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Sunrise of silver world ~八八艦隊組曲~  作者: 花桃院少将
1章:八八艦隊行進曲
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第3話 南海燃ゆ 後編

昭和16年 12月23日

日米両国は中部太平洋地域において、交戦を開始した。


その同時刻ーーー


「以上の理由をもちまして、アメリカ合衆国は現時刻をもって大日本帝国と戦争状態に入ったことを宣言致します。」


帝都・東京では駐日米国大使、ジョセフ・グルーの手から外務大臣松岡洋右の手に一通の封書が渡されようとしていた。


松岡を見据えるグルーの顔からはほとんどの感情を感じる事ができない。


そこにあるのは祖国への義務感のみ


「拝見致します」


封書に書かれていた内容はこれまで日米間で話されていた内容の繰り返しだ。


要するに人道的に反する侵略行動をやめて現状復帰させろ

それがなされた時点で初めて、石油輸出・資産凍結などに関する交渉のテーブルに着く。


そう『正義』に基づいて『誠意』をもって交渉してきたが、貴国の仏印進駐は我が国の『厚意』を無駄にしているとしか考えられない。


故にその『卑劣な行動』に対して『罰』を与える


石油は国家の血液だ。

それを抜かれた時点で国は終わる。


それを理解してやっているのだから質が悪い。


そして先ほど、トラック環礁が奇襲されたと連絡が届いた。


一体どちらが『卑劣』なのだろうか?


「ミスター・マツオカ、では失礼します。」


文書を渡し終え、退出していくグルーを松岡は無言で送ることしかできなかった。



◆◇◆◇◆◇


最初に破局が訪れたのは『穂高』対『ユナイテッドステーツ』だった。


『サラトガ』が罐室損傷により速力が衰えたのが原因で精度の高い『穂高』の射撃が集中したのだ。第4斉射までに10発近くの18インチ砲弾を艦体に受けて、気息奄々の状態である。


対する『穂高』は損害らしい損害を受けていない。


「目標を4番艦に」


『穂高』艦長岩本幹久が命令を下す。


このような場合、撃沈に拘るのではなく砲力の衰えのない敵艦を無力化するのが先だ。止めは水雷戦隊が魚雷で差す。


そして敵4番艦の射撃データは既に『石鎚』が得ているので問題は無い。


統制射撃の真価が発揮されようとしていた。



次に破局が訪れたのは『愛宕』『阿蘇』対『コンステレーション』だ。


元々ダブルスコアで不利だった点に加えて、両艦の第一斉射において射撃指揮所が破壊されたために、『阿蘇』に判定小破の損害を与えたのが限界だった。


その破局の様相は、

「流石先輩……」

『胡桃』が正気に戻る位の惨状であった。


『コンステレーション』の第2砲塔バーペッド脇に着弾した41cm砲弾は約30度の角度で装甲を紙の如く破って深く侵入した。


その数秒後、艦のありとあらゆる開口部から炎が吹き出したかと思うと、名前の由来となった『コンステレーション(星座)』に属する巨星の終焉を想像させる爆発(スーパーノヴァ)を引き起こした。

もちろん乗組員の運命は推して量るべきだろう


ポスト・ジェットランド型戦艦ではそうそう起こり得ない筈の轟沈。


それは米海軍の動揺を誘ったのである。


それに続くように戦艦『戸隠』に46cm砲弾を釣瓶打ちされた『コンスティチューション』が力尽きるように沈没した。


まるで姉妹艦の『コンステレーション』轟沈に心が折られたような最期であった。


そして残りは旗艦『レンジャー』『レキシントン』と速力が低下した『サラトガ』、気息奄々の『ユナイテッドステーツ』となるのであった。


僚艦の相次ぐ沈没に怒り狂ったように、『レンジャー』は8門の長口径16インチ砲

ーーー鍛え上げられたサーベルを振るうが、


旗艦『赤城』を中破させるにとどまった。


しかし、生き残った僚艦の運命も風前の灯火であった。


それは戦闘開始55分後であった。


先の『コンステレーション』を襲った1弾並の不幸が、第2任務部隊旗艦『レンジャー』を襲ったのである。


それは後に、先の1弾と並んで『西カロリンの二大悲劇』と呼ばれることになる。


◆◇◆◇◆◇


「メリア!」


艦橋が大きく揺れ、辺りが熱に包まれた瞬間から我の意識は暫く沈んでいた。


そして気づいた時には提督に抱き抱えられていた。


提督を見ると、先ほどまで綺麗だった軍服は煤けて、所々赤黒い。

それで我は何が起こったのか察した。


「て……い……とく。り……僚艦は?」


身体中が痛むし、気を抜けば再び意識を手放しそうだ。


「『コンステレーション』『コンスティチューション』沈没、『ユナイテッドステーツ』『サラトガ』落伍だ。『レンジャー』も大破した、」


「ッ!……」

不利故に損害が出るのは分かってはいた……しかし、ここまでとは思わなかった。


「てい……とく」


安易に接近戦を提案し、姉妹や将兵を無駄死にさせた我は提督に謝罪しようとする


しかし、


「メリア、すまなかった。」

提督が先に謝った。


「どうし……て?」

あなたが謝るのだ?


「私が優柔不断なせいで勝機を逃し、あまつさえ君とその姉妹を死地に追いやってしまった。」


それはあなたの責任じゃない


そう言いたかったが、もう声も出せない。


そこで気づいた。


艦橋から外を見ると、第1・第2砲塔は無惨にも押し潰され、甲板の至るところには弾痕と煤が見える。


そして明らかに艦体は右舷に傾いて停止して、甲板を海水が浸し始めている。


ーーーさながら、大口を開けた海が一隻の船を飲み込もうとするように


確実に艦霊としての死が迫って来ている。

だから……


「提督は……逃げろ」

私は無念だが一足先に逝く、だがいつか仇をとって欲しい。


そして何より………生きて欲しい。


提督に退艦を促すが……


「ノーサンキュー」

提督は覚悟を決めた顔で私を見据える。


いつもの気弱さや優柔不断さが嘘のように、この時ばかりは確固たる意思が見えた。


もしかしたら提督は気づいているのかも知れない。

開戦劈頭、奇襲を行うも反撃されて快速の戦艦4隻を失った自分に復仇の機会など永久に無いことを、


そして

「………あなたも物好きだな」


「メリアこそだ。それと最期を共にするのが私で済まない」

提督の意図を察する。


提督としては色々と物足りないが、艦霊の主としては米海軍では一番良い主だったかも知れない。


艦霊が見える人間には共通点がある。


いずれも艦を愛し、艦から愛された人間だ。


現状米海軍では提督以外の人間を私は知らない。


そんな提督を我と道連れにするのは忍びないが、嬉しく思う自分がいる。


「ありがとう……提督」


「こちらこそ、」


二人が最期の言葉を交わしたその瞬間、天地が逆転し凄まじい爆音と共に『レンジャー』は海底奥深くに引きずり込まれていった。


かくして日本呼称『トラック沖海戦』米国呼称『西カロリン海戦』の幕は下りたのである。

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