第6話 衝突前夜
ハワイオアフ島 米国太平洋艦隊司令部
フィリピンからの情報によれば
「我砲撃を受ける。敵はフソウ・タイプ。アジア艦隊壊滅、マニラは放棄の上でコレヒドールに撤退。」
既にアジア艦隊は壊滅し、マニラ湾に上陸した敵軍から逃げる為にコレヒドール島の要塞に陸軍は撤退したのである。
重巡洋艦「ヒューストン」以下のアジア艦隊は戦艦多数を含む艦隊との戦闘を避ける為にインドネシア経由で夜間に撤退しようとしたものの「伊吹」率いる第三艦隊第十一戦隊によって捕捉され、軽巡洋艦「マーブルヘッド」と駆逐艦3隻を残して全滅している。
これが「東シナ夜戦」の顛末である。
「我砲撃を受ける。敵はコンゴウ・タイプ」
ウェーク島からは巡洋戦艦数隻から艦砲射撃を受け、上陸間近との電文が、
「我、多数の戦艦より砲撃を受ける。敵は圧倒的だ」
グアムには日本の主力艦隊か到着し、圧倒的火力の艦砲射撃が終わった後は、陸軍の上陸が始まっているとの電文が届いている。
このままではグアムは陥落する。そう言っているような電文であった。
「マッカーサーの野郎、あれだけ大言壮語してこの様かよ!」
不満を述べるのは先日行われたトラック沖海戦において空母任務部隊を指揮していたハルゼー中将である。
彼の率いる部隊は損害こそ多かったものの最終的には損失相応の被害を与えられたと判断された為に指揮官として解任はされなかった。
しかし、『ホーネット』が沈没し『ワスプ』が修理中、『エンタープライズ』の航空隊が半壊の現在、大西洋から派遣中の空母『ヴェスパ』が合流するまで、稼働可能な空母が『ヨークタウン』しか無いので彼が率いるべき部隊がなく、とにかく機嫌が悪かった。
「ビル、そう言ってやるな。フィリピンにはろくな海軍を置いていない、そのためのオレンジ・プランだろう?」
フィリピンの窮状、この状況はアメリカの戦争計画では既に予想されていた事であった。
いかに超大国アメリカといえども太平洋という世界最大の海洋を挟んだ先の植民地を末席とはいえ大国の日本から現地戦力で守り通すのは難しいと。
その為、戦力的優位を引き出すために行われたトラック奇襲であったが、敵に与えた損害と同等の損害を被ってしまった。
ここに至っては旧来のオレンジプランに従って、太平洋艦隊全力を以て決戦を行い太平洋地域における戦力的優位を引き出すしかないというのが現在行われている会議の内容である。
「電文の内容から、日本海軍は第二艦隊の戦力を喪失もしくは一時的に行動不能な状況に置かれていると判断しても良いと思われます。
何故なら戦力的にも旧式で余裕のないフィリピン戦線から巡洋戦艦を引き抜いているからです。」
参謀長が述べる。
「たしかに、重巡洋艦しかないとはいえアジア艦隊に対する優位とコレヒドール要塞の要塞砲群に対抗する為には戦艦が多数必要だ。」
第三任務部隊を率いるゴームレー中将も賛同する。
しかし、第六戦艦群を率いて「ペンシルヴェニア」に座乗するフレッチャー少将は疑問を述べた。
「少々、我々にとってこの情勢は都合が良すぎませんか?まるでフィリピンを人質にアメを並べて我々を待ち受けているようだ」
「だったらどうするんだ。このままフィリピンを見捨てるのか?」
機嫌の悪いハルゼーが余計苛立ったように良い放つ。
彼の中では如何にマッカーサーが気に入らないとはいえフィリピンの友軍を見捨てるという選択肢はないようだ。
「そんな事は誰も言っておりません。仮に日本軍の西カロリン海戦における損害が想像よりも軽かった場合、我々は誘い出されているとも見れると言いたいだけです。」
「ハハハッ卑怯者ジャップの野郎どもにそんな知能があるとは思えんがな!!!」
ハルゼーはフレッチャー少将を小ばかにしたようにいい放つ。
普段から日本人を当然の如く見下している彼にはフレッチャーの考えなど論ずるに値しない。
「それともTF2とパイの野郎がやられたくらいでジャップに怖じ………」
「ビル、そのくらいにしておけ。」
ハルゼーがフレッチャー少将を挑発する寸前で、キンメルが止める。
「この場はバーではない、喧嘩を吹っ掛けるなら後にしろ」
「フレッチャー少将、君の懸念も分かる。しかし西カロリン海戦においての報告は信憑性のあるものだ。故にこの場における判断材料に加えるに値しないのだ。」
「太平洋艦隊は全戦力で出撃、マーシャルを攻略し前進基地とした後にグアムを救援。マリアナ諸島を経由してフィリピンの解放を目指す。これはホワイトハウスからの命令だ。」
「サー」
フレッチャー少将は真顔で了解の意を示す。
「ケッ……」
ハルゼーも不承不承ながら納得する。
ここにおいて太平洋艦隊の大まかな作戦方針が示され、更に詳細な作戦計画が説明されるのであった。
しかし、この期に及んでも帝国海軍の投入戦力は過小評価されるのであった。
それが致命的なミスに繋がるかは神のみぞ知る。
◆◇◆◇◆◇◆◇
大日本帝国領トラック環礁 第一艦隊旗艦『開陽』
トラック環礁には夜の帳が降りていた。
将兵の中には半舷上陸の時間を利用して、トラック環礁の料亭支店や芸者遊びに束の間の安らぎを得る者も居たが、悲しき事にここは前線基地、そのような娯楽ができない人物も居た。
その筆頭が司令長官である山本であった。
「全く、男たちは何を考えているんだか……汚らわしい!!」
自分の生きた世界ではありふれた学生服に同盟国であるナチス・ドイツの親衛隊のような黒軍服を羽織ったツインテールの少女が不機嫌そうに吐き捨てる。
戦艦黒姫の艦霊である芍薬は結構な潔癖症なのでこういった男の下世話な話になると機嫌が悪くなり、同時に黒姫の機関やその他設備関係に悪影響が出る。
こうしたせいか、黒姫の乗組員は帝国海軍で一番規律が良いという噂があるものの・・・・・真偽は定かではない。
「長官、無理せずに休んでほしい……長官が倒れると第一・第二艦隊心配する。」
戦艦開陽の艦霊である白菊は芍薬を「仕方がないな」という表情で見ながらも俺を心配してくれる。この健気さプライスレス。
「でも長官?本当に比島から椿さんと菫さんを引き抜いて大丈夫だったの?」
白菊が将棋盤の局面を見ながら問う。
「ああ大丈夫だ、『要塞』を崩すのに必ずしも『金』や『飛車』だけが有効とは限らないからな。」
将棋盤から一つの駒を拾うと白菊に見せた。
「『歩』……?」
白菊は困惑している
「『歩』……敵陣3段目まで行けば『成る』。則ち、『金』と同じ働きをする。」
「頼んだぞ、艦爆の神様と『80番6号ベトン弾』」