40.関羽との戦い(ただし口だけ)
建安9年(204年)2月初旬 益州 蜀郡 成都
法正を通じて、成都の中で劉備の排斥運動をあおってやった。
すると城内で反劉備の機運が徐々に盛り上がり、最近は城外へ討って出ることもなくなってきた。
さらに俺たちは、成都の住民の意志をくじくための情報を、しきりにばらまいた。
「北では黄蓋将軍によって、閬中と葭萌が落ちたぞ~! 梓潼も涪も、じきに落ちるぞ~!」
「南では程普将軍が、江陽と僰道、南安を落とした~! もうじき成都より南は、全て降伏するだろうな~!」
なにしろ劉璋は、主要な兵力を全て成都に集めたのだ。
そのため地方の守りはがら空きで、程普と黄蓋の軍に蹂躙されていた。
おかげでほとんど誇張する必要もないほどの成果が、毎日のように挙がってきている。
その成果を毎日、兵士に怒鳴らせてやるだけで、城内の士気はどんどん下がっていた。
「フフフ、順調に敵の士気は低下しているようだね」
「ああ、それを劉備が無理矢理、ケツを叩いているもんだから、城内で浮いてるらしいな」
「孫策の狙いどおりだね。実に悪賢くて、頼もしいよ」
「お前だって一緒に考えただろうが」
「私はちょっと助言しただけだからね」
「抜かせ」
そんなふうに周瑜とじゃれるぐらいの余裕が、味方には生まれつつあった。
冬なので寒いのはちょっとつらいが、味方の補給は順調で、戦力に問題はない。
そんな状態で包囲戦を続けていると、やがて敵から接触があった。
「講和の使者が来たって?」
「はい、まずは話がしたいとのことです」
「ふむ、そろそろいいかな?」
「ああ、まずは話を聞いてやろう」
「よし、使者を通せ」
「はっ」
許可を出すと、劉璋側の使者が数人、陣幕に入ってきた。
「はじめまして、孫将軍。私は法正 考直と申します。今回はお目通りがかない、感謝にたえません」
「おう、貴殿が法正どのか。なかなかの切れ者らしいな」
「いえいえ、私など、とてもとても」
たしかに初対面だが、すでに裏では手を握り合っている仲だ。
そんなことはおくびにも出さずやり取りをしていると、そこへ傲然と割りこむ声があった。
「貴様が孫策か! 若造のくせに調子に乗っておると、そのうち痛い目にあうぞ」
「ほう……そういう貴殿は?」
「ふんっ! 関羽 雲長だ」
そう言って胸を張るのは、豊かなヒゲを胸まで垂らした偉丈夫だった。
この男が関羽 雲長。
三国志でも1,2を争うほど有名な、劉備配下の豪傑だ。
「貴殿が関羽どのか。なるほど、その見事なヒゲと威圧感は、噂に聞くとおりだな」
「はっ、小僧っ子が偉そうに」
これみよがしに俺を馬鹿にしてみせる関羽の態度を、俺はあっさりとスルーした。
この男、配下には優しいが、目上の人間に対しては、傲慢になるクセがあるのだ。
そんなのにいちいちつき合ってたら、話が進まない。
俺は法正に視線をもどすと、先を促した。
「それで、今日はどのような話をしに来られたのかな?」
「はい。我が主の劉璋さまは、将軍との和解を望まれております。まずはどうすれば兵を引いてもらえるのか、お話をうかがいたく」
「ふむ、そんなところか。しかし私が望んでいるのは、劉璋どのの降伏だ。もちろん城を明け渡してもらえれば、命までは取らないし、その後の生活が立ちゆくよう、配慮もしよう」
俺の要求に、法正がしばし黙りこむ。
さもショックを受けたかのような顔をしている辺り、なかなかの役者である。
まあ、味方のふりをしていないと、劉璋の説得もできないのだから、当然であろう。
法正はしばし間を置くと、責めるような口調で訴えた。
「それはあまりにも一方的な要求ではありませんか。孫将軍ともあろう方が、そのような無法を通すのでしょうか?」
「無法も何も、俺はやるべきことをやっているだけだ。そもそも劉璋どのは、統治能力なしとして、漢王朝に呼び出しを受けている身であろう? 本来なら、ここにいてよいお人ではないはずだ」
「っ! なぜそれを? まさか、本当に漢王朝の意向を受けているのか……」
実は劉璋クン、益州を統治できてないだろうってことで、漢王朝から呼び出しを受けてるんだな。
しかし劉璋はそれをブッチしていて、漢王朝(曹操)にはそれを強制する余裕もない。
それでいまだに益州牧の地位に居座ってるだけってのが、実状なのだ。
これは許都にいる張紘にも確認を取ったから、間違いない。
ただし漢王朝から討伐指示が出てるわけではないので、俺にも正当性はないんだけどな。
「おとなしく開城して、牧の地位を俺に譲るというのであれば、悪いようにはせんぞ。劉璋どのは列侯に封じられるよう、上奏もするし、配下の者にはそのまま働いてもらえばいい。もちろん、こちらの都合で多少は選別するがな」
「し、しかし……こちらにはまだ3万の精兵がいるのですよ。それを前に無条件降伏とは、あまりにも一方的ではありませんか」
「たとえ3万の精兵がいようとも、それだけで俺の軍は打ち破れんし、援軍の当てもないのであろう? ならば民に苦難をしいるよりも、素直に降伏するべきだとは思わんか?」
「し、しかし……」
「すでに貴殿たちは、十分に戦ったではないか? 何もしないで降伏したわけではないのだから、そろそろ矛を収めてもいいと思うのだがな」
すると次の瞬間、陣幕の中に殺気が膨れあがった。
「この、痴れ者がっ! 他国を侵略しておいて、親切面で降伏を迫るとは、なんたる恥知らず。ここでその首、ねじ切ってくれようかっ!」
「ぐうっ!」
ぐああ、なんて圧力だ。
殺気がまるで実体を持ったように圧迫してくるだなんて、初めて知った。
それにしても関羽の野郎、好き勝手いいやがって。
俺は一瞬だけ自身の内面に目を向けると、ソンサクの意識を解放した。
「黙れ、下郎っ! この荊州牧にして、安南将軍たる俺に向かって、無礼であろうがっ! そこへなおれっ!」
「ぐぬっ!」
俺の放つ大音声と殺気に、今度は関羽がひるむ。
これぞ最近、開発したばかりの秘技、”ソンサク解放”だ。
普段は俺の内面に引っこんでいるソンサクを、短時間だけ前面に押し出すことで、裂帛の気合いを放つ技である。
ただしあくまで気力がブーストされるだけで、気を飛ばすとかそんな離れ業ではない。
対する関羽は今までにも、その大声と殺気で他人を圧倒してきたのだろう。
それが思わぬ反撃をくらい、戸惑っているように見える。
するとそこへ、法正が仲裁に入った。
「お、お待ちください、将軍。この関羽どのは劉備どのの臣でして、ここで処分しては後々に差しつかえがあります。なにとぞこの場は、お怒りをお収めください」
「ふんっ、どう差しつかえがあるというのだ?」
「ここで処分でもしようものなら、劉備どのが激怒して、収拾がつかなくなってしまいます。少なくとも早期の降伏は、望めなくなるでしょう」
「なぜだ? 劉備なぞしょせん、ただの用心棒であろうが」
「いいえ、劉備どのの武名は高うございますれば、それを信望する兵も多いのです」
「ふむ……そうであれば、劉備には穏便に城を出てもらう必要があるな」
「はい、その配慮は必要かと」
それから改めて降伏の条件について話し合い、そこには劉備一行の城外退去も盛りこまれた。
その間、関羽はずっと俺をにらんでいたが、幸いにもそれ以上の妨害はなかった。
こうしてまとめた条件を持って、法正たちは帰っていく。
「ふう、ようやく終わったね」
「ああ、あとは劉璋が早々に決断してくれれば、いいんだがな」
「劉璋も家臣の手前、なかなか降伏を認めにくいだろうね。しかしまあ、今回の条件ではそれなりに温情を見せているから、なんとかなるのではないかな」
「そうだな。それにしても、関羽ってのはすげえヤツだったな。あの殺気には、ちょっとビビったぜ」
「フフフ、そういうわりには、ちゃんとやり返してたじゃないか。あれはなかなか、大したものだったよ」
そんな話を周瑜としていると、黄忠や呂範も混じってくる。
「そうですな。あの関羽相手に一歩もひかないとは、なかなかの勇姿でしたぞ」
「かっこよかったっすよ、兄貴」
「へへへ、まあな。だけど槍働きの方は、お前らに任せるぞ」
「もちろんっすよ」
「お任せあれ」
そんな軽口が叩けるくらいには、味方の雰囲気は明るかった。
あとはこのまま劉璋が降伏してくれれば、楽でいいんだがな。