62.奸雄の最期
建安14年(209年)3月初旬 冀州 魏国 鄴
河内郡で曹操の軍を打ち破ってから、俺たちは朝歌、蕩陰という都市を落としながら、北上した。
一方の曹操軍は、先の敗戦で多くの指揮官を失っているのもあり、その多くが四散していた。
ちなみに討ち取った武将には楽進、曹純、夏侯尚、朱霊などがおり、さらに張遼、張郃、曹休などが負傷して、捕虜となっていた。
当の曹操はなんとか鄴までたどりつき、数万の兵士と共に立てこもったらしい。
そして俺たちは鄴に到達すると、20万近い兵で城を囲んだ。
「敵の様子は?」
「は、およそ5万ほどの兵力で、立てこもっております。こちらからの降伏勧告に対しても、強硬姿勢を貫いております。天子さまのおわす都を囲むとは言語道断。ただちに兵を退け、と」
「まあ、向こうはそう言うよな。こっちからすれば、曹操こそが天子をさらったんだが」
「まったく、ものは言いようだね。しかし実際に天子を押さえられているんだから、うかつには攻められない。どうするつもりだい?」
「いや、攻めるぞ」
「えっ、そんな!」
「マジっすか?」
俺があっさり攻めると言えば、批判的な声が多く上がった。
しかし俺は堂々と、自分の考えを述べる。
「曹操は天子さまを、拉致監禁してるんだからな。それをお助けするのが、俺たちの務めってもんだ」
「い、いや、しかし。天子さまを人質にされるかもしれませんよ」
「もしそんなことをしたら、曹操は本当の逆臣だ。討ち取るのに、なんの障害もない」
「そうは言っても、天子の命もおろそかにできないよね?」
「さすがに天子本人を前に出してきたら、攻撃は控えるさ。代わりに曹操の悪評を、城内にばらまく。かなり動揺する者もいるだろう」
「まあ、それはたしかにそうでしょうな。しかし、本当に天子をお見捨てになるので?」
「それは曹操しだいだな。基本的には天子の命を優先するが、ヤツの言いなりにはならない」
そう断言すると、俺の覚悟を感じ取ったのか、誰も反論してこなくなった。
「よし。まずは”諸葛砲”を組み立てて、城壁を破壊しよう。頼むぞ、諸葛亮、諸葛均」
「フハハッ、この諸葛亮にお任せあれ」
「はい!」
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建安14年(209年)3月中旬 冀州 魏国 鄴
ハロー、エブリバディ。
孫策クンだよ。
1週間もすると”諸葛砲”が組み上がったので、再度、城内に降伏勧告をした。
当然のように拒否されたので、ガンガン石を飛ばしはじめる。
「放てっ!」
「はっ!」
諸葛亮の号令で、”諸葛砲”がうなりを上げた。
百キロはありそうな巨石が、軽々と飛んでいく。
「お~、相変わらず見事なもんだな~」
「フハハッ、そうでしょ、そうでしょ。よし、次弾装填、急げ~!」
”諸葛砲”の操作にもだいぶ慣れたのか、石弾は最初から命中した。
巨石が城壁に当たって、大きなひびが入る。
それから数分ごとに投石が繰り返されるのだが、そのたびに諸葛亮がはしゃぐのが、ちょっとウザかった。
しかし適当におだてながら攻撃をさせていると、とうとう城壁の一部が崩れる。
それを見た配下の武将たちが、総攻撃を進言してくるが、俺はそれを押しとどめた。
「まあ、待て。もう一度だけ、降伏を促してみよう。使者を送れ」
「はっ、ただちに送ります」
ほとんどの武将が不満そうな顔をしていたが、俺は押し切った。
そしてしばし待っていると、敵とやり取りをした使者が戻ってくる。
「報告します。孫策さまとじかに話したいので、出てこいとのことです。もし来なければ、天子さまの命は保証しないと……」
「ムチャクチャ言ってきやがったな。とうとう気が触れたか?」
「う~ん、それに近いかな。しかしあわよくば、孫策を討ち取って、状況をひっくり返そうとしてるんじゃないかな」
「おそらくそうでしょうな。うかつに応じてはなりませんぞ、孫策さま」
「う~ん、そうは言ってもな……」
明確に天子を人質としたことで、曹操の反逆性も明らかになった。
こうなっては力攻めをしても責められないとは思うが、どさくさに巻きこまれて、天子が命を落とす可能性も高い。
しかし俺は、できるだけ天子を助けてやりたかった。
今までさんざん、董卓や曹操に利用されてきた挙句、巻き添えで討ち死になんて、あまりにもかわいそうではないか。
「よし、決めた。互いに危害を加えられないような場所で、会談をする」
「孫策! 危険だよ」
「そうですぞ、孫策さま。なにとぞ、お考え直しを」
「いや、ここを逃げちゃ、いけない気がするんだ。頼む」
「孫策……」
俺が断固として会談を主張すると、周瑜や魯粛も折れた。
その後はまた使者を出して、会談場所について話を詰めた。
結局、城を囲む兵を下がらせて、城から少し離れた場所で、会談をすることになった。
その条件は、互いに帯剣はなしで、文官を1人だけ連れてきてもいいというものだ。
俺は供に陸遜を選ぶと、会談場所へ向かった。
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「貴様が孫策か?!」
会談場所に近づくやいなや、大声で誰何された。
声を出したのは50がらみで、背はあまり高くないが、風格のある男だった。
おそらく彼が曹操だろうが、最近はあまり寝ていないのか、その頬はこけて、目を血走らせている。
「そうだ。俺が孫策だ」
「くっ、貴様が、貴様さえいなければ!」
今にも殴りかかってきそうな雰囲気で、曹操が歯ぎしりをする。
するとそのすぐ横で、体を震わせている男がいた。
「あなたが劉協陛下でしょうか?」
「そ、そうだ。朕を助けよ」
「今は戦時にて、ご容赦を。なんとかお助けいたしますので、しばしお待ちください」
そんな曹操を無視するかのような言動に、ヤツがブチ切れた。
「勝手に話をするではない! この場の主導権は、儂にあるのだぞ!」
「落ち着きなされ、曹操どの。貴殿は一体、どうしたいのですか?」
「ただちに軍をひけっ! さもないと……」
「さもないと、なんです?」
挑発するように言うと、曹操が天子の髪を右手でひっつかんだ。
そして左手に持った短剣を、天子の首筋に突きつける。
「さもないとこうだっ! 分かったか?!」
「ひ、ひぃっ……た、助けてくれ」
短剣を突きつけられた天子が、顔面を蒼白にして助けを求める。
さすがにそれを見ていた曹操のお供も、顔をこわばらせている。
40代と思われる、文官然とした男だ。
俺は曹操を刺激しないよう、静かに話しかけた。
「諦めなされ、曹操どの。もう勝敗は決しました」
「まだじゃ、まだ決まっておらんぞ。なにしろ天子は、この手にあるのだからな」
「しかし天子を人質に使っている時点で、もう誰も従いませんぞ」
「いいや、まだ儂には、忠勇なる兵士が何万人もついておる。まだまだこれからよ!」
「曹操どのっ! 目を覚まされよ。これ以上の――」
俺が必死に説得を試みている中、ふいに曹操のお供が動いた。
彼は懐から短剣を取り出すと、それを曹操の背後から、腹部に突き刺したのだ。
「ぐ、ぐお……な、なぜじゃ? 荀彧」
「申し訳ありません、曹操さま。しかしやってはいけなかったのです。天子さまを人質に取るなど……」
何をされたか分からないといった顔で、曹操が荀彧に訊ねる。
荀彧は涙を流しながら、それに答えていた。
やがて立っていられなくなった曹操が、天子から手を離し、フラフラと後じさる。
すると腹部から短剣が抜け、そこから大量の血が吹き出した。
その拍子に曹操は地面に倒れると、すぐに動かなくなってしまう。
それが一度は華北を制した奸雄の、あっけない最期だった。