表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/76

32.劉備の影

建安7年(202年)4月 揚州 丹陽郡 建業けんぎょう


 無事に丹陽の山越賊との交渉を終えてから、俺は建業へ帰還した。

 そして交渉内容に従い、粛々と政策を実行する。


 まず血の気の多い連中は平地へ移住させ、仕事なり兵役なりを斡旋あっせんした。

 これには少なくない反発もあったのだが、無明むみょうら長老格の協力に加え、武力と利益をちらつかせることで対応した。

 なにしろ今の揚州は、治水工事や港の整備など、兵役以外でもいくらでも仕事がある。

 それらをまじめにやっていれば、飯がたらふく食えるのだから、喜ぶ者も多かったのだ。


 もちろん特に血の気の多いやつは軍隊に放りこみ、上下関係を叩きこんでやった。

 俺の配下の武将たちは、その辺の山だしに負けるほど弱くないからな。

 最初は反抗的だった奴らも、次第に強い者には従うようになっていた。


 そして約束どおり、山のふもとに交易所を設け、山の産物と穀物などを交換しはじめた。

 今のところまだ手探り状態だが、獣の毛皮や鉱石などに需要があると知り、山越も動きはじめている。

 いずれは多少の利益も、出せるようになるのではなかろうか。


 今後はこの交易を通じて、山越への支配力を高めることも画策している。

 穀物の供給元を握るだけでも影響力は高まるし、山越の情報も集まる。

 それだけでも反乱を未然に防ぐ効果は、期待できるであろう。


 それから他の地域の山越賊との交渉だが、無名らを仲介にして、すでに始まっている。

 さすがに同胞の仲介があると、接触がしやすいし、情報も集めやすい。

 おかげで最初ほどの精鋭部隊を出さなくても、交渉が進むようになった。


 黄忠ひきいる突撃隊は、俺たちのほぼ最強戦力だったからな。

 あれほどのメンツを毎回出さなくてもすむだけで、やりやすさが段違いである。

 おかげでいくつも並行して交渉が進められるようになり、今後の進展が期待できる。


 とはいえ、この揚州には数十もの山越賊集落があるはずだ。

 それらを全ておとなしくさせるのに、どれだけ時間が掛かるかは、神のみぞ知るである。

 まあ、年単位でじっくりと取り組んでいくしかないな。


 ちなみに、この山越賊との交渉を取り仕切っていくのは、徐庶じょしょ賀斉がせいの仕事になった。

 もちろん徐庶がアメの役割で、賀斉がムチである。

 賀斉がバシバシ叩いた後に、徐庶が優しく声を掛けて懐柔するのだ。


 徐庶は昔、任侠みたいなことをやっていたから、山賊に臆することもないし、裏社会にも詳しい。

 彼らを専属にすることで、交渉も効率的に進むであろう。

 こうして山越への対処に一定の目処をつけた頃、待ち人が帰ってきた。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


建安7年(202年)5月 揚州 丹陽郡 建業けんぎょう


「やあ、孫策。山越にはうまく対応してるようだね」

「おう、周瑜。今は徐庶と賀斉が、よくやってくれてるぜ」

「さすがは若、頼もしいですな」

「久しぶりに会えて、嬉しいっす、孫策さま」


 久しぶりに周瑜、韓当、呂範の、荊州統治組が帰ってきたのだ。

 彼らはそれぞれ、江夏、零陵、桂陽の太守を担っており、各郡の統治と軍編成に取り組んでもらっていた。

 その仕事に一定の目処がついたので、報告がてら帰還してきたのだ。

 他にも南郡に黄蓋、武陵郡に程普がいるが、彼らは荊州の押さえとして、今も現地に駐在している。


「それで、そっちの方はどうだったんだ?」

「ああ、こっちは山越ほど凶暴なのは少ないからね。最近は領内も落ちついているよ」

「そうですな。兵士の練成も順調ですし」

「桂陽も平和なもんすよ~」


 仕事が順調なせいか、皆あかるい顔である。

 そこでちょっと気になっていたことを、訊いてみる。


「そうかそうか。ところで張羨ちょうせんどのはどうだ? うまくやれてるか?」


 すると3人の顔に、微妙な表情が浮かぶ。


「うん、まあ、それなりかな。悪い人ではないよ」

「え~っ、俺あの人、ちょっと苦手っす」


 張羨とは劉表が荊州牧の時代から、長沙太守をしていた男だ。

 しかし劉表に軽く扱われたのを恨みに思い、反乱を起こしていた。

 彼は零陵と桂陽も巻きこんでいたので、労せずして俺たちは、荊州の南部を味方に付けることができたんだな。


 その時にずいぶん世話になったので、いまだに長沙太守を任せているのだが、異分子であることに変わりはない。

 なにしろ俺たちは、いずれ曹操とも縁を切って、独立の旗を掲げる予定なのだ。

 その時に付いてきてくれればいいが、でなければ敵になる可能性が高い。


「ふむ、見張りを送りこんだ方がいいかな?」

「いや、それでは逆に警戒させてしまうだろう。今は放置でいいんじゃないかな」

「そうか。周瑜がそう言うなら、そうしとこう」


 その話はそこまでになったのだが、周瑜が表情を改める。


「ところで重要な情報があるんだけど、魯粛を呼んでもらえるかな」

「ほう、なんだろうな。おい、魯粛と龐統を呼んでくれ。陸遜と徐庶もいるといいな」


 俺はすぐさま、魯粛と龐統を呼びに行かせた。

 なぜなら最近は、諜報関係を彼ら2人にやらせているからだ。

 別に魯粛ひとりでも対応はできるが、いざという時のためにも、後継は必要だ。

 そこで諜報局の長官を魯粛、副長官を龐統という感じで分担しはじめた。


 やがて魯粛、龐統、陸遜、徐庶という、いずれ劣らぬ切れ者たちが、俺の執務室へ集まる。


「どうしました? 孫策さま」

「おう、周瑜から報告があるらしいんだ。とりあえず座ってくれ」


 彼らが座ると、周瑜がおもむろにふところから手紙を取り出した。


「これは益州に入っている密偵からの情報だ」

「ほう、益州から。何か動きがありましたかな?」

「ああ、どうやら益州に、劉備が入りこんだらしい」

「なんと!」

「マジか? あの劉備が……」


 周瑜からの爆弾情報に、驚きの声が上がる。

 しかしそれでも落ちついている俺を見て、周瑜が興味深そうに問いかけてきた。


「孫策は驚かないんだね?」

「そりゃまあ、だいたい予想してたからな」

「ほう、それはまたどうして?」

「どうしてって……劉備が行くとしたら、そこぐらいしかないだろう」


 前世の知識から推測したとは言えず、俺は口を濁した。

 史実で袁紹の下にいた劉備は、袁紹が曹操に負けると、劉表の下へ逃げこんだ。

 劉備という群雄の名には、それだけのはくがあるし、同じ劉姓ということで、劉表には歓迎されたらしい。


 その後、彼は新野の守りを任され、曹操が攻めてくる208年まで、比較的しずかに暮らす。

 この時に諸葛亮しょかつりょうを得て、飛躍のきっかけをつかむのだが、今世ではそうならなかった。

 何しろ頼るべき劉表は俺に倒され、荊州の大半も俺の支配領域になっているからだ。


 さらに奴らの人相書きを配り、漢朝に背く逆賊として手配してやったので、荊州に居つけるはずもない。

 もちろん諸葛亮との接触は厳重に監視し、断固として阻止に動いた。

 こうなってくると、劉備の選択肢はあまりない。


 益州に劉璋を頼るか、涼州で韓遂かんすい馬騰ばとうを頼るかだ。

 一応、どこかへ落ち延びて静かに暮らすってのもあるが、あくまで選択肢としてあるだけだ。

 後に皇帝にまで成り上がる群雄が、野心を捨てられるとは到底おもえないし、韓遂、馬騰も歓迎してくれる保証はない。

 ならば同じ劉姓つながりで劉璋を頼るのが、一番可能性が高いだろうと思っていた。

 そんな話を、前世知識を除いて話すと、周瑜が感心した顔をする。


「驚いた。思った以上に情報通だったんだね」

「さすがっす、兄貴」

「なるほどのう」


 呂範や韓当も感心している横で、魯粛が手紙を見ながら話を戻す。


「ふむ……どうやら彼らは変装をして、バラバラに荊州を抜けたようですね。もっと厳しく手配するべきでしたかな?」

「いや、いくらなんでも、それは難しいだろ。荊州で力を増やせなかっただけで、満足するしかない」


 諸葛亮という、最大の劇薬に会わせなかっただけで、よしとすべきだろう。

 そして問題は劉備を得た益州を、今後どうするかだ。

 そういえば諸葛亮は今、どうしてるのかな?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作始めました。

それゆけ、孫堅クン! ~ちょい悪オヤジの三国志改変譚~

今度は孫堅パパに現代人が転生して、新たな歴史を作るお話です。

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ