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幕間: 士は己を知る者のために

魯粛、陸遜から見た孫策のお話。

興平2年(195年)11月 呉郡 曲阿


【魯粛】


 孫策さまから、新たな仕事をもらった。

 彼は私に、孫軍団の諜報網を構築しろと言うのだ。

 それも周瑜どのが構築した名家めいかの情報網に加え、商人の情報網を活用しろという。


 これは言うのはたやすいが、成すのは非常に難しいことだ。

 しかしこれが成れば、まちがいなく我が軍の強みになるだろう。

 あのお歳で情報の重要性を理解しているとは、末恐ろしいお方である。


 そもそも孫策さまとは、出会いからして異様であった。

 私が田舎でなんら名声を得られず、くすぶっているところへ、ふいに彼が訪ねてきたのだ。

 彼は江都で噂を聞いたというが、私の評判が江都に届いているはずもない。


 仮に届いていたとしても、それはかんばしいものではないだろう。

 ”魯家の放蕩息子”、”戦狂いの田舎者”。

 おそらく、そんなところか。


 しかし孫策さまは、私を馬鹿にする素振りを一切見せなかった。

 それどころか、まるで高名な賢人にでも接するかのように、私にあいさつをしてきたのだ。

 そして彼は亡き父親の夢を語り、自身もそれを目指したいと言った。

 江東に地盤を築き、天下に向けて覇を唱えたいのだと。


 なんと、なんとうらやましく、まぶしい生き様であろうか。

 叶うならば私も、そのような夢に生きてみたい。

 全身全霊をもって、そのような大事に当たりたいと、心の底から思った。


 結果、私はよく考えもせず、彼の夢に協力させて欲しいと、願い出ていたのだ。

 我ながら、まるで子供のようだと思うが、あの時の決断に悔いはない。


 なぜなら彼との約束を取り付けた後、周辺の景色が一変したからだ。

 それまで大した目的もなく生き、灰色のようだった世界に光が差し、きらびやかな色彩が生まれた。

 おお、世界はなんと驚きに満ちていたのだろうか。


 こうして私は人生に目的を見出し、家業の水運業にも参加するようになった。

 それはひどく母親を喜ばせたが、まさかそれが戦争に参加するためのものだとは、思ってもいなかったろう。

 母よ、親不孝な私を許してほしい。


 その後、私は従順に家業を手伝いながら、人脈を広げ、情報を集めた。

 中原では相も変わらず、愚か者どもが争っているらしい。

 漢王朝という、なかば壊れかけた器を守る者と、それを壊そうとする者。


 それらが入り混じって、争い合っているのだ。

 いかに広大で豊かな中原であろうとも、それでもつはずがない。

 この国にはそれらを統制する、絶対的な存在が必要なのだ。


 今までは漢王朝がそれを担ってきたが、もう先は長くないであろう。

 別に今までも、易姓えきせい革命という名目で、その器は替わってきたのだ。

 漢王朝にしがみつく必要性なぞ、あるはずもない。


 しかしこの広大な中華を一手にまとめ上げるというのは、想像を絶する難事業である。

 はたしてそれが、孫策さまに可能であろうか?

 いや、そんなことは問題でないのか。


 まずは江東に覇を唱え、荊州まで支配下に置ければ、その目は見えてくるだろう。

 それからのことは、その時に考えればよい。

 そのためにも諜報網を確立し、中原の情報も集めるべきだ。


 やることは山積みだが、心は沸き立っている。

 何よりも私が欲していたものを、与えてくれた孫策さまに、この命を預けよう。

 その昔に、”士は己を知る者のために死す” と言った刺客も、このような気分であったのかもしれんな。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


【陸遜】


 孫策さまは、不思議なお方だ。

 最初の出会いは、廬江だった。

 ふいに周瑜さまが私を訪ねてきて、叔父の陸康りくこうを説得して欲しいと言われたのだ。


 揚州でも有数の名家である周瑜さまのことは、よく知っていた。

 しかし孫策さまなんてほとんど知らなかったし、その人が私を呼んでいるなんて、びっくりだ。

 一応、私も陸家の一員として、それなりに優秀な自負はあったが、当時の私はまだ12歳。

 それがなんの面識もない人から必要とされるとは、夢にも思っていなかったからだ。


 聞けば、叔父は廬江のじょ県で、孫策さまの軍勢に囲まれているという。

 それを甥の私に説得しろとは、なんと厚かましいのかと、最初は呆れたものだ。

 しかし周瑜さまは、根気強く私に説いた。


”今のままではいずれ、孫策は城を落とし、陸康どのの首を取らねばならなくなる。しかしそれは江東にとって大きな損失であり、可能であれば避けたいものだ。孫策は何よりも、陸家のような名族と対立したくないと考えている。私たちは同じ、江東の民だからね。仲間同士でいがみあっていれば、外部の勢力につけ込まれる。もし君が陸康どのを説得してくれれば、そんなこともなくなるのだが、どうだろうか?”


 最初、何を言っているのか、理解できなかった。

 たとえ江東人同士であっても、人は争い、奪い合うものだ。

 みんなで仲良くできるに越したことはないが、そんなものは夢物語であろう。

 私がそう言えば、周瑜さまは遠くを見るような目で、夢を語った。


”たしかにそうかもしれないが、最初から諦めていては何もできないよ。私と孫策は、この地に独立した勢力を築きたいと思っているんだ。江東人のためのね”


 その時、周瑜さまにそんな目をさせる孫策さまに、興味が湧いた。

 あの周瑜さまにここまでさせるなんて、どれほど魅力的な人なのだろうか、と。

 そこで私は、叔父を助けるという名目で、舒県へ向かうことにした。

 そしてそこで孫策さまに出会い、大きな衝撃を受けたのだ。


「り、陸遜です。はじめまして」

「ああ、はじめまして。俺が孫策だ。よく来てくれたな」


 孫策さまはまだお若く、その風貌ふうぼうは涼やかなものだ。

 しかしその眼差しには落ち着きがあり、歴戦の将たる風格があった。

 それでいて彼は私のことを侮らず、一人前の男として扱ってくれたのだ。


 いつの間にか私は、叔父を助けることよりも、孫策さまの期待に応えたいと思うようになっていた。

 陸家の男としては、あるまじきことであっただろう。

 しかし結果的に私は、叔父の説得に成功し、孫策さまの夢に貢献することができた。

 そしてその後、改めて彼の夢について訊いてみたのだ。


「独立政権とかそんなこと、本当にできると思ってるんですか?」

「さあな、それはやってみなけりゃ分からねえさ。だけどな、できないできないって言ってたら、何も始まらないだろ?」

「そう、かもしれませんね…………もし、もし私が望めば、その企てに加えてもらうことは、できますか?」

「もちろんだ。今回は世話になったし、陸遜は有望そうだからな。今すぐは無理だが、いずれ参加してもらえると嬉しい」

「はいっ、よろしくお願いします」


 孫策さまに認めてもらえたことが、何よりも嬉しくて、思わずうなずいていた。

 なんと人をその気にさせるのが、うまい人なのであろうか。

 しかし史記にいわく、”士は己を知る者のために死す”とある。

 この私を、誰よりも高く評価してくれる人のためになら、命を懸けることもありではないだろうか。

”士は己を知る者のために死す”

史記 刺客列伝に出てくる言葉です。

けっこう好きなので使ってみました。

史実の孫策も魅力的で、多くの人をひきつけたらしいので、ピッタリかな、と。

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新作始めました。

それゆけ、孫堅クン! ~ちょい悪オヤジの三国志改変譚~

今度は孫堅パパに現代人が転生して、新たな歴史を作るお話です。

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