38.直感? 馬鹿にできないんだなこれが
建安8年(203年)10月中旬 益州 蜀郡 成都
成都近郊に野戦陣地を構築した俺たちに対し、劉璋軍は野戦を挑んできた。
その数は6万人近くと、敵はありったけの戦力をかき集めている。
対するこちらは3万と、不利ではあるが、初戦の小手調べは乗り切った。
「まずはこちらの優勢勝ちってとこかな?」
「そうだね。だけど敵も、こちらの守りを探ってる感じで、とても全力とは言いがたいだろう」
「ああ、そうだな。大至急、ケガ人の処置と、木柵の修理をしないと」
「そうだね。あと、落ち着いたら陣地内を巡察してくれるかな。君の顔を見れば、兵士の士気も上がるだろう」
「あ~、そうだな。大将が気にかけてくれると知れば、多少は違うか」
「そういうことさ」
その後、被害状況を確認すると、なんと50人近い死者と、その何倍ものケガ人がいると分かった。
ただし敵にはその5倍は被害を与えてるとのことなので、分の悪い戦いではない。
このまま戦いが推移すれば、やがて兵力差もなくなると思えるほどだ。
しかしその日の夜になると、また敵に動きがあった。
「敵が夜戦の動きを見せてるって?」
「ああ、なにやらゴソゴソやってるらしいよ」
昼間の無理攻めでは、犠牲が大きすぎると分かったのだろう。
さっそくその日のうちに、夜戦を仕掛けてくるようだ。
もちろん、それはこちらの諜報網にひっかかり、俺たちもそれに備えている。
そして深夜12時を過ぎた頃、敵が動きだした。
「敵襲~~!」
「迎撃だ!」
夜陰に乗じて接近した敵に見張りが気づき、警告が発せられる。
すると位置のバレた敵が、無数の矢を射ちはなった。
雨のように降り注ぐそれは、味方の一部にダメージを与える。
だが土壁や盾に隠れることで、多くはそれをやり過ごしていた。
そしてしゃにむに木柵に取り付いた敵が、それを乗りこえてこようとしてきた。
それもすごい数がだ。
みんなこの戦で手柄を挙げ、成り上がろうと考えているのだろう。
敵は木柵付近に灯されているたいまつを消すことで、こちらの視界を奪おうとする。
しかしそんな敵を照らしだす光が、新たに戦場に現れた。
「着火……放てっ!」
ポンッという音と共に火の玉が放たれ、それが木柵の向こうへ落下する。
それは荒縄に油を含ませ、球状に丸めたものだ。
あらかじめ木柵の向こうに落ちるよう、セッティングされた投石機で、それを何十個も撃ちだしたのだ。
一応、投射地点の近くの草木は刈ってあるので、火事になる心配も少ない。
そんな油縄弾の明かりによって、敵兵の姿があぶり出された。
「撃てい!」
夜闇に浮かび上がった敵兵に向けて、今度はこちらから無数の矢が放たれた。
高台であり、しかも敵からは見えにくい位置からの弓射は、圧倒的に有利だ。
木柵に取り付いた者、すでに乗り越えた者、これから取り付こうとする者たちに、無情な矢の雨が降り注ぐ。
それは無惨に敵をえぐり、つらぬき、その命を奪っていく。
もちろん敵は油縄弾の明かりを消そうとするが、油縄弾は継続的に放たれる。
そしてそれにあぶり出された敵に、さらに多くの矢が降り注ぐのだ。
その損害比は味方が圧倒的に有利であり、しばし一方的な殺戮劇が繰り広げられた。
やがて夜戦でも勝ち目がないと悟った敵は、一斉に撤退していった。
「なんとかしのいだようだね」
「ああ、これで諦めてくれればいいんだがな」
「さすがにそれは無理だろう」
「だよな~……だけど、それなりに痛い目をみたから、多少は慎重になるんじゃないかな」
「そうだといいね」
多分に希望的観測を含んだ声を掛け合いながら、夜はふけていった。
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建安8年(203年)10月下旬 益州 蜀郡 成都
攻めて早々に痛い目を見た劉璋軍は、さっそく戦術を変えてきた。
力ずくの無理攻めをやめ、多数の小部隊を繰り出しながら、こちらの戦力を削り取る戦法を取ったのだ。
向こうには諸葛亮もいないのに、なかなかよく考えている。
しかしこちらも即座に対応を切り替えた。
信頼のおける武将を前線に配置し、こまめに兵士を監督させるようにした。
そのうえで基本は陣地にこもって、防戦に専念するのだ。
なにしろこちらには黄忠、太史慈、周泰、蒋欽、陳武、凌操、呂蒙、甘寧、魏延、呂範、孫河という猛将に加え、孫一族の親類もいる。
指揮官には困らないので、安心して現場の指揮を任せられた。
その中には孫権、孫翊、孫匡、孫郎という弟たちもおり、貴重な実戦経験を積むことにもつながっている。
一方、全体を統括する指揮所には、孫策と周瑜、魯粛が詰めて指揮を執った。
中でも縦横無尽の活躍をしたのは、周喩である。
周瑜というヤツは本当に頭のいい男で、古今の兵法や過去の戦例に精通しているし、軍隊の統率にも明るい。
そして何よりも情報を重視し、さまざまな状況を想定してから、必要な手を打つのだ。
そんな彼に対し、魯粛は主に情報を提供し、俺は未来知識とソンサクの直感でサポートしていた。
ソンサクの直感って、なんだと思うだろ?
だけどこれが馬鹿にできないんだな。
彼みたいな人間は、目、耳、鼻から得た情報を脳内で統合し、それを過去の経験に照らし合わせて最適解を導くのに長けている。
もちろん情報が間違っていたり、足りない場合もあるが、そこへ行き着くスピードと確率は尋常でない。
それはソンサクなりの論理的思考といえなくもないが、周りからは直感で動いているようにしか見えないシロモノだ。
これによってソンサクは、的確に攻めるべき場所とタイミングを嗅ぎ当て、それを実行してのけるのだ。
それは将として実に有用な資質であり、史実で孫策が勝ち続けられた要因でもあるのだろう。
そんな彼の直感に従い、今日も俺は助言をする。
「そろそろ、裏の河からも攻撃があるんじゃないか?」
「何か、兆候があったのかい?」
「いや、ただの勘だが、ありそうな気がしてな」
「ふむ……たしかに今までは小規模な攻撃しかなかったけど、大規模攻撃の前触れと考えれば、納得がいくか。魯粛、上流を調べられないかな?」
「分かりました。今晩にでも密偵を放ちましょう」
「ああ、頼むよ」
こんな感じで上流を調べてみたら、案の定、敵は大規模な船団を準備していやがった。
おかげで事前に罠を仕掛けたり、兵力配置を変更できたおかげで、被害は少なくて済んだ。
もちろん孫策の株が上がったことは、言うまでもない。
そんなこともありつつ、孫策軍と劉璋軍は、半月に渡って殴り合った。
ただしこちらは野戦陣地を盾にして戦ったのに比べ、攻めるばかりの劉璋軍の被害は大きい。
数的に上回っているうちに、俺を討ち取らねばならないため、敵が必死だったというのもあるだろう。
しかしそんな数的優位も、とうとう崩れる時がやってきた。
「北方より龐統どのの軍、1万が接近しつつあります」
「南方からは陸遜どのが、やはり1万の兵を率いております」
「へへへ、とうとう来たか」
「ああ、予想よりも少し早いぐらいだね」
「陸遜と龐統を、褒めてやらねえとな。さあ、劉璋軍を蹴散らすぞ」
「ああ、決戦だ」
南方の程普軍と、北方の黄蓋軍から、陸遜と龐統がそれぞれ半分の兵を率いて、来援したのだ。
彼らは不慣れな益州の中で、密偵の案内を受けながら、速度重視で移動してきた。
そのために最低限の兵糧しか持っていないが、それはここに集積してあるので問題はない。
そして2万の援軍を得たことで、俺たちは5万人近くに増強された。
対する劉璋軍は半月の間に兵を消耗し、こちらとほぼ同等の兵力になっている。
さらに疲労も濃く、士気も低下しがちとくれば、味方の優位は明らかだ。
かくして俺たちは、野戦陣地を出て大規模攻勢の構えに出た。
すると劉璋たちは逆に、こちらの増援に気がついて浮足立つ始末だ。
結局、敵は早々に劣勢となり、成都へ向けて敗走していった。
この時、陸遜や龐統の軍で退路を断てればよかったのだが、さすがにそこまでは上手くいかない。
しかも殿を劉備たちが受け持ったため、予想以上に多くの敵に逃げられてしまった。
さすがは劉備、三国志で勝ち残った群雄の1人だけはある。
しかし情勢は明らかに変わった。
今後は成都をいかに早く、しかも犠牲を少なく落とすかが、焦点となるだろう。