1.俺が孫策?
歴史ものは初投稿です。
「……ハッ!」
ふいに意識が覚醒してから、俺はしばし戸惑っていた。
なぜなら俺は見慣れないベッドに寝ており、さらに見慣れない人々に囲まれていたからだ。
「大丈夫ですか? 策」
「はい、大丈夫です、母上」
見知らぬ女性に話しかけられ、”誰やあんた?” と思う一方で、普通に返事を返していた。
えっ、母上?
この人が?
彼女は顔立ちの整った美人さんで、年齢は30前後といったところか。
身に着けている衣服は質素なもので、現代のものでは絶対にない。
なんとなく、昔の中国を描いた映画で、見たような覚えがある。
「うっ!」
「大丈夫ですか?」
そんなことを考えていたら、ふいに膨大な情報が流れこんできて、頭痛をともなう目眩に襲われた。
思わず頭を押さえてうめくと、母上?が俺の背中をさすってくれる。
それが効いたというわけでもないだろうが、数秒ほどで症状は治まった。
「ふうっ、もう大丈夫です。ご心配をおかけしました」
「ああ、よかった。とりあえず水でもお飲みなさい」
「はい、ありがとうございます」
茶碗についでくれた水を飲むと、少し気持ちが落ち着いた。
そして今、俺がどういう状況にあるのかも、ようやく分かってきた。
「あなたが急に倒れた時は、とても驚きましたよ」
「心配をお掛けしました。なにしろ衝撃的なことでしたから」
「ええ、そうですね。あの方が、こんなに早く亡くなるなんて……」
そう言って母上?は、目尻に浮かんだ涙をぬぐう。
俺もそれに合わせて顔をうつむけ、悲しいふりをしていると、気を遣った人々が部屋から去っていった。
それを見送った俺は寝台に横になると、あれこれと考えを巡らせる。
一体全体、どうなってるんだ、これは?
俺が孫策だと?
そして父親の孫堅が、死んだばかりだって?
あまりに突拍子もない話で、誰も信じてくれないと思うが、今の俺は孫策らしい。
えっ、孫策って誰だって?
馬鹿野郎!
三国志で呉の皇帝にまでなった孫権の兄貴だ。
孫権が呉の国を打ち立てる礎を築いた、三国志の英雄の1人なんだぜ。
まあ、早死にしたから、いまいちマイナーだけどな。
しかし俺はよく知っている。
なんてったって中学生の頃にやったゲームで、初めてプレイしたキャラだからな。
その時は三国志をよく知らなかったんで、適当に選んだ覚えがある。
そしたら武力、知力、魅力を兼ね備えた、優れた武将だったんだよな~、これが。
さらに配下には周瑜、程普、黄蓋などといった、優秀な武将がいっぱいいて、わりと楽にゲームを進められたもんだ。
マップによっては厳しい場合もあったけど。
それはさておき、俺が孫策って、どういうことだ?
俺は現代日本で優雅な独身生活を送ってた、平凡なサラリーマンだったったんだぜ。
わりと大手のメーカーだったんで、経済的にも恵まれていたと思う。
まあ、仕事は決して楽ではなかったけどな。
たしか最後の記憶は……
そうだ、携帯ゲーム機で、三国志をやってたような気がする。
もちろん選択キャラは、孫策だ。
だから俺が、孫策に転生したってのか?
訳わからん。
ちなみに俺の状態は、ひとつの身体に意識がふたつ存在するような感じである。
身体の主導権は俺にありつつも、本来の孫策の記憶や感情も残っている。
それなら元の孫策はひどく動揺してそうなもんだが、こちらはおとなしいものである。
これはいわゆる、憑依転生ってやつなのだろうか。
俺もよくネット小説で、そういうのを読んだものだが、自分がそんな状態に陥るとは、夢にも思わなかった。
しかも激動の後漢末期なんて、ハードにもほどがあるだろう。
そんな環境で、生きていけるのかな?
そんなことをつらつら考えているうちに、いつしか眠りについていた。
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初平3年(192年)12月 揚州 廬江郡 舒
グッドモーニング、エブリバディ。
孫策クンだよ。
なんか横になって休んだら、ずいぶんとスッキリしてた。
精神的にも肉体的にも違和感がなくて、まるで魂が肉体に定着したような感覚だ。
転生後に、魂の最適化が進んだ、とでも言うのかな。
おかげで前世のこととか、あまり気にならなくなっていた。
前世の俺の名前は……
まあ、いっか。
とにかく体調が良くなった俺は、寝ころんだまま思考を始める。
まず俺がしなきゃいけないのは、状況確認だ。
そもそも孫策は、なぜぶっ倒れたのか?
それは父親の孫堅が死んだ、と聞かされたからだ。
孫堅はこの頃、袁術の指示で荊州を攻略していた。
袁術ってのは汝南袁家の御曹司で、孫堅のボス的存在ね。
後に皇帝を自称してしまい、周囲に袋叩きにあって死んでゆく、アイツである。
しかしこの時点では群雄として、かなりの力を持っており、南陽郡を拠点としている。
その袁術と荊州の刺史である劉表が敵対したため、孫堅が攻撃を仕掛けたってわけだ。
ちなみに刺史ってのは、知事みたいなもんで、州を統括する責任者ね。
孫堅はまず、劉表の部下の黄祖を蹴散らし、猛然と敵の本拠の襄陽へ攻め寄せた。
ところが単騎で行動してるところを、黄祖の軍に射ち殺されてしまったというのだ。
孫堅 文台、享年37歳、チーン……
何やってんだよ、孫堅。
1軍の将が単独で行動して、討ち取られるだなんてもう。
もっともこれは、いかにも孫堅らしい行動とも言える。
彼は勇猛果敢な将として有名で、良くも悪くもその苛烈な行動によって、強敵を打ち破ってきたからだ。
それが今回は運に恵まれず、とうとうあの世に行っちまったのだ。
そういう意味では、来るべき時が来ただけで、淡々と受け入れるべきなのかもしれない。
もちろん俺の中の孫策は、猛烈に悲しんでいるけどな。
あまりにもショックだったんで、ぶっ倒れちまったのだ。
そして気づいた時には、なぜか俺の精神が入りこんでいた。
そのおかげか、今の孫策は冷静に未来のことを考えはじめている。
これはひょっとして、俺の力で、孫策の未来を変えてみろってことなのかね?
以上、それゆけ孫策クン!の始まりです。
本作は、”もしも孫策が早死にしなければ、どうなったのか?” というifストーリーです。
それは作者としてこうあって欲しいという妄想なので、多少のご都合主義には勘弁を。
内容的には、正史準拠で呉が中心の話になるので、劉備や曹操のファンにはあまり面白くないかもしれません。
さらに戦闘描写も苦手なので、その辺も期待はしないでください。
だけど三国志大好き、孫策の活躍が見たいなんて方は、応援をお願いします。
ちなみに当時の常識では、主君や親でもない限り、策とか堅などの名は直接呼ばず、あざなや役職で呼んだそうです。
孫伯符とか、孫文台などの呼び方ですね。
しかしそれだと、見覚えのないあざなが頻繁に出てきて、分かりにくいこと受け合いです。
そこで本作では分かりやすさを重視して、孫策、孫堅などの姓名呼びを基本とします。
その辺も含め、温かい目で見守っていただければ幸いです。