第2話 南海燃ゆ 前編
昭和16年12月23日 0714 トラック環礁西方海上
二つの艦隊は砲火を交えようとしていた。
大日本帝国第二艦隊 合衆国海軍第二任務部隊
双方『2』を冠する部隊が日米間で初めて行われる戦艦同士の戦場へと向かいつつある。
日本側の第二艦隊は
赤城型巡洋戦艦『赤城』『高雄』『愛宕』『阿蘇』を擁する第四戦隊を先頭に、戸隠型巡洋戦艦『戸隠』『石鎚』『妙義』『穂高』を擁する第五戦隊が続く。
一方米国側の第二任務部隊は
全てがレキシントン級巡洋戦艦であり、『レンジャー』を先頭に『コンステレーション』『コンスティチューション』『レキシントン』『サラトガ』『ユナイテッドステーツ』と続く。
同時刻 第二艦隊第五戦隊旗艦 『戸隠』艦橋
『戸隠』艦橋では数人の艦霊が集まっていた。
まずは『戸隠』の艦霊である躑躅
「ついに私たちの宿敵であるレキシントン級との決戦よ。赤城型に負けないように頑張りなさい!」
戸隠型の長女として、姉妹の前で堂々と訓示する姿は立派であるものの、その姿がおかっぱ頭で身長が130cmに満たない童女である故に貫禄が全く足りていない。
また、彼女が着物姿なのも貫禄不足に拍車をかけているのだろう。
「躑躅ねえ様!わかりました!私頑張るので敵を沈めたら添い寝してくださあい!」
「わっ山吹!なにするの、そこはやめてお願い!息がぁぁぁぁ」
そんな躑躅に鼻息を荒くして戦闘前に抱きついている場違いな少女は、戸隠型巡洋戦艦の二番艦『石鎚』の艦霊である山吹である。
躑躅と外見は瓜二つだが、着物が躑躅の赤に対して緑であり、どことは言わないがある部分の装甲が躑躅と比べると約10倍の厚みを持つ。
「わー見て桔梗、すっごーい。」
平坦な口調と無表情でこの光景を眺めているのが、戸隠型巡洋戦艦三番艦『妙義』の艦霊である胡桃、ウェーブがかった黒髪を弄りながら姉達の騒ぎを呑気に眺めている。
「ちょっと胡桃!お願いだから手伝ってー。山吹姉もやめてー!躑躅姉が死んじゃうよー」
我関せずの胡桃とは対照的に、不甲斐ない姉の暴走を止めようとしているのが、戸隠型巡洋戦艦四番艦『穂高』の艦霊である桔梗
こうして、端から見れば馬鹿騒ぎしているだけの彼女達であるが、彼女達の本体である戸隠型巡洋戦艦は攻撃力においては、現状日本海軍最強の名を冠した戦艦なのである。
基準排水量 56.000トン
主砲 94式45口径46㎝連装砲4基8門
最大速力 31.0ノット
装甲 距離2万~3万メートルにおいて長口径16インチ砲の直撃に耐えうる。
八八艦隊計画の掉尾を飾る戦艦であり、『開陽』型完成以前までは帝国海軍の象徴であった。
今なお、砲のサイズにおいては『開陽』型を凌駕し建造中の『大和』型竣工までは、戦隊単位での攻撃力・弾薬投射力において帝国海軍最強を約束されているのである(開陽型が2隻しか存在しない為)
「ああ躑躅ねえさま尊い……スンスン」
「ひぃぃん……」
「山吹姉ったらー!!」
「これが百合?」
「胡桃姉もー!」
いつもなら艦霊の見える山本大将がこの辺りで止めに入るのだが、残念な事にこの海域には第一艦隊は存在しない。
第二艦隊司令部も第五戦隊司令部もまさか、国運を賭けた決戦前の戦艦の艦橋がこのような事になっているとは思いもしないだろう。
まさに、知らぬが仏。
この騒ぎは『赤城』の艦霊、紅葉が気づいて止めるまで続けられたのである。
同時刻 第二任務部隊旗艦 『レンジャー』艦橋
「一体どうなっているのだ!!」
艦隊司令のウィリアム・パイ中将は焦りを隠さずにはいられなかった。
それもそうである。
当初の予定では敵艦隊は空襲で逃げ出し、満身創痍と言わずとも手傷を負った状態で戦闘に入っている筈だった。
それがどうだろうか?
予定より早い段階で無傷の敵艦隊が目の前に居るではないか!!
我々は嵌められたのか!?
(落ち着け!!部下が見ているだろ!!)
その時、パイ中将の脳内に凛とした声が響く。
「すまない……メリア…私とした事が」
パイは周囲の幕僚に気づかれないように小声で謝罪を述べる。
すると……
艦橋内の気温が下がり、一人の女性が現れる。
プラチナブロンドをポニーテールに纏めた髪に、緋色の瞳をした妙齢の女性。
この女性が巡洋戦艦『レンジャー』の艦霊であるアルストロメリアである。
彼女はそのつり目を更に険しくして言う。
(諦めろ、駆逐艦の燃料問題もある。我らの砲力を信じて接近戦を挑むのだ。)
「だか………しかし、」
(貴様、我を遠距離戦に駆り出すのか?)
アルストロメリアの言う事には一理あった。
敵の第二艦隊はトの字のように南西方向より追いすがる形で向かって来ている。
このままでは恐らく同航戦に持ち込まれるであろう。
最大戦速で撤退したとしても、駆逐艦の燃料が不安である為に全速を発揮できる時間は短い。
ならば、長口径16インチ砲で敵を叩いてから逃げた方が生き残れる可能性は高い。
何より、軍人として逃げる訳にはいかなかった。
そして、レキシントン級には弱点がある。
水平装甲の薄さだ。
砲戦距離が遠くなるにつれて、主砲弾の落下する角度は増大する。
かつて、水平装甲が不十分なイギリス軍の巡洋戦艦『インディファティガブル』がユトランド沖海戦で沈められたように、水平装甲が64mmしかないレキシントン級は接近戦を挑まなければ一発轟沈もあり得る。
故にパイは接近戦を挑むしかなかった。
【昭和16年 12月23日 0728】
双方距離3万メートルにおいて、交互打ち方による砲撃戦が開始された。
『赤城』以下、第四戦隊の『赤城』『高雄』が『レンジャー』と『愛宕』『阿蘇』が『コンステレーション』に対して統制砲撃を行い
『戸隠』以下、第五戦隊の『戸隠』が『コンスティチューション』、『石鎚』が『レキシントン』、『妙義』が『サラトガ』、『穂高』が『ユナイテッドステーツ』に個艦での砲撃戦を行う。
「打ち方始め!」
「ファイア!」
両艦隊の艦橋・司令塔での号令が同時に行われる。
『穂高』の第一射は全弾遠弾となり、『ユナイテッドステーツ』の左舷海上を叩く。
逆に『ユナイテッドステーツ』からの第一射は見当違いの海面を叩く、
『戸隠』は早くも第二射で至近弾を出しており、全体的に見て第二艦隊の方が優位である。
「敵の技量はそこまで高くないみたいだね!これなら先に当てられそう」
『穂高』の艦霊である桔梗は艦橋トップの指揮所で安堵する。
敵の技量が予想以上に低く、第二艦隊の方が先に夾叉弾を得られそうだからだ。
八八艦隊最年少の彼女にとって、八八艦隊計画艦は全員が姉のようなものである。
出来れば一人も欠けて欲しくない。
それが彼女の切なる願いであった。
そんな彼女の願いが通じたのか、ついに第四射において『穂高』が第五射において『赤城』・『阿蘇』・『戸隠』が夾叉弾を得て、第一斉射に移ろうとしていた。
同時刻 第五戦隊三番艦『妙義』
「あんたたち!妹の桔梗より甘いってどういうつもりよ!もっとよく狙って撃ちなさい!」
目を吊り上げて、鬼のような形相で(もちろん聞こえないが)檄を飛ばすのは、先程まで黄金仮面もかくやというくらい無表情を貫いていた胡桃だ。
「私が最初にメリケン野郎へと徹甲弾をプレゼントするのよ………」
そう言って胡桃は僚艦を一瞥する。
今の所、斉射へと移行しようとしている『赤城』『高雄』『愛宕』『阿蘇』『戸隠』『穂高』は沈黙している。
装填完了までしばらく時間がかかるからだ。
それを差し置いたとしても、戦艦同士の砲戦はスローペースだ。
カタログスペックだけでも、主砲の装填に40秒。
もちろんこの速度で連射すればすぐに故障してしまうので実際に斉射から次の斉射まではもっと時間がかかる。
そして距離。
如何に主砲弾の初速が音速を優に越えるとはいえ、20キロ~30キロの距離を踏破して目標へと着弾するのにはそれ相応の時間がかかる。
「撃ちなさい!撃ちなさい!撃ちなさい!」
胡桃の怒声と共に放たれた『妙義』第七射は胡桃の執念が届いたのか、数十秒後…
「やったわ!ざまあ見なさい!」
4発中2発が高々と水柱を上げるも、残り2発が『サラトガ』の艦中央部を捉えた。
不幸にも『サラトガ』を襲った一発目の46cm主砲弾は、角度の悪さから装甲表面で爆発。
右舷側の対空兵装をごっそりと抉るのみで済ませるも………
もう一発が海戦の命運を左右する一弾となった。
第二任務部隊第二巡洋戦艦隊『サラトガ』艦長 ジェイムズ・A・サッチ大佐
これまでに感じた事の無い凄まじい揺れが襲った時、「やられた!」と俺は感じた。
何故ならば今まで感じていた力強い『サラトガ』の機関の振動が明らかに弱くなっていたからだ。
「損害報告!ダメージコントロールチームは損傷箇所へ!」
俺はまず命令を下した上で報告を待つ。
そしてそれは………
「ボイラー室より、『煙路損傷、ボイラー室損傷、圧力低下。速力22ノットまで低下!』」
考え得る限り、最悪の報告であった。
兵器解説☆第一回☆『翔鶴型航空母艦』
同型艦:翔鶴 のみ
名前の由来:鳳翔型航空母艦二番艦(計画のみ)
基準排水量:27.500トン
艦載機:常用66機 補用9機
最大速力:31.8ノット
巡航速力:16ノット
解説:本来の鳳翔型二番艦の計画を中止して建造された、帝国海軍海軍最大の航空母艦。
『飛龍』『蒼龍』建造前は帝国海軍唯一の大型航空母艦だったのもあってか、徹底的な改装が施され、建造時は三段飛行甲板であったのを全通式へと変更し、煙突も一つに纏められて近代化されている。