61.河内郡の決戦 (地図あり)
建安13年(208年)12月 司隷 河内郡 汲北部
俺たちは河内郡の平原で、曹操軍と対峙していた。
まず味方は野戦陣地を構築しつつ、見張り用の櫓をおっ建てた。
これによって敵の動きをいち早く把握できるので、戦況は有利に進みつつある。
そうすると、曹操は櫓をつぶすために、霹靂車を投入してくるんだが……
「放てっ!」
「「「おおっ!」」」
やられる前に、先制してやった。
あらかじめ陣地内に設置してあった投石機から、複数の石が飛んでいく。
ちなみに使ってるのは、改良型の人力投石機だ。
平衡錘投石機は設置に時間が掛かるし、あまり人目にさらしたくない。
そこで人力投石機の組み立て性、運搬性を向上させて、わりと手軽に戦場に持ちこめるようにした。
性能的にも霹靂車より上なので、敵が射点につく前に着弾し、敵があわてているのが見える。
しかし射撃精度は大して良くないので、なかなか直撃弾は得られない。
そうこうするうちに敵も射点について、こちらへ石を飛ばしてきた。
おかげでしばし、投石機の殴り合いが繰り広げられる。
その間、歩兵部隊も互いの距離を縮め、敵を打倒せんとぶつかり合っていた。
互いの矛や戟が振り下ろされ、多くの兵士が血を流している。
「ふむ、膠着してしまったね」
「ああ、しかしこれは仕方ないな」
「そうだね。たとえ敵のやることが分かっていても、限界はある」
「あとは兵のがんばりに期待するしか、ありませんな」
そうは言いながらも、敵の霹靂車の大部分は潰せていた。
対するこちらの櫓は、多少の被害は受けていたが、それでも健在だ。
これによって、作戦指揮に関しては、相変わらずこちらが有利だった。
しかし双方合わせて、40万を超える大軍だ。
なかなか決着がつかないまま、時は過ぎていった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
建安14年(209年)1月 司隷 河内郡 汲北部
ハッピーニューイヤー、エブリバディ。
孫策クンだよ。
河内郡で曹操軍と殴り合っているうちに、早くも1ヶ月が経過した。
曹操の方でも、遅まきながら櫓を建てたため、指揮能力にはあまり差がなくなった。
そうなると互いに手詰まりになり、小規模な戦いが散発するような、消極的な状況になる。
もちろん曹操は優勢な騎兵を使って、特攻を仕掛けてきたりもした。
しかしこちらも重装歩兵と強弩の部隊が待ち構えており、そこへ周瑜の緻密な作戦指揮を加えて対抗した。
おかげで敵の騎兵の損害がひどいことになり、さすがに手控えるようになっていた。
そうなると今度は、謀略を使った諜報戦が繰り広げられる。
曹操はあらゆる手段を使い、俺の配下を調略したり、華南で反乱を引き起こそうとしていた。
その諜報能力ときたら、さすがは華北の覇王と言えるほどのものだ。
しかしそれに関しては、こちらも負けていない。
「また魏延どのの下に、寝返りの打診が来たそうです」
「またか。敵も懲りねえな」
「それぐらいしか、やれることがありませんからな」
魏延をはじめ、数人の武官に調略の手が伸びていた。
しかし俺は普段から多くの将と気さくに接し、酒を酌み交わしている。
そのおかげで主なヤツらとは、強い信頼感で結ばれている自信があるのだ。
もちろん、中には合わない人物もいるが、そういうのは重用してないので問題ない。
そしてこっちだって、やられっぱなしではすまさない。
「??から寝返りの約束を取り付けました」
「??より、敵の情報を入手しました」
「うむ、よくやった」
こちらも大量の密偵を敵陣営に送りこみ、調略や情報収集を行った。
ただし、接触するのは小物ばかりで、有名な武将や軍師などには手を出さない。
それでいて敵陣営の中には、さまざまな噂をばらまくのだ。
”誰々が見知らぬ人間と会っていた”とか、”誰々が最近、金回りが良い”なんて噂である。
さすがにそんな噂だけで、曹操が誰かを処罰するようなことはない。
しかし内心は疑心暗鬼な気持ちで、いっぱいのはずだ。
これにより、俺たちは曹操の取れる戦術の幅を狭めていた。
本来なら後のない曹操は、複数の部隊を動かして弱いところを突くとか、補給線を断つなどの作戦を実行するべきだ。
しかしそれを任せられるような武将がいない。
史実でも曹操は、複数の部隊を連動させた作戦を避けていたと言われている。
それは曹操の能力もあっただろうが、何より部下を信頼することが、難しかったのではなかろうか。
そんな状況を、小物を調略することで加速させ、曹操の手足を縛ったのだ。
おかげで曹操の戦術は単調になり、決定的な攻勢は起きていない。
そうこうしているうちに、やがて転機が訪れた。
「曹操軍に混乱が見られます。一部の部隊が後退しているようです」
「フフ、とうとう来たか。太史慈たちがやってくれたようだね」
「ああ、さすがは太史慈だな」
曹操の軍が、浮足立っていた。
そしてその原因は、我が軍の別働隊が、敵後方の朝歌城を、攻めたことであろう。
実は1週間ほど前から、2万の別働隊を太史慈が指揮し、敵を大きく迂回して、朝歌城へ向かっていたのだ。
どうやらその部隊が、無事に目的地に到達したようだ。
さすがに城を落とすまではいってないと思うが、これによって敵の補給線は遮断された。
さらに後方を脅かされたことにより、兵の間に動揺が広がっているのだ。
そりゃあ、後方を遮断されたら、冀州への後退が困難になる。
兵たちも気が気ではないだろう。
ちなみにそんな噂が広まるように、ちゃ~んと密偵も潜ませてある。
「皆の者、太史慈が後方を撹乱したことにより、敵は動揺しているぞ。今こそ曹操を討ち取る好機だ! 掛かれ~!」
「「「おお~~っ!!」」」
ここぞとばかりに俺が号令を掛ければ、全軍が火の玉となって、突き進んだ。
その勢いのままに攻め掛かり、曹操軍を蹂躙しはじめる。
敵もしばらくは持ちこたえていたが、右翼が崩れはじめると、さらに動揺が広がった。
そして甘寧の騎兵隊が、後方に回ろうとしたところで、とうとう戦線が崩壊する。
「フウッ、どうやら勝ったようだね」
「ああ、これで決まりだろうな。見事な指揮だったぜ」
「フフフ、それも孫策の助言と、魯粛の情報あってのものさ」
「そうですな。そして全軍を率いる、孫策さまの人望も大きいでしょう」
「ああ、みんなの働きには、感謝している。俺ももっと働かないと、申し訳ないぐらいだ」
実際問題、俺ほど部下に恵まれている男はいないと思う。
太史慈を送り出すに際しても、俺は大して心配はしていなかった。
彼なら困難な任務をやり遂げてくれるだろうし、裏切りなんてこれっぽっちも疑ってない。
すると周瑜と魯粛が、意味ありげに笑う。
「フフフ、そう気にすることもないさ。みんな君のおかげで、夢を見ていられるんだからね」
「そうですぞ。皆、好きでやっておるのです。孫策さまは、どっしり構えていてくだされ」
「そっか。まあ、あまり先頭に立ちすぎても、親父みたいに討ち取られるかもしれないからな」
俺がちょっとしんみりと言えば、周瑜がからかうように言う。
「そうそう、昔の君なんか、見ていられなかったよ。今にも突撃しそうでね」
「古い話を持ち出すんじゃねえって~の。お前だって、昔はけっこう血の気が多かったじゃねえか」
「それは一体、誰のことだい? 言いがかりはやめてほしいな」
そんな冗談を言い合うほどに、戦場の空気は軽くなっていた。
そしてこの日、曹操軍は総崩れになって、撤退していったのだ。




