第4話 戦後処理
昭和16年12月 柱島泊池
「ふぅ……」
一人の男が戦闘詳報を読み終えて一息つく
「白菊、なんとか初戦は勝利出来た……だが」
「これを『無敵八八艦隊』と思ってはいけない……」
傍らに居た銀髪に少女が答える。
「ああ、そうだ。八八艦隊とて人間が作り、操るーーー故に完全無欠などない」
男は首肯する
「今回は敵の作戦を読んで敵に対して最も効果的な戦力を投入できた故の勝利だ。もしーーー」
男の表情が曇る
「相手が太平洋艦隊全戦力だったら、」
その時はトラックを棄てて、第二艦隊を内地に戻すしか方法が無かっただろう。
「何はともあれ、ほぼ無傷で勝てただけ僥倖だ」
男の手元にある戦闘詳報には先日行われた海戦の結果が書かれている。
戦果
撃沈 戦艦4隻 甲巡2隻 乙巡2隻 駆逐艦4隻以上
大破 戦艦1隻 甲巡1隻 駆逐艦2隻
中破 戦艦1隻
艦載機 撃墜・撃破100機以上
戦死5000名~6000名
負傷者多数
追記
潜水艦により空母一隻撃沈
第二艦隊損害
旗艦『赤城』中破
甲巡『三隈』大破
駆逐艦『浜潮』『黒雲』『淡雲』沈没
駆逐艦『棚雲』中破
戦死98名
負傷320名
トラック基地損害
一式艦戦 8機
九六式艦戦 18機
小型船舶3隻沈没
その他施設の損害軽微
戦死14名
負傷35名
これだけ見れば素晴らしい戦果である。
しかし……
「まだ足りないな」
男は首を振る
「太平洋艦隊主力はなおも健在……そしてまだおかわりもたくさんある」
史実と異なり、空母が少ない分戦艦や巡洋艦が頭が痛くなるくらい増産される案である。
そして………
「一番怖いのが潜水艦と身内というのが……な?」
海軍内部に協力者が居るとはいえ少数。
到底主戦派を駆逐できる数ではない。
「任せて、私たちは誰にも負けない……貴方が見せてくれた未来の人達の為にも」
「ああ、もちろん信じている。これから米太平洋艦隊主力との決戦があるからな……白菊達の力がまだまだ必要だ。」
「うん……私達は貴方と共にある、だから『約束』を覚えていて」
「当たり前だ、だが……あれから2年も経つのか……」
思い出すのは2年前、初めて『開陽』に連合艦隊司令長官として乗船した日……
と、過去に浸りたい所だったが、
「おっと、俺はこれから報告に行かねばならなかったんだ。すまん、白菊。少し離れるぞ、」
「構わない、第一艦隊各艦に異常はないから行ってきて。」
「すまん、俺が居ない間はお前が頼りだ。」
そして俺は白菊に見送られて『開陽』を後にするのであった。
◇◆◇◆◇◆
海軍省・軍令部が同居する通称『赤レンガ』と呼ばれる建物の三階に男はいた。
立派な口髭を生やし、威風堂々佇むこの男こそが、現・軍令部総長の伏見宮博恭王である。
コンコンコン
しばらくすると、扉がノックされた。
「入れ」
伏見宮が許可を出すと扉が開き、俺は入室する。
「そうか……戦艦4隻、空母1隻撃沈確実。戦艦2隻に甚大な損害を与えたか……」
そして、報告を終えると宮様は
「よくやったな、流石だ。」
思いの外喜ばれた。
「私など大したことはしておりません、第二艦隊将兵の努力の賜物。」
「謙遜するでない。数ある襲撃予想の中からどトラックだと見抜いたのはそなたの功だ。その功は東郷元帥にも比肩し得るぞ。」
「私ごときには勿体ないお言葉」
「それにな、ここには儂とそなたしかおらん。他人行儀にせんでもい良いぞ、勝弘。」
ここまで言われては他人行儀な態度をとるのも失礼だ。
「まったく殿下という方は……もう我々は日露戦争のような立場なのではないのですよ?」
「だが……あの時代があったからこそ儂はお主を最後まで信じると決めたのだ。」
何故、私と宮様がここまで打ち解けた話ができるのか……
それは日露戦争にまで遡る。
日露戦争の終盤、日本海海戦が行われた日。
史実と異なったのは装甲巡洋艦「日進」の沈没だけではなかったのだ。
旗艦「三笠」の被弾も史実より多く、東郷平八郎大将すら戦死し大破漂流する状況(海戦に勝利した&上部構造物のみの被害な為、自沈は免れる)
沈没こそまぬかれたものの、損傷はひどく特に宮様の配置であった前部主砲は直撃弾を受けて大破、宮様は重傷を負われた。
それを自分が気づかず大破した主砲から救助し、
あまりの負傷の為に皇族だと気付かれず、軍医からも後回しにされた宮様を、前世の知識を生かして適切な応急処置を施した結果、
宮様の命を救う事ができた。
それ以来、
宮様と私は親交を持つようになり、今では宮様は数少ない上層部での協力者の一人だ。(先日の電文も宮様のリーク)
「のう勝弘……この戦争の行く末はどうなると思う?」
「まだ始まったばかりですが1~2年先を鑑みればあまり明るいものとは言えないでしょう」
「そうか…お主ですらそう言うか……儂では開戦を止められなんだ……すまぬ」
宮様が頭を下げる、あり得ない事だ。
「どうか頭をおあげください、宮様の責任ではありません。しかし……来るべき時にはどうかこの戦争を終わらせる為にご助力をお願いいたします。」
「わかっておる……しかしそれにはまだ足りぬな」
「はい」
この戦争を終わらせる方法はただ一つ、
守る範囲を限定して、リソースを可能な限りそこに割く。
そして人的被害を効率的に出す。
しかし……
「愚かな連中が増長しなければ良いがな……」
勝利は時として人を酔わせ、正確な判断を狂わせる美酒ともなる。
宮様の一言が予知のように思えて仕方がなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
アメリカ合衆国 ハワイ オアフ島 太平洋艦隊司令部
「……以上が我が軍の損害だな」
太平洋艦隊司令部は今までに無いほど重い空気に包まれていた。
沈没
巡洋戦艦レンジャー ウイリアム・パイ中将戦死
巡洋戦艦コンステレーション
巡洋戦艦コンスティチューション
巡洋戦艦ユナイテッドステーツ(自沈)
空母ホーネット
重巡洋艦アストリア
重巡洋艦シカゴ
軽巡洋艦シンシナティ
軽巡洋艦メンフィス
駆逐艦6隻
大破
巡洋戦艦サラトガ 主砲2基使用不能 機関部大破 戦列復帰まで半年
重巡洋艦サンフランシスコ
中破
巡洋戦艦レキシントン 主砲1基使用不能 戦列復帰まで3ヶ月
TF2は事実上壊滅と言っても良い損害であり、合衆国海軍史上最悪の損害でもあった。
「一応戦果の報告もありますが……」
太平洋艦隊司令長官であるハズバンド・キンメル大将の声に力は無い。
「言ってくれ……」
アマギ・タイプとおぼしき巡洋戦艦1隻撃沈もしくは大破。1隻中破。
トガクシ・タイプとおぼしき巡洋戦艦1隻撃沈もしくは大破。2隻中破。
重巡洋艦1隻に甚大な損害を与える。
敵駆逐艦3隻撃沈確実、2隻に甚大な損害与える。
これだけ見れば痛み分けと言っても良い戦果ではあるが、生き残った僅かな乗員からの報告であり、戦果の重複の可能性がある。
その上TF2は司令部・次席司令部が全滅している為に系統立てられた情報ではない、
しかし……
「TF2が何の戦果もなく壊滅したとは考えづらい」
「少なくとも敵第二艦隊の半数は行動不能なのでは?」
「時期作戦通りに太平洋艦隊主力は中部太平洋へと進行するべきである」
情報は「希望」的な「願望」によって都合よく受け取られた。
まだ決戦兵器達の熾烈な争いは始まったばかりである……
兵器解説☆第二回
開陽型戦艦
同型艦『開陽』『黒姫』
排水量60000トン
全長260メートル 最大幅28メートル
兵装
50口径41センチ3連装砲4基12門
50口径12センチ連装砲4基8門
装甲 対46センチ砲
最大速力 30ノット
巡航速力 18ノット/7000浬
『長門』代艦として新世代の八八艦隊をコンセプトに設計された戦艦。
試験艦の意味合いも強く、50口径砲を採用したのも次級である大和型の主砲のデータ取りの為。
というのは建前で……
ぶっちゃけ作者の趣味。どうせなら絶対に作られない戦艦を絶対に付けられない名前で登場させてみようと考えた結果。
本作の決戦兵器
次回より登場