11.太史慈との遭遇
興平2年(195年)9月 丹陽郡 秣陵城
俺たちは味方の体勢を立て直しながら、敵の情勢をうかがっていた。
すでに丹陽郡からは劉繇の勢力を叩き出し、その本拠である曲阿に向けて、しきりに偵察兵を放っている。
そしてある日、俺の気分転換も兼ねて、偵察に同行していたら、ふいに襲撃を受けた。
「ッ! 何者だ?!」
「俺の名は太史慈 子義! そちらは名のある武将と見た。尋常に勝負!」
いきなり屈強な男が斬りかかってきたと思ったら、太史慈だった。
彼は今でこそ劉繇に仕えているが、後に孫策に忠誠を誓うことになる勇将である。
武術に優れ、特に弓の腕前は相当なものだったはずだ。
たしか、年はおれより9つほど上だったか。
そんな太史慈に襲われたのだが、これも史実どおりの出来事だ。
俺はこれを知っていたがゆえに、わざわざ偵察に出かけたのである。
でなけりゃ10人ちょっとの部隊だけで、敵陣近くにまで行くかって~の。
おかげで太史慈に会えたのはいいが、まずはこの場を切り抜けねばならない。
「貴殿が太史慈か。俺の名は孫策 伯符。その勝負、受けた」
「おう、貴殿が孫策どのであったか。その覚悟、お見事」
そう言いながら、太史慈が馬を走らせ、斬りかかってくる。
俺はそれを剣で受け流しながら、すりぬけた。
太史慈の剣戟はすばやく、とても重い。
ちょっとでも気を抜いたら、やられそうだ。
それから何合か切り結んだ末に、俺は太史慈の馬に斬りつけると同時に、彼の背中から手戟を奪い取った。
すると太史慈も負けじと、俺の兜をはね飛ばし、しばしにらみ合う。
互いに殺気満々でにらみ合っていると、やがて周囲に散っていた仲間が駆けつけてくる。
「若~っ、何事ですか?!」
「おのれ曲者! 俺が相手だ!」
黄蓋と韓当が顔色を変えて馬を走らせてくるのを見て、太史慈は舌打ちをする。
「チッ、ここまでか。この勝負、預けるぞ。またいずれ」
「ああ、また会おう」
太史慈は器用に近くの馬を捕まえると、一目散に逃げていった。
どうやら史実のとおり、上手くやれたらしい。
これで次に会う時は、味方になってくれるといいのだが。
この後、城に戻ったら、少人数で外に出たことを、張昭にめっちゃ怒られた。
太史慈を味方にするためには、仕方なかったんや~。
クスン。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
興平2年(195年)10月 呉郡 曲阿
ハロー、エブリバディ。
孫策クンだよ。
太史慈との一騎打ちというイベントをこなしつつ、味方の体勢が整うと、いよいよ曲阿へ向けて進軍を開始した。
その数は7千人を超えるのに対し、劉繇の方はすでにめぼしい軍団は残っていない。
おかげで劉繇はさっさと逃げ出してしまい、大した抵抗もなく曲阿へ入ることができた。
「劉繇の行方は?」
「とりあえず丹徒へ逃れたようだけど、すぐにどこかへ落ち延びるだろうね」
丹徒ってのは曲阿のすぐ北にある都市で、長江の南岸に接している。
おそらく船を使って、どこかへ逃げるのだろう。
しかし数万もの軍勢を有しながら、俺に敗退したのだ。
その権威は深く傷つき、復活は難しいのではなかろうか。
もちろん油断はしないが。
「そうか。それなら奴は放っておいて、江東の制圧に掛かろう」
「フフフ、だけど、いいのかい? 君の役目は劉繇を倒すことだろう? それが終わったからには一度、寿春に戻るべきじゃないかな?」
「何いってんだよ。劉繇を曲阿から追い出しはしたけど、まだまだ残党や反乱分子はゴロゴロしてるんだ。そいつらを片づけないと、安心して寝られやしないぜ」
周瑜がニヤニヤしながら指摘するので、俺もニヤニヤしながら返してやった。
袁術から独立することは、すでに既定事項なので、こんなのはただの茶番でしかない。
すると叔父の呉景が、遠慮がちに訊ねてきた。
「俺たちは袁術さまから、寿春へ戻るよう言われているのだが、孫策は戻らないのか?」
「ええ、誰かが報告に戻る必要はあるけど、みんなで戻る必要はないですよね。その辺は、叔父さんと孫賁さんにお願いしたいんですけど」
すると従兄弟の孫賁が、不機嫌そうに問いただす。
「お前、一体なにをやるつもりだ?」
「何って、丹陽の残敵掃討と、呉郡の掌握ですよ。袁術さまからは、俺を呉郡太守にって話もあったからね」
「むう……俺たちを差し置いて太守とは、増長しすぎではないか?」
「もうよせ、孫賁。今回の戦で、孫策はその力を示した。彼にはそれだけの価値があるのだ。しかしな、孫策」
孫賁をなだめつつ、呉景が俺に向き直った。
「あえて訊くが、袁術さまに反抗するつもりでは、ないのだな?」
「ええ、叔父上。袁術さまの後ろ盾なしに、やっていけるはずがないですからね。少なくとも今は」
「今は、か……それではいずれ、叛旗をひるがえすと言ってるようなものだぞ」
「叛旗だなんて、とんでもない。しかし離合集散は世の常。先のことは分かりませんよ。そもそも父上が袁術さまに従ったのだって、ほんの数年前ではありませんか」
「まあ……それはそうなのだが」
言いよどむ呉景の目をのぞき込みながら、俺は声をひそめて告げる。
「仮に袁術さまと、袂を分かつことになったとしても、叔父上や孫賁どのには、我が軍団で重きをなしてもらいたいと思っています。それだけは覚えておいてください」
「……分かった。覚えておこう」
「……」
呉景も孫賁も顔色は良くなかったが、俺の言いたいことは伝わっただろう。
願わくば、俺を選んで欲しいものだ。
ここで周瑜が口を挟んできた。
「私も一度、丹陽へ寄ってから、袁術さまのところへ行くよ」
「あ? なんでだ?」
「実は私のところへも、呼び出しが掛かっていてね。直に話を聞きたいそうだ」
「ほ~ん……ひょっとして、周瑜を召し抱えたいってか?」
「まあ、そんなところだろうね。せいぜい関係を壊さないよう、話をつけておくよ」
「ああ、頼んだ」
周瑜は今回、丹陽太守の代理として、参戦していた。
現在の丹陽太守は彼の叔父の周尚であり、その就任には袁術の意志が働いていると聞く。
つまり袁術は間接的な上司と言えなくもなく、周瑜の働きにも期待していただろう。
そんな中で彼は、縦横無尽に情報を集め回り、参謀としての役割を十分に果たしてくれた。
それを聞いた袁術が、この際に周家の俊英を取りこもうと思っていても、なんの不思議もない。
しかし俺は、彼に対してはなんの心配もしていなかった。
周瑜こそは、真の盟友なのだから。
その信頼関係は、血のつながりよりも濃い。
まさにその交わり、金属を断つがごとくである。
周瑜のためにならば、俺は命を懸けるし、彼もまた同様だろう。
だから今回も彼は、言葉どおりにうまく取り計らってくれるはずだ。
彼が抜けるのは少々痛いが、なんとかなるだろう。
何しろ今の孫軍団には張昭や張紘がいるし、魯粛や陸遜といった軍師キャラも、近々合流する予定だ。
彼らになら、周瑜の代わりも十分務まるはずだ。
さあ、江東を取りに行こう。