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51.中原からの刺客 (地図あり)

建安10年(205年)7月 揚州 丹陽郡 建業


「えっ、南陽なんよう郡が、俺の傘下に入りたがってるって?」

「はい、韓嵩どのから、そのような連絡が」

「マジか~……」


 通貨政策について方針が固まり、ひと息ついていたら、思わぬ知らせが入ってきた。

 曹操の勢力圏であるはずの南陽郡が、俺への傘下入りを打診してきたのだ。


 たしかに南陽郡は荊州の一部であり、本来なら俺の勢力圏だ。

 しかし以前、ここを牛耳っていた張繍ちょうしゅうが、曹操にくだってしまった。

 さらに南陽郡は中原の一部とも言える地理関係もあって、なんとなく曹操陣営に収まっていたのだ。


 俺にとっても、襄陽が戦略上の要衝になるため、それより北はむしろ足手まといぐらいに思ってたのもある。

 そのため襄陽から北へは手を出さず、好きなようにさせていたのだ。

 ところが、ひと足お先に平和になっていた荊州南部に比べ、南陽郡は荒れていた。


 役人の横暴や山賊の跳梁ちょうりょう、はたまた天災や食糧不足など、問題はてんこ盛りだ。

 さらに曹操が華北に軍勢を振り向けているため、治安は悪化するばかり。

 そんな状況に見切りをつけた難民が、襄陽以南へ逃げ出そうとするもんだから、為政者側はたまらない。


 最初は文句をつけてくるヤツもいたが、そのうち俺にすり寄ってくるようになった。

 ”税金は納めるので、俺たちも守ってください” ていう感じでな。

 ”まあ、襄陽の近辺だったらいいか” と受け入れてたら、とうとう南陽郡全体に広まってしまったらしい。


「うわ、これどうすんだよ。絶対もめるよな? 曹操と」

「間違いないね。しかもこれ、噂が広まったら九江きゅうこう郡と広陵こうりょう郡も、一斉になびくんじゃないかな」

「ええ、その可能性が高いですね」


 俺の問いかけに、周瑜と魯粛が他人事ひとごとのように答える。

 逆に張昭は、南陽郡の肩を持つようなことを言う。


「しかし無下に断ることもできないでしょう。元々、南陽郡と九江郡は、我らの統治範囲なのです。許都へ使者を送って、交渉してはいかがですかな? 職頁しょくこうを増やすと言えば、それほど抵抗もないでしょう」

「う~ん、それも手なんだが、問題がふたつほどあるな」

「はて、どのような問題ですかな?」


 張昭に問われ、俺は地図を見ながら説明する。


「まず俺たちが南陽を取ると、許都に近くなりすぎる。表向き、味方だとはいえ、曹操としては警戒せざるを得ないだろう」

「ふ~む、我々が許都を襲うと考えるのですな」


 史実でも、関羽が襄陽・樊城はんじょうを攻めた際に、許都からの遷都せんとが検討されたぐらいだ。

 襄陽から許都でも直線で300キロくらいしかないのに、それが100キロかそこらになれば、とても安心はできないだろう。


「たしかにそれは悩ましいですな。して、もうひとつは?」

「仮に南陽を受け入れたとすると、守る場所が何倍にも増えるんだ」

「それは……ふむ、たしかにそうですな」


 現状、襄陽で守りを固めようとしているのは、ここが守りやすいからだ。

 襄陽は西の大巴だいは山脈と、東の大別たいべつ山脈に挟まれる位置にあり、敵の侵攻経路を限定しやすい。

 もちろん襄陽付近だって相当に広いが、中原につながってるに等しい南陽郡とは、守りやすさが段違いである。


 もしもそこを守ろうとすれば、いくつもの城を整備して、何万もの兵を配置せねばならない。

 それは兵力的に劣勢な孫呉としては、とても許容できない話だ。

 すると周瑜が、冷たいことを言いはじめた。


「まあ、それは無理に守ろうとしなければ、いいんじゃないかな。今までどおり、襄陽の守りを固めていればいいのさ」

「おいおい、そんなんで民が納得するか?」

「そもそも曹操は味方なんだから、攻めてくる方が悪いんだよ」

「う~ん、それもそうか……」


 微妙に納得いかないが、周瑜の言うことはもっともだ。

 すると魯粛からも、提案があった。


「それであれば、南陽への軍備は最低限にすることで、もうひとつの問題も片づくでしょう。山賊の討伐など、治安に必要な部隊だけを動かすのであれば、それほど危機感を持たれないと思います。こちらが軍を動かす際に、あらかじめ連絡しておけば、なお良いでしょうな」

「う~ん、なるほど。それならいける、か……」


 それを聞いていた張昭が、対策案をまとめる。


「なるほど。丞相閣下と朝廷に対して、危機感をあおらないことを強調すれば、いけるかもしれませんな。素案をまとめますので、後ほどご確認をお願いします」

「ああ、頼む」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


建安10年(205年)9月 揚州 丹陽郡 建業


 ハロー、エブリバディ。

 孫策クンだよ。


 南陽郡が俺の傘下に入ることについて、朝廷を通して曹操に打診したら、案外あっさりと了承された。

 もちろん職頁をしっかり納めることと、軍を動かす時の事前連絡については、入念に話し合った結果だ。


「南陽郡の件、思ってたよりも簡単だったな」

「ああ、ちょっと気味が悪いくらいだけどね」

「ですけど、こちらもかなり譲歩したんですよね?」

「みんな戦争なんかしたくないんだから、そんなもんっしょ」


 そんな話を周瑜、陸遜、呂範としながら、俺は行政府の中を歩いていた。

 俺の言葉に三者三様で返してくるが、誰も深刻に考えてる風ではない。

 そんなのんびりした空気の中、うら若い女官たちとすれ違った。


 4人いる女官はみな美しいが、どれも見覚えはない。

 なにしろ我が陣営では、人も仕事も増え続けているので、新たに入った者たちだろうと思われた。

 しかしなんとなく女官を見ていたら、俺の中に違和感が生じる。


 そして”はて、なんだろうか?” と思う間もなく、俺の体が勝手に動いた。

 俺の手がすばやく剣を抜いて、女官の1人に斬りつけたのだ。


「「「キャ~~~ッ!」」」


 おいいっ、ソンサクぅ!

 何してくれてんだよ~っ?!

 しかし女官の1人を斬り捨ててもなお、ソンサクは剣を構えたまま、警戒をゆるめない。


「孫策! 一体、どうしたというんだい?!」

「いくらなんでも、ひどすぎませんか?」

「とうとう狂ったんすか、兄貴!」


 うるせ~、俺がやったんじゃねえんだよ。

 ん? なになに?

 こいつら、身のこなしが怪しい?

 たぶん刺客だってぇ?


 脳内でそう言われて俺は、改めて女官を観察してみた。

 彼女たちは身を寄せ合い、体を震わせているが、その中の1人と目が合った。

 即座に女は目をそらしたが、その目に脅えはない。

 それどころか、まるで獲物を狙う獣のような、冷徹な目だったのだ。


「こいつら、刺客か密偵だ。逃がすんじゃねえぞ!」

「何?……そういうことか」

「え、そんな馬鹿な」

「そういうことすか~。さすがは兄貴っす」


 周瑜と呂範が剣を抜いて囲もうとすると、女たちが身をひるがえした。

 彼女たちは懐から短剣を取り出して逆手にかまえ、俺たちと無言で対峙する。

 先程までの演技はどこへやら、その表情は冷静で、いかにも暗殺者らしい雰囲気をまとっていた。

 わずかな間、にらみ合った直後、女たちが動く。


「くっ、暗器か。気をつけろ」

「こんにゃろ」


 敵の放つ針のような暗器をかわし、俺たちは暗殺者に迫る。

 女たちの動きは俊敏だったが、しょせんは暗殺者だ。

 数多あまたの戦場で鍛えられた俺たちの、敵ではなかった。


「ぐうっ!」

「ぎゃあっ!」

「ああっ」


 逃げられそうになったので、俺と呂範が1人ずつ斬り捨てた。

 残る1人だけは、周瑜に足を切られてその場に倒れ伏す。

 すかさず周瑜はその女に駆け寄ると、当て身で気絶させた。


「ふう、なんとか1人だけは確保できたか。ケガはないかい? 孫策」

「ああ、俺は大丈夫だ。それにしてもさすがだな、周瑜」

「フフフ、まあ、まぐれさ」


 周瑜はそう言って謙遜するが、まぐれのはずがない。

 俺や呂範に比べると膂力りょりょくに劣るが、彼の剣技は誰よりも洗練されている。

 俺たちが殺すしかなかった暗殺者も、周瑜に掛かればただのカモに過ぎないのだろう。


「それにしても、これはどう見ても、俺狙いだよな?」

「ああ、そうだろうね。やはり南陽郡のことが、よほど気にさわったのかな」

「南陽郡って、やっぱり曹操っすか?」

「たぶんそうだ。これだけの刺客、並みの人間には動かせないだろうからな」

「だろうね。彼女たちの身元を探るよう、指示を出そう」

「ああ、頼む」


 どうやら曹操は、俺のことがよほど気に入らないらしい。

 すぐに戦争になるとも思えないが、ますます油断がならなくなってきた。

今回、問題になったのは荊州の南陽郡。

荊州の北端に位置し、中原に接する豊かな土地です。

南側のとうのすぐ下が襄陽になり、北側の魯陽ろようから東へ100キロほど行くと許都があります。

こんな土地を取られたら、曹操もブチ切れるだろうってお話。

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)


地図データの提供元は”もっと知りたい! 三国志”さま。

 https://three-kingdoms.net/

ありがとうございます。

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新作始めました。

それゆけ、孫堅クン! ~ちょい悪オヤジの三国志改変譚~

今度は孫堅パパに現代人が転生して、新たな歴史を作るお話です。

― 新着の感想 ―
[一言] 主人公に暗殺娘送りつけるって・・・アーケードの天地喰らうを思い出したなぁ
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