史を作り出したのを見て、ご褒美をくれたんじゃないかな。
おかげで劉備の一党ですら、韓遂たちと共に北方の守備に協力してくれることになった。
史実では3国の一角を担った英雄も、諸葛亮がいなければちょっと強い武将にすぎなかったらしい。
俺はこれ以上の戦闘を避けられ、さらに北方への守りにも目処が付いて、ホッと胸をなでおろしたものだ。
そして鄴で劉協から禅譲を受けた俺は、その場で呉王朝の創設と、建業への遷都を宣言し、江東へ帰還したのだ。
「わ~っ、孫策さま~!」
「孫策陛下、バンザ~イ!」
「うお~、江南の覇王さま~!」
建業では想像以上の民の歓呼の声に、出迎えられた。
そりゃあ、同郷の人間が皇帝にまで成り上がったのだ。
江東の人間は、我が事のように嬉しいだろう。
そんな民に手を振りながら、俺は行政府へと入城する。
すると張昭を筆頭とする文官、武官たちが、俺を出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、孫策さま」
「「「お帰りなさいませ」」」
「うむ、俺が留守の間、よく華南を守ってくれたな」
「それは当然のことでございます。それにしてもこの短期間で、皇帝陛下にまで成られるとは、予想もつきませなんだ。心よりお慶びを申し上げます」
「「「お慶びを申し上げます」」」
そんな張昭たちの祝いの言葉を聞いて、俺は深くうなずく。
「うむ、ありがとう。しかし呉王朝の立ち上げはこれからだ。今後も皆にはしっかりと、働いてもらうぞ」
「フハハッ、それは怖いですな。しかしこのような老いぼれが、まだお役に立ちましょうか?」
「何を言っている、張昭。貴殿には丞相として、皆を指導してもらうぞ」
「なんと!…………分かりました。この命の限り、陛下の覇業をお手伝いさせていただきましょう」
そう言う張昭の目には、涙が浮かんでいた。
新たな王朝を興すからには、名士たちの協力が不可欠だ。
そんな名士をまとめるには、張昭のような存在は絶対に欠かせない。
できるだけ長生きをして、呉王朝の安定に貢献してもらいたいと思っている。
「他の者も、心して聞け。王朝とはこの中華をまとめるための、器である。しかしその良し悪しによって、寿命は大きく変わるであろう。より良き王朝の成立に、力を貸せい。新たな時代を築くのだ!」
「「「皇帝陛下、バンザイ。天に愛されし孫策さまに、栄光あれ!」」」
こうして俺は、呉王朝の創設に手を掛けたのだ。
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それから数日後の晩、俺は庭の東屋に周瑜と魯粛を招いて、酒を酌みかわしていた。
「フウッ、目が回るような忙しさだな」
「ああ、なにしろ新たな王朝を、作るのだからね」
「そうですな。しかしなんというか、心は浮き立っております」
「フフフ、そうだね。とても不思議な感覚だ。私たちが新たな王朝の創設に、関わるだなんて。これも孫策が江東を取ると言いだしたのが、始まりだったよね」
周瑜が遠い目でそう言えば、魯粛も懐かしそうに目を細める。
「そうですな。16年ほど前に、孫策さまが私の前に現れ、夢を語られた時は驚いたものです。それがまさか江東のみならず、中華全体を取るとは、想像もつきませんでした」
「そうだね。私もせいぜい江東ぐらいが精一杯かと思ったけど、大きく覆された」
「フフン、それもこれも、お前らの協力があったればこそだがな」
そんな俺の言葉を、からかうように周瑜が応じる。
「それはもちろんそうさ。だけどしょせん私たちは、将という名の馬に過ぎない。その馬をよく乗りこなす、乗り手があってのものだろう?」
「フハハ、まさにそのとおりですな。漢の高祖 劉邦陛下しかり、中興の祖 劉秀陛下しかり。孫策さまこそ将の将たる器、なのでしょうな」
「そいつはちょっと、こそばゆいな。しかしまあ、俺はお前らとの出会いに、本当に感謝している。それは覚えておいてくれ」
「フフ、それこそこっちの言いたいことさ。おかげでこれほどの大業に、関われたのだからね」
「まったくです。王朝の創設に従事するなぞ、男子の本懐につきますな」
そう言って俺たちは、万感の思いをもって、視線を交わしあった。
そして誰からともなく盃を掲げ、乾杯をする。
「新たな時代に」
「「新たな時代に」」
静かに酒を飲みほす俺たちを、星が静かに見守っていた。
【完】
以上、”それゆけ、孫策クン!”の完結です。
以降に【孫策と呉王朝の後世評】と【孫策を支えた家臣団】を掲載しておくので、それぞれのキャラ設定を見て、楽しんでみてください。
本作は歴史モノとして初投稿ながら、望外の評価をいただき、筆者としてもすごく勉強になりました。
中には物足りないと思う方もいるでしょうが、筆者としては当初の想定に近い形で終えられ、けっこう満足しております。
これも評価や感想など、応援してくれた読者さんたちのおかげであり、感謝に堪えません。
そして物足りないと思っている方には朗報です。(いるよね?)
今度は孫堅を主人公にした転生モノを、ただいま構想中です。
孫堅も孫策同様、非業の死を遂げてますから、活躍させてやりたいと思ってたんですね。
ただし時代は10~20年さかのぼるので、状況や登場人物はそれなりに変わります。
まあ、孫策や周瑜は出すんですけどね。w
あいにくと筆者は遅筆なので、書き溜めにお時間をいただきます。
たぶん年末年始ぐらいには、投稿できるんじゃないかな~と。
最後に本作を楽しんでもらえたなら、下の方の★で評価してもらえると嬉しいです。
それではまた別の世界で。