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英雄を望まない人(S-04)  作者: 橙ノ縁
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 街中を捜し歩いてみるが、名前を知らないので呼び掛けることもできない。娼館の従業員たちによればこの界隈は探しつくしたと言っていたので、隣の地区へ足を延ばした。

 路地を覗いても、どこを見ても家族団らんの楽しい声が聞こえてくる。子どもたちはお菓子を頬張りながらにこにこし、大人は果実酒を飲み干しながら大いに笑い合っている。

 どうしてこんな当たり前のような幸せを手に入れることが出来なかったのだろう。どうして私は一人で、街中をうろついているのだろうか。

「はぁ。お腹すいた」

 朝食もそこそに家を出て、護衛官たちに料理を振舞ったが、自分は味見程度しか食材を口にしていなかった。せっかく、昨日の夜から料理の仕込みをしたのに、どうしてこんなことになってしまうのだろう。

「テレサさん、また会いましたね」

「え?何でここに」

 本日二度目のメサンだった。どうして彼がこんな所に出没するのか、まったく想像もつかない。そもそも、そんなに親しい中でもない。

「もちろん、バシーノさん探しですが。忘れたんですか?」

「ああ、そういうことね。感謝祭なのに人探しを頼んでごめんね」

「いいですよ。俺、家族で集まるのとか苦手ですから」

 メサンは昔から感謝祭は一人で過ごしたり、軍部の友人と飲んだりして過ごすことが多いと夫から聞いたことがあった。家族仲があまり良くないらしい。

「それより、テレサさんもバシーノさん探しですか?」

「それもあるけど、それよりも男装した髪の長い女の子を見なかった?」

「ええと、もっと詳しく教えてください」

「砂色の髪で、色白で、細身。年齢は十代後半くらいで、身長は私と同じくらいよ」

「で、名前は?」

「それが……」

 名前を知らないと伝えると、メサンは呆れたような表情で私を見ていた。

「名前を教えてくれない事情があったの」

「どうせ、ダルセ関連の事情でしょう。うーん。一緒に探してみるから、テレサさんは一旦家に帰ってくれますか?」

「でも」

「護衛官の奴らと途中で待ち合わせしてるんで、聞いてみますよ。それに、もしかしたら家に帰っているかもしれません」

 どうやら護衛官の人たちは律義にバシーノさん探しをしてくれていたようだった。

「彼女を見つけたらあなたの大切な灯を返したいから、一度家に来て欲しいと伝えてくれる?」

「はいはい、お任せください。これでももともと武官ですからね、ルクスの迷路は頭に入っています。感謝祭なんだから料理を用意しながら待っててくださいよ」

 彼に任せても大丈夫だろうか。姪は夫に店に売られてきっと人間不信になっていることだろう。店を逃げ出してもいるのだから、おそらく警戒心が高まっているに違いない。ランタンの話を匂わせれば信じてくれるだろうか。とても確信を持てはしなかったが、任せて帰宅することにした。

 帰る道中も探してみたが、姪らしき少女の姿は見つけられなかった。

「ただいま」

 家に帰ると、家の中に人は誰もいなかった。夫もどこかへ行ってしまったらしい。離婚だと言ってしまったのだから、この家に居辛くなって出て行ったのだろう。

 そして家中を探しても姪のランタンは見つけられなかった。

「今度は、夫探し。もう、いい加減にしてよ」

 今のところ、私は何一つ見つけられていない。本当に探すという事が下手なのだ。

 こんな絶望的な中でもお腹の虫は鳴くので、気を取り直して料理をすることに決めた。もし、姪が戻ってきたらお腹を空かせているかもしれないから、せめてもの償いにご馳走で迎え入れよう。

「こんなことなら、食材をケチらなければよかったわ」

 悔やまれた、自分の貧乏性に。


 甘い菓子を少し口にしながら、昨日夫が散らかした書類などを片付けていた。料理はとうに完成して、机の上に並べているので、書類整理は床で作業することにした。

 友人知人からの手紙や、料理の調理法や、昔の領収書なんかも出てきた。不必要なものはこの際捨ててしまおうと思い、一枚ずつ仕分けていく。

「やっぱり、ダルセを探しに行った方がいいかしら」

 ランタンを売るのだと言っていたが、あんな高価すぎる品物を買い取ってくれる店などあるのだろうか。売買とすれば金持ち相手の商人だろうが、きっと感謝祭の間は店を閉めているだろう。

 そもそもグッタの国民で、ランタンを欲しがる人はいるのだろうか。ランテルナの幸運よりも神からの加護の方が有り難がる神教の信者には売れないかもしれない。

「もしかしてケルウスまで行く気かしら」

 いくら考えを巡らせたところで、世の中を知らない女には想像がつかない。このグッタにもあのランタンを高値で買い取る人が多くいるかもしれない。

「もう、売っちゃったかな」

 仕分けの手を止めて、ため息をついたとき、扉が叩かれる音に吃驚した。

 私はすぐに玄関へと走っていく。そして扉を開けると、そこにはメサンと俯いたままの姪の姿があった。

「テレサさん、見つけましたよ」

「メサン、ありがとう」

「彼らが見つけてくれました」

 メサンが自分の後ろを指さすので、視線を後方へ向けると、そこには護衛官たちが立っていた。その中で、一人だけ見慣れない男性が立っている。肌が青白く、髪の長い儚げな雰囲気の男性だ。

「みなさん、入ってください」

 私は協力してくれた彼らに家で休んでいってくれとお願いしたが、護衛官たちは「バシーノ探しを続ける」と言って、街へ戻って行ってしまった。

 残ったのは姪と、あの青白い肌の男性の二人になった。二人を家の中に招き入れて、食卓の椅子に座らせる。

「貴女に謝らなければならないことがあるの」

「テレサさんは悪くありません」

 姪はここへ来てから一度も私と目を合わせてくれない。

「ごめんなさい。辛い思いをさせたわ」

「いいんです。テレサさんのおかげであのお店で働かなくて良くなったって聞きました」

「本当にごめんなさい。ランタンは夫が持っていってしまって、なんとか取り返してみるから」

「ランタンは、もういいんです」

 姪の手に力が入っているのが見えたので、私は申し訳ない気持ちでその手の上に手を乗せた。

「良くないわ」

「もう、いいって言ってるじゃないですか!」

 彼女は私の手を振り払って、立ち上がった。その時机にぶつかって湯飲みがひっくり返り、机の上に水たまりを作る。

「テレサさんは悪くないんです!謝ったりしないでください」

 ようやく合った目は、涙で潤んでいて赤く腫れていた。

「私は妻だから、あの人の罪を謝罪しなくてはならないの」

「なら、あの人の妻をやめてください」

「それは……」

「私はテレサさんを嫌ったり憎んだりしたくないんです。だから、私が悪いのよっていう顔をしないでください」

 泣き腫らした目から大粒の涙がぽろぽろ零れ落ちていく。私は胸や喉の奥の方があまりに苦しくなって、目頭に力を込めた。

「わ、私だって分からないの。神様に尋ねても答えが見つけられないのよ」

 下瞼に水が溜まっていくのが分かる。視界がぼやけ始めて、鼻の奥がつんとする。

「テレサさん、これをどうぞ」

 初めて聞く優しい男性の声に、私は視線を声がした方へと向ける。姪と一緒にやってきた男が、私の前にを海花を模った焼き菓子を差し出していた。

「感謝祭なので、焼き菓子をどうぞ」

 男は微笑むでもなく、怒っているでもない無表情でこちらを見ていてるが、声音は優しかった。

「キアはこうして感謝祭に悲しい顔でいる人にお菓子を配っているそうなんです。私も貰いました」

 姪は涙声でそう言って、自分のポケットからも紙で包んだ菓子を見せた。

 戸惑いながら差し出された菓子を受け取ると、キアと呼ばれた男は静かに微笑んだのだった。

「難しい悩み事は、健康な時にいろんな人と話し合うことで解決の糸口を見つけることが出来ると、聖人ジェンヴァル様も仰っています」

「確かに、聞いたことがあるわ」

 大昔、船に乗ってこのグッタの地に辿り着いた聖人ジェンヴァル様は数多くの名言を残している。私も彼の名言を書き集めたこともあった。

「さぁ、貴女も座って。感謝祭なんですから目の前の料理を頂きましょう」

 キアは姪を再び座らせると、ひっくり返った湯飲みを片付けて、再びお茶を注ぐ。そして小さく何かを呟いた。はっきり聞こえなかったが私の耳にはこう聴こえた。

「もう神様には言葉が通じませんから」

 その言葉に疑問を持ったが、聞き違いかもしれないtと思い、聞き返すことはしなかった。これ以上、不穏な空気を続けたくなかったから。


 娼館の使用人たちから逃げ回っている時、姪を細路地を通って逃がしてくれたのがキアだったらしい。彼はルクスの迷路のような道を熟知しいるらしく、人に出会うことなく聖堂近くの噴水公園に辿り着いたと姪は自慢げに言う。

 そこで昨日出会った護衛官たちに見つけてもらい、家に帰って来たということだった。

「キア君はどうして道に詳しいの?」

 私の質問に彼は「ただ道を覚えるのが得意」だと簡単に答えるので、あまり根掘り葉掘り聞きにくい。声音も優しく、微笑むと感じが良いのにそれ以外は素っ気なく、不愛想だ。

「キアも感謝祭を独りで過ごす予定だって言うので、連れてきてしまいました。テレサさんすみません」

「気にしないで。もともと三人分作っていたから丁度良かったわ」

 ご馳走とは口が裂けても言えない質素な家庭料理で、お客様を迎える料理としては恥ずかしいくらいだ。それでも、二人は「美味しい」と言って笑ってくれた。

 食事がすむと、二人は食器を洗ってくれると言うので、お言葉に甘えて任せることにした。その間、私は書類整理の続きをする。

「あ、ジェンヴァル様の名言集」

 若い頃、学校の図書館で聖人の名言を一冊の帳面に書き集めていた。今、思えば、私は昔から言葉を集めることが好きだった。

「テレサさん、そのノートには何が書いてあるんですか?」

「ノートって、これの事?」

 姪が洗い物を終えて、私の隣に座って帳面を指さした。ノートという言葉は初めて聞いたが、きっとどこかの方言だろう。

「そうです。他にも似たものを見ました。何が書いてあるんですか?」

「ああ、これは聖人様の名言集。そしてそっちが吟遊詩人の歌詞集。あと、これとこれが、小説とかに出てくる好きな言葉を書いたものよ」

「見てもいいですか?」

 キアも姪の向かいに座り、帳面を開いていいか尋ねてきた。

「ええ、どうぞ。そんなに面白いものではないけど」

 言葉を集めることが好きなのか、それとも字を書くのが好きなのか。はたまたどちらも好きだからなのか、こうして改めて目を通すとなかなかの量だ。

「こっちは難しい言葉が延々と続いています」

 姪が開いているのは、文章の中で見つけた知らない単語を書き留めておいたものだった。

「それは単語帳よ。世の中にはたくさんの言葉があるんだと思うと、楽しくなってくるの」

「まるで、辞典みたいですね」

 そして二人は仲好さげに、単語帳の中から難しい熟語を選んで意味を当てる、当て物を始めた。キアは何でも簡単に答えを当てるが、姪は正答率がとても低かった。

「キア君って、賢いけど、何のお仕事をしているのかしら」

「それは、内緒です」

 そういう返答の仕方が本当に不愛想で、ますます彼が何者なのか気になってしまう。その後、年齢や出身地をきいてみたりしたが、何一つ教えてくれなかった。そもそも、キアという名前も偽名のように感じる。「キア君」と呼びかけても、反応があるまでに僅かに時間が掛かるからだ。

 私が質問をちらほらするので、煩わしくなったのか、手近にあった本を読み始めるのだった。

「もう、捨てようかな」

 一か所に積んだ帳面を眺めながら、私は独り言を言った。

「え?もったいないですよ」

 姪がそう言うと、本に夢中だったキアもこちらをむいて読んでいた本を閉じる。

「紙もボロボロになってきたし、読み返すことも殆ど無いから、これを機に捨ててしまおうかと」

 どうせ、家に保管していても夫が金を探す時にひっくり返され、雑に扱われ、くたびれていってしまうのだ。それならいっその事、捨てて物の少ない生活に切り替えてみるのもいいかもしれない。

「要らないなら、この単語帳を私に下さい」

「いいけど、何に使うの?」

「キアに負けないように勉強します」

 単語帳を数冊手にした姪に、キアは小さい声で「がんばれ」と声援を送る。

「そのがんばれという言葉は、癇に障ります」

 姪がそう言い返すので、キアはクスクスと静かに笑っていた。

「テレサさん、これを貰ってもいいですか?」

 キアが手にしたのは吟遊詩人やルシオラの歌う歌詞集だ。

「いいけど、正確さには欠けるよ」

 うろ覚えを書き留めたもので、字も汚いし、聞き取れずに抜けている個所も多い。

「いいんです、これで」

 キアと姪の満足げな横顔を見ていると、こうして文字を書き続けてきたことが少しは実ったのだと思えて嬉しくなった。

 そして三人で近くの公園へ行って、帳面に火をつけた。ボツボツと音を鳴らしながら燃える炎を眺めながら、昔書いたはずの言葉を思い出していた。

「炎は言葉を奪う。炎は過去を奪う。私の全てを奪うのは炎だろう。って、誰の言葉だったかしら」

 キアはその言葉を残した者の名前を知っているようなそぶりを見せたが、口にはしなかった。

 火が燃え切ったのを見届けた後、三人で家に戻り、鍵を閉めていなかった玄関扉を開けると、中には男たちの声で溢れていた。

「おかえりなさい」

「外出に鍵をかけないのは不用心ですよ」

「俺達が留守番しておきました」

 この狭い家の中に男が三人。一人はメサンで、もう二人は護衛官で、昨日私たちの計画を台無しにした男も含まれていた。

「みなさん、もしかして!」

 姪が期待を込めて三人に駆け寄っていく。

「テレサさん、バシーノさんを見つけました」

 メサンがそう言うと、姪が「どこにいるの?」と嬉しそうに質問した。

「明日、噴水公園にて日没前に待ち合わせしました」

「どうして、待ち合わせ?」

「バシーノさんは忙しいようで、明日の夕方なら都合がいいそうです」

 忙しい?てっきりバシーノさんも姪を探しているのだとばかり思っていた。それとも、忙しいという理由は方便で、他にも何か事情があるのかもしれないが、私にはいくら考えても分からない事だ。

「私の探し人を二人も見つけてくれて、ありがとうございました。協力してくれた護衛官さん達にもお礼を伝えておいてください」

 三人は「お安い御用ですよ」と朗らかに答えてくれた。

「街を歩いていると知り合いに出会えて、こっちが感謝したいくらいです。はい、これ良かったらどうぞ」

 昨日のいけ好かない男が差し出したのは、風呂敷に包まれたお弁当箱だった。中にはぎっしり美味しそうな料理が詰め込まれていて、いかにも感謝祭のご馳走といった風だ。

「こんなにたくさんどうしたんですか?」

「知り合いが料理を食べて行けと言ってくれるんですが、急いでいると答えるとこうして次々に料理を詰めてくれて、気づけば五重箱になっていました」

 姪とキアが弁当箱五箱を机に並べていく。そしてもう一人の護衛官がそっと机に置いたのは高級そうな酒瓶だ。

「さっき貰ったのですが、どっかの国のお酒だそうで、美味いかどうかは分かりません」

 瓶の銘柄を見てみると、ケルウス王室御用達と書かれていて、全員で「おお」と唸った。

「あと、うちのばあちゃんの手作りで悪いが」

 メサンが姪に渡したのは果物を天日干しにした物だった。

「これだけの量は大勢でないと食べきれないわね」

 私はこの場に集まっている彼らにお願いをいした。一緒にこのご馳走を食べて欲しいと。彼らは喜んで長居させてもらうと笑ってくれた。

 食卓にこんなに料理が並ぶ日か来るとは思っても見なかった。しかも五人も客がいて、賑やかなのも初めてだ。あの人が家にいないのに嬉しいと思ってしまっていいのだろうかと心の中で戸惑いながらも、明るく振舞った。

 夜の宴は遅くまで続いた。騒音に口うるさい隣人も、感謝祭の今日だけは賑やかでも許してくれるだろう。


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