33.いつまでこだわってんだよっ!
建安7年(202年)5月 揚州 丹陽郡 建業
ようやく周瑜が帰ってきたと思ったら、劉備が益州入りしたというニュース付きだった。
俺はそれに嫌な予感を覚えながらも、今後どうするかという話に移る。
「この情報によれば、劉備はまだ益州に入ったばかりだ。劉璋と接触もしてないみたいだから、そのうえでどうするかだな。誰か考えはあるか?」
俺が問えば、魯粛がまず手を挙げる。
「それならば、劉備と劉璋の離間工作を進めましょう。大至急、益州にひそむ密偵に、指示を出します」
「う~ん……それじゃあちょっと、時間が掛かりすぎないか? できれば魯粛には、江陵まで行って指揮を取ってほしいな」
「ふむ……それもそうですな。分かりました。私は江陵へ向かいます」
「ああ、他にも手が空いていれば、一緒に江陵へ行って、益州攻略の作戦を練ってほしい。俺も襄陽へ寄ってから、江陵へ行くよ」
すると魯粛が俺の意図を問う。
「襄陽? 何用ですか?」
「ん、ちょっとな、人材の勧誘だよ。ちなみに龐統は、俺に同行してくれ」
「え、俺ですか? まあ、地元なんで、案内ぐらいはしますけど」
「ああ、頼むよ」
その後も準備しておくことなどを話し合うと、俺たちは旅の準備に入った。
これからしばらくは、荊州で忙しくなりそうだ。
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建安7年(202年)6月 荊州 南郡 襄陽
あれからすぐに旅立ち、俺は龐統と共に襄陽へ来ていた。
そこでまず、黄蓋や韓嵩に荊州の状況を確認し、また出かけようとしたのだが、思わぬ人物につかまった。
「あ~っ、孫策さま! いつになったら私を、戦に連れていってくれるのですか?!」
「謖、失礼だぞ。すみません、孫策さま」
そう声を掛けてきたのは、馬謖と馬良だった。
そう、司馬徽の紹介で採用した、馬家の俊英たちである。
ただしその年齢は若く、馬謖は今年13歳、馬良ですら16歳の子供である。
司馬徽に推薦されて声を掛けたはいいが、俺はひとつ失念していた。
彼らはまだまだ子供だったのである。
当時の馬謖なんか、数えで11歳だ。
しかし俺が気づかずに仕官を打診したことから、馬家がブルって差し出してきた。
なんといっても俺は、襄陽を攻め落とした侵略者だったからな。
しかし子供とはいえ、噂になるほどの俊才である。
下手な大人よりも理解力があったので、韓嵩に育成を丸投げしてみた。
すると思いのほか優秀で、政務で役立っているらしい。
しかし困ったことに、馬謖は事あるごとに、戦に連れていけ連れていけと、うるさいのだ。
「あ~、しばらくは戦の予定がないからな。そのうち機会があれば、連れてってやるよ」
「この間もそう言っていたではありませんか!」
「だから謖、失礼だろうが」
「む~~」
馬良にたしなめられて、馬謖がむくれている。
その様はかわいらしいが、ちょっと堪え性がなさすぎな気もする。
”そんなだから北伐で大失態を演じるんだぞ”と言いそうになるが、まだ子供なので当然か。
そんなことを考えながら、行政府を後にした。
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「こっちですよ、孫策さま」
「おう、わりいな」
「いえいえ……お~い、諸葛亮。俺だ、龐統だ。入るぞ」
すると奥の方から人が出てきて、面倒くさそうに答えた。
「騒々しいですね、龐統さん」
「おう、諸葛亮。今日はお前に会いたいって人を、連れてきたんだ」
「私に、ですか?」
そう言って怪訝な顔をした男は、とにかく背が高かった。
しかし横幅は狭く、なよっとしているので、恐ろしさは感じない。
顔立ちも一見、優しげで人が好さそうだが、そのまなざしは強く、油断ならざる雰囲気を漂わせていた。
たしか年齢は22歳だったか。
「これは失礼。俺の名は孫策。司馬徽先生の門下として名高き諸葛亮どのと、話をしたいと思ってきた」
「……これはこれは。”江東の小覇王”どの自らの訪問とは、実に光栄です。狭苦しいところですが、奥へどうぞ」
「おい、俺への対応と、ずいぶん違うじゃねえか」
「それは自分の胸に手を当てて、考えてくださいよ」
龐統に文句をつけられても、諸葛亮は一向に動じず、俺を案内してくれた。
彼の家はこぢんまりとしたもので、部屋の数もわずか2つしかなかった。
しかし家の中はきれいに片づいており、几帳面そうな性格が感じられる。
上がりこんだ先であぐらをかいて座ると、諸葛亮が湯呑みに入った水を出してきた。
「ああ、気を遣わせて悪いな」
「いえいえ、水しか出せずに申し訳ありません」
さっそく出された水をグビリと飲むと、俺を観察している彼と目が合った。
「意外に不用心なのですね、孫策さまは」
「そう思うか?」
「はい、毒が入っているかもしれませんよ」
「ブッフォ~……諸葛亮、てめえっ!」
一緒に水を飲んでいた龐統が吹き出した。
しかしそう言う諸葛亮の顔は、ただのいたずら小僧のようだったので、俺は平然と訊き返した。
「毒なのか?」
「いいえ。ただの水ですよ」
「ならば構わんだろう」
「孫策さまっ! そんな他人事みたいに」
「落ち着け。急に訪ねてきた俺たちを、毒殺する理由がないだろう。ただのイタズラだ」
俺がそう言い切ると、諸葛亮はちょっと悔しそうに苦笑する。
「かないませんね、孫策さまには。おっしゃるとおり、私には理由がありませんからね。それどころか私が、退屈していることすら見透かされたようだ」
「ほう、やはり退屈しているのか?」
そう訊ねると、彼が肩をすくめながら答える。
「そうですね。退屈していないと言えば、嘘になります。なにしろもう4年ほど、隠居老人のような生活をしていますから」
「はっは~、さすがのお前も退屈してきたか。どうだ? この際だから、孫策さまに仕えんか?」
「仕官はあまり、したくないな……」
諸葛亮の話を聞いた龐統が、直球で彼を誘う。
しかし諸葛亮は、どこか煮え切らない態度で、言葉を濁した。
そこで俺も、直球で彼に問うてみる。
「窄融を追い出した俺に仕えるのは、嫌か?」
「ッ! どうしてそれを……」
「君に興味があったんで、調べさせたんだ。叔父上のことは、残念だったな」
そう言うと、諸葛亮は唇をかんでうつむく。
実は彼の叔父である諸葛玄は、劉表の指示で揚州の豫章郡に赴いたらしい。
しかし朝廷から送りこまれた太守との争いに巻きこまれ、彼は命を落とした。
どうやらその豫章太守と組んで諸葛玄を殺害したのが、窄融だったらしいのだ。
そしてそんな窄融を、劉繇と一緒に丹陽郡から追い出したのは、俺である。
そいつらが豫章郡へ逃げこみ、諸葛玄を殺してしまった。
諸葛亮が俺を恨みたくなるのも、分からないでもない。
「たしかに俺が劉繇や窄融を追い出さなければ、奴らに殺されることはなかったかもしれない。しかしいずれ他の奴が叔父上を殺していたかもしれないし、あいつらも追い詰められて、すでに死んでる。その辺を合わせて、チャラにならないか?」
「そんな簡単そうに……」
諸葛亮はなおも唇を噛みしめ、俺の誘いを拒んだ。
するとそこへ、元気な声が響き渡る。
「ただいま~。あれ、兄さん。珍しくお客さん?」
「おう、諸葛均。邪魔してるぜ」
「あ、龐統さん、こんにちは。それと、そちらはどなたですか?」
まだ20歳前ぐらいの少年が、俺に目を向けたので、自分で名乗った。
「俺は孫策だ。君の兄さんを誘いにきてる」
「ええっ、孫策さまって……すごい人じゃないですか! ちょ、兄さん、水だけって失礼すぎでしょう。今、お茶をいれますから、待っててください」
「あ~、別にいいぞ」
しかし諸葛均は何も聞かず、火を起こしはじめた。
やがて俺と諸葛亮がにらみ合っているところへ、お茶を持ってきてくれる。
「粗茶ですが、どうぞ……それにしても兄さん、こんなすごい人に誘われてるのに、浮かない顔だね」
「……お前には関係ない」
嫌そうな顔をする諸葛亮を見て、諸葛均が思い当たったように言う。
「あ~、ひょっとして叔父さんの仇だとか思ってる? あんなの、どうしようもないって。別に孫策さまが殺したわけでもないのに……」
「分かっている。だけど割り切れないんだっ!」
「……だからって、過去に縛られてちゃいけないよ」
そんな2人を見ていて、俺はふと思いついた。
「そうだ、諸葛均。よければ、君が仕官してくれないか? なにしろ俺たちは、荊州を治めはじめたばかりだ。人が全然たりなくてな」
「ええっ、僕なんかでいいんですか? 僕は兄さんほど、頭よくないですよ」
「いやいや、別に天才ばかり求めてるわけじゃないんだ。仕事はいくらでもあるし、それに君は優秀そうに見えるぞ」
「え、本当ですか。なんかすごく、嬉しいな……あ、だけど……」
諸葛均は一旦よろこんだものの、諸葛亮の方を遠慮がちに見る。
なんか兄だけを残して行けない、みたいな雰囲気をかもし出している。
グッジョブ、諸葛均。
それこそが俺の求めていた反応だ。
「あ~、兄貴だけ残して、行けないか~。残念だな~。うちにはもう1人の諸葛瑾、子瑜もいるのにな~」
「あっ、そういえば、瑾にいさんもお世話になってるんでしたよね。それだったら、なおさら安心なのにな~。でも兄さん1人だけ残してくのもな~」
俺と諸葛均で、チラチラ視線を送りながら、諸葛亮に判断を迫る。
やがて諸葛亮は、苦虫を噛みつぶしたような顔で、とうとう音を上げた。
「あ~っ、もう。分かったよ。私も行くよ!」
「やった、2人同時に仕官だ~! これで貧乏生活とも、おさらばだね」
「おう、給金は任しとけ。その代わり、バリバリ働いてもらうぞ」
「はいっ、よろしくお願いします」
元気に頭を下げる弟の横で、諸葛亮は最後まで苦い顔をしていた。
しかし本当に嫌なら、絶対に仕官などしない男だ。
おそらく最初に誘われてからこの2年ほど、俺の統治ぶりを観察していたのだろう。
それなりに善政をしいてきた自信は、あるからな。
そうしてあわよくば、兄弟のどちらかだけでもと思っていたが、2人同時に仕官してくれるとは大収穫だ。
これでまた一歩、天下に近づけただろうか。
諸葛亮ファンの皆さん、お待たせしました。
なんか一般のイメージとは、違うキャラになりそうだけど……