その名は神殺し
この世界には一人の神がいた。
神と呼ぶには禍々しく、歪で、凶悪な邪神が。
人々は何も疑うことなく、邪神に信仰を捧げ続けた。
邪神もまた、人々の信仰エネルギーを源に力を振るい、
奇跡と呼ぶに相応しい事象で人々を魅せ続けた。
この魔物に塗れた世界で―――。
俺の世界は荒廃し、世の中には魔物がそこかしこに産まれ、今も溢れ続けている。
そんな世界に疑問を抱いた俺は、姉さんと仲間と共に魔物退治の旅に出かけ、
世界の真実を知ってしまった。
人間からの信仰心を目的に、神が魔物を生み、人間を襲わせ、神が魔物を倒し、
人々からの信仰心を自らの糧にしていたのだ。
俺に、姉さん、仲間たちは少なからず魔物たちによって何らかの被害を受けた者ばかりだ。
その事実を知った俺たちは怒り、悲しみ、神―――邪神を討つことを誓った。
力で劣る俺たちは秘術を編み出し、禁術に手を染め、中には人の身体を捨てた者もいた。
それでも人々の信仰を一身に受けた邪神の力は絶大で、俺は戦いの中で大切な者たちを失っていく。
両親を失いながらもたった一人で俺を育てていってくれた姉―――。
俺と共に立ち上がり戦場を駆け回ってくれた幼馴染―――。
子供を宿した妻を安全な地に残し一人散っていった親友―――。
俺を守る為盾となり塵となった戦友―――。
数え切れない様々な仲間の犠牲の上に俺の命は成り立ち、復讐心や邪神からの支配を逃れたい一心で、
俺はとうとう邪神を滅ぼし使命を果たした。
しかしその対価は神殺しという称号―――人々からは侮蔑を込めた呼び名で、そう呼ばれた。
死闘を経て、疲れ果てた俺は故郷への帰路を目指した。
故郷への帰り道、ふらりと立ち寄った教会でシスターとの会話を思い出す。
「あなたは強すぎたの、でも……私たちはあなたほど強くないの」
「神を倒すには遅すぎたの何もかも……」
そう、俺たちは遅すぎたのだ。
この荒廃した死の世界は、邪神を倒した程度では魔物が消えることはない。
独自に進化を遂げた魔物は、並の冒険者には手を付けられず、街を荒らし、人間を無慈悲に蹂躙する。
邪神を滅ぼしたところで戦火は全世界に広がっていたのだ。
「姉さん、シルフィ、アラン……」
戦いの中散っていった姉、幼馴染、親友の名前をつぶやく。
俺は邪神を滅ぼす中で驚異的な力を身に付けた。それこそ神の奇跡を起こせるほどの力を。
この力を行使すれば、例えば荒廃したこの世界を救うことも可能だろう。
だが俺はしなかった、出来なかった。
人ならざる身で世界を救うほどの力を行使すれば、間違いなく訪れる死を恐れたからだ。
皆の犠牲の上に成り立っている命を投げ出すことなどしたくなかった。
しかし辺りを見当たせば、草の根すら生えないこの世界を。
救える力を持った俺が何もしないのを姉さん達は喜ぶのだろうか―――。
それに実のところ俺の命はそこまで長くない。
邪神の手によって背中に受けた大傷は、如何な霊薬をもってしても癒えることはなく、
確実に俺の身を蝕んでいるからだ。
「救える力があるのに何もしないのは間違っている……か」
貴族の出自である幼馴染のシルフィが良く口にしていた言葉だ。
「高貴なる者の義務とシルフィは言っていたが別に俺は高貴ではないんだがな」
幼馴染の事を思い出すと、ふと口に笑みが浮かぶ。
もうあいつに触れることは出来ない。あの笑顔を見ることも。他愛ない話をすることも。
「いいさシルフィ、俺がこの世界を救うよ」
亡き幼馴染に俺は誓う。この世界を救うと。
「スキルオープン」
システムコマンドを唱えると空中に現在使えるスキルが表示された。
スキルを一番下のカーソルまで表示するとそこにはこんなスキルがある。
―――天地創造
『宇宙の成り立ちを理解したものが扱えるスキル。
この世のあらゆる事象を引き起こす事、または作り変える事が可能である』
これは邪神を討伐した際に得た、いわゆる神スキルだろう。
「人が使用した場合には待つのは死である、と丁寧に書いてあるんだよなあ」
この注意書きのせいで未だに一度もこのスキルを使用したことはないが俺は確信する。
この力を確実に俺の身を破滅させるものだ、と。
そして俺は迷いなく文字をタップし言葉を口にする。
「天地創造」
言葉を唱えた瞬間、この世の全ての情報という塊が脳裏に流れ込んでくるのを感じた。
情報の奔流は即座に脳を破壊するであろう凶悪なものであり、
即座にこの世の理を理解できるものでもあった。
やはり人ならざる身では、この情報量に耐えれるものでは無いなと呑気に思いながらも、
俺は即座に理想の世界を想像《創造》する。
頭に流れ込む数多の情報の中から、今のこの世界に至るまでの不幸の因子、起源を取り除いていく。
無数の選択肢の中から最適な情報を掴み、再構築し、邪神の種を摘み取る。
両親の、姉、シルフィ、戦友、親友の死、全てを再構築。
その過程で俺の情報だけはどうやっても弄ることはできない。
「俺自身を弄るということは膨大な矛盾が起きてしまう為だな」
この世の摂理の一種の保護装置といったところであろうか。
それにスキルの代償、再構築の代償としてどうも俺は再構築した世界にはいられないらしい。
このまま誰の記憶にも残らず、この世界にいた痕跡も残らず消えてしまうらしい。
「俺は皆が幸せならそれでいい……」
情報の奔流から再構築まで時間にして一秒足らず、すべての作業が完了した。
「来世では、平和な世界で、のんびりゆっくり暮らしたいなあ……」
すべてが再構築されたのを見届け、全身の激痛を感じつつ軽口を言葉にする。
混濁する意識の中、意識を保つのも難しくそっと目を閉じた。
空間をゆらりゆらりと漂いながら、まどろみの中、俺の意識は消失した。
「……い、おーい、起きろー」
「ッッッ!!」
「あ、起きた」
聞こえる筈のない声に驚き、ガバッと身を起こすと眼前には可愛らしい金髪の少女が目の前にいた。
「こ、っここは……? 俺は死んだんじゃ……?」
「んー、君はねー、今は僕の意識の前に精神体を連れ出してるの」
「精神体…?」
「そそそ、実はね、君が倒した神って僕たちの第三界の神『ムシュトロン』っていうやつだったの」
「それでね、ムシュトロンは第三界で禁忌を犯して、第三界から追放したんだけど、君たちの世界に迷惑かけちゃったのね」
「僕たちの第三界から『ムシュトロンの討伐を~』って声もあがってたんだけど存外強くてね、結局放置してたんだ」
「そんな事が……」
知らなかったことではあるし出自等も結局分からずじまいではあったが奴は紛れもない『神』だったのだ。
驚愕の事実に俺が驚いていると金髪の少女は髪の毛をくるくると指で弄りながら話を続けていく。
「それでね、第三界ではムシュトロンがこちらに悪影響を及ぼさないのであれば不干渉という結論に至ったのさ!」
「僕はね、ムシュトロンの監視を任されている序列2位のアシュトロン。簡単に言えばムシュトロンと兄妹かな」
「でね、君があの世界でムシュトロンを倒してくれたのに存在すら認識されなくなっちゃったんだけど、それってあまりにも可哀想って思って」
「……それで俺と話したくなって精神体をここに呼んだと……?」
「そそそ!元はといえば私達の不手際なのに君一人だけ犠牲ってあんまりじゃないかなー?と思って呼んだわけよ」
「あなたが望むのなら、この第三界で神として暮らしていくことだって私の権限でしてあげることができる」
「それがね、私が君にできるお礼かなって思って呼んでみたの」
「神か……」
「そそそ、悪い話じゃないでしょ? このままだと君は転生出来ずに死んじゃうし」
「普通の人間じゃまず神に推薦なんてしないんだけど、君の精神体は人間ってレベルじゃないのよね」
「それは何かの間違いじゃないのか……?」
人間じゃないと言われると神殺しと人々から侮蔑された記憶を思い出し、無意識に反論をしてしまう。
「君、お兄様から受けた傷全然治らなかったでしょ? あれって肉体もそうだけど精神体に傷を受けてたの」
「肉体は鍛えることは出来ても、精神は鍛えることがほとんどできないのよねー」
「あれほどのダメージを精神体に受けてて生きてられるってのがまず尋常じゃない証拠!」
「そ、そうなのか……?」
どうりで様々な霊薬が効果をなさなかったのかと、少女の言で納得をしだす。
「だってー、あの一撃受けて死ななくてお兄様おどろいてたでしょー!?」
「た、確かに……」
あの時に傷を負ったとき確かに邪神は驚いていたのを思い出す。
「そんな訳で、僕自信が君のことが気に入ってるし神にならない? ね?」
潤んだ瞳で見つめられ返答に困ったが、俺はキッパリと断ると少女は、は~っと深い溜息をついた。
「わかったよ~しつこい女と思われても嫌だしあきらめるわ~」
「そうしてくれると助かる」
少女は俺の勧誘を諦めたかと思うとクルっと振り返り、部屋のベッドに腰を掛けながら俺に声をかけた。
「じゃあ今から本題言うね!」
今までのが本題じゃなかったのか!?と驚きながらも、突っ込むと話が長引きそうなので黙り聞くことにした。
「君さ、キスってしたことある?」
「な、なんでそんなことを言い出すんだ!?」
あまりの突飛な話題に思わず、素っ頓狂な返事をしてしまう。
いや、だってしたことないんだからこんなこと急に言われたら焦るだろ?
「べっつに~?」
しかし俺の質問には真面目に答える気がないのか口笛を鳴らしながら、
アシュトロンはにやにやしながら俺をみつめてきた。
「し、したことがない悪いか!」
からかわれているであろうことに薄々気付いた俺は正直に打ち明けた。
シルフィの事が好きだった俺は、出来ればシルフィとしたかったが今はかなわぬ夢……。
数瞬の間、室内に沈黙が流れる。
最初に静寂を切ったのはアシュトロンがベッドから飛び降り床に着地した音だった。
そして次の瞬間眼前には、アシュトロンの唇が、俺の唇を塞いだ。
「ッッッ!!!??」
抵抗をするも力強く抱きしめられていた俺は、背後に回された手の拘束を振りほどく事が出来ず、
ムードも何もない形でファーストキスを奪われてしまう。
時間にして数秒が経過したころようやく唇を解放された。
「二ヒヒっ!」
「お、お前……!」
赤面を隠せない俺に対して、アシュトロンは悪戯をしている最中の子供のように無邪気に笑っていた。
「君のファーストキスいただき~!」
「お、お前なあ!」
俺がアシュトロンに反論しようと口を開くと、アシュトロンは俺を遮りこう言った。
「いいじゃないか神殺し、恥じることはないよ。」
「僕は君のこと好きだよ」
「ッ!?」
「今は疲れた体を癒して―――ゆっくりおやすみ」
その言葉を最後に俺の意識は急速に薄れていき、アシュトロンに言いたいことを何一つ言えぬまま、
意識は深いまどろみへと落ちていく。
―――
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―――――――――
『ジリリリリリリ!』
「!?」
俺の意識を覚醒させたのは頭に鳴り響く強烈な音。
目を開け、顔を上げると目覚まし時計が鳴り響いていた。
状況がよく把握できないが兎にも角にも、急いで止めねばと無我夢中で目覚まし時計を止める。
現在の状況がよくわからず、ベッドから起き上がり俺は目を覚ました。
室内を軽く見渡すと、カレンダー、無機質な勉強机、椅子にベッド、鏡、筋肉トレーニングをしているのであろう、
ダンベル等が室内には置いてある。
「見知らぬ部屋……?」
そう思ったが矢先俺の記憶に、ごくわずかの記憶がドバっと流れ込んでくる。
流れ込んできた記憶は自身の出生、名前、家族、友人関係などであった。
記憶には今日が自身の誕生日で、今日から十歳になる記憶も紛れていた。
「一体これはどういうことだ……?」
混乱する頭を整理するため、鏡の前に立ち自身の姿を確認する。
すると前世とは異なる姿が鏡には映し出されていた。
「こ、これは転生というやつか……?」
秘術の書でみたことがある。高位の魔術師などが求めてやまない秘宝の術、転生術。
魔術師の極致と言われており、俺も言葉のみ聞いただけで前例を一切みたことはない。
しかしながらこの体格、容姿を見るに以前とは少し違う雰囲気をにじませているあたり、
若返りの一種などではないと感じられる。
また、頭の中に流れてきた情報とは自身の名前が違うことから考えれば時間を遡った
ということでもないのであろう。そう結論付ける。
しかし何故転生出来たのであろうか、アシュトロンにはあの時このままだと転生も出来ずに死ぬと言われたはずだ。
自身の脳から何かヒントを絞り出すため意識を絞りだしていく。
脳の深い部分に意識を潜らせていくと、俺がアシュトロンと話し意識が欠落した直後の会話を見つけた。
「君さ、僕の力で異世界転生させておいてあげるね」
「いい忘れてたけど僕、転生の女神だから」
「さっきのキスは僕の女神の加護を付与させてあげたんだから、勘違いしないでよね!」
「あとあと、僕だってファーストキスだったんだからね! 恥ずかしかったんだから!」
「意識がなくなった今だから言えるけど、僕は君の事大好きだから、これからは人の為だけじゃなくて自分の為に生きるんだよ」
「…………」
鏡の前に立っていた見た目子供の俺は、今までにないほど赤面をしていた。
こんな事なら記憶を辿るのではなかったと軽く後悔せずにはいられない。
しかし、第二の人生を歩めるなら願ったり叶ったりだ。
「スキルオープン、ステータスオープン」
表示されたステータスとスキルを見て、ニヤッと俺は笑う。
やってやろうじゃないか、俺の第二の人生。
「俺の名は神殺しの―――カイトだ!」