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とある世界の日常

 「ん……」


  いつものように空を見上げていると今日は空の雰囲気が少し違う気がした。

  晴れやかでいて、でもどことなく寂し気で。

  でも問題ない、今日も世界は平和で退屈な日常だ。


 「あら、涙を流してどうしたのロクス……?」

 「あ、ルーナ様! え、涙ですか……!?」


  月の女神ルーナ様に応対をしながら頬を触ると、僕の瞳からは確かに「ツゥー」と一筋の涙が零れ落ちていた。


 「あれれれ、おかしいな、どうしてだろう…!?」


  慌てふためく僕をみてルーナ様は「うふふ、どうしたのかしら」と微笑んだ。

  恥ずかしくなった僕は話題をそらすようにルーナ様へと話しかける。


 「ねえルーナ様、ルーナ様の過去のお話もっと聞かせてよ!」

 「ふふ、そうねえ、今日はどんなお話をしようかしら……?」

 「そうね、今日はこんな話はどうかしら」


 「むかしむかーし、神殺しと呼ばれる一人の青年がいました……―――」


  うん、僕の世界は今日も平和だ。




 ―――

 ――――――

 ―――――――――




 「ねえ、あなた!」

 「おう、どうしたソフィーナ」

 「どうしたじゃないわよ、もっと子育て手伝ってほしいの!」

 「いーんだよ、子供は多少放置しといたほうが強く育つんだから!」

 「俺の子供なんだからでーじょうぶだ! な、ボウズ!」


  そう言い放ち倅の頭をポンポンと撫でる。

  妻は初めての子育てで毎日神経を張り詰めているようだが、俺にはわかる。

  こいつは俺に似て強い男に育つ。


 「まったくあなたったら……」

 「ガハハハハ」


  妻はいつも最終的に夫である俺を立ててくれる。

  だから俺は今日も安心して仕事に出かけれるのだ。


 「あなたみたいにカイトがガサツに育ったら嫌ですからね」

 「大丈夫だって、こいつは俺なんかより絶対賢く育つから!」


  そういいながら倅の頭を撫で続けていると唐突に俺の瞳からは涙がこぼれだした。


 「あらヤダ、私のせいであなたを傷つけちゃったかしら」

 「いや、いや違う」


  ボロボロと涙をこぼす俺を心配した妻が涙を拭ってくれる。


 「一体どうしたのですか?」

 「いやよぉ、こんな俺が子供を見れるなんて夢みたいで幸せでよぉ……」

 「夢じゃ困りますよ、私だって幸せなんですから」

 「おぅ……」

 「ほらほら、大の男がこんなに泣いてたらカイトに笑われちゃいますよ」

 「ははは、ちげえねえ……」


 「キャッキャッ」

 「あらあら早速笑われてますよ?」

 「おいこらカイト!笑うんじゃねえ!」

  

  俺の家は今日も笑いが絶えない。

  妻と二人だけじゃこんなに楽しい毎日が続いていたのかはわからない。


 (お前の事は俺が絶対守ってやるからな。幸せをありがとよ、カイト)





 ―――

 ――――――

 ――――――――― 





 「お姉ちゃーん」


  芝生の上でのんびり日光浴をしていると村の方から少女の声が聞こえた。

  立ち上がりズボンに付いた草土をパンパンと払い落とす。


 「どうしたのシルフィ」

 「この服どうー?似合う?」


  シルフィに問いかけられ上から下を嘗め回すようにジー――っと観察する。

  麦わら帽子に、ロングワンピースを着飾り、よい具合に風が吹くと、

  そこには儚げで可憐な美少女がいた。


 「んー……似合う似合う」

 「もーお姉ちゃんったら適当ー!」

 「アハハハハ!」


  シルフィはいつも元気いっぱいだ。

  実の妹ではないけれど、まるで本物の姉妹のように私に接してくる。

  姉妹がいたらこんな感じなのだろうなあと思わずにはいられない。


 「大体シルフィさー、そんなオシャレしても見せる相手いないじゃないのー」

 「うるさいなー、私はいつか現れる王子様を待ってるからいいの!」

 「王子様ってそんな年齢じゃないでしょー」

 「もーうるさいなー! とにかく王子様が現れるまで私はオシャレして待ってるんだから!」

 「はいはい」


  実のところ私は姉代わりとして、シルフィの事を少し心配していた。

  村の男には興味を示さないし、村に立ち寄る冒険者にも関心を寄せない。

  ひょっとして百合なのでは……?と思わないこともないではなかったけど、

  試しに理想の男像を描いてもらうと、間違いなく男の子だったので少しホッとした。


 (でもあれ、相当イケメンだぞ? シルフィの理想って高すぎでは……?)


  まあ、私が気にしても仕方のない事なのだが。


 (理想ばかり追ってると私みたいに行き遅れになるぞー……!)


  自分の現状を冷静に分析すると苦笑いがこみ上げる。


 (あー私も燃え上がるような恋がしたかったなー……)


  燃え上がるという言葉に何故だか少し胸がチクリと痛んだ。


 (せめて、シルフィの理想像の弟みたいな子がいればなー、ほら私ってシスコンだし?)


  考えれば考えるほど胸の痛みは増し、過呼吸になりかねないと判断した私は考える事をやめた。


 「そうだシルフィ、久々に崖の上に行ってみない?」

 「いいね、いこー!」


  何故か無性に崖の上に行きたくなった私はシルフィを誘って一緒にいくことにした。

  崖の上には村で亡くなった住人達の無数の墓標が立っており、

  村長曰く、亡くなった村人たちが綺麗な景色を見れるように配慮をしているということらしい。

  そんなことを言うぐらいはあり崖の上から見る風景はかなりの絶景だ。


  細い足で昇っていく傾斜は中々に厳しく、普段から肉体を鍛えておけばよかったなーと思わずにはいられない。

  シルフィとヒーヒー言いながら、こんな斜面を駆け上がっていくのは、ドM以外の何物でもないのかもしれない。


  しばらくしてようやく上り終えると冷やりとした風が頬を撫でていく。

  汗が額にうっすらと浮き上がり、適度に風に冷やされ、とても心地良い。


 「気持ちいいねえ~!」

 「そうねえ」

 「あ、シルフィここに座りましょ」

 「うん」


  適度なところにあった墓標を指指しシルフィを招き寄せる。

  シルフィの手を繋ぎ、誰のかはわからないドでかい墓標の上に腰を下ろす。


 「疲れたねえ」

 「そうだね~」

 「あ、みてみて」


  シルフィに促されて、崖から景色を覗き込むとそこには一面緑で覆われた森があった。

  私達が景色に見惚れていると不意にシルフィが何かに気付いたようだ。


 「ね、ね、あそこだけ森が無くて岩みたいなのが剥き出しになってるー、変なのー」

 「ああ、あれは私が訓練に使ってる狩場よ」

 「狩場……?」

 「そうそう、ここは景色がいいからたまーにここから魔法を使って狩猟してるの」

 「へえー……」


  話をしているうちに狩猟本能が刺激され、シルフィに狩猟のお手本を見せようと私は奮い立つ。

  おあつらえ向きと言わないばかりに、ちょうど狩猟場には1頭のシカがいた。


 「いい、シルフィ? 今あそこの剥き出しの岩場に1頭のシカがいるから見ててね」

 「うん!」


  シルフィが岩肌に視点を固定させたのを確認すると、私は掌に魔力を込める。


 (ここからシルフィに見えるようにするには少し範囲を大きくしないとね、よーし!)


 「ロックプリズン!」


  呪文を唱えると同時に岩肌が大きく移動し、シカを一気に包囲する。


 「すごーい!!」

 「でしょー?」


  普段は誰にもこの場での狩猟訓練を見せないものだから、素直に称賛されるのは少しこそばゆい。


 「ここで私が魔法使ってるからあそこだけ木が生えなくて岩肌が見えちゃうの」

 「なんだーあはは」

 「でもお姉ちゃんの魔法ってすごいねえ、びっくりしちゃった」

 「訓練すればシルフィもいずれ使えるようになるわよ」

 「本当本当ー」

 「もーまた適当にこたえてるー」

 「アハハハハ!」


 「本当はね、ここから見える景色一帯を魔法で覆えるぐらい強くなりたいなーって思ってるの」

 「どうしてー?」

 「うーん、なんでだろうね、本能なのかな……?」

 「あはは、変なのー」

 「……でもさ、私の魔法でそんなことしたら、今のこの綺麗な景色が台無しになっちゃうでしょ?」

 「だからそーんな考えはとっくに捨てたよ、私にはあの小さな岩肌の範囲で十分ですー」

 「そうだねぇ、綺麗だしそれがいいねえ」


  私達が景色に見惚れていると、景色を見るのにも飽きたのか、シルフィはぴょんと墓標から飛び降りる。

  そしてその場でぐるぐる周りはじめ、ある事に気付いたようだ。


 「あっていうか、この座ってた所って墓標じゃないの!?」

 「今更気付いたの……?」


  予想外の発言に些か苦笑いを隠しきれない、本当にこの子はこういう抜けているところがあるのだ。

  だから私がしっかりとこの子を見守っていかなければならないと純粋に思う。


 「ねねね、この墓標の人に謝らなきゃ! ほら姉さんも降りて降りて!」

 「もうーそんなの気にしなくていいんだよーしょうがないなー」


  シルフィに催促されるままピョンっと墓標から飛び降りる。


 「うーん、ここの墓標の方はなんて名前かなー……?」


  墓標の主を探そうと、シルフィが墓標の正面に回りこみ名前を覗き込む。

  この場でシルフィの様子を見ていると急にボロボロと泣きだした。


 「シルフィどしたのー!?」


  慌てて私もシルフィの元へと近寄り、墓標を覗き込む。

  墓標には「カイトここに眠る」と、こう記されていた。


 「カイ……ト……?」


  気付けば私の頬からも大粒の涙が溢れだし、ボタリボタリと墓標を濡らしていた。

  

 「アハハ、私達なんで泣いてるんだろうねー?」

 「わかんないよー……そんなこどぉー……」

 「変なのー……」

 「……カイトさんごめんなさい、ありがとう……」

 「カイトごめんなさい……ありがとう……」


  二人は泣きながら墓標に手を合わせ謝る。

  泣きじゃくる我が妹の肩を抱き寄せ、わけもわからず私も泣きじゃくる。

  私達はとても――泣き虫だ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 気付いたら感情移入で泣いていた 泣かせに来ないでー
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