16.周瑜、帰還する
建安2年(197年)11月 会稽郡 山陰
会稽郡の反乱を、バシバシ鎮圧していたら、とある訪問者があった。
「厳白虎の使者だって?」
「はい。ぜひ孫策さまに会わせてくれって、言ってるっす」
「ふむ……わざわざ敵陣に乗りこんできたんだ。話くらいは聞いてやるか」
「マジっすか? まあ、孫策さまがいいんなら、いいっすけど。それじゃあ、ここに通すっすよ」
「ああ、頼む」
しばらく待っていると、呂範に案内され、40がらみの男が現れた。
それなりに小ぎれいな鎧を身に着けていることから、身分は高そうだ。
男は俺の前に立つと、慇懃無礼なあいさつをしてくる。
「面会を許してもらい、感謝する。俺は厳白虎の弟で、厳輿と申す者。今回は貴殿との和平について、交渉に来た」
「ほう、厳白虎の弟か。しかし俺は和平など求めていない。降伏の話なら聞くが」
「まあ、そう言わずに、話を聞いてくれい。我々が互いに争うのは、天下の損失。じっくりと話し合えば、より良いやり方も思いつくであろう」
まるで自分が賢者か何かになったような顔で、話しかけてくる。
しかし奴は、根本的に勘違いをしているのだ。
俺はおもむろに椅子から立ち上がると、厳輿の前に進み出た。
そして奴の目を見ながら、持っていた剣を抜き放ち、厳輿のすぐ横に振り下ろした。
剣が床石に当たって、騒々しい音を立てると、厳輿がビクリと体を震わせる。
「フッ、すまんすまん。あんたは、ひどくすばしこいと聞いてたものでな。つい試してしまった」
「……そ、そういうことか。あまり悪ふざけはよしてもらいたい。まあ、俺のすばやさが知れ渡っているってのは、悪い気はしないがな」
そう言って厳輿は、汗をぬぐいながら、1歩下がる。
その瞬間、俺の右手がひらめいて、厳輿に手戟を投げつけた。
それは狙い過たず、奴の頭をかち割り、絶命させた。
「ぐはっ!」
「ええっ、何してんすか? 孫策さま!」
「あわてるな。勘違い野郎が忍びこんできたから、成敗しただけだ。片づけてくれ」
「ちょ、マジすか? ええっ!」
うろたえる呂範たちに、厳輿の死体を片づけるよう指示すると、俺は机に戻って仕事を続けた。
まったく動じていないように仕事をする俺を見て、兵士たちが感嘆の目を向けてくる。
だが俺の中ではけっこう、いっぱいいっぱいだった。
実はこのイベント、歴史書にも残っているものだ。
正確には参考文献扱いされてる話だが、やはり実際にあったのだろう。
そこで俺はいかにもそれらしく始末したわけだが、現代人の中身にはちとキツイ行動だった。
しかし俺のやったことは、実はさほど間違っていない。
そもそも厳白虎と厳輿の野郎は、大きな勘違いをしているのだ。
つい数ヶ月前の俺ならいざ知らず、今の俺はれっきとした漢朝の将軍だ。
それを厳白虎は、自分と同じようなただの軍閥だと思い、和平を申し入れてきた。
もうアホかと、バカかと。
軍事力も権威も上の相手が、素直に応じるわけがないだろうに。
逆に俺が中途半端に応じてしまえば、周囲になめられるだけだ。
下手すると孫策には何か弱みがあるんだとか、反乱分子を裏で操ってるのは奴だ、みたいなことを言われかねない。
つまり後々のことも考えると、厳白虎には降伏を迫るしかないのだ。
そのうえで素直に応じれば、命ぐらいは助けてやれるかもしれない。
そんな話を聞かせたうえで、呂範には改めて厳白虎の討伐を指示した。
奴は一応、納得し、”それもそうっすね~”とかいって出ていった。
本当に分かってるんだろうか。
しかしその後しばらくすると、厳白虎一味は討伐され、親玉は山へ逃げたとの報告があった。
たしか奴は許劭の所へ逃げるはずだが、俺はあえて追わせなかった。
先祖伝来の地盤を失ってまで、また台頭できる相手だとは思えないからだ。
逆に討伐戦において、やはり許貢が死んじまった。
これを恨みに思った食客が、いずれ俺をつけ狙うことになるのだろう。
そこで俺は10人ほどの親衛隊を組織し、常にそばへ置くこととした。
これについては言い訳の必要もなく、周りにもすんなりと受け入れられたものだ。
ていうか、張紘と張昭なんか、大喜びしてたな。
”孫策さまも、将軍としての自覚が芽生えたようだ” とか言ってな。
そんな形で、会稽の反乱鎮圧は着々と進行していった。
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建安3年(198年)1月 丹陽郡 秣稜
ハッピーニューイヤー、エブリバディ。
孫策クンだよ。
会稽の制圧が順調だったので、秣稜へ戻ってきたら、懐かしい顔に出迎えられた。
「やあ、孫策。うまくやっているようだね」
「うむ、活躍は聞いておるぞ」
「周瑜! 叔父上!」
袁術の下にいた周瑜と呉景が、帰ってきていたのだ。
彼らは昨年末には任務地を抜け出し、この秣稜で待っていたそうだ。
そしてそこにはもう1人、顔を真っ赤にして俺を非難する男もいた。
「孫策! この野郎、あくどい真似しやがって。一発、殴らせろ!」
「ハハハ、元気そうだな、孫賁」
「ふざけんな、てめえ。俺がどんな思いで抜け出してきたのか、分かってんのか?」
「もちろんさ。だけどあんたは、孫家を選んでくれたんだろ」
「くそ、ちくしょうが……そうだよ、俺は嫁や子供よりも、こっちを選んだんだよ」
そう言って孫賁が、目に涙を浮かべている。
何しろ彼は、この中では袁術の一番のお気に入りで、九江郡の太守を任されていた。
それはつまり袁術のお膝元で仕事をするわけであり、監視の目も厳しかっただろう。
さらに彼の妻と子供は、袁術に人質に取られていて、一緒に逃げることは不可能だった。
つまり妻子を捨ててでも舞い戻った自分と、そうなるよう仕向けた俺に、彼は憤っているのだ。
ここで俺は、サプライズをぶちまける。
「実は魯粛に頼んで、孫賁の妻子を逃がすよう、手配してあるんだ。魯粛、そっちはどうなってる?」
「手の者が孫賁どのとは別経路で、ご家族をお連れする予定です。しばらくすれば着くでしょう」
魯粛の話を聞いて、孫賁がポカンと口を開ける。
彼はしばしアウアウ言っていたが、やがて大声で怒りだした。
「孫策ぅ! 嫁たちを逃がすんだったら、最初から伝えとけよっ!」
「何いってんだ。そんなことしたら、袁術に勘づかれたかもしれないだろ? みんなを逃がすには、こうするしかなかったんだよ」
「ふざけんなっ! やっぱり一発なぐらせろぉ!」
本当に孫賁が殴りかかってきたので、親衛隊が取り押さえた。
それでも暴れようとする孫賁を連れ去り、ようやくその場が静かになる。
「フウッ、孫賁のやつ、マジギレしやがって」
「フフフ、それは君も悪いんじゃないかい」
「そうは言ったってなぁ、下手にあいつに接触してバレたら、元も子もないだろ? それに嫁さん逃がすのだって、失敗するかもしれなかったんだし」
「ふむ、まあ、そうかもね」
史実では孫賁は1人で逃げたので、妻子は処刑されてるはずだ。
今回は魯粛という切れ者がいて、うまいこと妻子の逃亡を手配できただけなのだ。
本来なら孫賁は、泣いて感謝するべきだと思うのは、俺だけだろうか?
「それよりも孫策。彼を紹介してくれないかい?」
「ああ、そうだな。彼が魯粛だ。こっちは親友の周瑜と、叔父の呉景どのだ」
周瑜にせがまれて魯粛を紹介すれば、周瑜と呉景があいさつをする。
「はじめまして、周瑜です。魯粛どののお噂はかねがね」
「呉景だ。甥が世話になっているようだな」
「これはごていねいに。魯粛です。周瑜どのと呉景どののご高名は、私もうかがっておりますぞ」
そう言って笑い合う3人の雰囲気は、悪くなさそうだった。
本来なら周瑜が魯粛をスカウトしてくるはずだったのを、俺が先取りした形になっている。
しかし両雄相通ずるものがあるのか、早くも打ち解けているようだ。
もしも俺が史実よりも長生きできれば、周瑜と魯粛が覇業の両輪になるだろう。
彼らには今後も、友好関係を維持して欲しいものだ。
さて、主要人物が揃ったところで、今後の戦略を確認しようかね。