25.荊州で人材探し
建安5年(200年)8月 荊州 南郡 襄陽
襄陽で劉表を攻めていたら、内輪もめで敵が自滅してくれた。
おかげでわりと少ない損害と期間で、襄陽を落とすことができて、ラッキーである。
これによって南郡各地の勢力も恭順してきたので、南陽郡を除く荊州の大部分を制したことになる。
ちなみに南陽郡は張繍が曹操に降伏したので、おおむね曹操の勢力範囲だ。
周瑜が唱える”天下2分の計”では、襄陽さえ押さえておけばいいので、南陽郡は放置の方向である。
さて、そうはいっても荊州の大部分を支配するためには、大量の人材が必要になってくる。
そこでまずは劉表の配下に対し、大々的に募集を掛けたのだが、採用は順調だった。
なにしろ文官のトップである蒯良、蒯越、韓嵩、劉先らが、進んで恭順してくれたのだ。
これによってほとんどの役人が安心したらしく、襄陽の行政府は急速に機能を回復している。
これは俺が漢王朝に任命された、正式な将軍であるのも大きいだろう。
討逆将軍なんてのは、下っ端の雑号将軍でしかないが、それでも権威はあるのだ。
官軍に属するというのは安心感が大きいのもあってか、荊州の治安は着々と向上していた。
そんなある日、韓嵩が俺を訪ねてきた。
「おお、韓嵩どの。荊州の治安状況はどうかな?」
「はい、孫将軍のご威光よろしきを得て、順調に回復しております。これも将軍の人徳の賜物でありましょう」
「フハハ、韓嵩どのにそう言われると、悪い気はしないな。して、今日は話があるとのことだが、いかようなことかな?」
そう言って韓嵩の前に座ると、彼は居住まいを正した。
「はい、今日は将軍に、お聞きしたいことがあって参りました」
「ふむ、それはなんだろうか?」
「ここ数日の為さりようを見ていると、少々違和感を覚えるのです。なんというか、民を慰撫するのに、想像以上に心を砕いておられるご様子。もちろんそれは民にとって良きことでしょうが、漢朝の臣としては、いささか不安を覚えます」
「ほう、どのように不安を覚えるのだ?」
「……まるで将軍が、新たな国を作ろうとしているのではないか、と」
そう言って彼は、俺の様子をうかがい見る。
さすがは韓嵩、俺の狙いに気がついていたか。
俺はそれに対し、堂々と笑ってみせた。
「ハハハッ、韓嵩どのからはそう見えるか……うむ、そのような考えが全くないわけではないな。しかしそれがどうしたと言うのだ? どうせ劉表も、同じようなことを考えていたのであろう?」
「……それは否定できませんな。しかしそれが臣らを、不安にさせておりました」
「不安、か……たしかに今まで頼りにしていた漢王朝を離れるとなれば、不安になる者もおろう。しかしな、韓嵩」
「はい、なんでございましょう?」
「残念ながら今の漢朝は、抜け殻に等しい。曹操がその威信を使って、必死に取り繕おうとしているが、決して元には戻らぬであろう」
「……本当にそうでしょうか?」
「ああ、間違いない。それを知っていながら、その幻にすがっていると、いずれ足元をすくわれるぞ。だからな、俺は生き残るための基盤を造りたいのだ。この長江流域にな」
それを聞いた韓嵩は、しばし瞑目してから、ため息をついた。
「はぁ……たしかに孫策さまの言うとおりかもしれません。そしてそこから生き残るための方策も、必要なことなのでしょう」
「分かってくれるか。いずれにしろ中原では、しばし曹操と袁紹のぶつかり合いが、繰り広げられるだろう。その間に俺は江南の統治を盤石にして、いずれは益州や交州も取りたいと思っている。そうなれば中原で勝ち残った者にも、対抗できるとは思わんか?」
「おおせのとおりだと存じます……それにしても、この中華の南半分を制すると思うと、年甲斐もなく血が騒ぎますな」
「フハハッ、そうか、血が騒ぐか。ならば俺と一緒に、戦ってみてはどうだ?」
すると韓嵩は腰を折り、臣下の礼を取った。
「この韓嵩、孫策さまに忠誠を誓いまする。ぜひあなたさまの夢を、お手伝いさせてくださいませ」
「うむ、歓迎するぞ。韓嵩」
こうして俺は、荊州でも頼りがいのある能吏を手に入れた。
たぶん、張昭みたいにうるさいことを言うのだろうが、彼の協力は絶対に必要だ。
俺は荊州の統治に、新たな手応えを感じていた。
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建安5年(200年) 8月 荊州 南郡 襄陽
ハロー、エブリバディ。
孫策クンだよ。
荊州の文官については、だいぶ目処がついてきたので、今度は武官の募集だ。
俺はその相談相手として、黄忠を呼びだした。
「お呼びと聞きましたが、孫策さま」
「おお、忙しいところ、悪いな。まあ、そこに座ってくれ」
おとなしく椅子に座る黄忠に、俺は相談を持ちかける。
「実はこの荊州でも、見どころのある武官を取り立てたいと思っている。誰か良い武将を、知っておらんか?」
「ほほう、見どころのある武官ですか。それは身分や名声は問わない、ということでよいですな?」
「もちろんだ。うちには自慢するほどの名声や歴史もないからな。実力があれば、積極的に雇うぞ」
「それはけっこう。そうとなれば…………」
黄忠は白いアゴヒゲをしごきながら、しばし考える。
やがて顔を輝かせながら、2人の名を告げた。
「この襄陽には、魏延という豪傑がおります。さらに夏口城にも、甘寧という男がおりまして、これもかなり強い。どちらも家格や名声が低いため、出世が遅れておりました。彼らを取り立てれば、大いに武力が高まりましょう」
「おお、魏延に甘寧か。すぐに探してみよう。感謝するぞ、黄忠」
「なんのなんの。実力のある者を取り立てるのであれば、儂も大歓迎ですわい」
黄忠、グレートジョブ!
まさにその言葉を待っていたのだ。
元々、魏延や甘寧が荊州にいるのは、前世知識で知っていた。
しかし彼らはこの頃、ほとんど無名のはずで、それをピンポイントで指名したら、なんで知ってるんだって話になりかねない。
そこで黄忠に相談してみたんだが、望みどおりの答えを返してくれた。
おそらく、みんな似たような境遇で、腐ってたんだろうな。
元の主君である劉表は皇族に準じる血統で、そういう家格とか名声にこだわるからだ。
だから名家出身の蔡瑁みたいな奴が、荊州の軍閥を牛耳っていたわけだ。
まあ、この時代、どこも似たようなもんだけどな。
そういえばこの荊州には、龐統や諸葛亮、徐庶がいたはずだ。
たしか彼らは、司馬徽の教えを受けているんじゃなかったかな。
「そういえばこの荊州には司馬徽どのという、人物鑑定の大家がいるのではなかったか?」
「司馬徽どの、ですか。たしかにおりますが、あまり役には立たんと思いますぞ。人物鑑定といっても、うわっつらの話ですからな」
「まあ、そうかもしれんな。だが優秀な文官なら、紹介してもらえるかもしれない。一度、会ってみよう」
「……文官ならまあ、可能性がありますな」
その後、黄忠の助言どおり、魏延と甘寧を親衛隊に取り立てた。
ここで適性を見て、いずれは部隊を任せようと思っている。
これで我が軍団の武力も、さらに向上するだろう。
それから夏口城で捕らえた黄祖も、この時期に勧誘してみた。
そしたら以前、ほめ殺しにしておいたのが効いたのか、ふたつ返事で仕官してくれた。
最初から忠誠心が高くて、バリバリと働いてくれている。
うむ、ひと芝居うった甲斐があったというものだな。
さて、次は司馬徽に会いにいこう。
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建安5年(200年)8月 荊州 南郡 襄陽
俺は司馬徽と龐徳公に連絡を取り、じかに会いにいった。
龐 徳公ってのは、やはり人物鑑定の大家で、司馬徽の上司みたいな人だ。
ちなみに龐統の叔父でもあるらしい。
司馬徽だけに会うのも変なので、2人に面会を申しこんだら、彼らはていねいに俺を出迎えてくれた。
俺が将軍であるというだけでなく、いろいろと興味を持ってる感じである。
「はじめまして、龐徳公どの、司馬徽どの。孫策 伯符と申します。今回は時間を作っていただき、感謝いたします」
「なんのなんの。我らも江東の小覇王に会えるのを、楽しみにしておりました。今日はいろいろとお話を聞かせてくだされ」
「しかりしかり。孫策どのは噂のとおり、精悍な若者でありますな」
「これは過分な評価。いささか緊張しますな」
その後はダラダラと、退屈な話につき合わされたが、俺の印象は悪くないようだった。
俺みたいな下層階級は相手にされないかとも思ったが、想像以上にていねいに接してくれる。
まあ、今の襄陽の支配者は俺なのだから、それも当然かもしれないが。
やがて俺は、人材の話を彼らに持ち出した。
「――というような状況で、人材不足に悩んでおります。もし有能な人材が野に埋もれておりましたら、ご紹介いただけませんか?」
「ほう、やはりのう。揚州と荊州の大半を統治するのは、大変なことじゃろうからな。そうじゃな……」
しばし考えた司馬徽が、数人の名前を挙げてくいく。
そしてその中にはもちろん、龐統や諸葛亮、徐庶の名前もあった。
さらには有名な馬良と、馬謖の名前まである。
これは大収穫かもしれない。
俺は司馬徽らにていねいに礼を言うと、自宅へ帰った。
そして司馬徽に教えてもらった名前を書き出し、彼らを探して仕官を勧めるよう、部下に命じる。
すると半月もしないうちに、数名の文官が仕官してきた。
その中には馬良、馬謖の名前があり、そして龐統と徐庶の姿もあったのだ。
やったね、策ちゃん、有能な人材ゲットだ!
俺はまず、馬良と馬謖を韓嵩に預け、幹部候補として育ててもらうよう手配した。
そして龐統と徐庶は俺の側近として取り立て、陸遜と一緒に仕事をしてもらう。
いずれ彼らには、軍師や将軍として働いてもらうことになるだろう。
史実では蜀に仕えるはずの俊英たちが、こんなにゲットできるなんて、実に感慨ぶかい。
ちなみに龐統なんかは、史実で周瑜に仕えてたのに、彼の死後に劉備陣営に乗り換えられちゃうんだよな。
彼みたいな人材に見限られないよう、俺もがんばらねば。
その一方で、諸葛亮だけは仕官を断ってきた。
どうも彼の叔父の死に、俺が曲阿から追い出した劉繇が関わったため、間接的に恨まれてるようだ。
軍政家としての諸葛亮には、捨てがたい能力があるのだが、こうなっては仕方ない。
俺は諸葛亮の採用は諦めつつも、彼に監視をつけた。
もちろん劉備との接触を阻止するためだ。
さらに俺は劉備一味の人相書きを取り寄せ、荊州と揚州の要所に配った。
なにしろ彼らは曹操(漢王朝)に背いた逆賊なので、おおっぴらに手配できる。
もしも俺の支配領域に入ってきたら、問答無用で捕縛してやろうじゃないか。
劉備と諸葛亮を会わせたりしたら、何が起こるか分からないからな。
俺の未来を勝ち取るために、2人の出会いは絶対に阻止させてもらう。
フハハッ、誘えば誰でも、仕官してくるとは限らないのだあ。
でも実際問題、諸葛亮は叔父の死に関係した袁術と劉表を、恨んでたって話がありまして、劉表のお膝元にいながら仕官してませんでした。
それが本当なら、袁術の手下であり、しかも劉繇を追い出した孫策のことも、絶対に恨んでるはずで、普通に採用できる方がおかしいと思うんです。
まあ、先のことは分かりませんけどね~。