31.山越賊とのオハナシ(拳つき)
建安6年(201年)8月 揚州 丹陽郡 建業
山越賊への対応方針を決めてから、1ヶ月経った。
その間に魯粛は丹陽郡に巣食う賊の情報を集め、そして配下の将たちは精鋭部隊を編成していた。
ちなみに部隊を統率する将たちの顔ぶれは、こんな感じである。
討越中郎将:黄忠
都尉:太史慈、甘寧、周泰、蒋欽、賀斉、凌操、陳武、董襲、呂蒙、魏延、孫河
中郎将とは准将クラスの役職で、都尉は警察署長みたいな感じかな。
都尉にはそれぞれ10人の屈強な兵士をつけ、総勢122人の精鋭突撃隊を編成した。
ちなみに総責任者の中郎将は、殴り合いで決めたらしい。
おかしいな、黄忠ってもう50歳超えてるはずなんだが。
まあ、彼の功績に敬意を表して、若いのが勝ちをゆずったのかもしれないな。
黄忠はああ見えて頭も回るし、筋肉はムキムキだ。
それこそ世紀末覇王の姿と、ダブって見えるぐらいである。
さて、準備が整ったので、突撃隊にはさっそく動いてもらった。
敵は丹陽の南部に巣食う賊の頭領 費桟である。
黄忠たちは魯粛が手配した案内人に導かれ、嬉々として山地に分け入っていった。
そして1ヶ月もすると、案内人が帰還してきて、俺に出馬を促したのだ。
「精鋭部隊の活躍めざましく、山越賊の首領のことごとくを、捕虜に致しました。このうえは孫策さまにお越しいただき、話をつけたいとの、黄忠どのからの要請です」
「うむ、ご苦労。あまり休ませられずに悪いが、また案内を頼む」
「ははっ」
こうして俺は、山越賊の本拠へ赴くこととなった。
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建安6年(201年)10月 揚州 丹陽郡 南部山中
「おどりゃーっ! とっとと縄を解かんかい、このクソが、ボケが、玉なしが~っ!」
そして今、縄で縛られた状態で、暴言を吐いてるのが費桟である。
史実ではたしか、10年以上あとに曹操にそそのかされ、反乱を起こす山越賊の首領の1人だ。
実に粗暴で、知性が感じられない男である。
「あ~、なんだ。話が通じないようだから、どっかに閉じ込めておいてくれるか? それと代わりの責任者を呼んでくれ」
「はっ、了解しました……おい、こっちへ来い」
「気安くさわんなっ、グボゥッ」
ひょっとして話が通じるかとも思ったのだが、想像以上にひどかったので、相手を代えてもらう。
殴られて連れていかれた費桟の代わりに、やがて貧相な年寄りが現れた。
彼は俺の前にあぐらをかいて座ると、ボソリとしゃべった。
「儂が先代の長じゃ」
「ほう、そうか。俺の名は孫策。この軍団の大将だ。これでも揚州と荊州の、大半を支配してるんだぜ」
「そうか。儂の名は……まあ無明とでも呼んでくれ」
彼はいかにもどうでもいいといった感じで、無明と名乗った。
まちがいなく偽名だろう。
まるで世の中に絶望した、世捨て人のような男だ。
「そうか。では無明。俺はあんたらと、盟約を結ぶ備えがある」
「……盟約じゃと? フッ、儂らを支配下に加えて、租税を納めろとでも言うのか?」
「いや、別に戸籍に加える気も、租税を取る気もない。ただし、血の気の多いのは平地に連れていって、租税を取るかもしれないがな」
「……何が狙いじゃ?」
無明が不審そうな顔で、俺をにらむ。
俺はそんな彼に、笑いながら話しかけた。
「そう警戒するなって。俺はあんたらがこれ以上、下界で暴れなければ、どうだっていいんだ。そのためには仕事の斡旋もするし、交易の手伝いもしよう」
「仕事の斡旋? それに交易の手伝いじゃと?」
「ああ、そうだ。多少は興味が出たか?」
「……まずは話を聞いてからじゃな」
「そうかそうか。話を聞いてくれるか。それでは――」
それから俺は、こちらの提案をひととおり伝えた。
その内容は
1.山越とは不可侵条約を結び、彼らが山岳地帯に住むことを認める
ただし血の気が多い者は、半強制的に平地へ移住してもらう
2.平地に住む者には、仕事を斡旋する
3.適当な場所に交易所を設け、山の産物と穀物などを交換する
4.無明らは、他の地域の山越族との交渉の仲立ちをする
といったものである。
そもそも彼らが領民を襲い、略奪をするのは、食料が足りないからである。
元々は焼き畑農業だけでも、なんとかやれていたらしいが、北方から犯罪者や逃亡者が流入してきた。
おかげで急激な人口増加が発生し、食料が足りなくなったのだ。
すると犯罪者も混ざってるものだから、安易に略奪に走り、領民との関係も悪化する。
それに平地に住む人間だって、農地の開拓をするから、またまた山越賊と争いになる。
その結果、互いに憎しみの連鎖が止まらなくなり、修復が困難な状態まできているのだ。
そこでまずは互いの状況を理解しあい、協力はできないかと申し出たわけだ。
まあ、話を聞かせるために暴力を使ったのは事実だが、それも最低限に抑えている。
そのうえで最高責任者である俺が出てきたことは、無明らにかつてない衝撃を与えたようだ。
おかげでこうやって、ある程度、腹を割って話すことができている。
しかしここで無明が、疑問の声を上げた。
「儂らにとって、都合が良すぎるな。うますぎる話には、何か裏があるものじゃ」
「う~ん……これは当然のことだが、この話には、俺たちにとっても大きな旨味があるんだ」
「ほう、どのような?」
「ぶっちゃけて言えば、山越に向けていた兵士を、外に向けることができる。それどころか、山越の戦士が一緒に戦ってくれれば、逆に戦力は増えるんだ」
「やはり儂らを戦争に使うつもりだったか!」
無明が憤然と立ち上がろうとするのを、俺は慌てて押し止めた。
「待て待て。言い方が悪かった。別に山越の兵を当てにしてるわけじゃない。だけど、血の気の多いやつらには、戦場に出たがる者もいるだろう。そういうのに戦ってもらうのは、やぶさかじゃないって話だ。いるだろ? そういうの」
「むう……それは否定できんな」
「だろ? まあ、その辺は押しつけはしないから、安心してくれ。とにかく俺は、あんたらと争いたくないんだ。せっかく同じ揚州に住んでるのに、いがみあってちゃ損だからな」
そう言うと、無明がふいに笑いはじめた。
「クククッ……いがみ合っては損じゃと? どこからそんな考えが出てくる?」
「どこって、ここからだよ」
俺が自分のこめかみを指差せば、また無明が笑う。
「ブハハッ、本当におかしな奴じゃな、お前は…………しかし気分は悪くない。なんと言っても、大将自ら、話しに来てくれたのだからな」
「そう言ってもらえると、俺も苦労した甲斐があるってもんだ。大変だったんだぜ、ここまで来るの」
「フフン、軟弱な平地育ちには、難儀じゃろう……それはそうと、この話、持ち帰るぞ。さすがに儂だけでは、判断ができん」
「ああ、もちろんだ。仲間と話し合ってくれ。そのうえで、いい返事を期待している」
「そんなもの、保証できるか。とにかく、しばし待てい」
そう言って腰を上げると、無明はさっさと行ってしまった。
すると周りで話を聞いていた連中が、ザワザワと騒ぎはじめる。
「噂には聞いておったが、本当に孫策さまは人をたらしこむのがうまいのう」
「そうなんですよ、いつの間にか、話に引きこまれてるんですよね」
「そのくせ、腹の中では悪いことも考えてるし、油断ならないです」
「いやいや、それでこそ安心して仕えられるというものです。それでいいのですよ、孫策さまは」
え~、なぜか褒められている気がしない件について。
ちゃんと交渉をまとめたのに、なんでディスられにゃいかんのだ。
しかしまあ、皆の言ってることも間違ってはいない。
今回は山越に大きく譲歩する形だが、安全保障を強化するため、いずれ彼らを絡め取る気満々だからだ。
最初は徐々に始め、いずれは血縁や約定でがんじがらめにするつもりだ。
そうでもしなければ、怖くてやってられない。
もっとも、たとえ異民族といえど、敬意を持って接したいとは思っているがな。